2025.11.30
養蜂支援でアフリカへ

モザンビークへ養蜂支援で派遣された山梨学大OBの寺田篤哉さん(本人提供)
2016年にJICA海外協力隊としてモザンビークに養蜂支援のため派遣された。本当はケニアに行きたかったのだが、養蜂開発普及員の要請がモザンビークであったため、アフリカに何か恩返しができればとの思いで決断したそうだ。
現地ではポルトガル語の習得に苦労しつつも、徐々に村人からも気軽に声をかけてもらえるようになった。コミュニケーションが取れるようになってくると養蜂技術を教えることも伝わり、そして学ぶ村人たちもメキメキ技術や知識を吸収してくれたそうだ。
アフリカの蜂は日本とは違い、なかなか養蜂に馴染まずとても苦労したそうだ。しかしながら、現地の方々の励ましと協力により、やっとのことで少しずつ生産量を向上させることにこぎつけた。
モザンビークで頑張ることができたのは、母校の留学生が言葉や習慣・文化の違いをチームや地域の人たちに応援してもらい乗り越えてゆく姿を目の当たりにしてきたからである。そのように一緒に過ごした日々を思い起こすことができたからだと熱く語ってくれた。
当初この地域での蜂蜜の生産量は6トンだったが、10年経って現在は42トンの蜂蜜を生産するにいたっているとのことである。モザンビークの地域住民が、地域の経済活性と自立を達成できたモデルケースとして、今年の大阪万博モザンビークパビリオンで、指導していた養蜂農家の蜂蜜が出展されたと誇らしげに語ってくれた。このストーリーを聞き、私の心までほっこりと温かくなった気がした。
2019年くらいに帰国した直後にマラリア(アフリカの風土病)が発症し危篤状態となるも回復。翌年に将来の独立を目指し更なる知識と技術習得のために埼玉県農業大学校に入学し、22年に人口1万人の埼玉県越生町に移住し、「寺田養蜂園」の屋号で養蜂家として独立した。100群のミツバチを育て蜂蜜を販売し、地域の特産品である梅の成木林を受け継ぎ50本栽培している。25年には埼玉県はちみつ品評会で276点の中から最高位である名誉賞(農政局長賞)を受賞したことから今後の発展を期待したい。
彼は「ランナーとして高校・大学と7年間、雨の日も雪の日も早起きして走り続けた経験がある。お陰さまで、今はミツバチに合わせて朝早くから作業に従事することはまったく苦になりませんよ」と笑って答えてくれた。
今後は大学時代のチームのように、地域密着型で地域の方に喜んでもらえる養蜂場を目指し頑張ってゆきたいと抱負を語ってくれた。
ケニア人留学生と過ごした体験が、モザンビークへと場所を変え、根を張り、大阪万博で小さな花を咲かせ、そして越生町でたくさんの花を咲かせようとしている。
卒業生の頑張りに、少し背中を押された心地よさを胸に今日も頑張ろう! 養蜂箱がクマに荒らされぬことを願いつつ。
| 上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第63回「アフリカへの恩返しで大輪の花」
日本には四季があり、その季節の移ろいを愛でる文化が根づいている。 長距離ランナーにとって季節特有の風や景色の変化を、肌で感じることができるのも楽しみの一つである。ところが、今年はなんだか春と秋がするりと過ぎ去ったようだ。印象的には暑く長い夏と、紅葉を楽しむ間もなく冬の到来を感じてしまいそうである。 「四季というよりは二季と言いたいぐらいですね」とテレビの気象予報士が解説していたことにうなずいてしまう。暑くとも寒くともランナーにとってそれなりの注意点はあり、対策を立てなければならないのは周知のことであろう。 ところが、最近は注意点どころか警戒及び回避を求められるニュースが連日報じられている。それは“クマ”! 日本列島の九州・沖縄以外は広く生息する熊(北海道はヒグマ・他はツキノワグマ)が、人々の生活圏へ進出してきたことに伴い、人的被害及び農作物などへの被害が急増していることはとても他人事ではない。 熊の目撃情報を受けて、スポーツイベント(地域に根づくマラソン大会や駅伝大会を含む)の中止や、開催するにあたっても中止を決定するフローが作成されたりもしている現状である。 ランナーのトレーニングコースや林道を駆け抜けるクロスカントリートレーニングも、もしもの危険を想定すれば、おいそれと導入できないのが現状であろう。 山梨でも過去40年間、山間部の練習場所ではクマに注意の看板を横目に走り続けてきたが、一度もクマに遭遇したことはなかった。しかしながら近隣でクマの目撃情報が報告されると回避するしかない。 早朝練習のまだ薄暗い時間帯、甲府市の緑が丘スポーツ公園の坂道の折り返し地点に向かう道中も、ブルートゥーススピーカーからラジオニュースや音楽の音量を上げて向かっている。