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2026.06.26

【“陸女”インタビュー】俳優として活躍する椿原愛さん 走高跳でインターハイや国体に出場!「考え方や周囲への感謝」を学んだ陸上部時代
【“陸女”インタビュー】俳優として活躍する椿原愛さん 走高跳でインターハイや国体に出場!「考え方や周囲への感謝」を学んだ陸上部時代

走高跳でインターハイや国体に出場した椿原愛さん

県内屈指の強豪校で全国大会出場

――富山県内でも有数の強豪校に進学されます。

椿原 受験勉強もなくて最高! と思ったのですが、春から地獄を見ました(笑)。まず部の規則も厳しいですし、練習も本当にきつくてビックリしました。私たちの世代から女子の強化を始めていくという感じだったんです。

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――どんな練習が印象に残っていますか。

椿原 陸上競技場のメインスタンドの階段を1段ずつ走って、その他のスタンドの坂になっている芝生席を上下しながら競技場を1周するメニューもありました。いわゆる“根性練”もありましたね。

当時はグラウンドも少し離れていたので、校舎内の限られたスペースでの練習。雪が降っても関係なく、雪の中で走って暑くて半袖半ズボンでした。

特別メニューとして朝練習でバスケットボールのレイアップシュート100本というのもありました! 走高跳の動作似ているというので…。100本決めてから授業。シャワーもなくて汗だくだったので大変でしたね。

強豪校の厳しい練習を「地獄を見た(笑)」と振り返る

――そんな中でもしっかり続けられています。

椿原 辞めるという選択肢はなかったです。負けず嫌いというのもありましたし、先生の言っていることはやっぱり正しいことばかりだったんです。

――そうまでして続けた走高跳。その魅力は?

椿原 やっぱり優勝した時や、記録が出た時の楽しさと喜びがありました。練習は走練習が中心で基本的に苦しいのですが、月に数回だけ競技場に行ける日があると跳躍練習ができるんです。やっぱりバーを越えられた瞬間が一番楽しい。バーが残ってマットから降りる時の風景が好きでした。

――インターハイには1、2年に出場。国体でも富山県代表になられています。

椿原 1年生の時に1m60を跳んで、県新人で優勝しました。それが生涯ベストになりました。2年生の時は体型の変化に少し苦しんだのですが、1年目を終えてからより真剣に取り組むようになったこともあって、大会成績は一番良かったです。県大会も優勝できたんです。

国体ではいろんな種目のトップ選手と同じ宿舎になったのが印象的でした。全国トップクラスの選手たちは、規則正しい生活をしていて、寝る前にも腹筋をし始めたんです! これはかなわないなって思いましたね。

――一番思い出深い大会を教えてください。

椿原 高3のインターハイ、北信越大会です。1m58で5位タイだったのですが、その順位で3人並んだんです。インターハイまで行けるのは6人だけ。順位決定戦が行われて、3人のうち私1人だけが落ちてしまいました。本当に悔しくて、教えてくれた監督に申し訳なかったです。

本当に感謝しているんです……。(※涙をこぼす椿原さん)

当時から厳しくも並々ならぬ生徒への愛情も、私への期待も伝わっていたのですが、今は余計に感じます。本当に熱心に接してくださいました。教員としてのお仕事もあるのに、時間外で部活を見てくださる。無償の愛ですよね。自分が働くようになって、改めて感じます。

――陸上は高校で終えられたのですね。

椿原 高3の時は1m70を目標にしていましたが、届きませんでした。練習でも手応えがあったのですが…。とにかくインターハイと国体に向けてやっていたので、それが終わったら考えようと思っていました。

でも、全国では歯が立たなかったので引退を決めました。当時の私なりには全力で練習したつもりでしたが、今思えばもっと練習しておけば良かったな、と思います。そうすれば1m70は跳べたと思うので、それだけが心残りです。今の頭で戻ったら、もっとフルパワーで練習します。あとは、日焼け止めをちゃんと塗りますね(笑)

オリンピックの花形である陸上競技! 球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画! きつかった練習は!? 楽しかった思い出は!? 陸上を通して学んだことは!?グラビアアイドルとしてデビューし、今はタレント、俳優として活躍を続ける椿原愛さん。中学、高校と走高跳に夢中で、インターハイや国体への出場経験もある。今思い返しても「もっといっぱい練習がしたい」と言う陸上部時代の話を聞きました。

