HOME バックナンバー
五輪の系譜/高橋尚子×野口みずき 金メダルを取れた最大の要因は「今日」を大事に!
五輪の系譜/高橋尚子×野口みずき 金メダルを取れた最大の要因は「今日」を大事に!

【五輪の系譜】高橋尚子×野口みずき

金メダルを取れた最大の要因は
「今日」を大事に!

2020年東京五輪の開催が決まってから、「月刊陸上競技」の誌上対談として何度も企画に挙がっていた女子マラソンの五輪金メダル2人の顔合わせが、このほどやっと実現した。2000年シドニー大会の高橋尚子さん(当時・積水化学)と、04年アテネ大会の野口みずきさん(当時・グローバリー)。日本の陸上史上、オリンピックで金メダルを獲得した女子選手は、現段階で2人しかいない。1年延期された東京五輪で、その系譜をつなぐ選手が現れることを切に願って、6歳違いの〝姉妹〟のような金メダリスト2人の口調は、圧倒されるほどに熱を帯びていった。

●構成/小森貞子 撮影/樋口俊秀

お互いの五輪レースをどう観たか

── 早速ですが、野口さんはシドニー五輪の高橋さんの走りを観て、マラソン挑戦を決意したそうですね。

野口 はい。たぶん長野県の菅平だったと思いますが、合宿中だったんですよ。高橋さんが優勝して「ワーッ」という歓声を独り占めしているのを観て、「格好いいなぁ。私もあれを味わいたい」と思いました。私は1999年に初めてハーフを走ったばかりで、フルマラソンはまだやったことがなかったんですけど、スイッチが入りました。ハーフでも苦しいのですから、その倍のフルは絶対にきついと想像できます。でも、あれだけ気持ち良いシーンが待っているのなら、その世界に飛び込みたいと思いましたね。

──実際、高橋さんはフィニッシュした後「楽しい42.195㎞でした」と笑顔でコメントしています。

高橋 練習のほうがはるかにきつかったので、レースは楽だったんですよ。きつかったのは最後の2.195㎞ぐらいかな。普通の人にとって42㎞は長い距離ですけど、私たちにすれば練習のきつさとそれまで走ってきた距離を考えたら、レースの42㎞なんてあっという間の出来事。逆に、今までチームで「がんばろうね」と励まし合ってやってきた充実した日々が終わっちゃう、半分寂しいような気持ちすらあったんです。半分はホッとした気持ちですけどね。

野口 シドニーの高橋さんの言葉は、98年のアジア大会(バンコク)の走りがあったからこそですよね。高温多湿の中で、最初から16分台(5㎞ごと)で行って、独走の金メダル(2時間21分47秒=当時アジア最高)。あの走りができる人は高橋さんしかいないと思います。

高橋 そう言ってくれるみずきちゃんとは、マラソンは1度も対戦してないんだよね。ハーフが1回かな。歳が6つ離れてるので、どちらかと言うと妹みたいな存在ですね。私自身はアテネ五輪の代表になれなかったんですけど、夏までには気持ちを切り替えていて、みずきちゃんのレースは合宿先のボルダー(米国)で観ていました。小出(義雄)監督や選手、関係者、7人ぐらいいましたかね。

野口 楽しそうですね。

高橋 そうなの。30㎞ぐらいからはもう一人旅になっていたから、シャンパンを用意して、フィニッシュした瞬間に、みんなで「乾杯」って言いながら騒いだのを覚えています(笑)。有森裕子さんがバルセロナ、アトランタと2大会連続でメダルを取られて、私がシドニーで取って、そのタスキを日本の選手が次につないでくれたのがすごくうれしくて、みんなで「良かった、良かった」と。アテネ五輪は3人とも入賞したんだよね。結果が良ければ、みんながつらい思いをしなくて済むじゃないですか。
そういう意味で心配だったのが、次の北京五輪(2008年)。みずきちゃんが代表入りしながらケガで出られなくなって、つらい思いをしているんじゃないか、精神的に落ち込んでいるんじゃないかと、米国にいてすごく気になっていたんです。私がメールしていいのか1日ぐらい悩んだ挙げ句、それ以前にメール交換をしていたので、「何かあったら逃げ場所になるからこっちにおいでよ」とメールを送ったら、「送信できません」と返ってきて、すごいショックで……(笑)。

