2023.01.26
2023年、最後の箱根駅伝を終えた大学4年生ランナーたち。納得のいく走りができた選手や悔いを残した選手、なかにはアクシデントでスタートラインにすら立てなかったエース級もいる。お届けするのは、そんな最上級生たちの物語――。
赤城山で鍛えられた健脚
走る前は「緊張というよりワクワクの方がすごかった」という。箱根駅伝の5区は、帝京大に入学した当初から希望してきた念願の舞台だったからだ。
新井大貴(帝京大4)は、群馬・富士見中時代に全国中学校駅伝4区区間賞でチームの優勝に貢献し、全中やジュニアオリンピックにも出場。前橋育英高に進んでからは全国大会出場の実績はないが、「山を走ることには絶対的な自信があった」。
実家は群馬の名峰・赤城山の麓にあり、山の上り下りは幼い頃から慣れっこだった。高校は家からアップダウンのある片道10kmの道を走って通学し、大学に入ってからも帰省した際は赤城山までの往復42kmを走ったりしていたという。
「箱根を走るために入学した」という帝京大では、1年時からエントリーメンバーに名を連ねたが、前回まで出走のチャンスはめぐってこなかった。特に2年時と3年時には、2年連続で5区区間賞に輝くことになる細谷翔馬(現・天童市役所)がおり、1学年上の先輩の壁は高く厚かった。
しかし、最終学年となった今季は、夏合宿で1000kmを走り込むなど順調に練習を消化し、自信を持って駅伝シーズンを迎えていた。中野孝行監督は5区について、「1時間12分台で十分」と考えていたが、下見などの準備を経て、新井自身はさらに高い所を見据えていた。
「設定は1時間10分30秒。細谷さんが前回出した帝京大記録(1時間10分33秒)を抜くつもりで、1年間やってきました。あわよくば区間記録(1時間10分25秒)更新も狙って、帝京大として3年連続5区区間賞が目標です」
牙をむいた『箱根の魔物』
前回は往路で2位と存在感を示した帝京大。今回は序盤から苦戦を強いられ、新井にタスキが渡った時点で15位と、目標の総合5位だけでなく、6年連続のシード権獲得にも黄色信号が灯っていた。「自分がもっと上の方に順位を上げて、あとの人たちに1秒でも、少しでも楽にさせるような走りができたら」と箱根の山に挑んだ。
ところが、自信を持って挑んだはずの天下の険は、新井に「練習と本番では全然違う」という現実を突きつける。次々と現われる難所にペースは上がらず。なんとか1人を抜いて14位で芦ノ湖のゴールにたどり着いたものの、フィニッシュタイムは1時間12分33秒で区間8位。中野監督の想定内ではあったものの、自身がイメージしていたパフォーマンスとは程遠かった。
「自分の中ではもっと上に行ける自信があったのですが……。よく『箱根には魔物が棲んでいる』と言われますが、自分もその餌食になってしまった1人なのかなと思います」と悔しさをにじませながら苦笑する。それと同時に感じたのが、細谷の凄さだ。
「初めて箱根を走ってみて、細谷さんの偉大さをめちゃくちゃ感じました。もともと尊敬していた先輩ですが、本当にすごい人なんだなと改めて実感しました」
学生の4年間を振り返ると、輝かしい実績を残せたわけではない。ケガで満足な練習ができない時期も少なくなかった。それでも、陸上経験者の母からもらった「枯れても腐るな」という言葉を座右の銘にし、いつか訪れるチャンスのために鍛錬を怠らなかった。「枯れても腐るな」には、根っこが腐らなければ、いずれ来る春に花は咲くという意味がある。
後輩たちにシード権を残せなかったことも心残りとなったが、「次回は予選会をしっかり勝ち上がって、また本戦に戻ってほしい」と願うことしかできない。ただ、新井があこがれれの舞台に立つことを目標に4年間を全力で駆け抜けたという点だけは、誰に対しても誇っていい。
新井大貴(あらい・ひろき:帝京大)/2000年7月20日生まれ。群馬県前橋市出身。前橋育英高(群馬)卒。自己ベストは5000m14分14秒16、10000m30分16秒64、ハーフ1時間3分30秒。
