2022.10.31
学生長距離Close-upインタビュー
安原 太陽 Yasuhara Taiyo 駒澤大学3年
「月陸Online」限定で大学長距離選手のインタビューをお届けする「学生長距離Close-upインタビュー」。24回目は、10月10日の出雲駅伝5区で区間賞を獲得し、駒澤大学の9年ぶりの優勝に貢献した安原太陽(3年)をピックアップ。
滋賀学園高校時代は全国高校駅伝1区を2年連続で担当。大学1年時は目立った実績はなかったものの、2年の出雲駅伝からメンバーに選ばれると三大駅伝をすべて走り、今年7月のホクレンディスタンスチャレンジ網走大会5000mでは13分37秒01と自己ベストを更新。「3冠」を目指すチームにおいて重要な戦力になっている。
「風が強くなればなるほど有利になる」
安原は出雲駅伝前日、緊張の中にいた。
エントリーメンバー全員が良い状態で出雲入りし、自分が前日まで走るかどうかわからなかったからだ。
「監督から区間発表されるまでずっと緊張していたので、『走れる』とわかった時に緊張から開放されて、当日は精神的にも余裕を持った状態で臨めました」
チーム目標は出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝をすべて制する「学生駅伝3冠」だが、まず出雲で優勝しなければそれも途絶えてしまう。
「自分の与えられた区間はメイン区間ではありませんでしたが、自分自身の仕事をしないといけないと思いながら走りました」
当日は強風が吹きつけるコンディション。特に5区はずっと向かい風だったが、安原にとっては悪条件ではなかった。「条件が悪くなればなるほど、自分の強みを出せる。風が強くなればなるほど自分に有利になる」と考えていたからだ。
後半になるにつれて風が強いと聞き、前半は抑え気味で入り、後半あげていくレースプランを考え、その通りに走れたという。結果的に2位との差を33秒から44秒へと広げ、優勝を確実にする走りとなった。
陸上一家に生まれ、県内屈指の強豪校・滋賀学園で全国区に
父は大学まで陸上長距離、母は社会人になってからも市民ランナーとして走っていたという陸上一家に安原は生まれた。小学1年生の時から家族と一緒に地域のマラソン大会に参加するなど、早くから陸上に触れていた。
母が地元の東近江陸上スポーツ少年団のコーチをしていたこともあり、小学3年生から入団。短距離、長距離、幅跳びなどさまざまな競技に親しんだ。「レースに出て、記録を更新していく楽しさがすごく自分に合っているなと思いました」と当時を振り返る。
東近江市立船岡中でも陸上部に入り、高校は滋賀学園へ。選んだ理由は、「家から近いのもあります」と笑いつつ、滋賀県の中でトップレベルだったこと、大河亨監督が熱く語り、勧誘してくれたという理由もあった。
1年時からチーム内でも実力は上位で、秋の国体少年B3000mでは11位に入るなどチーム全体を引っ張っていく存在だった。全国高校駅伝に出場した2年時、3年時にはともに1区を担当。しかし、2年時は26位、3年時は18位と全国との実力の差を感じた。当時は「県内ではトップで走れていても、まったく勝負ができないんだなと常に思っていました」。
特に、高校2年時の全国高校駅伝1区で区間賞を取った埼玉栄高校の白鳥哲汰(現・駒大3年)の走りに「すごい選手だな!」と感じたという。
高校3年時の全国都道府県対抗男子駅伝では1区区間12位と好走。25番が安原で、26番が後にチームメイトになる赤星雄斗(京都・洛南高)
大学進学にあたって、まず関東か関西の大学かを迷った。関東には箱根駅伝があり、長距離界のレベルも高いという理由から、いくつか声をかけてもらったうちの1つである駒大を選んだ。大八木弘明監督と話をして、熱い言葉で誘ってもらったこと、練習の雰囲気を見学して「何となく雰囲気が滋賀学園に似ていた」ことも決め手となった。
1年目の箱根駅伝は走路員「次こそは」と奮起
駒大に入学すると、同級生には高校2年の時に「すごい」と感じた白鳥、長野・佐久長聖高で全国高校駅伝区間上位の成績を残した鈴木芽吹など、強い選手がそろっていた。「しっかりやっていかないと」と意気込んだが、1年目は貧血気味だったこと、細かいケガが続いたこともあり、思うように練習を継続できなかった。「上のチームでは走れなくて、真ん中あたりで練習を積むという立ち位置でした」と振り返る。