野口 すみません。すごく気遣ってくれていた、というのがわかったのが、それから数年後でした(笑)。

高橋 その後、みずきちゃんがスイス・サンモリッツでやっていた高地トレーニングを、ボルダーでもやるようになって、お近づきになれました。

野口 2016年の最後のレース前は千葉のほうで合宿して、千葉に住んでいる高橋さんに悩みを聞いてもらいましたね。「姉さん……」みたいな感じで泣きながら(笑)。

この続きは2020年8月12日発売の『月刊陸上競技9月号』をご覧ください。

※インターネットショップ「BASE」のサイトに移動します
郵便振替で購入する
定期購読はこちらから

【五輪の系譜】高橋尚子×野口みずき

金メダルを取れた最大の要因は 「今日」を大事に!

2020年東京五輪の開催が決まってから、「月刊陸上競技」の誌上対談として何度も企画に挙がっていた女子マラソンの五輪金メダル2人の顔合わせが、このほどやっと実現した。2000年シドニー大会の高橋尚子さん(当時・積水化学)と、04年アテネ大会の野口みずきさん(当時・グローバリー)。日本の陸上史上、オリンピックで金メダルを獲得した女子選手は、現段階で2人しかいない。1年延期された東京五輪で、その系譜をつなぐ選手が現れることを切に願って、6歳違いの〝姉妹〟のような金メダリスト2人の口調は、圧倒されるほどに熱を帯びていった。 ●構成/小森貞子 撮影/樋口俊秀

お互いの五輪レースをどう観たか

── 早速ですが、野口さんはシドニー五輪の高橋さんの走りを観て、マラソン挑戦を決意したそうですね。 野口 はい。たぶん長野県の菅平だったと思いますが、合宿中だったんですよ。高橋さんが優勝して「ワーッ」という歓声を独り占めしているのを観て、「格好いいなぁ。私もあれを味わいたい」と思いました。私は1999年に初めてハーフを走ったばかりで、フルマラソンはまだやったことがなかったんですけど、スイッチが入りました。ハーフでも苦しいのですから、その倍のフルは絶対にきついと想像できます。でも、あれだけ気持ち良いシーンが待っているのなら、その世界に飛び込みたいと思いましたね。 ──実際、高橋さんはフィニッシュした後「楽しい42.195㎞でした」と笑顔でコメントしています。 高橋 練習のほうがはるかにきつかったので、レースは楽だったんですよ。きつかったのは最後の2.195㎞ぐらいかな。普通の人にとって42㎞は長い距離ですけど、私たちにすれば練習のきつさとそれまで走ってきた距離を考えたら、レースの42㎞なんてあっという間の出来事。逆に、今までチームで「がんばろうね」と励まし合ってやってきた充実した日々が終わっちゃう、半分寂しいような気持ちすらあったんです。半分はホッとした気持ちですけどね。 野口 シドニーの高橋さんの言葉は、98年のアジア大会(バンコク)の走りがあったからこそですよね。高温多湿の中で、最初から16分台(5㎞ごと)で行って、独走の金メダル(2時間21分47秒=当時アジア最高)。あの走りができる人は高橋さんしかいないと思います。 高橋 そう言ってくれるみずきちゃんとは、マラソンは1度も対戦してないんだよね。ハーフが1回かな。歳が6つ離れてるので、どちらかと言うと妹みたいな存在ですね。私自身はアテネ五輪の代表になれなかったんですけど、夏までには気持ちを切り替えていて、みずきちゃんのレースは合宿先のボルダー(米国)で観ていました。小出(義雄)監督や選手、関係者、7人ぐらいいましたかね。 野口 楽しそうですね。 高橋 そうなの。30㎞ぐらいからはもう一人旅になっていたから、シャンパンを用意して、フィニッシュした瞬間に、みんなで「乾杯」って言いながら騒いだのを覚えています(笑)。有森裕子さんがバルセロナ、アトランタと2大会連続でメダルを取られて、私がシドニーで取って、そのタスキを日本の選手が次につないでくれたのがすごくうれしくて、みんなで「良かった、良かった」と。アテネ五輪は3人とも入賞したんだよね。結果が良ければ、みんながつらい思いをしなくて済むじゃないですか。 そういう意味で心配だったのが、次の北京五輪(2008年)。みずきちゃんが代表入りしながらケガで出られなくなって、つらい思いをしているんじゃないか、精神的に落ち込んでいるんじゃないかと、米国にいてすごく気になっていたんです。私がメールしていいのか1日ぐらい悩んだ挙げ句、それ以前にメール交換をしていたので、「何かあったら逃げ場所になるからこっちにおいでよ」とメールを送ったら、「送信できません」と返ってきて、すごいショックで……(笑)。 野口 すみません。すごく気遣ってくれていた、というのがわかったのが、それから数年後でした(笑)。 高橋 その後、みずきちゃんがスイス・サンモリッツでやっていた高地トレーニングを、ボルダーでもやるようになって、お近づきになれました。 野口 2016年の最後のレース前は千葉のほうで合宿して、千葉に住んでいる高橋さんに悩みを聞いてもらいましたね。「姉さん……」みたいな感じで泣きながら(笑)。 この続きは2020年8月12日発売の『月刊陸上競技9月号』をご覧ください。
※インターネットショップ「BASE」のサイトに移動します
郵便振替で購入する 定期購読はこちらから

