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	<title>月陸Online</title>
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	<description>陸上競技Webメディア「月陸Online」</description>
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	<title>インタビュー &#8211; 月陸Online｜月刊陸上競技</title>
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		<title>北口榛花インタビュー 3年ぶり日本新で進化証明「日本のみなさんの前で良い投てきを」初出場のアジア大会で頂点へ</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 23 Sep 2026 17:59:20 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[アジア大会]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋アジア大会]]></category>
		<category><![CDATA[北口榛花]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<gnf:modified>Wed, 23 Sep 2026 19:01:34 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 23 Sep 2026 19:01:34 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>やはり、<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13175" data-internallinksmanager029f6b8e52c="165" title="名鑑北口榛花">北口榛花</a>（JAL）は強かった。9月の世界アルティメット選手権。初開催となった“究極（アルティメット）のアスリート”を決める頂上決戦で、自身の日本記録を3年ぶりに1m54cmも更新する68m92を放って初代女王の座に就いた。この記録は世界歴代10位タイ、アジア歴代2位という大記録。3年前、初めて世界選手権を制したハンガリー・ブダペストという思い出深い場所でのビッグアーチだった。</p>
<p>クロージングセレモニーでは、男子棒高跳のA.デュプランティス（スウェーデン）が大会テーマソングを熱唱し、女子走高跳のY.マフチフ（ウクライナ）、さらにはレジェンド、ウサイン・ボルト（ジャマイカ）も音楽にのって身体を揺らすなか、北口も右端でトロフィーを持って並んでいた。「まだあの真ん中に入る勇気はありません」と笑うが、錚々たる顔ぶれと並ぶ姿は圧巻だった。</p>
<div id="attachment_217150" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img fetchpriority="high" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-217150" class="wp-image-217150 size-full" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/68b3601fdcd6b5b06e2a05821249f29f.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/68b3601fdcd6b5b06e2a05821249f29f.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/68b3601fdcd6b5b06e2a05821249f29f-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/68b3601fdcd6b5b06e2a05821249f29f-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-217150" class="wp-caption-text">「あの真ん中に入る勇気はない」と笑う</p></div>
<p>昨年の東京世界選手権は予選敗退。6月に痛めた右肘の影響が響いた。今季は新たに男子やり投世界記録保持者のヤン・ゼレズニー・コーチを招聘。新体制で迎え、投てきフォームも一から作り直した。ゼレズニー・コーチがシーズン序盤のインタビューで「正しい方向に準備している。今年のピークは9月に来る」と語っていたとおり、徐々に調子を上げ、世界一に返り咲いた。そして、今季最終戦。自国開催の名古屋アジア大会を迎える。</p>
<h2>思い出のブダペストで3年ぶりの日本新</h2>
<p>――世界アルティメット選手権での優勝と日本新おめでとうございます。</p>
<p>自分にもチャンスがあると思って試合に臨んでいました。その結果として、優勝でき、日本記録にもつながってすごくうれしいです。1回目の世界大会のチャンピオンになれるのは、今回だけのこと。とても大切な思い出になります。</p>
<p>――1投目に18歳のアジア記録（71m74）保持者・嚴子怡（中国）が68m05をマーク。今大会は最大4回の試技といういつもと違うレギュレーションでもありました。</p>
<p>そのルールがどちらに転ぶかわかりませんでしたが、まずは1、2投目をしっかり集中して臨もうとコーチと話していたんです。嚴子怡選手はさすがで「それは、投げますよね」という感じ。でも、「あきらめたらダメだ」と思っていましたし、「まだ勝てる」と思って臨みました。</p>
<div id="attachment_217151" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-217151" class="size-full wp-image-217151" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/cbd10deed0ea8c07a9d65fe605946780.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/cbd10deed0ea8c07a9d65fe605946780.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/cbd10deed0ea8c07a9d65fe605946780-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/cbd10deed0ea8c07a9d65fe605946780-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-217151" class="wp-caption-text">「まだ勝てる」と思って臨んだ</p></div>
<p>――北口選手の1投目は61m15です。</p>
<p>珍しく力んでしまって、斜めに飛んでいってしまいました。でも、すごくエネルギーがあるのは感じていました。コーチからは「やりの向きと自分の向きを合わせるように」と「助走で怖がらないように」と言われたので、2投目も集中して投げました。本当に久しぶりにすごく緊張したのですが、その緊張感は3年前のブダペストの6投目（※大逆転の66m73で優勝）の時とリンクしました。大丈夫、できる、と思って投げたんです</p>
<p>――3年ぶりの日本記録更新です。久しぶりに、投てきの後にも叫んでいました。</p>
<p>かなり遠くまで行ったことはわかったので。3年前と似たような写真が撮れたんじゃないでしょうか（笑）。投げた瞬間に飛距離がわかるタイプではないのですが、着地して記録が出てまた「わー！」と。意外と飛びましたし、思ったよりすんなり投げられました。</p>
<p>でも、その後はコーチから「勝つチャンス、記録を狙えるチャンスはいつ来るかわからないから狙うよ」という話があったので頑張ったのですが、悲惨でした（※3、4回目は自らファウル）。自分なりにトライはしたのですがめちゃくちゃでしたね（笑）</p>
<div id="attachment_217152" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-217152" class="size-full wp-image-217152" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/37d53567341ebab91e0d90b0a0efbb9f.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/37d53567341ebab91e0d90b0a0efbb9f.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/37d53567341ebab91e0d90b0a0efbb9f-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/37d53567341ebab91e0d90b0a0efbb9f-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-217152" class="wp-caption-text">投てきの後に叫ぶのは久しぶりだった</p></div>
<h2>ゼレズニー氏から「シンプルにやり投をしよう」</h2>
<p>――新体制となって1年目での結果です。</p>
<p>シーズン序盤はまさか日本記録なんて言っていられないくらい。言われたことをやるので精一杯でした。やっと考えが整理できてきましたが、まだ完璧ではないので、より先を目指していきます。</p>
<p>――ゼレズニー・コーチとの新体制。投てきフォームも一から作り直してきましたね。</p>
<p>ヤン（ゼレズニー）の考えとしては、「シンプルにやり投をしよう」というのがあります。それができるようになれば、前よりもっと簡単に飛ぶんだろうなっていうのは思って取り組んでいます。</p>
<p>――以前の投てきの特徴的な動作で、助走の途中、やりを一度引く軌道はいわゆる「チェコ流」と言われる動きでしたが、それがなくなったのは見た目として大きな変化です。</p>
<p>ヤンが現役時代にやっていた、いわば“初代”なんですが、私のとは全然違う動作だったんです。2月の南アフリカでの合宿で、最初の投てき練習で「違う」と言われました。実際に本人に見せてもらうと、一目瞭然でした。私には再現できないなって。すべてが違いますが、見た目でもヤンは前から回して引いていくんです。私は後ろだけで引いていましたね。1回チャレンジさせてくれましたが、癖がどうしてもついていたので、「来世でやろう」と言われたんです（笑）。本当に10個近く言われるので、処理するのに必死でした。シーズン中盤まで試合も練習のように考えながら出ている状態でした。</p>
<p>――8月の強化合宿を経て、後半シーズンは上向きました。</p>
<p>7月のダイヤモンドリーグ（DL）モナコ（56m24の9位）は、「フレッシュな状態で」と思って身体が柔らかくして出たのですが、全然合わなかったんです。自分がやっているスピード感に、柔らかさがついていけなくて、うまく投げられなかったんだと思います。</p>
<p>――ウエイトトレーニングも週3回取り入れるなど、取り組みも変わって、力を発揮する感覚が身についたからこそのギャップでもある？</p>
<p>うん、そうだと思います。以前は「力を入れる」というのを感じられなかったけど、今は「あ、ここは必要なところ」「ここで入れる」というのがわかってきました。</p>
<p>――他にゼレズニー・コーチからよく指摘されるところはありますか。</p>
<p>助走については「止まらないように」と。歩幅やリズムを変えないというのがポイントです。基本的に、走って、最後のジャンプ（ブロックの前のラストクロス）をして、投げる。そこまでに変なことをしないようにと言われます。走練習というよりは、投げる前の助走練習で意識しているので、週2、3回くらいの投てき練習前ですね。</p>
<p>投てき練習でも、しっかり走るところも意識を置いています。特に助走からクロスステップに切り替わるところ、そしてラストクロスの1歩前ですね。動きが変わる前に準備をしてしまうのですが、あえて準備をせずに行く。スローの準備は「ラストクロスの跳んでいる間に構えに入れればいいよ」と言われます。</p>
<p>そういうこともあって、助走の開始も足踏みをDLローザンヌの前にもう一度始めました。スタンディングスタートだと1歩目から大きく出てしまう傾向にあったので。</p>
<div id="attachment_217153" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-217153" class="size-full wp-image-217153" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/bac33040b71dbba77e070d5406559c65.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/bac33040b71dbba77e070d5406559c65.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/bac33040b71dbba77e070d5406559c65-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/bac33040b71dbba77e070d5406559c65-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-217153" class="wp-caption-text">試合中のゼレズニー・コーチとの様子</p></div>
<p>――ゼレズニー・コーチとうまくコミュニケーションが取れているようですね。</p>
<p>本当におもしろい人なんです！　普段は3、4人の選手と一緒ですが、練習も少しずつ違います。投てき練習も、時間をずらして必ず1対1で見れるようにしてくれるので、その日はヤンが一番きついと思います（笑）。</p>
<p>DLモナコのあと、トレーナーさんを含めて3人でしっかり話し合う時間を作ってくれました。そこで、自分の感覚も伝えられて、「次はこうしよう」と話し合えて整理できたんです。1週間くらい休めるかと思ったけど、それはありませんでした（笑）。でも、そのミーティングの後は、少し練習のペースを落とすというか、ゆっくり課題に向き合う時間にできました。投てき練習も助走路に入らず芝生でじっくり投げたり、重めのやりを投げたり。握りもこのタイミングで変えました。</p>
<p>――以前は人差し指をグリップにかけず、立ててやりに当てていました。</p>
<p>今もかけてはいないのですが、中指をグリップにかけて、人差し指を立てずに添わせています。以前からやりが上に抜けてしまう（高く上がりすぎる）投てきがありました。最後まで押し切れていなかったんです。やりの保持の角度も少し高めにしましたね。シーズン中もいろいろ変わりました（笑）</p>
<p>夏の強化合宿で気になるところを一つずつつぶせて、数を少なくできました。少しずつ整理できてきたんです。アルティメットも、まだ「前まで行ける」と言われますし、腕が下がるのが少し早い。もう少し上の、遠くのほうでリリースできるようにしたいです。</p>
<h2>自身初のアジア大会へ「帰ってきたよ」</h2>
<p>――嚴子怡選手に勝てたのも大きいですね。</p>
<p>まだ若いですし、先行したり、逆転されたり。シチュエーションを経験できていない部分もあると思います。勝負する土台に近づけているとは感じていましたし、ずっと70mを投げているわけではないので、チャンスはあると思っていました。</p>
<div id="attachment_217154" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-217154" class="size-full wp-image-217154" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/84f09a581187920eaf548434ea688ba1.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/84f09a581187920eaf548434ea688ba1.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/84f09a581187920eaf548434ea688ba1-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/84f09a581187920eaf548434ea688ba1-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-217154" class="wp-caption-text">北口榛花と嚴子怡</p></div>
<p>――名古屋アジア大会に向けて。</p>
<p>昨年の東京世界選手権では思ったような結果が出せずすごく残念でした。でも、私はやり投選手として努力し続けるしかないと思ってやってきました。やっと堂々と胸を張って「帰ってきたよ」と言える結果を出せました。彼女（嚴子怡）もこのままで終わる選手ではありません。あと少ししか時間はありませんが、しっかり準備して日本のみなさんの前で良い投てきができるように頑張ります。</p>
<p>構成／向永拓史</p>
<p>※名古屋アジア大会の女子やり投決勝は9月27日（日）</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>やはり、<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13175" data-internallinksmanager029f6b8e52c="165" title="名鑑北口榛花">北口榛花</a>（JAL）は強かった。9月の世界アルティメット選手権。初開催となった“究極（アルティメット）のアスリート”を決める頂上決戦で、自身の日本記録を3年ぶりに1m54cmも更新する68m92を放って初代女王の座に就いた。この記録は世界歴代10位タイ、アジア歴代2位という大記録。3年前、初めて世界選手権を制したハンガリー・ブダペストという思い出深い場所でのビッグアーチだった。</p><p>クロージングセレモニーでは、男子棒高跳のA.デュプランティス（スウェーデン）が大会テーマソングを熱唱し、女子走高跳のY.マフチフ（ウクライナ）、さらにはレジェンド、ウサイン・ボルト（ジャマイカ）も音楽にのって身体を揺らすなか、北口も右端でトロフィーを持って並んでいた。「まだあの真ん中に入る勇気はありません」と笑うが、錚々たる顔ぶれと並ぶ姿は圧巻だった。</p><div id="attachment_217150" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img fetchpriority="high" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-217150" class="wp-image-217150 size-full" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/68b3601fdcd6b5b06e2a05821249f29f.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/68b3601fdcd6b5b06e2a05821249f29f.jpg 800w, 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class="wp-caption alignnone"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-217151" class="size-full wp-image-217151" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/cbd10deed0ea8c07a9d65fe605946780.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/cbd10deed0ea8c07a9d65fe605946780.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/cbd10deed0ea8c07a9d65fe605946780-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/cbd10deed0ea8c07a9d65fe605946780-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-217151" class="wp-caption-text">「まだ勝てる」と思って臨んだ</p></div><p>――北口選手の1投目は61m15です。</p><p>珍しく力んでしまって、斜めに飛んでいってしまいました。でも、すごくエネルギーがあるのは感じていました。コーチからは「やりの向きと自分の向きを合わせるように」と「助走で怖がらないように」と言われたので、2投目も集中して投げました。本当に久しぶりにすごく緊張したのですが、その緊張感は3年前のブダペストの6投目（※大逆転の66m73で優勝）の時とリンクしました。大丈夫、できる、と思って投げたんです</p><p>――3年ぶりの日本記録更新です。久しぶりに、投てきの後にも叫んでいました。</p><p>かなり遠くまで行ったことはわかったので。3年前と似たような写真が撮れたんじゃないでしょうか（笑）。投げた瞬間に飛距離がわかるタイプではないのですが、着地して記録が出てまた「わー！」と。意外と飛びましたし、思ったよりすんなり投げられました。</p><p>でも、その後はコーチから「勝つチャンス、記録を狙えるチャンスはいつ来るかわからないから狙うよ」という話があったので頑張ったのですが、悲惨でした（※3、4回目は自らファウル）。自分なりにトライはしたのですがめちゃくちゃでしたね（笑）</p><div id="attachment_217152" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-217152" class="size-full wp-image-217152" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/37d53567341ebab91e0d90b0a0efbb9f.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/37d53567341ebab91e0d90b0a0efbb9f.jpg 800w, 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class="wp-caption-text">投てきの後に叫ぶのは久しぶりだった</p></div><h2>ゼレズニー氏から「シンプルにやり投をしよう」</h2><p>――新体制となって1年目での結果です。</p><p>シーズン序盤はまさか日本記録なんて言っていられないくらい。言われたことをやるので精一杯でした。やっと考えが整理できてきましたが、まだ完璧ではないので、より先を目指していきます。</p><p>――ゼレズニー・コーチとの新体制。投てきフォームも一から作り直してきましたね。</p><p>ヤン（ゼレズニー）の考えとしては、「シンプルにやり投をしよう」というのがあります。それができるようになれば、前よりもっと簡単に飛ぶんだろうなっていうのは思って取り組んでいます。</p><p>――以前の投てきの特徴的な動作で、助走の途中、やりを一度引く軌道はいわゆる「チェコ流」と言われる動きでしたが、それがなくなったのは見た目として大きな変化です。</p><p>ヤンが現役時代にやっていた、いわば“初代”なんですが、私のとは全然違う動作だったんです。2月の南アフリカでの合宿で、最初の投てき練習で「違う」と言われました。実際に本人に見せてもらうと、一目瞭然でした。私には再現できないなって。すべてが違いますが、見た目でもヤンは前から回して引いていくんです。私は後ろだけで引いていましたね。1回チャレンジさせてくれましたが、癖がどうしてもついていたので、「来世でやろう」と言われたんです（笑）。本当に10個近く言われるので、処理するのに必死でした。シーズン中盤まで試合も練習のように考えながら出ている状態でした。</p><p>――8月の強化合宿を経て、後半シーズンは上向きました。</p><p>7月のダイヤモンドリーグ（DL）モナコ（56m24の9位）は、「フレッシュな状態で」と思って身体が柔らかくして出たのですが、全然合わなかったんです。自分がやっているスピード感に、柔らかさがついていけなくて、うまく投げられなかったんだと思います。</p><p>――ウエイトトレーニングも週3回取り入れるなど、取り組みも変わって、力を発揮する感覚が身についたからこそのギャップでもある？</p><p>うん、そうだと思います。以前は「力を入れる」というのを感じられなかったけど、今は「あ、ここは必要なところ」「ここで入れる」というのがわかってきました。</p><p>――他にゼレズニー・コーチからよく指摘されるところはありますか。</p><p>助走については「止まらないように」と。歩幅やリズムを変えないというのがポイントです。基本的に、走って、最後のジャンプ（ブロックの前のラストクロス）をして、投げる。そこまでに変なことをしないようにと言われます。走練習というよりは、投げる前の助走練習で意識しているので、週2、3回くらいの投てき練習前ですね。</p><p>投てき練習でも、しっかり走るところも意識を置いています。特に助走からクロスステップに切り替わるところ、そしてラストクロスの1歩前ですね。動きが変わる前に準備をしてしまうのですが、あえて準備をせずに行く。スローの準備は「ラストクロスの跳んでいる間に構えに入れればいいよ」と言われます。</p><p>そういうこともあって、助走の開始も足踏みをDLローザンヌの前にもう一度始めました。スタンディングスタートだと1歩目から大きく出てしまう傾向にあったので。</p><div id="attachment_217153" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-217153" class="size-full wp-image-217153" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/bac33040b71dbba77e070d5406559c65.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/bac33040b71dbba77e070d5406559c65.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/bac33040b71dbba77e070d5406559c65-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/bac33040b71dbba77e070d5406559c65-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-217153" class="wp-caption-text">試合中のゼレズニー・コーチとの様子</p></div><p>――ゼレズニー・コーチとうまくコミュニケーションが取れているようですね。</p><p>本当におもしろい人なんです！　普段は3、4人の選手と一緒ですが、練習も少しずつ違います。投てき練習も、時間をずらして必ず1対1で見れるようにしてくれるので、その日はヤンが一番きついと思います（笑）。</p><p>DLモナコのあと、トレーナーさんを含めて3人でしっかり話し合う時間を作ってくれました。そこで、自分の感覚も伝えられて、「次はこうしよう」と話し合えて整理できたんです。1週間くらい休めるかと思ったけど、それはありませんでした（笑）。でも、そのミーティングの後は、少し練習のペースを落とすというか、ゆっくり課題に向き合う時間にできました。投てき練習も助走路に入らず芝生でじっくり投げたり、重めのやりを投げたり。握りもこのタイミングで変えました。</p><p>――以前は人差し指をグリップにかけず、立ててやりに当てていました。</p><p>今もかけてはいないのですが、中指をグリップにかけて、人差し指を立てずに添わせています。以前からやりが上に抜けてしまう（高く上がりすぎる）投てきがありました。最後まで押し切れていなかったんです。やりの保持の角度も少し高めにしましたね。シーズン中もいろいろ変わりました（笑）</p><p>夏の強化合宿で気になるところを一つずつつぶせて、数を少なくできました。少しずつ整理できてきたんです。アルティメットも、まだ「前まで行ける」と言われますし、腕が下がるのが少し早い。もう少し上の、遠くのほうでリリースできるようにしたいです。</p><h2>自身初のアジア大会へ「帰ってきたよ」</h2><p>――嚴子怡選手に勝てたのも大きいですね。</p><p>まだ若いですし、先行したり、逆転されたり。シチュエーションを経験できていない部分もあると思います。勝負する土台に近づけているとは感じていましたし、ずっと70mを投げているわけではないので、チャンスはあると思っていました。</p><div id="attachment_217154" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-217154" class="size-full wp-image-217154" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/84f09a581187920eaf548434ea688ba1.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/84f09a581187920eaf548434ea688ba1.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/84f09a581187920eaf548434ea688ba1-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/84f09a581187920eaf548434ea688ba1-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-217154" class="wp-caption-text">北口榛花と嚴子怡</p></div><p>――名古屋アジア大会に向けて。</p><p>昨年の東京世界選手権では思ったような結果が出せずすごく残念でした。でも、私はやり投選手として努力し続けるしかないと思ってやってきました。やっと堂々と胸を張って「帰ってきたよ」と言える結果を出せました。彼女（嚴子怡）もこのままで終わる選手ではありません。あと少ししか時間はありませんが、しっかり準備して日本のみなさんの前で良い投てきができるように頑張ります。</p><p>構成／向永拓史</p><p>※名古屋アジア大会の女子やり投決勝は9月27日（日）</p>]]></content:encoded>

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		<oa:refTitle>【名古屋アジア大会みどころ】女子・やり投世界一の北口榛花、3種目挑戦の田中希実、100mH中島ひとみ、らがアジアの頂点目指す！</oa:refTitle>
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		<oa:refTitle>【名古屋アジア大会みどころ】男子・110mH村竹ラシッド、400m中島佑気ジョセフ、ハーフ競歩“地元”山西利和ら金メダル狙う！</oa:refTitle>
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		<oa:refTitle>【名古屋アジア大会みどころ】海外・やり投のパティラゲ＆嚴子怡に注目 謝震業、ブーンソンらアジアの強豪が集結</oa:refTitle>
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		<oa:refTitle>吉川絢斗「勝ち切れれば自信になる」 柳井綾音「結果を残して勢いを」 富士通競歩勢がアジア大会へ意気込み</oa:refTitle>
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		<title>サニブラウン単独インタビュー「キャリアも折り返しは過ぎている」レース未出走だったワケと新環境への手応え</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/216750</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 18 Sep 2026 17:38:05 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[サニブラウン・アブデル・ハキーム]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<gnf:modified>Fri, 18 Sep 2026 17:47:26 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 18 Sep 2026 17:47:26 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>「NEXT STAGE～企業の未来を創るスポーツの未来を創る～」をテーマとしたトークイベントが8月27日に都内で開かれ、パネリストとして男子短距離の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/12937" data-internallinksmanager029f6b8e52c="3" title="名鑑ハキーム">サニブラウン・アブデル・ハキーム</a>（東レ）が登壇した。</p>
<p>マーケティングなどを手掛ける株式会社フリークアウト・ホールディングスと、サニブラウランをはじめ多くのアスリートのマネジメントを受け持つ株式会社UDN SPORTSが主催したもの。両社は今年5月にグループ化。「アスリート価値最大化プロジェクト」を始動させた。</p>
<p>このイベントには男子サッカー日本代表の森保一監督をゲストに迎え、フリークアウト・ホールディングスの本田謙代表取締役社長をMCに、経営者、アスリート、クリエイターが、組織論やリーダーシップ論などについてディスカッションした。</p>
<p>サニブラウンも自身の経験を踏まえ、「スポーツも経営も、成功するよりも失敗することが多いと思う。目の前の1日、1日で何をするか。成功しても失敗しても、その過程が一番大事だと思っています」と語ると、森保監督も共感していた。</p>
<p>イベントを終え、サニブラウンが本誌の単独インタビューに応じた。22年オレゴン、23年ブダペストと世界選手権100ｍで2年連続ファイナル進出。24年パリ五輪では準決勝敗退となったが、9秒96の自己新をマークした。だが、昨年は故障などが響いて東京世界選手権で予選敗退。さらに、今季は出走ゼロに。新たな環境での挑戦、そして今季走れなかった理由なども明かした。</p>
<h2>森保一監督や実業家との交流で刺激</h2>
<p>――トークイベントに森保監督をはじめ、経営者らさまざまな分野の方が参加されました。</p>
<p>「こういった機会はなかなかないので参加できてうれしかったです。いろんな目線から質問が飛び交っていたのが刺激になりましたね。僕はアスリートですが、経営者の方々でも同じようなことに疑問を持つものなのだっていうふうに感じました。森保監督とは初めてお会いしました。日本代表監督を何年も続けられている方。貴重な経験になりましたし、もっといろんなお話を聞きたいです」</p>
<div id="attachment_216768" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-216768" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/1789718007038.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-216768" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/1789718007038.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/1789718007038-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/1789718007038-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-216768" class="wp-caption-text">トークイベントに出席したサニブラウン</p></div>
<p>――印象に残っているトークテーマは？</p>
<p>「『組織か個か』という話ですね。個人競技とチームスポーツで違いはあると思いますが、僕はリレーに置き換えて聞いていました」</p>
<p>――森保監督は「組織として哲学を示して、役割をはっきりさせれば個の力は発揮できる。誤解されると困るが一つ選ぶなら『個』。戦術などどれも大切ですが、個の意識が高いと目標に向かっていける」といったような回答でしたね。</p>
<p>「リレーもチームワークやバトンの技術がもちろん大切で、その中で作っていくのが大事です。ただ、しっかり個人、個人がパフォーマンスを信じてやっていくこと。個々が成長していくことが一番大事だというのは森保監督と同じ考えでした。僕もいい年齢（27歳）になって、日本代表だと年齢も上のほうです（笑）。組織の中でのリーダーシップという点でも参考になりました。『100』を伝えるよりも、『1、2』を言って効果を出せるような個人・組織があれば、いいリーダーシップではないかな、と」</p>
<div id="attachment_216769" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-216769" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0676.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-216769" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0676.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0676-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0676-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-216769" class="wp-caption-text">サッカー日本代表の森保一監督との貴重なツーショットも実現</p></div>
<p>――組織（会社）をビルドアップさせていくという点でもアスリートとの共通点も多いですね。</p>
<p>「その通りで、競技も企業もリスクを負ってチャレンジしないと成長しない部分がたくさんあると思います。失敗を得て成長している人が大半だと思うので、とても共感できました。こういう場で質問をしたり、相談したりする方々は、きっと自分なりに答えがある。その上で意見を聞いてみたい、という感じがしたのもおもしろかったです」</p>
<h2>自身初のシーズン試合出場ゼロ</h2>
<p>――率直に、今季はシーズンアウトということですか？　8月に国内（富士北麓ワールドトライアル、Athlete Night Games）で2試合エントリーされましたが欠場でした。</p>
<p>「ここからレースに出る予定はありません。日本でのレースは本当に出たかったですし、調整していました。ただ、7月末、帰国の前日くらいに左ハムストリングスに違和感が出ました。調子が良い時に違和感が出ることもあるので、帰国してからも様子を見ながら練習をしていました。ただ、なかなか痛みが引かなくて、MRIを撮ったら出血があったんです。ハムストリングスだけならまだしも、少し腱にも影響しそうでした。ここで無理をしてケガしては、来年に響いてしまうので欠場を判断しました」</p>
<p>――昨シーズン終了後から、レイナ・レイダー・コーチから、フロリダ州立大のディレクターを務めるマット・ケイン・コーチに変更されました。</p>
<p>「選手は多い時で4人。しかも、そのうちの2人はハードルの選手なので、以前のスプリントチームとは大きく違います。一緒に練習はしませんが、大学で練習をしているので学生とコミュニケーションを取ることもあります。“ノリ”が違うから歳を感じますよ（笑）。コーチと2017年ロンドン世界選手権（200ｍ7位）の話をしても、学生は『小学生だった』と。言わないでよ、って。一緒に練習しているクリスチャン・ミラー（米国）は二十歳ですからね（※9秒93を持つホープ）」</p>
<p>――昨年は7月の日本選手権直前に股関節の骨挫傷。東京世界選手権に万全の状態では臨めませんでした。その影響は？</p>
<p>「まず冬季練習をスタートしたのもかなり遅かったです。ケガで練習を積めていなかったので、ブランクから身体の状態が上がらなかった。コーチとは6月上旬にレースに出ようと調整していましたね」</p>
<p>――練習内容も変わったと思います。</p>
<p>「目指している動き、スプリントの技術自体はそれほど変わりませんが、アプローチが違う。練習パターンが180度変わったので、慣れるのに少し時間がかかりました。例えば、前は走ってからウエイトトレーニングというパターンが多かったですが、今はウエイトトレーニングをしてから走る。狙いは、スクワットで使う筋肉に刺激を入れて、トラックで意識するというものです。少しスプリント練習では身体が重く感じていました。逆に、ウエイトトレーニングの種類自体は多くなくて、細かい筋力を鍛える補強、エクササイズが多い。これは逆にスタート練習でパワーが足りないな、と感じることもある。練習で90ｍ、120ｍという距離を走っても、タイムや動きは悪くない。それを試合で試せたら良かったのですが……」</p>
<p>――実現しませんでしたね。</p>
<p>「コーチの言っていることを頭では理解できても、身体で表現しようとすると全然できなくて。ズルズルいってしまいました。徐々に良くなってきたので、7月上旬のアイルランドのレースにエントリーしました。ウォーミングアップもして、調子も良かったんです。良い感じだな、と。レーンに立って、スターティングブロックもセットしてスタート練習して、これから走るぞという直前に両ふくらはぎをケイレンしたんです。ついていないなって。その後は欧州選手権やコモンウェルスゲームズがあって、欧州の試合が少なくて出たくても出られなかったんです」<br />
<div id="attachment_216770" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-216770" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0923.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-216770" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0923.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0923-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0923-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-216770" class="wp-caption-text">今季は試合に出場できなかったが、前向きに捉えている</p></div>
――ケガには泣いてきたほうですが、これまで一度も試合に出なかったのは……。</p>
<p>「ないです。初めてですよ。何してるんだかっていう感じの年になってしまいましたね。ただ、練習においては慣れてきましたし、来年に向けて土台を作る時間にはなったとプラスに捉えています。コーチがしっかりプランニングしてくれるのですが、試合に出ないとわからない部分もあるので、来年は模索しながら、コミュニケーションを取っていきます」</p>
<h2>思い出の北京、そしてロス五輪へ</h2>
<p>――来年の世界選手権は北京です。思い出深い場所ではないですか？　それに、2028年の五輪は拠点としている米国のロサンゼルスです。</p>
<p>「北京は15歳で初めて世界選手権に出た場所です。それに、パリ五輪からもう2年が経った。あっという間ですね。ゆったり構えていたわけではないですが、本当に早い。キャリアも折り返しは過ぎていると自覚しています。悔いのないように1日、1日やっていく。来年の結果がロス五輪にもつながると思うので、しっかりプランを立てていきます」</p>
<p>――何度も聞いてしまいますが、200mは……？</p>
<p>「僕も走りたいんですよ（笑）。本当は今年も走る予定でしたが、技術練習などの兼ね合いでそこまでたどり着けなかった。日本代表どうこうより、好きなんでシンプルに200mを走りたいですね。もちろん、ロス五輪は2種目をターゲットに見据えてやっていきます」</p>
<p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>「NEXT STAGE～企業の未来を創るスポーツの未来を創る～」をテーマとしたトークイベントが8月27日に都内で開かれ、パネリストとして男子短距離の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/12937" data-internallinksmanager029f6b8e52c="3" title="名鑑ハキーム">サニブラウン・アブデル・ハキーム</a>（東レ）が登壇した。</p><p>マーケティングなどを手掛ける株式会社フリークアウト・ホールディングスと、サニブラウランをはじめ多くのアスリートのマネジメントを受け持つ株式会社UDN SPORTSが主催したもの。両社は今年5月にグループ化。「アスリート価値最大化プロジェクト」を始動させた。</p><p>このイベントには男子サッカー日本代表の森保一監督をゲストに迎え、フリークアウト・ホールディングスの本田謙代表取締役社長をMCに、経営者、アスリート、クリエイターが、組織論やリーダーシップ論などについてディスカッションした。</p><p>サニブラウンも自身の経験を踏まえ、「スポーツも経営も、成功するよりも失敗することが多いと思う。目の前の1日、1日で何をするか。成功しても失敗しても、その過程が一番大事だと思っています」と語ると、森保監督も共感していた。</p><p>イベントを終え、サニブラウンが本誌の単独インタビューに応じた。22年オレゴン、23年ブダペストと世界選手権100ｍで2年連続ファイナル進出。24年パリ五輪では準決勝敗退となったが、9秒96の自己新をマークした。だが、昨年は故障などが響いて東京世界選手権で予選敗退。さらに、今季は出走ゼロに。新たな環境での挑戦、そして今季走れなかった理由なども明かした。</p><h2>森保一監督や実業家との交流で刺激</h2><p>――トークイベントに森保監督をはじめ、経営者らさまざまな分野の方が参加されました。</p><p>「こういった機会はなかなかないので参加できてうれしかったです。いろんな目線から質問が飛び交っていたのが刺激になりましたね。僕はアスリートですが、経営者の方々でも同じようなことに疑問を持つものなのだっていうふうに感じました。森保監督とは初めてお会いしました。日本代表監督を何年も続けられている方。貴重な経験になりましたし、もっといろんなお話を聞きたいです」</p><div id="attachment_216768" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-216768" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/1789718007038.jpg?x10373" alt="" width="800" 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decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-216769" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0676.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-216769" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0676.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0676-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0676-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-216769" class="wp-caption-text">サッカー日本代表の森保一監督との貴重なツーショットも実現</p></div><p>――組織（会社）をビルドアップさせていくという点でもアスリートとの共通点も多いですね。</p><p>「その通りで、競技も企業もリスクを負ってチャレンジしないと成長しない部分がたくさんあると思います。失敗を得て成長している人が大半だと思うので、とても共感できました。こういう場で質問をしたり、相談したりする方々は、きっと自分なりに答えがある。その上で意見を聞いてみたい、という感じがしたのもおもしろかったです」</p><h2>自身初のシーズン試合出場ゼロ</h2><p>――率直に、今季はシーズンアウトということですか？　8月に国内（富士北麓ワールドトライアル、Athlete Night Games）で2試合エントリーされましたが欠場でした。</p><p>「ここからレースに出る予定はありません。日本でのレースは本当に出たかったですし、調整していました。ただ、7月末、帰国の前日くらいに左ハムストリングスに違和感が出ました。調子が良い時に違和感が出ることもあるので、帰国してからも様子を見ながら練習をしていました。ただ、なかなか痛みが引かなくて、MRIを撮ったら出血があったんです。ハムストリングスだけならまだしも、少し腱にも影響しそうでした。ここで無理をしてケガしては、来年に響いてしまうので欠場を判断しました」</p><p>――昨シーズン終了後から、レイナ・レイダー・コーチから、フロリダ州立大のディレクターを務めるマット・ケイン・コーチに変更されました。</p><p>「選手は多い時で4人。しかも、そのうちの2人はハードルの選手なので、以前のスプリントチームとは大きく違います。一緒に練習はしませんが、大学で練習をしているので学生とコミュニケーションを取ることもあります。“ノリ”が違うから歳を感じますよ（笑）。コーチと2017年ロンドン世界選手権（200ｍ7位）の話をしても、学生は『小学生だった』と。言わないでよ、って。一緒に練習しているクリスチャン・ミラー（米国）は二十歳ですからね（※9秒93を持つホープ）」</p><p>――昨年は7月の日本選手権直前に股関節の骨挫傷。東京世界選手権に万全の状態では臨めませんでした。その影響は？</p><p>「まず冬季練習をスタートしたのもかなり遅かったです。ケガで練習を積めていなかったので、ブランクから身体の状態が上がらなかった。コーチとは6月上旬にレースに出ようと調整していましたね」</p><p>――練習内容も変わったと思います。</p><p>「目指している動き、スプリントの技術自体はそれほど変わりませんが、アプローチが違う。練習パターンが180度変わったので、慣れるのに少し時間がかかりました。例えば、前は走ってからウエイトトレーニングというパターンが多かったですが、今はウエイトトレーニングをしてから走る。狙いは、スクワットで使う筋肉に刺激を入れて、トラックで意識するというものです。少しスプリント練習では身体が重く感じていました。逆に、ウエイトトレーニングの種類自体は多くなくて、細かい筋力を鍛える補強、エクササイズが多い。これは逆にスタート練習でパワーが足りないな、と感じることもある。練習で90ｍ、120ｍという距離を走っても、タイムや動きは悪くない。それを試合で試せたら良かったのですが……」</p><p>――実現しませんでしたね。</p><p>「コーチの言っていることを頭では理解できても、身体で表現しようとすると全然できなくて。ズルズルいってしまいました。徐々に良くなってきたので、7月上旬のアイルランドのレースにエントリーしました。ウォーミングアップもして、調子も良かったんです。良い感じだな、と。レーンに立って、スターティングブロックもセットしてスタート練習して、これから走るぞという直前に両ふくらはぎをケイレンしたんです。ついていないなって。その後は欧州選手権やコモンウェルスゲームズがあって、欧州の試合が少なくて出たくても出られなかったんです」<br /><div id="attachment_216770" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-216770" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0923.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-216770" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0923.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0923-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/FU1_0923-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-216770" class="wp-caption-text">今季は試合に出場できなかったが、前向きに捉えている</p></div>――ケガには泣いてきたほうですが、これまで一度も試合に出なかったのは……。</p><p>「ないです。初めてですよ。何してるんだかっていう感じの年になってしまいましたね。ただ、練習においては慣れてきましたし、来年に向けて土台を作る時間にはなったとプラスに捉えています。コーチがしっかりプランニングしてくれるのですが、試合に出ないとわからない部分もあるので、来年は模索しながら、コミュニケーションを取っていきます」</p><h2>思い出の北京、そしてロス五輪へ</h2><p>――来年の世界選手権は北京です。思い出深い場所ではないですか？　それに、2028年の五輪は拠点としている米国のロサンゼルスです。</p><p>「北京は15歳で初めて世界選手権に出た場所です。それに、パリ五輪からもう2年が経った。あっという間ですね。ゆったり構えていたわけではないですが、本当に早い。キャリアも折り返しは過ぎていると自覚しています。悔いのないように1日、1日やっていく。来年の結果がロス五輪にもつながると思うので、しっかりプランを立てていきます」</p><p>――何度も聞いてしまいますが、200mは……？</p><p>「僕も走りたいんですよ（笑）。本当は今年も走る予定でしたが、技術練習などの兼ね合いでそこまでたどり着けなかった。日本代表どうこうより、好きなんでシンプルに200mを走りたいですね。もちろん、ロス五輪は2種目をターゲットに見据えてやっていきます」</p><p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p>]]></content:encoded>

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		<oa:refTitle>【日本インカレ女子みどころ】髙橋亜珠が200mV2＆2冠に挑戦！ 400m・青木アリエ、砲丸投・坂ちはる、棒高跳ライバル対決も注目</oa:refTitle>
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		<oa:refTitle>「世界一遠くに投げたい」北口榛花 夢のために挑戦と努力を惜しまない“究極”のアスリート</oa:refTitle>
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		<title>【“陸女”インタビュー】俳優として活躍する椿原愛さん 走高跳でインターハイや国体に出場！「考え方や周囲への感謝」を学んだ陸上部時代</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/211186</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 26 Jun 2026 17:50:52 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
		<category><![CDATA[椿原愛]]></category>
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		<gnf:modified>Thu, 25 Jun 2026 18:24:39 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 25 Jun 2026 18:24:39 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">グラビアアイドルとしてデビューし、今はタレント、俳優として活躍を続ける椿原愛さん。中学、高校と走高跳に夢中で、インターハイや国体への出場経験もある。今思い返しても「もっといっぱい練習がしたい」と言う陸上部時代の話を聞きました。</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-211188" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/7a7bc410ef1d6d88434bc60fb70b64dc.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/7a7bc410ef1d6d88434bc60fb70b64dc.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/7a7bc410ef1d6d88434bc60fb70b64dc-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p>
<h2>運動神経抜群で中学から陸上部</h2>
<p><strong>――プロフィールには走高跳でインターハイ、国体出場と素晴らしい実績が載っています！　当時の雑誌にも成績がちゃんと残っていますし、写真もありました…。</strong></p>
<p><strong><span style="color: #800080;">椿原</span></strong>　懐かしいですね。そうだ、この時の表紙。インターハイで同じ走高跳の戸邉直人さんが活躍されていたのをよく覚えています。</p>
<p><strong>――もともと、運動は得意だったのですか。</strong></p>
<p><strong><span style="color: #800080;">椿原</span></strong>　一番好きな授業は体育、という子どもでした。小学生のとき、陸上クラブではなかったのですが、体育の授業の様子を見た先生から走幅跳の大会に出ないかと誘われました。体育の時の記録が県大会の決勝に行けるくらい跳んでいたようです。</p>
<p><strong>――それは陸上部から誘われますね！</strong></p>
<p><strong><span style="color: #800080;">椿原</span></strong>　中学では有無を言わさず陸上部。他に選択肢はなかったですし、迷いもなかったですね。走幅跳は強い先輩がいたこともあって、走高跳に転向しました。陸上部の中ではそれほどスピードがあるほうではないという自覚があったので、移行して良かったです。</p>
<p>最初ははさみ跳びから始めて、徐々にマットに後ろから跳ぶようになって……。なんだか楽しかった思い出が蘇ってきました！</p>
<div id="attachment_211190" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-211190" class="size-full wp-image-211190" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FU1_0689.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FU1_0689.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FU1_0689-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FU1_0689-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-211190" class="wp-caption-text">当時の『月陸』を懐かしそうに見返す椿原愛さん</p></div>
<p><strong>――陸上部の雰囲気は？</strong></p>
<p><strong><span style="color: #800080;">椿原</span></strong>　当時の顧問の先生が、まだ試合に出られるくらいの方だったので、一緒に練習をする熱血タイプでした。結構、みんなまじめに練習していましたが、楽しい雰囲気でしたね。中3の時に県大会で6位になって、北信越大会では5cmも自己新の1m55を跳んでしまって……。その結果で高校からスポーツ推薦のお話をいただきました。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">グラビアアイドルとしてデビューし、今はタレント、俳優として活躍を続ける椿原愛さん。中学、高校と走高跳に夢中で、インターハイや国体への出場経験もある。今思い返しても「もっといっぱい練習がしたい」と言う陸上部時代の話を聞きました。</span></strong></p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-211188" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/7a7bc410ef1d6d88434bc60fb70b64dc.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/7a7bc410ef1d6d88434bc60fb70b64dc.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/7a7bc410ef1d6d88434bc60fb70b64dc-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p><h2>運動神経抜群で中学から陸上部</h2><p><strong>――プロフィールには走高跳でインターハイ、国体出場と素晴らしい実績が載っています！　当時の雑誌にも成績がちゃんと残っていますし、写真もありました…。</strong></p><p><strong><span style="color: #800080;">椿原</span></strong>　懐かしいですね。そうだ、この時の表紙。インターハイで同じ走高跳の戸邉直人さんが活躍されていたのをよく覚えています。</p><p><strong>――もともと、運動は得意だったのですか。</strong></p><p><strong><span style="color: #800080;">椿原</span></strong>　一番好きな授業は体育、という子どもでした。小学生のとき、陸上クラブではなかったのですが、体育の授業の様子を見た先生から走幅跳の大会に出ないかと誘われました。体育の時の記録が県大会の決勝に行けるくらい跳んでいたようです。</p><p><strong>――それは陸上部から誘われますね！</strong></p><p><strong><span style="color: #800080;">椿原</span></strong>　中学では有無を言わさず陸上部。他に選択肢はなかったですし、迷いもなかったですね。走幅跳は強い先輩がいたこともあって、走高跳に転向しました。陸上部の中ではそれほどスピードがあるほうではないという自覚があったので、移行して良かったです。</p><p>最初ははさみ跳びから始めて、徐々にマットに後ろから跳ぶようになって……。なんだか楽しかった思い出が蘇ってきました！</p><div id="attachment_211190" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-211190" class="size-full wp-image-211190" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FU1_0689.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FU1_0689.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FU1_0689-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FU1_0689-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-211190" class="wp-caption-text">当時の『月陸』を懐かしそうに見返す椿原愛さん</p></div><p><strong>――陸上部の雰囲気は？</strong></p><p><strong><span style="color: #800080;">椿原</span></strong>　当時の顧問の先生が、まだ試合に出られるくらいの方だったので、一緒に練習をする熱血タイプでした。結構、みんなまじめに練習していましたが、楽しい雰囲気でしたね。中3の時に県大会で6位になって、北信越大会では5cmも自己新の1m55を跳んでしまって……。その結果で高校からスポーツ推薦のお話をいただきました。</p>]]></content:encoded>


