2024.07.31

山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第47回「不測を楽しむくらいのメンタリティーを」

関東学連の強化事業で海外に遠征した北村魁志(左)と石元潤樹
「1€=¥181.7」(7月12日羽田空港国際線ターミナルでの換金レート)
2000年ならば、¥99.54であった。円安レートでの海外遠征は、日本円に換算するたび冷や汗が出る・・・・・・、と書き始めたことには訳がある。
関東学生陸上競技連盟の選手強化事業の一環として、イタリアのリグーリア州サヴォーナ県チェッレ・リーグレという地方の町で開催された「35°Meeting Arcobaleno EAP AtleticaEuropa」の800mに石元潤樹君(日大)と、北村魁士(山梨学大)を引率して参加してきたからだ。
石元君は初めての海外遠征。北村君は昨年末の日本陸連ジュニア中距離合宿で韓国遠征は経験しているものの、今回のような長時間移動・時差・ノンアテンドの海外遠征は初めてである。
フライトが夜0時05分発ということで、羽田空港国際線ターミナルの集合時間が22時。
本来ならアスリートにとって、ベッドで横になりたい時間だ。ここから日本との時差、マイナス7時間がスタートしたといえる。
顔合わせが終わると、まずは一般的な海外遠征での諸注意から始めた。
・スリや置き引きなどに合わないための自己防衛を過去の渡航事例を話して注意喚起。
・発熱・感染症など含めて海外で罹患した場合の諸注意と体調管理。
・疾病とは言えないが、下痢や便秘などパフォーマンスに影響する体調の不備を自己管理するための方法。
・時差の克服・順化の要点。などなど・・・・・・。
実は、私自身も海外渡航でさまざまなアクシデントやトラブル遭遇してきた。それについては1週間の生活の中で、ゆっくりと食事中のネタ話としてさせてもらった。
諸注意を終えると今回の遠征の目的を伝えた。当然のごとく大会に出場するので、そのレースで自己最高のパフォーマンスを発揮することに努めるのは当然。円安の経済状況のなか、貴重な強化費を使って海外遠征を経験させていただくのだから、まずはそのことを自覚しなければならない。
それともう一つ、私からのリクエストとして次のようなことを遠征での課題として提示させてもらった。
「君たちが将来、海外での転戦やトレーニングに一人で出かけられるようになるための布石として、今回の遠征を体験してほしい。自分でできることは見守るのでチャレンジしてほしい」とリクエストした。
旅慣れた方ならなんともないイミグレーションでの入国審査や、巨大な国際空港でのトランジットで航空便の乗り換えも、初めてとなるとかなり戸惑うものだ。
今回の遠征はホテルのバウチャーと航空券のみ手渡され、後はノンアテンドでの遠征。自力移動となる。ドバイ国際空港でのトランジットを経て、到着地はフランスのニース国際空港。空港では彼ら2人で電光掲示板や案内ボードで確認させつつ、戸惑いながら歩く彼らの後をついて歩くようにした。

自分たちで空港の乗り換えゲートの案内を見る2人
そこから車で50km離れたイタリアのヴェンティミーリア駅まで移動。列車に乗り換えて約2時間かけて目的地のサヴォーナに到着となる。
ここで数日間の調整となるのだが、直面するのが冒頭の円安ユーロ高である。
しかし、北イタリアの港町でもあるので、安価な市場のイートインとテイクアウトを幾度か利用させてもらった。夜21時50分スタート予定のレースを終えてホテルに帰ってくると深夜になる。市場でピザとチキンローストをテイクアウトし、部屋の冷蔵庫で保管しておいて、ホテルの電子レンジをお借りして温め直していただいたりもした。
肝心のレースは、出場エントリー一覧を見ると3組では入りきらない人数で、どのように組分けするのかを杞憂した。会場となるトラックは6レーンしかない。ウォ―ミングアップエリアはフットサルのコート1面。チェックインを待つホテルのロビーでウォ―ミングアップをしているようである。
正式な組み編成とレーンが提示されたのはスタート1時間前。結果的にスタート時間は40分ほど遅れた。
国際レースは、日本国内の自己公認記録ではなくWRkという世界陸連が認定したワールドランキングコンペティションで出した記録にて判断するという制度。今回もこの制度の適応となった。最終的に2人ともB組になり、ペースメーカーを含め11名での出走となった。
なんと各レーンに2名ずつのスタート。スタート位置は北村君が1レーン内側、石元君が4レーン内側。ペースメーカーの予定が400m50秒50との提示があったが、スタート直前のB組の話し合いで51秒5となった。
