【日本選手権】100mサイドストーリー/大瀨戸一馬が地元からリスタート

【日本選手権】
100mサイドストーリー/大瀨戸一馬が地元からリスタート

地元・福岡で開催の日本選手権100m。大瀨戸(右端)は予選敗退に終わった

地元での大舞台で悔しい予選敗退

 走り慣れたはずの博多の森のトラック。だが、大瀨戸一馬(安川電機)には「いつもと違う競技場で走っている感じ」に映っていた。

 小倉東高出身の大瀨戸にとって、地元・福岡で開催される大舞台は特別だった。男子100mの予選3組。リオ五輪4継メンバーのケンブリッジ飛鳥(Nike)、今季好調の川上拓也(大阪ガス)と同組に入った。一番内側の3レーンに立った大瀨戸。その名が紹介されると拍手は大きくなった。スタートするとスタンドから「大瀨戸ー!」と大きな声が飛ぶ。結果は10秒57(-0.4)。勝負できずに予選敗退となった。

「やっぱり悔しいですね。こうして地元での日本選手権で、いい意味でプレッシャーのある中で走らせてもらったのに。スピードも出ていないし、イメージと反対に身体がゆっくり動いてしまっているのがわかるんです」

 ケガが長引いていたが、これまであまり試していなかった鍼灸院での鍼治療などで、練習を積めるようになってきた大瀨戸。「5月まではすごく調子もよかった」というが、梅雨に入って少し体調を崩してしまい、最後の調整のところで質を高めることができなかったと悔やんだ。

 2012年4月29日。大瀨戸は、髙橋和裕(添上高)が1994年に樹立した10秒24の高校記録を18年ぶりに更新する10秒23をマークした。次代を担うスプリンターと世間から大きな注目を浴びることになる。桐生祥秀(洛南高、現・日本生命)が「あの10秒01」をマークしたちょうど1年前のことだった。

 その後、インターハイ100mを制し、世代ナンバーワンを証明したが、秋に桐生が10秒19と高校記録を更新し、翌年の大ブレークで大瀨戸への注目は少なくなっていった。それでも、法大に進学し、世界リレー代表やユニバシアード代表として活躍し、大学4年目には10秒19と自己ベストも更新。決してあきらめることはなかった。

再び上位争いをするための「土台を作っている」という大瀨戸

土台の最後のブロックは9秒台

「今年は決勝進出を争えそうな手応えはあったんですけどね。やっぱり努力が結果に表れないというのはしんどい」

 今は、3年前に10秒19で走ったとき感覚をベースとしながら、また違った土台を作っているという。「これとこれ、このパーツとこのパーツを組み合わせれば、いい走りになるというイメージはあるんです」。その土台は「まだまだ低いところ」というのは自覚している。しかし、「ピラミッドの頂点の、最後の1ブロックを置けた時、僕は9秒台だと思っています」と、自身の可能性を疑うことはない。

 桐生が9秒98と歴史を動かし、サニブラウン・アブデル・ハキーム(フロリダ大)が9秒97へ更新。10秒0台には、山縣亮太(セイコー)や飯塚翔太(ミズノ)、ケンブリッジといった先輩たちだけでなく、小池祐貴(住友電工)、多田修平(同)といった後輩たちにも上をいかれている。日本の100mの歴史が激動している中、開拓者の一人は何を思うのか。

「陸上オタクなので、一ファンとして純粋にすごいな、楽しみだなって思ってしまう部分もあり、スプリンターとして挑戦したい気持ちもあります。正直、勝つビジョンを今は持てない。でも、あきらめられないですよね。1回、頂点を経験しているんで。上から下まで、全部経験した選手ってあまりいないと思います。落ちるところまで落ちたので、あとは積み上げていくだけ。僕は天才じゃないので、コツコツやるしかない。来年のためにも、秋にはしっかりとした結果、記録を出したい」

 その目は決してにごってはいない。〝天才高校生〟ではなく、〝一人のスプリンター〟として。大瀨戸一馬は、この福岡からまた一歩踏み出した。
(文/向永拓史)