					</item>
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		<title>やり投・北口榛花とタッグのゼレズニー氏単独インタビュー 70mオーバー「可能性は間違いなくある」最も大切なのは「夢を持ち努力を続けること」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/211195</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 25 Jun 2026 17:53:00 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[ゼレズニー]]></category>
		<category><![CDATA[北口榛花]]></category>
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		<gnf:modified>Thu, 25 Jun 2026 17:56:40 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 25 Jun 2026 17:56:40 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>女子やり投日本記録保持者で、パリ五輪・ブダペスト世界選手権の金メダリスト・<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13175" data-internallinksmanager029f6b8e52c="165" title="名鑑北口榛花">北口榛花</a>（JAL）は今季、新体制でリスタートを切った。男子やり投世界記録保持者で、五輪3連覇を誇るレジェンド中のレジェンド、ヤン・ゼレズニー氏（チェコ）にコーチを依頼した。</p>
<p>昨年は6月に右肘を痛めた影響からシーズン終盤まで苦しんだ北口。順調に復帰し、今年2月にゼレズニー氏の南アフリカでのトレーニングキャンプに参加し、その後に正式に契約を結んだ。</p>
<p>今季はセイコーゴールデングランプリ（60m36の5位）、ダイヤモンドリーグ厦門（60m08の7位）と続き、6月の日本選手権では復帰後最長スローとなる62m86を投げて2年ぶりに優勝。アジア大会代表に内定した。</p>
<p>今季3戦を終え、ゼレズニー・コーチに単独インタビュー。投てきフォームにも変化を加えている北口の現状などについて聞いた。</p>
<p><strong>――北口選手のキャラクターの印象、そして南アフリカでの状態を教えてください。</strong></p>
<p>南アフリカでは非常に良い準備ができていました。そもそも、そうでなければオリンピック・チャンピオンにはなれません。彼女の状態にはとても満足しています。</p>
<p>ハルカとは以前から面識がありましたが、それほど交流はありませんでした。とても良い人物であり、その人格が彼女の“根幹”であると感じます。常に目標を持ち、そこに向かって追求していくための強い意志があります。加えて、非常に謙虚。これらはなかなか現代の若者に見られない資質だと思っています。</p>
<p><strong>――今季は新たなフォームにも着手しています。</strong></p>
<p>まずは、すべて段階的に、そして継続して進めていく必要があります。昨年は右肘を痛めた影響もありパフォーマンスが低下していました。そうした経緯も含め、私たちはさまざまな可能性を検討し、変更が必要だと判断したのです。</p>
<p>右肘を下げる動作は変わりましたが、腕の動き自体は以前と似ているのです。まずは腕をしっかり伸ばす必要があります。特に重要なのは肩の位置。それにより背中でやりを支えることがで、より効果的に力を伝達できます。まずは安定性がカギなのです。</p>
<p>彼女がまだジュニアの頃、彼女の投てき映像を見て感銘を受けました。非常にスピードのある腕の振りです。それはまさに、今取り戻す必要があるもの。うまくいっていたところに戻すのは難しいことではありません。</p>
<div id="attachment_211201" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-211201" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FY1_0150.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-211201" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FY1_0150.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FY1_0150-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FY1_0150-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-211201" class="wp-caption-text">セイコーGGP、DL厦門と帯同。動画を確認しながら修正を加えていた</p></div>
<p><strong>――彼女のポテンシャルや課題、今後の取り組みについて聞かせてください。直近の目標として70mが一つのターゲットにされています。</strong></p>
<p>多くの人が聞いてきますが、その質問に答えることはできません。だって、もし彼女の潜在能力を正確に把握できるのであれば、結果を予測して大金を手にすることができるでしょう？　それにオリンピック・チャンピオンの弱点を指摘するというのも難しいものです。彼女は精神的にも肉体的にも整っています。まずは、レベルの高い大会に出て、自信を取り戻していくこと、そして技術を高めていくことが大切です。</p>
<p>ハルカは70mオーバーという目標を掲げています。私の役割はそれを達成できるようにサポートすること。夢を持ち、努力し続けることが重要なのです。そうすれば夢が現実になることもある。そして、たとえ実現できなかったとしても、後になって振り返った時に「できる限りのことをやった」と言える。それが最も大切です。</p>
<p>どこまで到達できるのかは誰もわかりません。ただ、70mは現実的な目標だと言えます。何かがきっかけで大きく飛躍することがある。中国の18歳の選手が世界記録に迫ったように（※18歳・嚴子怡がやり投世界歴代2位の71m74）。可能性は間違いなくあります。そのために彼女は正しい方向へ進み続けるのです。</p>
<p>構成／向永拓史</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>女子やり投日本記録保持者で、パリ五輪・ブダペスト世界選手権の金メダリスト・<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13175" data-internallinksmanager029f6b8e52c="165" title="名鑑北口榛花">北口榛花</a>（JAL）は今季、新体制でリスタートを切った。男子やり投世界記録保持者で、五輪3連覇を誇るレジェンド中のレジェンド、ヤン・ゼレズニー氏（チェコ）にコーチを依頼した。</p><p>昨年は6月に右肘を痛めた影響からシーズン終盤まで苦しんだ北口。順調に復帰し、今年2月にゼレズニー氏の南アフリカでのトレーニングキャンプに参加し、その後に正式に契約を結んだ。</p><p>今季はセイコーゴールデングランプリ（60m36の5位）、ダイヤモンドリーグ厦門（60m08の7位）と続き、6月の日本選手権では復帰後最長スローとなる62m86を投げて2年ぶりに優勝。アジア大会代表に内定した。</p><p>今季3戦を終え、ゼレズニー・コーチに単独インタビュー。投てきフォームにも変化を加えている北口の現状などについて聞いた。</p><p><strong>――北口選手のキャラクターの印象、そして南アフリカでの状態を教えてください。</strong></p><p>南アフリカでは非常に良い準備ができていました。そもそも、そうでなければオリンピック・チャンピオンにはなれません。彼女の状態にはとても満足しています。</p><p>ハルカとは以前から面識がありましたが、それほど交流はありませんでした。とても良い人物であり、その人格が彼女の“根幹”であると感じます。常に目標を持ち、そこに向かって追求していくための強い意志があります。加えて、非常に謙虚。これらはなかなか現代の若者に見られない資質だと思っています。</p><p><strong>――今季は新たなフォームにも着手しています。</strong></p><p>まずは、すべて段階的に、そして継続して進めていく必要があります。昨年は右肘を痛めた影響もありパフォーマンスが低下していました。そうした経緯も含め、私たちはさまざまな可能性を検討し、変更が必要だと判断したのです。</p><p>右肘を下げる動作は変わりましたが、腕の動き自体は以前と似ているのです。まずは腕をしっかり伸ばす必要があります。特に重要なのは肩の位置。それにより背中でやりを支えることがで、より効果的に力を伝達できます。まずは安定性がカギなのです。</p><p>彼女がまだジュニアの頃、彼女の投てき映像を見て感銘を受けました。非常にスピードのある腕の振りです。それはまさに、今取り戻す必要があるもの。うまくいっていたところに戻すのは難しいことではありません。</p><div id="attachment_211201" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-211201" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FY1_0150.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-211201" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FY1_0150.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FY1_0150-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/FY1_0150-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-211201" class="wp-caption-text">セイコーGGP、DL厦門と帯同。動画を確認しながら修正を加えていた</p></div><p><strong>――彼女のポテンシャルや課題、今後の取り組みについて聞かせてください。直近の目標として70mが一つのターゲットにされています。</strong></p><p>多くの人が聞いてきますが、その質問に答えることはできません。だって、もし彼女の潜在能力を正確に把握できるのであれば、結果を予測して大金を手にすることができるでしょう？　それにオリンピック・チャンピオンの弱点を指摘するというのも難しいものです。彼女は精神的にも肉体的にも整っています。まずは、レベルの高い大会に出て、自信を取り戻していくこと、そして技術を高めていくことが大切です。</p><p>ハルカは70mオーバーという目標を掲げています。私の役割はそれを達成できるようにサポートすること。夢を持ち、努力し続けることが重要なのです。そうすれば夢が現実になることもある。そして、たとえ実現できなかったとしても、後になって振り返った時に「できる限りのことをやった」と言える。それが最も大切です。</p><p>どこまで到達できるのかは誰もわかりません。ただ、70mは現実的な目標だと言えます。何かがきっかけで大きく飛躍することがある。中国の18歳の選手が世界記録に迫ったように（※18歳・嚴子怡がやり投世界歴代2位の71m74）。可能性は間違いなくあります。そのために彼女は正しい方向へ進み続けるのです。</p><p>構成／向永拓史</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【“陸女”インタビュー】櫻坂46・山田桃実さん「部活に行くのが当たり前の生活」強豪陸上部で過ごした日々</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/204912</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 18 Apr 2026 17:50:29 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
		<category><![CDATA[山田桃実]]></category>
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		<gnf:modified>Fri, 17 Apr 2026 17:59:49 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 17 Apr 2026 17:59:49 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">櫻坂46の4期生として活躍する山田桃実さん。中学時代に100mハードルで県6位になったこともあるという。「部活に行くのが当たり前だった」という濃密な陸上部時代を振り返ってもらいました。</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-204906" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/yamada.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/yamada.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/yamada-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p>
<h2>走るのが好きで中学から強豪校の陸上部へ</h2>
<p><strong>――中学時代、がっつり陸上部だったとうかがいました。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　はい！　走るのが好きで、速くなるためには陸上部かな、と思って入部しました。</p>
<p><strong>――もともと運動が好きだった？</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　幼い頃から父や姉とサッカーをしたり、バドミントンをしたり、よく身体を動かしていました。小学生の頃は水泳と書道を習っていたのですが、運動会でも女子の中ではずっと一番でした。体力テストでも良い成績の人がもらえる「Aバッジ」を毎年いただいていました。</p>
<p><strong>――陸上部はどんな雰囲気でしたか。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　県内でも強豪校と言える学校だったのですが、それを知らなくて……。高校生も一緒に練習していたのもあって、最初は練習がきつくて大変でした。毎日へとへとになって帰っていました。短距離走は得意でしたが、体力が全然なかったんです。先輩たちも、同級生も速い選手がたくさんいました。でも、だからこそ燃えました。</p>
<p>月刊陸上競技さんのことも知っていましたし、月陸Onlineさんもよくチェックしています。友達が載っていると「すごいね！」と連絡しています。</p>
<p><strong>――負けず嫌いなんですね。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　みんなの姿を見て、私も頑張りたい、という気持ちが強かったです。ただ、月日が経つにつれて環境にも慣れてきて、先輩たちとも仲良くなってからは毎日が楽しかったです。</p>
<p><strong>――覚えている中できつかった練習は？</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　やっぱり冬季練習が大変でした。なかでも「階段走」というのが一番きつくて……。</p>
<div id="attachment_204910" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-204910" class="size-full wp-image-204910" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/FU1_0102.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/FU1_0102.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/FU1_0102-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/FU1_0102-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-204910" class="wp-caption-text">現役時代から「月陸」をチェックしていたという山田桃実さん</p></div>
<p><strong>――校舎の階段ダッシュ、でしょうか。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　いえ、その階段ではないんです！　100ｍを走ってウォークバック（歩いて戻る）、次は110ｍ、戻ったら次は120ｍ……と、段々と距離が延びていって最後は150ｍくらいまで延びます。そうしたら、次は140ｍ、130ｍと短くしていき、100ｍで終わる、というメニューです。これが冬季の間は毎週月曜日にあるんです。</p>
<p>他にも、サーキットトレーニングやウエイトトレーニング、補強もしっかりやっていました。練習量よりも効率重視の方針ではあったのでそこまで苦には思っていなかったのですが、終わった後は階段も上れないほどでした。翌日の筋肉痛で「成長できた！」と実感するのがうれしかったです。</p>
<p><strong>――陸上部らしいエピソード！　それだけきつくても、辞めたいとは思わなかったんですね。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　辞めるという選択肢はまったくありませんでした。毎日、学校が終わったら部活に行くのが当たり前の生活でした。速い選手もたくさんいたのもうれしかったですし、同学年も多かったので休憩中や帰り道にいろんな話をするのも楽しくて。練習はきつかったですが、その楽しい時間とでプラスマイナスゼロでした（笑）</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">櫻坂46の4期生として活躍する山田桃実さん。中学時代に100mハードルで県6位になったこともあるという。「部活に行くのが当たり前だった」という濃密な陸上部時代を振り返ってもらいました。</span></strong></p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-204906" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/yamada.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/yamada.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/yamada-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p><h2>走るのが好きで中学から強豪校の陸上部へ</h2><p><strong>――中学時代、がっつり陸上部だったとうかがいました。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　はい！　走るのが好きで、速くなるためには陸上部かな、と思って入部しました。</p><p><strong>――もともと運動が好きだった？</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　幼い頃から父や姉とサッカーをしたり、バドミントンをしたり、よく身体を動かしていました。小学生の頃は水泳と書道を習っていたのですが、運動会でも女子の中ではずっと一番でした。体力テストでも良い成績の人がもらえる「Aバッジ」を毎年いただいていました。</p><p><strong>――陸上部はどんな雰囲気でしたか。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　県内でも強豪校と言える学校だったのですが、それを知らなくて……。高校生も一緒に練習していたのもあって、最初は練習がきつくて大変でした。毎日へとへとになって帰っていました。短距離走は得意でしたが、体力が全然なかったんです。先輩たちも、同級生も速い選手がたくさんいました。でも、だからこそ燃えました。</p><p>月刊陸上競技さんのことも知っていましたし、月陸Onlineさんもよくチェックしています。友達が載っていると「すごいね！」と連絡しています。</p><p><strong>――負けず嫌いなんですね。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　みんなの姿を見て、私も頑張りたい、という気持ちが強かったです。ただ、月日が経つにつれて環境にも慣れてきて、先輩たちとも仲良くなってからは毎日が楽しかったです。</p><p><strong>――覚えている中できつかった練習は？</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　やっぱり冬季練習が大変でした。なかでも「階段走」というのが一番きつくて……。</p><div id="attachment_204910" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-204910" class="size-full wp-image-204910" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/FU1_0102.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/FU1_0102.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/FU1_0102-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/FU1_0102-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-204910" class="wp-caption-text">現役時代から「月陸」をチェックしていたという山田桃実さん</p></div><p><strong>――校舎の階段ダッシュ、でしょうか。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　いえ、その階段ではないんです！　100ｍを走ってウォークバック（歩いて戻る）、次は110ｍ、戻ったら次は120ｍ……と、段々と距離が延びていって最後は150ｍくらいまで延びます。そうしたら、次は140ｍ、130ｍと短くしていき、100ｍで終わる、というメニューです。これが冬季の間は毎週月曜日にあるんです。</p><p>他にも、サーキットトレーニングやウエイトトレーニング、補強もしっかりやっていました。練習量よりも効率重視の方針ではあったのでそこまで苦には思っていなかったのですが、終わった後は階段も上れないほどでした。翌日の筋肉痛で「成長できた！」と実感するのがうれしかったです。</p><p><strong>――陸上部らしいエピソード！　それだけきつくても、辞めたいとは思わなかったんですね。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>山田</strong></span>　辞めるという選択肢はまったくありませんでした。毎日、学校が終わったら部活に行くのが当たり前の生活でした。速い選手もたくさんいたのもうれしかったですし、同学年も多かったので休憩中や帰り道にいろんな話をするのも楽しくて。練習はきつかったですが、その楽しい時間とでプラスマイナスゼロでした（笑）</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>久保凛インタビュー「ここなら強くなれる」全中女王が日本記録保持者になった3年間 「世界は遠くない」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/201238</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 07 Mar 2026 18:00:20 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[高校・中学]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[久保凛]]></category>
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		<gnf:modified>Sat, 07 Mar 2026 13:01:12 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sat, 07 Mar 2026 13:01:12 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>女子800mの日本記録保持者、そして世界陸上日本代表となった久保凛が3年間過ごした東大阪大敬愛高を卒業した。</p>
<p>全中チャンピオンと注目を集める存在だったが、入学当初の目標は「2分07秒を切る」。そこから描いた成長曲線はどんなものだったのだろうか。卒業前のロングインタビューを発売中の月刊陸上競技3月号に掲載。その一部を再編集してお届けする。</p>
<h2>サッカー少女から全中Ｖ、そして名門へ</h2>
<p>制服姿での写真撮影。「リボンはスタンダードの物とは別に、購買で何種類かデザインが違うのも売っているんです。こっちのほうがいいかな」と、学校指定のリボンに替えた。</p>
<p>「卒業する実感が、まだ全然湧かなくて……。でも、振り返ると、すごく濃密な3年間でした」</p>
<p>サッカー一家に育ち、久保自身もサッカー少女。ただ、小学校の時に祖母・浩子さんが指導していた陸上クラブに顔を出すようになり、駅伝やマラソン大会に出場して、能力のほんの一部分を垣間見せるようになった。</p>
<p>「自分にはサッカーは向いていない」と感じるようにもなり、中学から陸上部に入ったが、サッカー部の練習に羨望の眼差しを向けていたという。</p>
<p>「中学時代はそんなに走ることが好きじゃなかったんです。祖母にも『試合に出たくない』と言っていたくらい。陸上のことは何も知らなかったと思います。高校でも陸上をやると決めて、それなら自分の可能性を見てみたい、ちゃんとやって強くなりたい、と思うようになりました」</p>
<p>800ｍの全中チャンピオンという肩書きを背負い、高校陸上界屈指の名門・東大阪大敬愛高の門をくぐったのは2023年だ。</p>
<p>「ここなら強くなれるかもしれない」</p>
<p>野口雅嗣先生から「もっと強くなれる。日本のトップで活躍して、世界に羽ばたこう」と声をかけられたのを覚えているという。</p>
<h2>入学時の目標は「2分07秒を切る」</h2>
<p>顔馴染みばかりだった中学と違い、いろいろな中学から集まる名門校。練習は質、量ともにアップし、環境の変化に「心身のストレスが最初はありました」と振り返る。ただ、日を追うごとに、「レベルの高い練習ができている」と感じるようにもなっていった。</p>
<p>野口先生は久保の才能と「感覚」を見抜き、ジョグなども1人で行うようにし、ペースは細かく設定しなかった。走っていくうちに、「このペースで走ると楽、これだとしんどい、というのがわかるようになってきたんです」。例えば2つのメニューを提案すると、久保は必ず苦しいほうを選択。課題を伝えたら、徹底してそこを意識しながら取り組むそうで、「自分の力を引き出そうとする力が優れている」と野口先生は表現する。</p>
<p>3年間の目標として掲げた2分07秒切りは、入学して2ヵ月ほどのインターハイ近畿大会の決勝（2分06秒17）であっさり達成。インターハイでは高1で優勝し、3月末に小林祐梨子（須磨学園高・兵庫）が持っていた高1最高（2分05秒84）を20年ぶりに塗り替える2分05秒13まで高めた。</p>
<p>この4ヵ月後に日本女子初の1分台に到達するとは、当時は思いもしなかった。ただ、野口先生は「1年生でインターハイを勝った時に、日本記録を目指せると思いました」とも。</p>
<p>久保にとって、一つのターニングポイントであり、思い出のレースに挙げるのが、高2の4月の金栗記念。あこがれだった<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13145" data-internallinksmanager029f6b8e52c="132" title="名鑑田中希実">田中希実</a>（New Balance）と走り、田中は専門外とはいえ、勝ちきってみせた。<br />
<div id="attachment_201241" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-201241" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d6edf84534597e2aa1a329568eb26a0d.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-201241" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d6edf84534597e2aa1a329568eb26a0d.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d6edf84534597e2aa1a329568eb26a0d-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d6edf84534597e2aa1a329568eb26a0d-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-201241" class="wp-caption-text">ターニングポイントとして挙げた高2の金栗記念。あこがれの田中希実と一緒に走った</p></div>
「あそこがスタートだったと思います。自分より速いタイムを持っている方々ばかりのグランプリに挑戦できるのが楽しみでした。少人数での遠征というのもワクワクしました。すごく覚えていることがあって、招集所で田中選手がスパイクを履いた後に、ピンがすり減らないようにスパイクの上からシューズを履いて移動されていたんです。プロ意識がすごいなと思いました。田中選手たちと走れたこと、勝てたことで、自分の殻が破れて、その後の成長につながったと思っています」</p>
<p>陸上界では期待の新星も、一般メディアにとってはパリ五輪イヤーに突如表れたニューヒロイン。加えて、それがサッカー日本代表のエース・久保建英（レアル・ソシエダ）の従姉妹とあっては、放っておくわけがなかった。</p>
<p>たちまちメディアを騒がせるようになり、その見出しには自分の名前よりも先に必ずと言っていいほど『久保建英の従姉妹』の文字が載った。</p>
<p>「小学校の頃からいろんなところで『従姉妹なんてすごいね』と言われていましたし、私も世界で活躍している姿にあこがれていました。実際に日本代表の試合も観に行ったこともあります。だから、名前が並んで載ると。少しは近づけたかなってうれしさのほうが大きかったです。なかには、『そんな肩書きはいらないだろう』と言ってくださっている方もいますし、それもとってもうれしいこと。まだまだ遠い存在なので、追いつけるように一緒にがんばっていきたいって思っています。注目されたり、応援されたりするのはそんなに嫌いじゃないんです。移動中は気になるので『集中しないといけない』と思うこともありますが、ありがたいことです」</p>
<p>日本記録保持者になってからは2分前半でフィニッシュしてもスタンドから「あぁー」というため息交じりの声が聞こえることもある。「自分でも、あぁ……と思ってしまいます。負けず嫌いでネガティブな方向に行きそうになるのですが、それだけ応援、期待されているからこそ。次は頑張ろうって切り替えています」。</p>
<p>レースの後はサインを求められる姿が恒例だが、高校の間はサインがなく漢字フルネームでしたためる。画数が多く時間もかかるが、一人ひとり丁寧に対応するのも印象的だった。</p>
<p>2年時の久保は連戦連勝。6月の日本選手権を制すると、2週間後の記録会で1分59秒93の日本記録を樹立。「全然、思っていなかったところで出ちゃった記録」。インターハイの決勝でも2分00秒81という好記録で連覇を達成した。<br />
<div id="attachment_201243" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-201243" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d21997485e2cdd37be2cbf7eb6056074.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-201243" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d21997485e2cdd37be2cbf7eb6056074.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d21997485e2cdd37be2cbf7eb6056074-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d21997485e2cdd37be2cbf7eb6056074-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-201243" class="wp-caption-text">子どもたちに丁寧にサインをする久保</p></div>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>女子800mの日本記録保持者、そして世界陸上日本代表となった久保凛が3年間過ごした東大阪大敬愛高を卒業した。</p><p>全中チャンピオンと注目を集める存在だったが、入学当初の目標は「2分07秒を切る」。そこから描いた成長曲線はどんなものだったのだろうか。卒業前のロングインタビューを発売中の月刊陸上競技3月号に掲載。その一部を再編集してお届けする。</p><h2>サッカー少女から全中Ｖ、そして名門へ</h2><p>制服姿での写真撮影。「リボンはスタンダードの物とは別に、購買で何種類かデザインが違うのも売っているんです。こっちのほうがいいかな」と、学校指定のリボンに替えた。</p><p>「卒業する実感が、まだ全然湧かなくて……。でも、振り返ると、すごく濃密な3年間でした」</p><p>サッカー一家に育ち、久保自身もサッカー少女。ただ、小学校の時に祖母・浩子さんが指導していた陸上クラブに顔を出すようになり、駅伝やマラソン大会に出場して、能力のほんの一部分を垣間見せるようになった。</p><p>「自分にはサッカーは向いていない」と感じるようにもなり、中学から陸上部に入ったが、サッカー部の練習に羨望の眼差しを向けていたという。</p><p>「中学時代はそんなに走ることが好きじゃなかったんです。祖母にも『試合に出たくない』と言っていたくらい。陸上のことは何も知らなかったと思います。高校でも陸上をやると決めて、それなら自分の可能性を見てみたい、ちゃんとやって強くなりたい、と思うようになりました」</p><p>800ｍの全中チャンピオンという肩書きを背負い、高校陸上界屈指の名門・東大阪大敬愛高の門をくぐったのは2023年だ。</p><p>「ここなら強くなれるかもしれない」</p><p>野口雅嗣先生から「もっと強くなれる。日本のトップで活躍して、世界に羽ばたこう」と声をかけられたのを覚えているという。</p><h2>入学時の目標は「2分07秒を切る」</h2><p>顔馴染みばかりだった中学と違い、いろいろな中学から集まる名門校。練習は質、量ともにアップし、環境の変化に「心身のストレスが最初はありました」と振り返る。ただ、日を追うごとに、「レベルの高い練習ができている」と感じるようにもなっていった。</p><p>野口先生は久保の才能と「感覚」を見抜き、ジョグなども1人で行うようにし、ペースは細かく設定しなかった。走っていくうちに、「このペースで走ると楽、これだとしんどい、というのがわかるようになってきたんです」。例えば2つのメニューを提案すると、久保は必ず苦しいほうを選択。課題を伝えたら、徹底してそこを意識しながら取り組むそうで、「自分の力を引き出そうとする力が優れている」と野口先生は表現する。</p><p>3年間の目標として掲げた2分07秒切りは、入学して2ヵ月ほどのインターハイ近畿大会の決勝（2分06秒17）であっさり達成。インターハイでは高1で優勝し、3月末に小林祐梨子（須磨学園高・兵庫）が持っていた高1最高（2分05秒84）を20年ぶりに塗り替える2分05秒13まで高めた。</p><p>この4ヵ月後に日本女子初の1分台に到達するとは、当時は思いもしなかった。ただ、野口先生は「1年生でインターハイを勝った時に、日本記録を目指せると思いました」とも。</p><p>久保にとって、一つのターニングポイントであり、思い出のレースに挙げるのが、高2の4月の金栗記念。あこがれだった<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13145" data-internallinksmanager029f6b8e52c="132" title="名鑑田中希実">田中希実</a>（New Balance）と走り、田中は専門外とはいえ、勝ちきってみせた。<br /><div id="attachment_201241" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-201241" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d6edf84534597e2aa1a329568eb26a0d.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-201241" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d6edf84534597e2aa1a329568eb26a0d.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d6edf84534597e2aa1a329568eb26a0d-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d6edf84534597e2aa1a329568eb26a0d-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-201241" class="wp-caption-text">ターニングポイントとして挙げた高2の金栗記念。あこがれの田中希実と一緒に走った</p></div>「あそこがスタートだったと思います。自分より速いタイムを持っている方々ばかりのグランプリに挑戦できるのが楽しみでした。少人数での遠征というのもワクワクしました。すごく覚えていることがあって、招集所で田中選手がスパイクを履いた後に、ピンがすり減らないようにスパイクの上からシューズを履いて移動されていたんです。プロ意識がすごいなと思いました。田中選手たちと走れたこと、勝てたことで、自分の殻が破れて、その後の成長につながったと思っています」</p><p>陸上界では期待の新星も、一般メディアにとってはパリ五輪イヤーに突如表れたニューヒロイン。加えて、それがサッカー日本代表のエース・久保建英（レアル・ソシエダ）の従姉妹とあっては、放っておくわけがなかった。</p><p>たちまちメディアを騒がせるようになり、その見出しには自分の名前よりも先に必ずと言っていいほど『久保建英の従姉妹』の文字が載った。</p><p>「小学校の頃からいろんなところで『従姉妹なんてすごいね』と言われていましたし、私も世界で活躍している姿にあこがれていました。実際に日本代表の試合も観に行ったこともあります。だから、名前が並んで載ると。少しは近づけたかなってうれしさのほうが大きかったです。なかには、『そんな肩書きはいらないだろう』と言ってくださっている方もいますし、それもとってもうれしいこと。まだまだ遠い存在なので、追いつけるように一緒にがんばっていきたいって思っています。注目されたり、応援されたりするのはそんなに嫌いじゃないんです。移動中は気になるので『集中しないといけない』と思うこともありますが、ありがたいことです」</p><p>日本記録保持者になってからは2分前半でフィニッシュしてもスタンドから「あぁー」というため息交じりの声が聞こえることもある。「自分でも、あぁ……と思ってしまいます。負けず嫌いでネガティブな方向に行きそうになるのですが、それだけ応援、期待されているからこそ。次は頑張ろうって切り替えています」。</p><p>レースの後はサインを求められる姿が恒例だが、高校の間はサインがなく漢字フルネームでしたためる。画数が多く時間もかかるが、一人ひとり丁寧に対応するのも印象的だった。</p><p>2年時の久保は連戦連勝。6月の日本選手権を制すると、2週間後の記録会で1分59秒93の日本記録を樹立。「全然、思っていなかったところで出ちゃった記録」。インターハイの決勝でも2分00秒81という好記録で連覇を達成した。<br /><div id="attachment_201243" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-201243" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d21997485e2cdd37be2cbf7eb6056074.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-201243" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d21997485e2cdd37be2cbf7eb6056074.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d21997485e2cdd37be2cbf7eb6056074-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/d21997485e2cdd37be2cbf7eb6056074-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-201243" class="wp-caption-text">子どもたちに丁寧にサインをする久保</p></div>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【“陸女”インタビュー】堀未央奈さん 陸上部で過ごした中学時代「人間形成につながった」駅伝アンバサダーにも就任</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/199225</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 13 Feb 2026 18:03:58 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
		<category><![CDATA[堀未央奈]]></category>
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		<gnf:modified>Fri, 17 Apr 2026 18:00:24 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 17 Apr 2026 18:00:24 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">乃木坂46の2期生でデビューしてから、人気メンバーとして活躍した堀未央奈さんは、中学時代に陸上部に所属。21年にグループを卒業してからも、俳優、モデル、タレントと幅広いジャンルで個性を生かして輝きを放っている。</span></strong></p>
<p><strong>今回、陸上部出身ということもあり第6回全国大学対校男女混合駅伝の大会アンバサダーにも就任した堀さんに、「人間形成につながった」という陸上部時代の話を聞いた。</strong></p>
<h2>運動が苦手だったからこそ陸上部へ</h2>
<p><strong>――乃木坂46時代からダンスも魅力的でしたが、幼い頃から運動をされていたんですか？</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　もともと、運動に苦手意識がありました。小学校の時からすべて平均以下で、ドッジボールで遊ぶのも避けていたくらいです。母がバレーボール経験者だったので観るのは好きでしたが…。</p>
<p><strong>――陸上を始めたきっかけを教えてください。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　中学生になってすぐにスポーツテストがあったのですが、50mで10秒もかかったんです！　めちゃくちゃ遅くて「こんなに走れないんだ」とショックでした。でも、「鍛えたら走れるようになるはず」とも思いました。</p>
<p>最初は卓球部や、あとは茶華道部にも興味を持ちました。ただ、「このまま足が遅いまま生きていくのは悔しい」と思って、どうせやるなら自分が一番苦手としているものにチャレンジするほうが意味のあるものだと思って、陸上部に決めました。</p>
<p><strong>――陸上部の雰囲気は？</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　地元の岐阜市の中でも結構、力を入れてる部活で、強い先輩たちもいたので練習も厳しかったです。平日は朝と午後の2部練習。土日も練習や試合があったので、ほとんどの時間を陸上に費やしていました。</p>
<p>足が遅い状態で入部したので大変でした。基礎的なトレーニングを他の人以上に取り組みましたし、先輩たちの動きを見たり、自分なりに練習したり。</p>
<p><strong>――慣れるまではきつそうですね。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　しんどい練習をしながら、「本当にこれで速くなれるのかな」と思ったこともありました。でも、強い先輩たちがいたのはモチベーションになりました。</p>
<p>監督もすごく熱心で優しくて、褒めて伸ばしてくれるタイプで救われましたね。練習日誌を毎日提出していたのですが、きちんとアドバイスを書いて戻してくれました。</p>
<p>覚えているのが「堀は基礎の身体の動かし方がうまい。ベースの動きがきれいで、それがうまくできる人は必ず速くなる」と言ってくださったこと。そんな細かいところまで観てくれるんだって思えば頑張れました。</p>
<div id="attachment_199232" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-199232" class="size-full wp-image-199232" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0073_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0073_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0073_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0073_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-199232" class="wp-caption-text">足が速くなりたくて中学から陸上部へ。練習も真剣モードだったという</p></div>
<p><strong>――どんな練習が思い出に残っていますか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　チーメイトをおんぶして階段を上がるメニューもありましたし、タイヤ牽引走もやりました。学校から長良川を渡って金華山を登って学校に戻る、という持久走も。本当にストイックでした。カッコイイ女子の先輩がいて、ハードルを教えてもらったのはうれしかったです！</p>
<p><strong>――ちょっとずつ足は速くなった？</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　中2のスポーツテストで、50mが6秒9に成長していたんです。人は頑張ればどこまででも行けるんだ！って思ったのを覚えています。徐々に試合に出たり、先輩と同級生とリレーを組むようになったりしたのもうれしかったです。</p>
<p>4×100mリレーは1走でした。あ、バトン！懐かしい。（スタッフさんの手を持って）こうやって構えてください！　こうして渡すと受け取りやすいんです。</p>
<p><strong>――リレーは何走でしたか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　1走でした。すっごく緊張しました。先輩と一緒だったのでなおさら。今思えば、リレーで鍛えられてプレッシャーに強くなってお仕事に生かされているような気がします。</p>
<p>リレーを走ったのもそうですし、お弁当を持って試合会場に行ったり、応援したり。そういうのが楽しかった思い出として残っています。</p>
<p><strong>――陸上を辞めたのはお仕事の都合ですか？</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　いえ、実は中3を前に手術が必要なほどのケガをしてしまい続けるのをあきらめました。</p>
<div id="attachment_199226" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-199226" class="size-full wp-image-199226" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0093_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0093_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0093_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0093_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-199226" class="wp-caption-text">リレーの1走を務めた経験でプレッシャーにも強くなったとか</p></div>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">乃木坂46の2期生でデビューしてから、人気メンバーとして活躍した堀未央奈さんは、中学時代に陸上部に所属。21年にグループを卒業してからも、俳優、モデル、タレントと幅広いジャンルで個性を生かして輝きを放っている。</span></strong></p><p><strong>今回、陸上部出身ということもあり第6回全国大学対校男女混合駅伝の大会アンバサダーにも就任した堀さんに、「人間形成につながった」という陸上部時代の話を聞いた。</strong></p><h2>運動が苦手だったからこそ陸上部へ</h2><p><strong>――乃木坂46時代からダンスも魅力的でしたが、幼い頃から運動をされていたんですか？</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　もともと、運動に苦手意識がありました。小学校の時からすべて平均以下で、ドッジボールで遊ぶのも避けていたくらいです。母がバレーボール経験者だったので観るのは好きでしたが…。</p><p><strong>――陸上を始めたきっかけを教えてください。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　中学生になってすぐにスポーツテストがあったのですが、50mで10秒もかかったんです！　めちゃくちゃ遅くて「こんなに走れないんだ」とショックでした。でも、「鍛えたら走れるようになるはず」とも思いました。</p><p>最初は卓球部や、あとは茶華道部にも興味を持ちました。ただ、「このまま足が遅いまま生きていくのは悔しい」と思って、どうせやるなら自分が一番苦手としているものにチャレンジするほうが意味のあるものだと思って、陸上部に決めました。</p><p><strong>――陸上部の雰囲気は？</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　地元の岐阜市の中でも結構、力を入れてる部活で、強い先輩たちもいたので練習も厳しかったです。平日は朝と午後の2部練習。土日も練習や試合があったので、ほとんどの時間を陸上に費やしていました。</p><p>足が遅い状態で入部したので大変でした。基礎的なトレーニングを他の人以上に取り組みましたし、先輩たちの動きを見たり、自分なりに練習したり。</p><p><strong>――慣れるまではきつそうですね。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　しんどい練習をしながら、「本当にこれで速くなれるのかな」と思ったこともありました。でも、強い先輩たちがいたのはモチベーションになりました。</p><p>監督もすごく熱心で優しくて、褒めて伸ばしてくれるタイプで救われましたね。練習日誌を毎日提出していたのですが、きちんとアドバイスを書いて戻してくれました。</p><p>覚えているのが「堀は基礎の身体の動かし方がうまい。ベースの動きがきれいで、それがうまくできる人は必ず速くなる」と言ってくださったこと。そんな細かいところまで観てくれるんだって思えば頑張れました。</p><div id="attachment_199232" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-199232" class="size-full wp-image-199232" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0073_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0073_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0073_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0073_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-199232" class="wp-caption-text">足が速くなりたくて中学から陸上部へ。練習も真剣モードだったという</p></div><p><strong>――どんな練習が思い出に残っていますか。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　チーメイトをおんぶして階段を上がるメニューもありましたし、タイヤ牽引走もやりました。学校から長良川を渡って金華山を登って学校に戻る、という持久走も。本当にストイックでした。カッコイイ女子の先輩がいて、ハードルを教えてもらったのはうれしかったです！</p><p><strong>――ちょっとずつ足は速くなった？</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　中2のスポーツテストで、50mが6秒9に成長していたんです。人は頑張ればどこまででも行けるんだ！って思ったのを覚えています。徐々に試合に出たり、先輩と同級生とリレーを組むようになったりしたのもうれしかったです。</p><p>4×100mリレーは1走でした。あ、バトン！懐かしい。（スタッフさんの手を持って）こうやって構えてください！　こうして渡すと受け取りやすいんです。</p><p><strong>――リレーは何走でしたか。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　1走でした。すっごく緊張しました。先輩と一緒だったのでなおさら。今思えば、リレーで鍛えられてプレッシャーに強くなってお仕事に生かされているような気がします。</p><p>リレーを走ったのもそうですし、お弁当を持って試合会場に行ったり、応援したり。そういうのが楽しかった思い出として残っています。</p><p><strong>――陸上を辞めたのはお仕事の都合ですか？</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>堀</strong></span>　いえ、実は中3を前に手術が必要なほどのケガをしてしまい続けるのをあきらめました。</p><div id="attachment_199226" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-199226" class="size-full wp-image-199226" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0093_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0093_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0093_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/FU1_0093_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-199226" class="wp-caption-text">リレーの1走を務めた経験でプレッシャーにも強くなったとか</p></div>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>北口榛花インタビュー「これからのことを考えるのが今はすごく楽しい」世界陸上予選敗退も次へ突き進む</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/185234</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 26 Sep 2025 19:28:10 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[世界陸上]]></category>
		<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[北口榛花]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=185234</guid>
		<gnf:modified>Sat, 27 Sep 2025 02:55:59 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sat, 27 Sep 2025 02:55:59 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>女子やり投でブダペスト世界選手権、パリ五輪を制している<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13175" data-internallinksmanager029f6b8e52c="165" title="名鑑北口榛花">北口榛花</a>（JAL）が本誌の単独インタビューに応じ、予選敗退に終わった東京世界選手権を振り返り、来季に対する思いも語った。</p>
<p>連覇を逃して涙に暮れた世界選手権予選から1週間。北口にいつもの笑顔が戻っていた。</p>
<p>「予選落ちに終わって、さすがに2日間くらいは落ち込みました。完全に糸が切れて、2、3日は夜に寝ても17時半くらいまで起きなくて、1日の稼働時間が4時間くらい（笑）。この状態だと（国立競技場まで）観に行けないなと思って、テレビで見ていました。決勝も見ました。みんなが努力しているのを知っています。できれば、仲の良い選手に頑張ってほしいな、とは思っていました」</p>
<p>予選が終わった直後は、「B組の結果を見ず、すぐに（NTCに）戻ってケアをしていました」。これは万が一決勝に残れた時のことを考え、決勝に向けて少しでも状態を良くするためだった。</p>
<p>今年6月のチェコ・オストラヴァ「ゴールデンスパイク」で右肘を痛めた。当時のことをこう振り返る。</p>
<p>「6回目を投げた時に、ブチブチって音がしたのを感じました。結構、やばいやつだろうなって。予兆はなかったです。すぐに日本の病院を予約してもらって、帰国後すぐに診察してもらえたのは良かったです」</p>
<p>右肘内側上顆炎と診断され、その後は日本選手権を含めて2ヵ月半試合から遠ざかった。</p>
<p>「最初はハンドボール投げから始めました。痛めた靱帯よりも、腕の周りの筋肉が痛みました。ゴムで髪を縛ったり、化粧水を顔に塗ったり。指を引っかけるような動作で結構痛かったんです。もしかしたら、少し肉離れをしていたのかもしれませんが、治療を開始したためハッキリとはわかりませんでした」</p>
<p>8月末のダイヤモンドリーグ2連戦で復帰すると、何とか世界選手権に出場。だが、痛みがあったため満足な投てき練習ができず。世界選手権前の最後の投てき練習でやっとサポーターとして巻いていたテープを外したという。予選で60m38を投げたが全体14位。決勝進出を逃した。</p>
<p>「世界選手権をあきらめるという選択肢はなかったです。それは自国開催だから、ではなくて、シーズン最後にはちゃんと出て終わりたいと思っていたので。結果的に、間に合わなかった。技術どうこうというところまで行けませんでした。今思えば、もう少し調整を変えれば違ったかな、とも思います。例えば投てき練習の回数を増やしたり、小さな試合を挟んだり。いつも通りの調整をしてしまいました。どうなったかはわかりませんが、技術的なところはもう少し改善できたかなって思います」</p>
<p>あと1ヵ月あれば、もし決勝に行けていれば。「違ったとは思います」。“たら・れば”は尽きない。時間は戻って来ないが、北口のこれまでの功績、2つの金メダルが色あせることもない。「できる限りのことはやれたと思います」と胸を張り、まだ終わったばかりのため「もう少ししてから診察」だというが、今のところ新たな痛みなど、問題はない。</p>
<p>北口は春先にはパリ五輪までのサポート体制から、トレーナーや栄養士など変わらない部分もあったが、新たに力を貸してくれる人も加わり、一部再構築する形となった。「それが肘のケガにつながったわけではありません」と語り、信頼できるスタッフとともに進んできた。</p>
<p>「オストラヴァでは、アキレス腱が久しぶりに痛くなかったので、最近の中ではかなり助走が速くなり、それに動作が追いつけなかったのではないか」と冷静に自己分析している。</p>
<p>自国開催の世界選手権は、かねてから「競技人生、最初で最後だと思う」と語っていた北口。だが、本番を迎え、スタジアムに入れば良い意味で特別感はなかったという。</p>
<p>「知っている顔以外は、全員外国の陸上好きな人たちって思うようにしていました（笑）。他の世界大会と同じように思えたのは、これまでの場数が物を言ったかなって感じます」</p>
<p>ただ、やはり会場の雰囲気はこれまでとは違う感動を覚えた。</p>
<p>「国立競技場が埋まるというのは本当に想像できませんでした。これまでの国内大会だと、（人気の）トラック種目が終わったら帰る人も多かったですが、今回はそんなことはなかったですよね。選手たち（の魅力）が引き寄せたのだと思いますが、最後まで見てくれる人が多かった。本当に素晴らしい空間だったと思います。来年以降、日本選手権やグランプリなどに戻ってきてもらえるようにしていかなきゃいけないですね」</p>
<p>本人は「どうですかね…」と照れくさそうだったが、ここまで陸上界を盛り上げ、世界選手権への注目度を高めた北口の貢献度は計り知れない。すでに来シーズンの試合の計画を立ており、例年通りオフを挟んで秋にはトレーニングを再開する構えだ。</p>
<p>「来年はアルティメット選手権（ブダペスト）とアジア大会があります。またダイヤモンドリーグも転戦したいし、ファイナルも勝ちたい。世界選手権が終わっても、やりたいことは変わらないし、尽きないなって。これからのことを考えるのが今はすごく楽しいです」</p>
<p>10月には自身プロデュースで中高生に向けた初めてのやり投教室を開催する。「初めてなのでチャレンジングですが、自分が海外で見てきたことや、中高生に本当に必要なことなど、十分な時間ではないかもしれませんが、伝えられれば。そして、今後も発展させていきたいです」と笑顔を見せた。</p>
<p>構成／向永拓史</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>女子やり投でブダペスト世界選手権、パリ五輪を制している<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13175" data-internallinksmanager029f6b8e52c="165" title="名鑑北口榛花">北口榛花</a>（JAL）が本誌の単独インタビューに応じ、予選敗退に終わった東京世界選手権を振り返り、来季に対する思いも語った。</p><p>連覇を逃して涙に暮れた世界選手権予選から1週間。北口にいつもの笑顔が戻っていた。</p><p>「予選落ちに終わって、さすがに2日間くらいは落ち込みました。完全に糸が切れて、2、3日は夜に寝ても17時半くらいまで起きなくて、1日の稼働時間が4時間くらい（笑）。この状態だと（国立競技場まで）観に行けないなと思って、テレビで見ていました。決勝も見ました。みんなが努力しているのを知っています。できれば、仲の良い選手に頑張ってほしいな、とは思っていました」</p><p>予選が終わった直後は、「B組の結果を見ず、すぐに（NTCに）戻ってケアをしていました」。これは万が一決勝に残れた時のことを考え、決勝に向けて少しでも状態を良くするためだった。</p><p>今年6月のチェコ・オストラヴァ「ゴールデンスパイク」で右肘を痛めた。当時のことをこう振り返る。</p><p>「6回目を投げた時に、ブチブチって音がしたのを感じました。結構、やばいやつだろうなって。予兆はなかったです。すぐに日本の病院を予約してもらって、帰国後すぐに診察してもらえたのは良かったです」</p><p>右肘内側上顆炎と診断され、その後は日本選手権を含めて2ヵ月半試合から遠ざかった。</p><p>「最初はハンドボール投げから始めました。痛めた靱帯よりも、腕の周りの筋肉が痛みました。ゴムで髪を縛ったり、化粧水を顔に塗ったり。指を引っかけるような動作で結構痛かったんです。もしかしたら、少し肉離れをしていたのかもしれませんが、治療を開始したためハッキリとはわかりませんでした」</p><p>8月末のダイヤモンドリーグ2連戦で復帰すると、何とか世界選手権に出場。だが、痛みがあったため満足な投てき練習ができず。世界選手権前の最後の投てき練習でやっとサポーターとして巻いていたテープを外したという。予選で60m38を投げたが全体14位。決勝進出を逃した。</p><p>「世界選手権をあきらめるという選択肢はなかったです。それは自国開催だから、ではなくて、シーズン最後にはちゃんと出て終わりたいと思っていたので。結果的に、間に合わなかった。技術どうこうというところまで行けませんでした。今思えば、もう少し調整を変えれば違ったかな、とも思います。例えば投てき練習の回数を増やしたり、小さな試合を挟んだり。いつも通りの調整をしてしまいました。どうなったかはわかりませんが、技術的なところはもう少し改善できたかなって思います」</p><p>あと1ヵ月あれば、もし決勝に行けていれば。「違ったとは思います」。“たら・れば”は尽きない。時間は戻って来ないが、北口のこれまでの功績、2つの金メダルが色あせることもない。「できる限りのことはやれたと思います」と胸を張り、まだ終わったばかりのため「もう少ししてから診察」だというが、今のところ新たな痛みなど、問題はない。</p><p>北口は春先にはパリ五輪までのサポート体制から、トレーナーや栄養士など変わらない部分もあったが、新たに力を貸してくれる人も加わり、一部再構築する形となった。「それが肘のケガにつながったわけではありません」と語り、信頼できるスタッフとともに進んできた。</p><p>「オストラヴァでは、アキレス腱が久しぶりに痛くなかったので、最近の中ではかなり助走が速くなり、それに動作が追いつけなかったのではないか」と冷静に自己分析している。</p><p>自国開催の世界選手権は、かねてから「競技人生、最初で最後だと思う」と語っていた北口。だが、本番を迎え、スタジアムに入れば良い意味で特別感はなかったという。</p><p>「知っている顔以外は、全員外国の陸上好きな人たちって思うようにしていました（笑）。他の世界大会と同じように思えたのは、これまでの場数が物を言ったかなって感じます」</p><p>ただ、やはり会場の雰囲気はこれまでとは違う感動を覚えた。</p><p>「国立競技場が埋まるというのは本当に想像できませんでした。これまでの国内大会だと、（人気の）トラック種目が終わったら帰る人も多かったですが、今回はそんなことはなかったですよね。選手たち（の魅力）が引き寄せたのだと思いますが、最後まで見てくれる人が多かった。本当に素晴らしい空間だったと思います。来年以降、日本選手権やグランプリなどに戻ってきてもらえるようにしていかなきゃいけないですね」</p><p>本人は「どうですかね…」と照れくさそうだったが、ここまで陸上界を盛り上げ、世界選手権への注目度を高めた北口の貢献度は計り知れない。すでに来シーズンの試合の計画を立ており、例年通りオフを挟んで秋にはトレーニングを再開する構えだ。</p><p>「来年はアルティメット選手権（ブダペスト）とアジア大会があります。またダイヤモンドリーグも転戦したいし、ファイナルも勝ちたい。世界選手権が終わっても、やりたいことは変わらないし、尽きないなって。これからのことを考えるのが今はすごく楽しいです」</p><p>10月には自身プロデュースで中高生に向けた初めてのやり投教室を開催する。「初めてなのでチャレンジングですが、自分が海外で見てきたことや、中高生に本当に必要なことなど、十分な時間ではないかもしれませんが、伝えられれば。そして、今後も発展させていきたいです」と笑顔を見せた。</p><p>構成／向永拓史</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【“陸女”インタビュー】バラエティーや情報番組に引っ張りだこ！タレント・国本梨紗さん 中学3年間の陸上部「あの時の記憶が数年後の自分を助けてくれる」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/179950</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 24 Aug 2025 14:21:10 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
		<category><![CDATA[国本梨紗]]></category>
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		<gnf:modified>Sun, 24 Aug 2025 14:21:10 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sun, 24 Aug 2025 14:21:10 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 明るいキャラクターと抜群のコミュニケーション力でバラエティー番組や情報番組に引っ張りだこのタレント・国本梨紗さん。中学時代に3年間、陸上部で汗を流し、走幅跳に青春を捧げたという。</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-179952" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/kunimto.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/kunimto.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/kunimto-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p>
<h2>中学で走幅跳に挑戦！</h2>
<p><strong>――早速ですが、陸上部に入ったきっかけを教えてください！</strong></p>
<p>国本　中学3年間、陸上部でした。小学校の時はずっと少年団で男子と交じってサッカーをやっていたのですが、中学では女子サッカー部がなくて…。仲が良かった先輩に誘われたのがきっかけです。</p>
<p><strong>――サッカー少女だったということは、幼少時から活発だったんですね。</strong></p>
<p>国本　小さい時は全然でした。なるべく動きたくないタイプでした（笑）。長野の白馬村出身で、両親ともにウインタースポーツ（父がモーグル、母はスノーボード）の選手でしたし、弟もスキーをしていました。私も冬の体育の授業で必ず雪山に行っていましたが。</p>
<p>小2の校内マラソン大会で最下位だったんです。母が「これはやばい。何かやらせないと」ということで、サッカーを始めました。1年後の大会では7位になって「あれ？意外と得意で、好きかもしれない」と気づいたんです。のちのち、それが陸上部に入るきっかけでもありました。短距離も苦手ではなくて、運動会のリレーの選手には選ばれるくらいでした。</p>
<div id="attachment_179957" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-179957" class="size-full wp-image-179957" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/FU1_1891.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/FU1_1891.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/FU1_1891-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/FU1_1891-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-179957" class="wp-caption-text">スポーツ一家に育った国本さん</p></div>
<p><strong>――中学の陸上部の雰囲気は？</strong></p>
<p><span style="color: #339966;"><strong>国本</strong></span>　全校生徒の割合としては、陸上部も多いほうで20～30人いました。先生もクロカンの選手だったこともあり、一緒に走って練習してくれていました。声を荒げて怒ったりはしませんが、静かに怖いタイプでした（笑）。</p>
<p>長距離は結構、強いチームでした。『月刊陸上競技』も図書室にあったので知っています！地元の白馬村は標高7～800ｍくらいにあって、冬はクロスカントリースキーが盛んなので、陸上部以外でも夏場はみんな長距離をやることも多かったです。</p>
<p>練習はきつかったですが、先輩・後輩関係なく、みんな明るくて「一緒に頑張ろう！」という雰囲気で、ずっと楽しかったです。</p>
<p><strong>――国本さんの専門種目はなんだったんですか。</strong></p>
<p><span style="color: #339966;"><strong>国本</strong></span>　走幅跳でした！　入部してすぐはいろいろな種目を試したのですが、一番楽しかったのが走幅跳です。同期に短距離と長距離に速い子がいたので絞ったのも理由の一つです。サッカーをしていたからか、ふくらはぎなど脚の筋肉がついていました。そのお陰で、中1の6月に県大会に行けたんです。4mくらい跳べたのかな。</p>
<p>でも、2年生になると記録が全然伸びなくなってしまって…。先生と話し合って、「短距離をやって走力をつけて、3年生で走幅跳に戻ろう」と決めました。14秒台では走っていましたが、そんなに速くなかったです。リレーのメンバーにも入って、3走でした。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 明るいキャラクターと抜群のコミュニケーション力でバラエティー番組や情報番組に引っ張りだこのタレント・国本梨紗さん。中学時代に3年間、陸上部で汗を流し、走幅跳に青春を捧げたという。</span></strong></p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-179952" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/kunimto.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/kunimto.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/kunimto-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p><h2>中学で走幅跳に挑戦！</h2><p><strong>――早速ですが、陸上部に入ったきっかけを教えてください！</strong></p><p>国本　中学3年間、陸上部でした。小学校の時はずっと少年団で男子と交じってサッカーをやっていたのですが、中学では女子サッカー部がなくて…。仲が良かった先輩に誘われたのがきっかけです。</p><p><strong>――サッカー少女だったということは、幼少時から活発だったんですね。</strong></p><p>国本　小さい時は全然でした。なるべく動きたくないタイプでした（笑）。長野の白馬村出身で、両親ともにウインタースポーツ（父がモーグル、母はスノーボード）の選手でしたし、弟もスキーをしていました。私も冬の体育の授業で必ず雪山に行っていましたが。</p><p>小2の校内マラソン大会で最下位だったんです。母が「これはやばい。何かやらせないと」ということで、サッカーを始めました。1年後の大会では7位になって「あれ？意外と得意で、好きかもしれない」と気づいたんです。のちのち、それが陸上部に入るきっかけでもありました。短距離も苦手ではなくて、運動会のリレーの選手には選ばれるくらいでした。</p><div id="attachment_179957" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-179957" class="size-full wp-image-179957" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/FU1_1891.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/FU1_1891.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/FU1_1891-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/FU1_1891-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-179957" class="wp-caption-text">スポーツ一家に育った国本さん</p></div><p><strong>――中学の陸上部の雰囲気は？</strong></p><p><span style="color: #339966;"><strong>国本</strong></span>　全校生徒の割合としては、陸上部も多いほうで20～30人いました。先生もクロカンの選手だったこともあり、一緒に走って練習してくれていました。声を荒げて怒ったりはしませんが、静かに怖いタイプでした（笑）。</p><p>長距離は結構、強いチームでした。『月刊陸上競技』も図書室にあったので知っています！地元の白馬村は標高7～800ｍくらいにあって、冬はクロスカントリースキーが盛んなので、陸上部以外でも夏場はみんな長距離をやることも多かったです。</p><p>練習はきつかったですが、先輩・後輩関係なく、みんな明るくて「一緒に頑張ろう！」という雰囲気で、ずっと楽しかったです。</p><p><strong>――国本さんの専門種目はなんだったんですか。</strong></p><p><span style="color: #339966;"><strong>国本</strong></span>　走幅跳でした！　入部してすぐはいろいろな種目を試したのですが、一番楽しかったのが走幅跳です。同期に短距離と長距離に速い子がいたので絞ったのも理由の一つです。サッカーをしていたからか、ふくらはぎなど脚の筋肉がついていました。そのお陰で、中1の6月に県大会に行けたんです。4mくらい跳べたのかな。</p><p>でも、2年生になると記録が全然伸びなくなってしまって…。先生と話し合って、「短距離をやって走力をつけて、3年生で走幅跳に戻ろう」と決めました。14秒台では走っていましたが、そんなに速くなかったです。リレーのメンバーにも入って、3走でした。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【学生長距離Close-upインタビュー】ハーフで力示した帝京大・島田晃希 最終学年覚悟決め「エース区間を走りたい」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/178144</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 02 Aug 2025 19:01:21 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[島田晃希]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<gnf:modified>Sat, 02 Aug 2025 19:01:21 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sat, 02 Aug 2025 19:01:21 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><span style="font-size: 14pt;">学生長距離<span style="font-family: impact, sans-serif;"><span style="color: #ff0000;">Close-up</span></span>インタビュー</span><br />
<strong><span style="font-size: 24pt;"><span style="font-size: 12pt;"><span style="font-size: 24pt;"> 島田晃希</span><em> Shimada</em></span> <span style="font-size: 12pt;"><em> Teruki</em></span></span></strong> 帝京大4年</p>
<p>「月陸Online」限定で大学長距離選手のインタビューをお届けする「学生長距離Close-upインタビュー」。記念すべき50回目は、帝京大の島田晃希（4年）をピックアップする。</p>
<p>「この選手、おもしろいですよ」</p>
<p>3年前、帝京大の中野孝行監督が将来性を高く買って、そう評していたのが当時1年の島田晃希だった。</p>
<p>「正直なところ、入学した時は本当に何も実績がなかったので、4年間のうちに一度、箱根駅伝を走れればいいかなって思っていました」</p>
<p>島田自身は、入学したばかりの頃をこのように振り返る。そんな展望よりも中野監督の見込みが正しかった。最終学年を迎えた今季、島田はファイヤーレッドのエースとして存在感を示し始めている。</p>
<p>今年に入ってからは、特にハーフマラソンでの活躍が目覚ましい。2月、香川丸亀国際ハーフマラソンと併催された日本学生ハーフマラソンでは、従来の帝京大記録を1分以上更新する1時間0分56秒の好記録をマーク。入賞こそ逃したものの、他校のエース格と堂々と渡り合って10位と奮闘した。</p>
<p>「今まで、それだけのハイペースで走った経験がなかったので、その反動が来たのかな」と島田。その後に股関節を痛め、EXPOエキデンや関東インカレでは納得のいく走りを見せられなかった。それでも、調子を取り戻すと、6月にまたしてもハーフマラソンで快走を見せる。</p>
<p>「丸亀が終わってからケガをしたり、練習がちょっと抜けたりしていたので、前半シーズンに遅れたぶんを取り返そうと思いました。あとは、海外レース初めてなので、海外経験をしてみたいっていう好奇心もありました」</p>
<p>こんな意図を持って臨んだのは、学生ハーフの結果によって派遣されたペッパーズサイロ・ハーフマラソン（豪州）だ。</p>
<p>「監督からも『勝ちに行ってこい』と言われていて、タイムよりも勝負を優先してレースに臨みました」と言う島田は、見事に大会新記録を打ち立てて、1時間1分12秒で優勝を飾った。</p>
<p>しかも、一緒にレースを走った選手たちも、なかなかの強者ばかり。59分57秒の豪州記録を持つブレット・ロビンソン、今年の丸亀ハーフで1時間0分28秒で走り島田に先着したアンディ・ブキャナンといった、地元のトップランナーも多数出場していた。</p>
<p>「欲を言えば、（残り）1kmで仕掛けたところで、そのまま逃げ切りたかったのですが、（最後は1秒差の接戦となり）そこは実力不足だなと感じました」</p>
<p>反省を口にするが、そんな実力者たちにも競り勝ち、いっそう価値ある優勝になった。レース後に中野監督に報告の電話を入れると、「勝ち切ったことは良かった」と珍しく褒めてもらったという。</p>
<p>行きの飛行機内にGPSウォッチを忘れたり、入国時の税関で不意に検査を受けることになったりと、初の海外遠征はちょっとしたトラブルもあった。それでも、実りの多い遠征。チームメイトの尾崎仁哉も1時間1分24秒の好記録で4位入賞し、チームにとっても収穫は大きかった。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 14pt;">学生長距離<span style="font-family: impact, sans-serif;"><span style="color: #ff0000;">Close-up</span></span>インタビュー</span><br /><strong><span style="font-size: 24pt;"><span style="font-size: 12pt;"><span style="font-size: 24pt;"> 島田晃希</span><em> Shimada</em></span> <span style="font-size: 12pt;"><em> Teruki</em></span></span></strong> 帝京大4年</p><p>「月陸Online」限定で大学長距離選手のインタビューをお届けする「学生長距離Close-upインタビュー」。記念すべき50回目は、帝京大の島田晃希（4年）をピックアップする。</p><p>「この選手、おもしろいですよ」</p><p>3年前、帝京大の中野孝行監督が将来性を高く買って、そう評していたのが当時1年の島田晃希だった。</p><p>「正直なところ、入学した時は本当に何も実績がなかったので、4年間のうちに一度、箱根駅伝を走れればいいかなって思っていました」</p><p>島田自身は、入学したばかりの頃をこのように振り返る。そんな展望よりも中野監督の見込みが正しかった。最終学年を迎えた今季、島田はファイヤーレッドのエースとして存在感を示し始めている。</p><p>今年に入ってからは、特にハーフマラソンでの活躍が目覚ましい。2月、香川丸亀国際ハーフマラソンと併催された日本学生ハーフマラソンでは、従来の帝京大記録を1分以上更新する1時間0分56秒の好記録をマーク。入賞こそ逃したものの、他校のエース格と堂々と渡り合って10位と奮闘した。</p><p>「今まで、それだけのハイペースで走った経験がなかったので、その反動が来たのかな」と島田。その後に股関節を痛め、EXPOエキデンや関東インカレでは納得のいく走りを見せられなかった。それでも、調子を取り戻すと、6月にまたしてもハーフマラソンで快走を見せる。</p><p>「丸亀が終わってからケガをしたり、練習がちょっと抜けたりしていたので、前半シーズンに遅れたぶんを取り返そうと思いました。あとは、海外レース初めてなので、海外経験をしてみたいっていう好奇心もありました」</p><p>こんな意図を持って臨んだのは、学生ハーフの結果によって派遣されたペッパーズサイロ・ハーフマラソン（豪州）だ。</p><p>「監督からも『勝ちに行ってこい』と言われていて、タイムよりも勝負を優先してレースに臨みました」と言う島田は、見事に大会新記録を打ち立てて、1時間1分12秒で優勝を飾った。</p><p>しかも、一緒にレースを走った選手たちも、なかなかの強者ばかり。59分57秒の豪州記録を持つブレット・ロビンソン、今年の丸亀ハーフで1時間0分28秒で走り島田に先着したアンディ・ブキャナンといった、地元のトップランナーも多数出場していた。</p><p>「欲を言えば、（残り）1kmで仕掛けたところで、そのまま逃げ切りたかったのですが、（最後は1秒差の接戦となり）そこは実力不足だなと感じました」</p><p>反省を口にするが、そんな実力者たちにも競り勝ち、いっそう価値ある優勝になった。レース後に中野監督に報告の電話を入れると、「勝ち切ったことは良かった」と珍しく褒めてもらったという。</p><p>行きの飛行機内にGPSウォッチを忘れたり、入国時の税関で不意に検査を受けることになったりと、初の海外遠征はちょっとしたトラブルもあった。それでも、実りの多い遠征。チームメイトの尾崎仁哉も1時間1分24秒の好記録で4位入賞し、チームにとっても収穫は大きかった。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【“陸女”インタビュー】テレ東期待のアナウンサー・山本倖千恵さん リレー全国3位も経験「負けん気が身についた3年間」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/166990</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 27 Apr 2025 20:20:54 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
		<category><![CDATA[山本倖千恵]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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				<description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 昨年10月にテレビ東京のアナウンサーとなった山本倖千恵さんは、実は高校時代に全国的な超強豪校の一員として活躍していました。800mで全国インターハイに進み、4×400mリレーでは全国3位になって銅メダルも獲得。「自分自身に向き合っていた」と語る陸上部時代の思い出を聞きました！</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-166991" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/81ed772df89bc3d492be24713431913c.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/81ed772df89bc3d492be24713431913c.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/81ed772df89bc3d492be24713431913c-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p>
<h2>中学で陸上部、強豪校に進学して続けた理由は…？</h2>
<p><strong>――実は高校時代に取材しているはずです！　インターハイでの活躍はもちろん、学校にも何度もおじゃましていますよ。</strong></p>
<p><span style="color: #800080;"><strong>山本</strong></span>　先輩や同世代にも強い選手がたくさんいたので、メディアの方もたくさんいらっしゃっていました。取材されている同期を見て羨ましいなって思っていました。</p>
<p><strong>――800ｍでインターハイ出場など、たくさん実績をお持ちなので、それは後でうかがうとして…いつから陸上を始めたのですか。</strong></p>
<p><span style="color: #800080;"><strong>山本</strong></span>　中1からです。絵を描くのが好きだったので美術部を志望していたのですが、陸上部に熱心に勧誘されて入部しました。練習見学の際に陸上部と卓球部、そして美術部に回ろうと思ったのですが、その日に見学できたのが陸上部だけでした。</p>
<p>小学校の時はスイミングやダブルダッチ、フリスビーなどをしていた経験もあって、運動は好きでした。でも、特別、足が速かったわけではありません。子どもながらに、中学の先輩が歓迎してくれたのがうれしかったんです。</p>
<p><strong>――中学はどんな雰囲気でしたか。</strong></p>
<p><span style="color: #800080;"><strong>山本</strong></span>　実は女子の部員がほとんどいなくて、リレーも組めない状況でした。個人種目で頑張るしかないって思って、100m、200mに取り組んでいました。</p>
<p><strong>――中学は兵庫県、高校は超名門の東京高校ですよね？</strong></p>
<p><span style="color: #800080;"><strong>山本</strong></span>　もともと東京出身で、中学の2年間を兵庫で過ごして、中3の時に関東に引っ越しました。兵庫時代の同級生に全国大会に出ているような選手がいたのですが、引っ越してからは「同じ舞台に立ちたい」「再会したい」という思いがあったんです。</p>
<p>夏休みにテレビでインターハイを見ていたら、東京高の先輩が男女100ｍで優勝していたんです。インターハイで優勝したり、総合優勝を目指したりするようなチームで、「ここなら強くなれる」と思いました。</p>
<div id="attachment_166994" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-166994" class="size-full wp-image-166994" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/FCK_0559.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/FCK_0559.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/FCK_0559-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/FCK_0559-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-166994" class="wp-caption-text">陸上部時代を振り返る山本アナウンサー</p></div>
<p><strong>――東京高校といえば、リオ五輪リレーメダリストのケンブリッジ飛鳥選手の母校でもあり、先日、走高跳で1m92を跳んだ髙橋渚選手なども在籍していました。同期にも強い選手がたくさんいましたね。</strong></p>
<p><span style="color: #800080;"><strong>山本</strong></span>　渚は同期です！　短距離にも強い選手がたくさんいて、インターハイ路線に登録できる3人（1校1種目）に入るのも厳しい状況でした。彼女たちを超えようと、練習でも動きを見て取り入れようと頑張っていたのですが、どうしても勝てなくて。</p>
<p>高2の時に種目を変更しようと決意して、800mに挑戦しました。最初は同級生と再会したいという思いでスタートした高校の陸上でしたが、やっぱり走っているうちにシンプルに“好き”だと感じていました。せっかく家族のサポートを得て強豪校に進んだので、何か結果を出して恩返しをしたいと思っていました。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 昨年10月にテレビ東京のアナウンサーとなった山本倖千恵さんは、実は高校時代に全国的な超強豪校の一員として活躍していました。800mで全国インターハイに進み、4×400mリレーでは全国3位になって銅メダルも獲得。「自分自身に向き合っていた」と語る陸上部時代の思い出を聞きました！</span></strong></p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-166991" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/81ed772df89bc3d492be24713431913c.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/81ed772df89bc3d492be24713431913c.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/81ed772df89bc3d492be24713431913c-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p><h2>中学で陸上部、強豪校に進学して続けた理由は…？</h2><p><strong>――実は高校時代に取材しているはずです！　インターハイでの活躍はもちろん、学校にも何度もおじゃましていますよ。</strong></p><p><span style="color: #800080;"><strong>山本</strong></span>　先輩や同世代にも強い選手がたくさんいたので、メディアの方もたくさんいらっしゃっていました。取材されている同期を見て羨ましいなって思っていました。</p><p><strong>――800ｍでインターハイ出場など、たくさん実績をお持ちなので、それは後でうかがうとして…いつから陸上を始めたのですか。</strong></p><p><span style="color: #800080;"><strong>山本</strong></span>　中1からです。絵を描くのが好きだったので美術部を志望していたのですが、陸上部に熱心に勧誘されて入部しました。練習見学の際に陸上部と卓球部、そして美術部に回ろうと思ったのですが、その日に見学できたのが陸上部だけでした。</p><p>小学校の時はスイミングやダブルダッチ、フリスビーなどをしていた経験もあって、運動は好きでした。でも、特別、足が速かったわけではありません。子どもながらに、中学の先輩が歓迎してくれたのがうれしかったんです。</p><p><strong>――中学はどんな雰囲気でしたか。</strong></p><p><span style="color: #800080;"><strong>山本</strong></span>　実は女子の部員がほとんどいなくて、リレーも組めない状況でした。個人種目で頑張るしかないって思って、100m、200mに取り組んでいました。</p><p><strong>――中学は兵庫県、高校は超名門の東京高校ですよね？</strong></p><p><span style="color: #800080;"><strong>山本</strong></span>　もともと東京出身で、中学の2年間を兵庫で過ごして、中3の時に関東に引っ越しました。兵庫時代の同級生に全国大会に出ているような選手がいたのですが、引っ越してからは「同じ舞台に立ちたい」「再会したい」という思いがあったんです。</p><p>夏休みにテレビでインターハイを見ていたら、東京高の先輩が男女100ｍで優勝していたんです。インターハイで優勝したり、総合優勝を目指したりするようなチームで、「ここなら強くなれる」と思いました。</p><div id="attachment_166994" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-166994" class="size-full wp-image-166994" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/FCK_0559.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/FCK_0559.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/FCK_0559-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/FCK_0559-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-166994" class="wp-caption-text">陸上部時代を振り返る山本アナウンサー</p></div><p><strong>――東京高校といえば、リオ五輪リレーメダリストのケンブリッジ飛鳥選手の母校でもあり、先日、走高跳で1m92を跳んだ髙橋渚選手なども在籍していました。同期にも強い選手がたくさんいましたね。</strong></p><p><span style="color: #800080;"><strong>山本</strong></span>　渚は同期です！　短距離にも強い選手がたくさんいて、インターハイ路線に登録できる3人（1校1種目）に入るのも厳しい状況でした。彼女たちを超えようと、練習でも動きを見て取り入れようと頑張っていたのですが、どうしても勝てなくて。</p><p>高2の時に種目を変更しようと決意して、800mに挑戦しました。最初は同級生と再会したいという思いでスタートした高校の陸上でしたが、やっぱり走っているうちにシンプルに“好き”だと感じていました。せっかく家族のサポートを得て強豪校に進んだので、何か結果を出して恩返しをしたいと思っていました。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>東京五輪代表・萩谷楓はなぜ突如姿を消したのか――再び走り出して気づいた「私、走るのが好きやな」引退、葛藤、現役復帰について激白</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/167151</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 20 Apr 2025 18:36:47 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[萩谷楓]]></category>
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		<gnf:modified>Sun, 20 Apr 2025 20:41:00 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sun, 20 Apr 2025 20:41:00 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>まさに“電撃”だった。今から2年前の2023年4月30日に萩谷楓のエディオン陸上競技部退部と引退が発表。その2年前に東京五輪に出場して5000mを15分04秒95の当時・自己新、前年にはオレゴン世界選手権にも出場していた。</p>
<p>長野東高時代からトラック・駅伝問わずに活躍。同世代の田中希実や廣中璃梨佳らとともに将来を担っていた一線級であり、伸び盛りの当時・22歳がなぜ――。</p>
<p>一度は走ることから遠ざかった萩谷が、昨年、再び走り出した。「マラソンで世界へ」。幼い頃からがむしゃらに走り続け、立ち止まって気づいた走ることの意味と楽しさ。引退した経緯や、トレイルランの挑戦、そして競技復帰に至る心の葛藤まで、ロングインタビューで赤裸々に語った。</p>
<p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p>
<p>萩谷が再び走り出した。そんな情報が入ったのは2024年だった。トラックでも、駅伝でも、マラソンでもなく、『トレイルラン』。主に山の中などさまざまな地形を走って競う競技だ。</p>
<p>「昨年まで関西で1人暮らしをしていました。以前からサポートしてくださっている方のお陰で、兵庫の三宮でジムトレーナーをしながら、ランニング教室もしながら練習していたんです。家の近くは山や川があって長野みたい。練習するには最適でした。今年に入って関東を拠点に活動しています」</p>
<p>久しぶりに聞いた、母親譲りの関西弁交じりの話しぶりが懐かしかった。率直に聞いた。なぜ、若きオリンピアンは突然、引退したのか。</p>
<p>「オレゴン世界選手権が終わってから、ブダペスト世界選手権やパリ五輪を考えた時に『無理かもしれない』と思ったんです。それだけの思いを持って練習ができていなかったんです。もちろん、簡単に決めたわけではありません。勇気が必要でした。もう一切、走るのを辞めようと決めました」</p>
<p>23年1月。奄美大島で合宿を積み、「割と走れる感じはあったんです」。ただ、エントリーしていた全国都道府県対抗女子駅伝の3日前に異変を感じた。「背中が痛いなと思ってレントゲンを撮ったら左の肺がつぶれている状態でした」。肺気胸だった。</p>
<p>ただ、病だけが引退の理由ではない。むしろ、肺気胸は最後の“ダメ押し”だっただけに過ぎない。それまでの数年間は、「もうずっと苦しかったんです」と振り返る。</p>
<p>「今、冷静に思うと東京オリンピックに出て、自己ベストも出せたのは、自分で褒めてあげたら良かったなって思います。でも、どうしても周囲を比べてしまう自分がいたんです。一緒に代表になった選手は決勝に残っているのに、なんで自分は予選落ちなんだろうって。自己ベストを出しても差が全然縮まらない」<br />
<div id="attachment_167150" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-167150" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC_1114.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-167150" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC_1114.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC_1114-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC_1114-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-167150" class="wp-caption-text">東京五輪5000mに出場した<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/37766" data-internallinksmanager029f6b8e52c="133" title="名鑑萩谷楓">萩谷楓</a></p></div>
萩谷は自身初の五輪に出場し、5000m予選で15分04秒95の自己新を出したが決勝に進めなかった。一方、同い年の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29551" data-internallinksmanager029f6b8e52c="131" title="名鑑廣中璃梨佳">廣中璃梨佳</a>（日本郵政グループ）が5000mで決勝に進んだ上に、14分52秒84の日本新（当時）の9位。さらに、10000mでも7位入賞を果たした。1学年上の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13145" data-internallinksmanager029f6b8e52c="132" title="名鑑田中希実">田中希実</a>（当時・豊田自動織機TC、現・New Balance）は5000mこそ予選敗退だったが、1500mで8位入賞の偉業を成し遂げた。</p>
<p>「これだけのレベルの選手が同世代にいたのは、本当にありがたかったし、だから成長してこられました。でも、いっつも2番手、3番手みたいなところがあって。自分がどれだけ順調で、完璧なレースをしても、前にはどちらか2人が必ずいました。今思えば、自分がどうだったかが一番大事なのに、当時はそう思えなかった。苦しかったですね」</p>
<p>2000年生まれ。長野県出身で、母も元長距離ランナーだったこともあり、幼い頃から「マラソンを走りたい」と思うのは自然なことだった。小学校から中学までバスケットボールに夢中だったが、高校からは陸上部に入ると決めていた。強豪・長野東高では玉城良二監督（現・日体大監督）のもとで成長。ケガに泣かされながらも、同級生の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/75772" data-internallinksmanager029f6b8e52c="139" title="名鑑小林成美">小林成美</a>（現・三井住友海上）とダブルエースとして活躍し、3年時にはインターハイ1500m5位、全国高校駅伝でも準優勝を果たしている。</p>
<p>将来を嘱望されたランナーの1人。小林が名城大に進んだ一方、萩谷は実業団を選んでエディオンへ。世界への近道だと感じたからだった。19年の日本選手権1500mで3位。翌年には5000mで当時日本歴代7位の15分05秒78を出し、21年に五輪代表にまで上りつめた。その後は14分台にも突入。1500mでも自己新を出すなど、誰が見ても順風満帆だったが、萩谷はずっとモヤモヤを抱えていたという。</p>
<p>「故障は高校時代から多かったので乗り越え方は知っていたのですが、どれだけ練習を継続できても結果がついてこない、ということの乗り越え方を知らなかったんです。元々、すごく負けず嫌い。高校時代から自分が“一番”になった記憶がないんです。それが原動力でもあったんですが、野性的に動いていたのが良いのか悪いのか…。その思考に限界が来たんですね」</p>
<p>東京五輪、そして翌年のオレゴン世界選手権に向けては「ポイント練習も含めて、しっかりできていたんです」。にもかかわらず、思うような結果が出ず「スタートラインに立って、走れないのがなんでっていう感じだったんです」。結果がすべてではないのは理性でわかっても、許せない自分がいた。それは、“オリンピアン”という肩書きの影響もあった。</p>
<p>調整や走りの確認で出た競技会や記録会でも「オリンピアン」と言われ、「日本代表としての走りをしないといけない。そんなたいそうな選手じゃないのに」。そんな葛藤が常にあった。<br />
<div id="attachment_167156" style="width: 543px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-167156" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/5630bd7d807f7c6ca79766b952550967.jpg?x10373" alt="" width="533" height="800" class="size-full wp-image-167156" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/5630bd7d807f7c6ca79766b952550967.jpg 533w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/5630bd7d807f7c6ca79766b952550967-200x300.jpg 200w" sizes="auto, (max-width: 533px) 100vw, 533px" /><p id="caption-attachment-167156" class="wp-caption-text">萩谷は22年オレゴン世界陸上にも出場したが…</p></div>
「東京オリンピックに出たことで、注目度も増して、周囲からの見え方や私への対応が変わったのを感じました。どうしても、外見だけでもきれいに見せようと思ってしまって、一番大事な土台の部分をおろそかにしていたかもしれません。例えば、ポイント練習の質も上がっているのに、外したくなくてジョグをちょっと落としてしまったり。私は高校時代からジョグで作っていくタイプだったのに。どれだけポイント練習を外さなくても、ジョグが適当だった。当時は『ポイント練習はできているのに、なんで？』と」</p>
<p>ただ、肺気胸になってすぐは「辞める選択肢は一切なかった」。治療に専念し、走ることはもちろん、重いモノを持つこともできず、塞ぎ込むしかなかった。</p>
<p>「定期的に診察に行って、治ったかなと思って走り出したらまた発症して、というのを2回くらい繰り返しました。部屋に閉じこもることが多くなって、周囲から見たら様子がおかしくなったと思います。食事がうまくとれなくなった時期もありました。でも、自分ではおかしいことに気づいてなかったんです」</p>
<p>幼い頃から誰かに相談することが苦手だった。それは母に対してもそうで、「一番走れている私を見てほしかった」。連絡が少ない時は不調なのだと母は気づいていただろう。チームメイトやライバル、同級生たちにも相談できないタイプ。「1人は寂しいくせに頼るのが好きじゃなくて」と今なら笑って言える。「だから、こうなりました」。心が壊れた。</p>
<p>「最後は監督に『辞めようか』と判断してもらった感じなんです。自分では選択できなかったからありがたかったです。やっぱり現状維持が一番楽だし、何より自分は走ることがすべてだった。それから離れることは怖かったです。何となく自分でもこのままじゃダメだというのはわかっていましたが、言われたらそうだよな…って」</p>
<p>3月に“ストップ”がかかり、4月に入って寮を出て実家に帰った。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>まさに“電撃”だった。今から2年前の2023年4月30日に萩谷楓のエディオン陸上競技部退部と引退が発表。その2年前に東京五輪に出場して5000mを15分04秒95の当時・自己新、前年にはオレゴン世界選手権にも出場していた。</p><p>長野東高時代からトラック・駅伝問わずに活躍。同世代の田中希実や廣中璃梨佳らとともに将来を担っていた一線級であり、伸び盛りの当時・22歳がなぜ――。</p><p>一度は走ることから遠ざかった萩谷が、昨年、再び走り出した。「マラソンで世界へ」。幼い頃からがむしゃらに走り続け、立ち止まって気づいた走ることの意味と楽しさ。引退した経緯や、トレイルランの挑戦、そして競技復帰に至る心の葛藤まで、ロングインタビューで赤裸々に語った。</p><p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p><p>萩谷が再び走り出した。そんな情報が入ったのは2024年だった。トラックでも、駅伝でも、マラソンでもなく、『トレイルラン』。主に山の中などさまざまな地形を走って競う競技だ。</p><p>「昨年まで関西で1人暮らしをしていました。以前からサポートしてくださっている方のお陰で、兵庫の三宮でジムトレーナーをしながら、ランニング教室もしながら練習していたんです。家の近くは山や川があって長野みたい。練習するには最適でした。今年に入って関東を拠点に活動しています」</p><p>久しぶりに聞いた、母親譲りの関西弁交じりの話しぶりが懐かしかった。率直に聞いた。なぜ、若きオリンピアンは突然、引退したのか。</p><p>「オレゴン世界選手権が終わってから、ブダペスト世界選手権やパリ五輪を考えた時に『無理かもしれない』と思ったんです。それだけの思いを持って練習ができていなかったんです。もちろん、簡単に決めたわけではありません。勇気が必要でした。もう一切、走るのを辞めようと決めました」</p><p>23年1月。奄美大島で合宿を積み、「割と走れる感じはあったんです」。ただ、エントリーしていた全国都道府県対抗女子駅伝の3日前に異変を感じた。「背中が痛いなと思ってレントゲンを撮ったら左の肺がつぶれている状態でした」。肺気胸だった。</p><p>ただ、病だけが引退の理由ではない。むしろ、肺気胸は最後の“ダメ押し”だっただけに過ぎない。それまでの数年間は、「もうずっと苦しかったんです」と振り返る。</p><p>「今、冷静に思うと東京オリンピックに出て、自己ベストも出せたのは、自分で褒めてあげたら良かったなって思います。でも、どうしても周囲を比べてしまう自分がいたんです。一緒に代表になった選手は決勝に残っているのに、なんで自分は予選落ちなんだろうって。自己ベストを出しても差が全然縮まらない」<br /><div id="attachment_167150" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-167150" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC_1114.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-167150" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC_1114.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC_1114-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC_1114-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-167150" class="wp-caption-text">東京五輪5000mに出場した<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/37766" data-internallinksmanager029f6b8e52c="133" title="名鑑萩谷楓">萩谷楓</a></p></div>萩谷は自身初の五輪に出場し、5000m予選で15分04秒95の自己新を出したが決勝に進めなかった。一方、同い年の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29551" data-internallinksmanager029f6b8e52c="131" title="名鑑廣中璃梨佳">廣中璃梨佳</a>（日本郵政グループ）が5000mで決勝に進んだ上に、14分52秒84の日本新（当時）の9位。さらに、10000mでも7位入賞を果たした。1学年上の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13145" data-internallinksmanager029f6b8e52c="132" title="名鑑田中希実">田中希実</a>（当時・豊田自動織機TC、現・New Balance）は5000mこそ予選敗退だったが、1500mで8位入賞の偉業を成し遂げた。</p><p>「これだけのレベルの選手が同世代にいたのは、本当にありがたかったし、だから成長してこられました。でも、いっつも2番手、3番手みたいなところがあって。自分がどれだけ順調で、完璧なレースをしても、前にはどちらか2人が必ずいました。今思えば、自分がどうだったかが一番大事なのに、当時はそう思えなかった。苦しかったですね」</p><p>2000年生まれ。長野県出身で、母も元長距離ランナーだったこともあり、幼い頃から「マラソンを走りたい」と思うのは自然なことだった。小学校から中学までバスケットボールに夢中だったが、高校からは陸上部に入ると決めていた。強豪・長野東高では玉城良二監督（現・日体大監督）のもとで成長。ケガに泣かされながらも、同級生の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/75772" data-internallinksmanager029f6b8e52c="139" title="名鑑小林成美">小林成美</a>（現・三井住友海上）とダブルエースとして活躍し、3年時にはインターハイ1500m5位、全国高校駅伝でも準優勝を果たしている。</p><p>将来を嘱望されたランナーの1人。小林が名城大に進んだ一方、萩谷は実業団を選んでエディオンへ。世界への近道だと感じたからだった。19年の日本選手権1500mで3位。翌年には5000mで当時日本歴代7位の15分05秒78を出し、21年に五輪代表にまで上りつめた。その後は14分台にも突入。1500mでも自己新を出すなど、誰が見ても順風満帆だったが、萩谷はずっとモヤモヤを抱えていたという。</p><p>「故障は高校時代から多かったので乗り越え方は知っていたのですが、どれだけ練習を継続できても結果がついてこない、ということの乗り越え方を知らなかったんです。元々、すごく負けず嫌い。高校時代から自分が“一番”になった記憶がないんです。それが原動力でもあったんですが、野性的に動いていたのが良いのか悪いのか…。その思考に限界が来たんですね」</p><p>東京五輪、そして翌年のオレゴン世界選手権に向けては「ポイント練習も含めて、しっかりできていたんです」。にもかかわらず、思うような結果が出ず「スタートラインに立って、走れないのがなんでっていう感じだったんです」。結果がすべてではないのは理性でわかっても、許せない自分がいた。それは、“オリンピアン”という肩書きの影響もあった。</p><p>調整や走りの確認で出た競技会や記録会でも「オリンピアン」と言われ、「日本代表としての走りをしないといけない。そんなたいそうな選手じゃないのに」。そんな葛藤が常にあった。<br /><div id="attachment_167156" style="width: 543px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-167156" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/5630bd7d807f7c6ca79766b952550967.jpg?x10373" alt="" width="533" height="800" class="size-full wp-image-167156" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/5630bd7d807f7c6ca79766b952550967.jpg 533w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/5630bd7d807f7c6ca79766b952550967-200x300.jpg 200w" sizes="auto, (max-width: 533px) 100vw, 533px" /><p id="caption-attachment-167156" class="wp-caption-text">萩谷は22年オレゴン世界陸上にも出場したが…</p></div>「東京オリンピックに出たことで、注目度も増して、周囲からの見え方や私への対応が変わったのを感じました。どうしても、外見だけでもきれいに見せようと思ってしまって、一番大事な土台の部分をおろそかにしていたかもしれません。例えば、ポイント練習の質も上がっているのに、外したくなくてジョグをちょっと落としてしまったり。私は高校時代からジョグで作っていくタイプだったのに。どれだけポイント練習を外さなくても、ジョグが適当だった。当時は『ポイント練習はできているのに、なんで？』と」</p><p>ただ、肺気胸になってすぐは「辞める選択肢は一切なかった」。治療に専念し、走ることはもちろん、重いモノを持つこともできず、塞ぎ込むしかなかった。</p><p>「定期的に診察に行って、治ったかなと思って走り出したらまた発症して、というのを2回くらい繰り返しました。部屋に閉じこもることが多くなって、周囲から見たら様子がおかしくなったと思います。食事がうまくとれなくなった時期もありました。でも、自分ではおかしいことに気づいてなかったんです」</p><p>幼い頃から誰かに相談することが苦手だった。それは母に対してもそうで、「一番走れている私を見てほしかった」。連絡が少ない時は不調なのだと母は気づいていただろう。チームメイトやライバル、同級生たちにも相談できないタイプ。「1人は寂しいくせに頼るのが好きじゃなくて」と今なら笑って言える。「だから、こうなりました」。心が壊れた。</p><p>「最後は監督に『辞めようか』と判断してもらった感じなんです。自分では選択できなかったからありがたかったです。やっぱり現状維持が一番楽だし、何より自分は走ることがすべてだった。それから離れることは怖かったです。何となく自分でもこのままじゃダメだというのはわかっていましたが、言われたらそうだよな…って」</p><p>3月に“ストップ”がかかり、4月に入って寮を出て実家に帰った。</p>]]></content:encoded>


