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2021.07.07

クローズアップ/100mH寺田明日香 東京五輪では「ファイナルに残りたい」
クローズアップ/100mH寺田明日香 東京五輪では「ファイナルに残りたい」


東京五輪の代表に内定し、自身初の舞台に挑む女子100mハードルの寺田明日香(ジャパンクリエイト)。いったんは陸上競技を引退しながらも、結婚・出産と他競技への転向を経て、今は陸上競技で以前よりもさらに強くなった姿を示し続けている。最大の目標に掲げてきた大舞台を前に、寺田は何を思うのか。日本選手権後に行われたインタビューで心境を語った。

日本記録を塗り替えても
「予想の範囲を超えていない」

 寺田明日香(ジャパンクリエイト)が日本選手権を初めて制したのは社会人1年目の2008年。2010年には3連覇を達成し、日本の女子100mハードルを牽引する存在となった。寺田が次に日本選手権を勝ったのはそれから11年後、今年6月の日本選手権。この11年の間、状況はめまぐるしく変化した。

「一度陸上を引退した時には、もう優勝の景色を見ることはできないと考えていたので、いろんな人に関わってもらいながら今またこの景色を見ることができて感慨深いです」

 2013年に陸上競技から離れ、結婚・出産を経験。14年に早稲田大学人間科学部の通信課程に入学し、3年間で修了した。2016年から東京五輪を目指して7人制ラグビーにも挑戦したが、19年には陸上競技に電撃復帰している。

 しかも、復帰した19年には100mハードルで日本史上初の12秒台突入となる12秒97をマーク。今年6月には自身の樹立した日本記録を12秒87まで短縮した。そしてついに、11年ぶりに名実ともに日本一の座へと返り咲いた。

 日本選手権で優勝はしたものの記録は13秒09(±0)。日本選手権終了時点までに東京五輪の参加標準記録(12秒84)の突破はならず、即時内定とはいかなかった。それでも、ワールドランキングで出場資格を得て、7月2日の追加発表で自身初の五輪代表入りが決定。日本選手権については「久しぶりに13秒かかって『遅い』と感じましたが、自分の中で12秒台で走るのが当たり前になっていたということはレベルアップだと受け止められるので、よかったと思っています」と振り返った。

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 東京五輪では「ファイナル(決勝)に残りたい」と寺田。目標タイムはかねてから「12秒6」と公言しており、そこに到達する手応えはあるという。

「復帰後はまだ会心のレースは一度もできていません。自分の予想の範囲を超えていないので、それを超えられるような走りをしたいと思っています。今はリミッターがかかっているというか、走りにフタをしている感覚があります。五輪までの1ヵ月で、何をすればそのリミッターが外れるのか、早い段階で見つけないといけません。それができれば、まあまあ(いいタイムまで)いけると思います」と、31歳のハードラーは自らの能力をさらに引き出していくつもりだ。

 自身のフィジカル・メンタル面の強化はもちろんのこと、道具へのこだわりも追求している。昨春からスパイクはアディダスの『アディゼロ プライム スプリントスパイク』を使用。「(プレートが)硬くて使いこなすのが難しいところもありますが、いいタイミングで接地すればすごく速く反発が得られる。うまく使いこなせればいい武器になります」と、これもパフォーマンス向上につなげている。

寺田が現在愛用するスパイクシューズは『アディゼロ プライム スプリント 東京 スパイク』

別の世界を知ることで
新しい見え方、考え方ができる

 北海道・恵庭北高時代は100mハードルでインターハイを3連覇。3年時の2007年には13秒39の高校記録(当時)も樹立し、早くから将来を嘱望されたアスリートだった。高校卒業後も陸上一色の人生を進んでいただけに、「陸上がダメになったら自分の存在価値は何なんだろう、と考えて疲れてしまった部分がある」と話す。

 一度陸上から離れ、出産や大学進学などを経験したことで、復帰した時には“アスリート以外の顔”を持てたことが現在の競技に生かされているそうだ。

「一つのことを極めるのはそれはそれでいいことですが、いろんなことに目を向けることで新しい見え方、考え方ができるようになると思います。トレーニングについても同じ。調子が良かった時のルーティンにとらわれたり、ベストが出た時の体重や感覚などが最善だと考えがちですが、いろんな見方ができるほうが新しいことにチャレンジしやすい。自分がこだわってしまっていることを壊すという意味でも必要なことだと思います」

 その言葉の通り、心身ともに新たな面を獲得し、陸上界に戻ってきたのが2年前。13年に一度引退した時の自己ベストは13秒05(09年)だったが、19年に陸上界へ復帰するや、その年に12秒97と早くも日本記録を塗り替えた。今季は12秒台を6回もマークしており、以前よりも格段にレベルアップしているのは明らかだ。

 日本の女子短距離選手としては異例とも言える31歳での五輪初代表。「やれるところまでやりたい」と東京五輪後のチャレンジにも意欲的で、今年の秋は100mにも注力する予定だ。

「100mのベストは11秒63ですが、(100mハードルで)世界の上位にいる選手は100mが11秒2から11秒4くらい。そう考えると、できるだけ速くなりたいと思っています」

 陸上選手として前例のないキャリアを切り開いてきた寺田。パイオニアとしての意識は「全然ない」と笑い飛ばすが、これまでの生き方については「後悔していることはありません。周りからの期待を大事にして生きてきましたが、そういう時も自分の中では何をやりたいか決まっていた。大きな選択について、間違っていることはないと思います」ときっぱりと言い切る。

 若い世代の選手に向けても「陸上だけがすべてではない。いろんな顔を持ってほしいし、多くのつながりを大切にしてほしいです」と、さまざまな世界を知ることの大切さを訴える。「陸上競技はみなさんの人生を豊かにするものだと思うので、楽しんでほしい」。そう笑顔で語る表情がその充実ぶりを物語っている。

