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2023.08.28

【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第36回「『ユニバ』の視察研修を終えて~スポーツを通じて広がる各国との友好親善の輪~」


山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第36回「『ユニバ』の視察研修を終えて~スポーツを通じて広がる各国との友好親善の輪~」

盛夏の7月28日~8月8日(陸上は8月1日~6日)、世界の学生選手権であり別名“学生のオリンピック”とも言われている「ワールドユニバーシティゲームズ(以下、WUG/World University Games/世界学生選手権)」が中国・四川省の成都で開催された。

前回大会まではユニバーシアード(Universiade)と呼称され、コロナ禍の影響で2年間の延期を余儀なくされた今大会より名称変更された。

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歴史を振り返れば、国際学生連合の設立は、関東学生陸上競技連盟と同年の1919年(大正8年)である。そして、大戦後のスポーツ界における東西分断等を憂いながらも世界規模の組織の統合や合流を経て、現在WUGを主宰する国際大学スポーツ連盟(Federation Internationale du Sport Universitaire/FISU)が1949年に設立されている。

1957年にフランス・パリにおいて念願の東西両側の学生が参加する大会が開催され、2年後の1959年トリノ大会において、地元イタリアの組織委員会により「ユニバーシアード」と命名された。これが公式上の第1回ユニバーシアード競技大会となる。
(※私の生まれ年でもある)

ちなみに日本学生陸上競技連合(日本学連)は、1927年に西日本と東日本の学生組織を統合。翌年の1928年に当時の明治神宮競技場にて発足式が行われ、第1回日本学生陸上競技対校選手権が行われている。

成都で繰り広げられた熱き学生たちの戦いぶりを連日見届けた。ほとんどの種目のメダル授与式に起立脱帽のうえ、メダル獲得をした選手をたたえた。

オリンピックであれば優勝者の国歌演奏のもと国旗が掲揚される。しかしながら、第1回ユニバーシアードから名称変更された今大会まで、国旗ではなく5色の星に囲まれた‘U’の字があしらわれたFISU旗が掲揚され、国歌の代わりにFISU賛歌「Gaudeamus Igitur (だから愉快にやろう)」の演奏が場内に流れる。

ラテン語で歌われる歌詞は「私たちを育てる学びの園は栄える。教えの源。学生よ、仲間よ、遠方寄り集まる者たちよ。いざ旅立ち、いざ集え!」と締めくくられる。

この歌はガウデアムス(学生歌)としてヨーロッパの卒業式の歌として定着しているそうだ。
(日本ならば「仰げば尊し」だろうか?)

国のシンボル(国旗や国歌)や参加資格に関する問題などを含め、FISUは定款第2条に「FISUは、政治、宗教また人種に関わる思惑や差別と相容れることなく活動する」と記している。このような趣旨と信念において、世界規模の学生が集う競技会を2年毎に開催してくれていることを大変ありがたく思う。

勝者を称えるFISU賛歌の演奏とともに、この大会がスポーツ文化の醸成に寄与できるアスリートの育成に貢献しているのではないかと、掲揚ポールではためく3枚のFISU旗を眺め、思いを馳せた。

通称「ユニバ」と呼ばれるこの大会に私が選手を伴って初めて参加したのが、1989年のドイツ・デュースブルク大会からだった。次の英国・シェフィールド大会(91年)、米国のバッファロー大会(93年)、日本の福岡大会(95年)と当時の留学生ジョセフ・オツオリとケネディ・イセナ、そしてステファン・マヤカ(現在は日本国籍を取得し真也加ステファン)達と、いずれもケニア選手団の中に交じっての参加であった。

海外遠征の体験は、その国やその環境に身を置くことによって文化や言語、それぞれの国の歴史や風土的背景を直に感じ、学ぶ機会を得ることにあると思う。

デュースブルク大会では前年のソウル五輪男子3000m障害で8分05秒51の記録で金メダルを獲得しているジュリアス・カリウキ(ケニア)が10000mにエントリーしてきた。ラスト1000mまでオツオリがレースを引っ張るも、金メダリストの鮮やかなスパートに舌を巻いた。バッファロー大会では、マラソンでイセナが優勝。ドーピング検査に真夜中までかかってしまったことを懐かしく思い起こすことができる。

93年バッファロー大会マラソンで優勝したケネディ・イセナ(左)。中央の私を挟んで右は当時大学3年生だった北条幸治君

※ドーピング検査は試合後に自分の尿を決められた検査室で検査官の見ているところで採尿し、2本のボトル(1本は直後の検査用、もう1本は検査で陽性となった場合に再検査に使うためなど)に詰め替えて提出する。国際大会ではメダリストは必須となる場合がある。

