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2026.05.31

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【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第69回「縁を結び、絆を築き、ともに歩む同志たちへ~この日この時に思うこと~」


山梨学大陸上競技部元監督の上田誠仁氏による月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

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第69回「縁を結び、絆を築き、ともに歩む同志たちへ~この日この時に思うこと~」

「五月晴れ」と書けば新緑の野山に爽やかな青空を想起するのだが、30度を超える真夏日が続くとそうとは言っていられない。日本の四季も、春と秋が駆け抜けるように過ぎてゆく気がするのは私だけではないだろう。

5月は全日本大学駅伝関東地区選考会、関東インカレが開催され、トップ選手はセイコーゴールデングランプリなど6月の日本選手権に向けてギアを一段入れ替える月でもあった。インターハイに向けて都府県大会も各地で順次開催され、まさにトラック&フィールドのハイシーズンでもある。

前々回の後半でも書かせていただいたように3月末をもって、規定により山梨学院大学を定年退職したこともあり、OB・OG会主催の退職記念祝賀会を開催していただいた。

OB・OGに退職記念祝賀会を開いていただいた

1985年の陸上部創部から41年間大学で教鞭をとり、指導の現場に立たせていただいた。その間の喜怒哀楽のエピソードメモリーは色あせることなく想起させられる。祝宴に全国各地から集ってくれた教え子たち約200名と言葉を交わすたびに、彼らの学生時代のさまざまな出来事が蘇り、思い出という記憶は想像以上に蓄積されているものだとつくづく感じた。

教え子たちも、既に60歳を過ぎた者から今年の3月に卒業した22歳の若者まで、幅広い年代が時を刻み、縁を紡いできたこととなる。人の世は人と人とが縁を結びあい、成り立っているものと思っている。

学生として・競技者として・チームの一員としての立ち位置から、やがて地域や社会の一員としてなど、一人の人間として人生の様々な立ち位置があり、OB・OGたちもその中で縁を紡いでいることだろう。

私自身が指導者として、その縁を本当に慈しみ大切に紡いでこられたのかと、我が心に向かって問いを立ててみた。至らなさ・行き過ぎ・間違いや混乱など、いささか縁を紡ぐといってもささくれや、節だらけであったようにおもう。そんなこんなで織り続けた布がなんだかまだら模様のようになっているようで心苦しくもある。

そんな思いをよそに、宴が進むにつれて退職記念祝賀会というよりは、久しぶりに顔を合わす「先輩・後輩」、そして「同級生」との語らいに話が弾み同窓会のような雰囲気となってきた。そんな和やかな笑顔あふれる会場の雰囲気に心が癒された。

指導者と言う立ち位置であったにせよ、実のところ彼らに励まされながら歩んできた41年間であったと思いを新たにすることができたからだ。

OB・OG会から「これまで山梨学院の歴史を刻み続けてくれたことと、これからも私たちとともに今日、この日の思いをともに分かち合い時を刻んでいってほしい」とのメッセージを添えられ、退職記念として時計をいただいた。これから先もOB・OG諸君とともに時を刻み縁を紡いでゆきたいと願った。

その思いを彼らと分かち合うために二つの返礼品を準備させていただいた。

一つ目は、ネクタイだ。箱根駅伝で使用するタスキはそれぞれの大学で準備する。私が監督時代にタスキに使用した布は、山梨の地場産業として富士北麓の富士吉田市・都留市を基盤に受け継がれている絹織物 ”甲斐絹(かいき)“と呼ばれる甲斐絹織を使用させていただいている。

江戸時代には着物の裏地として人気を集め、日本全国に知られるようになったものの着物文化の衰退とともに生産は途絶え、いったんは幻の絹となっていた。しかし、その優れた技術は戦後の近代設備と高度に発達した技術によって復活を遂げ、全国でも屈指の細糸、高密度の先染織物産地として、再び注目を集めるまでになった。

「甲斐絹」の織物の特徴は、糸を先染めしてから布を織る。絹糸のような繊細な糸でも織り上げる確かな技術は、ネクタイなどに応用されている。タスキで使用した同じ先染めの甲斐絹織でプルシアンブルーを基調とした色とデザインのネクタイを準備させていただいた。

宴に参加していただいた卒業生のほとんどが箱根駅伝を走ったわけではなく、それでもチームや仲間に誇りを持ちチームを支えてくれたことに変わりはない。その証として襷と同じ布で作ったネクタイを送らせていただいた。

一本の絹糸は細くて弱いもので織りあげるにはそれなりの技術と苦労を伴う。しかし織りあがった先染めの布は独特の光沢としなやかさを持つ生地となる。私たちが目指したチーム作りも経糸がどのチームにも与えられたそれぞれの時間軸であり、日々の努力という横糸をチームの一人一人が丁寧に織り上げた布がタスキとなる。