スタートでは両名とも同じレーンの外国人選手に遅れをとり、しかもオープンとなった時点で2人とも集団の後方からのレースとなった。2周目も集団は崩れず、集団の前に出るには相当のエネルギーを使ってしまった。
帰国後、関東学連中距離担当松井一樹氏からは、「現在、日本記録保持者の川元(奨・スズキ)君も海外のレースで自分の走るポジションを確保するのに苦労してきた。集団の中で自分の走りやすいポジションを確保するためには、初速の速い海外レースを体験し、そのことを生かして行かなければなりませんね」と語ってくれた。
レースを終え、私からは「スタートの出遅れを中盤で回復し、最後でのスプリント勝負に持ち込めるほど世界は甘くはない。その感覚を持ち帰らなければ800mをやっていく価値はない」と多少厳しいコメント二人に発した。
その言葉を受け、若き2人のランナーが、「体格も走るリズムもまったく違う選手に混じり、勝ち切るパフォーマンスを発揮するには、まだまだやらなければならないトレーニングがある。スタートラインに立つ時の各国の選手の気概の違いを感じた」と語り合っていたのが頼もしい。
海外遠征は常に不便で不慣れがつきまとう。不平不満を募らせている場合ではない。不測の事態など当然のように降りかかる。それに対応・対処しつつ、それを楽しむくらいのメンタリティーが求められる。
食事や言語・習慣、風習など、それをストレスと感じずにレースでベストパフォーマンスを発揮できるような選手に育ってゆくことを期待したい。
そして、パソコンに向かいつつも、テレビからは開幕直後のパリ五輪の放送が気になってしまう。日本代表選手は、いくつもの海外遠征や世界大会を積み重ね、さまざまなプレッシャーをも乗り超えてきたアスリートである。
しばらくはアスリートの頂点を目指すオリンピアンの熱き戦いに、7時間の時差を乗り越えてエールを送りつつ、中継から目が離せない日々を送りそうだ。
| 上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第47回「不測を楽しむくらいのメンタリティーを」
[caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"]
関東学連の強化事業で海外に遠征した北村魁志(左)と石元潤樹[/caption]
「1€=¥181.7」(7月12日羽田空港国際線ターミナルでの換金レート)
2000年ならば、¥99.54であった。円安レートでの海外遠征は、日本円に換算するたび冷や汗が出る・・・・・・、と書き始めたことには訳がある。
関東学生陸上競技連盟の選手強化事業の一環として、イタリアのリグーリア州サヴォーナ県チェッレ・リーグレという地方の町で開催された「35°Meeting Arcobaleno EAP AtleticaEuropa」の800mに石元潤樹君(日大)と、北村魁士(山梨学大)を引率して参加してきたからだ。
石元君は初めての海外遠征。北村君は昨年末の日本陸連ジュニア中距離合宿で韓国遠征は経験しているものの、今回のような長時間移動・時差・ノンアテンドの海外遠征は初めてである。
フライトが夜0時05分発ということで、羽田空港国際線ターミナルの集合時間が22時。
本来ならアスリートにとって、ベッドで横になりたい時間だ。ここから日本との時差、マイナス7時間がスタートしたといえる。
顔合わせが終わると、まずは一般的な海外遠征での諸注意から始めた。
・スリや置き引きなどに合わないための自己防衛を過去の渡航事例を話して注意喚起。
・発熱・感染症など含めて海外で罹患した場合の諸注意と体調管理。
・疾病とは言えないが、下痢や便秘などパフォーマンスに影響する体調の不備を自己管理するための方法。
・時差の克服・順化の要点。などなど・・・・・・。
実は、私自身も海外渡航でさまざまなアクシデントやトラブル遭遇してきた。それについては1週間の生活の中で、ゆっくりと食事中のネタ話としてさせてもらった。
諸注意を終えると今回の遠征の目的を伝えた。当然のごとく大会に出場するので、そのレースで自己最高のパフォーマンスを発揮することに努めるのは当然。円安の経済状況のなか、貴重な強化費を使って海外遠征を経験させていただくのだから、まずはそのことを自覚しなければならない。
それともう一つ、私からのリクエストとして次のようなことを遠征での課題として提示させてもらった。
