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2023.01.04

駒大「ギリギリ」の戦い制し令和の常勝軍団へ 大八木弘明監督「世界」と3冠の“両立”で有終の美/箱根駅伝
駒大「ギリギリ」の戦い制し令和の常勝軍団へ 大八木弘明監督「世界」と3冠の“両立”で有終の美/箱根駅伝

8度目の総合優勝を飾った駒大(2023年箱根駅伝)

◇第99回箱根駅伝(1月2、3日:東京・大手町←→神奈川・箱根町/10区間217.1km)

これほどまでに美しい引き際があるだろうか。大八木弘明監督は出雲駅伝、全日本大学駅伝、そして箱根駅伝を制し、悲願だった3冠を達成。“我が子”のようにかわいがる教え子たちと喜びを分かち合ったあと、突如として監督退任を発表した。

「選手たちに感謝しかありません。本当によく走ってくれました」。強面で知られるその表情はいつにもまして柔和だ。「全員が区間5位以内で走れば総合優勝できる」とミーティングで話したという指揮官。その言葉通り、全員が5位以内で走破した。それでも、「ギリギリの状態。あと1人、2人アクシデントがあれば危なかった」と、ケガ人や体調不良もあって薄氷を踏むような8度目の優勝だった。

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今季、“3冠”を掲げたのは4年生たちだった。4月に全員に向けて3冠を掲げて新年度がスタート。1区を務めた円健介(4年)が「自分たちが3冠をしたいと言って、監督も本気になってくれました」と言う。決して当初から退任を知って掲げた3冠ではなかった。

ただ、8月の練習で、主将の山野力、エースの田澤廉、円の3人だけを前にして、大八木監督は自らの退任の覚悟を明かした。しかも、涙ながらに。「4年生3人はしっかりしていたから。チームへの影響も考えて」と指揮官。「3冠は監督への恩返し」。田澤が幾度となく語ってきた言葉だ。もしかすると、なんとなく選手たちも感じ取っていたのかもしれない。

山野は「3冠にはいろんな思い、意味がありました」と会見で言った。これは、大八木監督が退任を公にする前のこと。「いろんな意味が込められた3冠だったので、なんとしても叶えたかった」。田澤、円とともにチームを引っ張り、「4年生がサポートしてくれて、3年生が手伝ってくれて、1、2年生がついてきてくれて、最高の結果につながりました」。いろんな意味は、そのすぐ後に、指揮官自らの口で明かされる。

「3月末で退任し、藤田(敦史ヘッドコーチ)に任せる」

厳しい言葉で選手を鼓舞し、他を寄せつけない。「若い時は一方通行で、決めたことを“やれ”というのがほとんど」。だが、いつしか、自分の言葉が通じない、反応が返ってこないと思うことが増える。それは自然と結果につながった。『平成の常勝軍団』として箱根駅伝4連覇など栄華を誇ったが、84回(2008年)を最後に頂点から遠くなった。

「子供たちが変わってきた」。それと時を同じくして、箱根駅伝を制した後は「世界」を目指す指導をするようになる。その両立にも苦しんだ。優勝した翌年は13位に沈み、その後は2、3位が続く。2017年には9位、18年にはシード落ちとなる12位。だが、大八木監督は変わった。「6、7年前くらいから、親子関係も必要かな、と。話しかけやすいようにして、選手の意見を聞いて考えさせるようにしました」。それはかつての教え子も信じられないような変わりようだった。

その中で、田澤廉という逸材に出会う。「そろそろかな」と考えていた矢先に田澤と巡り会ったことで、「また気持ちが上向いた」と語っていたことがある。「老体にむち打って自転車で朝練習についています」。好循環から、チームは上昇気流を描いていった。

2年前の総合優勝は創価大のアクシデントによる影響も大きかったが、今回は違う。選手たちが各区間で結果を出した。しかも、花尾恭輔(3年)、佐藤圭汰(1年)といった「エース格」を欠きながら。本来、佐藤が入る予定だった7区は安原太陽(3年)が走り、区間5位。「昨年(3区区間16位)の悔しさを晴らせました」。まさに今季の駒大の選手層の厚さを物語る。

夏に勇退を告げたとき、3人は監督がどれだけ3冠へ強い思いがあるのかを知ったという。これまで、学生駅伝3冠達成は大東大(1990年度)、順大(2000年度)、早大(2010年度)、青学大(2016年度)の4チームが果たしていた。大八木監督率いる駒大は2回リーチをかけ、阻まれていた。「箱根駅伝も勝って、4連覇もして、オリンピックにも世界陸上にも選手を出した。大学の指導者としては3冠だけ」。

もちろん、5校目の3冠は快挙。ただ、今季の駒大はこれだけではない。大八木監督は田澤を現役学生として10000mでオレゴン世界選手権代表にした。もちろん、田澤の類い希な才能と努力、高いモチベーションがあってのことだが、「世界」と「駅伝」の共存という、これまで大八木監督が追い求めていた一つの思いが結実したとも言える。

今年65歳になる大八木監督は「世界に通用する選手を育てたい」と新たなチャレンジに向かう。山野は言う。「今日でこのチームは最後。明日から新チームが始動します。自分たちのことをまねしてもいいですが、また新たにチームを作って、強い駒澤を築いていってほしい」。それに応えるように、鈴木芽吹ら3年生は「僕らの代でも3冠」と口をそろえ、赤星雄斗は「今回の4年生が作ったチームを超えるようなチームを作りたい」と言った。“大八木イズム”はしっかりと受け継がれた。