現在の成長につながるターニングポイントになったのが、1年時の箱根駅伝だ。安原はこの時、1区と10区の走路員を担当していた。1区を走ったのは同級生の白鳥。力の差を感じるとともに、「かっこいいな……」と純粋に思った。
「自分は走路員として立っているだけだけど、同級生が活躍しているのをすごく感じられて……来年こそは走ってやる! と、精神的にも変われたと思います」
それからは、「どうやったら箱根駅伝を走れるか?」「上位の選手になれるか?」と考えた。まずはケガを減らし、練習を継続することが第一だと考え、故障しない身体作りに着手した。練習前のストレッチを変えてみたり、高校時代に動きづくりを教えてもらった方にアドバイスを求めたりと、セルフケアの面で試行錯誤。治療院にもしっかりと通い、身体作りの方法を教えてもらった。その甲斐あって、2年時からここまで大きなけがなく練習を継続できているという。
箱根駅伝で思うように走れず、苦しんだ前半シーズン
昨年の出雲駅伝で学生駅伝デビューを果たし、2区で区間3位。続く全日本大学駅伝では6区区間2位と、逆転優勝への流れを作る走りを見せた。
だが、安原自身は区間賞を目標にしていたため、「少し及ばなかった」という気持ちのほうが大きかった。
そして迎えた箱根駅伝。初の出走で往路の主要区間である3区を任されたものの、区間16位と苦しみ、1位でもらったタスキを5位まで落としてしまった。このとき、「体調が悪かったということは一切なかった」と話す安原。「緊張もありましたし、レースプランの組み立て方がうまくいきませんでした。まったく自分の果たすべき仕事ができなくて、陸上人生の中で一番悔しいレースでした」。
1月の箱根駅伝では3区で青学大と東京国際大に先頭を明け渡す悔しい走りに
レース後、走っていてたびたび後続から抜かされていく感覚や恐怖心を思い出してしまい、練習はできていたものの記録会やレースで結果を残せない日々が続いた。
3月の日本学生ハーフマラソンは1時間3分58秒で51位、5月の関東インカレ5000mでは14分07秒73で11位と、安原の実力からすると物足りない結果に。「無意識に自分の中で引きずっていたのではないか」と口にする。
それを打破できたのは、7月13日のホクレンディスタンスチャレンジ網走大会5000mだ。不安も何も考えずに走れて、13分37秒01と自己ベストを更新。結果が出たことで気持ちが変化し、その後も質の高い練習を継続できた。夏合宿も合宿前に少し違和感はあったものの、すぐに復帰でき、順調にすべての練習をこなすことができた。「身体のコンディションも非常にいいです」と手応えを語る。
背中で見せる自覚を持ち、「3冠」へ挑む
大八木監督は今季、「3年生がキーマン」とたびたび口にしている。だが前半シーズンは多くの選手に故障者が出て、なかなか引っ張っていく行動や結果が出せず、「学年全員が焦りを持っていた」と安原は話す。
しかし、そんな悪い流れも10月10日の出雲駅伝から変わり始めている。
「出雲でアンカーを走った(鈴木)芽吹など、少しずつみんなが戻ってきて、どんどんいい流れで3年生全体がチームを引っ張っていけるという感覚はあります」。1つ上の学年には大エースの田澤廉、主将の山野力など、強いメンバーがそろう。「先輩のあとを引き継いでチームを引っ張っていかないといけないというプレッシャーはかなりあります」。今からすでに学年で何度もミーティングを重ね、意識だけでなく行動もしっかりし、後輩たちに背中で見せていこうと心がけている。
出雲駅伝を勝てたことで、チームの雰囲気は「非常にいい」と自信を持つ安原。しかし、足元をすくわれないよう、チャレンジャーの気持ちで3冠を目指す。
安原は目前に迫った全日本大学駅伝のメンバーにもエントリーされている。「どの区間を走れと言われても走れますが……」と前置きしつつ、「やっぱり昨年走った6区で区間2番だったのが悔しいので、もしまた今年も6区を走って区間賞を取れたら、あの時の悔しさを払拭できるかなと思います」とリベンジに燃える。
「自分がいい状態を維持できればメンバーに入れる」という自信もある。在学中に成し遂げたい「3冠メンバーの一員になる」「三大駅伝すべてで区間賞」という目標に向かって、力強く走り続ける。
