HOME 国内、特集、五輪

2024.08.06

【高平慎士の視点】つかみたいものをつかめる位置にいたサニブラウン 世界水準「9秒台」を再現するための道筋を
【高平慎士の視点】つかみたいものをつかめる位置にいたサニブラウン 世界水準「9秒台」を再現するための道筋を

自己新を出すも決勝進出を逃したサニブラウン

8月1日~11日の日程で開催されているパリ五輪ん陸上競技。その男子100mが日本時間3日午後6時55分から予選、同4日午前3時05分から準決勝、同午前4時50分から決勝が行われた。ノア・ライルズ(米国)が9秒79(+1.0)で初の五輪金メダルを獲得。日本勢はサニブラウン・アブデル・ハキーム(東レ)がただ1人準決勝に進出し、日本歴代2位の9秒96(+0.5)をマークしたが、組4着にとどまり、日本勢92年ぶりのファイナル進出は果たせなかった。日本選手権2連覇の坂井隆一郎(大阪ガス)、東田旺洋(関彰商事)はいずれも予選敗退だった。2008年北京五輪男子4×100mリレー銀メダリストの高平慎士さん(富士通一般種目ブロック長)に、レースを振り返ったもらった。

       ◇ ◇ ◇

広告の下にコンテンツが続きます

準決勝のサニブラウン選手は力を出せる状態にありながら、出し切れなかったという印象です。いい形で前半をいけていたし、中間も勝負できる場所にいました。しかし、彼にしては珍しく、自分のつかみたいものをつかめる場所にいながら、それをつかめませんでした。

終盤に姿勢が前のめりになり、身体が左右に振れる部分もありました。頂点を目指すマインドを持っていているサニブラウン選手ですら、最後の最後で「欲しいものを取りに行ってしまう」ことを抑えきれなかった。それができるのが決勝を戦う選手たちであり、だからこそ、あれほど素晴らしいレースになるのですが……。サニブラウン選手をもってしても、その差を埋められなかった。五輪と世界選手権の違いを改めて実感しました。

決勝進出ラインが9秒93にまで引き上げられましたが、参加標準記録が10秒00になっている以上、想定はできること。0.03秒足りなかったことへの本人の悔しさは、我々には計り知れません。しかし、五輪の決勝の舞台に立つチャンスを持っているのは、日本人では現時点ではサニブラウン選手しかいないというのも事実でしょう。

必要な時に、必要な力を出せる能力は本当に得難いもの。あれほどのレベルになった準決勝で、しっかりと自己ベストを出せる、しかもそれを最後に走りが崩れた中で出せたわけですから、やはりつかみたいものを「つかめる位置にいる」のは間違いないでしょう。

広告の下にコンテンツが続きます

大会2週間前のレースでは10秒20かかっていましたが、自分自身が求めるところで、スイッチが入る身体、マインドを持っているサニブラウン選手だからこそ、来年の東京世界選手権、さらには4年後のロサンゼルス五輪へのステップアップに注目していきたいと思います。

東田選手と坂井選手は、現時点での力はある程度発揮できたのではないでしょうか。東田選手は世界大会初出場で、自己ベストにあと0.09秒の10秒19。坂井選手は日本選手権2連覇の実力者として、持ち味のスタートの強さは見せられたと感じました。

そのうえで、2人ともに通用しなかったということ。10秒1~2では、もはや話にならないということを、2人はもちろん、日本にいたスプリンターたちは痛感したはずです。

この舞台に来たら、「ミスが出た」ではなく、「うまくいかせないといけない」ですし、9秒台を出すためのアプローチを改めて見つめ直す必要があるでしょう。

自身の持ち味をより高めていくのか、それとも課題克服することで全体のベースを上げるのか。何が通用するのか、しないのかを考えるのではなく、通用させるしかないというマインドで、取り組み方を考えていく必要があります。世界で戦うには、9秒台を持っていること、それを再現できることが大前提になるのですから。

世界の選手たちに目を向けると、しびれる決勝を見せくれたなと思います。その中で、ライルズ選手は、あれだけスタートが遅れても、やるべきことをやり続けたことが金メダルにつながりました。

一方で、キシェーン・トンプソン選手は大舞台の経験がなかったこともあって、ラストは力んでいました。どれほどの舞台で戦ってきたのか。その経験を積み重ねてきたライルズ選手だからこそ、最後に、背中をちょっと押してくれたのでしょう。

