HOME 学生長距離

2023.01.25

最後の箱根路/無名から時の人に 育英大・新田颯「5年以内に出てほしい」後輩へ思い託す1区での激走
最後の箱根路/無名から時の人に 育英大・新田颯「5年以内に出てほしい」後輩へ思い託す1区での激走

2023年箱根駅伝1区で大逃げを見せる関東学生連合の新田颯(育英大)

2023年、最後の箱根駅伝を終えた大学4年生ランナーたち。納得のいく走りができた選手や悔いを残した選手、なかにはアクシデントでスタートラインにすら立てなかったエース級もいる。お届けするのは、そんな最上級生たちの物語――。

箱根史に残る1区の大逃げ

いつの日か、育英大が箱根駅伝初出場を果たした際、「あの力走が大いなる第一歩になった」と再び脚光を浴びるに違いない。

広告の下にコンテンツが続きます

99回大会の1区。スタート直後に各選手が牽制し合うなか、躊躇なく先頭に立ったのが関東学生連合の新田颯(育英大4)だった。

「区間ひとケタぐらいで最後に競い合うパターンと、ハイペースになったパターンと、自分が飛び出すという3パターンをイメージしていましたが、その1つがはまった感じです」

1km3分を超えるスローペースの大集団を瞬く間に引き離し、1人で5kmを14分24秒、10kmを28分59秒と軽快に通過。新田は「楽しかった」と時に沿道からの声援に応える余裕を見せながら20.3kmまで独走する。

終盤は左脚のケイレンでペースダウンしたところを2人に抜かれたものの、1時間2分59秒の3番目で鶴見中継所にたどり着いた。

広告の下にコンテンツが続きます

「脚に限界が来ていたので、『頼む、(後ろから)来ないでくれ』と思って、できるだけ脚を回していきましたが……。でも、最後に悔いのない走りができて良かったです」

観る者を魅了し、勇気づける快走。育英大のホームページは一時アクセス過多でダウン。新田、そして大学の名が全国へ知れ渡った。果たして、1時間ほど前まで、一体どれほどの人が新田のことを知っていただろう。

ハンドボール部出身、体力作りで駅伝に挑戦

中学時代はハンドボール部で活躍。体力作りのために1年の夏から駅伝部の朝練習に参加し、何度か大会にも出場した。陸上の強豪、熊本・千原台高に進学してから本格的に陸上のキャリアをスタート。3000m障害で3年時にインターハイ出場を果たしたが、「思うように走れず」に予選敗退した。高校での5000mベストは14分48分29。学生駅伝の常連大学から声がかかることはなかった。

「箱根駅伝にあこがれや特別な思いは正直、まったくありませんでした」。当時のレベルを考えれば当然のことだっただろう。

2018年に創立した育英大は、陸上部も新田が入学する2019年に箱根駅伝100回大会出場を目指して強化指定クラブになったばかり。「イチから作ることにおもしろみがありました。最初から経験を積める大学に行った方が自分の成長になる」と感じて進学を決めた。

入学直後に初挑戦した10000mは32分27秒78。「ヤバイな」。先行き不安な大学生活のスタートとなったものの、自身がいう「負けず嫌い」な性格を武器にコツコツと力をつけていく。

「嶌津(秀一)監督が長い距離を重視される方だったので、1年目は距離走が中心。すごくアップダウンがある不整地や山の中を走りました。たまに選手から文句が出ることもありましたが、地道にやっていきました」

そうするうちに、学生のほうから自発的に考えるようになる。「選手たちもそれだけじゃダメだと、途中から長い距離をやったら短い距離のメニューをポンと入れるといった練習をやり始めたら、2年目にその工夫が少しずつかたちになっていきました」。

2年時の箱根駅伝予選会では、チームは前年と同じ総合30位ながら新田は1時間3分17秒で個人90位と健闘し、関東学生連合に選出された。その後、膝の半月板を損傷。本戦出場は叶わなかったが、悔しさを胸に歩みを止めなかった。

最終学年となった今年度は、「監督がC・Dチーム、太田(達之)コーチがA・Bチームを見るようになって、僕は太田コーチから基礎、基礎、応用、応用といったメニューを作ってもらって取り組んできました」という。

スタッフ陣が役割を細分化したことで、6月に5000mで13分台に突入(13分53秒23)すると、10000mは4月の29分07秒32を経て、11月には28分21秒14と大幅自己新。約3年半の間に自己記録を実に4分以上も短縮したことになる。

2年ぶりに関東学生連合に選出。チームの主将は「喜んで」と引き受けた。最初で最後の箱根は、「どちらかと言うと、集団で走るほうが得意で、最後の切り替えを武器にしていた」ことから1区を希望。自身のアピールとともに、「まだまだ知られていない大学をここで宣伝してやろう」という気持ちでスタートラインに立ったのだった。