ラジオ体操で近隣の高齢者の皆さんが集う場所でもあったが、しばらくは坂の下の公園内の広場に変更したという。 ミツバチを飼育する養蜂箱はクマの格好のターゲットとなるそうで、被害が多発していると聞くに及んだ。そんなこともあり2013年の卒業生で養蜂業を営んでいる寺田篤哉君に電話をかけてみた。大学の同期にはマラソンの森井勇磨(京都陸協)、酒井根中学で中学駅伝初優勝に導いた小川健太(現・柏日体高教)がいる。 彼の話によるとクマのプーさんがハチミツの壺を抱えてうっとりと蜜を舐めているのとは大違いで、ハチミツよりも巣箱の中の幼虫をタンパク源として捕食する。巣箱そのものを破壊し、食い荒らして被害が大きくなるとのことであった。 寺田君は、山梨学院高2年時にケニアからの留学生オンディバ・コスマス(当時3年)と同室で過ごしていた経験がある。その時、ケニアの生活や文化について毎日のように聞かされていたそうだ。 その頃はケガ・故障で苦しい時ではあったが、留学生に励まされつつあきらめずに陸上に打ち込むことができた。その経験から、いつかはアフリカに恩返しがしたいと考えるようになったと言う。 大学時代も故障が多くて結果も伴わなかったけれども、一般受験生を主体とした5000m16分前後の選手がトレーニングをする「サテライトチーム」で卒業まで頑張って練習を続けたことは、今でも粘り強く仕事に従事することができる原動力であると語ってくれた。養蜂支援でアフリカへ
[caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"]
モザンビークへ養蜂支援で派遣された山梨学大OBの寺田篤哉さん(本人提供)[/caption]
2013年の大学卒業後は、かねてより興味のあった養蜂業習得のため、福島県二本松市の養蜂場に就職し3年間技術を磨いた。
2016年にJICA海外協力隊としてモザンビークに養蜂支援のため派遣された。本当はケニアに行きたかったのだが、養蜂開発普及員の要請がモザンビークであったため、アフリカに何か恩返しができればとの思いで決断したそうだ。
現地ではポルトガル語の習得に苦労しつつも、徐々に村人からも気軽に声をかけてもらえるようになった。コミュニケーションが取れるようになってくると養蜂技術を教えることも伝わり、そして学ぶ村人たちもメキメキ技術や知識を吸収してくれたそうだ。
アフリカの蜂は日本とは違い、なかなか養蜂に馴染まずとても苦労したそうだ。しかしながら、現地の方々の励ましと協力により、やっとのことで少しずつ生産量を向上させることにこぎつけた。
モザンビークで頑張ることができたのは、母校の留学生が言葉や習慣・文化の違いをチームや地域の人たちに応援してもらい乗り越えてゆく姿を目の当たりにしてきたからである。そのように一緒に過ごした日々を思い起こすことができたからだと熱く語ってくれた。
当初この地域での蜂蜜の生産量は6トンだったが、10年経って現在は42トンの蜂蜜を生産するにいたっているとのことである。モザンビークの地域住民が、地域の経済活性と自立を達成できたモデルケースとして、今年の大阪万博モザンビークパビリオンで、指導していた養蜂農家の蜂蜜が出展されたと誇らしげに語ってくれた。このストーリーを聞き、私の心までほっこりと温かくなった気がした。
2019年くらいに帰国した直後にマラリア(アフリカの風土病)が発症し危篤状態となるも回復。翌年に将来の独立を目指し更なる知識と技術習得のために埼玉県農業大学校に入学し、22年に人口1万人の埼玉県越生町に移住し、「寺田養蜂園」の屋号で養蜂家として独立した。100群のミツバチを育て蜂蜜を販売し、地域の特産品である梅の成木林を受け継ぎ50本栽培している。25年には埼玉県はちみつ品評会で276点の中から最高位である名誉賞(農政局長賞)を受賞したことから今後の発展を期待したい。
彼は「ランナーとして高校・大学と7年間、雨の日も雪の日も早起きして走り続けた経験がある。お陰さまで、今はミツバチに合わせて朝早くから作業に従事することはまったく苦になりませんよ」と笑って答えてくれた。
今後は大学時代のチームのように、地域密着型で地域の方に喜んでもらえる養蜂場を目指し頑張ってゆきたいと抱負を語ってくれた。
ケニア人留学生と過ごした体験が、モザンビークへと場所を変え、根を張り、大阪万博で小さな花を咲かせ、そして越生町でたくさんの花を咲かせようとしている。
卒業生の頑張りに、少し背中を押された心地よさを胸に今日も頑張ろう! 養蜂箱がクマに荒らされぬことを願いつつ。
| 上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
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