2022.04.28
今シーズン、陸上界の『女王決定戦』がアツい! 昨年、17年ぶりに日本記録が更新されるなど、近年活況を呈しているのが女子七種競技。過去最高レベルの争いにより、日本人初の6000点超えへの期待が懸かる。
七種競技とは2日間にわたって走・跳・投の7種目を行い、得点化して順位を決する。1日目は100mハードル、走高跳、砲丸投、200m、2日目は走幅跳、やり投、800m。そのタフネスぶりから、海外では『クイーン・オブ・アスリート』として称される。
今季、日本の『女王』を目指す、日本記録(5975点)保持者の山﨑有紀(スズキ)、歴代3位の記録を持つヘンプヒル恵(アトレ)、インカレ3連覇を果たした大玉華鈴(日体大SMG横浜)というトップ3にインタビュー。今季に懸ける思い、そして七種競技の魅力について聞いた。
3回目、最後は日本歴代3位の5907点がベストのヘンプヒル恵。中学、高校、大学と混成のトップアスリートとして、次々と記録を塗り替え、タイトルを手にしてきた。日本記録樹立、日本初の6000点、そして世界大会へ。誰もがその期待を寄せていた。
しかし、2017年に左膝前十字靱帯を断裂。大ケガから復帰して再び日本一になろうかという20年の日本選手権で、今度は右膝の前十字靱帯を断裂した。一度は引退もよぎったというが、今後は米国で鍛錬を積み、新しい姿を見せようとしている。
「世界」を見据えて渡米
――昨年の秋から米国で練習を積んだそうですね。
11月25日に一度目の渡米をして、12月15日に帰国しました。年が明けて1月6日に再出国して3月24日まで。カリフォルニアのチュラビスタ・オリンピックセンターを拠点にしていました。
――どういった練習環境なのでしょうか。
東京五輪七種競技で6位のアニー(・カンズ)選手と9位のエリカ(・ブーガード)選手を指導しているクリス・マック・コーチに見てもらっています。以前に一度、アメリカに行ったことがあり、その時のクラブチームを考えたのですが現状では難しいと言われました。そこで、知人を伝うと「マック・コーチを紹介できるよ」となったのが経緯です。
――渡米を決意した理由は?
世界で戦うことを見据えた時に、やっぱり世界を知っているコーチに教えてもらいたいと考えました。思いきった決断をしないといけないと思いました。マック・コーチは東京五輪に選手を出しているし、コンタクトを取ってもらい、つないでいただいた後は直接やりとりをしました。
自分なりに、「どこを成長させたい」という思いを伝え、一緒にやっていこう、と返事をもらいました。まずはお互いトライアルということで11月にアメリカに行きました。
――アメリカ滞在中に苦労したことはありますか。
コミュニケーションが大変で、ただでさえ感覚てきなことや思いを伝えるのは難しいのに、さらに英語ということもあり…。日本とは受け取り方も違うだろうし、細かいところは気を遣いました。ストレスで熱が出るくらいでした(笑)。
当初は認められたいという思いが強く、無理をしてしまうこともありましたが、マック・コーチが気づいて「今の状態を見たいから、その日やれることに力を尽くせばいい」と伝えてくれました。コミュニケーションはかなり頑張ったと思います。
私もそこまで英語は堪能ではないですが、エリカにそれを言うと「気にしていないよ」と返ってきました。英語ができるかどうかよりも、何かを伝えようとしているかどうかの姿勢を、向こうの人は観ている気がします。
――練習面や指導方法で違いは日本との違いは感じますか。
暖かいということもあって、「冬季練習」という概念がなくて、年中、種目練習をしています。冬に専門練習をしたり、スパイクを履いて出力を上げたりというのはこれまでなかったので、身体の負荷は大きかったです。これが混成選手の練習なのか、と実感しました。もちろん、違和感はありますが、どの種目もまんべんなくできたので、そこに対する不安はないです。
選手とコーチがお互いにリスペクトしているのはすごく感じました。日本ももちろんありますが、部活動の文化というのもあって師弟関係が多いと思います。よくコーチたちが「いろいろ経験を積んでやっとコーチになれたから、見させてもらえて幸せ」と選手に伝えていました。選手を支えるという立場で、ハードルを並べるなど練習の準備をすべてコーチがするのが向こうではスタンダードのようです。
2度目のケガから復活へ
――2020年の日本選手権のやり投で2度目の大ケガを負いました。
ケガをした後は辞めようと思いました。でも、リハビリなどをしているうちに、「もっとこうしておけばよかったな」と思うことがあって。ふと考えた時に、競技を本気でできるのは30歳前後まで。あと5年しかない。いろいろな失敗、経験をしました。ケガでもちろん苦しみましたが、ケガがあったからこそアメリカに行ったのかもしれません。
自分を変えるために、変えたくないことも変えました。これまでのやり方は良い意味でぶっ壊して。昔の自分に戻りそうになることもありましたが、戻らないようにしていましたね。
このチャレンジができたのは、ここ数年、勝てていないから。もう怖いものはないし、やれることをやろうと思いました。もちろん、結果は出したいし、出ると思っていますが、もし結果が出なかったとしても選択に間違いはないと思います。競技に対する本気。そこにすべてを懸けています。
――「勝てていない」という言葉がありましたが、山﨑有紀選手が日本記録を樹立して、大玉華鈴選手も追い上げてきました。
山﨑さんは日本選手権を4連覇していて、私も連覇(15~17年)しているので、勝ち続けることの大変さはわかります。足も速いし、100mハードルも上がってきて、投てきも強いですね。大玉は走高跳の調子が良さそうですね。でも、まだ負けたことはないので負けません!
