2025.09.11

洛南高(京都)の名指導者、柴田博之先生がこう言う。「僕は復活とか、そういう言葉は違うと思うんですよ。アイツはずっと速い。すごいところは継続なんです。スタッフを信じて変えずに、そして自分を信じているところなんですよ」。
男子100mで桐生祥秀(日本生命)は2019年ドーハ大会以来の、世界大会個人代表に舞い戻ってきた。桐生の恩師が言うように、浮き沈みはあったものの、桐生は桐生であり続けてきた。
その走りは、なぜか人の心を打つ。
7月の日本選手権。東京世界選手権が懸かった大一番で、5年ぶりの日本一をつかんだ。雄叫びを上げ、インタビューでは声を詰まらせた。「初めてうれしくて泣きました」。ただ、こうも言った。「まだ、何も決まっていないけど」。
そう、この時点で東京世界選手権の参加標準記録は突破しておらず、リレーでの代表入りが濃厚になったに過ぎない。記録やワールドランキングで個人代表を狙う必要があった。
8月3日、富士北麓ワールドトライアルで桐生は8年ぶりに9秒台をマークした。2017年、日本人で初めて10秒の壁を破った9秒98以来だった。9秒99で、参加標準記録(10秒00)を突破。奇しくも、数日前に自身の高校記録(10秒01)が清水空跳(星稜高2)に破られた直後というのも桐生らしいドラマだ。
伏線は日本選手権後の欧州遠征。オーストリアOPでは、予選を10秒07(+0.4)、「実質30分ほどのインターバル」だった決勝でも、10秒08(+1.3)をマークした。10秒0台を短時間でそろえられた手応えと同時に、決勝で9秒82(ブライアン・レヴィル/ジャマイカ)を前にしたのは大きな影響を与える。
「日本記録(9秒95)を更新するだけじゃダメ。9秒99では手を伸ばしても届かない」
これは東京世界選手権のファイナルを現実のものとして目指せる状態になっているからこそ、得られる感覚でもある。
これまで、大学時代から悩まされていたストレス性とも言われた難病の潰瘍性大腸炎にも苦しみ、近年はアキレス腱痛もひどくなった。冬場は起床してすぐに「ケンケンをして風呂場に直行して温めないと歩けないほど」だったという。昨年は体調不良も続いていた。
だが、厚底スパイクへの適応と同時にアキレス腱痛が嘘のように改善。これまでやりたくてもやれなかった、高校時代からの“原点”とも言えるバウンディングやハードルジャンプ、そしてミニハードルなどのトレーニングをこなせるようになった。昨シーズン後には先輩でもあり、盟友とも言える飯塚翔太(ミズノ)と練習を重ねたのも、互いを刺激している。

19年のドーハ大会以来となる100mに出場する桐生
国立競技場には忘れ物がある。4×100mリレー代表として東京五輪の舞台に立ち、定位置の3走へ。だが、バトンが桐生の手に渡ることはなかった。途中棄権で涙に暮れるなか、笑顔でうなだれる仲間を励ましたのは桐生だった。
熱を帯びる東京世界選手権。「代表に選ばれたからこそ、気負わずに、楽しく自分の走りをしたい」。そうやって楽しそうに走る姿が、人々にどんな影響を与えるか知っている。
「現役生活の中でも大事なレースの一つとして位置づけています」。17歳でモスクワ世界選手権に初めて立ち、今年12月で三十路に入る。二十代、最後の世界大会で“ジェット桐生”が東京を熱狂させる。
■東京世界選手権
男子100m予選13日午後、準決勝・決勝14日午後
男子4×100mリレー 予選20日、決勝21日
文/向永拓史

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