2025.09.30

山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第61回「国立を揺らすほどの大歓声~東京世界陸上を観て~」
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
東京世界陸上2025/World Athletics Championships Tokyo 25は猛烈な残暑に包まれた東京で開催された。194カ国から1992名の選手が出場し、53カ国がメダルを獲得した。
男子棒高跳のアルマンド・デュプランティス(スウェーデン)が6m30を劇的な3回目の試技で世界記録達成。その瞬間を国立競技場のすべての観衆や、テレビ・ライブ配信の視聴者も含む誰もが固唾を飲んで見守り、そして祝福の歓喜に包まれた。
アジアやヨーロッパなどのエリア記録が9、大会記録が9、参加国のナショナル記録が62種目で更新された。
男子マラソンでは写真判定までもつれ込んだゴール間際の接戦をアルフォンス・フェリックス・シンブ(タンザニア)が制し、タンザニア初の金メダルを獲得。昭和世代の私にはタンザニアといえばジュマ・イカンガー選手が瀬古利彦さんとしのぎを削るようなレースを展開していた当時を思い出す。
ケニアの隣国であり、マラソンではすでに金メダルを獲得済みのイメージを持っていただけに感慨もひとしおである。
女子100mのセントルシア、女子マラソンのウルグアイ、男子円盤投のサモアがそれぞれ国として初のメダルを獲得し、自国へ凱旋帰国となった。それぞれの国では絶大な祝福を受けたことは想像に難くない。
連日、日本選手の活躍もあり、9日間で延べ61万9288人が国立競技場に足を運び感動を分けあった。私自身が2019年からは駅伝・長距離から離れ、中距離と3000m障害を中心に中距離コーチとして指導・現場に携わってきた事もあり、女子800mでは6人が1分56秒以内を叩き出す怒涛のゴールに驚愕した。
その直後の男子800m決勝では、なんと8名全員が1分43秒以内でゴールになだれ込む凄まじいレースとなった。思わず「すげ〜」と10代の時のような声で叫んでしまうほどであった。
9月の中旬はアスリートにとって決して良好なグラウンドコンディションではなかった。それでも、世界のトップアスリートが、全力を振り絞って解き放つオーラと、競技パフォーマンスに終日酔いしれた。
9月19日のイブニングセッションの観客席で、ドイツから観戦に来たという男性は「とても蒸し暑い! まるで赤道直下にいるみたいだ。今夜は少しマシだけどね」と競技の合間に話してくれたほどである。
コロナ感染症対策を施しつつ、苦心の末に開催した21年の第97回箱根駅伝。極力沿道での声援を各ご家庭のテレビ観戦としていただけるように、“応援したいから応援に行かない”のポスターを作成し、ご協力を仰いだ。
その夏、1年遅れの無観客で開催された東京オリンピック。静寂の中でしか選手を見守ることができない大会運営を経験してきた関係者にとって、今回のように国立競技場を揺らすほどの大歓声の中に身を置くことのできる幸福感を強く味わうことができただろう。
それゆえに、観客席で割れんばかりの声援に包まれていると、それは決して喧騒ではなく、不思議と澄み切った静寂の中に吸い込まれて行くような感覚を覚えた。松尾芭蕉のあまりにも有名な“閑さや 岩にしみ入る 蝉の声”の境地が少し理解できた気がした。
このような空気感を作り出すのはスポーツの3要素である、する(選手)・見る(観衆)・支える(役員、審判、補助員)のそれぞれが織りなす時間の集積があるからだろう。特にこの大会のために召集された審判と役員の皆様方の思いやりと技量は、まさしく世界選手権レベルであったと確信している。
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第61回「国立を揺らすほどの大歓声~東京世界陸上を観て~」
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます! 東京世界陸上2025/World Athletics Championships Tokyo 25は猛烈な残暑に包まれた東京で開催された。194カ国から1992名の選手が出場し、53カ国がメダルを獲得した。 男子棒高跳のアルマンド・デュプランティス(スウェーデン)が6m30を劇的な3回目の試技で世界記録達成。その瞬間を国立競技場のすべての観衆や、テレビ・ライブ配信の視聴者も含む誰もが固唾を飲んで見守り、そして祝福の歓喜に包まれた。 アジアやヨーロッパなどのエリア記録が9、大会記録が9、参加国のナショナル記録が62種目で更新された。 男子マラソンでは写真判定までもつれ込んだゴール間際の接戦をアルフォンス・フェリックス・シンブ(タンザニア)が制し、タンザニア初の金メダルを獲得。昭和世代の私にはタンザニアといえばジュマ・イカンガー選手が瀬古利彦さんとしのぎを削るようなレースを展開していた当時を思い出す。 ケニアの隣国であり、マラソンではすでに金メダルを獲得済みのイメージを持っていただけに感慨もひとしおである。 女子100mのセントルシア、女子マラソンのウルグアイ、男子円盤投のサモアがそれぞれ国として初のメダルを獲得し、自国へ凱旋帰国となった。それぞれの国では絶大な祝福を受けたことは想像に難くない。 連日、日本選手の活躍もあり、9日間で延べ61万9288人が国立競技場に足を運び感動を分けあった。私自身が2019年からは駅伝・長距離から離れ、中距離と3000m障害を中心に中距離コーチとして指導・現場に携わってきた事もあり、女子800mでは6人が1分56秒以内を叩き出す怒涛のゴールに驚愕した。 