◎やすはら・たいよう/2001年4月23日生まれ。滋賀県出身。船岡中→滋賀学園高→駒大。自己記録5000m13分37秒01、10000m29分08秒88。高校時代は滋賀学園のエースとして活躍。駒大では2年時から学生駅伝でフル出場中で、今年の出雲駅伝では5区区間賞で9年ぶり優勝に貢献した。3歳年下の弟・海晴も滋賀学園で長距離選手として活躍し、1500mでインターハイ決勝進出(17位)、5000mで13分59秒02の自己記録を持つ。
文/藤井みさ
「風が強くなればなるほど有利になる」
安原は出雲駅伝前日、緊張の中にいた。 エントリーメンバー全員が良い状態で出雲入りし、自分が前日まで走るかどうかわからなかったからだ。 「監督から区間発表されるまでずっと緊張していたので、『走れる』とわかった時に緊張から開放されて、当日は精神的にも余裕を持った状態で臨めました」 チーム目標は出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝をすべて制する「学生駅伝3冠」だが、まず出雲で優勝しなければそれも途絶えてしまう。 「自分の与えられた区間はメイン区間ではありませんでしたが、自分自身の仕事をしないといけないと思いながら走りました」 当日は強風が吹きつけるコンディション。特に5区はずっと向かい風だったが、安原にとっては悪条件ではなかった。「条件が悪くなればなるほど、自分の強みを出せる。風が強くなればなるほど自分に有利になる」と考えていたからだ。 後半になるにつれて風が強いと聞き、前半は抑え気味で入り、後半あげていくレースプランを考え、その通りに走れたという。結果的に2位との差を33秒から44秒へと広げ、優勝を確実にする走りとなった。陸上一家に生まれ、県内屈指の強豪校・滋賀学園で全国区に
父は大学まで陸上長距離、母は社会人になってからも市民ランナーとして走っていたという陸上一家に安原は生まれた。小学1年生の時から家族と一緒に地域のマラソン大会に参加するなど、早くから陸上に触れていた。 母が地元の東近江陸上スポーツ少年団のコーチをしていたこともあり、小学3年生から入団。短距離、長距離、幅跳びなどさまざまな競技に親しんだ。「レースに出て、記録を更新していく楽しさがすごく自分に合っているなと思いました」と当時を振り返る。 東近江市立船岡中でも陸上部に入り、高校は滋賀学園へ。選んだ理由は、「家から近いのもあります」と笑いつつ、滋賀県の中でトップレベルだったこと、大河亨監督が熱く語り、勧誘してくれたという理由もあった。 1年時からチーム内でも実力は上位で、秋の国体少年B3000mでは11位に入るなどチーム全体を引っ張っていく存在だった。全国高校駅伝に出場した2年時、3年時にはともに1区を担当。しかし、2年時は26位、3年時は18位と全国との実力の差を感じた。当時は「県内ではトップで走れていても、まったく勝負ができないんだなと常に思っていました」。 特に、高校2年時の全国高校駅伝1区で区間賞を取った埼玉栄高校の白鳥哲汰(現・駒大3年)の走りに「すごい選手だな!」と感じたという。 高校3年時の全国都道府県対抗男子駅伝では1区区間12位と好走。25番が安原で、26番が後にチームメイトになる赤星雄斗(京都・洛南高) 大学進学にあたって、まず関東か関西の大学かを迷った。関東には箱根駅伝があり、長距離界のレベルも高いという理由から、いくつか声をかけてもらったうちの1つである駒大を選んだ。大八木弘明監督と話をして、熱い言葉で誘ってもらったこと、練習の雰囲気を見学して「何となく雰囲気が滋賀学園に似ていた」ことも決め手となった。1年目の箱根駅伝は走路員「次こそは」と奮起
駒大に入学すると、同級生には高校2年の時に「すごい」と感じた白鳥、長野・佐久長聖高で全国高校駅伝区間上位の成績を残した鈴木芽吹など、強い選手がそろっていた。「しっかりやっていかないと」と意気込んだが、1年目は貧血気味だったこと、細かいケガが続いたこともあり、思うように練習を継続できなかった。「上のチームでは走れなくて、真ん中あたりで練習を積むという立ち位置でした」と振り返る。 現在の成長につながるターニングポイントになったのが、1年時の箱根駅伝だ。安原はこの時、1区と10区の走路員を担当していた。1区を走ったのは同級生の白鳥。力の差を感じるとともに、「かっこいいな……」と純粋に思った。 「自分は走路員として立っているだけだけど、同級生が活躍しているのをすごく感じられて……来年こそは走ってやる! と、精神的にも変われたと思います」 それからは、「どうやったら箱根駅伝を走れるか?」「上位の選手になれるか?」と考えた。まずはケガを減らし、練習を継続することが第一だと考え、故障しない身体作りに着手した。練習前のストレッチを変えてみたり、高校時代に動きづくりを教えてもらった方にアドバイスを求めたりと、セルフケアの面で試行錯誤。治療院にもしっかりと通い、身体作りの方法を教えてもらった。その甲斐あって、2年時からここまで大きなけがなく練習を継続できているという。箱根駅伝で思うように走れず、苦しんだ前半シーズン
