2021.08.05
写真/時事
2018年の秋。国体を優勝した1週間後のこと。やり投の北口榛花(当時・日大3年)は、海外での転戦をイメージして記録会に出場。大学の先輩男子選手にアドバイスをもらいながら。
北口は悩んでいた。小さい頃からスイミングやバドミントンに取り組み、旭川東高でやり投を始めた。その後は圧倒的な存在感とポテンシャルを見せ、U18世界選手権優勝、インターハイ連覇、高校新。日本陸上界を担うと期待されてきた逸材だった。
だが、大学1年目にリオ五輪を目指して無理な投げをして右肘を痛めて長期離脱。翌年、指導を受けていたコーチが離職し、専門の指導者が不在となった。1年目に61m38を投げてから、自己ベストは2年間止まってしまう。
肘の痛みとコーチ不在の不安もあって心身ともに消耗。一時期はストレスで食事が喉を通らない時期もあり、体重も大幅減。心配をかけたくないと誰にも相談できなかった。18年日本選手権はトップ8に残れず。泣き崩れた。
その秋だった。記録会に出場したあと、こんな話しをした。
「海外に行ってみれば?」
「それも考えていますが、どこでもいいわけじゃないですし、行けばいいってものでもないし、タイミングもあるので。これまでフィンランドなどにも行きましたが、どこがいいのか」
そして、「今度、フィンランドでやり投関係者がたくさん集まるカンファレンスがあるので参加するんです」と言っていた。
そのカンファレンスがきっかけで、現在も師事を受けるディヴィッド・シェケラックコーチと出会う。
ポーランドとチェコのコーチに手招きされた。「君のこと知っているよ」。世界ユースの動画を見せてきた。
「走るのが遅いよ」「ここがダメ」「コーチはどんな指導を?」
北口が特定の指導者がいないことを伝えた。
「オリンピックがあるのにどうするの?」「メダルを取りたくないの?」
これに「メダルを取りたいし、68mを投げたい」と返した。
「君は68mを投げられる。70mも夢じゃない」
チャンスだと思った。「もし私がコーチを頼んだら行ってもいい?」。そう聞くと、「YES」と言ってくれた。北口はチェコに飛び込んだ。
2019年5月。木南記念で64m36の日本新を投げた。覚醒。この日、初めてお守りとして巻いていた右肘のサポーターを外した。
66m00まで延ばした日本記録保持者となって挑んだ東京五輪。今もまだ、助走も技術も未完成だが、それもまた魅力の一つだ。
「オリンピックといえば、北島康介さん。小さい時から、選手でも、ボランティアでも、どんなかたちでもオリンピックに関わりと思っていました」
その舞台に今、日本一の選手として、世界を迎え撃つ。8月6日、20時50分、東京五輪の決勝が始まる。入賞すれば女子投てき種目としては1952年ヘルシンキ五輪の円盤投・吉野トヨ子以来69年ぶり。
だが、偉業がかかっても、高校の担任の先生が言ってくれた「誰かのためじゃなく、自分が楽しめばいいんだよ」の言葉を胸に、北口らしく思いっきり投げればいい。「泣かない自信はないです」。うれしければ子供のように笑い、悔しければ子供のように泣きじゃくる。
あこがれのあの人のような名言が飛び出すかどうかはわからないが、めいっぱい笑顔で飛び跳ねれば、誰かの心に刻まれる。
文/向永拓史

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北口榛花(JAL)
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