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2025.07.06

【高平慎士の視点】レースの巧みさ感じた桐生祥秀「物語」は新たなステージへ キャリア誇る選手がいるうちに、次の9秒台選手の台頭を/日本選手権
【高平慎士の視点】レースの巧みさ感じた桐生祥秀「物語」は新たなステージへ キャリア誇る選手がいるうちに、次の9秒台選手の台頭を/日本選手権

男子100mで優勝した桐生祥秀(中央)、2位の大上直起(右)、3位の関口裕太

7月5日に行われた第109回日本選手権2日目の男子100m決勝。桐生祥秀(日本生命)が10秒23(+0.4)で5年ぶり3度目の優勝を飾った。。2008年北京五輪男子4×100mリレー銀メダリストの高平慎士さん(富士通一般種目ブロック長)に、レースを振り返ったもらった。

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サニブラウン・アブデル・ハキーム選手のケガを抱えていると打ち明けた会見から始まった男子100mを、桐生祥秀選手が制しました。ファンのためにどういう選手像を描くかという点において、サニブラウン選手自身が“伏線回収”はできませんでしたが、「桐生祥秀」というタレントがその分も回収したという意味で、ファンにはすごくいいレースだと感じてもらえたのではないかと思います。アスリートはファンに応援してもらって、それにどう応えていくかが大切。それを体現できた男子100mだったと思います。

桐生選手については、予選10秒23(-1.5)、10秒21(-0.1)、決勝10秒23(+0.4)と、3本を非常にうまくまとめました。準決勝で10秒1台を出した小池祐貴選手(住友電工)、多田修平選手(同)が決勝は10秒3台にとどまるなか、今大会で最も高いレベルで安定した走りを見せたことが、勝因だったと言えるでしょう。

世界を見据えた時に、優勝タイムが物足りない点はもちろん本人が一番感じているところ。しかし、誰が勝ってもおかしくないというレースを勝ち切ったことの価値は、桐生選手にとって非常に大きいと感じています。何よりも、日本選手権では過去2度の優勝(14年、20年)を経験していますが、世界大会代表が懸かった年の優勝は初。30歳になっても成長し続ける、彼にとって新しいステージの始まりとも言える結果だったのではないでしょうか。

今季は5月3日の静岡国際で優勝していますが、4月末の織田記念、6月1日の布勢スプリントともに競り合いから抜け出せないレースがありました。それでも、試合に出続けたことの成果が、大一番でしっかりと出たということ。特に決勝はスタートで多田選手を抑えるほどの出足を見せ、二次加速で抜け出し、さらに2位以下を置き去りにした。2位の大上直起選手(青森県庁)との差は0.05秒でしたが、明確に「勝利」と言えるレース内容は、彼を支えてきたトレーニング、周囲の後押しもそうですが、10年以上も日本のトップとして走り続けてきた彼だからこそ身についた「レースの巧みさ」を感じました。

東京世界陸上という視点で言えばまだ「何かを成し遂げた」わけではありません。個人で出場するためには、現時点でワールドランキングで20点足りず、参加標準記録の10秒00を出すにも、まだまだトップスピードを上げていく必要があります。それでも、桐生祥秀の“物語”はリオ五輪の銀メダルや日本人初の9秒台で終わってはいけないし、「復活を待っていた」と言われることが彼のゴールではないと思います。キャリアとしては終盤に差し掛かりつつあるかもしれませんが、9月に少なくとも「準決勝で勝負できる桐生祥秀」が観られるシチュエーションを作ってくれると、男子100mとしてはさらに盛り上がっていくのかなと思っています。

2位の大上選手は、大きくブレイクするということではないですが、階段を少しずつ着実に上ってきた選手。その立ち位置を今後、どうやって変えていけるか。今回も決勝で優勝の可能性があった選手の1人だと思うので、サニブラウン選手らトップ選手が全員そろう中でも決勝の8人に残る力、そこに残り続けてワンチャンスをつかむ力を身につけてほしいです。

