HOME 特集

2025.04.13

【竹澤健介の視点】「勝ちに行って勝つ」実現した鈴木芽吹の成長 明暗分けた「レースの難しさ」/日本選手権10000m
【竹澤健介の視点】「勝ちに行って勝つ」実現した鈴木芽吹の成長 明暗分けた「レースの難しさ」/日本選手権10000m

25年日本選手権10000m男子の上位3選手。中央が優勝した鈴木芽吹(トヨタ自動車)、左が2位の葛西潤(旭化成)、右が3位の吉居大和(トヨタ自動車)

熊本・えがお健康スタジアムで行われた第109回日本選手権10000mは、男子は鈴木芽吹(トヨタ自動車)が27分28秒82で初優勝、女子は廣中璃梨佳(日本郵政グループ)が31分13秒78で2年ぶり4回目の優勝を飾った。2008年北京五輪5000m、10000m代表の竹澤健介さん(摂南大ヘッドコーチ)に、レースを振り返ってもらった。

◇ ◇ ◇

広告の下にコンテンツが続きます

レース全体としては男女ともに、東京世界選手権への派遣を見据えた絶妙なペース設定がされていたと感じました。これについてさまざまな意見があるかもしれませんが、日中の金栗記念の好条件とは打って変わって、雨が降りしきる難しいコンディションでも上位が大きく崩れることがなかった点が、それを表していると思います。

好選手がそろった男子は、世界選手権参加標準記録(27分00秒00)というよりは、今大会が代表選考会にもなっていた5月のアジア選手権を見据え、しっかりとワールドランキングのポイントを積み重ねる意識の選手が多かったように感じます。近年は日本選手権にペースメーカーがついていますが、強い選手というよりも流れを読める選手が上位に来ている印象。序盤、前回優勝の葛西潤選手(旭化成)、鈴木芽吹選手(トヨタ自動車)、太田智樹選手(同)らが後方からレースを進めていたのは、そういった流れの経験から来るものでしょう。

ただ、ペースメーカーが当初の予定の8000mまでもたず、5000mまでしか機能しなかった点は、多くの選手にとって予想外だったと思います。そこからレースを引っ張ろうとした塩尻和也選手(富士通)、かぶせるように先頭に立った吉居大和選手(トヨタ自動車)のお陰で、東京世界選手権の開催国枠エントリー設定記録(27分23秒65)を狙えるペースを維持できたことは、大きな意味があります。その一方で、特に吉居選手は持ち味のスパートを出せない展開になったことは否めない。勝負とタイムの両方が求められるというのは、レースを難しくさせるのだと改めて感じました。

その中でも、優勝した鈴木選手は“勝ちに行って勝つ”という素晴らしいレースでした。なかなかタイトルに届かず、何度も苦渋をなめてきたと思いますが、ウィークポイントをしっかりとつぶして臨んだという印象を受けます。

力が毎年ついていますが、さらにフォームが洗練され、安定感が増した印象です。もともとキレというよりは、ロングスパートで最後までスピードを上げられるタイプですが、その持ち味をしっかり発揮した美しいレースでした。

2位で連覇を逃した葛西選手は、吉居選手が抜け出した後半に自ら追う展開になったことが、レースを厳しくしたのではないでしょうか。パリ五輪代表として、追わないといけない立場という厳しい展開ではあったでしょう。ただ、ついていく展開に持ち込めていれば、残り1000mからのロングスパートで制した昨年と同じパターンに持ち込めていたのではないか、と思わせるほど走り自体は悪くなかったと感じます。

吉居選手は、敢然とレースを作った姿勢は素晴らしかったです。イレギュラーな展開に迷いもあったでしょう。それでも、レースはやはり“生き物”。この経験を次に生かすことができれば、大きく成長を遂げるのではないでしょうか。

4位の塩尻選手や8位だった太田選手など、有力候補がリズムに乗り切れない局面があり、それが結果につながりました。雨や寒暖差など含め、さまざまな意味で「難しさ」を感じたレースでした。

女子については、廣中璃梨佳選手(日本郵政グループ)が復活を印象づけました。それ以上に力がついきているように感じますし、再び世界と勝負する位置まで、ぜひ戻っていってもらいたいです。

2位の矢田みくに選手(エディオン)についても、ここからのさらなる成長が期待されます。男子のように、上位に続く厚みが女子にも出てくれば、もっとレース全体が楽しいものになるはず。前のほうで多くの選手が競り合う展開を目指して、さらにレベルアップを遂げてもらいたいです。

男女とも、今大会での東京世界選手代表の即時内定は出ませんでした。季節が暑くなっていくことを考えると、今後はアジア選手権などでポイントを重ね、ワールドランキングでの出場を目指すことが現実路線となるでしょう。