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		<title>100mH福部真子「引退しないといけないのかな…」菊池病の公表に葛藤も「あとで後悔したくない」元気な姿アピール</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/164864</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 25 Mar 2025 20:10:53 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[福部真子]]></category>
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		<gnf:modified>Mon, 20 Apr 2026 01:16:03 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 20 Apr 2026 01:16:03 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>女子100ｍハードル日本記録保持者の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/75042" data-internallinksmanager029f6b8e52c="143" title="名鑑福部真子">福部真子</a>（日本建設工業）がインタビューに応じ、昨年末に公表した「菊池病」と発覚した時の状況や、今の調子、復帰に向けた思いを聞いた。</p>
<p>「元気です！見てもらった通り！」。オンラインで画面越しに見た福部はいつもの笑顔だった。</p>
<p>パリ五輪にも出場した福部が、昨年12月3日にSNSで綴った長文。「11月19日に菊池病（組織球性壊死性リンパ節炎）と診断されました」。菊池病は発熱と頸部（首）のリンパ節腫脹という、良性なリンパ節炎とされ、東洋人、特に20～30代の女性に多く見られるという。原因不明の病気で、現代医学でも確立された治療法はない。1ヵ月から1年で自然軽快するとされるが、対症療法で経過を見るしかないという。</p>
<p>「10月中旬、朝起きたら首の辺りが激痛で、首を動かすのも痛かったんです。でも、最初は熱もなかったし、筋肉痛くらいかな、と普通に過ごしていたんです。その後は週1回ほど発熱を繰り返していたのですが、1日で熱は下がるし、だんだん痛みも引きました。新型コロナウイルスでもインフルエンザでもなかったです」</p>
<p>ただ、11月上旬にまた体調が悪化。再び39度の高熱が出たことで血液検査をしたが、最初は「異常なし」と診断。それでも熱が続き、もう一度血液検査をし、「菊池病の疑いがある」と精密検査した結果、11月19日に正式に菊池病と診断された。</p>
<p>「解熱剤を使えば下がるのですが、6時間くらいは空けないといけないじゃないですか。24時間のうち3時間は元気なんです。でも寒気が1時間半くらい続いて、暖房をつけて、毛布もかぶって、お腹と背中にカイロを貼っても寒気が収まらなかった。寒気が収まったらさらに熱が上がって、そこでようやく解熱剤です」</p>
<p>福部の言葉を借りれば、「地獄の日々」だと振り返る。<br />
<div id="attachment_164868" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-164868" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FU4_0114.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-164868" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FU4_0114.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FU4_0114-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FU4_0114-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-164868" class="wp-caption-text">12秒69の日本記録を持つ福部真子</p></div>
日本選手権の準決勝で参加標準記録を突破し、2年ぶりに優勝したことでパリ五輪に内定した。2021年に地元に帰り、引退を翻意してからずっと目指してきた舞台。23年ブダペスト世界選手権には、日本でただ1人参加標準記録を突破しながら日本選手権で4位となって出場できなかったこともあり、パリ五輪に立てたのは感慨深かった。</p>
<p>しかも、大会前には12秒69まで日本記録を更新して臨んだ。にもかかわらず、世界の壁に跳ね返された。「これ以上、何をすればいいのか」とショックを受けた。それでも、帰国後は陸上競技の“原点”に立ち返り、「アジア記録の12秒44」だけを目指して再スタート。気持ちを新たに、意気揚々と冬季練習に突入したばかりの出来事だった。</p>
<p>「やる気に満ちあふれていたんです。シーズン最終戦も調子が上がらず12秒81だったので、アベレージも上がって、身体の状態も悪くなかった。だから、マジか…って。3週間前にはあんなに動けて元気だったのに。引退しないといけないのかなっていうのは思いました。選手である以前に、1人の人間。競技なんてしている場合じゃないかもって」</p>
<p>救われたのは、同じ病気の人の体験談だった。「何がなんやらわからなかったのですが、Instagramで出てきた菊池病の体験談を見ると、徐々に良くなってくるという声が多かったんです」。ドーピング検査のための治療目的の申請をしてステロイドを服用。ようやく熱も収まった。</p>
<p>福部はこれまで、ケガや不調があっても、それを公言することはなかった。弱い部分をさらけ出すことはしない。ずっとそうやって戦ってきた。それでも、病のことを公表した。</p>
<p>「アスリートとしての葛藤はありました。でも、自分も体験談に救われましたし、やっぱり同じ病気になった人の助けになれば、と思ったんです。菊池病は診断されにくい病気。私は疑いを持ってくれて、精密検査までしてもらえたのでラッキーでした。同じ症状なのに診断してもらえないという声もあったので、公表したことで病気のことが認知されればと思いました」</p>
<p>その反響は大きく、特に子供が菊池病を患ったという保護者から多くのメッセージが届いた。「子供が福部さんも頑張っているから、今日も学校に行ってくると言っていました」という声が届いた時には「泣きそうになりました」と照れ笑いを浮かべた。<br />
<div id="attachment_164866" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-164866" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/MAA1220.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-164866" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/MAA1220.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/MAA1220-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/MAA1220-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-164866" class="wp-caption-text">パリ五輪では準決勝に駒を進めている福部</p></div>
ステロイドを服用し3日が立って熱が安定してからはすぐに練習を再開。「早くみんなと練習したい」。ただ、そこからも苦闘の連続。「動ける喜びよりも、自分の身体じゃないみたいに、動けない現実のほうが大きかった」と言う。</p>
<p>「生きてきて2週間もベッド生活をしたことがなかった。前と同じように動けない現実を受け入れる作業からでした。体重が3kg減で済んだのは良かったほう。5分くらいしたら息切れするし、鉄棒を握るのも必死でした」</p>
<p>しばらくは高熱の後遺症とも言える関節痛や、手のしびれやめまいも残り、「地に足がついていない、ふわふわした感じ」だった。再開から1ヵ月ほど経った12月中旬くらいにようやく「目がぱきっとしはじめました」。ただ、一番怖いのが再び熱が出ること。「完治、というのはないみたいです。死ぬまで発症しなければいいな、という感じです」。再発する条件が明確ではないが、「熱が出ないように頑張り過ぎないようにコントロールしています。ハードな練習や月経前の高体温期になると微熱が出るので、うまく休むようにしています」。</p>
<p>筋力の回復は早かった。ただ、そのぶん、「膝や腰がついてこない」。ただ、尾﨑雄祐コーチが言うように「やらないと戻らない」。最近はようやく身体とうまく付き合えるようになった。練習はやりたい量の「半分以下」だが、「走りの感覚も悪くないし、タイムも例年の冬季より良い」。ここまで培ってきた土台がある。</p>
<p>「1回目は頑張ろうかなって思ったんです。もし、また再発して積み上げたものがゼロになったら、頑張れないかもしれない。もう厳しいな、と思ったら、その時は潔く辞めると思う。でも、潔く辞めるためにも、頑張れる時に頑張っておきたい。あとで後悔したくないなって」</p>
<p>焦らずに4月29日、地元・広島での織田記念に「間に合えばいいな」。もちろん、東京世界選手権も頭の中にちゃんとある。ただ、「そこだけを目指すとしんどくなる」と、ちょっとだけベールを掛けておく。</p>
<p>「もし再発したら、その時はその時。わからないから1年単位で考えています。やっぱり陸上が好きなんだと思います。じゃないと続けていないだろうし。シンプルに足が速くなりたい」</p>
<p><span style="font-size: 8pt;">文／向永拓史</span><br />
<img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FN1_1225.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="alignnone size-full wp-image-164867" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FN1_1225.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FN1_1225-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FN1_1225-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>女子100ｍハードル日本記録保持者の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/75042" data-internallinksmanager029f6b8e52c="143" title="名鑑福部真子">福部真子</a>（日本建設工業）がインタビューに応じ、昨年末に公表した「菊池病」と発覚した時の状況や、今の調子、復帰に向けた思いを聞いた。</p><p>「元気です！見てもらった通り！」。オンラインで画面越しに見た福部はいつもの笑顔だった。</p><p>パリ五輪にも出場した福部が、昨年12月3日にSNSで綴った長文。「11月19日に菊池病（組織球性壊死性リンパ節炎）と診断されました」。菊池病は発熱と頸部（首）のリンパ節腫脹という、良性なリンパ節炎とされ、東洋人、特に20～30代の女性に多く見られるという。原因不明の病気で、現代医学でも確立された治療法はない。1ヵ月から1年で自然軽快するとされるが、対症療法で経過を見るしかないという。</p><p>「10月中旬、朝起きたら首の辺りが激痛で、首を動かすのも痛かったんです。でも、最初は熱もなかったし、筋肉痛くらいかな、と普通に過ごしていたんです。その後は週1回ほど発熱を繰り返していたのですが、1日で熱は下がるし、だんだん痛みも引きました。新型コロナウイルスでもインフルエンザでもなかったです」</p><p>ただ、11月上旬にまた体調が悪化。再び39度の高熱が出たことで血液検査をしたが、最初は「異常なし」と診断。それでも熱が続き、もう一度血液検査をし、「菊池病の疑いがある」と精密検査した結果、11月19日に正式に菊池病と診断された。</p><p>「解熱剤を使えば下がるのですが、6時間くらいは空けないといけないじゃないですか。24時間のうち3時間は元気なんです。でも寒気が1時間半くらい続いて、暖房をつけて、毛布もかぶって、お腹と背中にカイロを貼っても寒気が収まらなかった。寒気が収まったらさらに熱が上がって、そこでようやく解熱剤です」</p><p>福部の言葉を借りれば、「地獄の日々」だと振り返る。<br /><div id="attachment_164868" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-164868" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FU4_0114.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-164868" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FU4_0114.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FU4_0114-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FU4_0114-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-164868" class="wp-caption-text">12秒69の日本記録を持つ福部真子</p></div>日本選手権の準決勝で参加標準記録を突破し、2年ぶりに優勝したことでパリ五輪に内定した。2021年に地元に帰り、引退を翻意してからずっと目指してきた舞台。23年ブダペスト世界選手権には、日本でただ1人参加標準記録を突破しながら日本選手権で4位となって出場できなかったこともあり、パリ五輪に立てたのは感慨深かった。</p><p>しかも、大会前には12秒69まで日本記録を更新して臨んだ。にもかかわらず、世界の壁に跳ね返された。「これ以上、何をすればいいのか」とショックを受けた。それでも、帰国後は陸上競技の“原点”に立ち返り、「アジア記録の12秒44」だけを目指して再スタート。気持ちを新たに、意気揚々と冬季練習に突入したばかりの出来事だった。</p><p>「やる気に満ちあふれていたんです。シーズン最終戦も調子が上がらず12秒81だったので、アベレージも上がって、身体の状態も悪くなかった。だから、マジか…って。3週間前にはあんなに動けて元気だったのに。引退しないといけないのかなっていうのは思いました。選手である以前に、1人の人間。競技なんてしている場合じゃないかもって」</p><p>救われたのは、同じ病気の人の体験談だった。「何がなんやらわからなかったのですが、Instagramで出てきた菊池病の体験談を見ると、徐々に良くなってくるという声が多かったんです」。ドーピング検査のための治療目的の申請をしてステロイドを服用。ようやく熱も収まった。</p><p>福部はこれまで、ケガや不調があっても、それを公言することはなかった。弱い部分をさらけ出すことはしない。ずっとそうやって戦ってきた。それでも、病のことを公表した。</p><p>「アスリートとしての葛藤はありました。でも、自分も体験談に救われましたし、やっぱり同じ病気になった人の助けになれば、と思ったんです。菊池病は診断されにくい病気。私は疑いを持ってくれて、精密検査までしてもらえたのでラッキーでした。同じ症状なのに診断してもらえないという声もあったので、公表したことで病気のことが認知されればと思いました」</p><p>その反響は大きく、特に子供が菊池病を患ったという保護者から多くのメッセージが届いた。「子供が福部さんも頑張っているから、今日も学校に行ってくると言っていました」という声が届いた時には「泣きそうになりました」と照れ笑いを浮かべた。<br /><div id="attachment_164866" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-164866" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/MAA1220.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-164866" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/MAA1220.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/MAA1220-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/MAA1220-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-164866" class="wp-caption-text">パリ五輪では準決勝に駒を進めている福部</p></div>ステロイドを服用し3日が立って熱が安定してからはすぐに練習を再開。「早くみんなと練習したい」。ただ、そこからも苦闘の連続。「動ける喜びよりも、自分の身体じゃないみたいに、動けない現実のほうが大きかった」と言う。</p><p>「生きてきて2週間もベッド生活をしたことがなかった。前と同じように動けない現実を受け入れる作業からでした。体重が3kg減で済んだのは良かったほう。5分くらいしたら息切れするし、鉄棒を握るのも必死でした」</p><p>しばらくは高熱の後遺症とも言える関節痛や、手のしびれやめまいも残り、「地に足がついていない、ふわふわした感じ」だった。再開から1ヵ月ほど経った12月中旬くらいにようやく「目がぱきっとしはじめました」。ただ、一番怖いのが再び熱が出ること。「完治、というのはないみたいです。死ぬまで発症しなければいいな、という感じです」。再発する条件が明確ではないが、「熱が出ないように頑張り過ぎないようにコントロールしています。ハードな練習や月経前の高体温期になると微熱が出るので、うまく休むようにしています」。</p><p>筋力の回復は早かった。ただ、そのぶん、「膝や腰がついてこない」。ただ、尾﨑雄祐コーチが言うように「やらないと戻らない」。最近はようやく身体とうまく付き合えるようになった。練習はやりたい量の「半分以下」だが、「走りの感覚も悪くないし、タイムも例年の冬季より良い」。ここまで培ってきた土台がある。</p><p>「1回目は頑張ろうかなって思ったんです。もし、また再発して積み上げたものがゼロになったら、頑張れないかもしれない。もう厳しいな、と思ったら、その時は潔く辞めると思う。でも、潔く辞めるためにも、頑張れる時に頑張っておきたい。あとで後悔したくないなって」</p><p>焦らずに4月29日、地元・広島での織田記念に「間に合えばいいな」。もちろん、東京世界選手権も頭の中にちゃんとある。ただ、「そこだけを目指すとしんどくなる」と、ちょっとだけベールを掛けておく。</p><p>「もし再発したら、その時はその時。わからないから1年単位で考えています。やっぱり陸上が好きなんだと思います。じゃないと続けていないだろうし。シンプルに足が速くなりたい」</p><p><span style="font-size: 8pt;">文／向永拓史</span><br /><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FN1_1225.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="alignnone size-full wp-image-164867" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FN1_1225.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FN1_1225-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/FN1_1225-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【“陸女”インタビュー】「仮面ライダー」出演の坂巻有紗さん「目標を持って頑張っていれば自分のためになる！」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/159278</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 12 Jan 2025 18:00:39 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
		<category><![CDATA[坂巻有紗]]></category>
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		<gnf:modified>Fri, 18 Apr 2025 16:28:18 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 18 Apr 2025 16:28:18 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong><br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-159279" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/1e237e7f60c7a1645ff1db3d0ab7f5b4.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/1e237e7f60c7a1645ff1db3d0ab7f5b4.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/1e237e7f60c7a1645ff1db3d0ab7f5b4-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /><br />
<strong><span style="font-size: 10pt;"> 『仮面ライダーガッチャード』のラケシス役で一躍注目を集めた坂巻有紗さん。演技だけでなく、写真集の発売、モデルとしての活動、さらには歌手デビューを果たすなど、勢いに乗っている。「精神的にも体力的にも、今につながっています」と語る陸上部時代の思い出を聞きました！</span></strong></p>
<h2>強肩を見出されつけられた異名が「所沢の強肩」</h2>
<p><strong>――中学時代に陸上をされていたそうですね！</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　ガッツリ3年間やっていました。砲丸投をした時は『所沢の強肩』『所沢の星』と言われていたんです！</p>
<p><strong>――すごい肩書きですね！ 幼い頃から運動をされていたのですか。</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　身体を動かすのは好きでした。習い事はピアノや塾だったのですが、自然がたっぷりの所沢育ちなので、休日には父とサイクリングに行くなどしていました。元気はつらつで、トンボやザリガニを捕まえたり、野原を駆け回ったりしていましたね。両親に「日焼け止めを塗りなさい！」とよく怒られたのですが、ベタベタ感が苦手で…。お陰で日焼けし放題でした。</p>
<div id="attachment_159287" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-159287" class="size-full wp-image-159287" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/FY1_0073.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/FY1_0073.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/FY1_0073-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/FY1_0073-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-159287" class="wp-caption-text">陸上部時代を振り返る坂巻有紗さん</p></div>
<p><strong>――運動神経は？</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　足は速いほうで、運動会のリレーの選手にもなっていました。球技も含めて、運動は何でも好きでした。</p>
<p><strong>――陸上に触れたきかっけを教えてください。</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　小学校5、6年生の時に、早大の陸上競技場で大会があるからリレーに出よう、となったのがきっかけでした。初めてトラック（オールウェザー）で走って「こんなに走りやすいんだ！　楽しい！」って思ったのを覚えています。それに、バトンをつなぐ感動も味わいました。それで、中学でも陸上部に入ったんです。</p>
<p><strong>――中学の陸上部はどんな雰囲気でしたか。</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　強豪というわけではなくて、明るい雰囲気でした。先生も怖くなかったです。同級生は女子7人くらいだったのですが、1つ上は十数人、1つ下の後輩も20人くらいいたと思います。</p>
<p><strong>――最初から「強肩」を生かしていたのでしょうか。</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　最初は短距離をやっていてたのですが、1つ上の先輩から「ジャンプ力があるから走幅跳をやってみたら？」と勧められました。ロイター板を使って跳んでみたら、その時の浮遊感がすごくて、のめり込みました。記録は５ｍくらいだったと思います。</p>
<p><strong>――そこからどうして砲丸投に…？</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　走幅跳の砂場と砲丸投の練習場所が近くだったのですが、休憩中にちょっと興味が湧いて投げてみたんです。そうしたら結構、飛んでしまって…。先生から所沢市の大会に出てみようって言われました。</p>
<p>砲丸投で初めて出た大会で、他校の投てき専門の先生から「この子はポテンシャルがすごい」「才能がある」と言ってくれて、合同練習会に呼んでくださったんです。瞬発力や、身体の捻りが良かったみたいです。グライド投法など、イチから教えてくださいました。</p>
<p>2年生の時に一度だけ砲丸投で県の新人大会に出場したのですが、砲丸投専門の選手ばかりで、すごく肩身が狭かったです。</p>
<p>私はやっぱり走幅跳がやりたかったので、試合に出たのはそれだけです。走幅跳と同時に出るのは体力的にも、集中力的にもきつかったので、一つに絞りました。</p>
<p><strong>――そのままいっていれば、『所沢の強肩』の名をほしいままにしていたかもしれませんね！　走幅跳の魅力は？</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　助走して踏み切った時に、良い跳躍ができたかどうかすぐにわかるんです。景色や滞空時間も違います。先輩のまねをして、跳び方を反り跳びから脚を回すスタイルに変えると記録が伸びて。本当に好きでした。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong><br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-159279" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/1e237e7f60c7a1645ff1db3d0ab7f5b4.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/1e237e7f60c7a1645ff1db3d0ab7f5b4.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/1e237e7f60c7a1645ff1db3d0ab7f5b4-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /><br /><strong><span style="font-size: 10pt;"> 『仮面ライダーガッチャード』のラケシス役で一躍注目を集めた坂巻有紗さん。演技だけでなく、写真集の発売、モデルとしての活動、さらには歌手デビューを果たすなど、勢いに乗っている。「精神的にも体力的にも、今につながっています」と語る陸上部時代の思い出を聞きました！</span></strong></p><h2>強肩を見出されつけられた異名が「所沢の強肩」</h2><p><strong>――中学時代に陸上をされていたそうですね！</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　ガッツリ3年間やっていました。砲丸投をした時は『所沢の強肩』『所沢の星』と言われていたんです！</p><p><strong>――すごい肩書きですね！ 幼い頃から運動をされていたのですか。</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　身体を動かすのは好きでした。習い事はピアノや塾だったのですが、自然がたっぷりの所沢育ちなので、休日には父とサイクリングに行くなどしていました。元気はつらつで、トンボやザリガニを捕まえたり、野原を駆け回ったりしていましたね。両親に「日焼け止めを塗りなさい！」とよく怒られたのですが、ベタベタ感が苦手で…。お陰で日焼けし放題でした。</p><div id="attachment_159287" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-159287" class="size-full wp-image-159287" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/FY1_0073.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/FY1_0073.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/FY1_0073-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/FY1_0073-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-159287" class="wp-caption-text">陸上部時代を振り返る坂巻有紗さん</p></div><p><strong>――運動神経は？</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　足は速いほうで、運動会のリレーの選手にもなっていました。球技も含めて、運動は何でも好きでした。</p><p><strong>――陸上に触れたきかっけを教えてください。</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　小学校5、6年生の時に、早大の陸上競技場で大会があるからリレーに出よう、となったのがきっかけでした。初めてトラック（オールウェザー）で走って「こんなに走りやすいんだ！　楽しい！」って思ったのを覚えています。それに、バトンをつなぐ感動も味わいました。それで、中学でも陸上部に入ったんです。</p><p><strong>――中学の陸上部はどんな雰囲気でしたか。</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　強豪というわけではなくて、明るい雰囲気でした。先生も怖くなかったです。同級生は女子7人くらいだったのですが、1つ上は十数人、1つ下の後輩も20人くらいいたと思います。</p><p><strong>――最初から「強肩」を生かしていたのでしょうか。</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　最初は短距離をやっていてたのですが、1つ上の先輩から「ジャンプ力があるから走幅跳をやってみたら？」と勧められました。ロイター板を使って跳んでみたら、その時の浮遊感がすごくて、のめり込みました。記録は５ｍくらいだったと思います。</p><p><strong>――そこからどうして砲丸投に…？</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　走幅跳の砂場と砲丸投の練習場所が近くだったのですが、休憩中にちょっと興味が湧いて投げてみたんです。そうしたら結構、飛んでしまって…。先生から所沢市の大会に出てみようって言われました。</p><p>砲丸投で初めて出た大会で、他校の投てき専門の先生から「この子はポテンシャルがすごい」「才能がある」と言ってくれて、合同練習会に呼んでくださったんです。瞬発力や、身体の捻りが良かったみたいです。グライド投法など、イチから教えてくださいました。</p><p>2年生の時に一度だけ砲丸投で県の新人大会に出場したのですが、砲丸投専門の選手ばかりで、すごく肩身が狭かったです。</p><p>私はやっぱり走幅跳がやりたかったので、試合に出たのはそれだけです。走幅跳と同時に出るのは体力的にも、集中力的にもきつかったので、一つに絞りました。</p><p><strong>――そのままいっていれば、『所沢の強肩』の名をほしいままにしていたかもしれませんね！　走幅跳の魅力は？</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>坂巻</strong></span>　助走して踏み切った時に、良い跳躍ができたかどうかすぐにわかるんです。景色や滞空時間も違います。先輩のまねをして、跳び方を反り跳びから脚を回すスタイルに変えると記録が伸びて。本当に好きでした。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【“陸女”インタビュー】『僕が見たかった青空』山口結杏さん「粘り強さは陸上をやっていたから！」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/150671</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 02 Nov 2024 18:00:23 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
		<category><![CDATA[山口結杏]]></category>
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		<gnf:modified>Mon, 20 Apr 2026 00:28:17 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 20 Apr 2026 00:28:17 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 乃木坂46公式ライバル「僕が見たかった青空」（僕青）のメンバー・山口結杏さんは、中学時代に陸上部で走高跳が専門だったとか。「精神的にも体力的にも、今につながっています」と語る陸上部時代の思い出を聞きました！</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-150674" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/yamaguchibana.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/yamaguchibana.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/yamaguchibana-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p>
<h2>スタートは幼なじみの“ケイドロメンバー”</h2>
<p><strong>――今日はよろしくお願いします！ 山口さんは陸上部だったとのことですが、小さい時からスポーツをされていたんですか？</strong></p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>山口</strong></span>　運動系の習い事はしていなかったのですが、小学校の時から活発でした。いつも集まる幼なじみ十数人と、毎日公園で“ケイドロ”をしていました。休日は約束しなくても朝9時に集まって、お昼ご飯を食べてからまた集まって…。飽きることなく、6年生になるまでずっと続きました（笑）</p>
<p><strong>――上級生になっても！　それだけ走っていたら、持久走も得意でしたか。</strong></p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>山口</strong></span>　毎年、冬のマラソン大会で河川敷を10km走るのですが、結構得意でした。母は運動神経こそ良くないのですが、持久走だけは得意だったみたいで受け継いだのかなと思います。</p>
<div id="attachment_150678" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-150678" class="size-full wp-image-150678" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/dbb6598dd722fdcb6166e1d1fcc32ae1.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/dbb6598dd722fdcb6166e1d1fcc32ae1.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/dbb6598dd722fdcb6166e1d1fcc32ae1-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/dbb6598dd722fdcb6166e1d1fcc32ae1-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-150678" class="wp-caption-text">中学時代に陸上部に所属していた山口結杏さん</p></div>
<p><strong>――そこからどうして陸上部に？</strong></p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>山口</strong></span>　高学年になったらクラブ活動が始まったのですが、そこでもケイドロメンバーで「運動部」に入りました。その流れでケイドロメンバーの女子は全員が中学から陸上部に入ったんです。私も走るのも身体を動かすのも大好きだったので陸上部を選びました。2年生から兄がやっていた吹奏楽への興味が強くなって吹奏楽部に入ったので1年だけなのですが楽しかったです。今もケイドロメンバーも含めて、陸上部の同級生とも仲良しです。</p>
<p><strong>――ご出身の兵庫は“陸上どころ”ですよね。最初は仮入部だったと思いますが、どんな雰囲気でしたか。</strong></p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>山口</strong></span>　地元にも強い中学校があったので、厳しいのかな…と心配していたのですが、行ってみるとすごく楽しかったです！　先輩たちもすごく優しくて安心しました。</p>
<p><strong>――顧問の先生は…？</strong></p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>山口</strong></span>　長身でサングラスを掛けていて、肌もしっかり日焼けされていて…。</p>
<p><strong>――ザ・先生って感じですね。怖かった!?</strong></p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>山口</strong></span>　でも、話したらすごく優しかったんです（笑）。悩まずに陸上部に入りました！</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 乃木坂46公式ライバル「僕が見たかった青空」（僕青）のメンバー・山口結杏さんは、中学時代に陸上部で走高跳が専門だったとか。「精神的にも体力的にも、今につながっています」と語る陸上部時代の思い出を聞きました！</span></strong></p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-150674" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/yamaguchibana.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/yamaguchibana.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/yamaguchibana-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p><h2>スタートは幼なじみの“ケイドロメンバー”</h2><p><strong>――今日はよろしくお願いします！ 山口さんは陸上部だったとのことですが、小さい時からスポーツをされていたんですか？</strong></p><p><span style="color: #3366ff;"><strong>山口</strong></span>　運動系の習い事はしていなかったのですが、小学校の時から活発でした。いつも集まる幼なじみ十数人と、毎日公園で“ケイドロ”をしていました。休日は約束しなくても朝9時に集まって、お昼ご飯を食べてからまた集まって…。飽きることなく、6年生になるまでずっと続きました（笑）</p><p><strong>――上級生になっても！　それだけ走っていたら、持久走も得意でしたか。</strong></p><p><span style="color: #3366ff;"><strong>山口</strong></span>　毎年、冬のマラソン大会で河川敷を10km走るのですが、結構得意でした。母は運動神経こそ良くないのですが、持久走だけは得意だったみたいで受け継いだのかなと思います。</p><div id="attachment_150678" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-150678" class="size-full wp-image-150678" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/dbb6598dd722fdcb6166e1d1fcc32ae1.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/dbb6598dd722fdcb6166e1d1fcc32ae1.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/dbb6598dd722fdcb6166e1d1fcc32ae1-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/dbb6598dd722fdcb6166e1d1fcc32ae1-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-150678" class="wp-caption-text">中学時代に陸上部に所属していた山口結杏さん</p></div><p><strong>――そこからどうして陸上部に？</strong></p><p><span style="color: #3366ff;"><strong>山口</strong></span>　高学年になったらクラブ活動が始まったのですが、そこでもケイドロメンバーで「運動部」に入りました。その流れでケイドロメンバーの女子は全員が中学から陸上部に入ったんです。私も走るのも身体を動かすのも大好きだったので陸上部を選びました。2年生から兄がやっていた吹奏楽への興味が強くなって吹奏楽部に入ったので1年だけなのですが楽しかったです。今もケイドロメンバーも含めて、陸上部の同級生とも仲良しです。</p><p><strong>――ご出身の兵庫は“陸上どころ”ですよね。最初は仮入部だったと思いますが、どんな雰囲気でしたか。</strong></p><p><span style="color: #3366ff;"><strong>山口</strong></span>　地元にも強い中学校があったので、厳しいのかな…と心配していたのですが、行ってみるとすごく楽しかったです！　先輩たちもすごく優しくて安心しました。</p><p><strong>――顧問の先生は…？</strong></p><p><span style="color: #3366ff;"><strong>山口</strong></span>　長身でサングラスを掛けていて、肌もしっかり日焼けされていて…。</p><p><strong>――ザ・先生って感じですね。怖かった!?</strong></p><p><span style="color: #3366ff;"><strong>山口</strong></span>　でも、話したらすごく優しかったんです（笑）。悩まずに陸上部に入りました！</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>パリ五輪マラソン6位の鈴木優花インタビュー 4年後のロスを見据えつつ「日本新記録も狙っていきたい」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/148332</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 04 Oct 2024 18:00:15 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[鈴木優花]]></category>
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		<gnf:modified>Fri, 04 Oct 2024 18:03:29 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 04 Oct 2024 18:03:29 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>パリ五輪女子マラソンで6位に入賞した<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/131738" data-internallinksmanager029f6b8e52c="241" title="名鑑鈴木優花">鈴木優花</a>（第一生命グループ）が9月25日に報道陣の合同インタビューに出席し、レースの振り返りや今後の目標などを語った。</p>
<p>「すごく難しいコースではあったのですが、そこに挑戦することもなかなかできません。出場できてとても楽しかったです」。自己ベストの2時間24分02秒を叩き出した初の大舞台をそう振り返る。</p>
<p>レースでは15km手前の長い上り坂でトップ集団に追いつき、終盤までメダル争いが見えるレースを繰り広げた。「（メダルは）取りたいという思いはありました。経歴のある選手がたくさんいる中で、ラスト勝負になったら分からない。最後の最後までどうにか前に追いつきたいという気持ちがありました」。</p>
<p>35km以降は単独走の時間も長くなり、「少し身体が動かなくなってきて、一番しんどさがありました」と言いつつも、「ここまで集団に食らいついてきたのだから、最後は自分のリズムで精一杯力を出し切ろうとやる気に満ちあふれていました」と自らを奮い立たせていた。</p>
<p>6位のフィニッシュ後は、3種目でメダルを獲得したシファン・ハッサン（オランダ）と記念撮影。「私が先に声をかけさせてもらって、『一緒に写真撮影をしてもいいですか』と簡単な英語でお願いしたら、『いいわよ』と快く引き受けてくださり実現しました」。ハッサンから「あなたは何番だったの」と聞かれ、鈴木が自分の順位を答えると、ハッサンから「良くやったわね」とねぎらわれたという。</p>
<p>「世界選手権やオリンピックでのハッサン選手の走りを見て、タフさやレースを心から楽しんでいる姿にとてもあこがれていました」と鈴木。短時間での簡単なやり取りのみだったが、「とっても幸せな時間でした」と笑顔で振り返った。</p>
<p>レース当日はナイキの「アルファフライ 3」を選択。普段の練習でもレースペースで走る際に履いており、「練習の段階から履きこなせると感じていました」と話す。「足元はランナーの一番光るところ。ナイキのシューズはデザインがスタイリッシュでかっこ良くて、『履いて試合に出るぞ』とやる気にさせてもらえる存在です」と言い切る。</p>
<p>大東大時代に厚底シューズに対応するため、「足を置くようにして、接地した瞬間にしっかり出力を出して反発を利用し、伸びやかに走る」フォームに変えた。「そこから厚底にはまり始めて、マラソンに生かすことができています」と分析する。</p>
<p>今後については山下佐知子コーチと相談しながら進めていくとした上で、「スピードがまだ自分には足りていません。そこを突き詰めたら、ペースにも余裕が生まれて、マラソンにつながっていくと思います」と強調。今後の目標についてもまだ正確には定めていないが、「一番大きな目標としては、4年後のロサンゼルス五輪です。今度は日本新記録も狙っていきたい。どんどん自分をアップデートして、大会やタイムに挑戦していきたいです」と展望を語った。</p>
<p><span style="font-size: 8pt;">構成／片井雅也</span></p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>パリ五輪女子マラソンで6位に入賞した<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/131738" data-internallinksmanager029f6b8e52c="241" title="名鑑鈴木優花">鈴木優花</a>（第一生命グループ）が9月25日に報道陣の合同インタビューに出席し、レースの振り返りや今後の目標などを語った。</p><p>「すごく難しいコースではあったのですが、そこに挑戦することもなかなかできません。出場できてとても楽しかったです」。自己ベストの2時間24分02秒を叩き出した初の大舞台をそう振り返る。</p><p>レースでは15km手前の長い上り坂でトップ集団に追いつき、終盤までメダル争いが見えるレースを繰り広げた。「（メダルは）取りたいという思いはありました。経歴のある選手がたくさんいる中で、ラスト勝負になったら分からない。最後の最後までどうにか前に追いつきたいという気持ちがありました」。</p><p>35km以降は単独走の時間も長くなり、「少し身体が動かなくなってきて、一番しんどさがありました」と言いつつも、「ここまで集団に食らいついてきたのだから、最後は自分のリズムで精一杯力を出し切ろうとやる気に満ちあふれていました」と自らを奮い立たせていた。</p><p>6位のフィニッシュ後は、3種目でメダルを獲得したシファン・ハッサン（オランダ）と記念撮影。「私が先に声をかけさせてもらって、『一緒に写真撮影をしてもいいですか』と簡単な英語でお願いしたら、『いいわよ』と快く引き受けてくださり実現しました」。ハッサンから「あなたは何番だったの」と聞かれ、鈴木が自分の順位を答えると、ハッサンから「良くやったわね」とねぎらわれたという。</p><p>「世界選手権やオリンピックでのハッサン選手の走りを見て、タフさやレースを心から楽しんでいる姿にとてもあこがれていました」と鈴木。短時間での簡単なやり取りのみだったが、「とっても幸せな時間でした」と笑顔で振り返った。</p><p>レース当日はナイキの「アルファフライ 3」を選択。普段の練習でもレースペースで走る際に履いており、「練習の段階から履きこなせると感じていました」と話す。「足元はランナーの一番光るところ。ナイキのシューズはデザインがスタイリッシュでかっこ良くて、『履いて試合に出るぞ』とやる気にさせてもらえる存在です」と言い切る。</p><p>大東大時代に厚底シューズに対応するため、「足を置くようにして、接地した瞬間にしっかり出力を出して反発を利用し、伸びやかに走る」フォームに変えた。「そこから厚底にはまり始めて、マラソンに生かすことができています」と分析する。</p><p>今後については山下佐知子コーチと相談しながら進めていくとした上で、「スピードがまだ自分には足りていません。そこを突き詰めたら、ペースにも余裕が生まれて、マラソンにつながっていくと思います」と強調。今後の目標についてもまだ正確には定めていないが、「一番大きな目標としては、4年後のロサンゼルス五輪です。今度は日本新記録も狙っていきたい。どんどん自分をアップデートして、大会やタイムに挑戦していきたいです」と展望を語った。</p><p><span style="font-size: 8pt;">構成／片井雅也</span></p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>泉谷駿介インタビュー 今でも思い出すパリ五輪準決勝のレース後の景色 来年は「いろいろ挑戦したい」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/148039</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 01 Oct 2024 16:46:31 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[泉谷駿介]]></category>
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		<gnf:modified>Tue, 01 Oct 2024 16:47:53 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Tue, 01 Oct 2024 16:47:53 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>男子110mハードル日本記録保持者の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13074" data-internallinksmanager029f6b8e52c="48" title="名鑑泉谷駿介">泉谷駿介</a>（住友電工）が合同インタビューに応じ、今シーズンを振り返った。</p>
<p>昨年のブダペスト世界選手権では5位入賞を果たしていた泉谷。パリ五輪ではメダル獲得を目指したものの、準決勝で敗退となった。</p>
<p>「やはり悔しい思いが強かったです。普通に走れば（決勝に）行けたと思うので、“たら・れば”ばかり思い浮かびます」</p>
<p>成長したスピードとハードリングを噛み合わせるのに苦労した1年。ダイヤモンドリーグ（DL）という「難易度」の高いレース中心に臨んだが、自分らしいレースができないまま本番を迎えた。</p>
<p>「技術面で噛み合わなかったです。ハードルに向かってディップ（※上半身を前傾）をかけて突っ込む感じを意識していたのですが、ハードルに突っ込みすぎてぶつけてしまいました。もう少し冷静に当てないようなハードリングができれば良かったのですが…。スピードレベルが上がるとコントロールするのが難しくなる。調子は悪くなかったですが、シーズン中から感覚が良くなかったので、走れる気がしませんでした。練習ではできても本番になるとまったく違う走りになる。いつもと違う景色に見えるというか、まるで別の種目をしているような不思議な感覚でした」</p>
<p>パリ五輪を終えてから、今もレースの動画は確認できていないという。</p>
<p>「レースの映像は今も見られていません。あまり悪いことは思い出したくないので。なかったことにはできないですが、気にしないようにしています。でも、あの日、準決勝のレースが終わってからミックスゾーン（取材エリア）を通って待機所に戻るまでの失望感は、今でも1日1回は思い出しています。これまでで一番悔しい結果です。その気持ちを練習の時に思い出して、歯を食いしばって頑張りたいです」</p>
<p>五輪は厳しい結果となったが、100mでは追い風参考ながら10秒14（＋2.1）をマークするなど、スピードは向上。DL転戦でも常に上位で走る安定感を見せた。今季から契約したナイキのシューズも、その背中を押す。</p>
<p>「マックスフライ 2 はエアもあって反発が強いので特に直線が走りやすいです。横ブレもなくなりました。重心や腰の位置も高くなるのでハードルを越えるのも楽になります。そして、推進力がありかなり進むため、ハードル間のインターバルランで詰まってしまうこともあり、そこは刻む練習をしてさらにうまくまとめていきたいです」</p>
<p>来年は東京世界選手権を控えるなか、泉谷にはこれまでも心にあった“野望”への思いがより強くなっていく。</p>
<p>「来年はいろいろ挑戦してみたいと思っているんです。ケガや調整は難しいと思うのですが、110mハードルをメインに考えながら、走幅跳や100mでも挑戦していきたいです」</p>
<p>実際、全日本実業団対抗選手権では1年ぶりの走幅跳で、8m14の自己新をマーク。世界選手権の参加標準記録まであと13cmに迫った。</p>
<p>「110mハードルの足を引っ張らないようにやっていきたい。そのためには、もっと自分が強くならないといけない。海外の選手は非常にタフですし、本当に強くなるためには、そのくらいやらないとダメだと思います」</p>
<p>高校時代も混成競技（八種競技）や三段跳で世代トップの実力を誇ってきた。</p>
<p>「高校のとき、今日はあまり走れないなという日は高跳びをしたり、違うことをしたり。調子が悪い時でも楽しめるようにしてきたからこそ、陸上を大好きになれました」。</p>
<p>類い稀なスピードやバネを誇る泉谷の最大の武器は、この『陸上競技が大好き』という思いなのかもしれない。</p>
<p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>男子110mハードル日本記録保持者の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13074" data-internallinksmanager029f6b8e52c="48" title="名鑑泉谷駿介">泉谷駿介</a>（住友電工）が合同インタビューに応じ、今シーズンを振り返った。</p><p>昨年のブダペスト世界選手権では5位入賞を果たしていた泉谷。パリ五輪ではメダル獲得を目指したものの、準決勝で敗退となった。</p><p>「やはり悔しい思いが強かったです。普通に走れば（決勝に）行けたと思うので、“たら・れば”ばかり思い浮かびます」</p><p>成長したスピードとハードリングを噛み合わせるのに苦労した1年。ダイヤモンドリーグ（DL）という「難易度」の高いレース中心に臨んだが、自分らしいレースができないまま本番を迎えた。</p><p>「技術面で噛み合わなかったです。ハードルに向かってディップ（※上半身を前傾）をかけて突っ込む感じを意識していたのですが、ハードルに突っ込みすぎてぶつけてしまいました。もう少し冷静に当てないようなハードリングができれば良かったのですが…。スピードレベルが上がるとコントロールするのが難しくなる。調子は悪くなかったですが、シーズン中から感覚が良くなかったので、走れる気がしませんでした。練習ではできても本番になるとまったく違う走りになる。いつもと違う景色に見えるというか、まるで別の種目をしているような不思議な感覚でした」</p><p>パリ五輪を終えてから、今もレースの動画は確認できていないという。</p><p>「レースの映像は今も見られていません。あまり悪いことは思い出したくないので。なかったことにはできないですが、気にしないようにしています。でも、あの日、準決勝のレースが終わってからミックスゾーン（取材エリア）を通って待機所に戻るまでの失望感は、今でも1日1回は思い出しています。これまでで一番悔しい結果です。その気持ちを練習の時に思い出して、歯を食いしばって頑張りたいです」</p><p>五輪は厳しい結果となったが、100mでは追い風参考ながら10秒14（＋2.1）をマークするなど、スピードは向上。DL転戦でも常に上位で走る安定感を見せた。今季から契約したナイキのシューズも、その背中を押す。</p><p>「マックスフライ 2 はエアもあって反発が強いので特に直線が走りやすいです。横ブレもなくなりました。重心や腰の位置も高くなるのでハードルを越えるのも楽になります。そして、推進力がありかなり進むため、ハードル間のインターバルランで詰まってしまうこともあり、そこは刻む練習をしてさらにうまくまとめていきたいです」</p><p>来年は東京世界選手権を控えるなか、泉谷にはこれまでも心にあった“野望”への思いがより強くなっていく。</p><p>「来年はいろいろ挑戦してみたいと思っているんです。ケガや調整は難しいと思うのですが、110mハードルをメインに考えながら、走幅跳や100mでも挑戦していきたいです」</p><p>実際、全日本実業団対抗選手権では1年ぶりの走幅跳で、8m14の自己新をマーク。世界選手権の参加標準記録まであと13cmに迫った。</p><p>「110mハードルの足を引っ張らないようにやっていきたい。そのためには、もっと自分が強くならないといけない。海外の選手は非常にタフですし、本当に強くなるためには、そのくらいやらないとダメだと思います」</p><p>高校時代も混成競技（八種競技）や三段跳で世代トップの実力を誇ってきた。</p><p>「高校のとき、今日はあまり走れないなという日は高跳びをしたり、違うことをしたり。調子が悪い時でも楽しめるようにしてきたからこそ、陸上を大好きになれました」。</p><p>類い稀なスピードやバネを誇る泉谷の最大の武器は、この『陸上競技が大好き』という思いなのかもしれない。</p><p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>キプチョゲ・インタビュー 五輪3連覇ならず「これがスポーツ」衰えない競技への情熱とマラソン普及への思い</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/145136</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 Aug 2024 17:33:06 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[キプチョゲ]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<gnf:modified>Thu, 22 Aug 2024 17:33:06 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 22 Aug 2024 17:33:06 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>男子マラソンで史上初の3連覇を狙ったエリウド・キプチョゲ（ケニア）だったが、残念ながら途中棄権に終わった。それでも、立ち止まってからは最後尾のランナーが走り終えるまで見届けるなど、“キング”たる立ち振る舞いで3度目のオリンピックを終えている。</p>
<p>11月で40歳を迎えるキプチョゲが振り返る五輪3連覇への道、そして今後のターゲットとは。</p>
<p><strong>――3度⽬のマラソンでの五輪は途中棄権となりました。腰痛があったとうかがっています。</strong></p>
<p><strong>キプチョゲ</strong>　今回のレースは本当に厳しいものでした。この 3～4ヵ月は⾮常に制約の多い中ではありましたが、それでも良いトレーニングをしてきました。</p>
<p>しかし、今回はあの結果の通り、うまくいかずに途中棄権となりました。スポーツというのは本当に予測不可能です。今、何と⾔ったらいいのかわかりませんが、これがスポーツというものです。</p>
<p><strong>――過去2大会との違いはありましたか。</strong></p>
<p><strong>キプチョゲ</strong>　リオは私にとってオリンピックのスタートでした。東京はコロナ禍の影響で少し厳しいものでした。しかし、今回のパリでは大きな変化がありましたね。いろんな方々が私に話しかけてくれたり、交流したりできましたし、コース沿いで応援する景色もありました。どこでも、みんなが応援してくれて、まさにコースも含めて私たちと観客すべてが⼀体となった感じがありました。</p>
<p><strong>――キプチョゲ選手はナイキのシューズの進化とともにご⾃⾝も成長されてきたと思います。シューズに求めるものは何でしょうか。</strong></p>
<p><strong>キプチョゲ</strong>　ナイキのシューズは私たちを大きく前進させてくれました。私個⼈としても、ナイキのシューズのテクノロジーとともに進化してきたと思っています。特にこの 10 年間で多くのテクノロジーが詰め込まれるようになりました。ラボでは科学に基づいて、より速く走れるシューズ、そしてランを長く楽しめるシューズが開発されることを期待していますし、今後の未来も明るいことを確信しています。</p>
<p><strong>――あなた自身がそうだったように、トラックからマラソンへ移行する時に必要なのはどんなことだと考えますか。</strong></p>
<p><strong>キプチョゲ</strong>　トラックからマラソンへの以降は非常に大きな転換点です。マラソンはトラックレースと比べてゆっくりしたペースですが、その分長く走らなければなりません。ですから、マラソンは走ることがすべてです。</p>
<p>日本のランナーは舗装された道を走ることが多いでしょう。そこでアドバイスをするとすれば、アルファフライ3のようなインパクトを吸収してくれるシューズ、またはペガサスプレミアムのようなシューズを履いて、規律あるトレーニングを続けることです。</p>
<p><strong>――次なるターゲットを教えてください。</strong></p>
<p><strong>キプチョゲ</strong>　まだ走り続けたい。そして、まだ競い続けたい。ランニングは人生そのものなのです。ただ勝つことだけがすべてではなく、（目標を）達成することがとても大切です。そして、その達成感をレース以外の人生に反映させることが重要です。今後は南米など、マラソンがあまり盛んではない場所へ訪れ、スポーツを愛する人々と一緒に走り、メッセージを伝えたいとも思っています。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>男子マラソンで史上初の3連覇を狙ったエリウド・キプチョゲ（ケニア）だったが、残念ながら途中棄権に終わった。それでも、立ち止まってからは最後尾のランナーが走り終えるまで見届けるなど、“キング”たる立ち振る舞いで3度目のオリンピックを終えている。</p><p>11月で40歳を迎えるキプチョゲが振り返る五輪3連覇への道、そして今後のターゲットとは。</p><p><strong>――3度⽬のマラソンでの五輪は途中棄権となりました。腰痛があったとうかがっています。</strong></p><p><strong>キプチョゲ</strong>　今回のレースは本当に厳しいものでした。この 3～4ヵ月は⾮常に制約の多い中ではありましたが、それでも良いトレーニングをしてきました。</p><p>しかし、今回はあの結果の通り、うまくいかずに途中棄権となりました。スポーツというのは本当に予測不可能です。今、何と⾔ったらいいのかわかりませんが、これがスポーツというものです。</p><p><strong>――過去2大会との違いはありましたか。</strong></p><p><strong>キプチョゲ</strong>　リオは私にとってオリンピックのスタートでした。東京はコロナ禍の影響で少し厳しいものでした。しかし、今回のパリでは大きな変化がありましたね。いろんな方々が私に話しかけてくれたり、交流したりできましたし、コース沿いで応援する景色もありました。どこでも、みんなが応援してくれて、まさにコースも含めて私たちと観客すべてが⼀体となった感じがありました。</p><p><strong>――キプチョゲ選手はナイキのシューズの進化とともにご⾃⾝も成長されてきたと思います。シューズに求めるものは何でしょうか。</strong></p><p><strong>キプチョゲ</strong>　ナイキのシューズは私たちを大きく前進させてくれました。私個⼈としても、ナイキのシューズのテクノロジーとともに進化してきたと思っています。特にこの 10 年間で多くのテクノロジーが詰め込まれるようになりました。ラボでは科学に基づいて、より速く走れるシューズ、そしてランを長く楽しめるシューズが開発されることを期待していますし、今後の未来も明るいことを確信しています。</p><p><strong>――あなた自身がそうだったように、トラックからマラソンへ移行する時に必要なのはどんなことだと考えますか。</strong></p><p><strong>キプチョゲ</strong>　トラックからマラソンへの以降は非常に大きな転換点です。マラソンはトラックレースと比べてゆっくりしたペースですが、その分長く走らなければなりません。ですから、マラソンは走ることがすべてです。</p><p>日本のランナーは舗装された道を走ることが多いでしょう。そこでアドバイスをするとすれば、アルファフライ3のようなインパクトを吸収してくれるシューズ、またはペガサスプレミアムのようなシューズを履いて、規律あるトレーニングを続けることです。</p><p><strong>――次なるターゲットを教えてください。</strong></p><p><strong>キプチョゲ</strong>　まだ走り続けたい。そして、まだ競い続けたい。ランニングは人生そのものなのです。ただ勝つことだけがすべてではなく、（目標を）達成することがとても大切です。そして、その達成感をレース以外の人生に反映させることが重要です。今後は南米など、マラソンがあまり盛んではない場所へ訪れ、スポーツを愛する人々と一緒に走り、メッセージを伝えたいとも思っています。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>やり投・北口榛花 五輪直前インタビュー「やれることを全部やってパリに臨みたい」“一番”と言われる選手に近づくために</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/142367</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 Jul 2024 18:24:58 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[パリ五輪]]></category>
		<category><![CDATA[北口榛花]]></category>
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		<gnf:modified>Tue, 30 Jul 2024 19:45:02 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Tue, 30 Jul 2024 19:45:02 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>8月1日からいよいよパリ五輪の陸上競技がスタートする。大きな注目を集めるのは女子やり投の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13175" data-internallinksmanager029f6b8e52c="165" title="名鑑北口榛花">北口榛花</a>（JAL）。昨年のブダペスト世界選手権で女子トラック＆フィールド初の金メダルを獲得し、世界最高峰のダイヤモンドリーグ（DL）ファイナルも日本人初優勝を果たした。記録も世界リストトップで名実とも世界一に君臨した。</p>
<p>しかし、北口は「オリンピックを勝ってこそ、真の世界女王」だと言う。今季はこれまで「絶好調という状態で臨めていない」が、ここからどんな仕上げを見せるか。女子やり投は予選が7日、決勝は競技場最終日の10日に行われる。大会直前の声を聞いた。</p>
<h2>「身体が動かない」状態からの脱却</h2>
<p>――オリンピックが開幕しました。少しずつ実感は湧いてきましたか。</p>
<p>「開会式も見ましたし、毎日、いろんな種目を楽しく応援していて、オリンピックだなという感じがします。いろんなスポーツが一気に見られて、『応援したい』という気持ちになるのがオリンピック。同じJAL所属のフェンシングで金メダルを取った加納（虹輝）選手の試合もほとんど見ました。決勝の相手が地元のフランス。すごい声援が聞こえてきて、私もその中で早く試合がしたいなと思いました」</p>
<p>――日本選手権の後はDL2戦。モナコでは今季自己最高の65m21で優勝を飾りましたが、ロンドンでは62m69で4位でした。</p>
<p>「モナコでは久しぶりに自分の身体が動けるかも、と思って臨めました。前日まではそうでもなかったのですが、当日になって『行けるな』と。ただ、その後の1週間の調整で、やっぱり練習する部分もあったのですが、その内容が合わなかった。そこで身体がまた動かなくなりました」</p>
<p>――今季はその身体の仕上がりで苦労されています。</p>
<p>「身体が動いていないと感じると、自分のやりたい修正点に加えて、まず身体を動かすというところを意識しないといけない。さらに、身体が動かない中でどうするか、と考えると、やっぱり修正も難しくなります」</p>
<p>――「身体が動かない」というのはどういう状態なのでしょう。</p>
<p>「シーズン初戦のDL蘇州、5月の水戸招待の後に、身体が硬直したんです。ケガをしていないのに身体がギクシャクしてしまって……。柔軟性を出すために、おなか周りがポイントになるのですが、やっぱり上半身に出ることが多い。本当に動けなかったです。シーズン前のスペイン合宿あたりは1日休みがなく、練習の割に休日が少なく回復のペースが合わなくなり、身体がどんどん悪いほうにいいきました。動けていないのに練習はあるから動かそうとする。無理に負荷をかけてまた動かなくなった、という感じです」</p>
<p>――現在の状態は。</p>
<p>「今は自分で休みながらできているので、そういうところからモナコの結果に結びついたと思います。ただ、モナコでももうちょっと飛んでもいいかなと思っていました。今、自分では“絶不調”だと思っているので、それなりに危機感はあります」</p>
<p>――ただ、そうした状態でも65mは一本でました。</p>
<p>「今は技術的に苦労しているというのはなくて、脚の力が腕まで伝えられる試合とそうでない試合が多いくらい。それも身体がちゃんと整っていないからエネルギーが分散されます。身体がバッチリであれば65mは普通に投げられるし、1本目から64m（※DLモナコは自身1投目最高の64m63）は投げられます」</p>
<h2>「この時代の一番の選手」に近づきたい</h2>
<p>――2度目の大舞台になります。以前、「オリンピックは人生が変わる」ともおっしゃっていました。</p>
<p>「一つひとつの競技、種目に対するスポットライトの当たり方が、やっぱり世界選手権とも違うと思います。その中で、やっぱり何かを持って帰れるとたくさんの方に喜んでもらえるのかな、と」</p>
<p>――世界選手権を勝っても「真の世界チャンピオンではない」とも。</p>
<p>「“世界一”にはいろんなバリエーションがありますが（笑）。やっぱりオリンピックも勝ちたいですし、本当にこの時代の一番だと言われる選手に近づきたい思いがあります」</p>
<p>――ここからの調整について。</p>
<p>「今はトレーニングを頑張る時期で、全身筋肉痛なんです（笑）。ある程度は手応えも出てきました。各選手、五輪が本番という意識。絶不調では勝てない。これからは投げたり、身体をベストコンディションに持って行ったりする時間になります。ここからが重要です。ブダペストでは少し脇腹を痛めるなどアクシデントもありましたが、変なアクシデントなく積めています。予選の時にはある程度、調子が上がってきたと思って臨みたいです」</p>
<p>――どんな試合をイメージしていますか。</p>
<p>「パリにはギリギリ（5日）に入るので、予選で会場の雰囲気を確認しつつ、できるだけきれいに通過したい。決勝はもう不調とかはどうでも良くて、本当に全力を出し切るだけです」</p>
<p>――ブダペストの時みたいに大きな注目を集めるかもしれません。</p>
<p>「今年はずば抜けた存在じゃないし、ワールドリーダーじゃないから大丈夫だと思っているんです。そんなに注目されないと思っているんですけど……ダメですか？？（笑）」</p>
<p>――ダメです（笑）。ブダペストは予選の練習で歩数を間違えていましたね！</p>
<p>「間違ってもちゃんと予選通過できるように頑張ります！」</p>
<p>――パリは初DL優勝など、相性の良い舞台だと思います。</p>
<p>「試合会場は違いますが、DLでも会場の盛り上がり、歓声がすごくて、刺激になったのを覚えています。また満員になると思いますし、歓声がすごい大きなスタジアムが楽しみです」</p>
<p>――26歳で迎える2度目の五輪。どんな位置づけになりそうですか。</p>
<p>「これから先、努力を続けていけばオリンピックには出られるかもしれません。ただ、メダルを狙える、優勝を狙えるオリンピックというのは、4年に一回の大会でそう簡単じゃないと思います。今だからこそできることを、パリではやりたいです」</p>
<p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>8月1日からいよいよパリ五輪の陸上競技がスタートする。大きな注目を集めるのは女子やり投の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13175" data-internallinksmanager029f6b8e52c="165" title="名鑑北口榛花">北口榛花</a>（JAL）。昨年のブダペスト世界選手権で女子トラック＆フィールド初の金メダルを獲得し、世界最高峰のダイヤモンドリーグ（DL）ファイナルも日本人初優勝を果たした。記録も世界リストトップで名実とも世界一に君臨した。</p><p>しかし、北口は「オリンピックを勝ってこそ、真の世界女王」だと言う。今季はこれまで「絶好調という状態で臨めていない」が、ここからどんな仕上げを見せるか。女子やり投は予選が7日、決勝は競技場最終日の10日に行われる。大会直前の声を聞いた。</p><h2>「身体が動かない」状態からの脱却</h2><p>――オリンピックが開幕しました。少しずつ実感は湧いてきましたか。</p><p>「開会式も見ましたし、毎日、いろんな種目を楽しく応援していて、オリンピックだなという感じがします。いろんなスポーツが一気に見られて、『応援したい』という気持ちになるのがオリンピック。同じJAL所属のフェンシングで金メダルを取った加納（虹輝）選手の試合もほとんど見ました。決勝の相手が地元のフランス。すごい声援が聞こえてきて、私もその中で早く試合がしたいなと思いました」</p><p>――日本選手権の後はDL2戦。モナコでは今季自己最高の65m21で優勝を飾りましたが、ロンドンでは62m69で4位でした。</p><p>「モナコでは久しぶりに自分の身体が動けるかも、と思って臨めました。前日まではそうでもなかったのですが、当日になって『行けるな』と。ただ、その後の1週間の調整で、やっぱり練習する部分もあったのですが、その内容が合わなかった。そこで身体がまた動かなくなりました」</p><p>――今季はその身体の仕上がりで苦労されています。</p><p>「身体が動いていないと感じると、自分のやりたい修正点に加えて、まず身体を動かすというところを意識しないといけない。さらに、身体が動かない中でどうするか、と考えると、やっぱり修正も難しくなります」</p><p>――「身体が動かない」というのはどういう状態なのでしょう。</p><p>「シーズン初戦のDL蘇州、5月の水戸招待の後に、身体が硬直したんです。ケガをしていないのに身体がギクシャクしてしまって……。柔軟性を出すために、おなか周りがポイントになるのですが、やっぱり上半身に出ることが多い。本当に動けなかったです。シーズン前のスペイン合宿あたりは1日休みがなく、練習の割に休日が少なく回復のペースが合わなくなり、身体がどんどん悪いほうにいいきました。動けていないのに練習はあるから動かそうとする。無理に負荷をかけてまた動かなくなった、という感じです」</p><p>――現在の状態は。</p><p>「今は自分で休みながらできているので、そういうところからモナコの結果に結びついたと思います。ただ、モナコでももうちょっと飛んでもいいかなと思っていました。今、自分では“絶不調”だと思っているので、それなりに危機感はあります」</p><p>――ただ、そうした状態でも65mは一本でました。</p><p>「今は技術的に苦労しているというのはなくて、脚の力が腕まで伝えられる試合とそうでない試合が多いくらい。それも身体がちゃんと整っていないからエネルギーが分散されます。身体がバッチリであれば65mは普通に投げられるし、1本目から64m（※DLモナコは自身1投目最高の64m63）は投げられます」</p><h2>「この時代の一番の選手」に近づきたい</h2><p>――2度目の大舞台になります。以前、「オリンピックは人生が変わる」ともおっしゃっていました。</p><p>「一つひとつの競技、種目に対するスポットライトの当たり方が、やっぱり世界選手権とも違うと思います。その中で、やっぱり何かを持って帰れるとたくさんの方に喜んでもらえるのかな、と」</p><p>――世界選手権を勝っても「真の世界チャンピオンではない」とも。</p><p>「“世界一”にはいろんなバリエーションがありますが（笑）。やっぱりオリンピックも勝ちたいですし、本当にこの時代の一番だと言われる選手に近づきたい思いがあります」</p><p>――ここからの調整について。</p><p>「今はトレーニングを頑張る時期で、全身筋肉痛なんです（笑）。ある程度は手応えも出てきました。各選手、五輪が本番という意識。絶不調では勝てない。これからは投げたり、身体をベストコンディションに持って行ったりする時間になります。ここからが重要です。ブダペストでは少し脇腹を痛めるなどアクシデントもありましたが、変なアクシデントなく積めています。予選の時にはある程度、調子が上がってきたと思って臨みたいです」</p><p>――どんな試合をイメージしていますか。</p><p>「パリにはギリギリ（5日）に入るので、予選で会場の雰囲気を確認しつつ、できるだけきれいに通過したい。決勝はもう不調とかはどうでも良くて、本当に全力を出し切るだけです」</p><p>――ブダペストの時みたいに大きな注目を集めるかもしれません。</p><p>「今年はずば抜けた存在じゃないし、ワールドリーダーじゃないから大丈夫だと思っているんです。そんなに注目されないと思っているんですけど……ダメですか？？（笑）」</p><p>――ダメです（笑）。ブダペストは予選の練習で歩数を間違えていましたね！</p><p>「間違ってもちゃんと予選通過できるように頑張ります！」</p><p>――パリは初DL優勝など、相性の良い舞台だと思います。</p><p>「試合会場は違いますが、DLでも会場の盛り上がり、歓声がすごくて、刺激になったのを覚えています。また満員になると思いますし、歓声がすごい大きなスタジアムが楽しみです」</p><p>――26歳で迎える2度目の五輪。どんな位置づけになりそうですか。</p><p>「これから先、努力を続けていけばオリンピックには出られるかもしれません。ただ、メダルを狙える、優勝を狙えるオリンピックというのは、4年に一回の大会でそう簡単じゃないと思います。今だからこそできることを、パリではやりたいです」</p><p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>再び歩き出した王者――山西利和の中にいたもう一人の自分「矛盾を許すのか、許さないのか」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/141906</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 25 Jul 2024 17:44:33 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山西利和]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<gnf:modified>Thu, 25 Jul 2024 17:44:33 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 25 Jul 2024 17:44:33 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>まだ歩き続けてくれた――。そう思った。</p>
<p>パリ五輪代表選考会の日本選手権20km競歩が終わってから約2ヵ月後。<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13120" data-internallinksmanager029f6b8e52c="105" title="名鑑山西利和">山西利和</a>（愛知製鋼）はトラックの10000m競歩に出場した。さらにそこから1ヵ月後には、世界陸連（WA）競歩ツアーの20km競歩を2連戦し、ワルシャワ（ポーランド）では1時間19分37秒で3位。</p>
<p>続くラ・コルーニャ（スペインチーム）では1時間17分47秒を叩き出して優勝している。しかも、ブダペスト世界選手権金のアルバロ・マルティン（スペイン）をはじめ、カイオ・ボンフィム（ブラジル）、 ダニエル・ピンタド（エクアドル）、そして<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13122" data-internallinksmanager029f6b8e52c="106" title="名鑑池田向希">池田向希</a>（旭化成）らを抑えて。</p>
<p>やはり、山西は強い。世界中のウォーカーにそんな印象を与えた。</p>
<p>「表彰式で『彼らはまたパリ五輪で戦います』と紹介してくれたんですよ」。そう言って山西は笑った。帰りに「実は出ないんだ」と伝えると、不思議そうな表情をされたという。</p>
<p>神戸での日本選手権は失格に終わった。歩型違反の警告が3回出て12km過ぎに2分間のペナルティーゾーンに入った。その後すぐに4つめの警告が与えられた。人生初の失格。両親や関係者の顔を見ると涙があふれた。</p>
<p>19年ドーハ世界選手権で初めて世界一となり、21年東京五輪は銅メダル。22年オレゴン世界選手権では“連覇”を達成した。しかし、昨年のブダペスト世界選手権では24位と惨敗。東京五輪、そしてブダペストのリベンジをするはずのパリへの道はついえた。</p>
<p>京大を卒業し、愛知製鋼で競技を続けると決めた時から、実業団とはいえ、ある意味でプロ意識を持って取り組んできた。</p>
<p>「1回でも代表から漏れたら辞めるぐらいの気持ちでずっとやってきた。あの頃の自分に嘘をつきたくない気持ちはあるし、今ここで辞めるのもな、という気持ちもある」</p>
<p>簡単に「続けてほしい」とは言えなかった。だからこそ、また歩き始めてくれた時はうれしかった。<br />
<div id="attachment_141910" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-141910" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/d09cdcb4e69275dd0044c9a7fe4c4d8d.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-141910" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/d09cdcb4e69275dd0044c9a7fe4c4d8d.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/d09cdcb4e69275dd0044c9a7fe4c4d8d-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/d09cdcb4e69275dd0044c9a7fe4c4d8d-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-141910" class="wp-caption-text">ドーハ世界陸上金メダルの山西利和</p></div>
<h2>日本選手権の結果についての2つの価値観</h2>
<p>日本選手権の結果、パリ五輪を逃した。その結果に対して2つの価値観があるという。</p>
<p>「もちろん、今回の結果は良くなかった。実業団として続ける以上、期待に応えられなかったので真摯に受け止めないといけません。自分の置かれている立場、サポートしていただいているものに対して、最低限返さないといけないラインがあって、その最低ラインをどう守っていくか。今回、それができなかった。仕事でも同じで反省して、次につなげていかないといけない」</p>
<p>ただ――。</p>
<p>「アスリート、個人の在り方として、細かい反省点はあるのですが、今回のチャレンジによる失敗も、そんなに後悔するほどのことではない、と思っている部分もあるんです。やりたいチャレンジをして、うまくいかないことも経験して。『そりゃそんなに甘くないよな』と単純に現実を突きつけられる。それは仕方ない、と」</p>
<p>その2つの価値観の中で揺れ動く。頭の中に2人の別の自分が話しかける。</p>
<p>「日本選手権の直後はあんな感じで言ってしまったのですが、僕の中で『こんな形で辞めるのはないだろう。ダサすぎる』と自分では思っているわけです。ただ、一方で、代表から外れたら辞める覚悟で頑張ってきた数年間の自分との“矛盾”がありました。5年前の自分が聞いたら『お前、ふざけんなよ』『そんな覚悟でやってねぇだろ』って多分言うと思うんです。その矛盾を許すのか、許さないのか。どうけじめをつけるか、折り合いをつけるか」</p>
<p>一歩目を踏み出すと決めたのはいつだったのか。</p>
<p>「自分の中でどう折り合いをつけようとかというのは何日かウダウダと考えていました。でも、レース当日の晩には、4、5月のヨーロッパの試合スケジュールを調べて、カレンダーを開いていたんですよ。めちゃくちゃだな、矛盾しているなとわかっているんですけど」</p>
<p>少し恥ずかしそうに明かした。「この状態で辞めるという選択はない。あとはコイツ（もう一人の自分）をどう説得しようかな、どうごまかそうかなって考えながら、気持ちは次のことに転がり始めていましたね」。もう一人の若き自分に問いかける。「君が求めるところまで、ある程度はクリアしたでしょ？」。これが、大ケガで再起不能だったり、年齢による明らかな能力の低下だったりしたなら、あきらめもついただろう。しかし、「1回自分の足でつまずいて転んだくらい。それで心が折れて退場は軟弱すぎるだろう。それにはお前も同意してくれるだろう？」と。山西青年は「しぶしぶ、承認の“ハンコ”を押してくれましたよ」。2、3日の休養を挟んで、山西は歩き出した。</p>
<div id="attachment_141911" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-141911" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/5ba897d6d697425ab4b38f14e988b482-3.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-141911" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/5ba897d6d697425ab4b38f14e988b482-3.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/5ba897d6d697425ab4b38f14e988b482-3-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/5ba897d6d697425ab4b38f14e988b482-3-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-141911" class="wp-caption-text">競技人生初の失格となった日本選手権</p></div>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>まだ歩き続けてくれた――。そう思った。</p><p>パリ五輪代表選考会の日本選手権20km競歩が終わってから約2ヵ月後。<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13120" data-internallinksmanager029f6b8e52c="105" title="名鑑山西利和">山西利和</a>（愛知製鋼）はトラックの10000m競歩に出場した。さらにそこから1ヵ月後には、世界陸連（WA）競歩ツアーの20km競歩を2連戦し、ワルシャワ（ポーランド）では1時間19分37秒で3位。</p><p>続くラ・コルーニャ（スペインチーム）では1時間17分47秒を叩き出して優勝している。しかも、ブダペスト世界選手権金のアルバロ・マルティン（スペイン）をはじめ、カイオ・ボンフィム（ブラジル）、 ダニエル・ピンタド（エクアドル）、そして<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13122" data-internallinksmanager029f6b8e52c="106" title="名鑑池田向希">池田向希</a>（旭化成）らを抑えて。</p><p>やはり、山西は強い。世界中のウォーカーにそんな印象を与えた。</p><p>「表彰式で『彼らはまたパリ五輪で戦います』と紹介してくれたんですよ」。そう言って山西は笑った。帰りに「実は出ないんだ」と伝えると、不思議そうな表情をされたという。</p><p>神戸での日本選手権は失格に終わった。歩型違反の警告が3回出て12km過ぎに2分間のペナルティーゾーンに入った。その後すぐに4つめの警告が与えられた。人生初の失格。両親や関係者の顔を見ると涙があふれた。</p><p>19年ドーハ世界選手権で初めて世界一となり、21年東京五輪は銅メダル。22年オレゴン世界選手権では“連覇”を達成した。しかし、昨年のブダペスト世界選手権では24位と惨敗。東京五輪、そしてブダペストのリベンジをするはずのパリへの道はついえた。</p><p>京大を卒業し、愛知製鋼で競技を続けると決めた時から、実業団とはいえ、ある意味でプロ意識を持って取り組んできた。</p><p>「1回でも代表から漏れたら辞めるぐらいの気持ちでずっとやってきた。あの頃の自分に嘘をつきたくない気持ちはあるし、今ここで辞めるのもな、という気持ちもある」</p><p>簡単に「続けてほしい」とは言えなかった。だからこそ、また歩き始めてくれた時はうれしかった。<br /><div id="attachment_141910" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-141910" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/d09cdcb4e69275dd0044c9a7fe4c4d8d.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-141910" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/d09cdcb4e69275dd0044c9a7fe4c4d8d.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/d09cdcb4e69275dd0044c9a7fe4c4d8d-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/d09cdcb4e69275dd0044c9a7fe4c4d8d-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-141910" class="wp-caption-text">ドーハ世界陸上金メダルの山西利和</p></div><h2>日本選手権の結果についての2つの価値観</h2><p>日本選手権の結果、パリ五輪を逃した。その結果に対して2つの価値観があるという。</p><p>「もちろん、今回の結果は良くなかった。実業団として続ける以上、期待に応えられなかったので真摯に受け止めないといけません。自分の置かれている立場、サポートしていただいているものに対して、最低限返さないといけないラインがあって、その最低ラインをどう守っていくか。今回、それができなかった。仕事でも同じで反省して、次につなげていかないといけない」</p><p>ただ――。</p><p>「アスリート、個人の在り方として、細かい反省点はあるのですが、今回のチャレンジによる失敗も、そんなに後悔するほどのことではない、と思っている部分もあるんです。やりたいチャレンジをして、うまくいかないことも経験して。『そりゃそんなに甘くないよな』と単純に現実を突きつけられる。それは仕方ない、と」</p><p>その2つの価値観の中で揺れ動く。頭の中に2人の別の自分が話しかける。</p><p>「日本選手権の直後はあんな感じで言ってしまったのですが、僕の中で『こんな形で辞めるのはないだろう。ダサすぎる』と自分では思っているわけです。ただ、一方で、代表から外れたら辞める覚悟で頑張ってきた数年間の自分との“矛盾”がありました。5年前の自分が聞いたら『お前、ふざけんなよ』『そんな覚悟でやってねぇだろ』って多分言うと思うんです。その矛盾を許すのか、許さないのか。どうけじめをつけるか、折り合いをつけるか」</p><p>一歩目を踏み出すと決めたのはいつだったのか。</p><p>「自分の中でどう折り合いをつけようとかというのは何日かウダウダと考えていました。でも、レース当日の晩には、4、5月のヨーロッパの試合スケジュールを調べて、カレンダーを開いていたんですよ。めちゃくちゃだな、矛盾しているなとわかっているんですけど」</p><p>少し恥ずかしそうに明かした。「この状態で辞めるという選択はない。あとはコイツ（もう一人の自分）をどう説得しようかな、どうごまかそうかなって考えながら、気持ちは次のことに転がり始めていましたね」。もう一人の若き自分に問いかける。「君が求めるところまで、ある程度はクリアしたでしょ？」。これが、大ケガで再起不能だったり、年齢による明らかな能力の低下だったりしたなら、あきらめもついただろう。しかし、「1回自分の足でつまずいて転んだくらい。それで心が折れて退場は軟弱すぎるだろう。それにはお前も同意してくれるだろう？」と。山西青年は「しぶしぶ、承認の“ハンコ”を押してくれましたよ」。2、3日の休養を挟んで、山西は歩き出した。</p><div id="attachment_141911" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-141911" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/5ba897d6d697425ab4b38f14e988b482-3.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-141911" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/5ba897d6d697425ab4b38f14e988b482-3.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/5ba897d6d697425ab4b38f14e988b482-3-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/5ba897d6d697425ab4b38f14e988b482-3-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-141911" class="wp-caption-text">競技人生初の失格となった日本選手権</p></div>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>単独インタビュー「私は田中希実ですと自信を持って言えるようになった」プロ1年目の総括と思い描くパリでのレース</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/134453</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 02 May 2024 16:10:30 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[田中希実]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=134453</guid>
		<gnf:modified>Sat, 11 May 2024 00:24:22 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sat, 11 May 2024 00:24:22 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>昨年4月、田中希実は実業団チームを離れて「New Balance」所属の“プロランナー”としてのキャリアをスタートさせた。</p>
<p>プロとして駆け抜けた1年。ブダペスト世界選手権では5000m8位入賞し、ダイヤモンドリーグ（DL）ファイナルでも6位に入るなど、世界の“仲間入り”を果たした。</p>
<p>記録面でも1500mこそ自己記録には届かなかったが、5000mでは14分29秒18をマークしている。プロ1年目についてインタビューした。</p>
<p><strong>――屋外シーズンがスタートしました。ずっと試合に出られているので、切り替えのタイミングなどはどういう意識でしょうか。</strong></p>
<p>「世界室内選手権でインドアシーズンの区切りがつくのですが、トラックが始まるまでの間は調子を整えるという面で難しい時期でもあります。本当は少しゆっくりできればと思っていたのですが、いつも思うようにはいかないので…（苦笑）。忙しいものだと思って過ごし切りました」</p>
<p><strong>――プロ1年目。激動でしたね。</strong></p>
<p>「プロという土台があるからこそ、走る時でも普段の時でも、『私はランナーです』『私は田中希実です』と自信を持って言えるようになった1年だったと思います」</p>
<p><strong>――実際に思い描いていたプロ像と、活動してみてと、違いはありましたか。</strong></p>
<p>「プロになる前は、社会貢献のイメージがあったり、『いろいろなことをしなきゃいけない』というふうに思ったりしていました。ただ、実際に過ごしてみると、こうしないといけないルールはない、というのは新しい発見でした。思っていた以上に新しいチャレンジができたと思います」</p>
<div id="attachment_134455" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-134455" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN8_7227.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-134455" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN8_7227.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN8_7227-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN8_7227-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-134455" class="wp-caption-text">ブダペスト世界陸上5000mでは8位入賞</p></div>
<p><strong>――一方で大変なことも多かったと思います。</strong></p>
<p>「金銭面においては、実業団時代よりもすごく意識しました。合宿一つとっても考えないといけません。実業団時代はチームのスタッフの方々が当たり前にしてくださっていることもたくさんあって、それは一つの仕事なのでお任せしている部分もありました。ありがたいことに、今は父（健智コーチ）が担っててくれていますが、家族やニューバランスさんの支えで成り立っているのは改めて実感しました」</p>
<p><strong>――今までももちろん、手を抜いていないのは実績や姿勢で誰もがわかっていると思いますが、やはり心持ちは変わってきますよね。健智コーチに話をうかがった時に「彼女はレースを棄権したり、途中で辞めたりすることがほとんどない」とおしゃっていました。</strong></p>
<p>「そうですね。やはり、何かしらに、次につなげないといけないという気持ちは強くなりました。ヨーロッパやアメリカに遠征した時でも、今は自分から行きたいと計画しているので、目的意識はよりしっかりしたと感じています」</p>
<p><strong>――社会貢献という面では、レースでの賞金などを活用し、次世代アスリートの支援「NON STOP PROJECT」を立ち上げられました。</strong></p>
<p>「いろいろ選考してきたのですが、結局私が選びきれなくて…。父の提案もあり、最終的には人数を絞るのではなく、全員で一緒に合宿をして、いろいろな話をする機会を設けました。人数が増えた分、日程は少なくなってしまいましたが、その子たちと時間を共有することを大切にしたかったのです。今後も縁を大切にしてきます」</p>
<div id="attachment_134456" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-134456" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/IMG_7579.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-134456" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/IMG_7579.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/IMG_7579-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/IMG_7579-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-134456" class="wp-caption-text">若いアスリートを支援する思いも強い</p></div>
<p><strong>――同じ中距離で、一緒に世界クロカンの代表になった澤田結弥選手（浜松市立高卒）は、田中選手にあこがれていて、夏に渡米して米国の大学に入学します。</strong></p>
<p>「すごい勇気だなって思います。私だったらその年齢で海外へ単身渡るのは怖いですし、不安です。そこに行ってみると思えるのは彼女の強さですし、競技に関係なくても未来につながりますよね。その過程で、また一緒に代表になれたらとてもうれしいです」</p>
<p><strong>――昨年から何度かケニア合宿をされているのも話題になっています。三浦龍司選手に聞いてみたところ、「ああいうのがやっぱり大事だと思う」と共感されていました。</strong></p>
<p>「まず、いろいろな面で“常識”が違います。日本で私が1人できついメニューをする時に身構えますが、ケニアに行くと構えることなく『今日はこんな感じか』と、当たり前にきついメニューに向かっていけるんです。向こうの選手はすごくリラックスして練習していて、仲間と一緒に楽しみながらチャレンジしている印象があって、すごく居心地がいい」</p>
<p><strong>――それがあると、レースでも自然体で臨めそうですね。</strong></p>
<p>「日本にいると練習もレースのようにするのですが、向こうでは普段の練習をリラックスして、レースの時は練習を思い出していけるので、少し気が楽になります。ただ、やっぱり海外の選手で、“次の大会”が約束されている選手は、世界トップの本当に一握りだけ。だからこそ、レース後に『次も頑張ろう』と切り替えられるマインドや、きりかえて開き直るというのはもっと私も大事にしていきたいです」</p>
<div id="attachment_134454" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-134454" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN1_0266.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-134454" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN1_0266.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN1_0266-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN1_0266-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-134454" class="wp-caption-text">パリ五輪への思いを語る田中</p></div>
<p><strong>――オリンピックがやってきます。3年前のことは覚えていますか。</strong></p>
<p>「（8位になった）1500mのレース中の感覚というのはあまり覚えていないんです。ただ、招集所やレース前のドキドキ感は覚えています」</p>
<p><strong>――東京五輪のあと、2度世界選手権を経て、違いは感じますか。</strong></p>
<p>「当時は気付きませんでしたが、やはりオリンピックは特別なんだなって、世界選手権を経験したからこそ思います。世界選手権やダイヤモンドリーグは少しリラックスしている雰囲気もありますけど、オリンピックはもっと緊張感があったように感じますね」</p>
<p><strong>――パリ五輪は1500m、5000mで挑戦することになると思います。出場権を得たらどんなレースがしたいと思い描いていますか。</strong></p>
<p>「私の理想は、ラストスパート合戦になった時に、その中で勝つとか負けるとかではなくて、シファン・ハッサン選手（オランダ）やフェイス・キピエゴン選手（ケニア）のような、誰が見ても『おぉぉ！』ってなるようなスパートがしたいんです。すごく抽象的なんですけど、それが一番の理想です。今の実力では達していないので、パリに間に合うかどうかは別として、ひたすら求め続けてずっと意識しながらシーズンを過ごしていきたいと思っています」</p>
<p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>昨年4月、田中希実は実業団チームを離れて「New Balance」所属の“プロランナー”としてのキャリアをスタートさせた。</p><p>プロとして駆け抜けた1年。ブダペスト世界選手権では5000m8位入賞し、ダイヤモンドリーグ（DL）ファイナルでも6位に入るなど、世界の“仲間入り”を果たした。</p><p>記録面でも1500mこそ自己記録には届かなかったが、5000mでは14分29秒18をマークしている。プロ1年目についてインタビューした。</p><p><strong>――屋外シーズンがスタートしました。ずっと試合に出られているので、切り替えのタイミングなどはどういう意識でしょうか。</strong></p><p>「世界室内選手権でインドアシーズンの区切りがつくのですが、トラックが始まるまでの間は調子を整えるという面で難しい時期でもあります。本当は少しゆっくりできればと思っていたのですが、いつも思うようにはいかないので…（苦笑）。忙しいものだと思って過ごし切りました」</p><p><strong>――プロ1年目。激動でしたね。</strong></p><p>「プロという土台があるからこそ、走る時でも普段の時でも、『私はランナーです』『私は田中希実です』と自信を持って言えるようになった1年だったと思います」</p><p><strong>――実際に思い描いていたプロ像と、活動してみてと、違いはありましたか。</strong></p><p>「プロになる前は、社会貢献のイメージがあったり、『いろいろなことをしなきゃいけない』というふうに思ったりしていました。ただ、実際に過ごしてみると、こうしないといけないルールはない、というのは新しい発見でした。思っていた以上に新しいチャレンジができたと思います」</p><div id="attachment_134455" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-134455" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN8_7227.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-134455" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN8_7227.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN8_7227-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN8_7227-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-134455" class="wp-caption-text">ブダペスト世界陸上5000mでは8位入賞</p></div><p><strong>――一方で大変なことも多かったと思います。</strong></p><p>「金銭面においては、実業団時代よりもすごく意識しました。合宿一つとっても考えないといけません。実業団時代はチームのスタッフの方々が当たり前にしてくださっていることもたくさんあって、それは一つの仕事なのでお任せしている部分もありました。ありがたいことに、今は父（健智コーチ）が担っててくれていますが、家族やニューバランスさんの支えで成り立っているのは改めて実感しました」</p><p><strong>――今までももちろん、手を抜いていないのは実績や姿勢で誰もがわかっていると思いますが、やはり心持ちは変わってきますよね。健智コーチに話をうかがった時に「彼女はレースを棄権したり、途中で辞めたりすることがほとんどない」とおしゃっていました。</strong></p><p>「そうですね。やはり、何かしらに、次につなげないといけないという気持ちは強くなりました。ヨーロッパやアメリカに遠征した時でも、今は自分から行きたいと計画しているので、目的意識はよりしっかりしたと感じています」</p><p><strong>――社会貢献という面では、レースでの賞金などを活用し、次世代アスリートの支援「NON STOP PROJECT」を立ち上げられました。</strong></p><p>「いろいろ選考してきたのですが、結局私が選びきれなくて…。父の提案もあり、最終的には人数を絞るのではなく、全員で一緒に合宿をして、いろいろな話をする機会を設けました。人数が増えた分、日程は少なくなってしまいましたが、その子たちと時間を共有することを大切にしたかったのです。今後も縁を大切にしてきます」</p><div id="attachment_134456" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-134456" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/IMG_7579.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-134456" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/IMG_7579.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/IMG_7579-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/IMG_7579-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-134456" class="wp-caption-text">若いアスリートを支援する思いも強い</p></div><p><strong>――同じ中距離で、一緒に世界クロカンの代表になった澤田結弥選手（浜松市立高卒）は、田中選手にあこがれていて、夏に渡米して米国の大学に入学します。</strong></p><p>「すごい勇気だなって思います。私だったらその年齢で海外へ単身渡るのは怖いですし、不安です。そこに行ってみると思えるのは彼女の強さですし、競技に関係なくても未来につながりますよね。その過程で、また一緒に代表になれたらとてもうれしいです」</p><p><strong>――昨年から何度かケニア合宿をされているのも話題になっています。三浦龍司選手に聞いてみたところ、「ああいうのがやっぱり大事だと思う」と共感されていました。</strong></p><p>「まず、いろいろな面で“常識”が違います。日本で私が1人できついメニューをする時に身構えますが、ケニアに行くと構えることなく『今日はこんな感じか』と、当たり前にきついメニューに向かっていけるんです。向こうの選手はすごくリラックスして練習していて、仲間と一緒に楽しみながらチャレンジしている印象があって、すごく居心地がいい」</p><p><strong>――それがあると、レースでも自然体で臨めそうですね。</strong></p><p>「日本にいると練習もレースのようにするのですが、向こうでは普段の練習をリラックスして、レースの時は練習を思い出していけるので、少し気が楽になります。ただ、やっぱり海外の選手で、“次の大会”が約束されている選手は、世界トップの本当に一握りだけ。だからこそ、レース後に『次も頑張ろう』と切り替えられるマインドや、きりかえて開き直るというのはもっと私も大事にしていきたいです」</p><div id="attachment_134454" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-134454" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN1_0266.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-134454" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN1_0266.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN1_0266-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/FN1_0266-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-134454" class="wp-caption-text">パリ五輪への思いを語る田中</p></div><p><strong>――オリンピックがやってきます。3年前のことは覚えていますか。</strong></p><p>「（8位になった）1500mのレース中の感覚というのはあまり覚えていないんです。ただ、招集所やレース前のドキドキ感は覚えています」</p><p><strong>――東京五輪のあと、2度世界選手権を経て、違いは感じますか。</strong></p><p>「当時は気付きませんでしたが、やはりオリンピックは特別なんだなって、世界選手権を経験したからこそ思います。世界選手権やダイヤモンドリーグは少しリラックスしている雰囲気もありますけど、オリンピックはもっと緊張感があったように感じますね」</p><p><strong>――パリ五輪は1500m、5000mで挑戦することになると思います。出場権を得たらどんなレースがしたいと思い描いていますか。</strong></p><p>「私の理想は、ラストスパート合戦になった時に、その中で勝つとか負けるとかではなくて、シファン・ハッサン選手（オランダ）やフェイス・キピエゴン選手（ケニア）のような、誰が見ても『おぉぉ！』ってなるようなスパートがしたいんです。すごく抽象的なんですけど、それが一番の理想です。今の実力では達していないので、パリに間に合うかどうかは別として、ひたすら求め続けてずっと意識しながらシーズンを過ごしていきたいと思っています」</p><p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>インタビュー／今井正人 順大コーチとしてリスタート「選手がチャレンジする環境を作り、自分もチャレンジし続けたい」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/133338</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 18 Apr 2024 19:19:45 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[今井正人]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<oa:lastPubDate>Thu, 18 Apr 2024 19:19:45 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>2月25日の日本選手権クロカン。今井正人さんは「山あり谷あり。谷のほうが大きかったけど、あっという間だった」という24年の競技生活にピリオドを打った。福島・原町高で本格的に陸上を始め、世代トップクラスに成長。順大では箱根駅伝5区で“山の神”と謳われる活躍をし、トヨタ自動車九州ではマラソン、駅伝で日本を代表するランナーに。そして、40歳の節目を迎えた2024年4月2日から、母校・順大の長距離コーチとして新たなスタートを切った。選手として走り続けた日々、指導者として歩むこれからについて語る。</p>
<h2>新たな“勉強”に邁進する日々</h2>
<p>――3月13日に順大男子長距離コーチ就任を発表しました。4月から本格的に指導者としての生活がスタートしていますが、心境としてはいかがでしょうか？<br />
<span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　母校ということで大学生活を思い出しますが、競技や競技外の生活を含めて自分でスケジューリングしていたところから、学生中心へと視点を切り替えているところ。まだまだ勉強させてもらっている段階ですが、早く慣れていきたいです。</p>
<p>――長門俊介監督は大学時代の同期です。<br />
<span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　長門監督とは、大学の時から競技のこと、将来のことをすごく話してきましたし、いつか一緒に仕事ができればいいね、とも話したことがありました。まさか本当に実現するとは思いませんでしたが、長門監督と思いは共有できているので、彼が思い切ってやれるようにサポートしていきたいと思っています。同じくコーチになった田中秀幸と一緒に、長門監督が作っていくものに2人で塩、コショウのようなアクセントがつけられればいいですね。</p>
<p>――理想とする指導者像は？<br />
<span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　選手がチャレンジする環境を作り、自分もチャレンジし続けることを大切にしたいです。そのためには勉強も必要。困難に遭遇することも多いと思いますが、それを一緒に乗り越えていけるように選手の隣で伴走していきたいです。</p>
<p>――伴走するなら、これからも走り続けないといけないですね。<br />
<span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　そういう伴走ではないです（笑）。やめた僕と一緒に走るレベルだと、世界なんて目指せませんから、どんどん置いて行ってほしいです。僕は自転車や車で伴走します（笑）。<br />
学生たちは1月3日の悔しさ（箱根駅伝で総合17位となり、4年ぶりにシード権喪失）から、長門監督を中心に立て直しを図っています。3月末の順大競技会でも各選手が良い雰囲気の走りを見せていました。出場した選手はきついところで粘れていましたし、レースのなかった選手は全員で応援する姿がありました。学生たちからの「やってやろう」というエネルギーを肌で感じています。</p>
<p>――現役生活を終えて、改めてどんな心境でしょうか。<br />
<span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　あっという間でした。特にトヨタ自動車九州に在籍した17年間は1年間のサイクルが同じということもあり、早く感じました。</p>
<p>――引退を決断したのはいつでしたか？<br />
<span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　一番のきっかけは昨年10月のMGC（マラソングランドチャンピオンシップ）の結果を受けてですね。実は2022年11月下旬に内転筋と股関節周りを痛めて、翌年3月まで治らなかった頃から意識していました。10月にMGCを控える中で、そのブランクに大きな不安を感じていました。練習を積み重ねる中で9月上旬には戦える感覚がつかめましたが、良い動きの練習が1、2本続けてできた直後に、「あれ、なんか痛い」と異変を感じました。MGCまで痛みが回復せず、戦える状態でスタートラインに立てなかった時、決断しました。</p>
<p>――引退を決意した瞬間は、どんな思いが湧き起こりましたか？<br />
<span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　気持ちが抜けた訳ではなかったですが、マラソンの火は消えた、勝負としてのマラソンは終わったなと思いました。これまで出場した17回のマラソンは途中棄権や失格なく走り切っていたので、最後まで走り切ることは自分自身のこだわりでもありました。ですが、MGCの30kmで（制限時間の）関門に引っかかった瞬間に「あ、来てしまったな」と。たとえ完走していても、このタイムではもう勝負できないと思ったでしょうし、勝負に臨める状態ではないと感じた時点で、引退を選んでいたと思います。</p>
<p>――周りの方には相談されましたか？<br />
<span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　家族に話しました。妻は競技者でなくなることを想像できないと言っていましたし、子どもたちからももっと走ってほしいと言われました。でも、1月ぐらいに、再度、「やっぱりこのまま競技を続けるのは厳しい」と妻と話しました。森下広一監督には最後まで明言しないままでしたが、お互い感じているものは同じだったと思います。1％でも世界の可能性がある限りはあきらめるつもりはありませんでしたが、そんなに甘いものではないと監督はもちろん、自分自身でもわかっていました。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>2月25日の日本選手権クロカン。今井正人さんは「山あり谷あり。谷のほうが大きかったけど、あっという間だった」という24年の競技生活にピリオドを打った。福島・原町高で本格的に陸上を始め、世代トップクラスに成長。順大では箱根駅伝5区で“山の神”と謳われる活躍をし、トヨタ自動車九州ではマラソン、駅伝で日本を代表するランナーに。そして、40歳の節目を迎えた2024年4月2日から、母校・順大の長距離コーチとして新たなスタートを切った。選手として走り続けた日々、指導者として歩むこれからについて語る。</p><h2>新たな“勉強”に邁進する日々</h2><p>――3月13日に順大男子長距離コーチ就任を発表しました。4月から本格的に指導者としての生活がスタートしていますが、心境としてはいかがでしょうか？<br /><span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　母校ということで大学生活を思い出しますが、競技や競技外の生活を含めて自分でスケジューリングしていたところから、学生中心へと視点を切り替えているところ。まだまだ勉強させてもらっている段階ですが、早く慣れていきたいです。</p><p>――長門俊介監督は大学時代の同期です。<br /><span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　長門監督とは、大学の時から競技のこと、将来のことをすごく話してきましたし、いつか一緒に仕事ができればいいね、とも話したことがありました。まさか本当に実現するとは思いませんでしたが、長門監督と思いは共有できているので、彼が思い切ってやれるようにサポートしていきたいと思っています。同じくコーチになった田中秀幸と一緒に、長門監督が作っていくものに2人で塩、コショウのようなアクセントがつけられればいいですね。</p><p>――理想とする指導者像は？<br /><span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　選手がチャレンジする環境を作り、自分もチャレンジし続けることを大切にしたいです。そのためには勉強も必要。困難に遭遇することも多いと思いますが、それを一緒に乗り越えていけるように選手の隣で伴走していきたいです。</p><p>――伴走するなら、これからも走り続けないといけないですね。<br /><span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　そういう伴走ではないです（笑）。やめた僕と一緒に走るレベルだと、世界なんて目指せませんから、どんどん置いて行ってほしいです。僕は自転車や車で伴走します（笑）。<br />学生たちは1月3日の悔しさ（箱根駅伝で総合17位となり、4年ぶりにシード権喪失）から、長門監督を中心に立て直しを図っています。3月末の順大競技会でも各選手が良い雰囲気の走りを見せていました。出場した選手はきついところで粘れていましたし、レースのなかった選手は全員で応援する姿がありました。学生たちからの「やってやろう」というエネルギーを肌で感じています。</p><p>――現役生活を終えて、改めてどんな心境でしょうか。<br /><span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　あっという間でした。特にトヨタ自動車九州に在籍した17年間は1年間のサイクルが同じということもあり、早く感じました。</p><p>――引退を決断したのはいつでしたか？<br /><span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　一番のきっかけは昨年10月のMGC（マラソングランドチャンピオンシップ）の結果を受けてですね。実は2022年11月下旬に内転筋と股関節周りを痛めて、翌年3月まで治らなかった頃から意識していました。10月にMGCを控える中で、そのブランクに大きな不安を感じていました。練習を積み重ねる中で9月上旬には戦える感覚がつかめましたが、良い動きの練習が1、2本続けてできた直後に、「あれ、なんか痛い」と異変を感じました。MGCまで痛みが回復せず、戦える状態でスタートラインに立てなかった時、決断しました。</p><p>――引退を決意した瞬間は、どんな思いが湧き起こりましたか？<br /><span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　気持ちが抜けた訳ではなかったですが、マラソンの火は消えた、勝負としてのマラソンは終わったなと思いました。これまで出場した17回のマラソンは途中棄権や失格なく走り切っていたので、最後まで走り切ることは自分自身のこだわりでもありました。ですが、MGCの30kmで（制限時間の）関門に引っかかった瞬間に「あ、来てしまったな」と。たとえ完走していても、このタイムではもう勝負できないと思ったでしょうし、勝負に臨める状態ではないと感じた時点で、引退を選んでいたと思います。</p><p>――周りの方には相談されましたか？<br /><span style="color: #000080;"><strong>今井</strong></span>　家族に話しました。妻は競技者でなくなることを想像できないと言っていましたし、子どもたちからももっと走ってほしいと言われました。でも、1月ぐらいに、再度、「やっぱりこのまま競技を続けるのは厳しい」と妻と話しました。森下広一監督には最後まで明言しないままでしたが、お互い感じているものは同じだったと思います。1％でも世界の可能性がある限りはあきらめるつもりはありませんでしたが、そんなに甘いものではないと監督はもちろん、自分自身でもわかっていました。</p>]]></content:encoded>