真夏のフルマラソンを完走した後のドーピング検査は、絶望的に尿が出ない。レース後ドーピング検査室に招集された選手が、準備されたドリンクを散々飲み干しても尿意につながらない。検査官は「焦らなくても良いですよ」と落ち着いて座っているが、レースを終え、疲労困憊の選手は一刻も早く選手村に引き上げ、ゆっくり休みたいところである。

最後はドリンクを冷やしている大きな氷の塊をバスタオルで巻き、抱えながらシャワーを浴びてみようとアイディアを出し、各国の付き添いのコーチも了解してくれたのでシャワールームで水シャワーを浴びさせた。やっとのことで採尿ができて選手と各国のコーチとハイタッチしたことを昨日のように思い出す。

今回の猛暑の成都で行われた男女ハーフマラソンと競歩のドーピングコントロールはどうだったのだろう?と思い、日本選手団のコーチとして現地に帯同していた神奈川大学の大後栄治監督に話をうかがった。

「今大会から氷を張ったアイスバスがサブグラウンドやドーピングコントロール室など何ヵ所かに設置されており、選手は比較的早く採尿を終えて帰ってきましたよ」

熱中症予防もかねてこのような配慮があることは、スポーツ医科学の発展と浸透がなせることなのであろう。

競歩の給水サポート

何はともあれスポーツを通した各国との友好親善の輪を広げるとともに、積極的に情報交換と交流の機会を逃さないことは肝要であり楽しみでもある。

スタンドでは各国のコーチや選手とも席を同じくさせていただき、折りあるごとにコミュニケーションをとり情報交換させていただく機会を得た。

特にケニアチームの選手(短距離)と監督が「ケニアは長距離だけでなく、これからは短距離やフィールドにも世界で戦える人材の育成をしてゆく」と語ってくれた。長距離は依然世界のトップクラスを席巻する勢いに衰えを見せないが、そう簡単なことではないのではないだろうかと話を振ると、キクユ、カレンジン、カンバ、キシイなどの各部族は長距離マラソンに向いた部族だが、「しっかりコーチングすれば、ビクトリアレイクの周辺に住むルオー族はパワーもありスピードも期待できるんだ!」とニコニコと話してくれた。

帰国後、世界陸上のテレビ中継を横目に当コラムの作成をしていると、男子100m決勝にケニアのユニフォームがあることに感動を覚えた。選手の豊かな才能を開花させる指導者の育成とコーチング力の大切さを再認識させられた。

今回の視察研修は、関東学連所属の選手をWUGに代表として送り出した各大学の指導者の方々とのデレゲーションであった。普段はなかなかゆっくりとお話しをさせていただく機会もない方々であったが、今回は親しく交流させて頂いた。

いずれの先生方も日本代表や海外での遠征試合・合宿を経験したり、留学や海外のクラブチームで研鑽を積まれたりと、豊富なご経験と知見・問題解決能力をお持ちの方々であった。

現地視察団の面々

転じて思うに、海外遠征などで不自由な生活や様々な問題を自己解決してゆくバイタリティーを、今の大学生がいかに培っていくかということがとても大切な指導でもあると考えさせられた。そのようなことをふまえ、海外での様々な大会や合宿に派遣される選手、日本代表として海外に渡航する学生アスリート諸君には、そのような経験がその後に生かされるようしっかり学んできてほしいと願わずにはいられない。

今回開催された四川省・成都は、三国志の舞台となる歴史的に意義のある地域であり、パンダの生息地として馴染み深い。四川料理は日本の食文化にも溶け込む麻婆豆腐発祥の地であり、激辛の火鍋とともにこの地区の食文化を反映している。

中国国内でも多部族・多民族が固有の文化を形成しており、特に食文化に反映されているので競技場以外ではそのような食文化に触れつつその土地独特の生活習慣にも触れてみることとした。

地元の露店で現地料理を食す

結局、火鍋が3回、麻婆豆腐など四川料理が2回、新疆ウイグル族の串焼きを1回夕食として食した。早朝行われた競歩・ハーフマラソンの応援隊はコース近くの露店で調理されるセイロ蒸しなどを地元の方々と肩を並べて食べた。ローカルな地元の生活感が滲み出るところで飲食を共有することが、その土地を知るきっかけになる。

早朝ジョグをする習慣があるので、中国独特の景観や市民の生活感あふれる写真や動画を視察団のトークグループで共有するように務めた。競技会以外にも時間を見つけ、三国志の諸葛孔明などを祀ってある武后祠に競技の合間に行ってみた。

積極的にその土地ならではの場所に赴き、歴史や文化に触れて帰ることは、ある種固定観念を払拭し、新たな視野や視点を得るという点で重視している。国内外を問わず積極的に行動してしまうのは、以前のコラムにも書いた通り、あちこちふらふらとうろつく野良犬的性格の私だからかもしれない。

上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第36回「『ユニバ』の視察研修を終えて~スポーツを通じて広がる各国との友好親善の輪~」