アジア選手権では、強い中東勢やインド勢を相手にいかに良い順位を取れるか。そのためには、日本人らしい粘りを生かすレースをすることが大切です。

世界との距離はまだまだ遠いかもしれませんが、まずは1人でも多く、ランキングで出場することが何よりも重要。その先の“標準突破”へつなげるためには、3000mや、ひょっとしたら1500m的なさらなるスピード強化が必要になってくるのではと思っています。

◎竹澤健介(たけざわ・けんすけ)
摂南大陸上競技部ヘッドコーチ。早大3年時の2007年に大阪世界選手権10000m、同4年時の08年北京五輪5000m、10000mに出場。箱根駅伝では2年時から3年連続区間賞を獲得した。日本選手権はエスビー食品時代の10年に10000mで優勝している。自己ベストは500m13分19秒00、10000m27分45秒59。

熊本・えがお健康スタジアムで行われた第109回日本選手権10000mは、男子は鈴木芽吹(トヨタ自動車)が27分28秒82で初優勝、女子は廣中璃梨佳(日本郵政グループ)が31分13秒78で2年ぶり4回目の優勝を飾った。2008年北京五輪5000m、10000m代表の竹澤健介さん(摂南大ヘッドコーチ)に、レースを振り返ってもらった。◇ ◇ ◇レース全体としては男女ともに、東京世界選手権への派遣を見据えた絶妙なペース設定がされていたと感じました。これについてさまざまな意見があるかもしれませんが、日中の金栗記念の好条件とは打って変わって、雨が降りしきる難しいコンディションでも上位が大きく崩れることがなかった点が、それを表していると思います。好選手がそろった男子は、世界選手権参加標準記録(27分00秒00)というよりは、今大会が代表選考会にもなっていた5月のアジア選手権を見据え、しっかりとワールドランキングのポイントを積み重ねる意識の選手が多かったように感じます。近年は日本選手権にペースメーカーがついていますが、強い選手というよりも流れを読める選手が上位に来ている印象。序盤、前回優勝の葛西潤選手(旭化成)、鈴木芽吹選手(トヨタ自動車)、太田智樹選手(同)らが後方からレースを進めていたのは、そういった流れの経験から来るものでしょう。ただ、ペースメーカーが当初の予定の8000mまでもたず、5000mまでしか機能しなかった点は、多くの選手にとって予想外だったと思います。そこからレースを引っ張ろうとした塩尻和也選手(富士通)、かぶせるように先頭に立った吉居大和選手(トヨタ自動車)のお陰で、東京世界選手権の開催国枠エントリー設定記録(27分23秒65)を狙えるペースを維持できたことは、大きな意味があります。その一方で、特に吉居選手は持ち味のスパートを出せない展開になったことは否めない。勝負とタイムの両方が求められるというのは、レースを難しくさせるのだと改めて感じました。その中でも、優勝した鈴木選手は“勝ちに行って勝つ”という素晴らしいレースでした。なかなかタイトルに届かず、何度も苦渋をなめてきたと思いますが、ウィークポイントをしっかりとつぶして臨んだという印象を受けます。力が毎年ついていますが、さらにフォームが洗練され、安定感が増した印象です。もともとキレというよりは、ロングスパートで最後までスピードを上げられるタイプですが、その持ち味をしっかり発揮した美しいレースでした。2位で連覇を逃した葛西選手は、吉居選手が抜け出した後半に自ら追う展開になったことが、レースを厳しくしたのではないでしょうか。パリ五輪代表として、追わないといけない立場という厳しい展開ではあったでしょう。ただ、ついていく展開に持ち込めていれば、残り1000mからのロングスパートで制した昨年と同じパターンに持ち込めていたのではないか、と思わせるほど走り自体は悪くなかったと感じます。吉居選手は、敢然とレースを作った姿勢は素晴らしかったです。イレギュラーな展開に迷いもあったでしょう。それでも、レースはやはり“生き物”。この経験を次に生かすことができれば、大きく成長を遂げるのではないでしょうか。4位の塩尻選手や8位だった太田選手など、有力候補がリズムに乗り切れない局面があり、それが結果につながりました。雨や寒暖差など含め、さまざまな意味で「難しさ」を感じたレースでした。女子については、廣中璃梨佳選手(日本郵政グループ)が復活を印象づけました。それ以上に力がついきているように感じますし、再び世界と勝負する位置まで、ぜひ戻っていってもらいたいです。2位の矢田みくに選手(エディオン)についても、ここからのさらなる成長が期待されます。男子のように、上位に続く厚みが女子にも出てくれば、もっとレース全体が楽しいものになるはず。前のほうで多くの選手が競り合う展開を目指して、さらにレベルアップを遂げてもらいたいです。男女とも、今大会での東京世界選手代表の即時内定は出ませんでした。季節が暑くなっていくことを考えると、今後はアジア選手権などでポイントを重ね、ワールドランキングでの出場を目指すことが現実路線となるでしょう。アジア選手権では、強い中東勢やインド勢を相手にいかに良い順位を取れるか。そのためには、日本人らしい粘りを生かすレースをすることが大切です。世界との距離はまだまだ遠いかもしれませんが、まずは1人でも多く、ランキングで出場することが何よりも重要。その先の“標準突破”へつなげるためには、3000mや、ひょっとしたら1500m的なさらなるスピード強化が必要になってくるのではと思っています。◎竹澤健介(たけざわ・けんすけ) 摂南大陸上競技部ヘッドコーチ。早大3年時の2007年に大阪世界選手権10000m、同4年時の08年北京五輪5000m、10000mに出場。箱根駅伝では2年時から3年連続区間賞を獲得した。日本選手権はエスビー食品時代の10年に10000mで優勝している。自己ベストは500m13分19秒00、10000m27分45秒59。