3位の関口裕太選手、4位の井上直紀選手(ともに早大)、7位の守祐陽選手(大東大)、8位の木梨嘉紀選手(筑波大)といった学生は、6月上旬に日本インカレがあった今季のスケジュールの中で、非常に難しいスケジューリングを強いられたという印象です。それでも、高2ながら準決勝に進んだ清水空跳選手(星稜高・石川)を含む若手の台頭を、今季は非常に感じます。小池選手、多田選手というキャリアのある2人でも、決勝でミスをすると5位、6位と下位に沈む結果になるほど。

ただ、サニブラウン選手、桐生選手らキャリアのある選手が下の世代に対して背中を見せ続けていることで、刺激が入っていることは確か。9秒台の選手たちが残っているうちに、9秒台を出す選手が続いていくようになってほしいと思います。

サニウラウン選手については、プロとして応援して持っている人、支えてくれている人への感謝と恩返しの意味を含めて、股関節上部を骨挫傷を前日会見で明かし、それでお「自分1人の競技人生ではなく、みなさん応援してくれて、遠くから足を運んでくださる人もいる。頑張って走っている姿を見せて、何らかのことを返したかった」と出場を決断しています。

中高生が必ずしも真似をしていいことではないですし、ケガをしても出ることを美学にするのも良くないことではありますが、サニブラウン選手ほどの技術や体力があるからこそできるということを大前提に、「プロ」としてのファンや支えてくれる人に対する姿勢を、下に続く選手たちが学んでくれればいいと感じました。

もちろん、サニブラウン選手自身の世界陸上出場が途切れるわけではありません。このままシーズンが終わる可能背もゼロではないでしょうけど、まずはケガを治して、しっかりと走れる姿で戻ってきてほしいですね。

予選で不正スタートのため失格となった栁田大輝選手(東洋大)は自分の理想像にたどり着くためには、ここを乗り越えないといけない。強い気持ちを持って、しっかりと整理して次につなげてほしいです。ケガの影響で3連覇を逃した坂井隆一郎選手(大阪ガス)、準決勝敗退となった日本記録保持者の山縣亮太選手(セイコー)らも含め、日本男子100mはさらなる盛り上がりの兆しを強く感じています。

◎高平慎士(たかひら・しんじ)
富士通陸上競技部一般種目ブロック長。五輪に3大会連続(2004年アテネ、08年北京、12年ロンドン)で出場し、北京大会では4×100mリレーで銀メダルに輝いた(3走)。自己ベストは100m10秒20、200m20秒22(日本歴代7位)