ウサイン・ボルト選手が全盛期だった頃のように、9秒6台は出ていません。しかし、若い選手が非常に多く、9秒7~8の現在の水準が0.1秒上がっていく可能性は十分にあります。そこに日本人選手がどのように挑んでいくのか。今回の決勝は「お金を払っても観たいレース」でしたが、その舞台に日本人選手が立てる日を、心待ちにしています。

◎高平慎士(たかひら・しんじ)
富士通陸上競技部一般種目ブロック長。五輪に3大会連続(2004年アテネ、08年北京、12年ロンドン)で出場し、北京大会では4×100mリレーで銀メダルに輝いた(3走)。自己ベストは100m10秒20、200m20秒22(日本歴代7位)

8月1日~11日の日程で開催されているパリ五輪ん陸上競技。その男子100mが日本時間3日午後6時55分から予選、同4日午前3時05分から準決勝、同午前4時50分から決勝が行われた。ノア・ライルズ(米国)が9秒79(+1.0)で初の五輪金メダルを獲得。日本勢はサニブラウン・アブデル・ハキーム(東レ)がただ1人準決勝に進出し、日本歴代2位の9秒96(+0.5)をマークしたが、組4着にとどまり、日本勢92年ぶりのファイナル進出は果たせなかった。日本選手権2連覇の坂井隆一郎(大阪ガス)、東田旺洋(関彰商事)はいずれも予選敗退だった。2008年北京五輪男子4×100mリレー銀メダリストの高平慎士さん(富士通一般種目ブロック長)に、レースを振り返ったもらった。        ◇ ◇ ◇ 準決勝のサニブラウン選手は力を出せる状態にありながら、出し切れなかったという印象です。いい形で前半をいけていたし、中間も勝負できる場所にいました。しかし、彼にしては珍しく、自分のつかみたいものをつかめる場所にいながら、それをつかめませんでした。 終盤に姿勢が前のめりになり、身体が左右に振れる部分もありました。頂点を目指すマインドを持っていているサニブラウン選手ですら、最後の最後で「欲しいものを取りに行ってしまう」ことを抑えきれなかった。それができるのが決勝を戦う選手たちであり、だからこそ、あれほど素晴らしいレースになるのですが……。サニブラウン選手をもってしても、その差を埋められなかった。五輪と世界選手権の違いを改めて実感しました。 決勝進出ラインが9秒93にまで引き上げられましたが、参加標準記録が10秒00になっている以上、想定はできること。0.03秒足りなかったことへの本人の悔しさは、我々には計り知れません。しかし、五輪の決勝の舞台に立つチャンスを持っているのは、日本人では現時点ではサニブラウン選手しかいないというのも事実でしょう。 必要な時に、必要な力を出せる能力は本当に得難いもの。あれほどのレベルになった準決勝で、しっかりと自己ベストを出せる、しかもそれを最後に走りが崩れた中で出せたわけですから、やはりつかみたいものを「つかめる位置にいる」のは間違いないでしょう。 大会2週間前のレースでは10秒20かかっていましたが、自分自身が求めるところで、スイッチが入る身体、マインドを持っているサニブラウン選手だからこそ、来年の東京世界選手権、さらには4年後のロサンゼルス五輪へのステップアップに注目していきたいと思います。 東田選手と坂井選手は、現時点での力はある程度発揮できたのではないでしょうか。東田選手は世界大会初出場で、自己ベストにあと0.09秒の10秒19。坂井選手は日本選手権2連覇の実力者として、持ち味のスタートの強さは見せられたと感じました。 そのうえで、2人ともに通用しなかったということ。10秒1~2では、もはや話にならないということを、2人はもちろん、日本にいたスプリンターたちは痛感したはずです。 この舞台に来たら、「ミスが出た」ではなく、「うまくいかせないといけない」ですし、9秒台を出すためのアプローチを改めて見つめ直す必要があるでしょう。 自身の持ち味をより高めていくのか、それとも課題克服することで全体のベースを上げるのか。何が通用するのか、しないのかを考えるのではなく、通用させるしかないというマインドで、取り組み方を考えていく必要があります。世界で戦うには、9秒台を持っていること、それを再現できることが大前提になるのですから。 世界の選手たちに目を向けると、しびれる決勝を見せくれたなと思います。その中で、ライルズ選手は、あれだけスタートが遅れても、やるべきことをやり続けたことが金メダルにつながりました。 一方で、キシェーン・トンプソン選手は大舞台の経験がなかったこともあって、ラストは力んでいました。どれほどの舞台で戦ってきたのか。その経験を積み重ねてきたライルズ選手だからこそ、最後に、背中をちょっと押してくれたのでしょう。 ウサイン・ボルト選手が全盛期だった頃のように、9秒6台は出ていません。しかし、若い選手が非常に多く、9秒7~8の現在の水準が0.1秒上がっていく可能性は十分にあります。そこに日本人選手がどのように挑んでいくのか。今回の決勝は「お金を払っても観たいレース」でしたが、その舞台に日本人選手が立てる日を、心待ちにしています。 ◎高平慎士(たかひら・しんじ) 富士通陸上競技部一般種目ブロック長。五輪に3大会連続(2004年アテネ、08年北京、12年ロンドン)で出場し、北京大会では4×100mリレーで銀メダルに輝いた(3走)。自己ベストは100m10秒20、200m20秒22(日本歴代7位)

