2019.12.16
目の前のレース一つひとつを大切に
「ワクワク感を持って」東京五輪へ挑む
東京五輪出場へ気持ちを新たにした田中希実(豊田自動織機TC)
初の世界選手権。女子5000mに出場した田中希実(豊田自動織機TC)は予選を突破し、ファイナリストになった。2018年U20世界選手権3000mで世界一に輝いた逸材の成長曲線は、さらに勢いを増している。実業団でもなく、学連登録でもなく、独自の路線で道を切り開いてきた。幼い頃から変わらない「速くなりたい」という純粋な想い。弱冠二十歳。小柄なランナーが見据える2020年とは――。
●文/花木 雫
●撮影/弓庭保夫
初の世界選手権で堂々の決勝進出
世界の舞台に立つとひときわ小さく見える身体を目一杯使った走りに、ひたむきさがにじみ出ていた。トラックではシニア世界大会デビュー戦となった10月のドーハ世界選手権。20歳になったばかりの田中希実(豊田自動織機TC)は女子5000mに出場すると、予選でそれまでの自己ベスト(15分15秒80)を大幅に更新する15分04秒66をマークし、組6着で着順通過こそならなかったがタイム順で決勝進出を決めた。
3日後のファイナルでは、さらに記録を更新する15分00秒01。日本歴代2位の好タイムをマークした(14位)。今季は5000mだけでなく、自身が「一番好き」と話す1500mでも4分11秒50(日本歴代7位)、さらに3000mでも8分48秒38(同3位)と、飛躍の年となった。
ドーハで福士加代子(ワコール)しか成し遂げていない14分台にあと0.02秒と迫ったことについて、田中は冷静に振り返る。
「タイム的には長距離での0.02秒は誤差の範囲。気づいていれば胸を突き出せましたが、とにかく必死でタイムを確認する余裕がありませんでした。それは自分のミスであり、今後の課題。15分を切れなかったことに、それほど悔しさはありませんが、満足もしていません。感覚的には中学時代に1500mで4分20秒切りを目指していて届かなかった時と同じですね」
それよりも、「とにかく東京五輪の標準を切りたいと思っていたので、それが大舞台で達成でき、次につなげられたのはうれしい」と、2020年に向けて大きな成果を上げられた充実感を漂わせる。
激動のシーズンを終え、「1年間、ケガなく順調に過ごせたことが結果につながったと思います。周囲の支えのお陰で環境も整い、練習に集中できました。今季マークできた記録は、目標だったとは言え、過去の自分では考えられないタイムばかり。決して満足はしていませんが、それでも順調過ぎて、うれしさより驚きのほうが大きいです。信じられないのが正直な感想です」と、まだ実感が湧いていない様子だ。
日本選手権がターニングポイントに
身長153cmと小柄ながらバネのある走りで世界を舞台に活躍してきた田中。右は2019年から指導を受けている父・健智コーチ
昨シーズン、15分15秒80をマークしてドーハ世界選手権の参加標準記録(15分22秒00)を突破したが、今季当初の最大のターゲットは3月末の世界クロカン選手権だった(39位)。
その影響もあり、スピード練習の開始がやや遅れ、初優勝を目指した6月の日本選手権では1500mで2位、5000mで4位と不本意な結果に。即代表内定とはいかず、レース後は「世界選手権を含めて、今後は15分10秒00の東京五輪の標準を破ることに集中していこうと気持ちを切り替えました」と話した。
この敗戦が「大きなターニングポイントとなった」と、コーチを務める父の田中健智氏は分析する。日本選手権後の初戦となった7月のホクレン・ディスタンス(千歳大会)は3000mで9分01秒54(2位)にとどまったが、続く北見大会では積極的なレース運びで8分48秒38の自己新をマーク。実は周回を勘違いして1周早めにスパートし、日本記録(8分44秒40)に届かなかったことを今でも悔やむ。
「練習でも試合でも、調子が良くないとメンタル面で落ち込んで、それを引きずる癖があります。でも、日本選手権、千歳と不甲斐ないレースが続いて、以前ならズルズルといってしまっていたところで、しっかり気持ちを切り替えられました」
夏場は「あまりペースを崩したくない」という理由から国内で練習に打ち込み、9月に「経験を積むことと気分転換」を目的に代表派遣以外では初の海外遠征(スペイン)を実施。「宿の手配や移動、練習場の確保など、初めて尽くしでした。練習に行ったら競技場が閉まっていたといったトラブルもあったのですが、どれもいい経験になりました」と精神面でも成長。
その成果を発揮し、現地で出場した5000mで15分17秒28をマークし、その後世界選手権代表に選出された。
「スペインでの経験は世界選手権にも生きました。何が起こってもあまり動じなくなりましたし、夏場の練習の成果を海外のレースで出せたことが自信になりました」
健智コーチも「切り替え走やセット走、スピードを意識した負荷の大きい練習などもしっかりこなせるようになっていましたし、何よりポイント練習の合間に入れる2000mでも余裕を持って5分50秒前後で走れていたので、ベストは出るだろうと思っていました」と、手応えをつかんでドーハに乗り込んでいた。
田中自身は「日本選手権の失敗で、世界選手権は一度諦めていたので、出場できて〝ラッキー〟と気負わず」に臨んで好成績。心身ともに成長の真価を見せた大会となった。
※この続きは2019年12月13日発売の『月刊陸上競技1月号』をご覧ください。
目の前のレース一つひとつを大切に 「ワクワク感を持って」東京五輪へ挑む