盛夏の7月28日~8月8日(陸上は8月1日~6日)、世界の学生選手権であり別名“学生のオリンピック”とも言われている「ワールドユニバーシティゲームズ(以下、WUG/World University Games/世界学生選手権)」が中国・四川省の成都で開催された。 前回大会まではユニバーシアード(Universiade)と呼称され、コロナ禍の影響で2年間の延期を余儀なくされた今大会より名称変更された。 歴史を振り返れば、国際学生連合の設立は、関東学生陸上競技連盟と同年の1919年(大正8年)である。そして、大戦後のスポーツ界における東西分断等を憂いながらも世界規模の組織の統合や合流を経て、現在WUGを主宰する国際大学スポーツ連盟(Federation Internationale du Sport Universitaire/FISU)が1949年に設立されている。 1957年にフランス・パリにおいて念願の東西両側の学生が参加する大会が開催され、2年後の1959年トリノ大会において、地元イタリアの組織委員会により「ユニバーシアード」と命名された。これが公式上の第1回ユニバーシアード競技大会となる。 (※私の生まれ年でもある) ちなみに日本学生陸上競技連合(日本学連)は、1927年に西日本と東日本の学生組織を統合。翌年の1928年に当時の明治神宮競技場にて発足式が行われ、第1回日本学生陸上競技対校選手権が行われている。 成都で繰り広げられた熱き学生たちの戦いぶりを連日見届けた。ほとんどの種目のメダル授与式に起立脱帽のうえ、メダル獲得をした選手をたたえた。 オリンピックであれば優勝者の国歌演奏のもと国旗が掲揚される。しかしながら、第1回ユニバーシアードから名称変更された今大会まで、国旗ではなく5色の星に囲まれた‘U’の字があしらわれたFISU旗が掲揚され、国歌の代わりにFISU賛歌「Gaudeamus Igitur (だから愉快にやろう)」の演奏が場内に流れる。 ラテン語で歌われる歌詞は「私たちを育てる学びの園は栄える。教えの源。学生よ、仲間よ、遠方寄り集まる者たちよ。いざ旅立ち、いざ集え!」と締めくくられる。 この歌はガウデアムス(学生歌)としてヨーロッパの卒業式の歌として定着しているそうだ。 (日本ならば「仰げば尊し」だろうか?) 国のシンボル(国旗や国歌)や参加資格に関する問題などを含め、FISUは定款第2条に「FISUは、政治、宗教また人種に関わる思惑や差別と相容れることなく活動する」と記している。このような趣旨と信念において、世界規模の学生が集う競技会を2年毎に開催してくれていることを大変ありがたく思う。 勝者を称えるFISU賛歌の演奏とともに、この大会がスポーツ文化の醸成に寄与できるアスリートの育成に貢献しているのではないかと、掲揚ポールではためく3枚のFISU旗を眺め、思いを馳せた。 通称「ユニバ」と呼ばれるこの大会に私が選手を伴って初めて参加したのが、1989年のドイツ・デュースブルク大会からだった。次の英国・シェフィールド大会(91年)、米国のバッファロー大会(93年)、日本の福岡大会(95年)と当時の留学生ジョセフ・オツオリとケネディ・イセナ、そしてステファン・マヤカ(現在は日本国籍を取得し真也加ステファン)達と、いずれもケニア選手団の中に交じっての参加であった。 海外遠征の体験は、その国やその環境に身を置くことによって文化や言語、それぞれの国の歴史や風土的背景を直に感じ、学ぶ機会を得ることにあると思う。 デュースブルク大会では前年のソウル五輪男子3000m障害で8分05秒51の記録で金メダルを獲得しているジュリアス・カリウキ(ケニア)が10000mにエントリーしてきた。ラスト1000mまでオツオリがレースを引っ張るも、金メダリストの鮮やかなスパートに舌を巻いた。バッファロー大会では、マラソンでイセナが優勝。ドーピング検査に真夜中までかかってしまったことを懐かしく思い起こすことができる。 [caption id="attachment_113185" align="alignnone" width="2560"] 93年バッファロー大会マラソンで優勝したケネディ・イセナ(左)。中央の私を挟んで右は当時大学3年生だった北条幸治君[/caption] ※ドーピング検査は試合後に自分の尿を決められた検査室で検査官の見ているところで採尿し、2本のボトル(1本は直後の検査用、もう1本は検査で陽性となった場合に再検査に使うためなど)に詰め替えて提出する。国際大会ではメダリストは必須となる場合がある。 真夏のフルマラソンを完走した後のドーピング検査は、絶望的に尿が出ない。レース後ドーピング検査室に招集された選手が、準備されたドリンクを散々飲み干しても尿意につながらない。検査官は「焦らなくても良いですよ」と落ち着いて座っているが、レースを終え、疲労困憊の選手は一刻も早く選手村に引き上げ、ゆっくり休みたいところである。 