「ずっと無名でやってきましたが、そういう選手でも箱根を走れることを伝えたいと思っていました。育英大は、他のメンバーにも10000mで2、3分くらい、ハーフでは10分ほど記録を短縮した選手もいて育成力があります。100回大会の本戦出場は難しいかもしれませんが、5年以内に出てほしいです」

卒業後は第一線で競技を続けないと秋頃には決めていた。集大成のレースで多くの人の記憶に残るパフォーマンスを見せた新田は、チームの箱根初出場という悲願を後輩たちに託して爽やかにシューズを脱いだ。

2023年箱根駅伝1区で3番目にタスキつないだ関東学生連合の新田颯(育英大)

新田颯(にった・はやて:育英大)/2001年1月31日生まれ。熊本県山鹿市出身。千原台高(熊本)卒。自己ベストは5000m13分53秒23、10000m28分21秒14、ハーフ1時間3分17秒。

文/小野哲史

2023年、最後の箱根駅伝を終えた大学4年生ランナーたち。納得のいく走りができた選手や悔いを残した選手、なかにはアクシデントでスタートラインにすら立てなかったエース級もいる。お届けするのは、そんな最上級生たちの物語――。

箱根史に残る1区の大逃げ

いつの日か、育英大が箱根駅伝初出場を果たした際、「あの力走が大いなる第一歩になった」と再び脚光を浴びるに違いない。 99回大会の1区。スタート直後に各選手が牽制し合うなか、躊躇なく先頭に立ったのが関東学生連合の新田颯(育英大4)だった。 「区間ひとケタぐらいで最後に競い合うパターンと、ハイペースになったパターンと、自分が飛び出すという3パターンをイメージしていましたが、その1つがはまった感じです」 1km3分を超えるスローペースの大集団を瞬く間に引き離し、1人で5kmを14分24秒、10kmを28分59秒と軽快に通過。新田は「楽しかった」と時に沿道からの声援に応える余裕を見せながら20.3kmまで独走する。 終盤は左脚のケイレンでペースダウンしたところを2人に抜かれたものの、1時間2分59秒の3番目で鶴見中継所にたどり着いた。 「脚に限界が来ていたので、『頼む、(後ろから)来ないでくれ』と思って、できるだけ脚を回していきましたが……。でも、最後に悔いのない走りができて良かったです」 観る者を魅了し、勇気づける快走。育英大のホームページは一時アクセス過多でダウン。新田、そして大学の名が全国へ知れ渡った。果たして、1時間ほど前まで、一体どれほどの人が新田のことを知っていただろう。

ハンドボール部出身、体力作りで駅伝に挑戦

中学時代はハンドボール部で活躍。体力作りのために1年の夏から駅伝部の朝練習に参加し、何度か大会にも出場した。陸上の強豪、熊本・千原台高に進学してから本格的に陸上のキャリアをスタート。3000m障害で3年時にインターハイ出場を果たしたが、「思うように走れず」に予選敗退した。高校での5000mベストは14分48分29。学生駅伝の常連大学から声がかかることはなかった。 「箱根駅伝にあこがれや特別な思いは正直、まったくありませんでした」。当時のレベルを考えれば当然のことだっただろう。 2018年に創立した育英大は、陸上部も新田が入学する2019年に箱根駅伝100回大会出場を目指して強化指定クラブになったばかり。「イチから作ることにおもしろみがありました。最初から経験を積める大学に行った方が自分の成長になる」と感じて進学を決めた。 入学直後に初挑戦した10000mは32分27秒78。「ヤバイな」。先行き不安な大学生活のスタートとなったものの、自身がいう「負けず嫌い」な性格を武器にコツコツと力をつけていく。 「嶌津(秀一)監督が長い距離を重視される方だったので、1年目は距離走が中心。すごくアップダウンがある不整地や山の中を走りました。たまに選手から文句が出ることもありましたが、地道にやっていきました」 そうするうちに、学生のほうから自発的に考えるようになる。「選手たちもそれだけじゃダメだと、途中から長い距離をやったら短い距離のメニューをポンと入れるといった練習をやり始めたら、2年目にその工夫が少しずつかたちになっていきました」。 2年時の箱根駅伝予選会では、チームは前年と同じ総合30位ながら新田は1時間3分17秒で個人90位と健闘し、関東学生連合に選出された。その後、膝の半月板を損傷。本戦出場は叶わなかったが、悔しさを胸に歩みを止めなかった。 最終学年となった今年度は、「監督がC・Dチーム、太田(達之)コーチがA・Bチームを見るようになって、僕は太田コーチから基礎、基礎、応用、応用といったメニューを作ってもらって取り組んできました」という。 スタッフ陣が役割を細分化したことで、6月に5000mで13分台に突入(13分53秒23)すると、10000mは4月の29分07秒32を経て、11月には28分21秒14と大幅自己新。約3年半の間に自己記録を実に4分以上も短縮したことになる。 2年ぶりに関東学生連合に選出。チームの主将は「喜んで」と引き受けた。最初で最後の箱根は、「どちらかと言うと、集団で走るほうが得意で、最後の切り替えを武器にしていた」ことから1区を希望。自身のアピールとともに、「まだまだ知られていない大学をここで宣伝してやろう」という気持ちでスタートラインに立ったのだった。 「ずっと無名でやってきましたが、そういう選手でも箱根を走れることを伝えたいと思っていました。育英大は、他のメンバーにも10000mで2、3分くらい、ハーフでは10分ほど記録を短縮した選手もいて育成力があります。100回大会の本戦出場は難しいかもしれませんが、5年以内に出てほしいです」 卒業後は第一線で競技を続けないと秋頃には決めていた。集大成のレースで多くの人の記憶に残るパフォーマンスを見せた新田は、チームの箱根初出場という悲願を後輩たちに託して爽やかにシューズを脱いだ。 [caption id="attachment_91612" align="alignnone" width="800"] 2023年箱根駅伝1区で3番目にタスキつないだ関東学生連合の新田颯(育英大)[/caption] 新田颯(にった・はやて:育英大)/2001年1月31日生まれ。熊本県山鹿市出身。千原台高(熊本)卒。自己ベストは5000m13分53秒23、10000m28分21秒14、ハーフ1時間3分17秒。 文/小野哲史