次ページ:

       

RECOMMENDED おすすめの記事

    

Ranking 人気記事ランキング 人気記事ランキング

Latest articles 最新の記事

2026.10.25

小寺慎之助 復活のV! U18男子100mで2年ぶり全国制覇に「うれしくて泣きそうなくらい」/U18・16大会

◇第20回U18・第57回U16陸上競技大会(2026年10月23日~25日/三重交通Gスポーツの杜伊勢陸上競技場)2日目 U18・U16大会の2日目にU18男子100mが行われ、小寺慎之助(市柏高2千葉)が10秒48( […]

NEWS 学生駅伝女王の座に輝くのは?城西大、大東大、名城大のV争いが軸、熱戦は今日12時10分に幕明け!/全日本大学女子駅伝

2026.10.25

学生駅伝女王の座に輝くのは?城西大、大東大、名城大のV争いが軸、熱戦は今日12時10分に幕明け!/全日本大学女子駅伝

◇第44回全日本大学女子駅伝(10月25日/宮城・弘進ゴムアスリートパーク仙台発着6区間38.0km) 第44回全日本大学女子駅伝はきょう10月26日に行われる。城西大、大東大、名城大の「3強」を軸に熱戦が繰り広げられそ […]

NEWS マラソン競歩アジア王者・勝木隼人、初挑戦の女子・柳井綾音らに注目! 今日ハーフと2種目実施/高畠競歩

2026.10.25

マラソン競歩アジア王者・勝木隼人、初挑戦の女子・柳井綾音らに注目! 今日ハーフと2種目実施/高畠競歩

◇第63回全日本競歩高畠大会(10月25日/山形・高畠) 来年の北京世界選手権の代表選考会を兼ねた第63回全日本競歩高畠大会が今日10月25日に行われる。 広告の下にコンテンツが続きます 代表選考会を兼ねるマラソン競歩で […]

NEWS アジア大会マラソン競歩金メダリスト・勝木隼人「自己記録を一つの目安に」 初挑戦の柳井綾音「楽しみな気持ちで挑みたい」/高畠競歩

2026.10.24

アジア大会マラソン競歩金メダリスト・勝木隼人「自己記録を一つの目安に」 初挑戦の柳井綾音「楽しみな気持ちで挑みたい」/高畠競歩

◇第63回全日本競歩高畠大会(10月25日/山形・高畠) 来年の北京世界選手権の代表選考会を兼ねた第63回全日本競歩高畠大会を翌日に控えた10月24日、名古屋アジア大会男子マラソン競歩金メダリストの勝木隼人(自衛隊体育学 […]

NEWS 棒高跳・飯塚俊介が高1歴代3位タイの5m10で2年ぶりV! 「高2では5m30を跳びたい」 3月に中学記録樹立/U18・16大会

2026.10.24

棒高跳・飯塚俊介が高1歴代3位タイの5m10で2年ぶりV! 「高2では5m30を跳びたい」 3月に中学記録樹立/U18・16大会

◇第20回U18・第57回U16陸上競技大会(2026年10月23日~25日/三重交通Gスポーツの杜伊勢陸上競技場)2日目 U18・U16大会の2日目にU16男子棒高跳が行われ、飯塚俊介(越谷南高1埼玉)が高1歴代3位タ […]

    SNS

    Latest Issue 最新号最新号

    2026年11月号 (10月14日発売)

    2026年11月号 (10月14日発売)

    アジア大会総特集
    駅伝プレビュー

    page top