文/小野哲史
赤城山で鍛えられた健脚
走る前は「緊張というよりワクワクの方がすごかった」という。箱根駅伝の5区は、帝京大に入学した当初から希望してきた念願の舞台だったからだ。 新井大貴(帝京大4)は、群馬・富士見中時代に全国中学校駅伝4区区間賞でチームの優勝に貢献し、全中やジュニアオリンピックにも出場。前橋育英高に進んでからは全国大会出場の実績はないが、「山を走ることには絶対的な自信があった」。 実家は群馬の名峰・赤城山の麓にあり、山の上り下りは幼い頃から慣れっこだった。高校は家からアップダウンのある片道10kmの道を走って通学し、大学に入ってからも帰省した際は赤城山までの往復42kmを走ったりしていたという。 「箱根を走るために入学した」という帝京大では、1年時からエントリーメンバーに名を連ねたが、前回まで出走のチャンスはめぐってこなかった。特に2年時と3年時には、2年連続で5区区間賞に輝くことになる細谷翔馬(現・天童市役所)がおり、1学年上の先輩の壁は高く厚かった。 しかし、最終学年となった今季は、夏合宿で1000kmを走り込むなど順調に練習を消化し、自信を持って駅伝シーズンを迎えていた。中野孝行監督は5区について、「1時間12分台で十分」と考えていたが、下見などの準備を経て、新井自身はさらに高い所を見据えていた。 「設定は1時間10分30秒。細谷さんが前回出した帝京大記録(1時間10分33秒)を抜くつもりで、1年間やってきました。あわよくば区間記録(1時間10分25秒)更新も狙って、帝京大として3年連続5区区間賞が目標です」牙をむいた『箱根の魔物』
前回は往路で2位と存在感を示した帝京大。今回は序盤から苦戦を強いられ、新井にタスキが渡った時点で15位と、目標の総合5位だけでなく、6年連続のシード権獲得にも黄色信号が灯っていた。「自分がもっと上の方に順位を上げて、あとの人たちに1秒でも、少しでも楽にさせるような走りができたら」と箱根の山に挑んだ。 ところが、自信を持って挑んだはずの天下の険は、新井に「練習と本番では全然違う」という現実を突きつける。次々と現われる難所にペースは上がらず。なんとか1人を抜いて14位で芦ノ湖のゴールにたどり着いたものの、フィニッシュタイムは1時間12分33秒で区間8位。中野監督の想定内ではあったものの、自身がイメージしていたパフォーマンスとは程遠かった。 「自分の中ではもっと上に行ける自信があったのですが……。よく『箱根には魔物が棲んでいる』と言われますが、自分もその餌食になってしまった1人なのかなと思います」と悔しさをにじませながら苦笑する。それと同時に感じたのが、細谷の凄さだ。 「初めて箱根を走ってみて、細谷さんの偉大さをめちゃくちゃ感じました。もともと尊敬していた先輩ですが、本当にすごい人なんだなと改めて実感しました」 学生の4年間を振り返ると、輝かしい実績を残せたわけではない。ケガで満足な練習ができない時期も少なくなかった。それでも、陸上経験者の母からもらった「枯れても腐るな」という言葉を座右の銘にし、いつか訪れるチャンスのために鍛錬を怠らなかった。「枯れても腐るな」には、根っこが腐らなければ、いずれ来る春に花は咲くという意味がある。 後輩たちにシード権を残せなかったことも心残りとなったが、「次回は予選会をしっかり勝ち上がって、また本戦に戻ってほしい」と願うことしかできない。ただ、新井があこがれれの舞台に立つことを目標に4年間を全力で駆け抜けたという点だけは、誰に対しても誇っていい。 新井大貴(あらい・ひろき:帝京大)/2000年7月20日生まれ。群馬県前橋市出身。前橋育英高(群馬)卒。自己ベストは5000m14分14秒16、10000m30分16秒64、ハーフ1時間3分30秒。 文/小野哲史
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