エースや主力と呼ばれる者だけで織りあげられるものではないと常々語ってきた。そんな思いを込めて持ち帰ってもらった。当然裏のネクタイ止めには「雲外蒼天」の文字を刺しゅうしていただいた。

山梨学大陸上競技部元監督の上田誠仁氏による月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第69回「縁を結び、絆を築き、ともに歩む同志たちへ~この日この時に思うこと~」

「五月晴れ」と書けば新緑の野山に爽やかな青空を想起するのだが、30度を超える真夏日が続くとそうとは言っていられない。日本の四季も、春と秋が駆け抜けるように過ぎてゆく気がするのは私だけではないだろう。 5月は全日本大学駅伝関東地区選考会、関東インカレが開催され、トップ選手はセイコーゴールデングランプリなど6月の日本選手権に向けてギアを一段入れ替える月でもあった。インターハイに向けて都府県大会も各地で順次開催され、まさにトラック&フィールドのハイシーズンでもある。 前々回の後半でも書かせていただいたように3月末をもって、規定により山梨学院大学を定年退職したこともあり、OB・OG会主催の退職記念祝賀会を開催していただいた。 [caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"] OB・OGに退職記念祝賀会を開いていただいた[/caption] 1985年の陸上部創部から41年間大学で教鞭をとり、指導の現場に立たせていただいた。その間の喜怒哀楽のエピソードメモリーは色あせることなく想起させられる。祝宴に全国各地から集ってくれた教え子たち約200名と言葉を交わすたびに、彼らの学生時代のさまざまな出来事が蘇り、思い出という記憶は想像以上に蓄積されているものだとつくづく感じた。 教え子たちも、既に60歳を過ぎた者から今年の3月に卒業した22歳の若者まで、幅広い年代が時を刻み、縁を紡いできたこととなる。人の世は人と人とが縁を結びあい、成り立っているものと思っている。 学生として・競技者として・チームの一員としての立ち位置から、やがて地域や社会の一員としてなど、一人の人間として人生の様々な立ち位置があり、OB・OGたちもその中で縁を紡いでいることだろう。 私自身が指導者として、その縁を本当に慈しみ大切に紡いでこられたのかと、我が心に向かって問いを立ててみた。至らなさ・行き過ぎ・間違いや混乱など、いささか縁を紡ぐといってもささくれや、節だらけであったようにおもう。そんなこんなで織り続けた布がなんだかまだら模様のようになっているようで心苦しくもある。 そんな思いをよそに、宴が進むにつれて退職記念祝賀会というよりは、久しぶりに顔を合わす「先輩・後輩」、そして「同級生」との語らいに話が弾み同窓会のような雰囲気となってきた。そんな和やかな笑顔あふれる会場の雰囲気に心が癒された。 指導者と言う立ち位置であったにせよ、実のところ彼らに励まされながら歩んできた41年間であったと思いを新たにすることができたからだ。 OB・OG会から「これまで山梨学院の歴史を刻み続けてくれたことと、これからも私たちとともに今日、この日の思いをともに分かち合い時を刻んでいってほしい」とのメッセージを添えられ、退職記念として時計をいただいた。これから先もOB・OG諸君とともに時を刻み縁を紡いでゆきたいと願った。 その思いを彼らと分かち合うために二つの返礼品を準備させていただいた。 一つ目は、ネクタイだ。箱根駅伝で使用するタスキはそれぞれの大学で準備する。私が監督時代にタスキに使用した布は、山梨の地場産業として富士北麓の富士吉田市・都留市を基盤に受け継がれている絹織物 ”甲斐絹(かいき)“と呼ばれる甲斐絹織を使用させていただいている。 江戸時代には着物の裏地として人気を集め、日本全国に知られるようになったものの着物文化の衰退とともに生産は途絶え、いったんは幻の絹となっていた。しかし、その優れた技術は戦後の近代設備と高度に発達した技術によって復活を遂げ、全国でも屈指の細糸、高密度の先染織物産地として、再び注目を集めるまでになった。 「甲斐絹」の織物の特徴は、糸を先染めしてから布を織る。絹糸のような繊細な糸でも織り上げる確かな技術は、ネクタイなどに応用されている。タスキで使用した同じ先染めの甲斐絹織でプルシアンブルーを基調とした色とデザインのネクタイを準備させていただいた。 宴に参加していただいた卒業生のほとんどが箱根駅伝を走ったわけではなく、それでもチームや仲間に誇りを持ちチームを支えてくれたことに変わりはない。その証として襷と同じ布で作ったネクタイを送らせていただいた。 一本の絹糸は細くて弱いもので織りあげるにはそれなりの技術と苦労を伴う。しかし織りあがった先染めの布は独特の光沢としなやかさを持つ生地となる。私たちが目指したチーム作りも経糸がどのチームにも与えられたそれぞれの時間軸であり、日々の努力という横糸をチームの一人一人が丁寧に織り上げた布がタスキとなる。 エースや主力と呼ばれる者だけで織りあげられるものではないと常々語ってきた。そんな思いを込めて持ち帰ってもらった。当然裏のネクタイ止めには「雲外蒼天」の文字を刺しゅうしていただいた。

