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2025.06.29

【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第58回「学び多き人生~高校指導者との会話から~」


山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第58回「学び多き人生~高校指導者との会話から~」

高温多湿はトレーニングにおいても、競技会においてもあまり歓迎される気象条件ではない。

この季節は梅雨の雨に打たれる紫陽花が、それなりに風情を持って心癒やしてくれるものだ。しかしながら、沖縄・奄美地方はすでに梅雨明けが報じられたとはいえ、関東地方は梅雨らしからぬ晴れマークの日々である。暑熱順化が十分でない6月の晴天は殊更暑さが身に染みた。

例年より開催がかなり前倒しとなった第94回日本学生陸上競技対校選手権大会は6月5日〜8日の日程で岡山県JFE晴れの国スタジアムで開催された。総合優勝争いにおいて、男子は順大が関東インカレの雪辱を果たし、女子は筑波大が立命大との激戦をわずか2点上回り総合優勝となった。

このコラムを執筆するにあたって、常々スポーツを「する・見る・支える」の観点で俯瞰するように努めてきた。

今回の大会は東京や大阪などと違い、人口比率や交通網の整備といった点から一般の観客の方々がどれほど会場に足を運んでくださるのか注目していた。ところが予想以上に多くの陸上ファンの方々にご来場していただけたことはとてもうれしく感じた。

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どの種目も熱戦が繰り広げられ、「見る」スポーツとしても十分に学生たちの熱い息吹を感じていただけたものだと確信している。

とはいえ、この時期は大学4年生の教職履修者は教育実習と重なる選手もいたりする。参加を回避したり、実習期間中ではあるが土日に電撃参加して再び実習校に戻る選手や、実習終了後に岡山に駆けつける選手もいたりと、調整に苦慮する選手もちらほらと聞くに及んだ。

今回も私はアスリートチャンネルでの長距離種目の解説を担当させていただいた。映像解説は可視化された選手の走りに付加価値として、レース展開や展望、選手の心象風景を織り交ぜて言語化し、視聴者の皆様方に臨場感を持ってお届けする使命であると認識している。

男子10000mでは最後の直線までケニア人留学生2人と壮絶な優勝争いを繰り広げた青学大の黒田朝日選手(岡山・玉野光南高出身)がインタビューの第一声で、「負けて悔しい」とコメントしていた。善戦することを良しとせず、あくまで勝負を挑み終盤までしのぎを削った姿と、その言葉はどれだけチームに自信と勇気を与えたことだろうか。

5000mで優勝し、1500mと2冠を果たした山口智規(早大)

1500mと5000mの2種目を制した早大の山口智規選手(福島・学法石川高出身)は圧巻の走りであった。内容もさることながら、レース後のインタビューで学生競技者としてのプライドと自覚が伝わってきた。

「自分のためではなくチームのために1点でも多く得点できるように走りました。日大の(シャドラック・)キップケメイ選手も10000mを走っており、お互いにハンディがある中でしたが、1500mと2種目を制することを目標にしていました。駅伝主将としてチームに何ができるのかを考えた時、このインカレの対校線戦で、言葉ではなく走りで伝統ある早稲田大学競走部が一丸となって戦う意義やエンジのユニフォームの思いを伝えたかったです」と熱く語ってくれた。

それ以上に新鮮に感心したことがある。アナウンサーが秋から始まる駅伝のことを質問するまで一言も駅伝に触れなかったことである。この大会がそれぞれの種目の学生チャンピオンを決める対校戦であり、駅伝の前哨戦ではないとの自覚とプライドを感じさせられたからである。

山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第58回「学び多き人生~高校指導者との会話から~」

高温多湿はトレーニングにおいても、競技会においてもあまり歓迎される気象条件ではない。 この季節は梅雨の雨に打たれる紫陽花が、それなりに風情を持って心癒やしてくれるものだ。しかしながら、沖縄・奄美地方はすでに梅雨明けが報じられたとはいえ、関東地方は梅雨らしからぬ晴れマークの日々である。暑熱順化が十分でない6月の晴天は殊更暑さが身に染みた。 例年より開催がかなり前倒しとなった第94回日本学生陸上競技対校選手権大会は6月5日〜8日の日程で岡山県JFE晴れの国スタジアムで開催された。総合優勝争いにおいて、男子は順大が関東インカレの雪辱を果たし、女子は筑波大が立命大との激戦をわずか2点上回り総合優勝となった。 このコラムを執筆するにあたって、常々スポーツを「する・見る・支える」の観点で俯瞰するように努めてきた。 今回の大会は東京や大阪などと違い、人口比率や交通網の整備といった点から一般の観客の方々がどれほど会場に足を運んでくださるのか注目していた。ところが予想以上に多くの陸上ファンの方々にご来場していただけたことはとてもうれしく感じた。 どの種目も熱戦が繰り広げられ、「見る」スポーツとしても十分に学生たちの熱い息吹を感じていただけたものだと確信している。 とはいえ、この時期は大学4年生の教職履修者は教育実習と重なる選手もいたりする。参加を回避したり、実習期間中ではあるが土日に電撃参加して再び実習校に戻る選手や、実習終了後に岡山に駆けつける選手もいたりと、調整に苦慮する選手もちらほらと聞くに及んだ。 今回も私はアスリートチャンネルでの長距離種目の解説を担当させていただいた。映像解説は可視化された選手の走りに付加価値として、レース展開や展望、選手の心象風景を織り交ぜて言語化し、視聴者の皆様方に臨場感を持ってお届けする使命であると認識している。 男子10000mでは最後の直線までケニア人留学生2人と壮絶な優勝争いを繰り広げた青学大の黒田朝日選手(岡山・玉野光南高出身)がインタビューの第一声で、「負けて悔しい」とコメントしていた。善戦することを良しとせず、あくまで勝負を挑み終盤までしのぎを削った姿と、その言葉はどれだけチームに自信と勇気を与えたことだろうか。 [caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"] 5000mで優勝し、1500mと2冠を果たした山口智規(早大)[/caption] 1500mと5000mの2種目を制した早大の山口智規選手(福島・学法石川高出身)は圧巻の走りであった。内容もさることながら、レース後のインタビューで学生競技者としてのプライドと自覚が伝わってきた。 「自分のためではなくチームのために1点でも多く得点できるように走りました。日大の(シャドラック・)キップケメイ選手も10000mを走っており、お互いにハンディがある中でしたが、1500mと2種目を制することを目標にしていました。駅伝主将としてチームに何ができるのかを考えた時、このインカレの対校線戦で、言葉ではなく走りで伝統ある早稲田大学競走部が一丸となって戦う意義やエンジのユニフォームの思いを伝えたかったです」と熱く語ってくれた。 それ以上に新鮮に感心したことがある。アナウンサーが秋から始まる駅伝のことを質問するまで一言も駅伝に触れなかったことである。この大会がそれぞれの種目の学生チャンピオンを決める対校戦であり、駅伝の前哨戦ではないとの自覚とプライドを感じさせられたからである。