昨年の出雲駅伝で学生駅伝デビューを果たし、2区で区間3位。続く全日本大学駅伝では6区区間2位と、逆転優勝への流れを作る走りを見せた。 だが、安原自身は区間賞を目標にしていたため、「少し及ばなかった」という気持ちのほうが大きかった。 そして迎えた箱根駅伝。初の出走で往路の主要区間である3区を任されたものの、区間16位と苦しみ、1位でもらったタスキを5位まで落としてしまった。このとき、「体調が悪かったということは一切なかった」と話す安原。「緊張もありましたし、レースプランの組み立て方がうまくいきませんでした。まったく自分の果たすべき仕事ができなくて、陸上人生の中で一番悔しいレースでした」。 1月の箱根駅伝では3区で青学大と東京国際大に先頭を明け渡す悔しい走りに レース後、走っていてたびたび後続から抜かされていく感覚や恐怖心を思い出してしまい、練習はできていたものの記録会やレースで結果を残せない日々が続いた。 3月の日本学生ハーフマラソンは1時間3分58秒で51位、5月の関東インカレ5000mでは14分07秒73で11位と、安原の実力からすると物足りない結果に。「無意識に自分の中で引きずっていたのではないか」と口にする。 それを打破できたのは、7月13日のホクレンディスタンスチャレンジ網走大会5000mだ。不安も何も考えずに走れて、13分37秒01と自己ベストを更新。結果が出たことで気持ちが変化し、その後も質の高い練習を継続できた。夏合宿も合宿前に少し違和感はあったものの、すぐに復帰でき、順調にすべての練習をこなすことができた。「身体のコンディションも非常にいいです」と手応えを語る。背中で見せる自覚を持ち、「3冠」へ挑む
大八木監督は今季、「3年生がキーマン」とたびたび口にしている。だが前半シーズンは多くの選手に故障者が出て、なかなか引っ張っていく行動や結果が出せず、「学年全員が焦りを持っていた」と安原は話す。 しかし、そんな悪い流れも10月10日の出雲駅伝から変わり始めている。 「出雲でアンカーを走った(鈴木)芽吹など、少しずつみんなが戻ってきて、どんどんいい流れで3年生全体がチームを引っ張っていけるという感覚はあります」。1つ上の学年には大エースの田澤廉、主将の山野力など、強いメンバーがそろう。「先輩のあとを引き継いでチームを引っ張っていかないといけないというプレッシャーはかなりあります」。今からすでに学年で何度もミーティングを重ね、意識だけでなく行動もしっかりし、後輩たちに背中で見せていこうと心がけている。 出雲駅伝を勝てたことで、チームの雰囲気は「非常にいい」と自信を持つ安原。しかし、足元をすくわれないよう、チャレンジャーの気持ちで3冠を目指す。 安原は目前に迫った全日本大学駅伝のメンバーにもエントリーされている。「どの区間を走れと言われても走れますが……」と前置きしつつ、「やっぱり昨年走った6区で区間2番だったのが悔しいので、もしまた今年も6区を走って区間賞を取れたら、あの時の悔しさを払拭できるかなと思います」とリベンジに燃える。 「自分がいい状態を維持できればメンバーに入れる」という自信もある。在学中に成し遂げたい「3冠メンバーの一員になる」「三大駅伝すべてで区間賞」という目標に向かって、力強く走り続ける。 ◎やすはら・たいよう/2001年4月23日生まれ。滋賀県出身。船岡中→滋賀学園高→駒大。自己記録5000m13分37秒01、10000m29分08秒88。高校時代は滋賀学園のエースとして活躍。駒大では2年時から学生駅伝でフル出場中で、今年の出雲駅伝では5区区間賞で9年ぶり優勝に貢献した。3歳年下の弟・海晴も滋賀学園で長距離選手として活躍し、1500mでインターハイ決勝進出(17位)、5000mで13分59秒02の自己記録を持つ。 文/藤井みさ
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