次ページ:

       

RECOMMENDED おすすめの記事

    

Ranking 人気記事ランキング 人気記事ランキング

Latest articles 最新の記事

2025.06.22

ディーン元気 今季初大台の80m20!シーズンベストで日本選手権に弾み/WAコンチネンタルツアー

世界陸連(WA)コンチネンタルツアー・ブロンズのクオルタネゲームズ(フィンランド)が行われ、男子やり投にディーン元気(ミズノ)が出場した。 気温の低いコンディションのなか、ディーンは3回目にシーズンベストとなる77m83 […]

NEWS 男子100m渡邊隆喜が10秒39!県大会の雪辱果たすV 女子100mは松本真奈が前田さくら抑える/IH中国

2025.06.22

男子100m渡邊隆喜が10秒39!県大会の雪辱果たすV 女子100mは松本真奈が前田さくら抑える/IH中国

広島インターハイ出場を懸けた中国地区大会の2日目が行われ、男子100mでは渡邊隆喜(広島国際学院3)が大会記録および自己記録を更新する10秒39(+1.3)で優勝を飾った。 レースは広島県大会優勝者の荒谷匠人(近大東広島 […]

NEWS 清水空跳 悪条件ものともせず100m10秒39!阪真琴は女子400mHも制して3冠/IH北信越

2025.06.22

清水空跳 悪条件ものともせず100m10秒39!阪真琴は女子400mHも制して3冠/IH北信越

◇インターハイ北信越地区大会(6月19~22日/福井・福井県営陸上競技場)3日目 広島インターハイを懸けた北信越大会の3日目が行われ、男子100mでは、昨年のインターハイ2位で今年5月に10秒20をマークしている清水空跳 […]

NEWS 女子4×100mRは中京大中京が45秒83で制す! 2位・宇治山田商も好タイム連発 男子走高跳・海野颯人が2m07の自己新/IH東海

2025.06.22

女子4×100mRは中京大中京が45秒83で制す! 2位・宇治山田商も好タイム連発 男子走高跳・海野颯人が2m07の自己新/IH東海

◇インターハイ東海地区大会(6月20日~22日/三重・三重交通G スポーツの杜 伊勢)2日目 広島インターハイ出場を懸けた東海地区大会の2日目が行われ、女子4×100mリレーでは、昨年の全国優勝校・中京大中京(愛知)が4 […]

NEWS 志學館大が4時間16分37秒88で初出場を決める! 女子は福岡大が出場権獲得/全日本大学駅伝九州地区選考会

2025.06.21

志學館大が4時間16分37秒88で初出場を決める! 女子は福岡大が出場権獲得/全日本大学駅伝九州地区選考会

◇全日本大学駅伝九州地区選考会(6月21日/福岡大) 第56回全日本大学駅伝九州地区選考会が行われ、志學館大が4時間16分37秒88で初出場を決めた。 広告の下にコンテンツが続きます 強化に着手している志學館大は、すべて […]

SNS

Latest Issue 最新号 最新号

2025年7月号 (6月13日発売)

2025年7月号 (6月13日発売)

詳報!アジア選手権
日本インカレ
IH都府県大会

page top