高校では幅広い種目での指導

男子800mは育英大のルーキー・山鹿快琉選手(群馬・前橋育英高出身)が1分46秒79の大会新記録で制した。彼を指導されているのは前橋育英高で長年指導実績を積み上げてこられた安達友信先生である。 順大の2年後輩にあたる中距離ランナーであった。1984年に前橋育英高に奉職した当時は県高校駅伝で24位と低迷していたが、5年目にはインターハイ4×400mリレーで7位入賞を皮切りに、100m、200m、400m、800m、3000m障害、110mハードル、三段跳、棒高跳、やり投、混成競技などでインターハイ優勝や入賞者を輩出している。 インターハイ総合準優勝・トラック優勝(2001年)、フィールド優勝2回(02年、11年)をも成し遂げ、全国高校駅伝も4回の出場を果たしている。国体(現・国民スポーツ大会)での活躍を合わせるととても記載しきれぬほどである。その幅広い指導実績ゆえに群馬県の国体監督を20年間歴任してきた 現在は高校と大学へと指導の域を広げ、そのマルチで卓越した指導力を惜しみなく提供している。安達先生に、その幅広い種目での指導力の源泉は―とお尋ねしてみた。質問に対して、「大学時代を含めて多くの友人たちと親しくしてきた人間関係のお陰ですよ。群馬で教員として指導をさせていただいた時から、インターハイや国体で他高の競技種目であっても心からの声援を送り、その選手の指導者の皆様方から多くのアドバイスをいただいたお陰です」と答えてくれた。 大学などの競技部の組織であれば、跳躍や投てき、短距離や中・長距離のコーチが専門分野の指導をするシステムが構築されている場合がほとんどであろう。しかしながら、中学や高校の環境下でそこまで細分化した人材を確保できることは稀であるといえる。 安達先生とインカレのサブグラウンドでこのような会話を交わしつつ、陸上競技の普及と発展にこのようなかたちでマルチに尽力されている先生方が全国に多数おいでになることに思いが至るにつけ、このコラムを通し心からの敬意をお伝えしたい。 前回のコラムで自チームのインカレ1部残留のことを書かせて頂いたが、安達先生のように陸上競技すべての種目に信念と愛情を込めてご指導されてきた先生方のことを思えば、比べ物にならぬことだと自戒した。 また、この大会期間中に洛南高(京都)で長らくご指導されてきた中島道雄先生(洛南高で38年、大阪高で8年)と親しくお話をさせていただく機会を得た。 陸上部員3名からスタートした苦労の時代からオリンピックや日本記録保持者を含め、インターハイ総合優勝10回など凄まじい指導実績をお持ちである。それにもかかわらず、三重県の伊賀白鳳高が京都の全国高校駅伝であれだけの実力を発揮できているのかを知りたくて練習の見学に行ったことを語ってくれた。 [caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"] 今年の日本インカレは岡山で開催された[/caption] 放課後の練習時間も電車の時間が2時間に1本くらいしかなく、その時間に間に合わせるようなトレーニングしか組めない中で、メキメキ力をつけマラソンの五輪代表選手(中村匠吾、現・富士通)まで輩出した背景は、いたってシンプルなものだったとのことである。 当時陸上部顧問の中武隼一先生は故・町野英二先生の教えを引き継ぎ、徹底して次の言葉を部員たちの胸に刻み込ませ実行させていたそうだ。 それは、「日常の5心」と言われる日常生活で心がけるべき5つの心のあり方であった。 一、「はい」という素直な心 一.「すみません」という反省の心 一、「おかげさま」という謙虚な心 一、「私がします」という奉仕の心 一、「ありがとう」という感謝の心 当たり前であり、簡単な言葉であるはずの心得を、生徒に浸透させ実行させることの難しさや重要性は痛いほど身に染みている。その心持ちでトレーニングに臨む姿勢こそ、真髄であると中島先生がしみじみ語ると反射的に頷く自分がいた。 そのような気づきもあり、大阪高で駅伝の指導をした時に口うるさく言ったことはただ一つ。「『お弁当箱をしっかり洗って持って帰りなさい』だったんだよ」との呟きにハタと膝を叩いて納得した。 まだまだ学ぶこと多かりし、人生である。
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。

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