次ページ:

       

RECOMMENDED おすすめの記事

    

Ranking 人気記事ランキング 人気記事ランキング

Latest articles 最新の記事

2025.12.28

2月に名古屋アジア大会・競歩のリハーサル大会 名古屋市の特設コースで実施

愛知陸協は、26年2月21日に名古屋市で第15回愛知競歩競技会を行うと発表した。 愛知競歩競技会は、これまでパロマ瑞穂北陸上競技場や知多運動公園陸上競技場(Bフードサイエンス1969知多スタジアム)などトラックで実施され […]

NEWS 箱根駅伝Stories/人一倍練習をこなして成長した駒大・伊藤蒼唯 夏場のケガを乗り越え「身体で感覚を思い出せた」

2025.12.28

箱根駅伝Stories/人一倍練習をこなして成長した駒大・伊藤蒼唯 夏場のケガを乗り越え「身体で感覚を思い出せた」

新春の風物詩・第102回箱根駅伝に挑む選手やチームを取り上げる「箱根駅伝Stories」。学生三大駅伝最終決戦に向かうそれぞれの歩みや思いを紹介する。 トップ選手が集まる駒大で代名詞が 駒大・伊藤蒼唯(4年)の代名詞は「 […]

NEWS 箱根駅伝Stories/3連覇に挑む青学大の絶対エース・黒田朝日 「チームが勝つために最大限の走りがしたい」

2025.12.28

箱根駅伝Stories/3連覇に挑む青学大の絶対エース・黒田朝日 「チームが勝つために最大限の走りがしたい」

新春の風物詩・第102回箱根駅伝に挑む選手やチームを取り上げる「箱根駅伝Stories」。学生三大駅伝最終決戦に向かうそれぞれの歩みや思いを紹介する。 「花の2区」で2度の爆走 箱根駅伝で、黒田朝日(4年)は、「花の2区 […]

NEWS トヨタ自動車、旭化成、Hondaの「3強」が中心!第70回記念大会を制するのは?日本代表たちの激走にも注目/ニューイヤー駅伝

2025.12.28

トヨタ自動車、旭化成、Hondaの「3強」が中心!第70回記念大会を制するのは?日本代表たちの激走にも注目/ニューイヤー駅伝

◇第70回全日本実業団対抗駅伝(1月1日/群馬県庁前発着・7区間100km) 第70回の節目を迎える全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝inぐんま)は2026年1月1日、群馬県前橋市の群馬県庁を発着点とする7区間100 […]

NEWS ミュンヘン五輪ハンマー投金メダルのボンダルチュク氏が死去 引退後はセディフ、カツバーグらを指導

2025.12.28

ミュンヘン五輪ハンマー投金メダルのボンダルチュク氏が死去 引退後はセディフ、カツバーグらを指導

男子ハンマー投のA.ボンダルチュク氏(ソ連/ウクライナ)が亡くなった。85歳だった。 ボンダルチュク氏は1972年のミュンヘン五輪の金メダリスト。1969年に当時の世界記録75m48を投げ、史上初めて75m台を記録した選 […]

SNS

Latest Issue 最新号 最新号

2026年1月号 (12月12日発売)

2026年1月号 (12月12日発売)

箱根駅伝観戦ガイド&全国高校駅伝総展望
大迫傑がマラソン日本新
箱根駅伝「5強」主将インタビュー
クイーンズ駅伝/福岡国際マラソン
〔新旧男子100m高校記録保持者〕桐生祥秀×清水空跳

page top