毎年手帳の1ページ目に書き込む言葉

二つ目は、本コラムの第63回で紹介した寺田養蜂園のハチミツを準備させていただいた。有名なアカシアやレンゲなどの単花蜜ではなく、あえてミツバチが様々な花の蜜を集めて作られた百花蜜を準備させていただいた。 まさに北は北海道、南はケニアまで様々な地域から集まってチームが作られたことを思えば、これこそが私たちが歩んだ道のりを味わえるものだろうと解釈させていただいたからだ。それぞれの出身地や個性を融合して独特の風味を醸し出すためには選手とマネージャーそして指導スタッフや関係者の欠けることのない努力が必要だった。その思いを届けるにはOBの丹精込めて作られた百花蜜しかないと思いいたったからだ。 これらのことを踏まえた上で、41年間を振り返ると毎年手帳の1ページ目に書き込む三つの言葉があった。不変の指導理念であり忘れてはいけない心持であるとの思いで書き続けてきた。このコラムを執筆させていただくバックボーンでもある。 指導者としてなってほしい選手像ひいては人間像として、『疾風に勁草を知る』という後漢書の一節を用いて指導の基本としてきた。強い風や強い雨に見舞われた時吹き飛ばされることなく、流されることなくしっかりと大地に根を張り耐え忍び再び復元力をもってたくましく生き抜く力として捉えている。 その力を得るための方法として、『何にも咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ』という言葉を胸に刻んでいる。これは京都の大徳寺僧侶、尾関宗園氏の著書から引用したもので、やがて来る春を待って花を開かせたいのであれば、厳しい冬の時期にこそしっかりと根を張る努力を怠ってはいけないと理解している。 大地に根を張ると言っても砂地であったり日照りであったり、行く先には水脈もなく岩にぶち当たるかもしれない。そんな時であってもあきらめず、多少遠回りをしてでも岩を抱き込みその下の水脈を目指すことによって花が開く。何よりもその努力こそが勁草となることにつながるからだ。 さらに、人は良き時に浮足立ち、物事の本質を見失うものである。驕りは視野を狭め傲慢になる。そして見失うものの大きな痛手は感謝するべき人に思いが至らないことにあると思う。その戒めの言葉として『驕るなよ、丸い月夜も只一夜』を心にとどめておきたい。 驕りは謙虚に学ぶ姿勢を失い、「お蔭さまとありがとう」の一番大切な思いと言葉を失ってしまうからだ。いついかなる時も謙虚で素直な心を持ち続けたいという願いでもある。これらのことをコーチングの柱として、チームマネージメントと指導に当たってきた。 コーチングの方法論は範囲も広く心理学から医科学、哲学に至るまですべての学術分野を網羅する作業であると認識している。さらに踏み込むと、自分という“人”がいかに未熟な存在であるかということを自問自答しながらも、“人”を指導するという、おこがましくも難解で不可思議な領域でもある。まるで日々が深淵なる旅路のようでもある。 [caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"] 各地から多くの卒業生たちが集まってくれた[/caption] 最初に書き出したように、人は人との縁を結ぶことによってこの世が成り立っていると考える。そうであるならば、私自身が67年という歳月を歩んできた人生において、多くのご縁に支えられ励まされて今日があることを感慨深く振り返ることができる。 柳生家の家訓に「小才は縁に出会って縁に気づかず、中才は縁に気づいて縁を生かさず、大才は袖すりあった縁をも生かす」とある。退職記念祝賀会に参加されたOB・OGのみなさんとともに、今回参加できず、心を同じくする卒業生の諸君ともども心に刻みたいことがある。 「小さき“縁”の始まりを経て“絆”という強い結び目を共に築き上げた同志である!」。喜怒哀楽が織りなす時間を共有してきた者たちは、後にたとえ場所が離れようとも時空を超えて常に結びついていると確信する。 この思いはこれからも続く悠久の時の流れにあって永遠であると言える。 本日の祝宴を起点として、これまでにいただいたご縁のある方々に、心からの感謝とお礼を込めて「お蔭さまとありがとう」の言葉を添えたい。 
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学名誉教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任し、26年3月に退任。

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