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		<item>
		<title>クローズアップ／豊田兼「4年間で一番の目標」ハードル2種目で世界へ 慶大96年ぶりと日本初の快挙に挑戦</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/133177</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 15 Apr 2024 18:13:58 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[豊田兼]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<gnf:modified>Mon, 15 Apr 2024 18:19:21 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 15 Apr 2024 18:19:21 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>パリ五輪に向けた戦いがいよいよスタートした。春のトラック＆フィールドシーズンから注目の選手を紹介する。</p>
<h2>異色のハードラーが2種目で五輪に挑戦</h2>
<p>日本の110mハードルには、<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13074" data-internallinksmanager029f6b8e52c="48" title="名鑑泉谷駿介">泉谷駿介</a>（住友電工）や<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/75190" data-internallinksmanager029f6b8e52c="50" title="名鑑村竹ラシッド">村竹ラシッド</a>（JAL）、400mハードルには<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/35412" data-internallinksmanager029f6b8e52c="53" title="名鑑黒川和樹">黒川和樹</a>（法大）ら、すでに世界で活躍するハードラーがいる。その2種目ともで世界を目指す異色の男がいる。</p>
<p>慶大4年の豊田兼だ。昨年は110mハードルで、学生世界一を決めるワールドユニバーシティゲームズに優勝。これは全カテゴリーを通じて初の優勝だった。さらに、400mハードルでは、日本インカレを優勝（東洋大・小川大輝と同時優勝）したあと、新潟で400mハードルに出場し、48秒47をマーク。パリ五輪参加標準記録（48秒70）を突破してみせた。</p>
<p>パリ五輪では「2種目で狙っていく」と強い思いをにじませる。</p>
<p>「大学に入学した時点で、4年生の時にパリ五輪があると思っていたので、そこから4年間での一番の目標にしてきました」</p>
<p>小学生の時にクラブチームで陸上を始め、東京・桐朋中でも陸上部に入った。当初は四種競技に取り組みつつ、ハードルや400mが得意だったこともあり、高校からで400mハードルに挑戦することを見据えていたという。中学時代に全国大会出場はなかった。</p>
<p>中・高一環のため、環境を変えずにトレーニングを積むと、1年目は110mハードルが15秒45、400mハードルは54秒40。その年の秋の新人戦で慶大の髙野大樹コーチが見た際には「とんでもない選手がいる」と感じたそうだ。</p>
<p>高2のインターハイ都大会でも衝撃が走った。110mハードル14秒85で2位、400mハードルは52秒85で優勝。身長190cmを超え、スケールの大きな走りに魅了された。コロナ禍に泣いた高校最終学年は全国高校大会で110mハードル4位、400mハードル5位だった。</p>
<p>慶大に進学すると、22年は飛躍の年に。主要タイトルには届かなかったが、13秒44と49秒76といういずれも学生トップクラスに成長している。そして、昨年、110mハードルでワールドユニバーシティゲームズを勝ち、13秒29（日本歴代6位）まで記録を短縮。これはパリ五輪参加標準記録（13秒27）まであと0.02秒に迫るもの。</p>
<p>「10月末の日本選手権リレーで少しケガをしたので、1ヵ月くらいは療養してから練習を再開しました」。冬場は慶大の競技場が改修のため「坂でハードルを跳んだり、ロング系の練習をしたりしてきました」という。</p>
<p>スマートな風貌とは想像つかないが、高校時代から「吐くほど追い込んで練習していた」と高校の恩師・外堀宏幸先生が明かしている。</p>
<p>身体作りは大学入学時から計画的に進めてきた。ウエイトトレーニングを週1、2回継続し、細身だった身体にも変化が現れている。</p>
<p>400mハードルはパリ五輪の参加標準記録を突破しているため、「2、3月は110mハードルに力を入れてきました」。記録を狙った3月末のシドニークラシック（豪州）は「攻めてタイムを狙いにいったのですが、木製のハードルに慣れていなかった」ことも影響し、6台目で接触して転倒し失格に。「調子が良かった」というだけに悔しい結果となった。</p>
<div id="attachment_133179" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-133179" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/KH9_0976.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-133179" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/KH9_0976.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/KH9_0976-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/KH9_0976-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-133179" class="wp-caption-text">東京六大学対校で400mHのシーズンイン</p></div>
<p>想定通りにはいかなかったが、すぐに切り換えて400mハードルにシフトチェンジ。4月の東京六大学対校では49秒38でシーズンインした。</p>
<p>「後半の歩数など、少し不安でしたが、ちょっと詰まりながらも確認できたので良かったです。走力も上がっていると思います。去年のこのレースは50秒00だったので、成長を感じています」</p>
<p>予定通り、5月までは世界を見据えて400mハードルの感覚を磨いていく。</p>
<p>4日間行われる6月の日本選手権は、初日に400mハードルの予選、2日目に決勝。そして3日目に110mハードル予選・準決勝、最終日に決勝という日程になった。「2日目にヨンパーで3位以内をしっかり達成して、トッパーは攻めたいです」と思い描いている。</p>
<p>フランスは父の祖国でもある。「モチベーションになります。僕がオリンピックに行ったら喜んでくれると思います」。オリンピックに出場すれば慶大の現役学生としては2012年ロンドンの<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29495" data-internallinksmanager029f6b8e52c="10" title="名鑑山縣亮太">山縣亮太</a>（現・セイコー）以来、慶大ハードラーとしては1928年アムステルダムの110mハードルに出場した三木義雄以来、実に96年ぶりとなる。そして、ハードル2種目で出場となれば、日本初の快挙だ。</p>
<p>「難しいのはわかっていますが、僕は絞りたくない」</p>
<p>2024年。常識にとらわれないハードラーが、世界への第一歩を刻む1年になりそうだ。</p>
<p><span style="font-size: 8pt;">文／向永拓史</span></p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>パリ五輪に向けた戦いがいよいよスタートした。春のトラック＆フィールドシーズンから注目の選手を紹介する。</p><h2>異色のハードラーが2種目で五輪に挑戦</h2><p>日本の110mハードルには、<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13074" data-internallinksmanager029f6b8e52c="48" title="名鑑泉谷駿介">泉谷駿介</a>（住友電工）や<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/75190" data-internallinksmanager029f6b8e52c="50" title="名鑑村竹ラシッド">村竹ラシッド</a>（JAL）、400mハードルには<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/35412" data-internallinksmanager029f6b8e52c="53" title="名鑑黒川和樹">黒川和樹</a>（法大）ら、すでに世界で活躍するハードラーがいる。その2種目ともで世界を目指す異色の男がいる。</p><p>慶大4年の豊田兼だ。昨年は110mハードルで、学生世界一を決めるワールドユニバーシティゲームズに優勝。これは全カテゴリーを通じて初の優勝だった。さらに、400mハードルでは、日本インカレを優勝（東洋大・小川大輝と同時優勝）したあと、新潟で400mハードルに出場し、48秒47をマーク。パリ五輪参加標準記録（48秒70）を突破してみせた。</p><p>パリ五輪では「2種目で狙っていく」と強い思いをにじませる。</p><p>「大学に入学した時点で、4年生の時にパリ五輪があると思っていたので、そこから4年間での一番の目標にしてきました」</p><p>小学生の時にクラブチームで陸上を始め、東京・桐朋中でも陸上部に入った。当初は四種競技に取り組みつつ、ハードルや400mが得意だったこともあり、高校からで400mハードルに挑戦することを見据えていたという。中学時代に全国大会出場はなかった。</p><p>中・高一環のため、環境を変えずにトレーニングを積むと、1年目は110mハードルが15秒45、400mハードルは54秒40。その年の秋の新人戦で慶大の髙野大樹コーチが見た際には「とんでもない選手がいる」と感じたそうだ。</p><p>高2のインターハイ都大会でも衝撃が走った。110mハードル14秒85で2位、400mハードルは52秒85で優勝。身長190cmを超え、スケールの大きな走りに魅了された。コロナ禍に泣いた高校最終学年は全国高校大会で110mハードル4位、400mハードル5位だった。</p><p>慶大に進学すると、22年は飛躍の年に。主要タイトルには届かなかったが、13秒44と49秒76といういずれも学生トップクラスに成長している。そして、昨年、110mハードルでワールドユニバーシティゲームズを勝ち、13秒29（日本歴代6位）まで記録を短縮。これはパリ五輪参加標準記録（13秒27）まであと0.02秒に迫るもの。</p><p>「10月末の日本選手権リレーで少しケガをしたので、1ヵ月くらいは療養してから練習を再開しました」。冬場は慶大の競技場が改修のため「坂でハードルを跳んだり、ロング系の練習をしたりしてきました」という。</p><p>スマートな風貌とは想像つかないが、高校時代から「吐くほど追い込んで練習していた」と高校の恩師・外堀宏幸先生が明かしている。</p><p>身体作りは大学入学時から計画的に進めてきた。ウエイトトレーニングを週1、2回継続し、細身だった身体にも変化が現れている。</p><p>400mハードルはパリ五輪の参加標準記録を突破しているため、「2、3月は110mハードルに力を入れてきました」。記録を狙った3月末のシドニークラシック（豪州）は「攻めてタイムを狙いにいったのですが、木製のハードルに慣れていなかった」ことも影響し、6台目で接触して転倒し失格に。「調子が良かった」というだけに悔しい結果となった。</p><div id="attachment_133179" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-133179" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/KH9_0976.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="size-full wp-image-133179" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/KH9_0976.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/KH9_0976-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/KH9_0976-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-133179" class="wp-caption-text">東京六大学対校で400mHのシーズンイン</p></div><p>想定通りにはいかなかったが、すぐに切り換えて400mハードルにシフトチェンジ。4月の東京六大学対校では49秒38でシーズンインした。</p><p>「後半の歩数など、少し不安でしたが、ちょっと詰まりながらも確認できたので良かったです。走力も上がっていると思います。去年のこのレースは50秒00だったので、成長を感じています」</p><p>予定通り、5月までは世界を見据えて400mハードルの感覚を磨いていく。</p><p>4日間行われる6月の日本選手権は、初日に400mハードルの予選、2日目に決勝。そして3日目に110mハードル予選・準決勝、最終日に決勝という日程になった。「2日目にヨンパーで3位以内をしっかり達成して、トッパーは攻めたいです」と思い描いている。</p><p>フランスは父の祖国でもある。「モチベーションになります。僕がオリンピックに行ったら喜んでくれると思います」。オリンピックに出場すれば慶大の現役学生としては2012年ロンドンの<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29495" data-internallinksmanager029f6b8e52c="10" title="名鑑山縣亮太">山縣亮太</a>（現・セイコー）以来、慶大ハードラーとしては1928年アムステルダムの110mハードルに出場した三木義雄以来、実に96年ぶりとなる。そして、ハードル2種目で出場となれば、日本初の快挙だ。</p><p>「難しいのはわかっていますが、僕は絞りたくない」</p><p>2024年。常識にとらわれないハードラーが、世界への第一歩を刻む1年になりそうだ。</p><p><span style="font-size: 8pt;">文／向永拓史</span></p>]]></content:encoded>


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		<title>女王シファン・ハッサンインタビュー「好奇心を持つこと」「失敗を恐れず前を向いて」挑戦し続けるメンタリティー</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/132910</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 12 Apr 2024 21:00:21 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[ハッサン]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<gnf:modified>Fri, 12 Apr 2024 21:00:49 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 12 Apr 2024 21:00:49 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>東京マラソン翌日の3月4日、女子10000mとマラソンで世界歴代2位の自己記録（29分06秒82＆2時間13分44秒）を持つシファン・ハッサン（オランダ）がインタビューに応じた。</p>
<p>東京マラソンでは2時間18分05秒で4位にとどまったが、東京五輪を戦った思い深い東京で3度目のマラソンに挑戦したことを喜び、「忍耐が必要だと改めて感じました」と前向きに振り返っていた。</p>
<p>世界の第一線で活躍を続けるランナーが、競技観や人生観、トレーニングで大切にしていることなどを語った。</p>
<p>――東京マラソンではお疲れさまでした。あらためてレースの感想をお願いします。</p>
<p>ハッサン　東京の街に戻って来られてうれしいです。昨日は最高の結果ではなかったけれど、沿道で驚くほど応援してもらえました。結果に関わらずハッピーですし、日本の方は長距離が大好きなことも知っていましたから、ベストを尽くしました。</p>
<p>――今回履いたシューズ「ナイキ アルファフライ 3」の履き心地はいかがでしたか。</p>
<p>ハッサン　私のために作られたかと思うくらい素晴らしい出来でした。長い距離を走ると1週間は身体がきついのですが、回復も早くて、すぐに走れてしまいます。</p>
<p>――Nikeのシューズの進化について、どんな感想をお持ちですか。また、数多くシューズのテストをやってきたと思いますが、開発者とのやりとりは楽しいですか？</p>
<p>ハッサン　とてもハッピーになります。テストの時にはまだ売られていないシューズをトライするのも楽しいし、私の意見が反映されるのもうれしい。2024年にまたいろんなシューズ出てくると思いますが、すべてのものが進化していく中で、私の意見が採用されるのはうれしいです。</p>
<p>――ハッサン選手は現在もトラックでも活躍を続けながら、マラソンにも挑戦されています。</p>
<p>ハッサン　マラソンに取り組み始めたのは3回目でまだ試している途上ですが、実はそんなに練習は変えていません。冬はたくさん走り、山や森も走ります。冬が終わればトラックに戻る。トラックを全力で走ることも好きなので、いろんなことをミックスして行うことが好きです。</p>
<p>マラソンは持久力も必要だし、我慢強く走らなければいけません。トラックもきついけどすぐに終わります。マラソンのトレーニングにおいては、（接地で）プッシュし過ぎないようにして、（出力を）抑えるようにすることもあります。昨年4月のロンドンマラソンの後は、トラックへの移行においてメンタル面できつかった部分がありました。トラックからマラソンへの移行はできますが、その逆は難しいと思います。</p>
<p>――走る以外にはどんなトレーニングをしていますか。</p>
<p>ハッサン　週に2回ジムに行きます。私はトラックもやるので、米国にいる時はロッククライミングもします。いろんなことを楽しくやっていますね。</p>
<p>――ケガをしないために気をつけていることはどんなことですか？</p>
<p>ハッサン　プラン通りに、ただ馬のように走るのではなく、スマートに走ること。繰り返し同じことをするだけでなく、いろいろな動きをミックスさせることも大切です。</p>
<p>――競技へのモチベーションをどのように保っていますか。</p>
<p>ハッサン　トレーニングを信じています。自分がどれだけ頑張ってきたかを理解しているので、身体が動いてくれると信じているのです。また、常に新しいことへチャレンジしているので、好奇心を持つことで、努力をするモチベーションにしています。</p>
<p>若い頃は結果やトレーニングで一喜一憂しましたが、大人になるにつれて『思ったようにことは進まない』と感じました。大事なのは毎日ベストを尽くすこと。そうすれば明日、新しい自分に会えるのです。</p>
<p>――人生で大切にしている哲学は？</p>
<p>ハッサン　好奇心を持つこと。人間は自分が思うよりもずっと良いものです。楽しいことをして、限界だと思わず、もっともっといけると思っています。もっと先を見て、努力をすれば、どんな人でも改善することができます。どんなことができるのかを考えて、失敗を恐れず前に向かっていくことだと思います。</p>
<p>――アスリートとして変わらないものはどんなことですか。</p>
<p>ハッサン　変わらずプロとして活躍すること、ランニングだけでなく、すべてのことについて学び続けることです。</p>
<p>――ずばり、強さの秘訣は？</p>
<p>ハッサン　好奇心が旺盛で、誰もやらないことをやることでしょうか。単に努力するだけでなく、学んで考え続けていることだと思います。周りに素晴らしい人たちがいて、支えてもらっている。幸運にも恵まれました。</p>
<p>――東京マラソンに一緒に出場したキプチョゲ選手についてどんな印象をお持ちですか。</p>
<p>ハッサン　父親のような感じです。私も学びたい。いつも「なんでそんなに勝てるの？」と聞いています。最高のロールモデル。すべてのランナーの尊敬の的だと思いますし、とても尊敬しています。</p>
<p>――走ることはあなたの人生に何をもたらしましたか。</p>
<p>ハッサン　私はランニングから辛抱強さを学びました。たくさん健康になりましたし、あきらめなくなりました。やり続けることが大事。東京五輪の1500m予選では転んでしまいましたが、あきらめずに1着でフィニッシュできました。何が起きてもあきらめないこと、辛抱強く努力を続けること。それによって改善、向上する。ランニングを通じて大人になれたと思います。</p>
<p>――今後の目標を教えてください。</p>
<p>ハッサン　パリ五輪でメダルを取りたいと思いますし、どの種目になるかわからないですが、また東京にも戻ってきたいです。次回の東京でも、またたくさんのファンのみなさんの前で走りたいと思います。</p>
<p>シファン・ハッサン（オランダ）<br />
1993年1月1日生まれ、31歳。エチオピア生まれのオランダ人。2015年北京世界選手権女子1500mで銅メダルを獲得すると、以降は中長距離種目で国際大会のメダル常連に。19年のドーハ世界選手権では1500mと10000mの変則2冠を達成し、21年の東京五輪では5000mと10000mの2冠、1500mでも銅メダルと3つのメダルを獲得した。同年には10000mで29分06秒82の世界記録（現・歴代2位）を樹立し、23年4月のロンドンでマラソンデビュー。同年10月のシカゴで世界歴代2位の2時間13分44秒をマークした。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>東京マラソン翌日の3月4日、女子10000mとマラソンで世界歴代2位の自己記録（29分06秒82＆2時間13分44秒）を持つシファン・ハッサン（オランダ）がインタビューに応じた。</p><p>東京マラソンでは2時間18分05秒で4位にとどまったが、東京五輪を戦った思い深い東京で3度目のマラソンに挑戦したことを喜び、「忍耐が必要だと改めて感じました」と前向きに振り返っていた。</p><p>世界の第一線で活躍を続けるランナーが、競技観や人生観、トレーニングで大切にしていることなどを語った。</p><p>――東京マラソンではお疲れさまでした。あらためてレースの感想をお願いします。</p><p>ハッサン　東京の街に戻って来られてうれしいです。昨日は最高の結果ではなかったけれど、沿道で驚くほど応援してもらえました。結果に関わらずハッピーですし、日本の方は長距離が大好きなことも知っていましたから、ベストを尽くしました。</p><p>――今回履いたシューズ「ナイキ アルファフライ 3」の履き心地はいかがでしたか。</p><p>ハッサン　私のために作られたかと思うくらい素晴らしい出来でした。長い距離を走ると1週間は身体がきついのですが、回復も早くて、すぐに走れてしまいます。</p><p>――Nikeのシューズの進化について、どんな感想をお持ちですか。また、数多くシューズのテストをやってきたと思いますが、開発者とのやりとりは楽しいですか？</p><p>ハッサン　とてもハッピーになります。テストの時にはまだ売られていないシューズをトライするのも楽しいし、私の意見が反映されるのもうれしい。2024年にまたいろんなシューズ出てくると思いますが、すべてのものが進化していく中で、私の意見が採用されるのはうれしいです。</p><p>――ハッサン選手は現在もトラックでも活躍を続けながら、マラソンにも挑戦されています。</p><p>ハッサン　マラソンに取り組み始めたのは3回目でまだ試している途上ですが、実はそんなに練習は変えていません。冬はたくさん走り、山や森も走ります。冬が終わればトラックに戻る。トラックを全力で走ることも好きなので、いろんなことをミックスして行うことが好きです。</p><p>マラソンは持久力も必要だし、我慢強く走らなければいけません。トラックもきついけどすぐに終わります。マラソンのトレーニングにおいては、（接地で）プッシュし過ぎないようにして、（出力を）抑えるようにすることもあります。昨年4月のロンドンマラソンの後は、トラックへの移行においてメンタル面できつかった部分がありました。トラックからマラソンへの移行はできますが、その逆は難しいと思います。</p><p>――走る以外にはどんなトレーニングをしていますか。</p><p>ハッサン　週に2回ジムに行きます。私はトラックもやるので、米国にいる時はロッククライミングもします。いろんなことを楽しくやっていますね。</p><p>――ケガをしないために気をつけていることはどんなことですか？</p><p>ハッサン　プラン通りに、ただ馬のように走るのではなく、スマートに走ること。繰り返し同じことをするだけでなく、いろいろな動きをミックスさせることも大切です。</p><p>――競技へのモチベーションをどのように保っていますか。</p><p>ハッサン　トレーニングを信じています。自分がどれだけ頑張ってきたかを理解しているので、身体が動いてくれると信じているのです。また、常に新しいことへチャレンジしているので、好奇心を持つことで、努力をするモチベーションにしています。</p><p>若い頃は結果やトレーニングで一喜一憂しましたが、大人になるにつれて『思ったようにことは進まない』と感じました。大事なのは毎日ベストを尽くすこと。そうすれば明日、新しい自分に会えるのです。</p><p>――人生で大切にしている哲学は？</p><p>ハッサン　好奇心を持つこと。人間は自分が思うよりもずっと良いものです。楽しいことをして、限界だと思わず、もっともっといけると思っています。もっと先を見て、努力をすれば、どんな人でも改善することができます。どんなことができるのかを考えて、失敗を恐れず前に向かっていくことだと思います。</p><p>――アスリートとして変わらないものはどんなことですか。</p><p>ハッサン　変わらずプロとして活躍すること、ランニングだけでなく、すべてのことについて学び続けることです。</p><p>――ずばり、強さの秘訣は？</p><p>ハッサン　好奇心が旺盛で、誰もやらないことをやることでしょうか。単に努力するだけでなく、学んで考え続けていることだと思います。周りに素晴らしい人たちがいて、支えてもらっている。幸運にも恵まれました。</p><p>――東京マラソンに一緒に出場したキプチョゲ選手についてどんな印象をお持ちですか。</p><p>ハッサン　父親のような感じです。私も学びたい。いつも「なんでそんなに勝てるの？」と聞いています。最高のロールモデル。すべてのランナーの尊敬の的だと思いますし、とても尊敬しています。</p><p>――走ることはあなたの人生に何をもたらしましたか。</p><p>ハッサン　私はランニングから辛抱強さを学びました。たくさん健康になりましたし、あきらめなくなりました。やり続けることが大事。東京五輪の1500m予選では転んでしまいましたが、あきらめずに1着でフィニッシュできました。何が起きてもあきらめないこと、辛抱強く努力を続けること。それによって改善、向上する。ランニングを通じて大人になれたと思います。</p><p>――今後の目標を教えてください。</p><p>ハッサン　パリ五輪でメダルを取りたいと思いますし、どの種目になるかわからないですが、また東京にも戻ってきたいです。次回の東京でも、またたくさんのファンのみなさんの前で走りたいと思います。</p><p>シファン・ハッサン（オランダ）<br />1993年1月1日生まれ、31歳。エチオピア生まれのオランダ人。2015年北京世界選手権女子1500mで銅メダルを獲得すると、以降は中長距離種目で国際大会のメダル常連に。19年のドーハ世界選手権では1500mと10000mの変則2冠を達成し、21年の東京五輪では5000mと10000mの2冠、1500mでも銅メダルと3つのメダルを獲得した。同年には10000mで29分06秒82の世界記録（現・歴代2位）を樹立し、23年4月のロンドンでマラソンデビュー。同年10月のシカゴで世界歴代2位の2時間13分44秒をマークした。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>“キング”キプチョゲが語るマラソン「挑戦すること。人間に限界はありません」パリ五輪で目指すのは…</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/132904</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 12 Apr 2024 20:56:37 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[キプチョゲ]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<gnf:modified>Fri, 12 Apr 2024 21:01:20 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 12 Apr 2024 21:01:20 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>東京マラソン翌日の3月4日、男子マラソンの前世界記録保持者で五輪2連覇中のエリウド・キプチョゲ（ケニア）がインタビューに応じた。</p>
<p>前日の東京マラソンで、2時間6分50秒で10位。実力を発揮できなかったものの、「東京の街に戻ってこられてうれしい。たくさんの方が応援してくれて素晴らしかったです」と振り返る。</p>
<p>世界の第一線で活躍を続けるランナーが、競技観や人生観、トレーニングで大切にしていることなどを語った。</p>
<p>――東京マラソンではお疲れさまでした。あらためてレースの感想をお願いします。</p>
<p>キプチョゲ　東京に戻って来られてうれしいです。日本はランニングのカルチャーが根づいていて、沿道の応援も素晴らしかった。たくさんの人がポジティブに動いていて、ランニングが人々を結びつけていると感じました。</p>
<p>結果は残念でしたが、人間は機械ではありません。100％のトレーニングができても結果が出ないこともある。それこそがスポーツ。大事なのは結果を受け入れること。そして止まらないことなのです。</p>
<p>――今回履いたシューズ「ナイキ アルファフライ 3」の履き心地はいかがでしたか。</p>
<p>キプチョゲ　とても良かったです。リカバリーも素晴らしいですし、インパクトも吸収してくれる。軽くて、色も良いですね。</p>
<p>――Nikeのシューズの進化について、どんな感想をお持ちですか。</p>
<p>キプチョゲ　（2017年のマラソン2時間切りプロジェクト）Breaking2からNikeと一緒に走ってきました。プロのチームが一生懸命作ってくれていて、新しいものが出てくるたびに良くなっている印象があります。</p>
<p>――今まで数多くシューズのテストをやってきたと思いますが、開発者とのやりとりは楽しいですか？</p>
<p>キプチョゲ　とても楽しいです。この2ヵ月もマーケットに出ていないシューズを6種類くらいテストしています。</p>
<p>――トラックからマラソンに移行する時に気をつけていたことはありますか。</p>
<p>キプチョゲ　マラソンとトラックはまったく違うもの。トラックは短くてきつく、マラソンは長い。サーフェスの違うところを走って筋力を鍛えることも大切です。</p>
<p>――走る以外にはどんなトレーニングをしていますか。</p>
<p>キプチョゲ　ジムにも行きますし、サイクリングにも行きます。アクティブ・レストと言うよりも、トレーニングという位置づけです。ボリューム（練習量）を積まないといけないですが、ロードを走るだけだと負担が大きいのです。</p>
<p>――ケガをしないために気をつけていることはどんなことですか。</p>
<p>キプチョゲ　正しいことを正しいタイミングでやること。それがケガの予防になります。</p>
<p>――競技へのモチベーションをどのように保っているのでしょう。</p>
<p>キプチョゲ　マラソンのためにはしっかりトレーニングすること。そうすればケガをせずにいけるということを言い聞かせます。</p>
<p>――人生で大切にしている哲学は？　アスリートとして変わらないものはどんなことですか。</p>
<p>キプチョゲ　挑戦すること。人間に限界はありません。プロである以上、競技を続ける、努力を続けることは変わってはいけないことですね。</p>
<p>――ずばり、強さの秘訣は？</p>
<p>キプチョゲ　努力を続けることです。プランをしっかり準備しますし、スポーツを仕事として捉えています。</p>
<p>――走ることはあなたの人生に何をもたらしましたか。</p>
<p>キプチョゲ　ランニング、マラソンは人生です。人生と自由な考えをもらいました。マラソンをすれば人生がわかります。</p>
<p>――今後の目標を教えてください。</p>
<p>キプチョゲ　パリ五輪でマラソンを走り、また世界チャンピオン（3連覇）になりたいと思います。そして、また東京にも来たいですね。</p>
<p>エリウド・キプチョゲ（ケニア）<br />
1984年11月5日生まれ、39歳。2003年パリ世界選手権男子5000mでは当時18歳ながら金メダルを獲得し、脚光を浴びる。5000mでは五輪で2個、世界選手権で2個のメダルを獲得し、2012年よりマラソンに転向。五輪2連覇を含む20戦16勝という驚異の戦績を誇る。17年にはイタリアで実施されたNikeのマラソン2時間切りプロジェクト「Breaking2」に参加し、当時の世界記録を2分32秒も上回る2時間0分25秒をマーク。その翌年のベルリンでは2時間1分39秒と公認での世界記録を樹立し、19年には再び非公認の2時間切りイベントに参加して1時間59分40秒と、人類史上初めて2時間切りを果たした。22年のベルリンでは2時間1分09秒と2度目の世界記録（現・歴代2位）を樹立している。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>東京マラソン翌日の3月4日、男子マラソンの前世界記録保持者で五輪2連覇中のエリウド・キプチョゲ（ケニア）がインタビューに応じた。</p><p>前日の東京マラソンで、2時間6分50秒で10位。実力を発揮できなかったものの、「東京の街に戻ってこられてうれしい。たくさんの方が応援してくれて素晴らしかったです」と振り返る。</p><p>世界の第一線で活躍を続けるランナーが、競技観や人生観、トレーニングで大切にしていることなどを語った。</p><p>――東京マラソンではお疲れさまでした。あらためてレースの感想をお願いします。</p><p>キプチョゲ　東京に戻って来られてうれしいです。日本はランニングのカルチャーが根づいていて、沿道の応援も素晴らしかった。たくさんの人がポジティブに動いていて、ランニングが人々を結びつけていると感じました。</p><p>結果は残念でしたが、人間は機械ではありません。100％のトレーニングができても結果が出ないこともある。それこそがスポーツ。大事なのは結果を受け入れること。そして止まらないことなのです。</p><p>――今回履いたシューズ「ナイキ アルファフライ 3」の履き心地はいかがでしたか。</p><p>キプチョゲ　とても良かったです。リカバリーも素晴らしいですし、インパクトも吸収してくれる。軽くて、色も良いですね。</p><p>――Nikeのシューズの進化について、どんな感想をお持ちですか。</p><p>キプチョゲ　（2017年のマラソン2時間切りプロジェクト）Breaking2からNikeと一緒に走ってきました。プロのチームが一生懸命作ってくれていて、新しいものが出てくるたびに良くなっている印象があります。</p><p>――今まで数多くシューズのテストをやってきたと思いますが、開発者とのやりとりは楽しいですか？</p><p>キプチョゲ　とても楽しいです。この2ヵ月もマーケットに出ていないシューズを6種類くらいテストしています。</p><p>――トラックからマラソンに移行する時に気をつけていたことはありますか。</p><p>キプチョゲ　マラソンとトラックはまったく違うもの。トラックは短くてきつく、マラソンは長い。サーフェスの違うところを走って筋力を鍛えることも大切です。</p><p>――走る以外にはどんなトレーニングをしていますか。</p><p>キプチョゲ　ジムにも行きますし、サイクリングにも行きます。アクティブ・レストと言うよりも、トレーニングという位置づけです。ボリューム（練習量）を積まないといけないですが、ロードを走るだけだと負担が大きいのです。</p><p>――ケガをしないために気をつけていることはどんなことですか。</p><p>キプチョゲ　正しいことを正しいタイミングでやること。それがケガの予防になります。</p><p>――競技へのモチベーションをどのように保っているのでしょう。</p><p>キプチョゲ　マラソンのためにはしっかりトレーニングすること。そうすればケガをせずにいけるということを言い聞かせます。</p><p>――人生で大切にしている哲学は？　アスリートとして変わらないものはどんなことですか。</p><p>キプチョゲ　挑戦すること。人間に限界はありません。プロである以上、競技を続ける、努力を続けることは変わってはいけないことですね。</p><p>――ずばり、強さの秘訣は？</p><p>キプチョゲ　努力を続けることです。プランをしっかり準備しますし、スポーツを仕事として捉えています。</p><p>――走ることはあなたの人生に何をもたらしましたか。</p><p>キプチョゲ　ランニング、マラソンは人生です。人生と自由な考えをもらいました。マラソンをすれば人生がわかります。</p><p>――今後の目標を教えてください。</p><p>キプチョゲ　パリ五輪でマラソンを走り、また世界チャンピオン（3連覇）になりたいと思います。そして、また東京にも来たいですね。</p><p>エリウド・キプチョゲ（ケニア）<br />1984年11月5日生まれ、39歳。2003年パリ世界選手権男子5000mでは当時18歳ながら金メダルを獲得し、脚光を浴びる。5000mでは五輪で2個、世界選手権で2個のメダルを獲得し、2012年よりマラソンに転向。五輪2連覇を含む20戦16勝という驚異の戦績を誇る。17年にはイタリアで実施されたNikeのマラソン2時間切りプロジェクト「Breaking2」に参加し、当時の世界記録を2分32秒も上回る2時間0分25秒をマーク。その翌年のベルリンでは2時間1分39秒と公認での世界記録を樹立し、19年には再び非公認の2時間切りイベントに参加して1時間59分40秒と、人類史上初めて2時間切りを果たした。22年のベルリンでは2時間1分09秒と2度目の世界記録（現・歴代2位）を樹立している。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>クローズアップ／400m・中島佑気ジョセフ「覚悟を決めて、死に物狂いで」ブダペストの悔しさをパリ五輪にぶつける</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/132879</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 12 Apr 2024 17:50:24 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[中島佑気ジョセフ]]></category>
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		<gnf:modified>Fri, 12 Apr 2024 17:32:15 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 12 Apr 2024 17:32:15 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>パリ五輪に向けた戦いがいよいよスタートした。春のトラック＆フィールドシーズンから注目の選手を紹介する。</p>
<h2>「最後の壁が破れなかった」</h2>
<p>大躍進を遂げた1年と言っていいだろう。6月の日本選手権で初優勝。個人初の世界大会だったブダペスト世界選手権では準決勝に進み、3着で決勝進出にあと一歩まで迫った。さらに目を引いたのが記録水準。5月の静岡国際（45秒46）を皮切りに、45秒15をマークした日本選手権まで4試合連続で自己新をマーク。その後も、ブダペスト世界選手権準決勝で日本歴代5位の45秒04を出したのをはじめ、海外レースを含めて安定して45秒1前後を刻んだ。それでも、中島は悔しさを隠さない。</p>
<p>「結果的に見れば、45秒51だった22年までの自己ベストを、約0.5秒短縮することができました。それまでは45秒台は3回しか出していなかったのですが、23年は45秒前半でずっと安定させることができた。国内、海外問わず、大きい舞台でも、本当にどこに行っても安定して45秒前半を連発できたので、安定感はピカイチだったと思います。</p>
<p>いろいろな大会を経験できたことも、ものすごく価値があります。ブダペスト世界陸上では、個人で初めて世界大会のレースに出場でき、準決勝まで行って3着。単独での海外遠征も初めて挑戦し、ダイヤモンドリーグにも2度出場できました。何度も世界と戦うことができ、その中でも自分の良さを出して勝負するという感覚はつかめたと思います。</p>
<p>ただ目標は、世界陸上のファイナルと日本記録の更新。それを考えると、45秒1台～0台を連発しているのに、なぜか（44秒台への）最後の壁が破れない。そういうもどかしさを抱えながらのシーズンでしたね。45秒前半を何度も出せたことは、周囲からすごく評価していただきました。でも、やっぱり目指してるのはそこじゃないので」</p>
<p>これほどまでの成績と、安定したパフォーマンスを発揮できた要因はどこにあるのか。400mのレース戦略を含め、その「ブレイクスルー」のポイントに中島は22年のオレゴン世界陸上を挙げる。</p>
<p>「今までは、消極的なレースばかりでした。ラスト150mぐらいから上げ始めて、フィニッシュ前に追いつくか、追いつかないか。前半に内側から追い上げられた時には、もう自分のペースがわからなくなってしまうこともありました。自分でレースを作れない、受け身のような姿勢だったんです。</p>
<p>でも、オレゴン世界陸上の4×400mリレーで速いレースを経験して、自分で少しレースを作れるようになってきました。ひと冬を越えてスピードが上がってきた感覚もあった。だから、それを生かして最初の100mで加速に乗せることを意識し、バックストレートもそのスピードを維持して駆け抜けることを意識しました。加えて、自分の強みである後半でどこまで粘れるか。それを、シーズン前半で試したら、自己ベストをどんどん短縮できました。特に前半の200m通過が0.3～0.5秒ぐらい速くなったことが直結してると思います。後半も、今までと同じぐらいでまとめることができていました。</p>
<p>メンタル面も工夫しました。自己分析を重ねて、自分が最大限のパフォーマンスを出すためにはどういうマインドセットをして臨めばいいのか、それを確立することができたと思っています。だから、緊張し過ぎたり、力んで集中力を欠いたりというところもほぼなくなり、かなり完成度の高い状態をキープできていることが、すごい大きいのかなと思います」</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>パリ五輪に向けた戦いがいよいよスタートした。春のトラック＆フィールドシーズンから注目の選手を紹介する。</p><h2>「最後の壁が破れなかった」</h2><p>大躍進を遂げた1年と言っていいだろう。6月の日本選手権で初優勝。個人初の世界大会だったブダペスト世界選手権では準決勝に進み、3着で決勝進出にあと一歩まで迫った。さらに目を引いたのが記録水準。5月の静岡国際（45秒46）を皮切りに、45秒15をマークした日本選手権まで4試合連続で自己新をマーク。その後も、ブダペスト世界選手権準決勝で日本歴代5位の45秒04を出したのをはじめ、海外レースを含めて安定して45秒1前後を刻んだ。それでも、中島は悔しさを隠さない。</p><p>「結果的に見れば、45秒51だった22年までの自己ベストを、約0.5秒短縮することができました。それまでは45秒台は3回しか出していなかったのですが、23年は45秒前半でずっと安定させることができた。国内、海外問わず、大きい舞台でも、本当にどこに行っても安定して45秒前半を連発できたので、安定感はピカイチだったと思います。</p><p>いろいろな大会を経験できたことも、ものすごく価値があります。ブダペスト世界陸上では、個人で初めて世界大会のレースに出場でき、準決勝まで行って3着。単独での海外遠征も初めて挑戦し、ダイヤモンドリーグにも2度出場できました。何度も世界と戦うことができ、その中でも自分の良さを出して勝負するという感覚はつかめたと思います。</p><p>ただ目標は、世界陸上のファイナルと日本記録の更新。それを考えると、45秒1台～0台を連発しているのに、なぜか（44秒台への）最後の壁が破れない。そういうもどかしさを抱えながらのシーズンでしたね。45秒前半を何度も出せたことは、周囲からすごく評価していただきました。でも、やっぱり目指してるのはそこじゃないので」</p><p>これほどまでの成績と、安定したパフォーマンスを発揮できた要因はどこにあるのか。400mのレース戦略を含め、その「ブレイクスルー」のポイントに中島は22年のオレゴン世界陸上を挙げる。</p><p>「今までは、消極的なレースばかりでした。ラスト150mぐらいから上げ始めて、フィニッシュ前に追いつくか、追いつかないか。前半に内側から追い上げられた時には、もう自分のペースがわからなくなってしまうこともありました。自分でレースを作れない、受け身のような姿勢だったんです。</p><p>でも、オレゴン世界陸上の4×400mリレーで速いレースを経験して、自分で少しレースを作れるようになってきました。ひと冬を越えてスピードが上がってきた感覚もあった。だから、それを生かして最初の100mで加速に乗せることを意識し、バックストレートもそのスピードを維持して駆け抜けることを意識しました。加えて、自分の強みである後半でどこまで粘れるか。それを、シーズン前半で試したら、自己ベストをどんどん短縮できました。特に前半の200m通過が0.3～0.5秒ぐらい速くなったことが直結してると思います。後半も、今までと同じぐらいでまとめることができていました。</p><p>メンタル面も工夫しました。自己分析を重ねて、自分が最大限のパフォーマンスを出すためにはどういうマインドセットをして臨めばいいのか、それを確立することができたと思っています。だから、緊張し過ぎたり、力んで集中力を欠いたりというところもほぼなくなり、かなり完成度の高い状態をキープできていることが、すごい大きいのかなと思います」</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>クローズアップ／棒高跳・諸田実咲「秦さんや森本さんのように世界に出たい」パリ五輪へビッグジャンプ</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/132775</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 10 Apr 2024 17:45:43 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[諸田実咲]]></category>
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		<gnf:modified>Wed, 10 Apr 2024 17:52:31 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 10 Apr 2024 17:52:31 +0900</oa:lastPubDate>