まずは得意としている最初の100mハードル(自己ベスト:13秒37)と、走幅跳(自己ベスト:6m28)で良い記録を出したいです。得意種目でポンッと勢いをつけたい。200mと800mはこれまでやってこなかった取り組みだったので、どのくらい走れるか楽しみと不安があります。
何より、勝負に勝つかどうかより、やれることをやるだけです。木南記念、日本選手権と心身ともにベストを尽くせる状態にもっていくのみ。それができれば負けないと思っています。
――今年の目標についてお聞かせください。
アジア大会代表と6000点に向けた1年。「ニュー・ヘンプヒル恵」として、まずは5900点台に乗せられればと思います。アジア大会で優勝して、来年につなげたいです。もちろん、可能性がある限りオレゴン世界選手権も最大目標として考えています。
――七種競技の魅力について、あまり見たことがない人に伝えてください!
難しいですね…。やっているほうからしたら、「きつい」種目です(笑)。七種競技は「1つ失敗しても次がある」と言われますが、私はそうじゃないと思います。やっぱり1つも失敗したくない。
選手によって得意種目が違うのですが、それぞれの得意種目の時は顔つき、表情が変わるんです。そういった雰囲気の違いを見るとおもしろいかもしれません! 仲良し、こよしより、個々で競い合っている時のほうが雰囲気も良くて記録は出ると思います。男子100mの9秒台のように、マインドが変わって6000点が当たり前になるといいなと思います。
★プロフィール★
ヘンプヒル恵(めぐ)/1997年5月23日生まれ。京都府京田辺市出身。京都文教中・高→中大→アトレ。
・自己ベスト
七種競技 5907点(日本歴代3位)
100mH 13秒37
走高跳 1m73
砲丸投 12m21
200m 24秒87
走幅跳 6m28
やり投 47m88
800m 2分13秒54
・主な実績
18年アジア大会6位
17年アジア選手権2位
15~17年日本選手権優勝
15、16、18年日本インカレ優勝
13、14年インターハイ優勝
※14年は100mHと2冠
11年全中四種競技優勝
※高校記録、U20日本記録、学生記録保持者
構成/向永拓史
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激アツの女王決定戦特集
①大玉華鈴インタビュー「あこがれだからこそ上の2人に勝ちたい」
②山﨑有紀インタビュー「自分たち世代で世界へ引き上げたい」
「世界」を見据えて渡米
――昨年の秋から米国で練習を積んだそうですね。 11月25日に一度目の渡米をして、12月15日に帰国しました。年が明けて1月6日に再出国して3月24日まで。カリフォルニアのチュラビスタ・オリンピックセンターを拠点にしていました。 ――どういった練習環境なのでしょうか。 東京五輪七種競技で6位のアニー(・カンズ)選手と9位のエリカ(・ブーガード)選手を指導しているクリス・マック・コーチに見てもらっています。以前に一度、アメリカに行ったことがあり、その時のクラブチームを考えたのですが現状では難しいと言われました。そこで、知人を伝うと「マック・コーチを紹介できるよ」となったのが経緯です。 ――渡米を決意した理由は? 世界で戦うことを見据えた時に、やっぱり世界を知っているコーチに教えてもらいたいと考えました。思いきった決断をしないといけないと思いました。マック・コーチは東京五輪に選手を出しているし、コンタクトを取ってもらい、つないでいただいた後は直接やりとりをしました。 自分なりに、「どこを成長させたい」という思いを伝え、一緒にやっていこう、と返事をもらいました。まずはお互いトライアルということで11月にアメリカに行きました。 ――アメリカ滞在中に苦労したことはありますか。 コミュニケーションが大変で、ただでさえ感覚てきなことや思いを伝えるのは難しいのに、さらに英語ということもあり…。日本とは受け取り方も違うだろうし、細かいところは気を遣いました。ストレスで熱が出るくらいでした(笑)。 当初は認められたいという思いが強く、無理をしてしまうこともありましたが、マック・コーチが気づいて「今の状態を見たいから、その日やれることに力を尽くせばいい」と伝えてくれました。