偉業を果たしてなお、今回10人中4年生は3人だけ。時代が変わり、体制が変わろうとも、藤色のタスキに刻まれた脈々と継承される誇りが、“常勝軍団”の未来を作っていく。

◇第99回箱根駅伝(1月2、3日:東京・大手町←→神奈川・箱根町/10区間217.1km) これほどまでに美しい引き際があるだろうか。大八木弘明監督は出雲駅伝、全日本大学駅伝、そして箱根駅伝を制し、悲願だった3冠を達成。“我が子”のようにかわいがる教え子たちと喜びを分かち合ったあと、突如として監督退任を発表した。 「選手たちに感謝しかありません。本当によく走ってくれました」。強面で知られるその表情はいつにもまして柔和だ。「全員が区間5位以内で走れば総合優勝できる」とミーティングで話したという指揮官。その言葉通り、全員が5位以内で走破した。それでも、「ギリギリの状態。あと1人、2人アクシデントがあれば危なかった」と、ケガ人や体調不良もあって薄氷を踏むような8度目の優勝だった。 今季、“3冠”を掲げたのは4年生たちだった。4月に全員に向けて3冠を掲げて新年度がスタート。1区を務めた円健介(4年)が「自分たちが3冠をしたいと言って、監督も本気になってくれました」と言う。決して当初から退任を知って掲げた3冠ではなかった。 ただ、8月の練習で、主将の山野力、エースの田澤廉、円の3人だけを前にして、大八木監督は自らの退任の覚悟を明かした。しかも、涙ながらに。「4年生3人はしっかりしていたから。チームへの影響も考えて」と指揮官。「3冠は監督への恩返し」。田澤が幾度となく語ってきた言葉だ。もしかすると、なんとなく選手たちも感じ取っていたのかもしれない。 山野は「3冠にはいろんな思い、意味がありました」と会見で言った。これは、大八木監督が退任を公にする前のこと。「いろんな意味が込められた3冠だったので、なんとしても叶えたかった」。田澤、円とともにチームを引っ張り、「4年生がサポートしてくれて、3年生が手伝ってくれて、1、2年生がついてきてくれて、最高の結果につながりました」。いろんな意味は、そのすぐ後に、指揮官自らの口で明かされる。 「3月末で退任し、藤田(敦史ヘッドコーチ)に任せる」 厳しい言葉で選手を鼓舞し、他を寄せつけない。「若い時は一方通行で、決めたことを“やれ”というのがほとんど」。だが、いつしか、自分の言葉が通じない、反応が返ってこないと思うことが増える。それは自然と結果につながった。『平成の常勝軍団』として箱根駅伝4連覇など栄華を誇ったが、84回(2008年)を最後に頂点から遠くなった。 「子供たちが変わってきた」。それと時を同じくして、箱根駅伝を制した後は「世界」を目指す指導をするようになる。その両立にも苦しんだ。優勝した翌年は13位に沈み、その後は2、3位が続く。2017年には9位、18年にはシード落ちとなる12位。だが、大八木監督は変わった。「6、7年前くらいから、親子関係も必要かな、と。話しかけやすいようにして、選手の意見を聞いて考えさせるようにしました」。それはかつての教え子も信じられないような変わりようだった。 その中で、田澤廉という逸材に出会う。「そろそろかな」と考えていた矢先に田澤と巡り会ったことで、「また気持ちが上向いた」と語っていたことがある。「老体にむち打って自転車で朝練習についています」。好循環から、チームは上昇気流を描いていった。 2年前の総合優勝は創価大のアクシデントによる影響も大きかったが、今回は違う。選手たちが各区間で結果を出した。しかも、花尾恭輔(3年)、佐藤圭汰(1年)といった「エース格」を欠きながら。本来、佐藤が入る予定だった7区は安原太陽(3年)が走り、区間5位。「昨年(3区区間16位)の悔しさを晴らせました」。まさに今季の駒大の選手層の厚さを物語る。 夏に勇退を告げたとき、3人は監督がどれだけ3冠へ強い思いがあるのかを知ったという。これまで、学生駅伝3冠達成は大東大(1990年度)、順大(2000年度)、早大(2010年度)、青学大(2016年度)の4チームが果たしていた。大八木監督率いる駒大は2回リーチをかけ、阻まれていた。「箱根駅伝も勝って、4連覇もして、オリンピックにも世界陸上にも選手を出した。大学の指導者としては3冠だけ」。 もちろん、5校目の3冠は快挙。ただ、今季の駒大はこれだけではない。大八木監督は田澤を現役学生として10000mでオレゴン世界選手権代表にした。もちろん、田澤の類い希な才能と努力、高いモチベーションがあってのことだが、「世界」と「駅伝」の共存という、これまで大八木監督が追い求めていた一つの思いが結実したとも言える。 今年65歳になる大八木監督は「世界に通用する選手を育てたい」と新たなチャレンジに向かう。山野は言う。「今日でこのチームは最後。明日から新チームが始動します。自分たちのことをまねしてもいいですが、また新たにチームを作って、強い駒澤を築いていってほしい」。それに応えるように、鈴木芽吹ら3年生は「僕らの代でも3冠」と口をそろえ、赤星雄斗は「今回の4年生が作ったチームを超えるようなチームを作りたい」と言った。“大八木イズム”はしっかりと受け継がれた。 偉業を果たしてなお、今回10人中4年生は3人だけ。時代が変わり、体制が変わろうとも、藤色のタスキに刻まれた脈々と継承される誇りが、“常勝軍団”の未来を作っていく。

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