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				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/20231218_121340.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>パリ五輪に向けた戦いがいよいよスタートした。春のトラック＆フィールドシーズンから注目の選手を紹介する。</p>
<p>2023年は女子跳躍にとって歴史的な年となった。走幅跳では<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13165" data-internallinksmanager029f6b8e52c="156" title="名鑑秦澄美鈴">秦澄美鈴</a>（シバタ工業、現・住友電工）が池田久美子の日本記録6m86を17年ぶりに塗り替える6m97。三段跳では<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13167" data-internallinksmanager029f6b8e52c="158" title="名鑑森本麻里子">森本麻里子</a>（内田建設、現・オリコ）が花岡麻帆の日本記録14m04を24年ぶりに更新した。日本陸上界に燦然と輝く“レジェンド”の記録をついに動かした2人は、ブダペスト世界選手権にも出場している。</p>
<p>その2人の影にやや隠れてしまったが、棒高跳も負けてはいない。<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/64540" data-internallinksmanager029f6b8e52c="155" title="名鑑諸田実咲">諸田実咲</a>（アットホーム）が2度日本記録を塗り替え、パリ五輪へ突き進んでいる。</p>
<h2>23年度一発目の日本記録</h2>
<p>昨シーズン、“日本新第一号”は諸田によってもたらされた。4月1日に4m41。ロンドン五輪に出場した我孫子智美の日本記録を11年ぶりに1cm塗り替えた。2023年度、栃木スポーツ協会からアットホームに所属となり、新しいユニフォームを着て臨む最初の試合だった。</p>
<p>「あそこで日本新が出るとは思っていなかったのですが、跳べたことで『今これくらい跳べるんだ』と自信になりました」。技術的に「良かったとは言えない」が、「冬季をケガなく積めてベースアップできた成果」だと振り返る。</p>
<p>特に助走の面では数年かけて改善してきた。「この2、3年で徐々に良くなってきて、形になってきました。特に後半、ラストの駆け上がりのところで後傾しないで走れるようになりました」。</p>
<p>4m41に関してはこう振り返る。</p>
<p>「最後の（踏み切りまでの）入りの勢いが全然違いました。1つ前の高さ（4m34）は少し上の方向に入ってしまったのですが、前方向にポールを曲げる意識を持ったら反発がもらえて、上に打ち上げられる感覚がありました」</p>
<p>棒高跳は陸上競技に置いて唯一、道具を使って身体を動かす種目である。助走スピードを生かし、ポールを曲げる。そのポールがまっすぐに戻ろうとする力を利用して空中へとテイクオフする。世界トップ選手は男子であれば6mを越える。それは“跳ぶ”よりも“飛ぶ”と表現しても大げさではない。</p>
<p>不思議なもので、高く跳び上がるのだが、失敗跳躍の時は「上に上がろうとしてしまう」。そうすると、「良い反発がもらえない」のだという。わずかなスペースに、ほぼ全速力でポールを突き刺す恐怖心に打ち勝ち、「前に力を加える」ことができれば、ポールが曲がり、身体は美しく宙を舞う。</p>
<p>2023年は7月のアジア選手権（タイ・バンコク）、秋のアジア大会（中国・杭州）をターゲットに置いていた。4m30前後で安定し、日本選手権も4m20で2年ぶりに制した。しかし、その後は左膝の痛みに苦しむ。</p>
<p>「膝が内側に入ってしまうのが原因で外側の軟骨が擦れてしまって痛みが出ます。手術はせず、動き・走り・フォームを改善したり、周囲を強化したり、根本から見直しています」</p>
<p>世界大会に出場するためには参加標準記録を突破するか、ワールドランキングで出場権獲得圏内に入る必要がある。アジア選手権はワールドランキングを上げるためのポイントが多く獲得できるチャンスがあった。</p>
<p>しかし、ケガのため4m00の4位。「一番痛みがきつくて、練習もまともにできていなかったです。心も身体も不安定なまま。そんなに甘くなかったですね」。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>パリ五輪に向けた戦いがいよいよスタートした。春のトラック＆フィールドシーズンから注目の選手を紹介する。</p><p>2023年は女子跳躍にとって歴史的な年となった。走幅跳では<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13165" data-internallinksmanager029f6b8e52c="156" title="名鑑秦澄美鈴">秦澄美鈴</a>（シバタ工業、現・住友電工）が池田久美子の日本記録6m86を17年ぶりに塗り替える6m97。三段跳では<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13167" data-internallinksmanager029f6b8e52c="158" title="名鑑森本麻里子">森本麻里子</a>（内田建設、現・オリコ）が花岡麻帆の日本記録14m04を24年ぶりに更新した。日本陸上界に燦然と輝く“レジェンド”の記録をついに動かした2人は、ブダペスト世界選手権にも出場している。</p><p>その2人の影にやや隠れてしまったが、棒高跳も負けてはいない。<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/64540" data-internallinksmanager029f6b8e52c="155" title="名鑑諸田実咲">諸田実咲</a>（アットホーム）が2度日本記録を塗り替え、パリ五輪へ突き進んでいる。</p><h2>23年度一発目の日本記録</h2><p>昨シーズン、“日本新第一号”は諸田によってもたらされた。4月1日に4m41。ロンドン五輪に出場した我孫子智美の日本記録を11年ぶりに1cm塗り替えた。2023年度、栃木スポーツ協会からアットホームに所属となり、新しいユニフォームを着て臨む最初の試合だった。</p><p>「あそこで日本新が出るとは思っていなかったのですが、跳べたことで『今これくらい跳べるんだ』と自信になりました」。技術的に「良かったとは言えない」が、「冬季をケガなく積めてベースアップできた成果」だと振り返る。</p><p>特に助走の面では数年かけて改善してきた。「この2、3年で徐々に良くなってきて、形になってきました。特に後半、ラストの駆け上がりのところで後傾しないで走れるようになりました」。</p><p>4m41に関してはこう振り返る。</p><p>「最後の（踏み切りまでの）入りの勢いが全然違いました。1つ前の高さ（4m34）は少し上の方向に入ってしまったのですが、前方向にポールを曲げる意識を持ったら反発がもらえて、上に打ち上げられる感覚がありました」</p><p>棒高跳は陸上競技に置いて唯一、道具を使って身体を動かす種目である。助走スピードを生かし、ポールを曲げる。そのポールがまっすぐに戻ろうとする力を利用して空中へとテイクオフする。世界トップ選手は男子であれば6mを越える。それは“跳ぶ”よりも“飛ぶ”と表現しても大げさではない。</p><p>不思議なもので、高く跳び上がるのだが、失敗跳躍の時は「上に上がろうとしてしまう」。そうすると、「良い反発がもらえない」のだという。わずかなスペースに、ほぼ全速力でポールを突き刺す恐怖心に打ち勝ち、「前に力を加える」ことができれば、ポールが曲がり、身体は美しく宙を舞う。</p><p>2023年は7月のアジア選手権（タイ・バンコク）、秋のアジア大会（中国・杭州）をターゲットに置いていた。4m30前後で安定し、日本選手権も4m20で2年ぶりに制した。しかし、その後は左膝の痛みに苦しむ。</p><p>「膝が内側に入ってしまうのが原因で外側の軟骨が擦れてしまって痛みが出ます。手術はせず、動き・走り・フォームを改善したり、周囲を強化したり、根本から見直しています」</p><p>世界大会に出場するためには参加標準記録を突破するか、ワールドランキングで出場権獲得圏内に入る必要がある。アジア選手権はワールドランキングを上げるためのポイントが多く獲得できるチャンスがあった。</p><p>しかし、ケガのため4m00の4位。「一番痛みがきつくて、練習もまともにできていなかったです。心も身体も不安定なまま。そんなに甘くなかったですね」。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【“陸女”インタビュー】女優・リポーターの大島璃乃さん「山道を走り抜いた達成感は忘れない！」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/129717</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 02 Mar 2024 17:23:45 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
		<category><![CDATA[大島璃乃]]></category>
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		<gnf:modified>Sat, 02 Mar 2024 17:37:51 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sat, 02 Mar 2024 17:37:51 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 情報番組でリポーターを務め、グラビアなどでも活躍する大島璃乃さん。中学時代は陸上部で、駅伝では県大会に出場した経験を持つ。今後は女優としても注目を集める大島さんに陸上部時代のことを振り返ってもらいました。</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-129718" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/8646ee42b6385ea1557e9d7c213b1529.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/8646ee42b6385ea1557e9d7c213b1529.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/8646ee42b6385ea1557e9d7c213b1529-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p>
<h2>小学校のマラソン大会がきっかけで陸上部へ</h2>
<p><strong>――SNSでもトレーニングされている様子を公開されています。身体を動かすのがずっと好きだったんですか？</strong></p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>大島</strong></span>　小さい頃からずっと好きでした。割と活発なほうだったと思います。3歳からスイミングに通って、平泳ぎが得意で小5の時は選手コースでした。バドミントンも少し習っていました。</p>
<p><strong>――陸上部に入ったきっかけは。</strong></p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>大島</strong></span>　小学校の時のマラソン大会で自信があって、中学から陸上部に入りました。水泳をやっていたからか、心肺機能的に長距離に向いていたのかなって。</p>
<p><strong>――種目はやっぱり……？</strong></p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>大島</strong></span>　800mと1500mをやっていました！　短距離は苦手でした（笑）。</p>
<p><strong>――陸上部はどんな雰囲気でしたか。</strong></p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>大島</strong></span>　そんなに厳しくはなかったです。種目別に分かれて練習していましたが、中距離ブロックは先輩と2人だけで、ジョグも話しながらできて、割と地味な感じだったと思います。</p>
<p>でも、小さい時から負けず嫌いで、結構練習していました。部活ではないのですが、中学のマラソン大会が11月くらいにあって、割と実家の近くの山や坂道、階段を使って練習していたんです。</p>
<p>1、2年の時は1番になれなくて、バスケットボール部に負けたんです。それが悔しくて受験勉強があるなか、家族にも隠れて走っていました！　それで3年の時に1番になれたんです！</p>
<div id="attachment_129724" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-129724" class="size-full wp-image-129724" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/FN2_0130.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/FN2_0130.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/FN2_0130-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/FN2_0130-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-129724" class="wp-caption-text">陸上部時代の思い出を振り返る大島璃乃さん</p></div>
<p><strong>――中距離レースの醍醐味とは!?</strong></p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>大島</strong></span>　やっぱり“自分との戦い”です！　ペース配分が大事で、緩め過ぎてもダメだし、飛ばし過ぎてもいけない。どれだけ体力を残して最後に追い込みをかけられるか……とか。相手もいるので意外と頭脳戦なんです。</p>
<p>最後の1周で“カラン・カラン”って鐘が鳴る時は本当に死にそうです（笑）。でも、そこが一番頑張らないといけなくて。練習でも試合でもタイムが出ない時は「最後、自分に甘かったなって」思います。自分を責められるのは自分しかいない。メンタル的にも鍛えられましたね。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 情報番組でリポーターを務め、グラビアなどでも活躍する大島璃乃さん。中学時代は陸上部で、駅伝では県大会に出場した経験を持つ。今後は女優としても注目を集める大島さんに陸上部時代のことを振り返ってもらいました。</span></strong></p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-129718" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/8646ee42b6385ea1557e9d7c213b1529.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/8646ee42b6385ea1557e9d7c213b1529.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/8646ee42b6385ea1557e9d7c213b1529-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p><h2>小学校のマラソン大会がきっかけで陸上部へ</h2><p><strong>――SNSでもトレーニングされている様子を公開されています。身体を動かすのがずっと好きだったんですか？</strong></p><p><span style="color: #3366ff;"><strong>大島</strong></span>　小さい頃からずっと好きでした。割と活発なほうだったと思います。3歳からスイミングに通って、平泳ぎが得意で小5の時は選手コースでした。バドミントンも少し習っていました。</p><p><strong>――陸上部に入ったきっかけは。</strong></p><p><span style="color: #3366ff;"><strong>大島</strong></span>　小学校の時のマラソン大会で自信があって、中学から陸上部に入りました。水泳をやっていたからか、心肺機能的に長距離に向いていたのかなって。</p><p><strong>――種目はやっぱり……？</strong></p><p><span style="color: #3366ff;"><strong>大島</strong></span>　800mと1500mをやっていました！　短距離は苦手でした（笑）。</p><p><strong>――陸上部はどんな雰囲気でしたか。</strong></p><p><span style="color: #3366ff;"><strong>大島</strong></span>　そんなに厳しくはなかったです。種目別に分かれて練習していましたが、中距離ブロックは先輩と2人だけで、ジョグも話しながらできて、割と地味な感じだったと思います。</p><p>でも、小さい時から負けず嫌いで、結構練習していました。部活ではないのですが、中学のマラソン大会が11月くらいにあって、割と実家の近くの山や坂道、階段を使って練習していたんです。</p><p>1、2年の時は1番になれなくて、バスケットボール部に負けたんです。それが悔しくて受験勉強があるなか、家族にも隠れて走っていました！　それで3年の時に1番になれたんです！</p><div id="attachment_129724" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-129724" class="size-full wp-image-129724" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/FN2_0130.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/FN2_0130.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/FN2_0130-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/FN2_0130-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-129724" class="wp-caption-text">陸上部時代の思い出を振り返る大島璃乃さん</p></div><p><strong>――中距離レースの醍醐味とは!?</strong></p><p><span style="color: #3366ff;"><strong>大島</strong></span>　やっぱり“自分との戦い”です！　ペース配分が大事で、緩め過ぎてもダメだし、飛ばし過ぎてもいけない。どれだけ体力を残して最後に追い込みをかけられるか……とか。相手もいるので意外と頭脳戦なんです。</p><p>最後の1周で“カラン・カラン”って鐘が鳴る時は本当に死にそうです（笑）。でも、そこが一番頑張らないといけなくて。練習でも試合でもタイムが出ない時は「最後、自分に甘かったなって」思います。自分を責められるのは自分しかいない。メンタル的にも鍛えられましたね。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【“陸女”インタビュー】アイドルFES☆TIVEの土光瑠璃子さん「精神面の強さが身についた！」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/121247</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 27 Nov 2023 17:04:46 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
		<category><![CDATA[土光瑠璃子]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=121247</guid>
		<gnf:modified>Mon, 27 Nov 2023 18:42:58 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 27 Nov 2023 18:42:58 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;"> アイドルグループ「FES☆TIVE」の一員として人気の土光瑠璃子さんは中学時代に陸上部を経験。「部活をしていなかったらアイドルを続けられていない！」と言う土光さんに、陸上部時代の思い出を聞きました！</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-121263" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/doko.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/doko.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/doko-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p>
<h2>仮入部期間でくじけそうに…</h2>
<p><strong>――陸上部に入ったきっかけを教えてください。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　実はあまり覚えていないのですが……。たぶん、友達が入るから、という理由だったと思います！　ウチの中学は全校生徒が1000人近い学校で、陸上部も70人くらいいたと思います。</p>
<p><strong>――運動は得意だったんですか？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　幼稚園の時から運動は好きでした。三姉妹の真ん中なのですが、私だけ活発で男の子たちと遊んでいました。いつも制服を汚して怒られていましたね（笑）</p>
<p>得意かどうかは…。走るのも球技も平均以上だったと思います。短距離やリレーよりも持久走のほうが得意でした。</p>
<p><strong>――他に習い事はしていましたか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　小学校の時は水泳、テニス、新体操、チアダンスに通っていました！</p>
<div id="attachment_121253" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-121253" class="size-full wp-image-121253" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0277.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0277.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0277-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0277-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-121253" class="wp-caption-text">幼い頃から活発だったという</p></div>
<p><strong>――陸上部に入っての第一印象は…？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　仮入部期間でくじけそうでした…（笑）。待って、やばい！って。もうすごくきつくて。運動は好きとは言えそこまで体力もないし、腹筋もめちゃくちゃやるし。</p>
<p>母に「何で陸上部に入ったの？」「実は私も陸上部だったんだよ」って後から聞いて知りました。ハードルをしていたそうです。そういう運命だったのかなって思って、背中を押されたのもあって続けました。</p>
<p><strong>――土光さんの種目は。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　私もハードルです！　仮入部のうちはいろいろな種目に挑戦しました。走高跳をやってみたくて挑戦したのですが、バーを落とししまってその上に背中が着地してめっちゃ痛かったんです!!　それで友達と一緒にハードルをやってみました。</p>
<p><strong>――でもハードルも痛くないですか…？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　そうなんです（笑）。すごく痛くて大変でしたが、ずっとハードルでした。得意だったので長距離をやりたいなって思ったのですが、先輩も熱心に教えてくれるのもあって、種目を替えにくくて。</p>
<div id="attachment_121249" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-121249" class="size-full wp-image-121249" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0064.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0064.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0064-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0064-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-121249" class="wp-caption-text">陸上部時代の思い出を語る土光瑠璃子さん</p></div>
<h2>思い出深い河口湖での夏合宿！</h2>
<p><strong>――チームの雰囲気はいかがでしたか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　顧問の先生も熱心で、全国大会に行く先輩たちもたくさんいました。厳しかったですね（笑）。入部して少ししてから、友達と笑いながら練習をしていたらすごく怒られました。そこからはまじめに練習しました！</p>
<p><strong>――ハードルは難しくなかったですか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　怖がりだったのでインターバル（ハードル間）の3歩がなかなかいけなかったです。最初は3歩で行っても途中から「ちょこちょこ」って走ってしまいました。先輩や同級生はポンポンと跳べるのに。フレキシブルハードルを使っても抜き脚を左右の柱部分にぶつけてしまって…。「先輩は脚が長いからだ！」ってひねくれていましたね（笑）</p>
<p><strong>――きつかった練習は？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　「エンドレスリレー」です！何人かで最初は1000mを走って、次は800m、その次は400m、そして200mと続きます。もうずっと終わらないんです。あとは夏合宿もよく覚えています。</p>
<p><strong>――合宿もあったんですね！</strong></p>
<p>土光　河口湖の西湖でありました。午前中に西湖を1周します。確か10kmくらいあるのですが、1時間以内に走りきらないとお昼ご飯にありつけないんです。もう死ぬ気で走って何とかご飯を食べないとって。でも、走りきって無事にご飯を食べるのですが、少食でなかなか食べ終わらないんです！　午後の練習もあるのでそれも大変でした。今思うと、人生で一番きつかった体験かもしれません。初めて乗り越えた高い壁でしたね。</p>
<p><strong>――楽しかった思い出はありますか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　やっぱり種目練習が楽しかったです。インターバルが3歩で跳べる台数が増えていくとうれしかったですね。先輩のまねをしたり、アドバイスをもらったり。前傾して、身体を折りたたむ姿勢を意識していました。家でも柔軟性を高めようとストレッチをしていましたね。結構、負けず嫌いなので“コソ練”していました！</p>
<div id="attachment_121254" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-121254" class="size-full wp-image-121254" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0342.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0342.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0342-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0342-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-121254" class="wp-caption-text">バトンの受け渡しを思い出す</p></div>
<p><strong>――達成感があった瞬間は？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　一度、記録会に出るために走高跳に挑戦したんですが、練習の中で何度やっても跳べない高さをやっと跳べた時があったんです。着地して振り返った時にバーが落ちていなくて、その瞬間が一番感動しました!!　ハードルではないんですけど（笑）</p>
<p>みんなでリレーや応援を頑張ったのも良い思い出です。リレーは先生が力を入れていて、専門種目に関係なくみんな練習しました。いろいろな組み合わせをしてタイムを計って。腕を上に上げて、手をしっかり広げて下に向けるって何度もやりましたね。</p>
<p>試合の時は会場に早く着いてシートを敷いて場所取りしていました。神奈川県出身なので、三ツ沢はよく試合で行っていましたね。強い先輩たちを全力で集団応援していて、団結するのはすごいなって感動していました。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;"> アイドルグループ「FES☆TIVE」の一員として人気の土光瑠璃子さんは中学時代に陸上部を経験。「部活をしていなかったらアイドルを続けられていない！」と言う土光さんに、陸上部時代の思い出を聞きました！</span></strong></p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-121263" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/doko.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/doko.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/doko-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p><h2>仮入部期間でくじけそうに…</h2><p><strong>――陸上部に入ったきっかけを教えてください。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　実はあまり覚えていないのですが……。たぶん、友達が入るから、という理由だったと思います！　ウチの中学は全校生徒が1000人近い学校で、陸上部も70人くらいいたと思います。</p><p><strong>――運動は得意だったんですか？</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　幼稚園の時から運動は好きでした。三姉妹の真ん中なのですが、私だけ活発で男の子たちと遊んでいました。いつも制服を汚して怒られていましたね（笑）</p><p>得意かどうかは…。走るのも球技も平均以上だったと思います。短距離やリレーよりも持久走のほうが得意でした。</p><p><strong>――他に習い事はしていましたか。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　小学校の時は水泳、テニス、新体操、チアダンスに通っていました！</p><div id="attachment_121253" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-121253" class="size-full wp-image-121253" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0277.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0277.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0277-300x200.jpg 300w, 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decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-121249" class="size-full wp-image-121249" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0064.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0064.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0064-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0064-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-121249" class="wp-caption-text">陸上部時代の思い出を語る土光瑠璃子さん</p></div><h2>思い出深い河口湖での夏合宿！</h2><p><strong>――チームの雰囲気はいかがでしたか。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　顧問の先生も熱心で、全国大会に行く先輩たちもたくさんいました。厳しかったですね（笑）。入部して少ししてから、友達と笑いながら練習をしていたらすごく怒られました。そこからはまじめに練習しました！</p><p><strong>――ハードルは難しくなかったですか。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　怖がりだったのでインターバル（ハードル間）の3歩がなかなかいけなかったです。最初は3歩で行っても途中から「ちょこちょこ」って走ってしまいました。先輩や同級生はポンポンと跳べるのに。フレキシブルハードルを使っても抜き脚を左右の柱部分にぶつけてしまって…。「先輩は脚が長いからだ！」ってひねくれていましたね（笑）</p><p><strong>――きつかった練習は？</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　「エンドレスリレー」です！何人かで最初は1000mを走って、次は800m、その次は400m、そして200mと続きます。もうずっと終わらないんです。あとは夏合宿もよく覚えています。</p><p><strong>――合宿もあったんですね！</strong></p><p>土光　河口湖の西湖でありました。午前中に西湖を1周します。確か10kmくらいあるのですが、1時間以内に走りきらないとお昼ご飯にありつけないんです。もう死ぬ気で走って何とかご飯を食べないとって。でも、走りきって無事にご飯を食べるのですが、少食でなかなか食べ終わらないんです！　午後の練習もあるのでそれも大変でした。今思うと、人生で一番きつかった体験かもしれません。初めて乗り越えた高い壁でしたね。</p><p><strong>――楽しかった思い出はありますか。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　やっぱり種目練習が楽しかったです。インターバルが3歩で跳べる台数が増えていくとうれしかったですね。先輩のまねをしたり、アドバイスをもらったり。前傾して、身体を折りたたむ姿勢を意識していました。家でも柔軟性を高めようとストレッチをしていましたね。結構、負けず嫌いなので“コソ練”していました！</p><div id="attachment_121254" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-121254" class="size-full wp-image-121254" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0342.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0342.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0342-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/FN1_0342-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-121254" class="wp-caption-text">バトンの受け渡しを思い出す</p></div><p><strong>――達成感があった瞬間は？</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>土光</strong></span>　一度、記録会に出るために走高跳に挑戦したんですが、練習の中で何度やっても跳べない高さをやっと跳べた時があったんです。着地して振り返った時にバーが落ちていなくて、その瞬間が一番感動しました!!　ハードルではないんですけど（笑）</p><p>みんなでリレーや応援を頑張ったのも良い思い出です。リレーは先生が力を入れていて、専門種目に関係なくみんな練習しました。いろいろな組み合わせをしてタイムを計って。腕を上に上げて、手をしっかり広げて下に向けるって何度もやりましたね。</p><p>試合の時は会場に早く着いてシートを敷いて場所取りしていました。神奈川県出身なので、三ツ沢はよく試合で行っていましたね。強い先輩たちを全力で集団応援していて、団結するのはすごいなって感動していました。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>やり投世界一・北口榛花インタビュー「ジェットコースター」状態の不安を抱えていたブダペスト世界陸上</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/119563</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 13 Nov 2023 20:12:43 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[北口榛花]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<gnf:modified>Mon, 13 Nov 2023 20:12:43 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 13 Nov 2023 20:12:43 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>女子やり投の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13175" data-internallinksmanager029f6b8e52c="165" title="名鑑北口榛花">北口榛花</a>（JAL）が激動のシーズンを終え、オフ期間を経てパリ五輪に向けて冬季練習をスタートさせた。</p>
<p>今年のブダペスト世界選手権で日本女子トラック＆フィールド種目において、初の金メダルを獲得。さらに、世界最高峰の選手のみが出場できるダイヤモンドリーグ（DL）ファイナルでは、日本人初優勝の快挙を成し遂げた。</p>
<p>記録的にも2度も日本記録を更新し、DLブリュッセルで投げた世界リストトップの67m38をはじめ、トップ10に5つも記録がランクイン。まさに、「世界女王」として君臨した。「スマイル・シンデレラ」としてさらに注目を集めたが、特にブダペスト世界選手権の大逆転劇は日本中を熱狂させた。シーズンを終え、改めて大会を振り返ると、実はブダペストに向けて不安を抱えた状態で臨んでいたと明かす。</p>
<p>「最終調整がうまくいかなかったんです」</p>
<p>大会前週の水曜日。「最後の刺激入れとして段跳びをしたら右脇腹がピリピリしました。走るのは問題なかったのですが、捻るのがダメで……」。東京五輪の予選で左脇腹を痛めて長期離脱した経験もある。緊張が走った。</p>
<p>予選5日前の金曜日に予定していた最後の投てき練習ができないまま、トレーニングの拠点としているチェコからディヴィッド・セケラック・コーチの運転でブダペストに入った。「脇腹がずっとピリピリしていて、消えたと思ったら痛くなる。箇所も一貫していなくて」。そうした状態もあり、「ディヴィッドも焦っていたと思いますし、全員がジェットコースターに乗っているみたいにモヤモヤしていました」と振り返る。</p>
<p>トレーナーがホットタオルやオイルマッサージで患部の循環を促し、「だいぶ和らいできました」。ただ、投てき練習ができなかったこともあり、予選を前に「ちゃんと投げられるのかな」という不安は大きかったという。</p>
<p>そうした状況に加え、スタジアム入りからベンチで用意している時まで、ずっと場内ビジョン用のカメラが自分を追いかけてくる。これまでにないプレッシャーがあり、「練習の1回目に助走の歩数を間違えたんです。保持走が1、2歩足りなくて、『かなり前から投げたな』って思いました」。</p>
<p>ただ、その違和感よりも脇腹の痛みがなかった安堵が勝った。第一投てき者のキャスリン・ミッチェル（豪州）が62m10を投げて一発で決勝を決めたこともあり、「それなりにプレッシャーがありました」。1回目は力みを感じて59m04。寝転んだり、逆に力んでみたり。硬さは完全に抜けなかったが、2回目に63m27を投げたのは地力の証明だった。</p>
<p>予選翌日は助走練習とウエイトトレーニングで刺激を入れた。次の日の決勝に備えて昼寝をしようにも、なかなか寝付けず。「どんな試合でも、勝って喜んでいるところまで想像しているのですが、そうしているうちに、そこ（イメージ）から抜け出せなくなっちゃって」。シャワーを浴びたりアイシングバスに入ったりして、心身をクールダウンしようと試みたが、「1人だったのが逆に落ち着かなかったのかも」。高揚感はありつつ、「悪い方向に想像するというのはなかったです」。</p>
<p>決勝に向かうとスタンドに見知った顔がハッキリとわかって驚くほど落ち着いた。しかし、「プレッシャーをかけたい」と考えていた1投目で61m78。実は右足のふくらはぎがケイレンしていたことは報じられているとおりだ。</p>
<p>「今まで陸上をやっていて脚がつったことがなかった」ため、「それがつっているのかどうか」もわからなかったという。「とりあえずストレッチしたり走ったり、水をしっかり飲むようにしました」。普通に走れて、トレーナーからも「大丈夫だから、落ち着いて」と声をかけられている。</p>
<p>ふくらはぎが気になったこともあり、「少しバタバタしてしまいました」。2回目はやや助走スピードをセーブし、3回目からスピードを上げた。しかし、「2回目のセーブした助走でのタイミングになっていたから合わなくて、突っ込んでしまいました」。</p>
<p>だが、ここから日本中を熱狂させる大逆転劇が始まる。</p>
<p>2位でトップ8に進み、4回目を終えた時点でアネテ・コツィナ（ラトビア）に抜かれて3位となる。「こっちが投げられないわけがない」。6回目にはリトル・マッケンジー（豪州）にも抜かれてメダル圏外の4位にはじき出されたが、「〝火事場の馬鹿力〟じゃないですが、最後の一投に懸ける思いと、そこでの（気持ちや技術の）制御もそれなりに上手にやれるほうだと思っています」</p>
<p>6回目で当時自己2番目となる66m73を放って金メダルをたぐり寄せたのはこちらも周知のとおりだ。</p>
<p>『最終投てきに強い』が北口の代名詞となったように、今季は15試合のうちその日の最高記録が6回目だったのは6試合あった。これは“メンタルの強さ”だけで片付けられるものではない。</p>
<p>「1投目でその日の調子がわかって、2、3投目で修正をかけていきます。その修正がうまくいけば6投目で記録が出る。勝負を懸けるタイミングは、3、5、6投目なんです」。そして、「できれば最後まで結果がわからないのはストレスもかかりますし、6投目に関係なく勝てたらいいなって思っています。これからも6投目に逆転するっていうふうに観ないでほしいなっていうのがお願いです！」と笑った。</p>
<p>すでに来年のパリ五輪代表に内定。「世界チャンピオンですが、オリンピックのチャンピオンではないので、挑戦者の気持ちで臨めればいいなと思っています」。4年に一度、世界中のアスリートが「特別な準備」をしてくる大舞台。厳しい冬季トレーニングの先に、成長した自分がいると信じて、これまでと同じように「しっかり準備していきます」。</p>
<p><span style="font-size: 8pt;">文／向永拓史　撮影／原田健太</span></p>
<p>11月14日発売の「月刊陸上競技12月号」では、北口榛花選手（JAL）がより詳しく2023年シーズンや技術を振り返るインタビューを掲載しています。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>女子やり投の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13175" data-internallinksmanager029f6b8e52c="165" title="名鑑北口榛花">北口榛花</a>（JAL）が激動のシーズンを終え、オフ期間を経てパリ五輪に向けて冬季練習をスタートさせた。</p><p>今年のブダペスト世界選手権で日本女子トラック＆フィールド種目において、初の金メダルを獲得。さらに、世界最高峰の選手のみが出場できるダイヤモンドリーグ（DL）ファイナルでは、日本人初優勝の快挙を成し遂げた。</p><p>記録的にも2度も日本記録を更新し、DLブリュッセルで投げた世界リストトップの67m38をはじめ、トップ10に5つも記録がランクイン。まさに、「世界女王」として君臨した。「スマイル・シンデレラ」としてさらに注目を集めたが、特にブダペスト世界選手権の大逆転劇は日本中を熱狂させた。シーズンを終え、改めて大会を振り返ると、実はブダペストに向けて不安を抱えた状態で臨んでいたと明かす。</p><p>「最終調整がうまくいかなかったんです」</p><p>大会前週の水曜日。「最後の刺激入れとして段跳びをしたら右脇腹がピリピリしました。走るのは問題なかったのですが、捻るのがダメで……」。東京五輪の予選で左脇腹を痛めて長期離脱した経験もある。緊張が走った。</p><p>予選5日前の金曜日に予定していた最後の投てき練習ができないまま、トレーニングの拠点としているチェコからディヴィッド・セケラック・コーチの運転でブダペストに入った。「脇腹がずっとピリピリしていて、消えたと思ったら痛くなる。箇所も一貫していなくて」。そうした状態もあり、「ディヴィッドも焦っていたと思いますし、全員がジェットコースターに乗っているみたいにモヤモヤしていました」と振り返る。</p><p>トレーナーがホットタオルやオイルマッサージで患部の循環を促し、「だいぶ和らいできました」。ただ、投てき練習ができなかったこともあり、予選を前に「ちゃんと投げられるのかな」という不安は大きかったという。</p><p>そうした状況に加え、スタジアム入りからベンチで用意している時まで、ずっと場内ビジョン用のカメラが自分を追いかけてくる。これまでにないプレッシャーがあり、「練習の1回目に助走の歩数を間違えたんです。保持走が1、2歩足りなくて、『かなり前から投げたな』って思いました」。</p><p>ただ、その違和感よりも脇腹の痛みがなかった安堵が勝った。第一投てき者のキャスリン・ミッチェル（豪州）が62m10を投げて一発で決勝を決めたこともあり、「それなりにプレッシャーがありました」。1回目は力みを感じて59m04。寝転んだり、逆に力んでみたり。硬さは完全に抜けなかったが、2回目に63m27を投げたのは地力の証明だった。</p><p>予選翌日は助走練習とウエイトトレーニングで刺激を入れた。次の日の決勝に備えて昼寝をしようにも、なかなか寝付けず。「どんな試合でも、勝って喜んでいるところまで想像しているのですが、そうしているうちに、そこ（イメージ）から抜け出せなくなっちゃって」。シャワーを浴びたりアイシングバスに入ったりして、心身をクールダウンしようと試みたが、「1人だったのが逆に落ち着かなかったのかも」。高揚感はありつつ、「悪い方向に想像するというのはなかったです」。</p><p>決勝に向かうとスタンドに見知った顔がハッキリとわかって驚くほど落ち着いた。しかし、「プレッシャーをかけたい」と考えていた1投目で61m78。実は右足のふくらはぎがケイレンしていたことは報じられているとおりだ。</p><p>「今まで陸上をやっていて脚がつったことがなかった」ため、「それがつっているのかどうか」もわからなかったという。「とりあえずストレッチしたり走ったり、水をしっかり飲むようにしました」。普通に走れて、トレーナーからも「大丈夫だから、落ち着いて」と声をかけられている。</p><p>ふくらはぎが気になったこともあり、「少しバタバタしてしまいました」。2回目はやや助走スピードをセーブし、3回目からスピードを上げた。しかし、「2回目のセーブした助走でのタイミングになっていたから合わなくて、突っ込んでしまいました」。</p><p>だが、ここから日本中を熱狂させる大逆転劇が始まる。</p><p>2位でトップ8に進み、4回目を終えた時点でアネテ・コツィナ（ラトビア）に抜かれて3位となる。「こっちが投げられないわけがない」。6回目にはリトル・マッケンジー（豪州）にも抜かれてメダル圏外の4位にはじき出されたが、「〝火事場の馬鹿力〟じゃないですが、最後の一投に懸ける思いと、そこでの（気持ちや技術の）制御もそれなりに上手にやれるほうだと思っています」</p><p>6回目で当時自己2番目となる66m73を放って金メダルをたぐり寄せたのはこちらも周知のとおりだ。</p><p>『最終投てきに強い』が北口の代名詞となったように、今季は15試合のうちその日の最高記録が6回目だったのは6試合あった。これは“メンタルの強さ”だけで片付けられるものではない。</p><p>「1投目でその日の調子がわかって、2、3投目で修正をかけていきます。その修正がうまくいけば6投目で記録が出る。勝負を懸けるタイミングは、3、5、6投目なんです」。そして、「できれば最後まで結果がわからないのはストレスもかかりますし、6投目に関係なく勝てたらいいなって思っています。これからも6投目に逆転するっていうふうに観ないでほしいなっていうのがお願いです！」と笑った。</p><p>すでに来年のパリ五輪代表に内定。「世界チャンピオンですが、オリンピックのチャンピオンではないので、挑戦者の気持ちで臨めればいいなと思っています」。4年に一度、世界中のアスリートが「特別な準備」をしてくる大舞台。厳しい冬季トレーニングの先に、成長した自分がいると信じて、これまでと同じように「しっかり準備していきます」。</p><p><span style="font-size: 8pt;">文／向永拓史　撮影／原田健太</span></p><p>11月14日発売の「月刊陸上競技12月号」では、北口榛花選手（JAL）がより詳しく2023年シーズンや技術を振り返るインタビューを掲載しています。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【“陸女”インタビュー】元ニジマス・中村果蓮「頑張った先に達成感があった！」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/106348</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 24 Jun 2023 18:00:47 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
		<category><![CDATA[中村果蓮]]></category>
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		<gnf:modified>Sat, 24 Jun 2023 21:13:50 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sat, 24 Jun 2023 21:13:50 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 昨年までアイドルグループ『26時のマスカレイド』の一員として活躍していた中村果蓮さん。中学時代に陸上部に所属して短距離やリレーに取り組んでいたという。友達と過ごす楽しさと、「頑張った達成感」を味わっていたという陸上部時代の思い出を聞きました！</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-106353" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/70aa88fb4cdbf7f83f643a75e64a089b.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/70aa88fb4cdbf7f83f643a75e64a089b.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/70aa88fb4cdbf7f83f643a75e64a089b-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p>
<h2>真っ黒に日焼けしていた陸上部時代！</h2>
<p><strong>――陸上部だったとうかがいました！</strong></p>
<p><span style="color: #33cccc;"><strong>中村</strong></span>　はい！　中学の3年間は陸上部に入っていました。兄が小学校の時からクラブチームで陸上をしていたのがきっかけです。中学で部活に入りたいなと思った時に陸上部を選びました。</p>
<p><strong>――他に習い事は何かしていましたか。</strong></p>
<p><span style="color: #33cccc;"><strong>中村</strong></span>　祖母の影響で三味線をやっていました。小3から高3まで10年くらい。</p>
<p><strong>――どんな子供時代を過ごされたのでしょう。</strong></p>
<p><span style="color: #33cccc;"><strong>中村</strong></span>　自分で言うのはすごく恥ずかしいのですが、小さい時はめっちゃくちゃ運動神経が良かったんです！（笑）　走るのも大好きで友達とリレーをしたり、鬼ごっこをしたり。兄と弟に挟まれていたので、男の子っぽい性格でした。母から「3人で外で遊んできぃ～」ってよく言われていましたね。小学校の運動会ではいつもリレーの選手でした。放課後も残ってみんなでバトン練習をしていましたね。</p>
<div id="attachment_106354" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-106354" class="size-full wp-image-106354" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/FN1_0277_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/FN1_0277_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/FN1_0277_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/FN1_0277_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-106354" class="wp-caption-text">陸上部時代の思い出を話してくれた中村果蓮さん</p></div>
<p><strong>――種目は何をされていたのですか。</strong></p>
<p><span style="color: #33cccc;"><strong>中村</strong></span>　短距離がメインでした。でも、短距離は部員が多くて選手に選ばれるのも大変で、ハードルや走幅跳にもチャレンジしたことがあります。冬にはなんだかんだ、長距離の駅伝選手に選ばれました！</p>
<p><strong>――覚えているきつかった練習メニューは…？</strong></p>
<p><span style="color: #33cccc;"><strong>中村</strong></span>　毎日やっていたサーキットトレーニングは大変でした。毎日、筋肉痛。腕立て伏せから始まって、シャフトを持って、ハードルをまたいで、タイヤを引いて。どうやったらサボれるかなって思いながらも、一生懸命頑張っていました！</p>
<p>他にも週1回くらいやる練習で、400mを全力で走って、少し休んでまた100m走って。音が鳴ったらまた戻って……。夏の日は喉もカサカサで、日焼けもするし大変でした。</p>
<p><strong>――インターバルトレーニングですね。日焼けされていたんですか!?　今の姿からは想像つきませんが…。</strong></p>
<p><span style="color: #33cccc;"><strong>中村</strong></span>　真っ黒でした！　三味線をする時は白系のメイクをすることが多いので、先生には日焼け止めを塗りなさい、と言われていましたが練習していたら無理でしたね。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 昨年までアイドルグループ『26時のマスカレイド』の一員として活躍していた中村果蓮さん。中学時代に陸上部に所属して短距離やリレーに取り組んでいたという。友達と過ごす楽しさと、「頑張った達成感」を味わっていたという陸上部時代の思い出を聞きました！</span></strong></p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-106353" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/70aa88fb4cdbf7f83f643a75e64a089b.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/70aa88fb4cdbf7f83f643a75e64a089b.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/70aa88fb4cdbf7f83f643a75e64a089b-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p><h2>真っ黒に日焼けしていた陸上部時代！</h2><p><strong>――陸上部だったとうかがいました！</strong></p><p><span style="color: #33cccc;"><strong>中村</strong></span>　はい！　中学の3年間は陸上部に入っていました。兄が小学校の時からクラブチームで陸上をしていたのがきっかけです。中学で部活に入りたいなと思った時に陸上部を選びました。</p><p><strong>――他に習い事は何かしていましたか。</strong></p><p><span style="color: #33cccc;"><strong>中村</strong></span>　祖母の影響で三味線をやっていました。小3から高3まで10年くらい。</p><p><strong>――どんな子供時代を過ごされたのでしょう。</strong></p><p><span style="color: #33cccc;"><strong>中村</strong></span>　自分で言うのはすごく恥ずかしいのですが、小さい時はめっちゃくちゃ運動神経が良かったんです！（笑）　走るのも大好きで友達とリレーをしたり、鬼ごっこをしたり。兄と弟に挟まれていたので、男の子っぽい性格でした。母から「3人で外で遊んできぃ～」ってよく言われていましたね。小学校の運動会ではいつもリレーの選手でした。放課後も残ってみんなでバトン練習をしていましたね。</p><div id="attachment_106354" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-106354" class="size-full wp-image-106354" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/FN1_0277_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/FN1_0277_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/FN1_0277_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/06/FN1_0277_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-106354" class="wp-caption-text">陸上部時代の思い出を話してくれた中村果蓮さん</p></div><p><strong>――種目は何をされていたのですか。</strong></p><p><span style="color: #33cccc;"><strong>中村</strong></span>　短距離がメインでした。でも、短距離は部員が多くて選手に選ばれるのも大変で、ハードルや走幅跳にもチャレンジしたことがあります。冬にはなんだかんだ、長距離の駅伝選手に選ばれました！</p><p><strong>――覚えているきつかった練習メニューは…？</strong></p><p><span style="color: #33cccc;"><strong>中村</strong></span>　毎日やっていたサーキットトレーニングは大変でした。毎日、筋肉痛。腕立て伏せから始まって、シャフトを持って、ハードルをまたいで、タイヤを引いて。どうやったらサボれるかなって思いながらも、一生懸命頑張っていました！</p><p>他にも週1回くらいやる練習で、400mを全力で走って、少し休んでまた100m走って。音が鳴ったらまた戻って……。夏の日は喉もカサカサで、日焼けもするし大変でした。</p><p><strong>――インターバルトレーニングですね。日焼けされていたんですか!?　今の姿からは想像つきませんが…。</strong></p><p><span style="color: #33cccc;"><strong>中村</strong></span>　真っ黒でした！　三味線をする時は白系のメイクをすることが多いので、先生には日焼け止めを塗りなさい、と言われていましたが練習していたら無理でしたね。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【“陸女”インタビュー】アイドル時代に駅伝で活躍！女優・横道侑里さん「全力で頑張るからタスキを渡せた！」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/100397</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 30 Apr 2023 18:26:16 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[横道侑里]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
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		<gnf:modified>Fri, 23 Jun 2023 21:28:55 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 23 Jun 2023 21:28:55 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 舞台を中心に女優としてフリーランスで活躍している横道侑里さん。AKB48の「チーム8」のメンバーとして活動していた中学生の時に、中学駅伝・静岡県大会を区間2位では大きな注目を集めた。実は近親に箱根駅伝ランナーもいるなど、陸上一家に育った横道さんに、「今に生かされている」という陸上部時代の思い出を聞きました！</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-100386" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/9d8f8f76a4976c66200c7e468e204a07.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/9d8f8f76a4976c66200c7e468e204a07.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/9d8f8f76a4976c66200c7e468e204a07-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p>
<h2>物心ついた時から走っていた！</h2>
<p><strong>――横道さんと言えば、AKB48「チーム8」活動時に駅伝で活躍されたのが大きく報じられたのが印象に残っています。</strong></p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong>横道</strong></span>　中2の静岡県駅伝で4区を走って区間2位でした。実は当時、すでに芸能活動をしていたので部活は辞めているんです。駅伝は出ていました。</p>
<p><strong>――そうなのですね！　そのあたりも詳しく聞かせてください。元々、陸上を始めたきっかけは？</strong></p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong>横道</strong></span>　物心ついた時から走るのが日課でした。父は陸上経験者で、その後両親ともにトライアスロンをやっていました。私も小学校の時はトライアスロンをしていました。水泳は２歳から習っていて、小さい時から家族みんなで朝早くから走っていましたね。泣きながら走っていたこともあります（笑）。</p>
<p><strong>――他に習い事はされていましたか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong>横道</strong></span>　祖母の影響でタップダンスを4歳から通っていました。それでダンスが好きになってジャズダンスも。あとは、ピアノとか体操……学校終わりに2つハシゴしていたこともあります。</p>
<div id="attachment_100391" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-100391" class="size-full wp-image-100391" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/FN1_0266.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/FN1_0266.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/FN1_0266-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/FN1_0266-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-100391" class="wp-caption-text">小学生の頃から陸上クラブに通い始めたという横道さん</p></div>
<p><strong>――スポーツ一家なんですね！　箱根駅伝のデータを見て、静岡県出身で順大・横道正憲選手（磐田農業高校卒／1986、87年に9区）という名前を見つけたのですが…。</strong></p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong>横道</strong></span>　父の従兄弟です！　妹も中学生の頃から全国大会で入賞していて、全国高校駅伝にも出場しています。</p>
<p><strong>――すごい家系ですね！　ご自身はいつから陸上を？</strong></p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong>横道</strong></span>　小4から地元のクラブチームに入りました。家族ぐるみで仲が良かった友達がクラブに入っていたので体験に行きました。「入ったら速くなれるかな」って思って自分から行きたいと言って始めましたね。結構、負けず嫌いだったんです（笑）。</p>
<p><strong>――走ることは好きだったんですね。</strong></p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong>横道</strong></span>　当時は好きというよりも、ごく自然なことだったんです。今思うと強豪チームでペース走やビルドアップ走など本格的な練習をしていました。でも、走るのが生活の一部だったので、嫌とかすら思わなかったです！</p>
<p>練習でも「もっと強くなりたい」と思ってコースを少し遠回りしていました。なんだか自分が速くなった気がしていましたね。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 舞台を中心に女優としてフリーランスで活躍している横道侑里さん。AKB48の「チーム8」のメンバーとして活動していた中学生の時に、中学駅伝・静岡県大会を区間2位では大きな注目を集めた。実は近親に箱根駅伝ランナーもいるなど、陸上一家に育った横道さんに、「今に生かされている」という陸上部時代の思い出を聞きました！</span></strong></p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-100386" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/9d8f8f76a4976c66200c7e468e204a07.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/9d8f8f76a4976c66200c7e468e204a07.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/9d8f8f76a4976c66200c7e468e204a07-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p><h2>物心ついた時から走っていた！</h2><p><strong>――横道さんと言えば、AKB48「チーム8」活動時に駅伝で活躍されたのが大きく報じられたのが印象に残っています。</strong></p><p><span style="color: #ff9900;"><strong>横道</strong></span>　中2の静岡県駅伝で4区を走って区間2位でした。実は当時、すでに芸能活動をしていたので部活は辞めているんです。駅伝は出ていました。</p><p><strong>――そうなのですね！　そのあたりも詳しく聞かせてください。元々、陸上を始めたきっかけは？</strong></p><p><span style="color: #ff9900;"><strong>横道</strong></span>　物心ついた時から走るのが日課でした。父は陸上経験者で、その後両親ともにトライアスロンをやっていました。私も小学校の時はトライアスロンをしていました。水泳は２歳から習っていて、小さい時から家族みんなで朝早くから走っていましたね。泣きながら走っていたこともあります（笑）。</p><p><strong>――他に習い事はされていましたか。</strong></p><p><span style="color: #ff9900;"><strong>横道</strong></span>　祖母の影響でタップダンスを4歳から通っていました。それでダンスが好きになってジャズダンスも。あとは、ピアノとか体操……学校終わりに2つハシゴしていたこともあります。</p><div id="attachment_100391" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-100391" class="size-full wp-image-100391" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/FN1_0266.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/FN1_0266.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/FN1_0266-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/FN1_0266-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-100391" class="wp-caption-text">小学生の頃から陸上クラブに通い始めたという横道さん</p></div><p><strong>――スポーツ一家なんですね！　箱根駅伝のデータを見て、静岡県出身で順大・横道正憲選手（磐田農業高校卒／1986、87年に9区）という名前を見つけたのですが…。</strong></p><p><span style="color: #ff9900;"><strong>横道</strong></span>　父の従兄弟です！　妹も中学生の頃から全国大会で入賞していて、全国高校駅伝にも出場しています。</p><p><strong>――すごい家系ですね！　ご自身はいつから陸上を？</strong></p><p><span style="color: #ff9900;"><strong>横道</strong></span>　小4から地元のクラブチームに入りました。家族ぐるみで仲が良かった友達がクラブに入っていたので体験に行きました。「入ったら速くなれるかな」って思って自分から行きたいと言って始めましたね。結構、負けず嫌いだったんです（笑）。</p><p><strong>――走ることは好きだったんですね。</strong></p><p><span style="color: #ff9900;"><strong>横道</strong></span>　当時は好きというよりも、ごく自然なことだったんです。今思うと強豪チームでペース走やビルドアップ走など本格的な練習をしていました。でも、走るのが生活の一部だったので、嫌とかすら思わなかったです！</p><p>練習でも「もっと強くなりたい」と思ってコースを少し遠回りしていました。なんだか自分が速くなった気がしていましたね。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【超豪華!!】100mHスペシャル座談会／寺田明日香・青木益未・福部真子が語り合う！</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/94974</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 07 Mar 2023 19:20:19 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[インタビュー動画]]></category>
		<category><![CDATA[寺田明日香]]></category>
		<category><![CDATA[青木益未]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[福部真子]]></category>
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		<gnf:modified>Tue, 07 Mar 2023 19:20:19 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Tue, 07 Mar 2023 19:20:19 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>女子100mHで12秒台を持つ寺田明日香選手、青木益未選手、福部真子選手のスペシャル座談会が実現！</p>
<p>それぞれの技術やハードル界のこと、福部真子選手の日本新についてなど、さまざま語り合っていただきました。<br />
完全版は発売中の「月刊陸上競技3月号」でチェック！</p>
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/94974"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2FU61nMJTD3bQ%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p>
<p>「月刊陸上競技3月号」購入はこちら▼<br />
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<a href="https://books.rakuten.co.jp/rb/17413529/" rel="noopener" target="_blank">楽天ブックス</a><br />
<a href="https://getsuriku.theshop.jp/items/71426027" rel="noopener" target="_blank">月陸オンラインショップ</a></p>
<p>ちゃんねる登録は<a href="http://www.youtube.com/channel/UCkpo7j8WGgWwz0cDXoq5MtQ?sub_confirmation=1" rel="noopener" target="_blank">こちら</a></p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>女子100mHで12秒台を持つ寺田明日香選手、青木益未選手、福部真子選手のスペシャル座談会が実現！</p><p>それぞれの技術やハードル界のこと、福部真子選手の日本新についてなど、さまざま語り合っていただきました。<br />完全版は発売中の「月刊陸上競技3月号」でチェック！</p><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/94974"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2FU61nMJTD3bQ%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p><p>「月刊陸上競技3月号」購入はこちら▼<br /><a href="https://amzn.to/3JOyMKs" rel="noopener" target="_blank">amazon</a><br /><a href="https://books.rakuten.co.jp/rb/17413529/" rel="noopener" target="_blank">楽天ブックス</a><br /><a href="https://getsuriku.theshop.jp/items/71426027" rel="noopener" target="_blank">月陸オンラインショップ</a></p><p>ちゃんねる登録は<a href="http://www.youtube.com/channel/UCkpo7j8WGgWwz0cDXoq5MtQ?sub_confirmation=1" rel="noopener" target="_blank">こちら</a></p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【動画】やり投・北口榛花への一問一答！趣味はKpop!?食べ物の好き嫌いは？中高生へアドバイス！</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/92697</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 08 Feb 2023 12:10:24 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[インタビュー動画]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[北口榛花]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=92697</guid>
		<gnf:modified>Wed, 08 Feb 2023 12:10:24 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 08 Feb 2023 12:10:24 +0900</oa:lastPubDate>

