◇日本選手権(6月24日~27日/大阪・ヤンマースタジアム長居)
「100mの代表権、獲得できなかったのが今日の結果(のすべて)かなと思います」
悔しさを胸の内に隠し、桐生祥秀(日本生命)はしっかりと前を見つめてそう答えた。
10秒28(+0.2)で5位。優勝した多田修平(住友電工)には0.13秒もの大差をつけられ、10秒19で2位に食い込んだデーデー・ブルーノ(東海大)を挟み、結果的に残り1つとなった五輪代表即時内定争いにも敗れた。10秒27で同タイムの山縣亮太(セイコー)、小池祐貴(住友電工)との差はわずか0.01秒。3位の山縣がその座をつかみ取り、これで五輪代表枠の2つが確定。残り1枠はすでに五輪参加標準記録突破済みの小池が濃厚。桐生が目指してきた「東京五輪の100mファイナルで戦う」という目標は、その場に立つことすらできないかたちで終わりを迎えた。
本来なら五輪イヤーとなるはずだった昨年は、10秒0台を何度も出し、日本選手権も6年ぶりに制して存在感を示した1年だった。しかし今季は、3月の日本選手権室内60mを迎える段階で左膝裏に違和感があり、予選を1着通過した後の決勝を棄権。例年通り春先から好タイムを出して勢いをつけるはずが、屋外初戦が4月末の織田記念までずれ込んだ。しかも、5月9日のREADY STEADY TOKYOは予選でフライングを犯して失格。5月後半には右アキレス腱が痛み出す。6月6日の布勢スプリント予選で追い風参考ながら10秒01(+2.7)をマークしたとはいえ、シーズン全体の流れは決して良いとは言えなかった。
それでも、日本選手権で3位以内に入れば2大会連続の五輪代表内定を得られる立場。今大会は予選から「覚悟」がにじみ出ていた。予選を10秒12(-0.4)の全体トップタイムで通過し、小池、ケンブリッジ飛鳥(Nike)らと同走だった準決勝も10秒28(-0.9)で1着で突破。アキレス腱は「歩いていても痛い」状態だが、五輪への思いが身体を突き動かす。「明日は(決勝の)1本。思い切っていくだけ」。
しかし、左に山縣、右に多田とスタートが得意の2人に挟まれた決勝で、出遅れたことは致命的だった。「2人にリードされることは頭に入れて行こうと思っていた」が、身体が反応してくれなかったのか。終盤は意地の猛追を見せたが、あと0.01秒及ばなかった。
京都・洛南高2年だった2012年に高校生初の10秒1台(10秒19)をマークし、13年春の「10秒01」で一気に日本陸上界を背負うスプリンターとなった。そして、その年の9月に東京五輪開催が決定。当時17歳だった桐生にとっては、東京五輪とともに走り続けてきた競技生活だったかもしれない。
それが重荷になる時もあっただろうが、必死に受け止め続けてきた。リオ五輪の4×100mリレー銀メダル、17年9月の日本人初の9秒台(9秒98)樹立といった偉業を成し遂げることで、また背負うものが増えた。
ただ、これでようやく両肩に乗っていた荷物を下ろすことができたのかもしれない。レース後の言葉に、それがほんの少し垣間見えた。
「何て言うんですかね……う~ん。こういう結果になってしまった以上は……。東京が決まってからの8年、そこを目指してきた中で、そこまでいろいろありました。(その目標がこれで)ひと区切りかなと思います」
重圧から解き放たれた桐生の爆走は、また日本男子スプリントのレベルを引き上げるものになるに違いない。まずは、リレーの可能性が残された五輪。もちろんアキレス腱の痛みの具合にもよるが、「3走・桐生」は金メダルを目指す日本男子4×100mリレーチームの生命線だ。桐生の東京五輪はまだ終わっていない。
文/小川雅生

|
|
RECOMMENDED おすすめの記事
Ranking
人気記事ランキング
-
2025.06.29
-
2025.06.17
-
2025.06.04
2022.04.14
【フォト】U18・16陸上大会
2021.11.06
【フォト】全国高校総体(福井インターハイ)
-
2022.05.18
-
2023.04.01
-
2022.12.20
-
2023.06.17
-
2022.12.27
-
2021.12.28
Latest articles 最新の記事
2025.06.30
【高校生FOCUS】男子棒高跳・井上直哉(阿南光高)「全国3冠取りたい」と意気込むボウルターは柔道黒帯
FOCUS! 高校生INTERVIEW 井上直哉 Inoue Naoya 阿南光高3徳島 注目の高校アスリートに焦点を当てる高校生FOCUS。今回はインターハイ徳島県大会男子棒高跳で5m21の県高校新記録をマークし、続く […]
2025.06.30
【学生長距離Close-upインタビュー】急成長を続ける大東大・大濱逞真 「自信を持ってエースと言えるように」
学生長距離Close-upインタビュー 大濱逞真 Ohama Takuma 大東大2年 「月陸Online」限定で大学長距離選手のインタビューをお届けする「学生長距離Close-upインタビュー」。49回目は、大東大の大 […]
2025.06.30
64年東京五輪5000m銅のデリンジャー氏が死去 91歳 米国代表やオレゴン大コーチも務める
6月27日、米国の元長距離選手で、後にコーチとしても活躍したビル・デリンジャー氏が逝去した。91歳だった。 デリンジャー氏は5000mで3大会連続してオリンピックに出場(1956年メルボルン、1960年ローマ、1964年 […]
2025.06.30
100mトンプソンが世界歴代6位の9秒75!! シェリー・アンも最後の国内選手権で3位/ジャマイカ選手権
東京世界選手権の代表選考会となるジャマイカ選手権が6月26日から29日にキングストンで開催された。 男子100mはK.トンプソンが世界歴代6位、今季世界最高の9秒75(+0.8)で優勝した。トンプソンは現在23歳。これま […]
Latest Issue
最新号

2025年7月号 (6月13日発売)
詳報!アジア選手権
日本インカレ
IH都府県大会