最後はドリンクを冷やしている大きな氷の塊をバスタオルで巻き、抱えながらシャワーを浴びてみようとアイディアを出し、各国の付き添いのコーチも了解してくれたのでシャワールームで水シャワーを浴びさせた。やっとのことで採尿ができて選手と各国のコーチとハイタッチしたことを昨日のように思い出す。 今回の猛暑の成都で行われた男女ハーフマラソンと競歩のドーピングコントロールはどうだったのだろう?と思い、日本選手団のコーチとして現地に帯同していた神奈川大学の大後栄治監督に話をうかがった。 「今大会から氷を張ったアイスバスがサブグラウンドやドーピングコントロール室など何ヵ所かに設置されており、選手は比較的早く採尿を終えて帰ってきましたよ」 熱中症予防もかねてこのような配慮があることは、スポーツ医科学の発展と浸透がなせることなのであろう。 [caption id="attachment_113181" align="alignnone" width="2560"] 競歩の給水サポート[/caption] 何はともあれスポーツを通した各国との友好親善の輪を広げるとともに、積極的に情報交換と交流の機会を逃さないことは肝要であり楽しみでもある。 スタンドでは各国のコーチや選手とも席を同じくさせていただき、折りあるごとにコミュニケーションをとり情報交換させていただく機会を得た。 特にケニアチームの選手(短距離)と監督が「ケニアは長距離だけでなく、これからは短距離やフィールドにも世界で戦える人材の育成をしてゆく」と語ってくれた。長距離は依然世界のトップクラスを席巻する勢いに衰えを見せないが、そう簡単なことではないのではないだろうかと話を振ると、キクユ、カレンジン、カンバ、キシイなどの各部族は長距離マラソンに向いた部族だが、「しっかりコーチングすれば、ビクトリアレイクの周辺に住むルオー族はパワーもありスピードも期待できるんだ!」とニコニコと話してくれた。 帰国後、世界陸上のテレビ中継を横目に当コラムの作成をしていると、男子100m決勝にケニアのユニフォームがあることに感動を覚えた。選手の豊かな才能を開花させる指導者の育成とコーチング力の大切さを再認識させられた。 今回の視察研修は、関東学連所属の選手をWUGに代表として送り出した各大学の指導者の方々とのデレゲーションであった。普段はなかなかゆっくりとお話しをさせていただく機会もない方々であったが、今回は親しく交流させて頂いた。 いずれの先生方も日本代表や海外での遠征試合・合宿を経験したり、留学や海外のクラブチームで研鑽を積まれたりと、豊富なご経験と知見・問題解決能力をお持ちの方々であった。 [caption id="attachment_113182" align="alignnone" width="2216"] 現地視察団の面々[/caption] 転じて思うに、海外遠征などで不自由な生活や様々な問題を自己解決してゆくバイタリティーを、今の大学生がいかに培っていくかということがとても大切な指導でもあると考えさせられた。そのようなことをふまえ、海外での様々な大会や合宿に派遣される選手、日本代表として海外に渡航する学生アスリート諸君には、そのような経験がその後に生かされるようしっかり学んできてほしいと願わずにはいられない。 今回開催された四川省・成都は、三国志の舞台となる歴史的に意義のある地域であり、パンダの生息地として馴染み深い。四川料理は日本の食文化にも溶け込む麻婆豆腐発祥の地であり、激辛の火鍋とともにこの地区の食文化を反映している。 中国国内でも多部族・多民族が固有の文化を形成しており、特に食文化に反映されているので競技場以外ではそのような食文化に触れつつその土地独特の生活習慣にも触れてみることとした。 [caption id="attachment_113186" align="alignnone" width="656"] 地元の露店で現地料理を食す[/caption] 結局、火鍋が3回、麻婆豆腐など四川料理が2回、新疆ウイグル族の串焼きを1回夕食として食した。早朝行われた競歩・ハーフマラソンの応援隊はコース近くの露店で調理されるセイロ蒸しなどを地元の方々と肩を並べて食べた。ローカルな地元の生活感が滲み出るところで飲食を共有することが、その土地を知るきっかけになる。 早朝ジョグをする習慣があるので、中国独特の景観や市民の生活感あふれる写真や動画を視察団のトークグループで共有するように務めた。競技会以外にも時間を見つけ、三国志の諸葛孔明などを祀ってある武后祠に競技の合間に行ってみた。 積極的にその土地ならではの場所に赴き、歴史や文化に触れて帰ることは、ある種固定観念を払拭し、新たな視野や視点を得るという点で重視している。国内外を問わず積極的に行動してしまうのは、以前のコラムにも書いた通り、あちこちふらふらとうろつく野良犬的性格の私だからかもしれない。
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。

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