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				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/thumb_q_and_a.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>女子やり投の北口榛花選手（JAL）の一問一答！<br />
食べ物の好き嫌いや、陸上以外の夢、趣味、中高生へのアドバイスなど、いろいろ答えていただきました！</p>
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/92697"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2FuMN7n4U2pNA%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p>
<p>YouTubeで見るのは<a href="https://youtu.be/uMN7n4U2pNA" rel="noopener" target="_blank">こちら</a>から</p>
<p>ちゃんねる登録は<a href="http://www.youtube.com/channel/UCkpo7j8WGgWwz0cDXoq5MtQ?sub_confirmation=1" target="_blank" rel="noopener">こちら</a></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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</div>
]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>女子やり投の北口榛花選手（JAL）の一問一答！<br />食べ物の好き嫌いや、陸上以外の夢、趣味、中高生へのアドバイスなど、いろいろ答えていただきました！</p><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/92697"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2FuMN7n4U2pNA%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p><p>YouTubeで見るのは<a href="https://youtu.be/uMN7n4U2pNA" rel="noopener" target="_blank">こちら</a>から</p><p>ちゃんねる登録は<a href="http://www.youtube.com/channel/UCkpo7j8WGgWwz0cDXoq5MtQ?sub_confirmation=1" target="_blank" rel="noopener">こちら</a></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


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		<title>【動画】やり投・北口榛花インタビュー！世界陸上＆ＤＬ3位の昨年振り返り＆今季への決意</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/92693</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 08 Feb 2023 12:04:46 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[インタビュー動画]]></category>
		<category><![CDATA[北口榛花]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<gnf:modified>Wed, 08 Feb 2023 12:07:43 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 08 Feb 2023 12:07:43 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>女子やり投日本記録保持者で、昨年のオレゴン世界選手権＆ダイヤモンドリーグ3位を振り返りつつ、今季への意気込みも聞きました！</p>
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/92693"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2FgqclWA5iNoM%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p>
<p>YouTubeで見るのは<a href="https://youtu.be/gqclWA5iNoM" rel="noopener" target="_blank">こちら</a>から</p>
<p>ちゃんねる登録は<a href="http://www.youtube.com/channel/UCkpo7j8WGgWwz0cDXoq5MtQ?sub_confirmation=1" target="_blank" rel="noopener">こちら</a></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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		<item>
		<title>【“陸女”インタビュー】モデル・女優として活躍する“美しき怪物”優希クロエさん「負けず嫌いでコソ練していました！」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/92233</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Feb 2023 17:30:45 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
		<category><![CDATA[優希クロエ]]></category>
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		<gnf:modified>Fri, 23 Jun 2023 21:28:20 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 23 Jun 2023 21:28:20 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 昨年、アイドルグループ「純情のアフィリア」を卒業。女優やモデルとして活躍の幅を広げている優希クロエさんにインタビューしました！　運動神経抜群で、中学時代が「今までで一番楽しかった」というほど陸上に夢中だったとか。ハードルで県大会にも出場した当時の思い出をうかがいました！</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-92244" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p>
<h2>ハードルをはじめたきっかけは「カワイイ」から!?</h2>
<p><strong>――まずは昨年、ご卒業された「純情のアフィリア」での活動、お疲れさまでした！　陸上部出身とのことですが……？</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　ありがとうございます！　中学3年間、陸上部でした。100ｍハードルと100ｍ、リレーをやっていたんです。長距離は自分の中では苦手でしたが、他の子よりもタイムが良かったので駅伝大会にも出ていました。</p>
<p><strong>――以前、参加されたアイドルの運動会企画で、マネージャーさんが「めちゃくちゃ速かった」と驚かれたそうですね！　もともと運動が得意だったんですか。</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　小学校の時から足は速いほうでした。運動会でもリレーの選手でしたし、体力測定も得意だったと思います。身体を動かすのはストレス発散になるので好きでしたし、今でも運動は好きです。</p>
<p><strong>――ご家族も陸上経験者？</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　父は体操をしていて、母はソフトボールをやっていたそうです。兄はサッカー経験者です。小さい頃、兄が合気道を習っていたので、それにくっついて行って合気道もしていまいた！</p>
<p><strong>――とても合気道をしていたようには見えません……！</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　小さい時は本当に活発で、足をくじいて松葉杖姿になったこともありました。生まれた瞬間から“負けず嫌い”。ゲームでも遊びでも。兄とケンカもしょっちゅうでしたね。小学生の時には応援団長もやっていました。</p>
<p><strong>――陸上部に入ったきっかけを教えてください。</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　本当はピアノも少し習っていて音楽も好きだったので、中学では吹奏楽部に入ろうと思ったのですが……。“カワイイ”にあこがれていたんです！　結局、母に「足が速いんだから陸上部に入ってみたら」と勧められて。</p>
<div id="attachment_92248" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-92248" class="size-full wp-image-92248" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe04.jpg?x10373" alt="" width="800" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe04.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe04-300x201.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe04-768x514.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-92248" class="wp-caption-text">中学時代の思い出を振り返る優希クロエさん</p></div>
<p><strong>――すぐにハードルに挑戦したんですか。</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　入部してから、まずは全員が100mを測りました。そうしたら同期に自分より速い子がいたんです。それに、ハードルってなんか、かわいくないですか!?　先輩にもハードルをしていて、肌が白くてカワイイ人がいて、あんなふうになりたいなって。同期にハードル選手がいなかったので、試合にも出られるし、こっちを極めたほうがカッコイイ！　と選びました。</p>
<p><strong>――ハードルを跳ぶのは怖くなかったですか？</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　体育でやっていたので大丈夫でした。脚が当たると痛かったですが、「ひるむくらいなら倒しちゃえ！」くらい、何も恐怖心がなかったです（笑）。でも、当時、身長が155cmくらいだったので、なかなかハードルまで届かなかったです。それで、ハードルは両脚で跳んでいました。</p>
<p><strong>――両脚ですか!?　逆脚での４歩や、歩数を増やしての５歩ではなくて……。</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　はい！　最初はスピードが出ているのでハードル間を３歩で行けるんですが、途中から少しずつ遠くなっていくじゃないですか。それで、「やばいかも！」と思ったタイミングで４歩に切り替えて跳んでいました。</p>
<p><strong>――すごく器用ですね。確か県大会に出場された経験もあるとか。ハードルのどんなところが楽しかったですか。</strong></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　地元の地域ではあまり速い選手がいなかったのか、県大会には１年生から３年間出ました。市大会では１、２位だったんです。</p>
<p>やっぱり、頑張ればタイムが上がってくるのがうれしかったですね。３歩で跳べる台数がどんどん増えていくのがやりがいでした。最後は７、８台目くらいまでは３歩で行っていたのかな。ハードルを跳ぶまでの「タタタタ、タンッ！」っていうリズムが心地良かったです。</p>
<p>次ページ　<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/92233/2"><span style="font-size: 14pt;"><strong>「一番楽しかった」陸上部での3年間</strong></span></a></p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;"> 昨年、アイドルグループ「純情のアフィリア」を卒業。女優やモデルとして活躍の幅を広げている優希クロエさんにインタビューしました！　運動神経抜群で、中学時代が「今までで一番楽しかった」というほど陸上に夢中だったとか。ハードルで県大会にも出場した当時の思い出をうかがいました！</span></strong></p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-92244" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p><h2>ハードルをはじめたきっかけは「カワイイ」から!?</h2><p><strong>――まずは昨年、ご卒業された「純情のアフィリア」での活動、お疲れさまでした！　陸上部出身とのことですが……？</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　ありがとうございます！　中学3年間、陸上部でした。100ｍハードルと100ｍ、リレーをやっていたんです。長距離は自分の中では苦手でしたが、他の子よりもタイムが良かったので駅伝大会にも出ていました。</p><p><strong>――以前、参加されたアイドルの運動会企画で、マネージャーさんが「めちゃくちゃ速かった」と驚かれたそうですね！　もともと運動が得意だったんですか。</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　小学校の時から足は速いほうでした。運動会でもリレーの選手でしたし、体力測定も得意だったと思います。身体を動かすのはストレス発散になるので好きでしたし、今でも運動は好きです。</p><p><strong>――ご家族も陸上経験者？</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　父は体操をしていて、母はソフトボールをやっていたそうです。兄はサッカー経験者です。小さい頃、兄が合気道を習っていたので、それにくっついて行って合気道もしていまいた！</p><p><strong>――とても合気道をしていたようには見えません……！</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　小さい時は本当に活発で、足をくじいて松葉杖姿になったこともありました。生まれた瞬間から“負けず嫌い”。ゲームでも遊びでも。兄とケンカもしょっちゅうでしたね。小学生の時には応援団長もやっていました。</p><p><strong>――陸上部に入ったきっかけを教えてください。</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　本当はピアノも少し習っていて音楽も好きだったので、中学では吹奏楽部に入ろうと思ったのですが……。“カワイイ”にあこがれていたんです！　結局、母に「足が速いんだから陸上部に入ってみたら」と勧められて。</p><div id="attachment_92248" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-92248" class="size-full wp-image-92248" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe04.jpg?x10373" alt="" width="800" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe04.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe04-300x201.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/kuroe04-768x514.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-92248" class="wp-caption-text">中学時代の思い出を振り返る優希クロエさん</p></div><p><strong>――すぐにハードルに挑戦したんですか。</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　入部してから、まずは全員が100mを測りました。そうしたら同期に自分より速い子がいたんです。それに、ハードルってなんか、かわいくないですか!?　先輩にもハードルをしていて、肌が白くてカワイイ人がいて、あんなふうになりたいなって。同期にハードル選手がいなかったので、試合にも出られるし、こっちを極めたほうがカッコイイ！　と選びました。</p><p><strong>――ハードルを跳ぶのは怖くなかったですか？</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　体育でやっていたので大丈夫でした。脚が当たると痛かったですが、「ひるむくらいなら倒しちゃえ！」くらい、何も恐怖心がなかったです（笑）。でも、当時、身長が155cmくらいだったので、なかなかハードルまで届かなかったです。それで、ハードルは両脚で跳んでいました。</p><p><strong>――両脚ですか!?　逆脚での４歩や、歩数を増やしての５歩ではなくて……。</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　はい！　最初はスピードが出ているのでハードル間を３歩で行けるんですが、途中から少しずつ遠くなっていくじゃないですか。それで、「やばいかも！」と思ったタイミングで４歩に切り替えて跳んでいました。</p><p><strong>――すごく器用ですね。確か県大会に出場された経験もあるとか。ハードルのどんなところが楽しかったですか。</strong></p><p><span style="color: #0000ff;"><strong>優希</strong></span>　地元の地域ではあまり速い選手がいなかったのか、県大会には１年生から３年間出ました。市大会では１、２位だったんです。</p><p>やっぱり、頑張ればタイムが上がってくるのがうれしかったですね。３歩で跳べる台数がどんどん増えていくのがやりがいでした。最後は７、８台目くらいまでは３歩で行っていたのかな。ハードルを跳ぶまでの「タタタタ、タンッ！」っていうリズムが心地良かったです。</p><p>次ページ　<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/92233/2"><span style="font-size: 14pt;"><strong>「一番楽しかった」陸上部での3年間</strong></span></a></p>]]></content:encoded>


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		<item>
		<title>駒大・田澤廉 激動の1年を乗り越えたケア方法とは？世界の舞台を経験し、挑むは駅伝最後の1冠</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/88763</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 28 Dec 2022 18:00:47 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[田澤廉]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=88763</guid>
		<gnf:modified>Wed, 28 Dec 2022 19:07:29 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 28 Dec 2022 19:07:29 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>1月2日、3日に行われる第99回箱根駅伝に、2人の「日本代表」が挑む。<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/75188" data-internallinksmanager029f6b8e52c="2" title="名鑑田澤廉">田澤廉</a>（駒大4年）と<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29512" data-internallinksmanager029f6b8e52c="59" title="名鑑三浦龍司">三浦龍司</a>（順大3年）。この夏、世界と対峙した2人は、どんな思いで箱根路に挑むのだろうか。インタビューとは別に、トラック・駅伝とハードなシーズンを過ごす秘訣を探ってみた。</p>
<h2>激動の1年を乗り越えられたケア方法</h2>
<p>昨年、10000ｍで日本歴代２位となる27分23秒44をマークし、オレゴン世界選手権の参加標準記録を突破。「東京五輪を目指してきましたが出られなかったので、次は絶対に世界選手権に出てやると思ってスタートしました」。その強い気持ちが一つのかたちとなった。</p>
<p>2022年シーズンを振り返り、一定の充実感はある。「世界選手権に向けて練習してきて、しっかり出場できました。自分の中では大きな目標を達成したのは良かったと思います」。その一方で、「ベストコンディションで臨めた試合は少ない」とも言う。</p>
<p>まさに激動の１年だった。</p>
<p>４月上旬の金栗記念5000ｍは「５月の日本選手権に向けた刺激」として臨んだ。ところが自己新となる学生歴代８位の13分22秒60を叩き出す。「プライドもありますし制御できず、“やりすぎた”タイムになりました」。</p>
<p>その反動は大きく、3位以内で日本代表に内定するという状況だった日本選手権10000ｍは「本来であれば出ない選択をするくらい状態が悪かった」という。「相澤さん（晃、旭化成）や伊藤さん（達彦、Honda）は日本選手権を勝って世界へ行かれました。自分も優勝して世界の舞台に立ちたかったので焦ってしまった部分もあります」。それだけ、強い思いを抱いて世界へ挑戦をしていた。</p>
<p>日本選手権は10位となり即内定は得られず、２ヵ月後に追加招集というかたちで立った初のオレゴン世界選手権も本調子はほど遠い状況。「5000ｍ過ぎまで対応できたのはよかった」ものの、世界の壁に跳ね返されて20位（28分24秒25）にとどまった。</p>
<div id="attachment_88769" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-88769" class="size-full wp-image-88769" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0348.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0348.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0348-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0348-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-88769" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">今シーズンの振り返りと駅伝への意気込みを語る田澤</span></p></div>
<p>帰国後、疲労を考慮して夏は２次合宿から合流してチームを鼓舞。出雲駅伝は万全ではない中で3区区間2位。全日本大学駅伝では7区で驚異的な区間記録を打ち立てた。いずれも優勝に貢献。3冠へ王手をかけた。</p>
<p>元々、大きなケガをしないタイプだったが、世界選手権を踏まえた初めてのコンディション調整だったため、「原因は疲労だと思いますが、そういった状態に陥ったことが少ないので、どういう対応をすればいいかわからなかったんです」。</p>
<p>学生として世界を目指す中での難しさはある。それでも、10000ｍで日本トップクラスの記録を出し、完全な状態ではないなかでも世界の舞台に立った。そして駅伝でもエースとしての役割をきっちりこなせた。なぜか。</p>
<p>セルフケアは「器具を使っています」。駒大の寮に完備されているマッサージルームにある機器やボディケア用品を活用。加えて、毎日のセルフケアとは別に、「１週間に１回は治療に行くようにしています」。それもいつも同じではない。「疲れが溜まっている時はマッサージ系、バランスが崩れている時はそれをメンテナンスします」。その時々で変えているのだという。</p>
<p>青森山田高時代から「肩こりがひどかった」という田澤。お気に入りはファイテンのチェーンネックスレスで、地元・八戸にある店舗を訪れ「自分で買いました」と言う。「昔から同じものをずっと使っています。今でもめちゃくちゃ肩がこったり肩甲骨が固まりやすかったりするのですが、ケアとして着けているとやっぱり違いますね」。今はチタン水晶ネックレスやパワーテープも着用。最後まで落ちない力強い腕振りを支えている。</p>
<p>シューズにもこだわる。「朝練習、本練習、スピード練習、距離走用の他に、快調走用やスパイクもあります。目的に応じて種類があるので（特徴を）生かさないといけません。全部同じシューズとかはダメだと思います」。</p>
<p>休日にはチームメイトと買い物に出掛けたり、温泉に入ったり。「おいしいスイーツを食べにも行きます」というのがリラックス法。こうした心身のケアを経てレースに臨んでいる。</p>
<p>ランナーは身体が資本。ランナーとして日々、自分の走りの感覚を高めるために、どうコンディションを整えるか。特にこの１年は身体と向き合い、“対話”してきた。この意識の高さが、田澤を世界の舞台へと立たせ、激動の１年を乗り越えられた。</p>
<p>いよいよ迎える最後の学生最後の大舞台。来年のブダペスト世界選手権を見据えつつ、全日本大学駅伝で２冠を果たしてからは「最後ですから、チームのために箱根駅伝に向けてやっていこうと思ったんです」と力を込める。</p>
<p>駒大、そして恩師の大八木弘明監督にとって、学生駅伝3冠は悲願。「3冠をしたことがないので、監督にプレゼントするのが4年間の恩返しだと思っています」。駅伝の楽しさを知った。世界の壁も楽しさも知った。駒大での4年間の集大成を見せる舞台は、すぐそこまで来ている。</p>
<div id="attachment_88770" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-88770" class="wp-image-88770 size-full" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0464.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0464.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0464-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0464-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-88770" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">最後の箱根駅伝に向かう田澤。3冠は監督への「恩返し」と語る</span></p></div>
<p><span style="font-size: 8pt;">田澤廉（たざわ・れん）／2000年11月11日生まれ。青森県八戸市出身。青森・是川中→青森山田高。大学進学後は学生駅伝フル出場でこれまで区間賞5回獲得。10000ｍでは日本人学生最高の27分23秒44（日本歴代2位）を持ち、今夏のオレゴン世界選手権にも出場した。卒業後はトヨタ自動車で競技を続ける。</span></p>
<p><span style="font-size: 8pt;">文／向永拓史</span></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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		<content:encoded><![CDATA[<p>1月2日、3日に行われる第99回箱根駅伝に、2人の「日本代表」が挑む。<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/75188" data-internallinksmanager029f6b8e52c="2" title="名鑑田澤廉">田澤廉</a>（駒大4年）と<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29512" data-internallinksmanager029f6b8e52c="59" title="名鑑三浦龍司">三浦龍司</a>（順大3年）。この夏、世界と対峙した2人は、どんな思いで箱根路に挑むのだろうか。インタビューとは別に、トラック・駅伝とハードなシーズンを過ごす秘訣を探ってみた。</p><h2>激動の1年を乗り越えられたケア方法</h2><p>昨年、10000ｍで日本歴代２位となる27分23秒44をマークし、オレゴン世界選手権の参加標準記録を突破。「東京五輪を目指してきましたが出られなかったので、次は絶対に世界選手権に出てやると思ってスタートしました」。その強い気持ちが一つのかたちとなった。</p><p>2022年シーズンを振り返り、一定の充実感はある。「世界選手権に向けて練習してきて、しっかり出場できました。自分の中では大きな目標を達成したのは良かったと思います」。その一方で、「ベストコンディションで臨めた試合は少ない」とも言う。</p><p>まさに激動の１年だった。</p><p>４月上旬の金栗記念5000ｍは「５月の日本選手権に向けた刺激」として臨んだ。ところが自己新となる学生歴代８位の13分22秒60を叩き出す。「プライドもありますし制御できず、“やりすぎた”タイムになりました」。</p><p>その反動は大きく、3位以内で日本代表に内定するという状況だった日本選手権10000ｍは「本来であれば出ない選択をするくらい状態が悪かった」という。「相澤さん（晃、旭化成）や伊藤さん（達彦、Honda）は日本選手権を勝って世界へ行かれました。自分も優勝して世界の舞台に立ちたかったので焦ってしまった部分もあります」。それだけ、強い思いを抱いて世界へ挑戦をしていた。</p><p>日本選手権は10位となり即内定は得られず、２ヵ月後に追加招集というかたちで立った初のオレゴン世界選手権も本調子はほど遠い状況。「5000ｍ過ぎまで対応できたのはよかった」ものの、世界の壁に跳ね返されて20位（28分24秒25）にとどまった。</p><div id="attachment_88769" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-88769" class="size-full wp-image-88769" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0348.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0348.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0348-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0348-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-88769" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">今シーズンの振り返りと駅伝への意気込みを語る田澤</span></p></div><p>帰国後、疲労を考慮して夏は２次合宿から合流してチームを鼓舞。出雲駅伝は万全ではない中で3区区間2位。全日本大学駅伝では7区で驚異的な区間記録を打ち立てた。いずれも優勝に貢献。3冠へ王手をかけた。</p><p>元々、大きなケガをしないタイプだったが、世界選手権を踏まえた初めてのコンディション調整だったため、「原因は疲労だと思いますが、そういった状態に陥ったことが少ないので、どういう対応をすればいいかわからなかったんです」。</p><p>学生として世界を目指す中での難しさはある。それでも、10000ｍで日本トップクラスの記録を出し、完全な状態ではないなかでも世界の舞台に立った。そして駅伝でもエースとしての役割をきっちりこなせた。なぜか。</p><p>セルフケアは「器具を使っています」。駒大の寮に完備されているマッサージルームにある機器やボディケア用品を活用。加えて、毎日のセルフケアとは別に、「１週間に１回は治療に行くようにしています」。それもいつも同じではない。「疲れが溜まっている時はマッサージ系、バランスが崩れている時はそれをメンテナンスします」。その時々で変えているのだという。</p><p>青森山田高時代から「肩こりがひどかった」という田澤。お気に入りはファイテンのチェーンネックスレスで、地元・八戸にある店舗を訪れ「自分で買いました」と言う。「昔から同じものをずっと使っています。今でもめちゃくちゃ肩がこったり肩甲骨が固まりやすかったりするのですが、ケアとして着けているとやっぱり違いますね」。今はチタン水晶ネックレスやパワーテープも着用。最後まで落ちない力強い腕振りを支えている。</p><p>シューズにもこだわる。「朝練習、本練習、スピード練習、距離走用の他に、快調走用やスパイクもあります。目的に応じて種類があるので（特徴を）生かさないといけません。全部同じシューズとかはダメだと思います」。</p><p>休日にはチームメイトと買い物に出掛けたり、温泉に入ったり。「おいしいスイーツを食べにも行きます」というのがリラックス法。こうした心身のケアを経てレースに臨んでいる。</p><p>ランナーは身体が資本。ランナーとして日々、自分の走りの感覚を高めるために、どうコンディションを整えるか。特にこの１年は身体と向き合い、“対話”してきた。この意識の高さが、田澤を世界の舞台へと立たせ、激動の１年を乗り越えられた。</p><p>いよいよ迎える最後の学生最後の大舞台。来年のブダペスト世界選手権を見据えつつ、全日本大学駅伝で２冠を果たしてからは「最後ですから、チームのために箱根駅伝に向けてやっていこうと思ったんです」と力を込める。</p><p>駒大、そして恩師の大八木弘明監督にとって、学生駅伝3冠は悲願。「3冠をしたことがないので、監督にプレゼントするのが4年間の恩返しだと思っています」。駅伝の楽しさを知った。世界の壁も楽しさも知った。駒大での4年間の集大成を見せる舞台は、すぐそこまで来ている。</p><div id="attachment_88770" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-88770" class="wp-image-88770 size-full" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0464.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0464.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0464-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/FN1_0464-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-88770" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">最後の箱根駅伝に向かう田澤。3冠は監督への「恩返し」と語る</span></p></div><p><span style="font-size: 8pt;">田澤廉（たざわ・れん）／2000年11月11日生まれ。青森県八戸市出身。青森・是川中→青森山田高。大学進学後は学生駅伝フル出場でこれまで区間賞5回獲得。10000ｍでは日本人学生最高の27分23秒44（日本歴代2位）を持ち、今夏のオレゴン世界選手権にも出場した。卒業後はトヨタ自動車で競技を続ける。</span></p><p><span style="font-size: 8pt;">文／向永拓史</span></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


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		<title>3冠に王手！駒大・大八木弘明監督インタビュー「ちゃんと準備して臨みたい」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/89813</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 27 Dec 2022 16:15:17 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[インタビュー動画]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[大八木弘明]]></category>
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		<gnf:modified>Tue, 27 Dec 2022 16:15:17 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Tue, 27 Dec 2022 16:15:17 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>間近に迫る第99回箱根駅伝に向け、インタビューの様子をお届け！</p>
<p>出雲駅伝、全日本大学駅伝を制して3冠に王手をかけている駒大の大八木弘明監督インタビュー。 夏合宿や1年生のこと、今季の「殊勲者」、そして本戦の展望を語っていただきました。</p>
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/89813"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2FMhCXOK2Z5pU%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p>
<p>大八木監督の意気込みも含め、各校の最新情報やデータ、選手名鑑など充実のコンテンツが満載の『箱根駅伝2023公式ガイドブック』は絶賛発売中！ </p>
<p><a href="https://amzn.to/3Fi4FZ5" rel="noopener" target="_blank">amazon</a><br />
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<a href="https://getsuriku.theshop.jp/" rel="noopener" target="_blank">月陸オンラインショップ</a> </p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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		<content:encoded><![CDATA[<p>間近に迫る第99回箱根駅伝に向け、インタビューの様子をお届け！</p><p>出雲駅伝、全日本大学駅伝を制して3冠に王手をかけている駒大の大八木弘明監督インタビュー。 夏合宿や1年生のこと、今季の「殊勲者」、そして本戦の展望を語っていただきました。</p><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/89813"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2FMhCXOK2Z5pU%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p><p>大八木監督の意気込みも含め、各校の最新情報やデータ、選手名鑑など充実のコンテンツが満載の『箱根駅伝2023公式ガイドブック』は絶賛発売中！ </p><p><a href="https://amzn.to/3Fi4FZ5" rel="noopener" target="_blank">amazon</a><br /><a href="https://books.rakuten.co.jp/rb/17355659/" rel="noopener" target="_blank">楽天ブックス</a><br /><a href="https://getsuriku.theshop.jp/" rel="noopener" target="_blank">月陸オンラインショップ</a> </p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


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		<item>
		<title>【動画】駒大・田澤廉インタビュー「3冠が監督への4年間の恩返し」最後の箱根駅伝へ</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 27 Dec 2022 15:53:15 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[インタビュー動画]]></category>
		<category><![CDATA[田澤廉]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/thumb-4.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/thumb-4.jpg?x10373" alt="" width="1920" height="1080" class="alignnone size-full wp-image-89802" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/thumb-4.jpg 1920w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/thumb-4-300x169.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/thumb-4-1024x576.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/thumb-4-768x432.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/thumb-4-1536x864.jpg 1536w" sizes="auto, (max-width: 1920px) 100vw, 1920px" /></p>
<p>間近に迫った箱根駅伝を前に、駒大のエース・田澤廉選手のインタビューをお届け！</p>
<p>初出場を果たした世界陸上、そして最後の箱根駅伝に向けてなど、いろいろと語ってくれました！</p>
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/89801"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2Fh4I76emldS8%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p>
<p>田澤廉選手の意気込みも含め、各校の最新情報やデータ、選手名鑑など充実のコンテンツが満載の『箱根駅伝2023公式ガイドブック』は絶賛発売中！<br />
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		<item>
		<title>【動画】順大・三浦龍司インタビュー世界と戦って「やっぱりこの世界が好き」箱根駅伝への意気込みも語る</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/89751</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 Dec 2022 20:20:04 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[インタビュー動画]]></category>
		<category><![CDATA[三浦龍司]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<gnf:modified>Mon, 26 Dec 2022 20:20:04 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 26 Dec 2022 20:20:04 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>発売中の月陸2023年1月号の表紙＆巻頭インタビューを飾った順大の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29512" data-internallinksmanager029f6b8e52c="59" title="名鑑三浦龍司">三浦龍司</a>。<br />
世界陸上、そして4位という快挙を成し遂げたダイヤモンドリーグ・ファイナルの雰囲気を振り返ってくれました。<br />
間近に迫った箱根駅伝への意気込みも！</p>
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/89751"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2Fs2__ju-xtgo%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p>
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		<title>【動画】55年ぶり箱根駅伝出場！立教大・上野裕一郎監督インタビュー「日本一速い」指揮官の指導法とは!?</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/89748</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 Dec 2022 19:33:00 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[インタビュー動画]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[上野裕一郎]]></category>
		<category><![CDATA[立教大]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
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		<gnf:modified>Mon, 26 Dec 2022 19:33:00 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 26 Dec 2022 19:33:00 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>間近に迫る第99回箱根駅伝に向け、インタビューの様子をお届け！ 55年ぶりに箱根駅伝出場を果たした立教大を率いる上野裕一郎監督。「日本一速い」指揮官はどんな思いで指導に当たっているのか。本戦への思いも含めて聞いた。</p>
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/89748"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2FnmfqsjDlYH4%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p>
<p>上野監督の意気込みも含め、立教大や各校の最新情報やデータ、選手名鑑など充実のコンテンツが満載の『箱根駅伝2023公式ガイドブック』は絶賛発売中！</p>
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		<content:encoded><![CDATA[<p>間近に迫る第99回箱根駅伝に向け、インタビューの様子をお届け！ 55年ぶりに箱根駅伝出場を果たした立教大を率いる上野裕一郎監督。「日本一速い」指揮官はどんな思いで指導に当たっているのか。本戦への思いも含めて聞いた。</p><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/89748"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2FnmfqsjDlYH4%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p><p>上野監督の意気込みも含め、立教大や各校の最新情報やデータ、選手名鑑など充実のコンテンツが満載の『箱根駅伝2023公式ガイドブック』は絶賛発売中！</p><p><a href="https://amzn.to/3Fi4FZ5" rel="noopener" target="_blank">amazon</a><br /><a href="https://books.rakuten.co.jp/rb/17355659/" rel="noopener" target="_blank">楽天ブックス</a><br /><a href="https://getsuriku.theshop.jp/items/68726616" rel="noopener" target="_blank">月陸オンラインショップ</a> </p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


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		<item>
		<title>【動画】東洋大・酒井俊幸監督インタビュー「鉄紺の挑戦」前回以上の順位を目指す</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/89227</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 20 Dec 2022 17:32:39 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[インタビュー動画]]></category>
		<category><![CDATA[東洋大]]></category>
		<category><![CDATA[酒井俊幸]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[YouTube]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=89227</guid>
		<gnf:modified>Tue, 20 Dec 2022 19:38:15 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Tue, 20 Dec 2022 19:38:15 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;">間近に迫る第99回箱根駅伝に向け、インタビューの様子をお届け！</span></p>
<p><span style="font-size: 13pt;">前回4位に入った東洋大を率いる酒井俊幸監督は「鉄紺の挑戦」をテーマに、誇りを胸に箱根路へ挑む。</span></p>
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/89227"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2Fcg1OGUjoGis%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p>
<p>酒井監督の意気込みも含め、東洋大の最新情報や各校のデータ、選手名鑑など充実のコンテンツが満載の『箱根駅伝2023公式ガイドブック』は絶賛発売中！</p>
<p><a href="https://amzn.to/3Fi4FZ5" target="_blank" rel="noopener">amazon</a><br />
<a href="https://books.rakuten.co.jp/rb/17355659/" target="_blank" rel="noopener">楽天ブックス</a><br />
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		<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;">間近に迫る第99回箱根駅伝に向け、インタビューの様子をお届け！</span></p><p><span style="font-size: 13pt;">前回4位に入った東洋大を率いる酒井俊幸監督は「鉄紺の挑戦」をテーマに、誇りを胸に箱根路へ挑む。</span></p><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/89227"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2Fcg1OGUjoGis%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p><p>酒井監督の意気込みも含め、東洋大の最新情報や各校のデータ、選手名鑑など充実のコンテンツが満載の『箱根駅伝2023公式ガイドブック』は絶賛発売中！</p><p><a href="https://amzn.to/3Fi4FZ5" target="_blank" rel="noopener">amazon</a><br /><a href="https://books.rakuten.co.jp/rb/17355659/" target="_blank" rel="noopener">楽天ブックス</a><br /><a href="https://getsuriku.theshop.jp/items/68726616" target="_blank" rel="noopener">月陸オンラインショップ</a></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