運動神経抜群で中学から陸上部

――プロフィールには走高跳でインターハイ、国体出場と素晴らしい実績が載っています! 当時の雑誌にも成績がちゃんと残っていますし、写真もありました…。椿原 懐かしいですね。そうだ、この時の表紙。インターハイで同じ走高跳の戸邉直人さんが活躍されていたのをよく覚えています。――もともと、運動は得意だったのですか。椿原 一番好きな授業は体育、という子どもでした。小学生のとき、陸上クラブではなかったのですが、体育の授業の様子を見た先生から走幅跳の大会に出ないかと誘われました。体育の時の記録が県大会の決勝に行けるくらい跳んでいたようです。――それは陸上部から誘われますね!椿原 中学では有無を言わさず陸上部。他に選択肢はなかったですし、迷いもなかったですね。走幅跳は強い先輩がいたこともあって、走高跳に転向しました。陸上部の中ではそれほどスピードがあるほうではないという自覚があったので、移行して良かったです。最初ははさみ跳びから始めて、徐々にマットに後ろから跳ぶようになって……。なんだか楽しかった思い出が蘇ってきました![caption id="attachment_211190" align="alignnone" width="800"] 当時の『月陸』を懐かしそうに見返す椿原愛さん[/caption]――陸上部の雰囲気は?椿原 当時の顧問の先生が、まだ試合に出られるくらいの方だったので、一緒に練習をする熱血タイプでした。結構、みんなまじめに練習していましたが、楽しい雰囲気でしたね。中3の時に県大会で6位になって、北信越大会では5cmも自己新の1m55を跳んでしまって……。その結果で高校からスポーツ推薦のお話をいただきました。

県内屈指の強豪校で全国大会出場

――富山県内でも有数の強豪校に進学されます。椿原 受験勉強もなくて最高! と思ったのですが、春から地獄を見ました(笑)。まず部の規則も厳しいですし、練習も本当にきつくてビックリしました。私たちの世代から女子の強化を始めていくという感じだったんです。――どんな練習が印象に残っていますか。椿原 陸上競技場のメインスタンドの階段を1段ずつ走って、その他のスタンドの坂になっている芝生席を上下しながら競技場を1周するメニューもありました。いわゆる“根性練”もありましたね。当時はグラウンドも少し離れていたので、校舎内の限られたスペースでの練習。雪が降っても関係なく、雪の中で走って暑くて半袖半ズボンでした。特別メニューとして朝練習でバスケットボールのレイアップシュート100本というのもありました! 走高跳の動作似ているというので…。100本決めてから授業。シャワーもなくて汗だくだったので大変でしたね。[caption id="attachment_211192" align="alignnone" width="800"] 強豪校の厳しい練習を「地獄を見た(笑)」と振り返る[/caption]――そんな中でもしっかり続けられています。椿原 辞めるという選択肢はなかったです。負けず嫌いというのもありましたし、先生の言っていることはやっぱり正しいことばかりだったんです。――そうまでして続けた走高跳。その魅力は?椿原 やっぱり優勝した時や、記録が出た時の楽しさと喜びがありました。練習は走練習が中心で基本的に苦しいのですが、月に数回だけ競技場に行ける日があると跳躍練習ができるんです。やっぱりバーを越えられた瞬間が一番楽しい。バーが残ってマットから降りる時の風景が好きでした。――インターハイには1、2年に出場。国体でも富山県代表になられています。椿原 1年生の時に1m60を跳んで、県新人で優勝しました。それが生涯ベストになりました。2年生の時は体型の変化に少し苦しんだのですが、1年目を終えてからより真剣に取り組むようになったこともあって、大会成績は一番良かったです。県大会も優勝できたんです。国体ではいろんな種目のトップ選手と同じ宿舎になったのが印象的でした。全国トップクラスの選手たちは、規則正しい生活をしていて、寝る前にも腹筋をし始めたんです! これはかなわないなって思いましたね。――一番思い出深い大会を教えてください。椿原 高3のインターハイ、北信越大会です。1m58で5位タイだったのですが、その順位で3人並んだんです。インターハイまで行けるのは6人だけ。順位決定戦が行われて、3人のうち私1人だけが落ちてしまいました。本当に悔しくて、教えてくれた監督に申し訳なかったです。本当に感謝しているんです……。(※涙をこぼす椿原さん)当時から厳しくも並々ならぬ生徒への愛情も、私への期待も伝わっていたのですが、今は余計に感じます。本当に熱心に接してくださいました。教員としてのお仕事もあるのに、時間外で部活を見てくださる。無償の愛ですよね。自分が働くようになって、改めて感じます。――陸上は高校で終えられたのですね。椿原 高3の時は1m70を目標にしていましたが、届きませんでした。練習でも手応えがあったのですが…。とにかくインターハイと国体に向けてやっていたので、それが終わったら考えようと思っていました。でも、全国では歯が立たなかったので引退を決めました。当時の私なりには全力で練習したつもりでしたが、今思えばもっと練習しておけば良かったな、と思います。そうすれば1m70は跳べたと思うので、それだけが心残りです。今の頭で戻ったら、もっとフルパワーで練習します。あとは、日焼け止めをちゃんと塗りますね(笑)