7月5日に行われた第109回日本選手権2日目の男子100m決勝。桐生祥秀(日本生命)が10秒23(+0.4)で5年ぶり3度目の優勝を飾った。。2008年北京五輪男子4×100mリレー銀メダリストの高平慎士さん(富士通一般種目ブロック長)に、レースを振り返ったもらった。 ◇ ◇ ◇ サニブラウン・アブデル・ハキーム選手のケガを抱えていると打ち明けた会見から始まった男子100mを、桐生祥秀選手が制しました。ファンのためにどういう選手像を描くかという点において、サニブラウン選手自身が“伏線回収”はできませんでしたが、「桐生祥秀」というタレントがその分も回収したという意味で、ファンにはすごくいいレースだと感じてもらえたのではないかと思います。アスリートはファンに応援してもらって、それにどう応えていくかが大切。それを体現できた男子100mだったと思います。 桐生選手については、予選10秒23(-1.5)、10秒21(-0.1)、決勝10秒23(+0.4)と、3本を非常にうまくまとめました。準決勝で10秒1台を出した小池祐貴選手(住友電工)、多田修平選手(同)が決勝は10秒3台にとどまるなか、今大会で最も高いレベルで安定した走りを見せたことが、勝因だったと言えるでしょう。 世界を見据えた時に、優勝タイムが物足りない点はもちろん本人が一番感じているところ。しかし、誰が勝ってもおかしくないというレースを勝ち切ったことの価値は、桐生選手にとって非常に大きいと感じています。何よりも、日本選手権では過去2度の優勝(14年、20年)を経験していますが、世界大会代表が懸かった年の優勝は初。30歳になっても成長し続ける、彼にとって新しいステージの始まりとも言える結果だったのではないでしょうか。 今季は5月3日の静岡国際で優勝していますが、4月末の織田記念、6月1日の布勢スプリントともに競り合いから抜け出せないレースがありました。それでも、試合に出続けたことの成果が、大一番でしっかりと出たということ。特に決勝はスタートで多田選手を抑えるほどの出足を見せ、二次加速で抜け出し、さらに2位以下を置き去りにした。2位の大上直起選手(青森県庁)との差は0.05秒でしたが、明確に「勝利」と言えるレース内容は、彼を支えてきたトレーニング、周囲の後押しもそうですが、10年以上も日本のトップとして走り続けてきた彼だからこそ身についた「レースの巧みさ」を感じました。 東京世界陸上という視点で言えばまだ「何かを成し遂げた」わけではありません。個人で出場するためには、現時点でワールドランキングで20点足りず、参加標準記録の10秒00を出すにも、まだまだトップスピードを上げていく必要があります。それでも、桐生祥秀の“物語”はリオ五輪の銀メダルや日本人初の9秒台で終わってはいけないし、「復活を待っていた」と言われることが彼のゴールではないと思います。キャリアとしては終盤に差し掛かりつつあるかもしれませんが、9月に少なくとも「準決勝で勝負できる桐生祥秀」が観られるシチュエーションを作ってくれると、男子100mとしてはさらに盛り上がっていくのかなと思っています。 2位の大上選手は、大きくブレイクするということではないですが、階段を少しずつ着実に上ってきた選手。その立ち位置を今後、どうやって変えていけるか。今回も決勝で優勝の可能性があった選手の1人だと思うので、サニブラウン選手らトップ選手が全員そろう中でも決勝の8人に残る力、そこに残り続けてワンチャンスをつかむ力を身につけてほしいです。 3位の関口裕太選手、4位の井上直紀選手(ともに早大)、7位の守祐陽選手(大東大)、8位の木梨嘉紀選手(筑波大)といった学生は、6月上旬に日本インカレがあった今季のスケジュールの中で、非常に難しいスケジューリングを強いられたという印象です。それでも、高2ながら準決勝に進んだ清水空跳選手(星稜高・石川)を含む若手の台頭を、今季は非常に感じます。小池選手、多田選手というキャリアのある2人でも、決勝でミスをすると5位、6位と下位に沈む結果になるほど。 ただ、サニブラウン選手、桐生選手らキャリアのある選手が下の世代に対して背中を見せ続けていることで、刺激が入っていることは確か。9秒台の選手たちが残っているうちに、9秒台を出す選手が続いていくようになってほしいと思います。 サニウラウン選手については、プロとして応援して持っている人、支えてくれている人への感謝と恩返しの意味を含めて、股関節上部を骨挫傷を前日会見で明かし、それでお「自分1人の競技人生ではなく、みなさん応援してくれて、遠くから足を運んでくださる人もいる。頑張って走っている姿を見せて、何らかのことを返したかった」と出場を決断しています。 中高生が必ずしも真似をしていいことではないですし、ケガをしても出ることを美学にするのも良くないことではありますが、サニブラウン選手ほどの技術や体力があるからこそできるということを大前提に、「プロ」としてのファンや支えてくれる人に対する姿勢を、下に続く選手たちが学んでくれればいいと感じました。 もちろん、サニブラウン選手自身の世界陸上出場が途切れるわけではありません。このままシーズンが終わる可能背もゼロではないでしょうけど、まずはケガを治して、しっかりと走れる姿で戻ってきてほしいですね。 予選で不正スタートのため失格となった栁田大輝選手(東洋大)は自分の理想像にたどり着くためには、ここを乗り越えないといけない。強い気持ちを持って、しっかりと整理して次につなげてほしいです。ケガの影響で3連覇を逃した坂井隆一郎選手(大阪ガス)、準決勝敗退となった日本記録保持者の山縣亮太選手(セイコー)らも含め、日本男子100mはさらなる盛り上がりの兆しを強く感じています。 ◎高平慎士(たかひら・しんじ) 富士通陸上競技部一般種目ブロック長。五輪に3大会連続(2004年アテネ、08年北京、12年ロンドン)で出場し、北京大会では4×100mリレーで銀メダルに輝いた(3走)。自己ベストは100m10秒20、200m20秒22(日本歴代7位)

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