2024.12.23
久しぶりの三大駅伝「大きな一歩」
しかし、好事魔多しとはこのこと。前半戦の好調ぶりから一転して、8月に右のアキレス腱を痛めてしまい、秋を万全な状態で迎えることができなかった。
「夏は個人的には駅伝に向けたスタミナ、体力作りに取り組みたかったですし、4年生という立場もあるので、チームを引っ張っていかなければいけませんでした。でも、足が全然治らず、練習を引っ張ることもできずに、あっという間に月日が経ちました。出雲駅伝を諦めていなかったので、それに向けて何とかしなきゃいけないと思っていたのですが、それが裏目に出てしまったこともあります」
学生最後の駅伝シーズンに雪辱を期したはずが、出雲は不出場。全日本には間に合わせたが、6区21位と本来の走りからは遠かった。
「全日本は復帰して2週間程度だったので、個人的に厳しい状況ではありましたが、それを承知の上で出場しました。流れを作るような走りをしたかったのですが、うまく走ることができず、チームとしてもシード権を落としてしまい、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした」。そんな悔しさを打ち明ける。
だが、苦しんだ時期が長かっただけに、今度は石田の心が簡単に折れることはなかった。「悔しかった反面、第99回箱根駅伝から1年以上駅伝に出られずにいたので、全日本大学駅伝で久しぶりに三大駅伝の舞台に立てて、自分の中では大きな一歩を踏み出せたと感じています」と、箱根に向けて前を向く。
11月下旬の時点の調子は「前半シーズンと比べるとまだまだ。60%とかそこら辺です」と自己分析。「もう一段、二段ぐらい上げていかないと、箱根はきついと思っています」と自戒する。
「本当に最後の箱根駅伝なので、どの区間に選ばれても、チームのために走りたいです。苦い思い出が残る箱根駅伝を“走って良かった”と塗り替えられるような走りをしたい。区間賞を取って納得したい気持ちもあるのですが、自分の最大限の力を出し切って“もうこれ以上走れない”というぐらいの走りができたなら、それも、自分にとっての納得のできる走りだと思います」
2年前の雪辱を期す箱根駅伝は、往路区間を希望するが、どの区間を任されようと、チームのために全力を注ぐと覚悟を決めている。
いしだ・こうすけ/2002年8月21日生まれ。福岡県遠賀町出身。福岡・浅川中→群馬・東農大二高。5000m13分34秒74、10000m28分08秒29、ハーフ1時間3分09秒
文/和田悟志
最終学年充実の前半戦
東洋大に頼もしい選手が帰ってきた。4年の石田洸介。その実績は華々しく、各世代の記録を塗り替えてきた逸材だ。福岡・浅川中時代には1500mと3000mで当時の中学記録を樹立し、全中実施種目ではない5000mでも中学最高記録。群馬・東農大二高に進むと、3年時には5000mの高校記録を16年ぶりに更新している。東洋大では1年目から駅伝で活躍。出雲駅伝5区、全日本大学駅伝4区で区間賞を獲得し、“スーパールーキー”の呼び声に違わぬ走りをさっそく披露した。ところが、箱根駅伝ではなかなか力通りの活躍を見せられずにいる。1年時は体調が万全ではなかったために起用されず、2年時は満を持して2区に登場したものの、区間19位と力を発揮することができなかった。チームは10位に踏みとどまり、なんとか連続シード権を確保したものの、石田には悔しさだけが残った。「箱根駅伝で悔しい思いをして、なかなか立ち直ることができず、自分軸というものがなくなってしまったと感じました」。3年生になった石田は、陸上競技から離れ、自分自身を見つめ直す時間を設けた。なぜ自分が走っているのか、自分は陸上で何を目指しているのか・・・・・・。競技を辞めることも考えたというが、そんな自問自答を繰り返し、日々変化する自分自身の心境と向き合った。競技を離れていた期間は4ヵ月にも及んだ。走る気力を少しずつ取り戻した石田は、チームに戻る決断をする。仲間も言葉にはせずとも、石田の帰りを待っていた。3年目は一度も駅伝を走ることがなかったが、仲間の走りは石田にとって大きな刺激になった。「チームを支えてきた梅崎(蓮、現・4年)と小林(亮太、同)が、箱根駅伝で魂の込もった攻めの走りを見せてくれて、本当に感動しました。2人の走りには“このままでは絶対に終わらせない”という気迫がありました。2人の走りが、僕の心に火をつけてくれました」そして、最終学年を迎えた石田は復活を果たす。春先からトラックレースで力走を続け、5月の関東インカレ(1部)では10000mに出場し、28分08秒29の自己ベストで6位入賞を果たした。さらに、6月の全日本大学駅伝関東地区選考会では3組で1着を奪う活躍を見せ、本大会出場に貢献した。「前半シーズンは、ほぼほぼ自分の思うようにできました。一番大きかったのは関東インカレ。表彰台が見えてから6位に落ちてしまった部分は課題ですが、あの時は自分の全力を出し切ることができました」と、充実した前半戦を送った。久しぶりの三大駅伝「大きな一歩」
しかし、好事魔多しとはこのこと。前半戦の好調ぶりから一転して、8月に右のアキレス腱を痛めてしまい、秋を万全な状態で迎えることができなかった。「夏は個人的には駅伝に向けたスタミナ、体力作りに取り組みたかったですし、4年生という立場もあるので、チームを引っ張っていかなければいけませんでした。でも、足が全然治らず、練習を引っ張ることもできずに、あっという間に月日が経ちました。出雲駅伝を諦めていなかったので、それに向けて何とかしなきゃいけないと思っていたのですが、それが裏目に出てしまったこともあります」学生最後の駅伝シーズンに雪辱を期したはずが、出雲は不出場。全日本には間に合わせたが、6区21位と本来の走りからは遠かった。「全日本は復帰して2週間程度だったので、個人的に厳しい状況ではありましたが、それを承知の上で出場しました。流れを作るような走りをしたかったのですが、うまく走ることができず、チームとしてもシード権を落としてしまい、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした」。そんな悔しさを打ち明ける。だが、苦しんだ時期が長かっただけに、今度は石田の心が簡単に折れることはなかった。「悔しかった反面、第99回箱根駅伝から1年以上駅伝に出られずにいたので、全日本大学駅伝で久しぶりに三大駅伝の舞台に立てて、自分の中では大きな一歩を踏み出せたと感じています」と、箱根に向けて前を向く。11月下旬の時点の調子は「前半シーズンと比べるとまだまだ。60%とかそこら辺です」と自己分析。「もう一段、二段ぐらい上げていかないと、箱根はきついと思っています」と自戒する。「本当に最後の箱根駅伝なので、どの区間に選ばれても、チームのために走りたいです。苦い思い出が残る箱根駅伝を“走って良かった”と塗り替えられるような走りをしたい。区間賞を取って納得したい気持ちもあるのですが、自分の最大限の力を出し切って“もうこれ以上走れない”というぐらいの走りができたなら、それも、自分にとっての納得のできる走りだと思います」2年前の雪辱を期す箱根駅伝は、往路区間を希望するが、どの区間を任されようと、チームのために全力を注ぐと覚悟を決めている。[caption id="attachment_123595" align="alignnone" width="800"]
5月の関東インカレでは10000mで6位に入った石田洸介[/caption]いしだ・こうすけ/2002年8月21日生まれ。福岡県遠賀町出身。福岡・浅川中→群馬・東農大二高。5000m13分34秒74、10000m28分08秒29、ハーフ1時間3分09秒文/和田悟志RECOMMENDED おすすめの記事
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