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		<title>【インタビュー】やり投・北口榛花からファンへのメッセージ！CrystalAthlete受賞コメント</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/88965</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 16 Dec 2022 02:10:10 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[インタビュー動画]]></category>
		<category><![CDATA[北口榛花]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<gnf:modified>Fri, 16 Dec 2022 02:10:10 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 16 Dec 2022 02:10:10 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>月陸Onlineが新設した「GetsurikuAwards2022」で、選手・ファン・メディアが選ぶ今年最も輝きを放ったアスリートを選ぶ「CrystalAthlete」に選ばれた女子やり投の北口榛花選手（JAL）のインタビュー！</p>
<p>受賞コメントとファンへのメッセージをいただきました。<br />
来季の飛躍も楽しみです！</p>
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/88965"><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/plugins/wp-youtube-lyte/lyteCache.php?origThumbUrl=%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2FlLvTzGGdhVw%2Fhqdefault.jpg" alt="YouTube Video"></a><br /><br /></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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		<title>【“陸女”インタビュー】話題の映画出演・菊池日菜子さん「ハンマー投に捧げた時間に後悔はありません！」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/86920</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 26 Nov 2022 18:00:14 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[ハンマー投]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
		<category><![CDATA[菊池日菜子]]></category>
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		<gnf:modified>Fri, 03 Feb 2023 16:49:49 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 03 Feb 2023 16:49:49 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-86921" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/3aff4c9f022fa4d0d2aacfdd5300e189.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/3aff4c9f022fa4d0d2aacfdd5300e189.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/3aff4c9f022fa4d0d2aacfdd5300e189-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">今回は若手女優として大きな注目を集めている菊池日菜子さんにインタビュー！　高校時代に地元・福岡で芸能活動をスタートすると、2020年に上京して本格的に女優の道へ。舞台『醉いどれ天使』や映画『私はいったい、何と闘っているのか』などに出演。今年12月2日（金）に公開の映画『月の満ち欠け』では主要キャストを務めている。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">他にもＣＭやＭＶへの出演や、21年には全日本高校女子サッカー選手権の「初代応援マネジャー」に就任するなど、幅広く活躍する菊池さん。今の姿からは想像できないが、実はハンマー投の選手だったとか！　「戻れるなら戻りたい！」という陸上部時代のお話をうかがいました！</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-86922" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/05_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="521" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/05_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/05_-300x195.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/05_-768x500.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">高校時代はハンマー投で九州大会に出場したという菊池日菜子さん</span></p>
<h2>中学時代は走高跳とハードルに挑戦</h2>
<p><strong>――今日はよろしくお願いします！　まず……、今の菊池さんの姿からはハンマー投をしていたようにはとても想像できないのですが……。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　今でもふくはらぎの筋肉がつきやすいのですが、制服からのぞいていたふくらはぎは、かなりたくましかったと思います！　高校３年生の時に出場した北九州大会は６位でした。自己ベストは40ｍ以上です。インターハイに出場できのるは他の種目（６位）と違って４位までなので、とても悔しかったです。</p>
<p><strong>――陸上を始めた時期ときっかけを教えてください。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　小学校の体育の授業でハードルをしたのが楽しくて「できるかも！」と思ったのがきっかけで、中学校から陸上部に入りました。小さい頃から身体を動かすのが大好きで、親友と２人だけで「忍者ごっこ」をして跳んだり走ったりしていました。運動は得意なほうだったと思います。</p>
<p><strong>――ご家族も陸上やスポーツを？　身長（170cm）はご両親譲りですか？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　父は185cmあってバスケットボールをしていました。母も170cmあって、高校時代にやり投をしていたようです。ただ、それがきっかけで始めたわけではありません。</p>
<p><strong>――小さい頃は何か習い事はされていたんですか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　小２から始めた書道は高３まで続けて、高等師範まで取得しました。楽しくて好きなのでまた習いに行きたいです。</p>
<h2>気がついたらハンマーを投げていました（笑）</h2>
<p><strong>――中学時代の種目は？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　100ｍハードルと走高跳をしていました。どちらかと言うと走高跳のほうが得意で１ｍ45くらいだったと思います。部活はそれほど厳しくはなくて、「ザ・中学校の部活！」という雰囲気でした。標準記録のある大会にも行けたがあったんですが、その時は結構、“ガチ”で取り組んでいた記憶があります（笑）。</p>
<p><strong>――その流れで自然と高校でも陸上部へ。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　本当は絶対に入らないでおこうと思っていました。書道部に入るつもりだったのですが、いつの間にかハンマーを投げていたのでビックリしています（笑）</p>
<p><strong>――ハンマーを手にするまでの経緯を教えてください！（笑）</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　陸上部の顧問の先生はハンマー投が専門だったのですが、私の身長が高かったからか、入学式の時に先生から声をかけていただきました。</p>
<p>私が中学時代に陸上部ということを知って、その後にもう一度誘いに来てくださったので、仮入部期間に体験に行きました。ハンマー投をすることが前提で、空ターンの練習をした記憶があります。今思えば、その時点で片脚を突っ込んでいましたね。</p>
<p><strong><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-86926" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/01.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/01.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/01-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/01-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">仮入部期間からハンマー投に挑戦していたという菊池さん</span></strong></p>
<p>――ちなみに菊池さんはハンマー投の存在を知っていたんですか？</p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　はい！　やっぱり室伏広治選手の印象がありました。母に相談したら、「ハンマー投!?」と驚いていましたが、基本的にいつも肯定してくれるので、この時も「いいんじゃない？」と背中を押してもらいました。</p>
<p><strong>――それで入部を決めたんですね。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　すごく熱心に誘ってくれる先輩もいたんです。昼休みにも教室に来てくれたり。あとで聞いたら、先生がその先輩に「菊池を入部させられたら焼肉をおごっちゃる」と言っていたらしいです（笑）。中学時代に活躍していた幼馴染みの影響もあったかもしれません。</p>
<p>部活を決める日の前日もダメ押しで先生が勧誘に来てくださったこともあり、気がついたら入部してハンマーを投げていました（笑）</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-86921" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/3aff4c9f022fa4d0d2aacfdd5300e189.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/3aff4c9f022fa4d0d2aacfdd5300e189.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/3aff4c9f022fa4d0d2aacfdd5300e189-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">今回は若手女優として大きな注目を集めている菊池日菜子さんにインタビュー！　高校時代に地元・福岡で芸能活動をスタートすると、2020年に上京して本格的に女優の道へ。舞台『醉いどれ天使』や映画『私はいったい、何と闘っているのか』などに出演。今年12月2日（金）に公開の映画『月の満ち欠け』では主要キャストを務めている。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">他にもＣＭやＭＶへの出演や、21年には全日本高校女子サッカー選手権の「初代応援マネジャー」に就任するなど、幅広く活躍する菊池さん。今の姿からは想像できないが、実はハンマー投の選手だったとか！　「戻れるなら戻りたい！」という陸上部時代のお話をうかがいました！</span></strong></p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-86922" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/05_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="521" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/05_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/05_-300x195.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/05_-768x500.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">高校時代はハンマー投で九州大会に出場したという菊池日菜子さん</span></p><h2>中学時代は走高跳とハードルに挑戦</h2><p><strong>――今日はよろしくお願いします！　まず……、今の菊池さんの姿からはハンマー投をしていたようにはとても想像できないのですが……。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　今でもふくはらぎの筋肉がつきやすいのですが、制服からのぞいていたふくらはぎは、かなりたくましかったと思います！　高校３年生の時に出場した北九州大会は６位でした。自己ベストは40ｍ以上です。インターハイに出場できのるは他の種目（６位）と違って４位までなので、とても悔しかったです。</p><p><strong>――陸上を始めた時期ときっかけを教えてください。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　小学校の体育の授業でハードルをしたのが楽しくて「できるかも！」と思ったのがきっかけで、中学校から陸上部に入りました。小さい頃から身体を動かすのが大好きで、親友と２人だけで「忍者ごっこ」をして跳んだり走ったりしていました。運動は得意なほうだったと思います。</p><p><strong>――ご家族も陸上やスポーツを？　身長（170cm）はご両親譲りですか？</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　父は185cmあってバスケットボールをしていました。母も170cmあって、高校時代にやり投をしていたようです。ただ、それがきっかけで始めたわけではありません。</p><p><strong>――小さい頃は何か習い事はされていたんですか。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　小２から始めた書道は高３まで続けて、高等師範まで取得しました。楽しくて好きなのでまた習いに行きたいです。</p><h2>気がついたらハンマーを投げていました（笑）</h2><p><strong>――中学時代の種目は？</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　100ｍハードルと走高跳をしていました。どちらかと言うと走高跳のほうが得意で１ｍ45くらいだったと思います。部活はそれほど厳しくはなくて、「ザ・中学校の部活！」という雰囲気でした。標準記録のある大会にも行けたがあったんですが、その時は結構、“ガチ”で取り組んでいた記憶があります（笑）。</p><p><strong>――その流れで自然と高校でも陸上部へ。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　本当は絶対に入らないでおこうと思っていました。書道部に入るつもりだったのですが、いつの間にかハンマーを投げていたのでビックリしています（笑）</p><p><strong>――ハンマーを手にするまでの経緯を教えてください！（笑）</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　陸上部の顧問の先生はハンマー投が専門だったのですが、私の身長が高かったからか、入学式の時に先生から声をかけていただきました。</p><p>私が中学時代に陸上部ということを知って、その後にもう一度誘いに来てくださったので、仮入部期間に体験に行きました。ハンマー投をすることが前提で、空ターンの練習をした記憶があります。今思えば、その時点で片脚を突っ込んでいましたね。</p><p><strong><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-86926" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/01.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/01.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/01-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/01-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">仮入部期間からハンマー投に挑戦していたという菊池さん</span></strong></p><p>――ちなみに菊池さんはハンマー投の存在を知っていたんですか？</p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　はい！　やっぱり室伏広治選手の印象がありました。母に相談したら、「ハンマー投!?」と驚いていましたが、基本的にいつも肯定してくれるので、この時も「いいんじゃない？」と背中を押してもらいました。</p><p><strong>――それで入部を決めたんですね。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>菊池</strong></span>　すごく熱心に誘ってくれる先輩もいたんです。昼休みにも教室に来てくれたり。あとで聞いたら、先生がその先輩に「菊池を入部させられたら焼肉をおごっちゃる」と言っていたらしいです（笑）。中学時代に活躍していた幼馴染みの影響もあったかもしれません。</p><p>部活を決める日の前日もダメ押しで先生が勧誘に来てくださったこともあり、気がついたら入部してハンマーを投げていました（笑）</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>サニブラウン単独インタビュー「チャレンジすることが大切」プロという環境で学んだメンタリティー</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/83788</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 21 Oct 2022 17:00:04 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[サニブラウン・アブデル・ハキーム]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[puma]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=83788</guid>
		<gnf:modified>Mon, 12 Dec 2022 14:53:52 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 12 Dec 2022 14:53:52 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>オレゴン世界選手権の男子100ｍで日本人初のファイナル進出を果たして７位となった<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/12937" data-internallinksmanager029f6b8e52c="3" title="名鑑ハキーム">サニブラウン・アブデル・ハキーム</a>（タンブルウィードTC）。まだ23歳だが、すでに日本スプリント界にとって数々の金字塔を打ち立ててきた。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">2015年、当時高2で挑んだ世界ユース選手権では、ウサイン・ボルト（ジャマイカ）の大会記録を塗り替えて2冠。同年の北京世界選手権200ｍでは最年少で準決勝に進出した。高校卒業後は米国のフロリダ大へ進学。17年ロンドン世界選手権200ｍでは最年少ファイナリストに。19年には100ｍで9秒97の日本記録（当時）を樹立。同年のドーハ世界選手権、そして21年の東京五輪にも出場した。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">2019年秋からはプロアスリートとなり、ボルトと同じプーマとパートナーシップ契約。高校時代から常に思い描いてきた「世界一」への道を歩き出した。そして今年のオレゴン世界選手権で、夢に一歩近づく100ｍファイナル進出。しかし、ここ2年は腰のヘルニアもあって苦しい日々を過ごしてきたという。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">シーズン終了後に休養し、一時帰国したサニブラウン。改めてオレゴン世界選手権を振り返るとともに、プロになって海外トップ選手と過ごす上で感じたこと、若きアスリートたちへの思いを聞いた。</span></p>
<h2>部屋に戻るまで時間がかかるほどの負荷</h2>
<p><strong>――オレゴン世界選手権の100ｍ決勝進出、おめでとうございます。反響はいかがでしたか。</strong></p>
<p>大会後から最近まで日本に帰っていなかったので、大会が終わった直後の“熱”を感じることはなかったのですが、高校時代の友達や先輩たちもメッセージをくれました。米国のチームメイトからは21年の状態を見てくれていたので、「おめでとう」「よく走ったな」と言われましたね。</p>
<p><strong>――レース自体は「覚えていない」ということでした。どんな心境でしたか。</strong></p>
<p>独特の緊張感で、ものすごく緊張する自分と、その中でもなんとか冷静に行こうという自分と2人いました。ただ、普段から世界大会の決勝を戦ったり、メダルを取ったりする選手と練習しているので、過度な緊張ではなかったと思います。</p>
<p><strong>――出し切ったという言葉が印象的でした。</strong></p>
<p>いやー、もう相当にきつかったですよ。予選、準決勝、決勝と3本を全力で走ることってあまりないので。身体にガタが来ていて、疲れ過ぎて部屋に戻るまでものすごく時間がかかったくらいです。いっぱい、いっぱいでしたね。</p>
<p><strong>――先ほど「21年の状態」とありましたが、腰のヘルニアに苦しまれました。状態としては？</strong></p>
<p>結構、ひどかったと思います。神経痛があって腰からくるぶしくらいまで痛みやしびれがありました。今でもものすごい疲労があると神経痛が出ます。まだ身体の状態にも気をつけながらのトレーニングでしたし、他の選手より強度も少ない。まずは身体を100％まで戻して、それ以上に強化していきたいと思っています。<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-83793" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/FN2_9555.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/FN2_9555.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/FN2_9555-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/FN2_9555-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">オレゴン世界選手権100ｍの決勝を駆け抜けるサニブラウン</span></p>
<h2>プロアスリートに揉まれて感じたこととは</h2>
<p><strong>――2019年にプロ宣言。タンブルウィードTCのチームメイトには世界選手権100ｍ銀・銅メダルのマーヴィン・ブレイシー選手とトレイヴォン・ブロメル選手（ともに米国）がいます。</strong></p>
<p>メダルを取る選手を日頃から間近で見ていて、やっぱりこういう人が結果を出すんだなと思います。私生活や練習に取り組む姿勢が違います。結果に対するハングリーさがあるんです。プロ選手として人生が懸かっているし、執念がすごい。</p>
<p><strong>――例えばどんな場面で違いを感じますか。</strong></p>
<p>どうすれば速くなるか、ということしか考えていないんです。陸上を中心に置いて生活をしています。だからこそ、練習でも自分からコーチに「今の走りはこうしてみたんだけど、変えたらこうなるかな？」など、自発的に行動することが本当に多い。コーチとのキャッチボールが大切だというのは、そういう選手を見ていて一番に感じました。</p>
<p>振り返ると高校、大学は部活動の延長で、もちろん勝ちたい、速くなりたいという気持ちはありましたが、その中でも「楽しく終われれば」というのが少なからずあったと思います。でも、与えられているものだけをこなすだけだと、そこで終わり。コーチも選手が何をしたいかはわかりませんし、自分から行動しないといけません。</p>
<p><strong>――サニブラウン選手もプロアスリートとなってそこが大きく変化したのですね。</strong></p>
<p>プロになると結果がすべてで、もっともっと求められる。それに応えるためにはメンタルもそうだし、フィジカルにもより気を遣っていきます。1試合、1試合で結果を出す。安定したパフォーマンスを発揮するためには、日頃の積み重ねしかないんです。プロになったから結果が出せたのは間違いありません。</p>
<p><strong>――プロになってから、あのボルトと同じプーマとパートナーシップ契約を締結されました。スパイクへのこだわりは？</strong></p>
<p>米国にあるラボから練習場によく来てくださって、フィッティングのセッションを繰り返しています。履き心地が良くて機能性もある。地面に伝わった反発をしっかりもらえるんです。特にオレゴンでも着用したスパイクはすごいですよ。</p>
<p>接地する前足部にクッション性の高いフォーム材（ニトロフォーム）があることで、より反発が返ってくる上に、楽にフォームを保って刻んでいけます。後半までフォームを維持できますし、本数を重ねても崩れません。履いたらビックリすると思います。</p>
<p><strong>――練習でスパイクはどう使い分けていますか。</strong></p>
<p>レース用のスパイクは負荷が大きいのでトップスピードを出す練習で使用することが多いです。それ以外では「エヴォスピード トーキョー フューチャー４」というスパイクを履いています。これもカーボンプレートが入っているので反発がもらえて、スタート練習や負荷をかける練習、少し長い距離を走る時に使っていますよ。</p>
<p><strong>――サニブラウン選手が練習で使用しているスパイクがこの秋に発売。世界選手権で着用したスパイクと同じカラーリングで映えますね。</strong></p>
<p>この2つも十分にスプリントで使えると思います。最近はシンプルな色使いのスパイクが多いように思いますが、オレンジ色は目立って良いですね。ひと味違うのがプーマの持ち味。やっぱり100ｍのスタートラインに立った時に「ハキームのスパイクかっこいいな」って思われると良いですよね。<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-83794" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210171113.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210171113.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210171113-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210171113-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">サニブラウンが実際に練習でも履いている「エヴォスピード トーキョー ブラッシュ 4」が10月19日に、「エヴォスピード トーキョー フューチャー 4」が11月中旬発売予定。いずれ世界選手権で着用したスパイクと同じカラーリングだ</span></p>
<h2>ここからが本当のスタート</h2>
<p><strong>――来年はブダペスト世界選手権、以降はパリ五輪、東京世界選手権と毎年世界大会が続きます。来季に向けてのプランは？</strong></p>
<p>今は1ヵ月ほどの休養期間で、これからのプランはコーチと相談して決めていきます。身体の調子などを見ながら、どう組み立てていくかアメリカに戻ってコーチとお茶でもしながら考えていきたいです。</p>
<p><strong>――改めて世界選手権を終えて感じたことは。</strong></p>
<p>達成感は一瞬だけで、メダルは近いようで遠かったです。出し切ったという思いもありましが、一番は「悔しかった」という思いが残りました。やはり9秒8を出さないとメダルを取れません。3本目の決勝で、疲労がある中で100％以上のパフォーマンスをしないといけないです。</p>
<p><strong>――今回の経験がこれからの世界大会に大きく生きてきそうですね。</strong></p>
<p>特に準決勝から決勝までの過ごし方。今まで経験したことのなかったものをすべて経験できました。次は身体がどういう反応をするか、どういう雰囲気かがわかるので、心の準備ができます。一連の流れを経験できたのは次につながります。</p>
<p><strong>――オレゴンでの100ｍもそうですが、これまで「日本人初」という偉業がたくさんあります。</strong></p>
<p>それを意図しているわけではないですが、目指しているものが大きいからこそ結果的に「日本初」というものを達成しているのだと思いますその背中を見て若いアスリートがやる気を出してくれればいいですし、自分の名前で「日本初」が更新できていくのはうれしいです。<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-83795" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210170873.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210170873.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210170873-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210170873-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<strong>――サニブラウン選手の影響もあって、高校卒業後に海外へ渡ったり、留学したいと言う高校生が増えたりしています。アドバイスはありますか。</strong></p>
<p>チャレンジ精神を大切にしてほしいです。海外では自分からどんどん行かないと何も得られません。毎回、成功するわけではないし、失敗はするもの。その失敗から学ぶのが大事なんです。失敗したらなぜ失敗したか考えて生かしていく。それが重要です。</p>
<p><strong>――最後にこれからの目標について聞かせてください。</strong></p>
<p>世界選手権の決勝に行けましたが、競技人生はまだまだこれからだと感じました。世界大会でさらに結果を出すために日々練習していきます。メダルライン、金メダル、世界記録に向かっていきます。そのためには、やらなければいけないことがたくさんあります。ここからが本当のスタートです。<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-83792" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210170959.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210170959.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210170959-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210170959-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">サニブラウン・アブデル・ハキーム／1999年3月6日生まれ、23歳。東京・城西中、城西高時代から全国トップで活躍。高2の世界ユース選手権では100ｍと200ｍを大会新で2冠した。昨年の東京五輪には200ｍで出場。世界選手権には15、17、19、21年と4大会で代表入りし、今年のオレゴンでは100ｍで日本人初のファイナル進出を果たして7位入賞した。自己ベストは100ｍ9秒97、200ｍ20秒08（いずれも日本歴代2位）</span></p>
<p>技術面などより詳しいインタビュー完全版は11月14日発売の「月刊陸上競技」12月号に掲載予定！</p>
<p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史　撮影／小川和行</span></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
<p>関連記事はありません。</p>
</div>
]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>オレゴン世界選手権の男子100ｍで日本人初のファイナル進出を果たして７位となった<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/12937" data-internallinksmanager029f6b8e52c="3" title="名鑑ハキーム">サニブラウン・アブデル・ハキーム</a>（タンブルウィードTC）。まだ23歳だが、すでに日本スプリント界にとって数々の金字塔を打ち立ててきた。</span></p><p><span style="font-size: 10pt;">2015年、当時高2で挑んだ世界ユース選手権では、ウサイン・ボルト（ジャマイカ）の大会記録を塗り替えて2冠。同年の北京世界選手権200ｍでは最年少で準決勝に進出した。高校卒業後は米国のフロリダ大へ進学。17年ロンドン世界選手権200ｍでは最年少ファイナリストに。19年には100ｍで9秒97の日本記録（当時）を樹立。同年のドーハ世界選手権、そして21年の東京五輪にも出場した。</span></p><p><span style="font-size: 10pt;">2019年秋からはプロアスリートとなり、ボルトと同じプーマとパートナーシップ契約。高校時代から常に思い描いてきた「世界一」への道を歩き出した。そして今年のオレゴン世界選手権で、夢に一歩近づく100ｍファイナル進出。しかし、ここ2年は腰のヘルニアもあって苦しい日々を過ごしてきたという。</span></p><p><span style="font-size: 10pt;">シーズン終了後に休養し、一時帰国したサニブラウン。改めてオレゴン世界選手権を振り返るとともに、プロになって海外トップ選手と過ごす上で感じたこと、若きアスリートたちへの思いを聞いた。</span></p><h2>部屋に戻るまで時間がかかるほどの負荷</h2><p><strong>――オレゴン世界選手権の100ｍ決勝進出、おめでとうございます。反響はいかがでしたか。</strong></p><p>大会後から最近まで日本に帰っていなかったので、大会が終わった直後の“熱”を感じることはなかったのですが、高校時代の友達や先輩たちもメッセージをくれました。米国のチームメイトからは21年の状態を見てくれていたので、「おめでとう」「よく走ったな」と言われましたね。</p><p><strong>――レース自体は「覚えていない」ということでした。どんな心境でしたか。</strong></p><p>独特の緊張感で、ものすごく緊張する自分と、その中でもなんとか冷静に行こうという自分と2人いました。ただ、普段から世界大会の決勝を戦ったり、メダルを取ったりする選手と練習しているので、過度な緊張ではなかったと思います。</p><p><strong>――出し切ったという言葉が印象的でした。</strong></p><p>いやー、もう相当にきつかったですよ。予選、準決勝、決勝と3本を全力で走ることってあまりないので。身体にガタが来ていて、疲れ過ぎて部屋に戻るまでものすごく時間がかかったくらいです。いっぱい、いっぱいでしたね。</p><p><strong>――先ほど「21年の状態」とありましたが、腰のヘルニアに苦しまれました。状態としては？</strong></p><p>結構、ひどかったと思います。神経痛があって腰からくるぶしくらいまで痛みやしびれがありました。今でもものすごい疲労があると神経痛が出ます。まだ身体の状態にも気をつけながらのトレーニングでしたし、他の選手より強度も少ない。まずは身体を100％まで戻して、それ以上に強化していきたいと思っています。<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-83793" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/FN2_9555.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/FN2_9555.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/FN2_9555-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/FN2_9555-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">オレゴン世界選手権100ｍの決勝を駆け抜けるサニブラウン</span></p><h2>プロアスリートに揉まれて感じたこととは</h2><p><strong>――2019年にプロ宣言。タンブルウィードTCのチームメイトには世界選手権100ｍ銀・銅メダルのマーヴィン・ブレイシー選手とトレイヴォン・ブロメル選手（ともに米国）がいます。</strong></p><p>メダルを取る選手を日頃から間近で見ていて、やっぱりこういう人が結果を出すんだなと思います。私生活や練習に取り組む姿勢が違います。結果に対するハングリーさがあるんです。プロ選手として人生が懸かっているし、執念がすごい。</p><p><strong>――例えばどんな場面で違いを感じますか。</strong></p><p>どうすれば速くなるか、ということしか考えていないんです。陸上を中心に置いて生活をしています。だからこそ、練習でも自分からコーチに「今の走りはこうしてみたんだけど、変えたらこうなるかな？」など、自発的に行動することが本当に多い。コーチとのキャッチボールが大切だというのは、そういう選手を見ていて一番に感じました。</p><p>振り返ると高校、大学は部活動の延長で、もちろん勝ちたい、速くなりたいという気持ちはありましたが、その中でも「楽しく終われれば」というのが少なからずあったと思います。でも、与えられているものだけをこなすだけだと、そこで終わり。コーチも選手が何をしたいかはわかりませんし、自分から行動しないといけません。</p><p><strong>――サニブラウン選手もプロアスリートとなってそこが大きく変化したのですね。</strong></p><p>プロになると結果がすべてで、もっともっと求められる。それに応えるためにはメンタルもそうだし、フィジカルにもより気を遣っていきます。1試合、1試合で結果を出す。安定したパフォーマンスを発揮するためには、日頃の積み重ねしかないんです。プロになったから結果が出せたのは間違いありません。</p><p><strong>――プロになってから、あのボルトと同じプーマとパートナーシップ契約を締結されました。スパイクへのこだわりは？</strong></p><p>米国にあるラボから練習場によく来てくださって、フィッティングのセッションを繰り返しています。履き心地が良くて機能性もある。地面に伝わった反発をしっかりもらえるんです。特にオレゴンでも着用したスパイクはすごいですよ。</p><p>接地する前足部にクッション性の高いフォーム材（ニトロフォーム）があることで、より反発が返ってくる上に、楽にフォームを保って刻んでいけます。後半までフォームを維持できますし、本数を重ねても崩れません。履いたらビックリすると思います。</p><p><strong>――練習でスパイクはどう使い分けていますか。</strong></p><p>レース用のスパイクは負荷が大きいのでトップスピードを出す練習で使用することが多いです。それ以外では「エヴォスピード トーキョー フューチャー４」というスパイクを履いています。これもカーボンプレートが入っているので反発がもらえて、スタート練習や負荷をかける練習、少し長い距離を走る時に使っていますよ。</p><p><strong>――サニブラウン選手が練習で使用しているスパイクがこの秋に発売。世界選手権で着用したスパイクと同じカラーリングで映えますね。</strong></p><p>この2つも十分にスプリントで使えると思います。最近はシンプルな色使いのスパイクが多いように思いますが、オレンジ色は目立って良いですね。ひと味違うのがプーマの持ち味。やっぱり100ｍのスタートラインに立った時に「ハキームのスパイクかっこいいな」って思われると良いですよね。<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-83794" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210171113.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210171113.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210171113-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210171113-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">サニブラウンが実際に練習でも履いている「エヴォスピード トーキョー ブラッシュ 4」が10月19日に、「エヴォスピード トーキョー フューチャー 4」が11月中旬発売予定。いずれ世界選手権で着用したスパイクと同じカラーリングだ</span></p><h2>ここからが本当のスタート</h2><p><strong>――来年はブダペスト世界選手権、以降はパリ五輪、東京世界選手権と毎年世界大会が続きます。来季に向けてのプランは？</strong></p><p>今は1ヵ月ほどの休養期間で、これからのプランはコーチと相談して決めていきます。身体の調子などを見ながら、どう組み立てていくかアメリカに戻ってコーチとお茶でもしながら考えていきたいです。</p><p><strong>――改めて世界選手権を終えて感じたことは。</strong></p><p>達成感は一瞬だけで、メダルは近いようで遠かったです。出し切ったという思いもありましが、一番は「悔しかった」という思いが残りました。やはり9秒8を出さないとメダルを取れません。3本目の決勝で、疲労がある中で100％以上のパフォーマンスをしないといけないです。</p><p><strong>――今回の経験がこれからの世界大会に大きく生きてきそうですね。</strong></p><p>特に準決勝から決勝までの過ごし方。今まで経験したことのなかったものをすべて経験できました。次は身体がどういう反応をするか、どういう雰囲気かがわかるので、心の準備ができます。一連の流れを経験できたのは次につながります。</p><p><strong>――オレゴンでの100ｍもそうですが、これまで「日本人初」という偉業がたくさんあります。</strong></p><p>それを意図しているわけではないですが、目指しているものが大きいからこそ結果的に「日本初」というものを達成しているのだと思いますその背中を見て若いアスリートがやる気を出してくれればいいですし、自分の名前で「日本初」が更新できていくのはうれしいです。<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-83795" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/KO2210170873.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" 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		<item>
		<title>走幅跳・橋岡優輝インタビュー「すっげー悔しい」世界陸上で実感した経験の差を埋めるために</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/82281</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 29 Sep 2022 18:00:00 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[走幅跳]]></category>
		<category><![CDATA[橋岡優輝]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=82281</guid>
		<gnf:modified>Mon, 12 Dec 2022 17:14:34 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 12 Dec 2022 17:14:34 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/IMG_8792.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/IMG_8792.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>男子走幅跳をリードする<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13096" data-internallinksmanager029f6b8e52c="71" title="名鑑橋岡優輝">橋岡優輝</a>（富士通）は、自身２度目の世界選手権だったオレゴンの３回目の跳躍を終えると、すぐさま着替えてピットを離れる準備をした。その表情には怒りにも似た感情が浮かんでいた。</p>
<p>予選を８ｍ18の全体トップで通過。しかし決勝では２回ファウルのあと、無理やり足を合わせて７ｍ86（＋0.4）の10位に終わった。2019年ドーハ世界選手権で８位、昨年の東京五輪は６位。メダル、そして世界一に向けて着実にステップアップしていたが、世界大会３連続入賞を逃した。</p>
<p>試合後は「とても、とても悔しい。それ以外にないです」と語った橋岡。それから２ヵ月と少しが経ち、オレゴン世界選手権の振り返りと来季に向けた今の思いを聞いた。</p>
<h2>決勝に合わせたピーキングを試す</h2>
<p><strong>――今季は３月の世界室内選手権で３回ファウル。４月に足首を痛めるなど前半は苦労しました。６月の日本選手権（８ｍ27で優勝）から７月のオレゴン世界選手権までの調整はうまくいきましたか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　順調と言えば順調でしたが、それは「ケガがあったなりには」というところです。日本選手権で感覚を取り戻せたのですが、完全に定着させるまでは至らなかった。日本選手権から世界選手権までの間隔が短かったのもあって、時間が足りないなというのは感じていました。</p>
<p><strong>――足首の痛み自体は？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　痛みはほとんどなかったのですが、跳躍は噛み合わないままでした。１日、１日、集中してコンディション合わせをしていました。不安はもちろんありましたが、それを考えている暇もなかったですし、「やるしかない」と。</p>
<p><strong>――オレゴン世界選手権は「チャレンジできる大会」という位置づけでした。実際、どんな試みで臨まれましたか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　ドーハや東京五輪は予選から全力で行きましたが、今回は初めて決勝に（ピークを）合わせるコンディショニングを試しました。予選の前日をオフにして、予選を「決勝への刺激」というイメージです。精神的にはかなり楽でしたし、８ｍ18を跳べて良い形でまとまった跳躍ができたと思います。</p>
<p><strong>――しかし、決勝では「疲労がある中で身体が動く」という状況に苦しんだとのことでしたね。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　ドーハや東京五輪は予選を全力で臨んでいるので感覚が噛み合っていました。疲れもあるから、その疲れている身体に合わせた動きをするんです。ただ、今回は、疲れはもちろんあるのですが、決勝に調子を合わせていたから疲労感があるのにいつもの決勝よりも動ける。頭で感じているものと身体の動きにギャップがありました。</p>
<p><strong>――それはアップや足合わせでも感じていた？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　アップから少しギャップはありましたが、その段階では問題のない範囲かなと思っていたので、それほど気にしていませんでした。助走練習ではまだ流れを確認する段階なので、そこまでズレているとはわからなかったです。本番になると出力も上がりますし、「やってやるぞ」という気持ちも大きくなって、メンタル面からも感覚と身体に誤差を生んだと思います。<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82283" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_8709.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_8709.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_8709-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_8709-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">予選は1回目に8ｍ18を跳んでトップ通過を果たした</span></p>
<h2>経験不足を痛感した決勝</h2>
<p><strong>――決勝の１回目はファウル。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　「マジか……」と。踏み切りに向かう最後の局面でしっかりさばき切れたと思った跳躍でした。それでも10cmほど足が出ていました。これは結構、ギャップが大きいんだなって。まだ精神的にはギリギリ大丈夫でしたが……。</p>
<p><strong>――そして２回目もわずかにファウルでした。大きな跳躍でしたが……。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　何cm下げたかは覚えていませんでした少し下げて助走をスタートしました。２回目は完全にさばき切ったと思いました。今のなら白旗が挙がるだろう、と。そうしたら５cmファウルでした。</p>
<p><strong>――その時の心境は？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　正直に言うと３回目は難しいだろうな、と思いました。足首を痛めた跳躍もフラッシュバックしましたし、世界室内での３回ファウルも頭をよぎりましたね。これはもう跳べないかもしれない。でも、やらないといけない。</p>
<p><strong>――あとがない３回目は７ｍ86。残しに行ったような踏み切りでした。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　２回目よりも（助走のスタート位置を）さらに後ろに下げて、思いっきり助走しました。そうしたら、１、２回目よりも乗り込みもできて、もっと良い助走になって……。森長（正樹）先生も「中間マークの時点でファウルをするとわかった」と言うほど走れていたんです。最後は無理やり跳んで、足首をまた少し圧迫捻挫しました。</p>
<p><strong>――ただ、それだけ動けていたということは、決勝に合わせるという点についてはうまくいった？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　そうですね。調整の面ではうまくいったと思います。跳躍自体は見ていないのですが、感覚としては力もしっかり入っていました。過去の国際大会に比べると、以前なら力が少し抜けてしまっている感じもありましたが、今回は十分に走れていたんです。</p>
<p><strong>――そのギャップが、いわゆる「疲労がある中で身体が動く」というところだった。これくらいの疲れでこれくらい動くという引き出しが足りなかった？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　これも経験不足ですね。疲労の中で転戦するという感覚がなかった。それが大事なところで出てしまいましたね。あとは、予選で「跳び過ぎてしまった」というのも感じました。それによって慢心ではないですが、「行けるんじゃないか」と心のどこかに隙が生まれていたのかもしれません。</p>
<p><strong>――本来であれば海外転戦などしたかったここ数年で、コロナ禍やケガが重なりましたよね。今回の結果をどう捉えますか？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　良い経験になったとは思います。来年以降は、その反省を生かしてやっていかないといけない。一方で、すっげー悔しい。やるせない気持ちは半端じゃないほどあります。<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82285" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/IMG_8757.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/IMG_8757.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/IMG_8757-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/IMG_8757-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p>
<h2>来季は海外転戦し、DLファイナル狙う</h2>
<p><strong>――オレゴンでは中国の王嘉男がアジア初の金メダル獲得でした。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　もちろんアジアで最初に勝たれたのは悔しいですが、アジア人でもできるんだという証明にもなったと思います。</p>
<p><strong>――世界選手権後、メダルを取るような選手たちは転戦。東京五輪金メダルのミルティアディス・テントグルー（ギリシャ）がダイヤモンドリーグのファイナルで優勝しました。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　その差はヒシヒシと感じます。でも、逆に言えば差はそこだけだと思っています。８ｍ30～40を跳べばメダルを取れる。そのために、経験と自力をつけていきたいです。</p>
<p>――<strong>ほぼ同世代の北口榛花選手（ＪＡＬ／やり投）、サニブラウン・アブデル・ハキーム選手（タンブルウィードＴＣ／短距離）は世界選手権で上位に食い込み、その後は海外転戦していましたね。2人の活躍はどう見ていましたか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　純粋にすごくうれしかったです。種目は違えど、ライバルでもありますし、同じ日本代表。発破をかけられましたね。（北口選手は）ここまで来たらダイヤモンドリーグ・ファイナルで優勝してほしいなって思いましたが……。せっかくなので、ファイナルのトロフィーは僕が日本人で最初に取りたいですね。</p>
<p><strong>――世界選手権後の過ごし方は？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　試合翌日は１日ありましたが荷造りをして、深夜１時に宿舎から空港に移動しました。あまり時間はなかったんです。とにかく何も考えたくなかったですね。帰国後、３週間くらいは完全休養。それでもまだ治り具合も良くなかったので、しばらくは補強やウエイトトレーニングをしました。様子を見ながらで、走り始めたのは８月末から９月くらい。今は９割から９割５分くらいは回復しています。</p>
<p><strong>――全日本実業団対抗（７ｍ95／2位）を終えて、最終戦は10月２日のアスレチックスチャレンジカップ（新潟）の予定ですね。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　世界選手権後、このままじゃシーズンを終えられないので試合を入れました。全日本実業団は言い訳になりますが、理由がわかっている負け。練習不足もありますし、自分の助走の感覚が戻っていなくて力任せになってしまいました。状態を見ながらになりますが、出場できれば新潟で記録を狙ってもいいかなと思います。ブダペスト世界選手権の参加標準記録は少し上がった（８ｍ22から８ｍ25）のですが、そこは特に気にしていません。</p>
<p><strong>――来年は室内シーズンから海外へ行くのが理想？</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　絶対に室内は海外転戦しないといけないと思っています。そのためにも冬季はケガをしないようにうまく休みながら積んでいきたいです。いろんな経験が必要ですし、その経験を積むには環境を変えていくしかない。来年はもっとチャレンジしていきたいですね。</p>
<p><strong>――ブダペスト世界選手権、そしてパリ五輪が控えています。</strong></p>
<p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　もう入賞どうこうとは言っていられないので、まずはメダル獲得をしてパリ五輪へ勢いをつけられればと思っています。１年前に「パリ五輪が待ち遠しくない」と思っていましたが、今もまだ「待ち遠しくない」という気持ちです。やることはたくさんあるので。</p>
<p>ただ、１年前よりも確実に前進できています。ゆっくり、しっかりやっていければパリ五輪では戦えると思っています。まずはブダペスト世界選手権に向けて調子を上げていきます。<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82284" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN2_7948.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN2_7948.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN2_7948-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN2_7948-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">はしおか・ゆうき／1999年１月23日生まれ。埼玉県出身。埼玉・さいたま岸中→東京・八王子高→日大→富士通。中学時代は四種競技で全中３位。高校から走幅跳を始め、高３時にはインターハイ、国体、日本ジュニア選手権の３冠を果たした。日大に進学し、１年目で８ｍジャンパーの仲間入りを果たし、日本選手権でも初優勝。2018年にはＵ20世界選手権で優勝、19年アジア選手権とユニバーシアードを制した。同年のドーハ世界選手権では８位入賞。東京五輪では日本勢37年ぶりの入賞となる６位、今夏のオレゴン世界選手権は予選を８ｍ18のトップで通過するも決勝は10位だった。自己ベストは８ｍ36（日本歴代２位）</span></p>
<p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>男子走幅跳をリードする<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13096" data-internallinksmanager029f6b8e52c="71" title="名鑑橋岡優輝">橋岡優輝</a>（富士通）は、自身２度目の世界選手権だったオレゴンの３回目の跳躍を終えると、すぐさま着替えてピットを離れる準備をした。その表情には怒りにも似た感情が浮かんでいた。</p><p>予選を８ｍ18の全体トップで通過。しかし決勝では２回ファウルのあと、無理やり足を合わせて７ｍ86（＋0.4）の10位に終わった。2019年ドーハ世界選手権で８位、昨年の東京五輪は６位。メダル、そして世界一に向けて着実にステップアップしていたが、世界大会３連続入賞を逃した。</p><p>試合後は「とても、とても悔しい。それ以外にないです」と語った橋岡。それから２ヵ月と少しが経ち、オレゴン世界選手権の振り返りと来季に向けた今の思いを聞いた。</p><h2>決勝に合わせたピーキングを試す</h2><p><strong>――今季は３月の世界室内選手権で３回ファウル。４月に足首を痛めるなど前半は苦労しました。６月の日本選手権（８ｍ27で優勝）から７月のオレゴン世界選手権までの調整はうまくいきましたか。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　順調と言えば順調でしたが、それは「ケガがあったなりには」というところです。日本選手権で感覚を取り戻せたのですが、完全に定着させるまでは至らなかった。日本選手権から世界選手権までの間隔が短かったのもあって、時間が足りないなというのは感じていました。</p><p><strong>――足首の痛み自体は？</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　痛みはほとんどなかったのですが、跳躍は噛み合わないままでした。１日、１日、集中してコンディション合わせをしていました。不安はもちろんありましたが、それを考えている暇もなかったですし、「やるしかない」と。</p><p><strong>――オレゴン世界選手権は「チャレンジできる大会」という位置づけでした。実際、どんな試みで臨まれましたか。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　ドーハや東京五輪は予選から全力で行きましたが、今回は初めて決勝に（ピークを）合わせるコンディショニングを試しました。予選の前日をオフにして、予選を「決勝への刺激」というイメージです。精神的にはかなり楽でしたし、８ｍ18を跳べて良い形でまとまった跳躍ができたと思います。</p><p><strong>――しかし、決勝では「疲労がある中で身体が動く」という状況に苦しんだとのことでしたね。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　ドーハや東京五輪は予選を全力で臨んでいるので感覚が噛み合っていました。疲れもあるから、その疲れている身体に合わせた動きをするんです。ただ、今回は、疲れはもちろんあるのですが、決勝に調子を合わせていたから疲労感があるのにいつもの決勝よりも動ける。頭で感じているものと身体の動きにギャップがありました。</p><p><strong>――それはアップや足合わせでも感じていた？</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　アップから少しギャップはありましたが、その段階では問題のない範囲かなと思っていたので、それほど気にしていませんでした。助走練習ではまだ流れを確認する段階なので、そこまでズレているとはわからなかったです。本番になると出力も上がりますし、「やってやるぞ」という気持ちも大きくなって、メンタル面からも感覚と身体に誤差を生んだと思います。<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82283" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_8709.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_8709.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_8709-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_8709-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">予選は1回目に8ｍ18を跳んでトップ通過を果たした</span></p><h2>経験不足を痛感した決勝</h2><p><strong>――決勝の１回目はファウル。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　「マジか……」と。踏み切りに向かう最後の局面でしっかりさばき切れたと思った跳躍でした。それでも10cmほど足が出ていました。これは結構、ギャップが大きいんだなって。まだ精神的にはギリギリ大丈夫でしたが……。</p><p><strong>――そして２回目もわずかにファウルでした。大きな跳躍でしたが……。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　何cm下げたかは覚えていませんでした少し下げて助走をスタートしました。２回目は完全にさばき切ったと思いました。今のなら白旗が挙がるだろう、と。そうしたら５cmファウルでした。</p><p><strong>――その時の心境は？</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　正直に言うと３回目は難しいだろうな、と思いました。足首を痛めた跳躍もフラッシュバックしましたし、世界室内での３回ファウルも頭をよぎりましたね。これはもう跳べないかもしれない。でも、やらないといけない。</p><p><strong>――あとがない３回目は７ｍ86。残しに行ったような踏み切りでした。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　２回目よりも（助走のスタート位置を）さらに後ろに下げて、思いっきり助走しました。そうしたら、１、２回目よりも乗り込みもできて、もっと良い助走になって……。森長（正樹）先生も「中間マークの時点でファウルをするとわかった」と言うほど走れていたんです。最後は無理やり跳んで、足首をまた少し圧迫捻挫しました。</p><p><strong>――ただ、それだけ動けていたということは、決勝に合わせるという点についてはうまくいった？</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　そうですね。調整の面ではうまくいったと思います。跳躍自体は見ていないのですが、感覚としては力もしっかり入っていました。過去の国際大会に比べると、以前なら力が少し抜けてしまっている感じもありましたが、今回は十分に走れていたんです。</p><p><strong>――そのギャップが、いわゆる「疲労がある中で身体が動く」というところだった。これくらいの疲れでこれくらい動くという引き出しが足りなかった？</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　これも経験不足ですね。疲労の中で転戦するという感覚がなかった。それが大事なところで出てしまいましたね。あとは、予選で「跳び過ぎてしまった」というのも感じました。それによって慢心ではないですが、「行けるんじゃないか」と心のどこかに隙が生まれていたのかもしれません。</p><p><strong>――本来であれば海外転戦などしたかったここ数年で、コロナ禍やケガが重なりましたよね。今回の結果をどう捉えますか？</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　良い経験になったとは思います。来年以降は、その反省を生かしてやっていかないといけない。一方で、すっげー悔しい。やるせない気持ちは半端じゃないほどあります。<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82285" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/IMG_8757.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/IMG_8757.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/IMG_8757-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/IMG_8757-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p><h2>来季は海外転戦し、DLファイナル狙う</h2><p><strong>――オレゴンでは中国の王嘉男がアジア初の金メダル獲得でした。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　もちろんアジアで最初に勝たれたのは悔しいですが、アジア人でもできるんだという証明にもなったと思います。</p><p><strong>――世界選手権後、メダルを取るような選手たちは転戦。東京五輪金メダルのミルティアディス・テントグルー（ギリシャ）がダイヤモンドリーグのファイナルで優勝しました。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　その差はヒシヒシと感じます。でも、逆に言えば差はそこだけだと思っています。８ｍ30～40を跳べばメダルを取れる。そのために、経験と自力をつけていきたいです。</p><p>――<strong>ほぼ同世代の北口榛花選手（ＪＡＬ／やり投）、サニブラウン・アブデル・ハキーム選手（タンブルウィードＴＣ／短距離）は世界選手権で上位に食い込み、その後は海外転戦していましたね。2人の活躍はどう見ていましたか。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　純粋にすごくうれしかったです。種目は違えど、ライバルでもありますし、同じ日本代表。発破をかけられましたね。（北口選手は）ここまで来たらダイヤモンドリーグ・ファイナルで優勝してほしいなって思いましたが……。せっかくなので、ファイナルのトロフィーは僕が日本人で最初に取りたいですね。</p><p><strong>――世界選手権後の過ごし方は？</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　試合翌日は１日ありましたが荷造りをして、深夜１時に宿舎から空港に移動しました。あまり時間はなかったんです。とにかく何も考えたくなかったですね。帰国後、３週間くらいは完全休養。それでもまだ治り具合も良くなかったので、しばらくは補強やウエイトトレーニングをしました。様子を見ながらで、走り始めたのは８月末から９月くらい。今は９割から９割５分くらいは回復しています。</p><p><strong>――全日本実業団対抗（７ｍ95／2位）を終えて、最終戦は10月２日のアスレチックスチャレンジカップ（新潟）の予定ですね。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　世界選手権後、このままじゃシーズンを終えられないので試合を入れました。全日本実業団は言い訳になりますが、理由がわかっている負け。練習不足もありますし、自分の助走の感覚が戻っていなくて力任せになってしまいました。状態を見ながらになりますが、出場できれば新潟で記録を狙ってもいいかなと思います。ブダペスト世界選手権の参加標準記録は少し上がった（８ｍ22から８ｍ25）のですが、そこは特に気にしていません。</p><p><strong>――来年は室内シーズンから海外へ行くのが理想？</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　絶対に室内は海外転戦しないといけないと思っています。そのためにも冬季はケガをしないようにうまく休みながら積んでいきたいです。いろんな経験が必要ですし、その経験を積むには環境を変えていくしかない。来年はもっとチャレンジしていきたいですね。</p><p><strong>――ブダペスト世界選手権、そしてパリ五輪が控えています。</strong></p><p><span style="color: #ff0000;"><strong>橋岡</strong></span>　もう入賞どうこうとは言っていられないので、まずはメダル獲得をしてパリ五輪へ勢いをつけられればと思っています。１年前に「パリ五輪が待ち遠しくない」と思っていましたが、今もまだ「待ち遠しくない」という気持ちです。やることはたくさんあるので。</p><p>ただ、１年前よりも確実に前進できています。ゆっくり、しっかりやっていければパリ五輪では戦えると思っています。まずはブダペスト世界選手権に向けて調子を上げていきます。<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82284" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN2_7948.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN2_7948.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN2_7948-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN2_7948-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">はしおか・ゆうき／1999年１月23日生まれ。埼玉県出身。埼玉・さいたま岸中→東京・八王子高→日大→富士通。中学時代は四種競技で全中３位。高校から走幅跳を始め、高３時にはインターハイ、国体、日本ジュニア選手権の３冠を果たした。日大に進学し、１年目で８ｍジャンパーの仲間入りを果たし、日本選手権でも初優勝。2018年にはＵ20世界選手権で優勝、19年アジア選手権とユニバーシアードを制した。同年のドーハ世界選手権では８位入賞。東京五輪では日本勢37年ぶりの入賞となる６位、今夏のオレゴン世界選手権は予選を８ｍ18のトップで通過するも決勝は10位だった。自己ベストは８ｍ36（日本歴代２位）</span></p><p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>NGT48卒業の西村菜那子「陸上界に救われて支えられました」駅伝好きアイドルとしてラストインタビュー</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/82136</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 28 Sep 2022 18:00:45 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[NGT48]]></category>
		<category><![CDATA[西村菜那子]]></category>
		<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=82136</guid>
		<gnf:modified>Mon, 12 Dec 2022 17:20:23 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 12 Dec 2022 17:20:23 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82246" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0076.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0076.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0076-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0076-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p>
<p>「駅伝好きアイドル」として存在感を発揮してきたNGT48西村菜那子さんが、9月30日でグループを卒業する。2015年からアイドルとして活躍しながら、今では駅伝関連のコラム執筆からゲスト解説、イベントまで、すっかり陸上界になくてはならない一人にまで成長を遂げた（？）</p>
<p>「駅伝は好きでしたがお仕事になるなんてまったく思っていなかった」と振り返る西村さん。いかにして「駅伝好きアイドル」としての地位を築いてきたのだろうか。そして『アイドル』の肩書きが外れてどんな陸上ライフを送っていくのか。グループ卒業を間近に控えて、心境について聞いた。これが「駅伝好きアイドル」としてのラストインタビュー！</p>
<h2><span style="color: #800080;">駅伝を好きになったのは箱根駅伝と全国男子駅伝</span></h2>
<p><strong>――いよいよ9月30日にNGT48を卒業されます。卒業公演も控えていますが、今の心境は？</strong></p>
<p>７年という数字だけ見ると長いけど、振り返るとあっという間でした。まだ実感は湧かなくてフワフワしています。覚えることがいっぱい。卒業公演のセットリストも考えました！</p>
<p><strong>――「駅伝好きアイドル」「駅伝に詳しすぎるアイドル」として陸上界で圧倒的な存在感がありますが、そもそも駅伝が好きになったのはいつ頃ですか。</strong></p>
<p>両親、特に父が駅伝を好きで箱根駅伝は小さい頃から見ていました。実は両親が初めて旅行に行ったのが京都らしいのですが、その時にやっていた全国高校駅伝で活躍していたのが渡辺康幸さん。当時は「せっかく旅行に来たのに道がふさがっている」と思ったそうですが、あとで気になって調べると、後々に箱根駅伝などで活躍。それからよく見るようになったそうです。</p>
<p><strong>――西村さんが本格的に駅伝を見るようになったのは？</strong></p>
<p>中１の時です。箱根駅伝の往路で東洋大の柏原竜二さんが爆走していたんです。てっきり東洋大が勝ったんだろうなって思っていたら、復路で早大が逆転の総合優勝。駅伝ってこんなに順位が変わるんだって思って、それから追いかけるようになりました。</p>
<p>それからは現地で観戦したり、母と一緒に日体大長距離競技会など記録会にも行ったりするようになりました。でも、実は一番駅伝に興味を持ったのは全国都道府県対抗駅伝なんです。特殊な大会で、つい２週間前に箱根でチームメイトだった選手とライバルになったり、ライバル同士が同じチームになったり。それがおもしろいなって感じたんです。</p>
<p>箱根駅伝を初めて生観戦したのは中3の時で、日体大が優勝しました。最初に行った競技会は確か……八王子ロングディスタンスです！</p>
<p>89回大会の日体大は服部翔大さんが３年生主将で、特集番組では敬語でチームをまとめているのが印象的でした。雪が降っていて、タイムも遅かったんですが、学生主体でチームを立て直して優勝。箱根駅伝らしい大会で、私が思うベスト箱根駅伝です！</p>
<p><strong>――ちょっと飛ばしすぎです！　あとで聞こうと思っていたのに……。まずはアイドルになったきっかけから教えてください。</strong></p>
<p>すみません（苦笑）。10年間習っていたクラシックバレエを中2で辞めたのですが、バレエを生かせる職業はなんだろうっていろいろ考えて、そのうちの一つがアイドルでした。<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82162" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0379.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0379.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0379-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0379-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">西村さんが駅伝について話し始めたら止まらない！</span></p>
<h2><span style="color: #800080;">「駅伝好きアイドル」最初の仕事は原監督との対談</span></h2>
<p><strong>――最初から「駅伝好き」を公言していたんでしょうか？</strong></p>
<p>駅伝好きをお仕事にしようなんてまったく思っていませんでした。そもそもそういう概念がなくて……。自分が詳しいとも、武器になるとも思っていませんでした。わざわざ言うことでもないし、本当に趣味の一つだったんです。</p>
<p><strong>――どういった経緯で……。</strong></p>
<p>最初の3年間は研究生でしたが、その頃にAKB48が10周年を迎えて記念本を発売することになりました。それを読んで読書感想文を書いて、表彰されたら好きな企画ができるというイベントがあったんです。その賞を私がなぜか取れてしまって……。スタッフさんが私の駅伝好きを何となく知ってくださっていて、「青学大の原晋監督にオファーを出すので対談したらどう？」と言ってくれました。研究生のことをいろいろ考えてくれていたのだと思います。</p>
<p><strong>――それが陸上のお仕事第一弾！</strong></p>
<p>16年８月に日刊スポーツで原監督と対談させていただきました。今でも覚えているのが、原監督から「総選挙、何位なの？」と聞かれたこと。私は初めて出て圏外。それが悔しくて「絶対にランクインしたい！」と思ったんです。それから２年後に初めてランクインできました。でもまだお会いできていないのでご報告できていません。</p>
<p>その企画が元は日刊スポーツさんの新潟版だけに載る予定でしたが「おもしろい」と全国版に掲載していただきました。その年末に少し駅伝の取材をいただくようになって、17年１月４日のスポーツ報知さんに『駅伝に詳しすぎるアイドル！』というキャッチコピーをつけていただいて、反響が大きかったです。</p>
<p><strong>――以降、徐々にお仕事が増えていったんですね。</strong></p>
<p>少しずついただけるようになりました。取材していただくと、「ちょっと好きくらいかと思ったら、意外とちゃんと好きなんだね」っておもしろがってくださって（笑）。18年の総選挙で初めてランクインした後に、富士山女子駅伝の公式応援アイドルというお仕事をいただきました。それもきっかけだったと思います。</p>
<p><strong>――肩書きに苦しんだこともあったんじゃないですか？</strong></p>
<p>ありがたかったのですが、プレッシャーもありました。駅伝は好きですが、「詳しすぎる」ためには、ちゃんと勉強しなきゃいけないなって。箱根駅伝前になると10社ほど取材していただくのですが、毎回同じことは言えない。それぞれ違うことを話せるように、工夫したり、調べたりしました。どこまで目立てばいいのかなって迷っていた時期でもあります。</p>
<p><strong>――アイドル活動もしながら陸上について調べたり、現地に足を運んだり。</strong></p>
<p>新潟に住むようになっていたので、握手会で東京に来る時に、握手会終わりで記録会に行っていましたね！　おじさま方に「よ、また来たね！　楽しもうね！」なんて言われて（笑）。</p>
<p><strong>――活躍して知名度が上がると逆風もあったのではないですか？</strong></p>
<p>陸上界にとって私は“よそ者”です。陸上をしていたわけでもないですし。好きだからこそわかるのですが、ズカズカと入ってはいけない。最初は「誰？」という感じだったと思いますし、私が発信するのを良しとしない方がいるのも理解できます。でも、陸上界のみなさん、とても温かく受け入れてくださいました。</p>
<p>心掛けていたのは「アイドル」を押しつけないこと。駅伝のお仕事をしている時は、アイドルに引き寄せるのではなく、調べると「アイドルだったんだ」くらいになるのが理想だと思っていました。</p>
<p>特に選手や関係者の方が私についてSNSで発信してくれるようになって、風向きが変わった気がします。柏原さんや、アイドル好きで有名な小松陽平選手、ずっと私の名前をアンケートで書いてくれる拓大の佐々木虎太郎選手など、本当に感謝しています！<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82165" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0163.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0163.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0163-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0163-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">いろいろな思い出について語る西村さん</span></p>
<h2><span style="color: #800080;">卒業後にやってみたいことは…？</span></h2>
<p><strong>――印象や思い出に残っているお仕事は？</strong></p>
<p>全部楽しかったです！　月陸さんや4years.さんは夢だったコラムを担当させていただきましたし、地元の長野でお仕事できているのも最初のきっかけは春の高校伊那駅伝でした。富士山女子駅伝のお仕事をするようになってからは選手の方に「女子駅伝も発信してくださってありがとうございます」という言葉をいただけたのもうれしかったです。スポーツ報知さんの取材で麗澤大に行けたのもうれしかったです。私は大学に通えなかったので雰囲気を知れました。</p>
<p>去年の出雲駅伝では、柏原さんと神野大地さんという豪華な方々とYouTube配信を担当したんです！　今までは「駅伝が好きなアイドル」というゲスト枠だったのが、このときはＭＣみたいな立ち位置で……。自分がゲストの時って振られたことに対して自分が勉強してきたことを話せば良かったですが、ＭＣ的な役回りだとどうすればいいかわからなくて。だって、絶対にお二人のほうが詳しいじゃないですか!?</p>
<p><strong>――アイドル活動をしている中で、陸上のお仕事はどういう場所でしたか。</strong></p>
<p>苦しい時期でもみなさんが温かくて、アイドルとしての私だけではなく、一個人として接してくださいました。どんな時も陸上関係者の方々は味方になってくれました。卒業発表した時も「陸上界を盛り上げてくださってありがとうございました」と、たくさんのメッセージをいただけてうれしかったです。</p>
<p><strong>――一方で、アイドル「西村菜那子」のファンの方々の存在は？</strong></p>
<p>何をしても、どんな現場にも駆けつけてくれる安心できる存在でした。私は舞台のお仕事も最近では増えていましたが、なかには男性と共演することに抵抗を持つファンもいると思います。でも、私のファンの方々はどこに行っても応援するよ！　というスタンスで。何をしてもついてきてくれました。</p>
<p><strong>――いよいよ卒業を控えています。卒業を考えたタイミングはいつ頃ですか。</strong></p>
<p>卒業自体は少し前から頭にありました。舞台『風が強く吹いている』のお話をいただいた時に、駅伝好きのアイドルとして活動してきて、舞台も興味があって。これを一つの集大成にしてもいいかなと思いました。2020年にする予定でしたがコロナ禍で延期。ただ、この舞台だけはNGT48の看板を背負って出たいと思っていました。それが終わってから、少しずつスタッフさんたちと相談して決めました。</p>
<p>最近は卒業するメンバーも増えて、26人いた1期生が今は7人！　卒業が続いていて心配されるファンもいると思いますが、今までが辞めなさすぎただけで……。みんなそれぞれ考えての卒業なので、後押ししてくださったらうれしいです。</p>
<p><strong>――今後は「駅伝好きアイドル」の肩書きがなくなりますね。どんなお仕事をされていく予定ですか？　陸上のお仕事は……。</strong></p>
<p>どうしたらいいですか!?（笑）　最近は、一つのことにこだわらず手広くやれるのが自分の良さだって思うようになりました。なので、いろんなことに挑戦したいです。陸上の大会のプロデュースもやってみたいです！　いいじゃん、やろうよって言ってくださる関係者の方もいます。陸上のイベントもたくさん企画したい。今は私のファンの方が多いですが、陸上ファンの方が楽しめるようになればいいなって思っています。月陸さん、コラボしましょう！</p>
<p><strong>――ぜひお願いします！　あらためて陸上界へのメッセージをお願いします!!</strong></p>
<p>ありがとうございました。これしかありません！　心が折れていた時も土台を作ってくださったのが陸上のお仕事でした。実はプレッシャーから「駅伝のお仕事がつらいです」ってスタッフさんに言ったこともあります。私なんかがやっていいのかなって。でも、いろいろな感謝の言葉に救われて、支えられました。これからも温かく見守ってください。</p>
<p><strong>――ところで西村さん。確か箱根駅伝の歴代優勝校を全部言えますよね？</strong></p>
<p>それは、もうやめましょうよ！</p>
<p><strong>――第７回大会は？</strong></p>
<p>えっと……中央大学！</p>
<p><strong>――正解です。じゃあ34回大会は？</strong></p>
<p>日本大学！</p>
<p><strong>――おぉ！　では52回大会。</strong></p>
<p>うーん……大東文化大学？</p>
<p><strong>――すごい！</strong></p>
<p>もう終わりです!!　間違える前に終わります！<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82167" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0412.jpg?x10373" alt="" width="800" height="562" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0412.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0412-300x211.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0412-768x540.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p>
<p><span style="color: #800080;"><strong><span style="font-size: 18pt;">「駅伝好きアイドル」生活約6年で印象に残っているのは？</span></strong></span></p>
<p><strong>Q　印象に残る箱根駅伝は？</strong></p>
<p><strong>第95回大会（2019年）</strong>です。同じ学年でもある東海大の黄金世代が３年生の時に総合優勝したのですが、その時の２位の青学大のフィニッシュが印象に残っています。５連覇が懸かっていた中で２位だったのですが、鈴木塁人さんは笑顔でフィニッシュしました。これが青学大の雰囲気なんだなって。負けて悔しさを出すのも素敵ですし、笑顔で終わる青学大らしさもいいなって思いました。</p>
<p><strong>Q　印象に残っている選手は？</strong></p>
<p>たくさんいるので挙げるのは難しいですね……。青学大の<strong><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29530" data-internallinksmanager029f6b8e52c="98" title="名鑑吉田祐也">吉田祐也</a></strong>選手（現・GMOインターネットグループ）です。ずっと“11番目の選手”が最後に区間新記録で走る姿を見て、グループの大塚七海が号泣しながら劇場に来て「青学大の4区の人が……」って。駅伝を知らない人の心にも残るのってすごいなって。</p>
<p>もう一人挙げるとするなら、麗澤大の<strong>椎野修羅</strong>選手（現・富士通）。練習にお邪魔したときに、みんな苦しそうな中で一人だけ笑って走っていたんです。すごいなって思って監督に話したらやっぱり注目の選手だと挙げていました。</p>
<p>あとは日体大の<strong>廻谷賢</strong>選手。出雲駅伝、全日本大学駅伝でそうそうたる相手がいる中で区間3位。調べるとSNSがすごく独特でおもしろかったんです。日本一速いパン屋さんになりたい、とか。私がSNSで「おもしろい！」と言うようになったら、「僕の名前を取り上げてくれてありがとうございます」ってメッセージをいただきました（笑）。今では那須拓陽高（栃木）の先生として全国高校駅伝にチームを導いています！<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82168" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0267.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0267.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0267-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0267-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">選手やベストオーダーを聞くと真剣に悩みはじめて…</span><br />
<strong>Q　西村菜那子が選ぶ「駅伝好きアイドル時代」の箱根駅伝ベストオーダー！</strong></p>
<p><strong>１区　<span style="color: #ff0000;"><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/210413" data-internallinksmanager029f6b8e52c="310" title="名鑑吉居大和">吉居大和</a></span>（中大）</strong><br />
２年生ながら佐藤悠基選手（東海大）の区間記録を破ったインパクト大！　１年時の箱根で満足のいく結果ではなく、涙を流していた姿から１年で大成長した姿は駅伝オタクの心を動かしました……。</p>
<p><strong>２区　<span style="color: #0000ff;"><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29506" data-internallinksmanager029f6b8e52c="46" title="名鑑伊藤達彦">伊藤達彦</a></span>（東京国際大）</strong><br />
相澤晃選手（東洋大）とのランニングデートが印象的。つらい表情になってもペースが落ちないどころか、むしろ上がるのが謎です……。根性あふれる走りが好きです！</p>
<p><strong>３区　<span style="color: #ff0000;">遠藤大地</span>（帝京大）</strong><br />
『湘南の神』といえばやはりこの選手！　実力はもちろん、なにより海を横に走ること自体が絵になる人です！</p>
<p><strong>４区　<span style="color: #000080;">相澤　晃</span>（東洋大）</strong><br />
２区に配置するか迷いましたが、相澤晃選手をあえて４区に置くという贅沢さをわかってもらいたくてここに配置しました！</p>
<p><strong>５区　<span style="color: #ff6600;"><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/37497" data-internallinksmanager029f6b8e52c="60" title="名鑑青木涼真">青木涼真</a></span>（法大）</strong><br />
安定感抜群！！　どんな年もどんな選手相手でも、青木涼真選手なら安定した成績を出してくれると信じられます！</p>
<p><strong>６区　<span style="color: #0000ff;">秋山清仁</span>（日体大）</strong><br />
一言、山下り職人！！！！！！</p>
<p><strong>７区　<span style="color: #cc99ff;">花尾恭輔</span>（駒大）</strong><br />
とにかく笑顔で箱根駅伝を楽しんで走っている姿が学生らしくて印象的でした。やはり箱根駅伝は学生駅伝なので、選手が楽しんでいる姿が見ていて一番うれしいです！</p>
<p><strong>８区　<span style="color: #000080;">鈴木宗孝</span>（東洋大）</strong><br />
箱根駅伝の出場は一度だけでしたがとてもインパクトがありました。先頭を譲ってしまったものの、１年生ながら区間３位。彼が走る姿をもっと見たかったなぁというのが本音です。</p>
<p><strong>９区　<span style="color: #ff0000;">平林清澄</span>（國學院大）</strong><br />
本当に1年生？　と疑ってしまうほど、どんな相手でも果敢に攻める結果を出すスーパーランナー。まだまだ、これからが本当に楽しみな選手です。</p>
<p><strong>10区　<span style="color: #339966;">鈴木塁人</span>（青学大）</strong><br />
笑顔でフィニッシュすることが似合う人！！　雑誌の表紙になる姿が想像つく選手ですね！</p>
<table style="height: 72px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 72px;">
<td style="width: 100%; height: 72px;"><span style="font-family: tahoma,arial,helvetica,sans-serif; font-size: 8pt;"><span style="color: #800080;">にしむら・ななこ／1997年８月11日生まれ、O型。長野県出身。特技はクラシックバレエ、歴代の箱根駅伝の優勝校を言える。趣味は陸上観戦、サッカー観戦。2015年にNGT48第１期生オーディションに合格。両親の影響で幼い頃から駅伝を好きになる。アイドルとしての活動を続ける中で、自身のＳＮＳを通して陸上競技に関する情報を発信し、駅伝関連のメディア出演も多数。9月30日の卒業公演をもってグループを卒業する。</span><br />
</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
<p>関連記事はありません。</p>
</div>
]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82246" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0076.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0076.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0076-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0076-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p><p>「駅伝好きアイドル」として存在感を発揮してきたNGT48西村菜那子さんが、9月30日でグループを卒業する。2015年からアイドルとして活躍しながら、今では駅伝関連のコラム執筆からゲスト解説、イベントまで、すっかり陸上界になくてはならない一人にまで成長を遂げた（？）</p><p>「駅伝は好きでしたがお仕事になるなんてまったく思っていなかった」と振り返る西村さん。いかにして「駅伝好きアイドル」としての地位を築いてきたのだろうか。そして『アイドル』の肩書きが外れてどんな陸上ライフを送っていくのか。グループ卒業を間近に控えて、心境について聞いた。これが「駅伝好きアイドル」としてのラストインタビュー！</p><h2><span style="color: #800080;">駅伝を好きになったのは箱根駅伝と全国男子駅伝</span></h2><p><strong>――いよいよ9月30日にNGT48を卒業されます。卒業公演も控えていますが、今の心境は？</strong></p><p>７年という数字だけ見ると長いけど、振り返るとあっという間でした。まだ実感は湧かなくてフワフワしています。覚えることがいっぱい。卒業公演のセットリストも考えました！</p><p><strong>――「駅伝好きアイドル」「駅伝に詳しすぎるアイドル」として陸上界で圧倒的な存在感がありますが、そもそも駅伝が好きになったのはいつ頃ですか。</strong></p><p>両親、特に父が駅伝を好きで箱根駅伝は小さい頃から見ていました。実は両親が初めて旅行に行ったのが京都らしいのですが、その時にやっていた全国高校駅伝で活躍していたのが渡辺康幸さん。当時は「せっかく旅行に来たのに道がふさがっている」と思ったそうですが、あとで気になって調べると、後々に箱根駅伝などで活躍。それからよく見るようになったそうです。</p><p><strong>――西村さんが本格的に駅伝を見るようになったのは？</strong></p><p>中１の時です。箱根駅伝の往路で東洋大の柏原竜二さんが爆走していたんです。てっきり東洋大が勝ったんだろうなって思っていたら、復路で早大が逆転の総合優勝。駅伝ってこんなに順位が変わるんだって思って、それから追いかけるようになりました。</p><p>それからは現地で観戦したり、母と一緒に日体大長距離競技会など記録会にも行ったりするようになりました。でも、実は一番駅伝に興味を持ったのは全国都道府県対抗駅伝なんです。特殊な大会で、つい２週間前に箱根でチームメイトだった選手とライバルになったり、ライバル同士が同じチームになったり。それがおもしろいなって感じたんです。</p><p>箱根駅伝を初めて生観戦したのは中3の時で、日体大が優勝しました。最初に行った競技会は確か……八王子ロングディスタンスです！</p><p>89回大会の日体大は服部翔大さんが３年生主将で、特集番組では敬語でチームをまとめているのが印象的でした。雪が降っていて、タイムも遅かったんですが、学生主体でチームを立て直して優勝。箱根駅伝らしい大会で、私が思うベスト箱根駅伝です！</p><p><strong>――ちょっと飛ばしすぎです！　あとで聞こうと思っていたのに……。まずはアイドルになったきっかけから教えてください。</strong></p><p>すみません（苦笑）。10年間習っていたクラシックバレエを中2で辞めたのですが、バレエを生かせる職業はなんだろうっていろいろ考えて、そのうちの一つがアイドルでした。<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82162" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0379.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0379.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0379-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0379-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">西村さんが駅伝について話し始めたら止まらない！</span></p><h2><span style="color: #800080;">「駅伝好きアイドル」最初の仕事は原監督との対談</span></h2><p><strong>――最初から「駅伝好き」を公言していたんでしょうか？</strong></p><p>駅伝好きをお仕事にしようなんてまったく思っていませんでした。そもそもそういう概念がなくて……。自分が詳しいとも、武器になるとも思っていませんでした。わざわざ言うことでもないし、本当に趣味の一つだったんです。</p><p><strong>――どういった経緯で……。</strong></p><p>最初の3年間は研究生でしたが、その頃にAKB48が10周年を迎えて記念本を発売することになりました。それを読んで読書感想文を書いて、表彰されたら好きな企画ができるというイベントがあったんです。その賞を私がなぜか取れてしまって……。スタッフさんが私の駅伝好きを何となく知ってくださっていて、「青学大の原晋監督にオファーを出すので対談したらどう？」と言ってくれました。研究生のことをいろいろ考えてくれていたのだと思います。</p><p><strong>――それが陸上のお仕事第一弾！</strong></p><p>16年８月に日刊スポーツで原監督と対談させていただきました。今でも覚えているのが、原監督から「総選挙、何位なの？」と聞かれたこと。私は初めて出て圏外。それが悔しくて「絶対にランクインしたい！」と思ったんです。それから２年後に初めてランクインできました。でもまだお会いできていないのでご報告できていません。</p><p>その企画が元は日刊スポーツさんの新潟版だけに載る予定でしたが「おもしろい」と全国版に掲載していただきました。その年末に少し駅伝の取材をいただくようになって、17年１月４日のスポーツ報知さんに『駅伝に詳しすぎるアイドル！』というキャッチコピーをつけていただいて、反響が大きかったです。</p><p><strong>――以降、徐々にお仕事が増えていったんですね。</strong></p><p>少しずついただけるようになりました。取材していただくと、「ちょっと好きくらいかと思ったら、意外とちゃんと好きなんだね」っておもしろがってくださって（笑）。18年の総選挙で初めてランクインした後に、富士山女子駅伝の公式応援アイドルというお仕事をいただきました。それもきっかけだったと思います。</p><p><strong>――肩書きに苦しんだこともあったんじゃないですか？</strong></p><p>ありがたかったのですが、プレッシャーもありました。駅伝は好きですが、「詳しすぎる」ためには、ちゃんと勉強しなきゃいけないなって。箱根駅伝前になると10社ほど取材していただくのですが、毎回同じことは言えない。それぞれ違うことを話せるように、工夫したり、調べたりしました。どこまで目立てばいいのかなって迷っていた時期でもあります。</p><p><strong>――アイドル活動もしながら陸上について調べたり、現地に足を運んだり。</strong></p><p>新潟に住むようになっていたので、握手会で東京に来る時に、握手会終わりで記録会に行っていましたね！　おじさま方に「よ、また来たね！　楽しもうね！」なんて言われて（笑）。</p><p><strong>――活躍して知名度が上がると逆風もあったのではないですか？</strong></p><p>陸上界にとって私は“よそ者”です。陸上をしていたわけでもないですし。好きだからこそわかるのですが、ズカズカと入ってはいけない。最初は「誰？」という感じだったと思いますし、私が発信するのを良しとしない方がいるのも理解できます。でも、陸上界のみなさん、とても温かく受け入れてくださいました。</p><p>心掛けていたのは「アイドル」を押しつけないこと。駅伝のお仕事をしている時は、アイドルに引き寄せるのではなく、調べると「アイドルだったんだ」くらいになるのが理想だと思っていました。</p><p>特に選手や関係者の方が私についてSNSで発信してくれるようになって、風向きが変わった気がします。柏原さんや、アイドル好きで有名な小松陽平選手、ずっと私の名前をアンケートで書いてくれる拓大の佐々木虎太郎選手など、本当に感謝しています！<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82165" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0163.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0163.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0163-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0163-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">いろいろな思い出について語る西村さん</span></p><h2><span style="color: #800080;">卒業後にやってみたいことは…？</span></h2><p><strong>――印象や思い出に残っているお仕事は？</strong></p><p>全部楽しかったです！　月陸さんや4years.さんは夢だったコラムを担当させていただきましたし、地元の長野でお仕事できているのも最初のきっかけは春の高校伊那駅伝でした。富士山女子駅伝のお仕事をするようになってからは選手の方に「女子駅伝も発信してくださってありがとうございます」という言葉をいただけたのもうれしかったです。スポーツ報知さんの取材で麗澤大に行けたのもうれしかったです。私は大学に通えなかったので雰囲気を知れました。</p><p>去年の出雲駅伝では、柏原さんと神野大地さんという豪華な方々とYouTube配信を担当したんです！　今までは「駅伝が好きなアイドル」というゲスト枠だったのが、このときはＭＣみたいな立ち位置で……。自分がゲストの時って振られたことに対して自分が勉強してきたことを話せば良かったですが、ＭＣ的な役回りだとどうすればいいかわからなくて。だって、絶対にお二人のほうが詳しいじゃないですか!?</p><p><strong>――アイドル活動をしている中で、陸上のお仕事はどういう場所でしたか。</strong></p><p>苦しい時期でもみなさんが温かくて、アイドルとしての私だけではなく、一個人として接してくださいました。どんな時も陸上関係者の方々は味方になってくれました。卒業発表した時も「陸上界を盛り上げてくださってありがとうございました」と、たくさんのメッセージをいただけてうれしかったです。</p><p><strong>――一方で、アイドル「西村菜那子」のファンの方々の存在は？</strong></p><p>何をしても、どんな現場にも駆けつけてくれる安心できる存在でした。私は舞台のお仕事も最近では増えていましたが、なかには男性と共演することに抵抗を持つファンもいると思います。でも、私のファンの方々はどこに行っても応援するよ！　というスタンスで。何をしてもついてきてくれました。</p><p><strong>――いよいよ卒業を控えています。卒業を考えたタイミングはいつ頃ですか。</strong></p><p>卒業自体は少し前から頭にありました。舞台『風が強く吹いている』のお話をいただいた時に、駅伝好きのアイドルとして活動してきて、舞台も興味があって。これを一つの集大成にしてもいいかなと思いました。2020年にする予定でしたがコロナ禍で延期。ただ、この舞台だけはNGT48の看板を背負って出たいと思っていました。それが終わってから、少しずつスタッフさんたちと相談して決めました。</p><p>最近は卒業するメンバーも増えて、26人いた1期生が今は7人！　卒業が続いていて心配されるファンもいると思いますが、今までが辞めなさすぎただけで……。みんなそれぞれ考えての卒業なので、後押ししてくださったらうれしいです。</p><p><strong>――今後は「駅伝好きアイドル」の肩書きがなくなりますね。どんなお仕事をされていく予定ですか？　陸上のお仕事は……。</strong></p><p>どうしたらいいですか!?（笑）　最近は、一つのことにこだわらず手広くやれるのが自分の良さだって思うようになりました。なので、いろんなことに挑戦したいです。陸上の大会のプロデュースもやってみたいです！　いいじゃん、やろうよって言ってくださる関係者の方もいます。陸上のイベントもたくさん企画したい。今は私のファンの方が多いですが、陸上ファンの方が楽しめるようになればいいなって思っています。月陸さん、コラボしましょう！</p><p><strong>――ぜひお願いします！　あらためて陸上界へのメッセージをお願いします!!</strong></p><p>ありがとうございました。これしかありません！　心が折れていた時も土台を作ってくださったのが陸上のお仕事でした。実はプレッシャーから「駅伝のお仕事がつらいです」ってスタッフさんに言ったこともあります。私なんかがやっていいのかなって。でも、いろいろな感謝の言葉に救われて、支えられました。これからも温かく見守ってください。</p><p><strong>――ところで西村さん。確か箱根駅伝の歴代優勝校を全部言えますよね？</strong></p><p>それは、もうやめましょうよ！</p><p><strong>――第７回大会は？</strong></p><p>えっと……中央大学！</p><p><strong>――正解です。じゃあ34回大会は？</strong></p><p>日本大学！</p><p><strong>――おぉ！　では52回大会。</strong></p><p>うーん……大東文化大学？</p><p><strong>――すごい！</strong></p><p>もう終わりです!!　間違える前に終わります！<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82167" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0412.jpg?x10373" alt="" width="800" height="562" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0412.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0412-300x211.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0412-768x540.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p><p><span style="color: #800080;"><strong><span style="font-size: 18pt;">「駅伝好きアイドル」生活約6年で印象に残っているのは？</span></strong></span></p><p><strong>Q　印象に残る箱根駅伝は？</strong></p><p><strong>第95回大会（2019年）</strong>です。同じ学年でもある東海大の黄金世代が３年生の時に総合優勝したのですが、その時の２位の青学大のフィニッシュが印象に残っています。５連覇が懸かっていた中で２位だったのですが、鈴木塁人さんは笑顔でフィニッシュしました。これが青学大の雰囲気なんだなって。負けて悔しさを出すのも素敵ですし、笑顔で終わる青学大らしさもいいなって思いました。</p><p><strong>Q　印象に残っている選手は？</strong></p><p>たくさんいるので挙げるのは難しいですね……。青学大の<strong><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29530" data-internallinksmanager029f6b8e52c="98" title="名鑑吉田祐也">吉田祐也</a></strong>選手（現・GMOインターネットグループ）です。ずっと“11番目の選手”が最後に区間新記録で走る姿を見て、グループの大塚七海が号泣しながら劇場に来て「青学大の4区の人が……」って。駅伝を知らない人の心にも残るのってすごいなって。</p><p>もう一人挙げるとするなら、麗澤大の<strong>椎野修羅</strong>選手（現・富士通）。練習にお邪魔したときに、みんな苦しそうな中で一人だけ笑って走っていたんです。すごいなって思って監督に話したらやっぱり注目の選手だと挙げていました。</p><p>あとは日体大の<strong>廻谷賢</strong>選手。出雲駅伝、全日本大学駅伝でそうそうたる相手がいる中で区間3位。調べるとSNSがすごく独特でおもしろかったんです。日本一速いパン屋さんになりたい、とか。私がSNSで「おもしろい！」と言うようになったら、「僕の名前を取り上げてくれてありがとうございます」ってメッセージをいただきました（笑）。今では那須拓陽高（栃木）の先生として全国高校駅伝にチームを導いています！<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-82168" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0267.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0267.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0267-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/FN1_0267-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">選手やベストオーダーを聞くと真剣に悩みはじめて…</span><br /><strong>Q　西村菜那子が選ぶ「駅伝好きアイドル時代」の箱根駅伝ベストオーダー！</strong></p><p><strong>１区　<span style="color: #ff0000;"><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/210413" data-internallinksmanager029f6b8e52c="310" title="名鑑吉居大和">吉居大和</a></span>（中大）</strong><br />２年生ながら佐藤悠基選手（東海大）の区間記録を破ったインパクト大！　１年時の箱根で満足のいく結果ではなく、涙を流していた姿から１年で大成長した姿は駅伝オタクの心を動かしました……。</p><p><strong>２区　<span style="color: #0000ff;"><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29506" data-internallinksmanager029f6b8e52c="46" title="名鑑伊藤達彦">伊藤達彦</a></span>（東京国際大）</strong><br />相澤晃選手（東洋大）とのランニングデートが印象的。つらい表情になってもペースが落ちないどころか、むしろ上がるのが謎です……。根性あふれる走りが好きです！</p><p><strong>３区　<span style="color: #ff0000;">遠藤大地</span>（帝京大）</strong><br />『湘南の神』といえばやはりこの選手！　実力はもちろん、なにより海を横に走ること自体が絵になる人です！</p><p><strong>４区　<span style="color: #000080;">相澤　晃</span>（東洋大）</strong><br />２区に配置するか迷いましたが、相澤晃選手をあえて４区に置くという贅沢さをわかってもらいたくてここに配置しました！</p><p><strong>５区　<span style="color: #ff6600;"><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/37497" data-internallinksmanager029f6b8e52c="60" title="名鑑青木涼真">青木涼真</a></span>（法大）</strong><br />安定感抜群！！　どんな年もどんな選手相手でも、青木涼真選手なら安定した成績を出してくれると信じられます！</p><p><strong>６区　<span style="color: #0000ff;">秋山清仁</span>（日体大）</strong><br />一言、山下り職人！！！！！！</p><p><strong>７区　<span style="color: #cc99ff;">花尾恭輔</span>（駒大）</strong><br />とにかく笑顔で箱根駅伝を楽しんで走っている姿が学生らしくて印象的でした。やはり箱根駅伝は学生駅伝なので、選手が楽しんでいる姿が見ていて一番うれしいです！</p><p><strong>８区　<span style="color: #000080;">鈴木宗孝</span>（東洋大）</strong><br />箱根駅伝の出場は一度だけでしたがとてもインパクトがありました。先頭を譲ってしまったものの、１年生ながら区間３位。彼が走る姿をもっと見たかったなぁというのが本音です。</p><p><strong>９区　<span style="color: #ff0000;">平林清澄</span>（國學院大）</strong><br />本当に1年生？　と疑ってしまうほど、どんな相手でも果敢に攻める結果を出すスーパーランナー。まだまだ、これからが本当に楽しみな選手です。</p><p><strong>10区　<span style="color: #339966;">鈴木塁人</span>（青学大）</strong><br />笑顔でフィニッシュすることが似合う人！！　雑誌の表紙になる姿が想像つく選手ですね！</p><table style="height: 72px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 72px;"><td style="width: 100%; height: 72px;"><span style="font-family: tahoma,arial,helvetica,sans-serif; font-size: 8pt;"><span style="color: #800080;">にしむら・ななこ／1997年８月11日生まれ、O型。長野県出身。特技はクラシックバレエ、歴代の箱根駅伝の優勝校を言える。趣味は陸上観戦、サッカー観戦。2015年にNGT48第１期生オーディションに合格。両親の影響で幼い頃から駅伝を好きになる。アイドルとしての活動を続ける中で、自身のＳＮＳを通して陸上競技に関する情報を発信し、駅伝関連のメディア出演も多数。9月30日の卒業公演をもってグループを卒業する。</span><br /></span></td></tr></tbody></table><p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【“陸女”インタビュー】注目の若手女優・上原実矩さん「人として大事なことをたくさん学びました！」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 23 Sep 2022 18:00:38 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<category><![CDATA[上原実矩]]></category>
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		<gnf:modified>Mon, 12 Dec 2022 17:21:58 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 12 Dec 2022 17:21:58 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81697" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/6cc473f384a453170e113c6e75300411.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/6cc473f384a453170e113c6e75300411.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/6cc473f384a453170e113c6e75300411-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">今回は女優として映画やドラマなどさまざまな作品に出演している上原実矩さんにインタビュー！　小学生の頃から子役として活動しており、現在も映画『ぜんぶ、ボクのせい』や『流浪の月』など数々の作品に出演している。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">9月30日には主演映画『ミューズは溺れない』が公開。演技の他にもモデルやミュージックビデオ出演など、幅広く活躍している上原さんに「人として大事なことをたくさん教わった」という中学時代の陸上部のお話をうかがいました！</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81698" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-3FN6_0037.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-3FN6_0037.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-3FN6_0037-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-3FN6_0037-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">中学時代は走幅跳に取り組んでいたという上原実矩さん</span></p>
<h2>準備運動で入部を決意!?</h2>
<p><strong>――中学時代に陸上部だったとうかがいました。小さい頃から活発な子だったのですか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　小学生の頃にダンスや空手に取り組んでいて、じっと座っているよりはよく動く子でしたね。中学校に上がる時に部活に入ろうと思って辞めてしまいました。最近は行けていないですが、前はキックボクシングで身体を動かしていたんです！</p>
<p><strong>――ご家族もなにか運動を？</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　弟はサッカーをしていますが、両親は特にスポーツをしていません。だから、なんで陸上部に入ったんだろう、と不思議です。</p>
<p><strong>――その陸上部に入ったきっかけは何だったんでしょう。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　最初は陸上部に入ることはあまり考えていなくて「走るだけ」のイメージでした。でも、仮入部期間に陸上部の練習に参加した時に、準備運動で音楽をかけてリズムにのる、ダンスのような動きをしていたんです。そこでギャップを感じました。ダンスを習っていたこともあり、とても楽しくて軽い気持ちで入りました（笑）。</p>
<p><strong>――準備運動がとにかく楽しかったんですね！　入部してからの部活の雰囲気はどうでしたか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　私が入部した時は、結構チームが強い時期だったんです。先輩たちには県大会を突破する方がいて、私と同じ学年の子たちも足が速かったです。</p>
<p><strong>――初めはどの種目に取り組んでいたのでしょう。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　短距離を始めたのですが、とても足が遅くて……。学年が上がっていくと、強い1年生が入部してくるので、部活内での足の速さは下から数えたほうが早いくらいでした。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81700" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-4FN1_0495.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-4FN1_0495.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-4FN1_0495-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-4FN1_0495-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">ダンスや空手を習うなど活発な幼少期を過ごしたという</span></p>
<h2>大会の応援が楽しい！</h2>
<p><strong>――思い出に残っている練習は？</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　夏に通い合宿があって、そこで行っていた「1分走」が1番きつかったです！　他にもいろいろメニューがありましたが、とにかく1分走がきつかったという思い出があります。往復100ｍを1分間で走って休んでの繰り返しで、選手それぞれのスタミナによって20、30、40セットと本数が変わっていくんです。最初のうちは40秒くらいタイムが残っていますが、ずっと走っていると遅くなるのでどんどん時間が減っていくんです。走り終わった時には喉から血の味がしました！（笑）</p>
<p><strong>――とてもきつそうな練習です……！　試合にも出場していたのですか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　大会であまり結果を残せていなかったので、自分が出場した大会で覚えているものはあまりないんですよね。でも、周りが強かったので友達を応援するのはすごく楽しかったです。部活に入った時の3年生の女性の先輩で関東大会も出て、頭も良くて、完璧な人がいたんです。そんな先輩がいたのも陸上部に入ったきっかけだったのかなと思っています。話しかけたり、密に交友があったりしたわけではないのですが、当時は試合で走っている姿を見てあこがれていました。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/04-2FN6_0013.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="alignnone size-full wp-image-81709" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/04-2FN6_0013.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/04-2FN6_0013-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/04-2FN6_0013-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p>
<p><strong>――応援が好きだったんですね。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　自分が出るよりは、みんなががんばっている姿を見て、応援するほうが好きでした。大会では応援側に回っていましたね。マネージャーのような動きのほうが楽しかったのかもしれません。「ファイトー！」の声をいかに届けられるか、たくさん声を出して応援していました。今思うと毎週のように大会へ行っていて、大変だった記憶もあまりないので楽しかったんだろうなと思います。</p>
<p><strong>――最近はコロナ禍の影響で声出しができないんです！</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　寂しいですね……。あの雰囲気がすごく楽しくて感動します。みんなで話をしながらテントを張るのも楽しかったです！</p>
<p><strong>――あまり速いほうではなかったとのことですが、辞めたいと思った時はありましたか。</strong></p>
<p>上原　記録へのこだわりが強いほうではなかったので、タイムが出なくても辞めたいと思ったことはありませんでした。1番は取れないとわかっていたので、自分が出したいタイムにどれだけ近づけるのか。最初から自分との戦いですね。速い子たちに囲まれていたからこそ、変に焦りはなかったと思います。だからこそ自己ベストをどうしたら出せるかと考えられました。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81701" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-3FN1_0351.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-3FN1_0351.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-3FN1_0351-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-3FN1_0351-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">陸上部時代の「きつかった」1分間走を思いだしてこの表情（!?）</span></p>
<h2>先生に教わった「好きだからやる」</h2>
<p><strong>――周りがどうであれ、自分が速くなることを考えて取り組んでいたんですね。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　はい。当時はそこまで気にしていなくて、周りが強いのは当たり前で、先生も練習の基準をそこに合わせるので、みんなで切磋琢磨していくという感じでした。</p>
<p><strong>――陸上部の先生ってやっぱり……。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　とても厳しかったです（笑）。私の学年の体育の先生だったので、生活面でもたくさん指導されましたね。でも、なかなか記録が伸びなくて少し走りたくないなと思ったタイミングで走幅跳を勧めてもらったんです。その時に走幅跳のフォームがきれいだとすごく褒められて。うれしかったので、それからは走幅跳をやるようになりましたね。そうやってうまく切り替えてもらって楽しく過ごせました。</p>
<p><strong>――その先生とはまだ連絡を取っている？</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　今も連絡を取り合うこともあります。この前、先生がいる学校の陸上部に顔を出したのですが、昔とまったく雰囲気が違いました。ダンスは変わっていませんでしたけど（笑）。</p>
<p><strong>――当時を振り返って2人で話すことはありますか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　先日、先生のところにお邪魔した際に少し当時のことも話しました。速い子や成績を残しているという子はあまりいなくて、「遅いだろ」と。それでも先生はすごく楽しそうに指導されていて……。「あの頃は強かったから大変だったと思う。続けたのはえらいよ」という話もしてもらいました。先生自身も当時はどうしても楽しくやるより、結果を出すという考えだったのかなと感じましたね。</p>
<p><strong>――先生の中でも葛藤があったんですかね。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　そうですね。でもとても面倒見の良い先生で、分厚い十箇条が書いてある冊子を作ってくださったんです。当時は「うわ、こんなに厚い本……」と思っていたのですが、今見返してみると間違ったことは書いていないなと感じます。</p>
<p><strong>――その十箇条とは!?</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　生活面なども含めたいろいろなことが書いてありました。最後の一つは、「陸上が好きという気持ちだけで良い」という言葉で締めてあるんです。それは陸上だけでなくても仕事や趣味でも言えることだなと思っています。「好きだからやる」というのはいろんなものの根底にあるものだなと。その言葉を見て改めて救われました。厳しいこともたくさん書いてありますが、今でも家に保管してあります！</p>
<p><strong>――とても良い先生だったんですね。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　強い子ばかりではなく、私みたいな足は遅いけど速くなりたいという子にもしっかり向き合ってくれました。誰にでも同じように接してくれる良い先生に出会えたなと思っています。私はそこまで考えてなかったのですが、陸上を続けられたのは周りのチームの子や先生のお陰だなと思っています。<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81704" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/miku-uehara.jpg?x10373" alt="" width="1509" height="821" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/miku-uehara.jpg 1509w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/miku-uehara-300x163.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/miku-uehara-1024x557.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/miku-uehara-768x418.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 1509px) 100vw, 1509px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">陸上部時代のお写真！走幅跳はまるでシザースをしているみたい！（本人提供）</span></p>
<h2>部活も仕事もチームワークが大事</h2>
<p><strong>――芸能活動を始めたきっかけを教えてください。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　小学生の時に声をかけていただいて芸能界に進むことになりました。でも、その時はお芝居で上を目指そうというよりは、習い事の延長線のような感覚でした。現場が楽しくて通っていた感覚です。その時感じたことを自由に言うというレッスンが楽しくて続けていました。</p>
<p><strong>――お仕事のやりがいは？</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　映画やドラマの現場は集団の作業なので、チームワークが必要になります。チーム戦というか、みんなで作り上げていくものです。でも、個々の力がなければいけないですし、ちゃんと準備をしてきた物を現場でどれだけ出せるかが大事です。</p>
<p><strong>――陸上部での経験が生きていると感じることはありますか。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　仕事も部活と似ているところがありますね。自分のやるべきことは決まっている。でも、大会などに出たら、個人も注目されますが、「あの子はどこの学校だ」とひとまとめで見られます。当時から先生に「集団という意思を持っていなさい」と教えてもらいました。個々で戦っている時も、集団でいるという覚悟を持つべきだと。だからといって雰囲気が良いから良い物が作れるというわけではないですが……。そういった生きる上で大事なことは陸上を通して学びました。</p>
<p><strong>――9月30日には主演映画『ミューズは溺れない』が公開されます。どんな作品でしょう。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　淺雄望監督の創作愛がぎゅっとつまった青春エンターテインメントです。2019年の夏に死闘の末撮影を終えた作品ですが、その頃はまっくろこげに日焼けしているし、むず痒く感じます。そんな自分も含めて、スクリーンで「ミューズは溺れない」が上映されるのが楽しみです！</p>
<p><strong>――陸上選手の役もいつかはあるかもしれませんね！</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　いやー……もう走れないです（笑）。でも、BUMP OF CHICKENさんの『Aurora』というミュージックビデオに出演した際に走るシーンがあったんです。そこでいろんな人に「走るフォームはきれいだね」とたくさん褒めてもらいました。<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81706" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/05-3FN1_0501.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/05-3FN1_0501.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/05-3FN1_0501-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/05-3FN1_0501-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<strong>――以前、「走る」お仕事をされたとか……？</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　2018、19年ごろに声をかけていただき、お仕事で名古屋ウィメンズマラソンのハーフマラソンを走りました。1km7分くらいで走って、タイムは2時間30分くらいだったと思います。トレーニングは何回か開いていただき、代々木公園や駒沢公園などを走っていました！</p>
<p><strong>――長距離を走ってみての感想は。</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　そのお仕事をしてから、走るのって意外と楽しいなと、苦手意識がなくなりましたね。疲れるし、競わなきゃいけないしと、マラソンに良い印象はなかったんです。でもそこで心境が変わりました。すごく楽しかったんです！　競技とはまた違った大会の雰囲気でいろんな人が街にいて応援してくれて……。仮装している人もいて、知らない街を走るのも楽しいなと思いました。</p>
<p><strong>――最後に、陸上や部活を頑張っているみなさんにメッセージをお願いします！</strong></p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　私はあまり良い成績を残せなかったですが、陸上を通して礼儀や、人として大事なことを学びました。当時は気づきませんでしたが、後からこれとこれは通じるなとか、これはこういうことだったのか気づくことがたくさんあります。大変なことやめちゃくちゃなことを言われることもありますが、その時に気づかなくても、言われたことは受け止めて、ぜひ毎日頑張ってほしいなと思います！</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81702" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-1FN1_0548_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="544" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-1FN1_0548_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-1FN1_0548_-300x204.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-1FN1_0548_-768x522.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p>
<table style="height: 72px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 72px;">
<td style="width: 100%; height: 72px;"><span style="font-family: tahoma,arial,helvetica,sans-serif; font-size: 8pt;">うえはら・みく／1998年11月4日生まれ。東京都出身。166cm。中学時代に陸上部に所属して短距離と走幅跳に取り組んでいた。小学生の時にスカウトにより芸能活動を開始。子役時代には『シャキーン！』に出演し、映画『君に届け』では主人公の少女期を演じた。その後芸能界から離れた時期もあったが、再びお芝居の道へ。現在の事務所に所属してからも映画やドラマだけでなく、ＣＭやＭＶなどにも多数出演。2022年は映画『ぜんぶ、ボクのせい』や『流浪の月』などに出演している。9月30日には主演映画で、高校生の将来への不安や葛藤を描いた青春エンターテインメント『ミューズは溺れない』が公開される（詳細は<a href="https://mikata-ent.com/movie/1205/">こちら</a>）。<a style="font-size: 8pt;" href="https://www.hirata-office.jp/talent_profile/woman/miku_uehara.html" target="_blank" rel="noopener">公式HP</a><span style="font-size: 8pt;">、</span><a style="font-size: 8pt;" href="https://www.instagram.com/miku_uehara/" target="_blank" rel="noopener">Instagram</a><br />
</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><span style="font-size: 8pt;">構成／松尾美咲、向永拓史</span></p>
<p>上原実矩さんサイン入りチェキを２名様にプレゼント！<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81703" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-scaled.jpg?x10373" alt="" width="2560" height="1684" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-300x197.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-1024x674.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-768x505.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-1536x1010.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-2048x1347.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
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<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/46818">準ミス青学の新田さちかさん「陸上部で身についたのは集中力！」</a><br />
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10pt;">今回は女優として映画やドラマなどさまざまな作品に出演している上原実矩さんにインタビュー！　小学生の頃から子役として活動しており、現在も映画『ぜんぶ、ボクのせい』や『流浪の月』など数々の作品に出演している。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">9月30日には主演映画『ミューズは溺れない』が公開。演技の他にもモデルやミュージックビデオ出演など、幅広く活躍している上原さんに「人として大事なことをたくさん教わった」という中学時代の陸上部のお話をうかがいました！</span></strong></p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81698" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-3FN6_0037.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-3FN6_0037.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-3FN6_0037-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-3FN6_0037-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">中学時代は走幅跳に取り組んでいたという上原実矩さん</span></p><h2>準備運動で入部を決意!?</h2><p><strong>――中学時代に陸上部だったとうかがいました。小さい頃から活発な子だったのですか。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　小学生の頃にダンスや空手に取り組んでいて、じっと座っているよりはよく動く子でしたね。中学校に上がる時に部活に入ろうと思って辞めてしまいました。最近は行けていないですが、前はキックボクシングで身体を動かしていたんです！</p><p><strong>――ご家族もなにか運動を？</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　弟はサッカーをしていますが、両親は特にスポーツをしていません。だから、なんで陸上部に入ったんだろう、と不思議です。</p><p><strong>――その陸上部に入ったきっかけは何だったんでしょう。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　最初は陸上部に入ることはあまり考えていなくて「走るだけ」のイメージでした。でも、仮入部期間に陸上部の練習に参加した時に、準備運動で音楽をかけてリズムにのる、ダンスのような動きをしていたんです。そこでギャップを感じました。ダンスを習っていたこともあり、とても楽しくて軽い気持ちで入りました（笑）。</p><p><strong>――準備運動がとにかく楽しかったんですね！　入部してからの部活の雰囲気はどうでしたか。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　私が入部した時は、結構チームが強い時期だったんです。先輩たちには県大会を突破する方がいて、私と同じ学年の子たちも足が速かったです。</p><p><strong>――初めはどの種目に取り組んでいたのでしょう。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　短距離を始めたのですが、とても足が遅くて……。学年が上がっていくと、強い1年生が入部してくるので、部活内での足の速さは下から数えたほうが早いくらいでした。</p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81700" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-4FN1_0495.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-4FN1_0495.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-4FN1_0495-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-4FN1_0495-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">ダンスや空手を習うなど活発な幼少期を過ごしたという</span></p><h2>大会の応援が楽しい！</h2><p><strong>――思い出に残っている練習は？</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　夏に通い合宿があって、そこで行っていた「1分走」が1番きつかったです！　他にもいろいろメニューがありましたが、とにかく1分走がきつかったという思い出があります。往復100ｍを1分間で走って休んでの繰り返しで、選手それぞれのスタミナによって20、30、40セットと本数が変わっていくんです。最初のうちは40秒くらいタイムが残っていますが、ずっと走っていると遅くなるのでどんどん時間が減っていくんです。走り終わった時には喉から血の味がしました！（笑）</p><p><strong>――とてもきつそうな練習です……！　試合にも出場していたのですか。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　大会であまり結果を残せていなかったので、自分が出場した大会で覚えているものはあまりないんですよね。でも、周りが強かったので友達を応援するのはすごく楽しかったです。部活に入った時の3年生の女性の先輩で関東大会も出て、頭も良くて、完璧な人がいたんです。そんな先輩がいたのも陸上部に入ったきっかけだったのかなと思っています。話しかけたり、密に交友があったりしたわけではないのですが、当時は試合で走っている姿を見てあこがれていました。</p><p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/04-2FN6_0013.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" class="alignnone size-full wp-image-81709" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/04-2FN6_0013.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/04-2FN6_0013-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/04-2FN6_0013-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p><p><strong>――応援が好きだったんですね。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　自分が出るよりは、みんなががんばっている姿を見て、応援するほうが好きでした。大会では応援側に回っていましたね。マネージャーのような動きのほうが楽しかったのかもしれません。「ファイトー！」の声をいかに届けられるか、たくさん声を出して応援していました。今思うと毎週のように大会へ行っていて、大変だった記憶もあまりないので楽しかったんだろうなと思います。</p><p><strong>――最近はコロナ禍の影響で声出しができないんです！</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　寂しいですね……。あの雰囲気がすごく楽しくて感動します。みんなで話をしながらテントを張るのも楽しかったです！</p><p><strong>――あまり速いほうではなかったとのことですが、辞めたいと思った時はありましたか。</strong></p><p>上原　記録へのこだわりが強いほうではなかったので、タイムが出なくても辞めたいと思ったことはありませんでした。1番は取れないとわかっていたので、自分が出したいタイムにどれだけ近づけるのか。最初から自分との戦いですね。速い子たちに囲まれていたからこそ、変に焦りはなかったと思います。だからこそ自己ベストをどうしたら出せるかと考えられました。</p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81701" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-3FN1_0351.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-3FN1_0351.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/03-3FN1_0351-300x200.jpg 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#ff6600;"><strong>上原</strong></span>　先日、先生のところにお邪魔した際に少し当時のことも話しました。速い子や成績を残しているという子はあまりいなくて、「遅いだろ」と。それでも先生はすごく楽しそうに指導されていて……。「あの頃は強かったから大変だったと思う。続けたのはえらいよ」という話もしてもらいました。先生自身も当時はどうしても楽しくやるより、結果を出すという考えだったのかなと感じましたね。</p><p><strong>――先生の中でも葛藤があったんですかね。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　そうですね。でもとても面倒見の良い先生で、分厚い十箇条が書いてある冊子を作ってくださったんです。当時は「うわ、こんなに厚い本……」と思っていたのですが、今見返してみると間違ったことは書いていないなと感じます。</p><p><strong>――その十箇条とは!?</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　生活面なども含めたいろいろなことが書いてありました。最後の一つは、「陸上が好きという気持ちだけで良い」という言葉で締めてあるんです。それは陸上だけでなくても仕事や趣味でも言えることだなと思っています。「好きだからやる」というのはいろんなものの根底にあるものだなと。その言葉を見て改めて救われました。厳しいこともたくさん書いてありますが、今でも家に保管してあります！</p><p><strong>――とても良い先生だったんですね。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　強い子ばかりではなく、私みたいな足は遅いけど速くなりたいという子にもしっかり向き合ってくれました。誰にでも同じように接してくれる良い先生に出会えたなと思っています。私はそこまで考えてなかったのですが、陸上を続けられたのは周りのチームの子や先生のお陰だなと思っています。<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81704" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/miku-uehara.jpg?x10373" alt="" width="1509" height="821" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/miku-uehara.jpg 1509w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/miku-uehara-300x163.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/miku-uehara-1024x557.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/miku-uehara-768x418.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 1509px) 100vw, 1509px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">陸上部時代のお写真！走幅跳はまるでシザースをしているみたい！（本人提供）</span></p><h2>部活も仕事もチームワークが大事</h2><p><strong>――芸能活動を始めたきっかけを教えてください。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　小学生の時に声をかけていただいて芸能界に進むことになりました。でも、その時はお芝居で上を目指そうというよりは、習い事の延長線のような感覚でした。現場が楽しくて通っていた感覚です。その時感じたことを自由に言うというレッスンが楽しくて続けていました。</p><p><strong>――お仕事のやりがいは？</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　映画やドラマの現場は集団の作業なので、チームワークが必要になります。チーム戦というか、みんなで作り上げていくものです。でも、個々の力がなければいけないですし、ちゃんと準備をしてきた物を現場でどれだけ出せるかが大事です。</p><p><strong>――陸上部での経験が生きていると感じることはありますか。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　仕事も部活と似ているところがありますね。自分のやるべきことは決まっている。でも、大会などに出たら、個人も注目されますが、「あの子はどこの学校だ」とひとまとめで見られます。当時から先生に「集団という意思を持っていなさい」と教えてもらいました。個々で戦っている時も、集団でいるという覚悟を持つべきだと。だからといって雰囲気が良いから良い物が作れるというわけではないですが……。そういった生きる上で大事なことは陸上を通して学びました。</p><p><strong>――9月30日には主演映画『ミューズは溺れない』が公開されます。どんな作品でしょう。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　淺雄望監督の創作愛がぎゅっとつまった青春エンターテインメントです。2019年の夏に死闘の末撮影を終えた作品ですが、その頃はまっくろこげに日焼けしているし、むず痒く感じます。そんな自分も含めて、スクリーンで「ミューズは溺れない」が上映されるのが楽しみです！</p><p><strong>――陸上選手の役もいつかはあるかもしれませんね！</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　いやー……もう走れないです（笑）。でも、BUMP OF CHICKENさんの『Aurora』というミュージックビデオに出演した際に走るシーンがあったんです。そこでいろんな人に「走るフォームはきれいだね」とたくさん褒めてもらいました。<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81706" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/05-3FN1_0501.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/05-3FN1_0501.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/05-3FN1_0501-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/05-3FN1_0501-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><strong>――以前、「走る」お仕事をされたとか……？</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　2018、19年ごろに声をかけていただき、お仕事で名古屋ウィメンズマラソンのハーフマラソンを走りました。1km7分くらいで走って、タイムは2時間30分くらいだったと思います。トレーニングは何回か開いていただき、代々木公園や駒沢公園などを走っていました！</p><p><strong>――長距離を走ってみての感想は。</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　そのお仕事をしてから、走るのって意外と楽しいなと、苦手意識がなくなりましたね。疲れるし、競わなきゃいけないしと、マラソンに良い印象はなかったんです。でもそこで心境が変わりました。すごく楽しかったんです！　競技とはまた違った大会の雰囲気でいろんな人が街にいて応援してくれて……。仮装している人もいて、知らない街を走るのも楽しいなと思いました。</p><p><strong>――最後に、陸上や部活を頑張っているみなさんにメッセージをお願いします！</strong></p><p><span style="color: #ff6600;"><strong>上原</strong></span>　私はあまり良い成績を残せなかったですが、陸上を通して礼儀や、人として大事なことを学びました。当時は気づきませんでしたが、後からこれとこれは通じるなとか、これはこういうことだったのか気づくことがたくさんあります。大変なことやめちゃくちゃなことを言われることもありますが、その時に気づかなくても、言われたことは受け止めて、ぜひ毎日頑張ってほしいなと思います！</p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81702" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-1FN1_0548_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="544" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-1FN1_0548_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-1FN1_0548_-300x204.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/02-1FN1_0548_-768x522.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p><table style="height: 72px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 72px;"><td style="width: 100%; height: 72px;"><span style="font-family: tahoma,arial,helvetica,sans-serif; font-size: 8pt;">うえはら・みく／1998年11月4日生まれ。東京都出身。166cm。中学時代に陸上部に所属して短距離と走幅跳に取り組んでいた。小学生の時にスカウトにより芸能活動を開始。子役時代には『シャキーン！』に出演し、映画『君に届け』では主人公の少女期を演じた。その後芸能界から離れた時期もあったが、再びお芝居の道へ。現在の事務所に所属してからも映画やドラマだけでなく、ＣＭやＭＶなどにも多数出演。2022年は映画『ぜんぶ、ボクのせい』や『流浪の月』などに出演している。9月30日には主演映画で、高校生の将来への不安や葛藤を描いた青春エンターテインメント『ミューズは溺れない』が公開される（詳細は<a href="https://mikata-ent.com/movie/1205/">こちら</a>）。<a style="font-size: 8pt;" href="https://www.hirata-office.jp/talent_profile/woman/miku_uehara.html" target="_blank" rel="noopener">公式HP</a><span style="font-size: 8pt;">、</span><a style="font-size: 8pt;" href="https://www.instagram.com/miku_uehara/" target="_blank" rel="noopener">Instagram</a><br /></span></td></tr></tbody></table><p><span style="font-size: 8pt;">構成／松尾美咲、向永拓史</span></p><p>上原実矩さんサイン入りチェキを２名様にプレゼント！<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-81703" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-scaled.jpg?x10373" alt="" width="2560" height="1684" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-300x197.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-1024x674.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-768x505.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-1536x1010.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/09/DSC_2190-2048x1347.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />月陸の公式Twitterで情報をチェックしてください。</p><p>【関連ページ】<br /><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/20425">朝比奈彩さん（モデル・女優）「練習をすれば少しずつでも力になる！」</a><br /><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/44478">仮面ライダーヒロイン役の高田夏帆さん「中学時代の青春は陸上部！」</a><br /><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/46818">準ミス青学の新田さちかさん「陸上部で身についたのは集中力！」</a><br /><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/58987" target="_blank" rel="noopener">＝LOVE（イコラブ）野口衣織さん「時間を惜しまずに追求していました！」</a></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【“陸女”インタビュー】Popteen専属モデル長谷川美月（みちゅ）さん「陸上部の思い出は一生の宝物！」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 28 Apr 2022 18:00:31 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[アラカルト]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[陸女]]></category>
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		<gnf:modified>Wed, 28 Dec 2022 11:35:17 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 28 Dec 2022 11:35:17 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71319" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/hasegawa.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/hasegawa.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/hasegawa-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 10pt;">今回は雑誌『Popteen』専属モデルの長谷川美月さんが登場！　「みちゅ」の愛称で人気を集める長谷川さんは、モデルとして活動しながら、女優やリポーターとしても活躍中。さらに、現在は長谷川さんがアイドルグループをプロデュースするプロジェクトが進行中と、マルチな活躍を見せている。「一生モノの宝物」と振り返る陸上部時代について語ってもらいました！</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71320" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1165_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1165_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1165_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1165_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">中学時代は走高跳で県大会入賞経験もある長谷川美月さん</span></p>
<h2>“跳ねる系女子”で中学から陸上部へ</h2>
<p><strong>――中学時代に陸上部だったとうかがいました。小さい頃から陸上クラブに通うなどしていたんですか？</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　もともと８歳からダンスを習っていて、ジャズダンス、ガールズダンスです。小さい頃からアイドルが好きで、見よう見まねで踊っていました。中学になって、ダンスと両立できる部活を考えた時に、陸上部ならできるかなって。個人競技でダンスがあっても迷惑をかけることが少ないと思いました。</p>
<p><strong>――部活に入らないといけない中学校だったんですか。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　いえ、母に「ダンスを続けたいなら、ちゃんと部活に入って両立しなさい」と言われたんです。母は高校時代に陸上部のマネージャーをしていたようで、陸上部のことを聞くこともありましたね。</p>
<p><strong>――ご家族も陸上を？</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　両親は特にスポーツをしていたとは聞いていません。弟が２人いて、１人は陸上部、もう１人はバスケットボールをしています。</p>
<p><strong>――長谷川さんの小さい頃の運動神経はいかがでしたか。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　特別、足が速かったわけじゃないですが、走るのは好きでしたよ。あと、縄跳びとか大好きで“跳ねる系女子”でしたね！</p>
<p><strong>――そんな“跳ねる系女子”だと、種目は…。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　走高跳をしていました！　最初は長距離をしていたんです。小学生の時のマラソン大会でも上位でした。でも、陸上部に入ったら練習もめちゃくちゃきつくて（笑）。私の中では得意だと思っていたけど、長距離専門の選手の中では「無理だな」って。</p>
<p>その中で自分に合う種目は何かないかなって思っていたら、顧問の先生から走高跳を勧められました。身長も163cmと少し高いほうだったので。走幅跳は知っていましたが、走高跳の存在は知らなかったです。</p>
<p><strong>――中学の部活の雰囲気はいかがでしたか。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　挨拶など礼儀は厳しかったですが、先輩たちも明るくてとても楽しかったです。同学年の女子が15人くらいと多くて、短距離で全中（全国中学校選手権）に出場した同級生もいました。普段はワイワイしていましたが、練習になるとスイッチが切り替わりましたね。先生も厳しい時は厳しい「飴と鞭」がうまくて大好きでした。愛のある指導でしたし、全然つらいと思いませんでしたよ。</p>
<p><strong>――走高跳に転向してみての感想は？</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　最初はとても怖かったです。背面跳びを覚えるのが大変でした。見えないところからバーを越えるのも怖いし、背中を打つととても痛くて…。でも、やればやるほど好きになりました。跳躍練習が一番楽しくて、打ち込めば結果につながって、それでまた練習が好きになって。その繰り返しでしたね。</p>
<p>２年生の時は走高跳をしているのが先輩１人、後輩１人。先輩に負けたくなくて必死で練習しました。部活が休みの日も自主練するために競技場に行って、先生も一緒に付き合ってくれましたね。</p>
<p><strong>――逆に大変だった練習は覚えていますか。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　やっぱり夏の練習がすごく嫌いでした！（笑）　まぁまぁ強い世代だったからか、先生も気合が入ったようでした。特に「エンドレス」というメニューは本当にヤバいです！　100ｍを10本、200ｍを10本…インターバル（間）はジョグでつなぐ。それを聞いた瞬間、帰りたくなりましたね（笑）。「エンドレス」とか「インターバル」って、久しぶりに口にしました！　懐かしいです!!<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71321" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1001_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1001_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1001_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1001_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">ダンスと並行しながら中学では陸上部に。当時のことを振り返っていただきました</span></p>
<h2>スランプを乗り越えて自己ベスト</h2>
<p><strong>――走高跳をしていて、一番気持ち良い瞬間は？</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　やっぱり自己ベストを跳べた時です！　空を飛んでいる気分になれるんです。良いジャンプができる時は感覚がいつもと違って、助走から踏み切りに入っていく時に「きれいに入れているな」とわかるんです。踏み切った瞬間、「あ、跳べる！」って。この空中にふわっと浮き上がる瞬間が一番気持ち良いいんですよね。</p>
<p><strong>――ケガやスランプなど、苦しんだ経験はありますか。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　２年生の秋くらいにバーに当てて失敗して、背中が痛すぎたことでトラウマになりました。それから全然跳べなくなってしまって…。走高跳を始めた１年生の頃の１ｍ20という記録も失敗するくらいにスランプでした。先生からも「フォームが変わってしまった」と指摘されていましたね。</p>
<p><strong>――どうやって克服されましたか。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　３年生で絶対に結果を出したい、と思って必死でした。もうイチから見直しました。まずはボックスに乗って背面ジャンプするところから始めて、少しずつフォームを戻していって、やっとスランプを抜けました。</p>
<p>市大会でちゃんと跳べて、県総体では１ｍ40を跳んで入賞することができました！　自己ベストも１ｍ45まで伸ばせましたね。県大会は強い選手の調子が良くなかったから、たまたまかもしれませんが。でも、本番に強いタイプ！　ということにしておきます！</p>
<p><strong>――勉強やダンスとの両立は大変そうですね。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　部活が終わってから帰宅して、30分後にはダンスのレッスンに向かっていました。それこそ、よくテレビで見るような車の中でお茶碗を抱えてご飯を食べるような生活。テスト前は本当に苦労しました。部活もあって、テスト勉強も課題もあって、ダンスもある。それでも、負けず嫌いで最後までやり切りたいと思っていました。</p>
<p><strong>――ダンスと両立していたことで、それぞれに生きたこともありますか。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　陸上をしていたことで体力もついたので、長時間踊っていてもバテにくかったですね。逆に、走高跳の技術をつかむのが早くて、先生から「ダンスをしているからリズム感が良くて覚えるのが早いのかな」と言われていました！　特に踏み切りまでの３歩のリズム感に合っていたと思います。</p>
<p><strong>――陸上部３年間を振り返ると、どんな思い出が浮かびますか。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　休憩中に友達と輪になって話している時間が好きでしたね。ウォーミングアップから本練習までの準備の時間に、スパイクに履き替えながら“恋バナ”したり。今でも仲良しで、地元の石川に帰ったら遊びます。部活で過ごした時間は一生の宝物といっても過言ではないですね！<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71322" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_0866_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_0866_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_0866_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_0866_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">陸上部時代を思い出して笑顔の長谷川さん。当時の思い出は「宝物」だという</span></p>
<h2>続けられたことは一生の強みになる</h2>
<p><strong>――陸上は中学まで？</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　はい。高校でもやらないかと言われましたが、高校３年間はダンスに打ち込みたいと自分の中で決めていました。陸上を３年間やり切ったし、受験勉強も頑張って志望校にも入れたので、母も許してくれましたね。高校３年間では、目標にしていた全国大会に出場することができました！</p>
<p><strong>――その頃から芸能関係のお仕事に興味があったんですか。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　元々は全然興味がなかったです。ずっと保育士を目指していて、保育士になるために高校も通って、大学進学も考えていました。でも、高２の春にたまたま「Popteen」のオーディション番組を見て、「楽しそうだな」「自分もやってみたいな」と思ったんです。他の人と何か違った経験をしてみたかったので、最初は興味本位で受けました。</p>
<p>勢いで応募した１回目は最終審査で落ちました。そこで、陸上で培った負けず嫌いな心がフツフツと湧いてきたんです（笑）。一気に燃えて、絶対にやってやるぞって。２回目のオーディションで合格をいただいて、高２からダンスを継続しつつ芸能活動を始めました。</p>
<p><strong>――進学を希望されていたということで周囲からの反対は？</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　先生方もビックリするくらいに応援してくれたんです。ある先生は「勉強はいつでもできるから、美月のやりたいほうで頑張ってみたら」と言ってくださって、そういう応援に背中を押されて、１回勉強は置いておいて芸能界に集中すると決意しました。ダンスをやり切って、高校を卒業してから上京しました。今では職員室に私が載った雑誌を飾ってくれているみたいですごくうれしいです。</p>
<p><strong>――モデルだけではなく、バラエティー番組や恋愛リアリティーショーにご出演されたり、『王様のブランチ』のリポーターに就任されたり、いろいろなお仕事をされていますね。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　今はいろいろなお仕事をさせていただいて楽しいです。最近では演技にも力を入れようと思っていてレッスンにも通っています。目標は地上波のドラマにでることです。本当にいろんなことに挑戦していきたいですね。</p>
<p><strong>――アイドルの「プロデュース」もしているとか!?</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　そうなんです！　プロデューサー。長谷川Ｐです！　元々、アイドルが好きで、アイドルに携わる仕事をしてみたいとずっと周囲に公言していて、「プロデュースしてみない？」とお話をいただいて即答しました。</p>
<p>書類選考や面接にも参加して、メンバー選考から関わっています。どういうコンセプトで、どんなグループにしていくか。衣装や曲など、全部アイデアを出して決めていく予定です。</p>
<p><strong>――楽しみにしています！　お仕事をしていて、「部活をやっていてよかったな」と思えることはありますか。</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　まずは礼儀を学べたこと。どの世界も礼儀が第一です！　あとは、陸上部だったからこそ、負けず嫌いの気持ちが強くなれました。それは今のお仕事にも少し生きているのかなと思います。謙虚さを大事にしつつ、自分を出していく。そういう面は部活で鍛えられた気がします。</p>
<p><strong>――最後に陸上を頑張っている人たちにメッセージをお願いします！</strong></p>
<p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　私は練習がつらくて、何度も途中で辞めたいと思った時期もありました。ダンスと両立するのも大変でした。でも、最後まであきらめずにやり切ったからこその達成感もあります。それが自分の一生の強みになると思います。心が折れそうになることもあると思いますが力強く踏ん張ってみてほしいです！　頑張ってください!!</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71325" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1149_-1.jpg?x10373" alt="" width="800" height="537" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1149_-1.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1149_-1-300x201.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1149_-1-768x516.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<table style="height: 72px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 72px;">
<td style="width: 100%; height: 72px;"><span style="font-family: tahoma,arial,helvetica,sans-serif; font-size: 8pt;">はせがわ・みつき／愛称は「みちゅ」。2002年9月16日生まれ。石川県出身。中学時代に陸上部に所属し、走高跳が専門。中３時には県総体で入賞した実績も持つ。『第3次Popteenカバーガール戦争』でメンバー入りを果たし、レギュラーモデルに昇格。『Popteen』2020年10月号から専属モデルを務める。21年には恋愛リアリティーショー『恋とオオカミには騙されない』（AbemaTV）に出演。今年4月からは『王様のブランチ』リポーターに就任した。「（株）ヴィンヤード主催の次世代アイドル発掘オーディション」（22年夏デビュー予定）のプロデューサーを務めている。今後アイドルのプロデュースもする予定。<a style="font-size: 8pt;" href="https://www.team-vineyard.co.jp/talent/michu.html" target="_blank" rel="noopener">公式HP</a><span style="font-size: 8pt;">、</span><a style="font-size: 8pt;" href="https://twitter.com/mitsuu__style" target="_blank" rel="noopener">Twitter</a><span style="font-size: 8pt;">、</span><a style="font-size: 8pt;" href="https://www.instagram.com/mxx.____29/" target="_blank" rel="noopener">Instagram</a><span style="font-size: 8pt;">、</span><a style="font-size: 8pt;" href="https://www.youtube.com/channel/UCgNJIqsaFMKjXfdgXzy5NNQ" target="_blank" rel="noopener">YouTube</a><span style="font-size: 8pt;">、</span><a style="font-size: 8pt;" href="https://www.tiktok.com/@mitsuu__style?" target="_blank" rel="noopener">TikTok</a><br />
</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p>
<p>長谷川美月さんサイン入りチェキを２名様にプレゼント！<br />
<img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71324" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1192_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1192_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1192_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1192_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
月陸の公式Twitterで情報をチェックしてください。</p>
<p>【関連ページ】<br />
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/20425">朝比奈彩さん（モデル・女優）「練習をすれば少しずつでも力になる！」</a><br />
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/44478">仮面ライダーヒロイン役の高田夏帆さん「中学時代の青春は陸上部！」</a><br />
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/46818">準ミス青学の新田さちかさん「陸上部で身についたのは集中力！」</a><br />
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/58987" target="_blank" rel="noopener">＝LOVE（イコラブ）野口衣織さん「時間を惜しまずに追求していました！」</a></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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</div>
]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71319" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/hasegawa.jpg?x10373" alt="" width="656" height="230" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/hasegawa.jpg 656w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/hasegawa-300x105.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 656px) 100vw, 656px" /></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">オリンピックの花形である陸上競技！　球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート！　きつかった練習は!?　楽しかった思い出は!?　陸上を通して学んだことは!?</span></strong></p><p><strong><span style="font-size: 10pt;">今回は雑誌『Popteen』専属モデルの長谷川美月さんが登場！　「みちゅ」の愛称で人気を集める長谷川さんは、モデルとして活動しながら、女優やリポーターとしても活躍中。さらに、現在は長谷川さんがアイドルグループをプロデュースするプロジェクトが進行中と、マルチな活躍を見せている。「一生モノの宝物」と振り返る陸上部時代について語ってもらいました！</span></strong></p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71320" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1165_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1165_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1165_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1165_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">中学時代は走高跳で県大会入賞経験もある長谷川美月さん</span></p><h2>“跳ねる系女子”で中学から陸上部へ</h2><p><strong>――中学時代に陸上部だったとうかがいました。小さい頃から陸上クラブに通うなどしていたんですか？</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　もともと８歳からダンスを習っていて、ジャズダンス、ガールズダンスです。小さい頃からアイドルが好きで、見よう見まねで踊っていました。中学になって、ダンスと両立できる部活を考えた時に、陸上部ならできるかなって。個人競技でダンスがあっても迷惑をかけることが少ないと思いました。</p><p><strong>――部活に入らないといけない中学校だったんですか。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　いえ、母に「ダンスを続けたいなら、ちゃんと部活に入って両立しなさい」と言われたんです。母は高校時代に陸上部のマネージャーをしていたようで、陸上部のことを聞くこともありましたね。</p><p><strong>――ご家族も陸上を？</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　両親は特にスポーツをしていたとは聞いていません。弟が２人いて、１人は陸上部、もう１人はバスケットボールをしています。</p><p><strong>――長谷川さんの小さい頃の運動神経はいかがでしたか。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　特別、足が速かったわけじゃないですが、走るのは好きでしたよ。あと、縄跳びとか大好きで“跳ねる系女子”でしたね！</p><p><strong>――そんな“跳ねる系女子”だと、種目は…。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　走高跳をしていました！　最初は長距離をしていたんです。小学生の時のマラソン大会でも上位でした。でも、陸上部に入ったら練習もめちゃくちゃきつくて（笑）。私の中では得意だと思っていたけど、長距離専門の選手の中では「無理だな」って。</p><p>その中で自分に合う種目は何かないかなって思っていたら、顧問の先生から走高跳を勧められました。身長も163cmと少し高いほうだったので。走幅跳は知っていましたが、走高跳の存在は知らなかったです。</p><p><strong>――中学の部活の雰囲気はいかがでしたか。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　挨拶など礼儀は厳しかったですが、先輩たちも明るくてとても楽しかったです。同学年の女子が15人くらいと多くて、短距離で全中（全国中学校選手権）に出場した同級生もいました。普段はワイワイしていましたが、練習になるとスイッチが切り替わりましたね。先生も厳しい時は厳しい「飴と鞭」がうまくて大好きでした。愛のある指導でしたし、全然つらいと思いませんでしたよ。</p><p><strong>――走高跳に転向してみての感想は？</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　最初はとても怖かったです。背面跳びを覚えるのが大変でした。見えないところからバーを越えるのも怖いし、背中を打つととても痛くて…。でも、やればやるほど好きになりました。跳躍練習が一番楽しくて、打ち込めば結果につながって、それでまた練習が好きになって。その繰り返しでしたね。</p><p>２年生の時は走高跳をしているのが先輩１人、後輩１人。先輩に負けたくなくて必死で練習しました。部活が休みの日も自主練するために競技場に行って、先生も一緒に付き合ってくれましたね。</p><p><strong>――逆に大変だった練習は覚えていますか。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　やっぱり夏の練習がすごく嫌いでした！（笑）　まぁまぁ強い世代だったからか、先生も気合が入ったようでした。特に「エンドレス」というメニューは本当にヤバいです！　100ｍを10本、200ｍを10本…インターバル（間）はジョグでつなぐ。それを聞いた瞬間、帰りたくなりましたね（笑）。「エンドレス」とか「インターバル」って、久しぶりに口にしました！　懐かしいです!!<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71321" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1001_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1001_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1001_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1001_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">ダンスと並行しながら中学では陸上部に。当時のことを振り返っていただきました</span></p><h2>スランプを乗り越えて自己ベスト</h2><p><strong>――走高跳をしていて、一番気持ち良い瞬間は？</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　やっぱり自己ベストを跳べた時です！　空を飛んでいる気分になれるんです。良いジャンプができる時は感覚がいつもと違って、助走から踏み切りに入っていく時に「きれいに入れているな」とわかるんです。踏み切った瞬間、「あ、跳べる！」って。この空中にふわっと浮き上がる瞬間が一番気持ち良いいんですよね。</p><p><strong>――ケガやスランプなど、苦しんだ経験はありますか。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　２年生の秋くらいにバーに当てて失敗して、背中が痛すぎたことでトラウマになりました。それから全然跳べなくなってしまって…。走高跳を始めた１年生の頃の１ｍ20という記録も失敗するくらいにスランプでした。先生からも「フォームが変わってしまった」と指摘されていましたね。</p><p><strong>――どうやって克服されましたか。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　３年生で絶対に結果を出したい、と思って必死でした。もうイチから見直しました。まずはボックスに乗って背面ジャンプするところから始めて、少しずつフォームを戻していって、やっとスランプを抜けました。</p><p>市大会でちゃんと跳べて、県総体では１ｍ40を跳んで入賞することができました！　自己ベストも１ｍ45まで伸ばせましたね。県大会は強い選手の調子が良くなかったから、たまたまかもしれませんが。でも、本番に強いタイプ！　ということにしておきます！</p><p><strong>――勉強やダンスとの両立は大変そうですね。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　部活が終わってから帰宅して、30分後にはダンスのレッスンに向かっていました。それこそ、よくテレビで見るような車の中でお茶碗を抱えてご飯を食べるような生活。テスト前は本当に苦労しました。部活もあって、テスト勉強も課題もあって、ダンスもある。それでも、負けず嫌いで最後までやり切りたいと思っていました。</p><p><strong>――ダンスと両立していたことで、それぞれに生きたこともありますか。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　陸上をしていたことで体力もついたので、長時間踊っていてもバテにくかったですね。逆に、走高跳の技術をつかむのが早くて、先生から「ダンスをしているからリズム感が良くて覚えるのが早いのかな」と言われていました！　特に踏み切りまでの３歩のリズム感に合っていたと思います。</p><p><strong>――陸上部３年間を振り返ると、どんな思い出が浮かびますか。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　休憩中に友達と輪になって話している時間が好きでしたね。ウォーミングアップから本練習までの準備の時間に、スパイクに履き替えながら“恋バナ”したり。今でも仲良しで、地元の石川に帰ったら遊びます。部活で過ごした時間は一生の宝物といっても過言ではないですね！<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71322" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_0866_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_0866_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_0866_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_0866_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">陸上部時代を思い出して笑顔の長谷川さん。当時の思い出は「宝物」だという</span></p><h2>続けられたことは一生の強みになる</h2><p><strong>――陸上は中学まで？</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　はい。高校でもやらないかと言われましたが、高校３年間はダンスに打ち込みたいと自分の中で決めていました。陸上を３年間やり切ったし、受験勉強も頑張って志望校にも入れたので、母も許してくれましたね。高校３年間では、目標にしていた全国大会に出場することができました！</p><p><strong>――その頃から芸能関係のお仕事に興味があったんですか。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　元々は全然興味がなかったです。ずっと保育士を目指していて、保育士になるために高校も通って、大学進学も考えていました。でも、高２の春にたまたま「Popteen」のオーディション番組を見て、「楽しそうだな」「自分もやってみたいな」と思ったんです。他の人と何か違った経験をしてみたかったので、最初は興味本位で受けました。</p><p>勢いで応募した１回目は最終審査で落ちました。そこで、陸上で培った負けず嫌いな心がフツフツと湧いてきたんです（笑）。一気に燃えて、絶対にやってやるぞって。２回目のオーディションで合格をいただいて、高２からダンスを継続しつつ芸能活動を始めました。</p><p><strong>――進学を希望されていたということで周囲からの反対は？</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　先生方もビックリするくらいに応援してくれたんです。ある先生は「勉強はいつでもできるから、美月のやりたいほうで頑張ってみたら」と言ってくださって、そういう応援に背中を押されて、１回勉強は置いておいて芸能界に集中すると決意しました。ダンスをやり切って、高校を卒業してから上京しました。今では職員室に私が載った雑誌を飾ってくれているみたいですごくうれしいです。</p><p><strong>――モデルだけではなく、バラエティー番組や恋愛リアリティーショーにご出演されたり、『王様のブランチ』のリポーターに就任されたり、いろいろなお仕事をされていますね。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　今はいろいろなお仕事をさせていただいて楽しいです。最近では演技にも力を入れようと思っていてレッスンにも通っています。目標は地上波のドラマにでることです。本当にいろんなことに挑戦していきたいですね。</p><p><strong>――アイドルの「プロデュース」もしているとか!?</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　そうなんです！　プロデューサー。長谷川Ｐです！　元々、アイドルが好きで、アイドルに携わる仕事をしてみたいとずっと周囲に公言していて、「プロデュースしてみない？」とお話をいただいて即答しました。</p><p>書類選考や面接にも参加して、メンバー選考から関わっています。どういうコンセプトで、どんなグループにしていくか。衣装や曲など、全部アイデアを出して決めていく予定です。</p><p><strong>――楽しみにしています！　お仕事をしていて、「部活をやっていてよかったな」と思えることはありますか。</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　まずは礼儀を学べたこと。どの世界も礼儀が第一です！　あとは、陸上部だったからこそ、負けず嫌いの気持ちが強くなれました。それは今のお仕事にも少し生きているのかなと思います。謙虚さを大事にしつつ、自分を出していく。そういう面は部活で鍛えられた気がします。</p><p><strong>――最後に陸上を頑張っている人たちにメッセージをお願いします！</strong></p><p><span style="color: #00ccff;"><strong>みちゅ</strong></span>　私は練習がつらくて、何度も途中で辞めたいと思った時期もありました。ダンスと両立するのも大変でした。でも、最後まであきらめずにやり切ったからこその達成感もあります。それが自分の一生の強みになると思います。心が折れそうになることもあると思いますが力強く踏ん張ってみてほしいです！　頑張ってください!!</p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71325" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1149_-1.jpg?x10373" alt="" width="800" height="537" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1149_-1.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1149_-1-300x201.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1149_-1-768x516.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p><p>&nbsp;</p><table style="height: 72px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 72px;"><td style="width: 100%; height: 72px;"><span style="font-family: tahoma,arial,helvetica,sans-serif; font-size: 8pt;">はせがわ・みつき／愛称は「みちゅ」。2002年9月16日生まれ。石川県出身。中学時代に陸上部に所属し、走高跳が専門。中３時には県総体で入賞した実績も持つ。『第3次Popteenカバーガール戦争』でメンバー入りを果たし、レギュラーモデルに昇格。『Popteen』2020年10月号から専属モデルを務める。21年には恋愛リアリティーショー『恋とオオカミには騙されない』（AbemaTV）に出演。今年4月からは『王様のブランチ』リポーターに就任した。「（株）ヴィンヤード主催の次世代アイドル発掘オーディション」（22年夏デビュー予定）のプロデューサーを務めている。今後アイドルのプロデュースもする予定。<a style="font-size: 8pt;" href="https://www.team-vineyard.co.jp/talent/michu.html" target="_blank" rel="noopener">公式HP</a><span style="font-size: 8pt;">、</span><a style="font-size: 8pt;" href="https://twitter.com/mitsuu__style" target="_blank" rel="noopener">Twitter</a><span style="font-size: 8pt;">、</span><a style="font-size: 8pt;" href="https://www.instagram.com/mxx.____29/" target="_blank" rel="noopener">Instagram</a><span style="font-size: 8pt;">、</span><a style="font-size: 8pt;" href="https://www.youtube.com/channel/UCgNJIqsaFMKjXfdgXzy5NNQ" target="_blank" rel="noopener">YouTube</a><span style="font-size: 8pt;">、</span><a style="font-size: 8pt;" href="https://www.tiktok.com/@mitsuu__style?" target="_blank" rel="noopener">TikTok</a><br /></span></td></tr></tbody></table><p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p><p>長谷川美月さんサイン入りチェキを２名様にプレゼント！<br /><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71324" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1192_.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1192_.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1192_-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/FN1_1192_-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />月陸の公式Twitterで情報をチェックしてください。</p><p>【関連ページ】<br /><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/20425">朝比奈彩さん（モデル・女優）「練習をすれば少しずつでも力になる！」</a><br /><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/44478">仮面ライダーヒロイン役の高田夏帆さん「中学時代の青春は陸上部！」</a><br /><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/46818">準ミス青学の新田さちかさん「陸上部で身についたのは集中力！」</a><br /><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/58987" target="_blank" rel="noopener">＝LOVE（イコラブ）野口衣織さん「時間を惜しまずに追求していました！」</a></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