雑誌モデルのオーディションを経て芸能界へ

――陸上部の頃から芸能界には興味があったのですか?椿原 芸能界はまったく考えていませんでした。もともとファッションや美容に感心があったので、美容師の資格と取ろうと専門学校に進みました。卒業後に、雑誌のモデルオーディションに応募したのがきっかけで事務所に入ったんです。大阪で1年ほど活動してから上京しました。バラエティー番組に出られたらいいなと思って、その入口になればとグラビアを始めました。部活に比べれば大変なことはありません! でも、寒い時の撮影はちょっと大変でした。――陸上もグラビアも体型維持が大変そうですね。椿原 グラビアの時も食事には気をつかっていましたが、特別なことはしていませんでした。陸上部時代は臀部や腰周りがしっかりしていましたし、脚が太いのがコンプレックスでした。でも、今思えばそれがいいんじゃないかなって。あんなムキムキになれない。毎日やった人だけが手に入れられる宝物です。最近は週2、3回ほどジムに通って筋トレをするのと、ゴルフも結構やっています。[caption id="attachment_211193" align="alignnone" width="800"] あの厳しい練習を乗り越えたから今がある[/caption]――現在は俳優としても活躍されています。椿原 事務所でお芝居のワークショップがあり、参加したのがきっかけです。最初は台本をもらって少し演じるくらいから始めました。お芝居の大変なところは、正解がないところ。そのぶん、工夫して自分なりに考えるのが難しくておもしろい部分でもあります。7月23日にスタートする『大空港GATE24』(テレビ朝日系列)にも出演するので、ぜひみなさんに見ていただきたいです!――今後、やってみたい役などはありますか。椿原 もともと、歴史が好きなので時代劇に出演してみたいです。目標は大河ドラマ!――陸上選手の役柄で空気清浄機Airdogの広告に出演もされています。椿原 高校時代の監督もすごく喜んでくれました! 一番反響がありましたね。走高跳ではなく、クラウチングスタートをしている動画でしたが(笑)――お仕事をしていて、陸上部の経験が生きていると感じることはありますか。椿原 体力や忍耐力はもちろんですが、やっぱり考え方です。あれだけの練習を乗り越えたのだから、何があっても余裕だ、と思えます。これは仕事以外でも同じメンタリティーです。あとは、感謝の気持ちです。陸上をしていたからこそ、人への感謝の気持ちを持ち続けられるようになったと思います。――最後に陸上や部活を頑張っている人たちへのメッセージをお願いします!椿原 勝ちたいなら、目標を達成したいなら、思っているよりももう少しだけ頑張ってほしいって思います。時間が経って、あとから「もう少しやれば良かった」と思っても後戻りはできません。あの頃に戻ってもう一度乗り越えられるか自信はありませんが、もし戻れるならもっといっぱい練習をしたい。今しかできないことを全力でやってください![caption id="attachment_211194" align="alignnone" width="800"] 自身の経験をもとに「もう少しだけ頑張って」とエールを送った[/caption]
つばきはら・あい/1992年5月26日生まれ。富山県出身。小学生の時に走幅跳で県大会入賞したことをきっかけに、中学から陸上部。走高跳が専門で、中学時代は県大会6位になり、1m55を跳んだ。高1で1m60の自己新。2年目に県大会優勝を果たし、インターハイ、国体に出場。21歳でモデルとしてデビュー。グラビアアイドルとして注目を集めた。現在は俳優、タレントとして活躍。とやまふるさと大使も務める。7月23日にスタートするドラマ『大空港GATE24』(テレビ朝日系:夜9時~)では上席入国審査官・名取紗良役で出演する。公式HP、X(Twitter)、TikTok、Instagram
椿原愛さんサイン入りチェキを2名様にプレゼント! 詳しくは後日、月陸の公式X(Twitter)と公式Instagramで情報をチェックしてください。構成/向永拓史【関連ページ】 櫻坂46・山田桃実さん「部活に行くのが当たり前の生活」強豪陸上部で過ごした日々 堀未央奈さん(女優・モデル)「人間形成につながった陸上部の経験」 国本梨紗さん(タレント)「あの時の記憶が数年後の自分を助けてくれる」 山本倖千恵さん(アナウンサー)「負けん気が身についた3年間」

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