「君たちが将来、海外での転戦やトレーニングに一人で出かけられるようになるための布石として、今回の遠征を体験してほしい。自分でできることは見守るのでチャレンジしてほしい」とリクエストした。
旅慣れた方ならなんともないイミグレーションでの入国審査や、巨大な国際空港でのトランジットで航空便の乗り換えも、初めてとなるとかなり戸惑うものだ。
今回の遠征はホテルのバウチャーと航空券のみ手渡され、後はノンアテンドでの遠征。自力移動となる。ドバイ国際空港でのトランジットを経て、到着地はフランスのニース国際空港。空港では彼ら2人で電光掲示板や案内ボードで確認させつつ、戸惑いながら歩く彼らの後をついて歩くようにした。
[caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"]
自分たちで空港の乗り換えゲートの案内を見る2人[/caption]
そこから車で50km離れたイタリアのヴェンティミーリア駅まで移動。列車に乗り換えて約2時間かけて目的地のサヴォーナに到着となる。
ここで数日間の調整となるのだが、直面するのが冒頭の円安ユーロ高である。
しかし、北イタリアの港町でもあるので、安価な市場のイートインとテイクアウトを幾度か利用させてもらった。夜21時50分スタート予定のレースを終えてホテルに帰ってくると深夜になる。市場でピザとチキンローストをテイクアウトし、部屋の冷蔵庫で保管しておいて、ホテルの電子レンジをお借りして温め直していただいたりもした。
肝心のレースは、出場エントリー一覧を見ると3組では入りきらない人数で、どのように組分けするのかを杞憂した。会場となるトラックは6レーンしかない。ウォ―ミングアップエリアはフットサルのコート1面。チェックインを待つホテルのロビーでウォ―ミングアップをしているようである。
正式な組み編成とレーンが提示されたのはスタート1時間前。結果的にスタート時間は40分ほど遅れた。
国際レースは、日本国内の自己公認記録ではなくWRkという世界陸連が認定したワールドランキングコンペティションで出した記録にて判断するという制度。今回もこの制度の適応となった。最終的に2人ともB組になり、ペースメーカーを含め11名での出走となった。
なんと各レーンに2名ずつのスタート。スタート位置は北村君が1レーン内側、石元君が4レーン内側。ペースメーカーの予定が400m50秒50との提示があったが、スタート直前のB組の話し合いで51秒5となった。
スタートでは両名とも同じレーンの外国人選手に遅れをとり、しかもオープンとなった時点で2人とも集団の後方からのレースとなった。2周目も集団は崩れず、集団の前に出るには相当のエネルギーを使ってしまった。
帰国後、関東学連中距離担当松井一樹氏からは、「現在、日本記録保持者の川元(奨・スズキ)君も海外のレースで自分の走るポジションを確保するのに苦労してきた。集団の中で自分の走りやすいポジションを確保するためには、初速の速い海外レースを体験し、そのことを生かして行かなければなりませんね」と語ってくれた。
レースを終え、私からは「スタートの出遅れを中盤で回復し、最後でのスプリント勝負に持ち込めるほど世界は甘くはない。その感覚を持ち帰らなければ800mをやっていく価値はない」と多少厳しいコメント二人に発した。
その言葉を受け、若き2人のランナーが、「体格も走るリズムもまったく違う選手に混じり、勝ち切るパフォーマンスを発揮するには、まだまだやらなければならないトレーニングがある。スタートラインに立つ時の各国の選手の気概の違いを感じた」と語り合っていたのが頼もしい。
海外遠征は常に不便で不慣れがつきまとう。不平不満を募らせている場合ではない。不測の事態など当然のように降りかかる。それに対応・対処しつつ、それを楽しむくらいのメンタリティーが求められる。
食事や言語・習慣、風習など、それをストレスと感じずにレースでベストパフォーマンスを発揮できるような選手に育ってゆくことを期待したい。
そして、パソコンに向かいつつも、テレビからは開幕直後のパリ五輪の放送が気になってしまう。日本代表選手は、いくつもの海外遠征や世界大会を積み重ね、さまざまなプレッシャーをも乗り超えてきたアスリートである。
しばらくはアスリートの頂点を目指すオリンピアンの熱き戦いに、7時間の時差を乗り越えてエールを送りつつ、中継から目が離せない日々を送りそうだ。
| 上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
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