その直後の男子800m決勝では、なんと8名全員が1分43秒以内でゴールになだれ込む凄まじいレースとなった。思わず「すげ〜」と10代の時のような声で叫んでしまうほどであった。 9月の中旬はアスリートにとって決して良好なグラウンドコンディションではなかった。それでも、世界のトップアスリートが、全力を振り絞って解き放つオーラと、競技パフォーマンスに終日酔いしれた。 9月19日のイブニングセッションの観客席で、ドイツから観戦に来たという男性は「とても蒸し暑い! まるで赤道直下にいるみたいだ。今夜は少しマシだけどね」と競技の合間に話してくれたほどである。 [caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"]
国立競技場は連日多くの観客で埋まった[/caption]
コロナ感染症対策を施しつつ、苦心の末に開催した21年の第97回箱根駅伝。極力沿道での声援を各ご家庭のテレビ観戦としていただけるように、“応援したいから応援に行かない”のポスターを作成し、ご協力を仰いだ。
その夏、1年遅れの無観客で開催された東京オリンピック。静寂の中でしか選手を見守ることができない大会運営を経験してきた関係者にとって、今回のように国立競技場を揺らすほどの大歓声の中に身を置くことのできる幸福感を強く味わうことができただろう。
それゆえに、観客席で割れんばかりの声援に包まれていると、それは決して喧騒ではなく、不思議と澄み切った静寂の中に吸い込まれて行くような感覚を覚えた。松尾芭蕉のあまりにも有名な“閑さや 岩にしみ入る 蝉の声”の境地が少し理解できた気がした。
このような空気感を作り出すのはスポーツの3要素である、する(選手)・見る(観衆)・支える(役員、審判、補助員)のそれぞれが織りなす時間の集積があるからだろう。特にこの大会のために召集された審判と役員の皆様方の思いやりと技量は、まさしく世界選手権レベルであったと確信している。
400mハードルの準備と撤収は圧巻
今回、競技役員としてTIC(テクニカルインフォメーションセンター)を担当された天野正子さん(元関東学連事務局)にお話を伺ったところ、ウォーミングアップのために用意されたのが国立競技場から3kmほど離れた代々木公園にある織田フィールド。アスリートがベストパフォーマンスを発揮するにはウォーミングアップの重要性は語らずともしれたことで、移動に時間がかかるのは選手にとって大きなストレスとなる。 移動は定期的に運行されるシャトルバスで十分な準備をされてきたものの、選手の望む時間に運行時間があるとは限らない。初日は各国からの改善要望があったそうだ。早速バスの運行時間を増やし、予備の待機車両等も用意して選手たちのパフォーマンスを支えたそうだ。 即座に運行時間の変更や予備車両の準備など、大きな組織運営で行われる大会ほど困難をきたすことは想像できる。選手たちのためにその要望に応えようと奔走した方々のスパート力はトラック競技のスプリンター並みではなかったのではと讃えたい。 また、サブグラウンドへ選手が入ってくる際や、最終コールの緊張感高まる空間に入室する際も笑顔と拍手で迎えた。同じくサブグラウンドから移動バスに乗り込む時も、最終コールを終えていよいよ競技場へと向かう時にも、笑顔と拍手で送り出したそうだ。 選手たちも時折、日本語で「アリガトウ!」と笑顔で返してくれる関係性も育まれたという。 400mハードルの準備と撤収は圧巻であった。スタンドで私の後ろに座っていた中学生3人組の会話がとても微笑ましかったので紹介したい。多分陸上競技観戦は初めてで、陸上未経験の仲良し同士で観戦に来ていたのだろう。 「あっラジコンカーが走っている。あの運転やりたい……、あ〜やりを運んでいるんだ!」と会話していたと思ったら、「あれはなんだ! 車と人が走ってきた。なんの競技だろう……? どんどんハードルが並べられている! 全員息がぴったり合っているね。俺、将来あれの係やりたい!」という会話が耳に入ってきた。 思わず振り返り、少年たちに「関東の大学の陸上部員が補助員としてやっているんだよ!」と、未来のどこかの陸上部員になるかもしれないことを願って声をかけた。 [caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"]
400mハードルの準備と撤収は圧巻だった[/caption]
そんなこんなを含めて、選手だけでなく審判も役員も補助員も世界水準の魅せるパフォーマンスを発揮した大会ではなかっただろうか。
テンポ良いプログラム進行。フィールドは選手休憩用テントではなく、個別休憩ブースになっていた。スタンドからすべての競技の視認性を高めたことなど、陸上競技を楽しく観戦できる工夫も多くなされていた。
まだまだ書ききれぬほどのエピソードがあるなか、今回の大会の大盛況を支えた方々にスタンドからのウエーブで労いたいほどである。
芭蕉の句に “草いろいろ おのおの花の 手柄かな” がある。句意を勝手に解釈すれば、“有名無名さまざまな草の花がそれぞれに咲かせている。どの花も見事でその姿に見惚れてしまい、全ての花を讃えたい”と思って詠んだ句だろう。
World Athletics Championships Tokyo 25における“する・みる・ささえる”に関わった全ての方々に敬意を込めて。
| 上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
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