文/中村 外

東京五輪の代表に内定し、自身初の舞台に挑む女子100mハードルの寺田明日香(ジャパンクリエイト)。いったんは陸上競技を引退しながらも、結婚・出産と他競技への転向を経て、今は陸上競技で以前よりもさらに強くなった姿を示し続けている。最大の目標に掲げてきた大舞台を前に、寺田は何を思うのか。日本選手権後に行われたインタビューで心境を語った。

日本記録を塗り替えても 「予想の範囲を超えていない」

 寺田明日香(ジャパンクリエイト)が日本選手権を初めて制したのは社会人1年目の2008年。2010年には3連覇を達成し、日本の女子100mハードルを牽引する存在となった。寺田が次に日本選手権を勝ったのはそれから11年後、今年6月の日本選手権。この11年の間、状況はめまぐるしく変化した。 「一度陸上を引退した時には、もう優勝の景色を見ることはできないと考えていたので、いろんな人に関わってもらいながら今またこの景色を見ることができて感慨深いです」  2013年に陸上競技から離れ、結婚・出産を経験。14年に早稲田大学人間科学部の通信課程に入学し、3年間で修了した。2016年から東京五輪を目指して7人制ラグビーにも挑戦したが、19年には陸上競技に電撃復帰している。  しかも、復帰した19年には100mハードルで日本史上初の12秒台突入となる12秒97をマーク。今年6月には自身の樹立した日本記録を12秒87まで短縮した。そしてついに、11年ぶりに名実ともに日本一の座へと返り咲いた。  日本選手権で優勝はしたものの記録は13秒09(±0)。日本選手権終了時点までに東京五輪の参加標準記録(12秒84)の突破はならず、即時内定とはいかなかった。それでも、ワールドランキングで出場資格を得て、7月2日の追加発表で自身初の五輪代表入りが決定。日本選手権については「久しぶりに13秒かかって『遅い』と感じましたが、自分の中で12秒台で走るのが当たり前になっていたということはレベルアップだと受け止められるので、よかったと思っています」と振り返った。  東京五輪では「ファイナル(決勝)に残りたい」と寺田。目標タイムはかねてから「12秒6」と公言しており、そこに到達する手応えはあるという。 「復帰後はまだ会心のレースは一度もできていません。自分の予想の範囲を超えていないので、それを超えられるような走りをしたいと思っています。今はリミッターがかかっているというか、走りにフタをしている感覚があります。五輪までの1ヵ月で、何をすればそのリミッターが外れるのか、早い段階で見つけないといけません。それができれば、まあまあ(いいタイムまで)いけると思います」と、31歳のハードラーは自らの能力をさらに引き出していくつもりだ。  自身のフィジカル・メンタル面の強化はもちろんのこと、道具へのこだわりも追求している。昨春からスパイクはアディダスの『アディゼロ プライム スプリントスパイク』を使用。「(プレートが)硬くて使いこなすのが難しいところもありますが、いいタイミングで接地すればすごく速く反発が得られる。うまく使いこなせればいい武器になります」と、これもパフォーマンス向上につなげている。 寺田が現在愛用するスパイクシューズは『アディゼロ プライム スプリント 東京 スパイク』

別の世界を知ることで 新しい見え方、考え方ができる

 北海道・恵庭北高時代は100mハードルでインターハイを3連覇。3年時の2007年には13秒39の高校記録(当時)も樹立し、早くから将来を嘱望されたアスリートだった。高校卒業後も陸上一色の人生を進んでいただけに、「陸上がダメになったら自分の存在価値は何なんだろう、と考えて疲れてしまった部分がある」と話す。  一度陸上から離れ、出産や大学進学などを経験したことで、復帰した時には“アスリート以外の顔”を持てたことが現在の競技に生かされているそうだ。 「一つのことを極めるのはそれはそれでいいことですが、いろんなことに目を向けることで新しい見え方、考え方ができるようになると思います。トレーニングについても同じ。調子が良かった時のルーティンにとらわれたり、ベストが出た時の体重や感覚などが最善だと考えがちですが、いろんな見方ができるほうが新しいことにチャレンジしやすい。自分がこだわってしまっていることを壊すという意味でも必要なことだと思います」  その言葉の通り、心身ともに新たな面を獲得し、陸上界に戻ってきたのが2年前。13年に一度引退した時の自己ベストは13秒05(09年)だったが、19年に陸上界へ復帰するや、その年に12秒97と早くも日本記録を塗り替えた。今季は12秒台を6回もマークしており、以前よりも格段にレベルアップしているのは明らかだ。  日本の女子短距離選手としては異例とも言える31歳での五輪初代表。「やれるところまでやりたい」と東京五輪後のチャレンジにも意欲的で、今年の秋は100mにも注力する予定だ。 「100mのベストは11秒63ですが、(100mハードルで)世界の上位にいる選手は100mが11秒2から11秒4くらい。そう考えると、できるだけ速くなりたいと思っています」  陸上選手として前例のないキャリアを切り開いてきた寺田。パイオニアとしての意識は「全然ない」と笑い飛ばすが、これまでの生き方については「後悔していることはありません。周りからの期待を大事にして生きてきましたが、そういう時も自分の中では何をやりたいか決まっていた。大きな選択について、間違っていることはないと思います」ときっぱりと言い切る。  若い世代の選手に向けても「陸上だけがすべてではない。いろんな顔を持ってほしいし、多くのつながりを大切にしてほしいです」と、さまざまな世界を知ることの大切さを訴える。「陸上競技はみなさんの人生を豊かにするものだと思うので、楽しんでほしい」。そう笑顔で語る表情がその充実ぶりを物語っている。 文/中村 外

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