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		<title>【激アツの女王決定戦特集③】ヘンプヒル恵インタビュー「やれることをやれば結果が出ると信じている」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/71345</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 28 Apr 2022 17:30:23 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[七種競技]]></category>
		<category><![CDATA[ヘンプヒル恵]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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		<gnf:modified>Wed, 28 Dec 2022 12:07:08 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 28 Dec 2022 12:07:08 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><em><span style="font-size: 10pt;">今シーズン、陸上界の『女王決定戦』がアツい！　昨年、17年ぶりに日本記録が更新されるなど、近年活況を呈しているのが女子七種競技。過去最高レベルの争いにより、日本人初の6000点超えへの期待が懸かる。</span></em></p>
<p><em><span style="font-size: 10pt;">七種競技とは２日間にわたって走・跳・投の７種目を行い、得点化して順位を決する。１日目は100ｍハードル、走高跳、砲丸投、200ｍ、２日目は走幅跳、やり投、800ｍ。そのタフネスぶりから、海外では『クイーン・オブ・アスリート』として称される。</span></em></p>
<p><em><span style="font-size: 10pt;">今季、日本の『女王』を目指す、日本記録（5975点）保持者の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29973" data-internallinksmanager029f6b8e52c="169" title="名鑑山﨑有紀">山﨑有紀</a>（スズキ）、歴代３位の記録を持つ<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29560" data-internallinksmanager029f6b8e52c="170" title="名鑑ヘンプヒル恵">ヘンプヒル恵</a>（アトレ）、インカレ３連覇を果たした<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/106175" data-internallinksmanager029f6b8e52c="210" title="名鑑大玉華鈴">大玉華鈴</a>（日体大SMG横浜）というトップ３にインタビュー。今季に懸ける思い、そして七種競技の魅力について聞いた。</span></em></p>
<p><em><span style="font-size: 10pt;">3回目、最後は日本歴代３位の5907点がベストのヘンプヒル恵。中学、高校、大学と混成のトップアスリートとして、次々と記録を塗り替え、タイトルを手にしてきた。日本記録樹立、日本初の6000点、そして世界大会へ。誰もがその期待を寄せていた。</span></em></p>
<p><em><span style="font-size: 10pt;">しかし、2017年に左膝前十字靱帯を断裂。大ケガから復帰して再び日本一になろうかという20年の日本選手権で、今度は右膝の前十字靱帯を断裂した。一度は引退もよぎったというが、今後は米国で鍛錬を積み、新しい姿を見せようとしている。</span></em></p>
<h2>「世界」を見据えて渡米</h2>
<p><strong>――昨年の秋から米国で練習を積んだそうですね。</strong></p>
<p>11月25日に一度目の渡米をして、12月15日に帰国しました。年が明けて1月6日に再出国して3月24日まで。カリフォルニアのチュラビスタ・オリンピックセンターを拠点にしていました。</p>
<p><strong>――どういった練習環境なのでしょうか。</strong></p>
<p>東京五輪七種競技で６位のアニー（・カンズ）選手と９位のエリカ（・ブーガード）選手を指導しているクリス・マック・コーチに見てもらっています。以前に一度、アメリカに行ったことがあり、その時のクラブチームを考えたのですが現状では難しいと言われました。そこで、知人を伝うと「マック・コーチを紹介できるよ」となったのが経緯です。</p>
<p><strong>――渡米を決意した理由は？</strong></p>
<p>世界で戦うことを見据えた時に、やっぱり世界を知っているコーチに教えてもらいたいと考えました。思いきった決断をしないといけないと思いました。マック・コーチは東京五輪に選手を出しているし、コンタクトを取ってもらい、つないでいただいた後は直接やりとりをしました。</p>
<p>自分なりに、「どこを成長させたい」という思いを伝え、一緒にやっていこう、と返事をもらいました。まずはお互いトライアルということで11月にアメリカに行きました。</p>
<p><strong>――アメリカ滞在中に苦労したことはありますか。</strong></p>
<p>コミュニケーションが大変で、ただでさえ感覚てきなことや思いを伝えるのは難しいのに、さらに英語ということもあり…。日本とは受け取り方も違うだろうし、細かいところは気を遣いました。ストレスで熱が出るくらいでした（笑）。</p>
<p>当初は認められたいという思いが強く、無理をしてしまうこともありましたが、マック・コーチが気づいて「今の状態を見たいから、その日やれることに力を尽くせばいい」と伝えてくれました。コミュニケーションはかなり頑張ったと思います。</p>
<p>私もそこまで英語は堪能ではないですが、エリカにそれを言うと「気にしていないよ」と返ってきました。英語ができるかどうかよりも、何かを伝えようとしているかどうかの姿勢を、向こうの人は観ている気がします。</p>
<p><strong>――練習面や指導方法で違いは日本との違いは感じますか。</strong></p>
<p>暖かいということもあって、「冬季練習」という概念がなくて、年中、種目練習をしています。冬に専門練習をしたり、スパイクを履いて出力を上げたりというのはこれまでなかったので、身体の負荷は大きかったです。これが混成選手の練習なのか、と実感しました。もちろん、違和感はありますが、どの種目もまんべんなくできたので、そこに対する不安はないです。</p>
<p>選手とコーチがお互いにリスペクトしているのはすごく感じました。日本ももちろんありますが、部活動の文化というのもあって師弟関係が多いと思います。よくコーチたちが「いろいろ経験を積んでやっとコーチになれたから、見させてもらえて幸せ」と選手に伝えていました。選手を支えるという立場で、ハードルを並べるなど練習の準備をすべてコーチがするのが向こうではスタンダードのようです。</p>
<h2>2度目のケガから復活へ</h2>
<p><strong>――2020年の日本選手権のやり投で2度目の大ケガを負いました。</strong></p>
<p>ケガをした後は辞めようと思いました。でも、リハビリなどをしているうちに、「もっとこうしておけばよかったな」と思うことがあって。ふと考えた時に、競技を本気でできるのは30歳前後まで。あと5年しかない。いろいろな失敗、経験をしました。ケガでもちろん苦しみましたが、ケガがあったからこそアメリカに行ったのかもしれません。</p>
<p>自分を変えるために、変えたくないことも変えました。これまでのやり方は良い意味でぶっ壊して。昔の自分に戻りそうになることもありましたが、戻らないようにしていましたね。</p>
<p>このチャレンジができたのは、ここ数年、勝てていないから。もう怖いものはないし、やれることをやろうと思いました。もちろん、結果は出したいし、出ると思っていますが、もし結果が出なかったとしても選択に間違いはないと思います。競技に対する本気。そこにすべてを懸けています。</p>
<p><strong>――「勝てていない」という言葉がありましたが、山﨑有紀選手が日本記録を樹立して、大玉華鈴選手も追い上げてきました。</strong></p>
<p>山﨑さんは日本選手権を４連覇していて、私も連覇（15～17年）しているので、勝ち続けることの大変さはわかります。足も速いし、100ｍハードルも上がってきて、投てきも強いですね。大玉は走高跳の調子が良さそうですね。でも、まだ負けたことはないので負けません！</p>
<p>まずは得意としている最初の100ｍハードル（自己ベスト：13秒37）と、走幅跳（自己ベスト：6ｍ28）で良い記録を出したいです。得意種目でポンッと勢いをつけたい。200ｍと800ｍはこれまでやってこなかった取り組みだったので、どのくらい走れるか楽しみと不安があります。</p>
<p>何より、勝負に勝つかどうかより、やれることをやるだけです。木南記念、日本選手権と心身ともにベストを尽くせる状態にもっていくのみ。それができれば負けないと思っています。</p>
<p><strong>――今年の目標についてお聞かせください。</strong></p>
<p>アジア大会代表と6000点に向けた1年。「ニュー・ヘンプヒル恵」として、まずは5900点台に乗せられればと思います。アジア大会で優勝して、来年につなげたいです。もちろん、可能性がある限りオレゴン世界選手権も最大目標として考えています。</p>
<p><strong>――七種競技の魅力について、あまり見たことがない人に伝えてください！</strong></p>
<p>難しいですね…。やっているほうからしたら、「きつい」種目です（笑）。七種競技は「1つ失敗しても次がある」と言われますが、私はそうじゃないと思います。やっぱり1つも失敗したくない。</p>
<p>選手によって得意種目が違うのですが、それぞれの得意種目の時は顔つき、表情が変わるんです。そういった雰囲気の違いを見るとおもしろいかもしれません！　仲良し、こよしより、個々で競い合っている時のほうが雰囲気も良くて記録は出ると思います。男子100ｍの9秒台のように、マインドが変わって6000点が当たり前になるといいなと思います。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71347" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/KO2009273799.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/KO2009273799.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/KO2009273799-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/KO2009273799-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">★プロフィール★</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">ヘンプヒル恵（めぐ）／1997年5月23日生まれ。京都府京田辺市出身。京都文教中・高→中大→アトレ。</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">・自己ベスト</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">七種競技　5907点（日本歴代3位）</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">100mH　13秒37</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">走高跳　1ｍ73</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">砲丸投　12ｍ21</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">200ｍ　24秒87</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">走幅跳　6ｍ28</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">やり投　47ｍ88</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">800ｍ　2分13秒54</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">・主な実績</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">18年アジア大会6位</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">17年アジア選手権2位</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">15～17年日本選手権優勝</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">15、16、18年日本インカレ優勝</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">13、14年インターハイ優勝</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">※14年は100ｍHと2冠</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">11年全中四種競技優勝</span><br />
<span style="font-size: 10pt;">※高校記録、U20日本記録、学生記録保持者</span></p>
<p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p>
<p>【関連記事】<br />
激アツの女王決定戦特集<br />
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/71286">①大玉華鈴インタビュー「あこがれだからこそ上の2人に勝ちたい」</a><br />
<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/71336">②山﨑有紀インタビュー「自分たち世代で世界へ引き上げたい」</a></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><em><span style="font-size: 10pt;">今シーズン、陸上界の『女王決定戦』がアツい！　昨年、17年ぶりに日本記録が更新されるなど、近年活況を呈しているのが女子七種競技。過去最高レベルの争いにより、日本人初の6000点超えへの期待が懸かる。</span></em></p><p><em><span style="font-size: 10pt;">七種競技とは２日間にわたって走・跳・投の７種目を行い、得点化して順位を決する。１日目は100ｍハードル、走高跳、砲丸投、200ｍ、２日目は走幅跳、やり投、800ｍ。そのタフネスぶりから、海外では『クイーン・オブ・アスリート』として称される。</span></em></p><p><em><span style="font-size: 10pt;">今季、日本の『女王』を目指す、日本記録（5975点）保持者の<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29973" data-internallinksmanager029f6b8e52c="169" title="名鑑山﨑有紀">山﨑有紀</a>（スズキ）、歴代３位の記録を持つ<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29560" data-internallinksmanager029f6b8e52c="170" title="名鑑ヘンプヒル恵">ヘンプヒル恵</a>（アトレ）、インカレ３連覇を果たした<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/106175" data-internallinksmanager029f6b8e52c="210" title="名鑑大玉華鈴">大玉華鈴</a>（日体大SMG横浜）というトップ３にインタビュー。今季に懸ける思い、そして七種競技の魅力について聞いた。</span></em></p><p><em><span style="font-size: 10pt;">3回目、最後は日本歴代３位の5907点がベストのヘンプヒル恵。中学、高校、大学と混成のトップアスリートとして、次々と記録を塗り替え、タイトルを手にしてきた。日本記録樹立、日本初の6000点、そして世界大会へ。誰もがその期待を寄せていた。</span></em></p><p><em><span style="font-size: 10pt;">しかし、2017年に左膝前十字靱帯を断裂。大ケガから復帰して再び日本一になろうかという20年の日本選手権で、今度は右膝の前十字靱帯を断裂した。一度は引退もよぎったというが、今後は米国で鍛錬を積み、新しい姿を見せようとしている。</span></em></p><h2>「世界」を見据えて渡米</h2><p><strong>――昨年の秋から米国で練習を積んだそうですね。</strong></p><p>11月25日に一度目の渡米をして、12月15日に帰国しました。年が明けて1月6日に再出国して3月24日まで。カリフォルニアのチュラビスタ・オリンピックセンターを拠点にしていました。</p><p><strong>――どういった練習環境なのでしょうか。</strong></p><p>東京五輪七種競技で６位のアニー（・カンズ）選手と９位のエリカ（・ブーガード）選手を指導しているクリス・マック・コーチに見てもらっています。以前に一度、アメリカに行ったことがあり、その時のクラブチームを考えたのですが現状では難しいと言われました。そこで、知人を伝うと「マック・コーチを紹介できるよ」となったのが経緯です。</p><p><strong>――渡米を決意した理由は？</strong></p><p>世界で戦うことを見据えた時に、やっぱり世界を知っているコーチに教えてもらいたいと考えました。思いきった決断をしないといけないと思いました。マック・コーチは東京五輪に選手を出しているし、コンタクトを取ってもらい、つないでいただいた後は直接やりとりをしました。</p><p>自分なりに、「どこを成長させたい」という思いを伝え、一緒にやっていこう、と返事をもらいました。まずはお互いトライアルということで11月にアメリカに行きました。</p><p><strong>――アメリカ滞在中に苦労したことはありますか。</strong></p><p>コミュニケーションが大変で、ただでさえ感覚てきなことや思いを伝えるのは難しいのに、さらに英語ということもあり…。日本とは受け取り方も違うだろうし、細かいところは気を遣いました。ストレスで熱が出るくらいでした（笑）。</p><p>当初は認められたいという思いが強く、無理をしてしまうこともありましたが、マック・コーチが気づいて「今の状態を見たいから、その日やれることに力を尽くせばいい」と伝えてくれました。コミュニケーションはかなり頑張ったと思います。</p><p>私もそこまで英語は堪能ではないですが、エリカにそれを言うと「気にしていないよ」と返ってきました。英語ができるかどうかよりも、何かを伝えようとしているかどうかの姿勢を、向こうの人は観ている気がします。</p><p><strong>――練習面や指導方法で違いは日本との違いは感じますか。</strong></p><p>暖かいということもあって、「冬季練習」という概念がなくて、年中、種目練習をしています。冬に専門練習をしたり、スパイクを履いて出力を上げたりというのはこれまでなかったので、身体の負荷は大きかったです。これが混成選手の練習なのか、と実感しました。もちろん、違和感はありますが、どの種目もまんべんなくできたので、そこに対する不安はないです。</p><p>選手とコーチがお互いにリスペクトしているのはすごく感じました。日本ももちろんありますが、部活動の文化というのもあって師弟関係が多いと思います。よくコーチたちが「いろいろ経験を積んでやっとコーチになれたから、見させてもらえて幸せ」と選手に伝えていました。選手を支えるという立場で、ハードルを並べるなど練習の準備をすべてコーチがするのが向こうではスタンダードのようです。</p><h2>2度目のケガから復活へ</h2><p><strong>――2020年の日本選手権のやり投で2度目の大ケガを負いました。</strong></p><p>ケガをした後は辞めようと思いました。でも、リハビリなどをしているうちに、「もっとこうしておけばよかったな」と思うことがあって。ふと考えた時に、競技を本気でできるのは30歳前後まで。あと5年しかない。いろいろな失敗、経験をしました。ケガでもちろん苦しみましたが、ケガがあったからこそアメリカに行ったのかもしれません。</p><p>自分を変えるために、変えたくないことも変えました。これまでのやり方は良い意味でぶっ壊して。昔の自分に戻りそうになることもありましたが、戻らないようにしていましたね。</p><p>このチャレンジができたのは、ここ数年、勝てていないから。もう怖いものはないし、やれることをやろうと思いました。もちろん、結果は出したいし、出ると思っていますが、もし結果が出なかったとしても選択に間違いはないと思います。競技に対する本気。そこにすべてを懸けています。</p><p><strong>――「勝てていない」という言葉がありましたが、山﨑有紀選手が日本記録を樹立して、大玉華鈴選手も追い上げてきました。</strong></p><p>山﨑さんは日本選手権を４連覇していて、私も連覇（15～17年）しているので、勝ち続けることの大変さはわかります。足も速いし、100ｍハードルも上がってきて、投てきも強いですね。大玉は走高跳の調子が良さそうですね。でも、まだ負けたことはないので負けません！</p><p>まずは得意としている最初の100ｍハードル（自己ベスト：13秒37）と、走幅跳（自己ベスト：6ｍ28）で良い記録を出したいです。得意種目でポンッと勢いをつけたい。200ｍと800ｍはこれまでやってこなかった取り組みだったので、どのくらい走れるか楽しみと不安があります。</p><p>何より、勝負に勝つかどうかより、やれることをやるだけです。木南記念、日本選手権と心身ともにベストを尽くせる状態にもっていくのみ。それができれば負けないと思っています。</p><p><strong>――今年の目標についてお聞かせください。</strong></p><p>アジア大会代表と6000点に向けた1年。「ニュー・ヘンプヒル恵」として、まずは5900点台に乗せられればと思います。アジア大会で優勝して、来年につなげたいです。もちろん、可能性がある限りオレゴン世界選手権も最大目標として考えています。</p><p><strong>――七種競技の魅力について、あまり見たことがない人に伝えてください！</strong></p><p>難しいですね…。やっているほうからしたら、「きつい」種目です（笑）。七種競技は「1つ失敗しても次がある」と言われますが、私はそうじゃないと思います。やっぱり1つも失敗したくない。</p><p>選手によって得意種目が違うのですが、それぞれの得意種目の時は顔つき、表情が変わるんです。そういった雰囲気の違いを見るとおもしろいかもしれません！　仲良し、こよしより、個々で競い合っている時のほうが雰囲気も良くて記録は出ると思います。男子100ｍの9秒台のように、マインドが変わって6000点が当たり前になるといいなと思います。</p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71347" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/KO2009273799.jpg?x10373" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/KO2009273799.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/KO2009273799-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/KO2009273799-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /></p><p><span style="font-size: 10pt;">★プロフィール★</span><br /><span style="font-size: 10pt;">ヘンプヒル恵（めぐ）／1997年5月23日生まれ。京都府京田辺市出身。京都文教中・高→中大→アトレ。</span><br /><span style="font-size: 10pt;">・自己ベスト</span><br /><span style="font-size: 10pt;">七種競技　5907点（日本歴代3位）</span><br /><span style="font-size: 10pt;">100mH　13秒37</span><br /><span style="font-size: 10pt;">走高跳　1ｍ73</span><br /><span style="font-size: 10pt;">砲丸投　12ｍ21</span><br /><span style="font-size: 10pt;">200ｍ　24秒87</span><br /><span style="font-size: 10pt;">走幅跳　6ｍ28</span><br /><span style="font-size: 10pt;">やり投　47ｍ88</span><br /><span style="font-size: 10pt;">800ｍ　2分13秒54</span><br /><span style="font-size: 10pt;">・主な実績</span><br /><span style="font-size: 10pt;">18年アジア大会6位</span><br /><span style="font-size: 10pt;">17年アジア選手権2位</span><br /><span style="font-size: 10pt;">15～17年日本選手権優勝</span><br /><span style="font-size: 10pt;">15、16、18年日本インカレ優勝</span><br /><span style="font-size: 10pt;">13、14年インターハイ優勝</span><br /><span style="font-size: 10pt;">※14年は100ｍHと2冠</span><br /><span style="font-size: 10pt;">11年全中四種競技優勝</span><br /><span style="font-size: 10pt;">※高校記録、U20日本記録、学生記録保持者</span></p><p><span style="font-size: 8pt;">構成／向永拓史</span></p><p>【関連記事】<br />激アツの女王決定戦特集<br /><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/71286">①大玉華鈴インタビュー「あこがれだからこそ上の2人に勝ちたい」</a><br /><a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/71336">②山﨑有紀インタビュー「自分たち世代で世界へ引き上げたい」</a></p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss 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