東京五輪出場へ気持ちを新たにした田中希実(豊田自動織機TC) 初の世界選手権。女子5000mに出場した田中希実(豊田自動織機TC)は予選を突破し、ファイナリストになった。2018年U20世界選手権3000mで世界一に輝いた逸材の成長曲線は、さらに勢いを増している。実業団でもなく、学連登録でもなく、独自の路線で道を切り開いてきた。幼い頃から変わらない「速くなりたい」という純粋な想い。弱冠二十歳。小柄なランナーが見据える2020年とは――。 ●文/花木 雫 ●撮影/弓庭保夫初の世界選手権で堂々の決勝進出
世界の舞台に立つとひときわ小さく見える身体を目一杯使った走りに、ひたむきさがにじみ出ていた。トラックではシニア世界大会デビュー戦となった10月のドーハ世界選手権。20歳になったばかりの田中希実(豊田自動織機TC)は女子5000mに出場すると、予選でそれまでの自己ベスト(15分15秒80)を大幅に更新する15分04秒66をマークし、組6着で着順通過こそならなかったがタイム順で決勝進出を決めた。 3日後のファイナルでは、さらに記録を更新する15分00秒01。日本歴代2位の好タイムをマークした(14位)。今季は5000mだけでなく、自身が「一番好き」と話す1500mでも4分11秒50(日本歴代7位)、さらに3000mでも8分48秒38(同3位)と、飛躍の年となった。 ドーハで福士加代子(ワコール)しか成し遂げていない14分台にあと0.02秒と迫ったことについて、田中は冷静に振り返る。 「タイム的には長距離での0.02秒は誤差の範囲。気づいていれば胸を突き出せましたが、とにかく必死でタイムを確認する余裕がありませんでした。それは自分のミスであり、今後の課題。15分を切れなかったことに、それほど悔しさはありませんが、満足もしていません。感覚的には中学時代に1500mで4分20秒切りを目指していて届かなかった時と同じですね」 それよりも、「とにかく東京五輪の標準を切りたいと思っていたので、それが大舞台で達成でき、次につなげられたのはうれしい」と、2020年に向けて大きな成果を上げられた充実感を漂わせる。 激動のシーズンを終え、「1年間、ケガなく順調に過ごせたことが結果につながったと思います。周囲の支えのお陰で環境も整い、練習に集中できました。今季マークできた記録は、目標だったとは言え、過去の自分では考えられないタイムばかり。決して満足はしていませんが、それでも順調過ぎて、うれしさより驚きのほうが大きいです。信じられないのが正直な感想です」と、まだ実感が湧いていない様子だ。日本選手権がターニングポイントに
身長153cmと小柄ながらバネのある走りで世界を舞台に活躍してきた田中。右は2019年から指導を受けている父・健智コーチ 昨シーズン、15分15秒80をマークしてドーハ世界選手権の参加標準記録(15分22秒00)を突破したが、今季当初の最大のターゲットは3月末の世界クロカン選手権だった(39位)。 その影響もあり、スピード練習の開始がやや遅れ、初優勝を目指した6月の日本選手権では1500mで2位、5000mで4位と不本意な結果に。即代表内定とはいかず、レース後は「世界選手権を含めて、今後は15分10秒00の東京五輪の標準を破ることに集中していこうと気持ちを切り替えました」と話した。 この敗戦が「大きなターニングポイントとなった」と、コーチを務める父の田中健智氏は分析する。日本選手権後の初戦となった7月のホクレン・ディスタンス(千歳大会)は3000mで9分01秒54(2位)にとどまったが、続く北見大会では積極的なレース運びで8分48秒38の自己新をマーク。実は周回を勘違いして1周早めにスパートし、日本記録(8分44秒40)に届かなかったことを今でも悔やむ。 「練習でも試合でも、調子が良くないとメンタル面で落ち込んで、それを引きずる癖があります。でも、日本選手権、千歳と不甲斐ないレースが続いて、以前ならズルズルといってしまっていたところで、しっかり気持ちを切り替えられました」 夏場は「あまりペースを崩したくない」という理由から国内で練習に打ち込み、9月に「経験を積むことと気分転換」を目的に代表派遣以外では初の海外遠征(スペイン)を実施。「宿の手配や移動、練習場の確保など、初めて尽くしでした。練習に行ったら競技場が閉まっていたといったトラブルもあったのですが、どれもいい経験になりました」と精神面でも成長。 その成果を発揮し、現地で出場した5000mで15分17秒28をマークし、その後世界選手権代表に選出された。 「スペインでの経験は世界選手権にも生きました。何が起こってもあまり動じなくなりましたし、夏場の練習の成果を海外のレースで出せたことが自信になりました」 健智コーチも「切り替え走やセット走、スピードを意識した負荷の大きい練習などもしっかりこなせるようになっていましたし、何よりポイント練習の合間に入れる2000mでも余裕を持って5分50秒前後で走れていたので、ベストは出るだろうと思っていました」と、手応えをつかんでドーハに乗り込んでいた。 田中自身は「日本選手権の失敗で、世界選手権は一度諦めていたので、出場できて〝ラッキー〟と気負わず」に臨んで好成績。心身ともに成長の真価を見せた大会となった。 ※この続きは2019年12月13日発売の『月刊陸上競技1月号』をご覧ください。
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