次ページ:

       

RECOMMENDED おすすめの記事

    

Ranking 人気記事ランキング 人気記事ランキング

Latest articles 最新の記事

2024.07.27

混合競歩代表の川野将虎「自分らしい粘り強い歩きで上位を目指したい」/パリ五輪

パリ五輪・陸上競技に向けて日本代表選手団が7月27日午前、出国前に羽田空港で会見を行い、意気込みを語った。 男女混合競歩リレー代表の川野将虎(旭化成)は前回の東京大会に続くオリンピック。「前回から3年間。一つの集大成」と […]

NEWS 北口榛花「新たな歴史を作れるよう」田中希実「それではみんなで、よーいどん!」日本代表コメント集/パリ五輪

2024.07.27

北口榛花「新たな歴史を作れるよう」田中希実「それではみんなで、よーいどん!」日本代表コメント集/パリ五輪

100年ぶりにフランス・パリを舞台に五輪が開幕した。陸上競技は8月1日から11日までの日程で行われる。開幕に合わせて日本オリンピック委員会(JOC)は日本代表の意気込みコメントを発表した。 2大会連続出場で女子主将を務め […]

NEWS 中大ルーキー・岡田開成が3000m7分55秒41! U20歴代4位の好タイム

2024.07.27

中大ルーキー・岡田開成が3000m7分55秒41! U20歴代4位の好タイム

7月26日、中大多摩キャンパス競技場で「Summer Night Run Festival in CHUO」が行われ、男子3000mで岡田開成(中大1)が7分55秒41とU20歴代4位のタイムをマークした。 同大会はこれ […]

NEWS 実業団 VS 大学生! 日本一を決める駅伝大会「EXPO EKIDEN 2025」の出場チーム要件決定

2024.07.26

実業団 VS 大学生! 日本一を決める駅伝大会「EXPO EKIDEN 2025」の出場チーム要件決定

7月26日、朝日放送グループホールディングスは大阪・関西万博開催を記念して実業団と大学生のトップチームがタスキをつなぐ駅伝「大阪・関西万博開催記念 ACN EXPO EKIDEN 2025」の大会概要を発表した。 この大 […]

NEWS ナイキがオストリッチデザインとオレンジを組み合わせた「エレクトリック パック」を発表 アルファフライ3などに採用

2024.07.26

ナイキがオストリッチデザインとオレンジを組み合わせた「エレクトリック パック」を発表 アルファフライ3などに採用

ナイキが7月26日、24年夏に向けた新たなラインナップ「エレクトリックパック」の発売を発表した。 55のユニークなシューズから構成される「エレクトリックパック」には、1987年の「エア サファリ」に採⽤されたアニマルプリ […]

SNS

Latest Issue 最新号 最新号

2024年8月号 (7月12日発売)

2024年8月号 (7月12日発売)

W別冊付録
パリ五輪観戦ガイド&福岡インターハイ完全ガイド

page top