2025.08.24
2019年に産声を上げたAthlete Night Games in FUKUIは、今年で6回目を迎えた。17年に行われた日本インカレの男子100mで、桐生祥秀(東洋大、現・日本生命)が日本初の9秒台を刻んだ時の感動から、「福井でまた熱狂を」「海外のナイターのような競技会をやりたい」という福井陸協の思いから開催にこぎつけた。
資金集めには当時、画期的だったクラウドファンディングを活用。地元企業を中心にスポンサーを募り、集まったほとんどの予算は選手への「強化費」に充てた。選手と観客が一体となって楽しめ、選手の活動を支援する。その信念は規模が大きくなったり、資金繰りで苦しかったり年でも不変だった。
初開催だった19年には日本記録がいくつも誕生。あの日のことは“福井の奇跡”と呼ばれている。そして、今年。またもこの地で歴史が刻まれた。
初日の昼。過去の大会で最も暑さを感じるなか、開催の創設から尽力してきた福井陸協の木原靖之専務理事は「何かが起こりますよ。僕のこの勘はなぜか当たるんです。明日は風もちょうど良くなります」とつぶやいた。長年、強豪・敦賀高で教員を務めながら選手の指導に当たり、昨年度末で教員を早期退職。部活の地域移行などを鑑みて一般社団法人GFIアカデミーを立ち上げた。情熱の人だ。
この大会の醍醐味にもなっているのが、観客席の近さ。トラックぎりぎりや、跳躍ピット脇で観戦することができるのが魅力だ。
まず空気を変えたのは初日の男子走高跳。福井の隣県、滋賀出身の瀬古優斗(滋賀陸協/FAAS)が、東京世界選手権の参加標準記録である2m33をクリアして会場は大盛り上がり。日本選手権5位からの大逆転で世界選手権代表権を大きくたぐり寄せた。
走高跳は初実施。走高跳関係者から「やらせてもらいたい」と企画書持参で直談判した。実は木原専務理事も「走高跳をやって近くで見てもらいたい。一番わかりやすい」とずっと腹案にあったため、考えが一致して実現に至った。

走高跳もピット真横で観戦
一気に会場のボルテージが上がったのが男子100mの予選。日本記録(9秒95)更新で東京世界選手権代表を狙う栁田大輝(東洋大)が、先輩の記録を上回る9秒92を刻んだ。惜しくも3.3mの追い風参考となったが、日本国内での最速タイムに大きなどよめきが起きた。
男子200mで世界選手権代表に内定している鵜澤飛羽(JAL)が20秒11(+0.9)の自己新を出せば、女子100mハードルでは福部真子(日本建設工業)が悲願の東京世界選手権参加標準記録を突破。何かが起こる。観客は固唾をのんだ。
ハイライトとなったのが、男子110mハードルだった。『9.98スタジアム』と名付けられた福井県営陸上競技場。パリ五輪5位の村竹ラシッド(JAL)が、日本人初の13秒切りとなる12秒92(+0.6)をマークした。このニュースは瞬く間に世界へと広がる。あの劉翔(中国)のアジア記録(12秒88)に迫る世界歴代11位タイ、間近に迫る東京世界選手権の金メダル候補に挙がる記録だった。
東京世界選手権代表に内定し、今年は海外転戦が中心だった村竹。「まさかこんなに良い記録が出るとは…」。この大会はケガから復活した23年にも出場し、翌年のパリ五輪の参加標準記録を突破した大会だった。「思い入れがありますし、この試合は出たいと思っていたんです」。12秒台突入を予感させる仕上がりに、レースの前には仲間と「12秒98スタジアムに変えよう!」と話し合っていたという。

村竹ラシッドが歴史を刻む日本新
クロージングセレモニーの後は選手と観客が交流し、サインや写真撮影に応じる光景はこの大会の恒例でもある。
今大会は、過去最大規模のイベントとなった。かねてから木原専務理事が計画していた、他競技団体や飲食などのブースを巻き込みたいという目標が実現。グラウンドゴルフやモルック、パルクールの体験から、飲食に限らなら“マルシェ”も開催された。
「ようやく少しかたちにできました。教員を辞めたからこそ、時間もそれに充てられました」と言い、「日本インカレ(17年)、国体(18年)を招致した時か、それ以上に大変でした」。
男子4×100mリレー北京五輪メダリストの高平慎士さんを招いての陸上教室も実施。多くの小中学生が集まった。夏休みとは言え、平日にこれだけの子どもたちが集まるものかと驚かされた。
「とにかくチラシを持って全部回りました。最初は門前払いもありましたが、今では受け入れてくださる学校さんが多いです」と木原専務理事とともにGFIアカデミーを運営する中山東理事。「あいつらががんばってくれました」と視線を向けたのが、大久保有梨と上田紗弥花さんだった。

陸上教室の参加者は陸上未経験の子どもたちがほとんど
どちらも福井出身。大久保は100mハードルで今も活躍し、上田さんは七種競技で高校・大学と世代トップクラスの選手だった。それぞれ所属先や勤務先を退社して、GFIアカデミーに加わり、クラブチームの指導と運営に携わる。
大久保は今大会、選手と運営の両面で参加。大会前からSNSの発信などを担当し精力的に働いた。「競技面でも調子が悪かったので、運営もしながら、というのは不安もありました。予選落ちに終わったのが一番悔しいですが、それでもたくさんの応援していただいて、運営側としても選手としてもプラスになります。来年もどちらも頑張ります」と少し涙を浮かべて話したあと、すぐにユニフォームからシャツに着替えて動き回っていた。
クラウドファンディングで集まったのは4,097,000円。その多くは、今回ももちろん選手に還元される。
トップ選手の“リピーター”が多いのは、記録が出る競技場だから、だけではない。出場する選手にとっても楽しめるからだ。桐生祥秀や、100mハードルの田中佑美(富士通)らもともと出場予定だったが、東京世界選手権を見据えて棄権。桐生からはサイン入りのステッカーが届き、田中は「クラウドファンディングの返礼のサインは書かせていただきます」とあったそうだ。
運営の情熱により、選手・ファンが一体となって作られる奇跡のような大会。携わった人みんなが「来年も」と胸に刻んだのだろう。

トラック脇で観戦するファン
文/向永拓史




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