コミュニケーションはかなり頑張ったと思います。 私もそこまで英語は堪能ではないですが、エリカにそれを言うと「気にしていないよ」と返ってきました。英語ができるかどうかよりも、何かを伝えようとしているかどうかの姿勢を、向こうの人は観ている気がします。 ――練習面や指導方法で違いは日本との違いは感じますか。 暖かいということもあって、「冬季練習」という概念がなくて、年中、種目練習をしています。冬に専門練習をしたり、スパイクを履いて出力を上げたりというのはこれまでなかったので、身体の負荷は大きかったです。これが混成選手の練習なのか、と実感しました。もちろん、違和感はありますが、どの種目もまんべんなくできたので、そこに対する不安はないです。 選手とコーチがお互いにリスペクトしているのはすごく感じました。日本ももちろんありますが、部活動の文化というのもあって師弟関係が多いと思います。よくコーチたちが「いろいろ経験を積んでやっとコーチになれたから、見させてもらえて幸せ」と選手に伝えていました。選手を支えるという立場で、ハードルを並べるなど練習の準備をすべてコーチがするのが向こうではスタンダードのようです。2度目のケガから復活へ
――2020年の日本選手権のやり投で2度目の大ケガを負いました。 ケガをした後は辞めようと思いました。でも、リハビリなどをしているうちに、「もっとこうしておけばよかったな」と思うことがあって。ふと考えた時に、競技を本気でできるのは30歳前後まで。あと5年しかない。いろいろな失敗、経験をしました。ケガでもちろん苦しみましたが、ケガがあったからこそアメリカに行ったのかもしれません。 自分を変えるために、変えたくないことも変えました。これまでのやり方は良い意味でぶっ壊して。昔の自分に戻りそうになることもありましたが、戻らないようにしていましたね。 このチャレンジができたのは、ここ数年、勝てていないから。もう怖いものはないし、やれることをやろうと思いました。もちろん、結果は出したいし、出ると思っていますが、もし結果が出なかったとしても選択に間違いはないと思います。競技に対する本気。そこにすべてを懸けています。 ――「勝てていない」という言葉がありましたが、山﨑有紀選手が日本記録を樹立して、大玉華鈴選手も追い上げてきました。 山﨑さんは日本選手権を4連覇していて、私も連覇(15~17年)しているので、勝ち続けることの大変さはわかります。足も速いし、100mハードルも上がってきて、投てきも強いですね。大玉は走高跳の調子が良さそうですね。でも、まだ負けたことはないので負けません! まずは得意としている最初の100mハードル(自己ベスト:13秒37)と、走幅跳(自己ベスト:6m28)で良い記録を出したいです。得意種目でポンッと勢いをつけたい。200mと800mはこれまでやってこなかった取り組みだったので、どのくらい走れるか楽しみと不安があります。 何より、勝負に勝つかどうかより、やれることをやるだけです。木南記念、日本選手権と心身ともにベストを尽くせる状態にもっていくのみ。それができれば負けないと思っています。 ――今年の目標についてお聞かせください。 アジア大会代表と6000点に向けた1年。「ニュー・ヘンプヒル恵」として、まずは5900点台に乗せられればと思います。アジア大会で優勝して、来年につなげたいです。もちろん、可能性がある限りオレゴン世界選手権も最大目標として考えています。 ――七種競技の魅力について、あまり見たことがない人に伝えてください! 難しいですね…。やっているほうからしたら、「きつい」種目です(笑)。七種競技は「1つ失敗しても次がある」と言われますが、私はそうじゃないと思います。やっぱり1つも失敗したくない。 選手によって得意種目が違うのですが、それぞれの得意種目の時は顔つき、表情が変わるんです。そういった雰囲気の違いを見るとおもしろいかもしれません! 仲良し、こよしより、個々で競い合っている時のほうが雰囲気も良くて記録は出ると思います。男子100mの9秒台のように、マインドが変わって6000点が当たり前になるといいなと思います。
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