2024.04.30

山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第44回「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」
4月を振り返ると、前半は水彩画の技法のように、薄く水で溶いた黄緑色が野山に少し潤いを与えたように彩られていた。そう思う間もなく後半には濃い緑が新緑の勢いを誇示する風景となってきた。
春爛漫と言いたいところではあるが、花粉症と黄砂に悩まされた日々でもあった。眼のかゆみ・くしゃみ・鼻水・鼻詰まりは、なかなかしんどいものである。コロナ禍でマスク着用が日常であったことを顧みれば、点眼薬に助けられつつも耐えようがある。
4月は年度の始めということもあり新生活がスタートする。会社では入社式、学校ならば入学式や始業式が執り行われる。生活環境や生活様式、規則や規律、風土・風習などの違いは戸惑う日々となったことだろう。不慣れを受け入れ、それを理解してゆくにはそれぞれの時間軸に違いが生じるものだ。
「習うより慣れよ」としばしば言われるが、言ってはみるものの慣れるには時間が必要と承知している。慣れないうちにしでかしたミスは、後の教訓となり生きる財産となることが多い。この年になって振り返るとつくづく実感される。
学校スポーツの現場では、さながら「習いながら慣れよ」といった実践が施されてゆく。コーチングは常に、放任を自主性重視と言い換えたり、改革改善の余地がある行動規範を伝統といいつつ、そのタイミングを失ってしまうことの無いように取り組まなければならないからだ。
“習う=学ぶ”と捉えれば、学ぶ意欲や楽しさを享受できる環境や指導法に一工夫凝らす努力が必要となってくる。
「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」の言葉がある。コーチングの基本に立ち返れば『やって見せ(手本・見本を示す)、言って聞かせて(理論や根拠を教える)、させてみて(実践と継続)、褒めて(経過観察による評価・称賛)人を動かす(モチベーションセオリー)』のように多岐にわたる配慮が必要となってくる。そのうえでさらに踏み込めば、「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」と言いたくもなる。
マニュアルは知っているが、頭でっかちとなって実戦で役立たないようでは競技者としての成長が望めないからだ。
最初は「知らない・できない・わからない」で当然。失敗と下手、追いつかない・届かないことが当たり前からのスタートだ。選手は常に知らないことを知ろうとする学習意欲を保ち、できないことができるようになるための継続をあきらめず、わからないことの真意を探求し理解する勤勉さを持つべきともいえる。
このような思いで選手と指導者がグラウンドに立つ時に相互の思いが結ばれ、それがチームに反映されるならば集団の熱量となって結果につながると信じてきた。
ある卒業生が“知らない・できない・わからない”からスタートし、やがて「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」との思いを、まさしく実践と結果で示してくれたことに驚いた。
4月15日伝統のボストンマラソン。2時間9分59秒で日本人トップの8位に入賞。森井勇磨(33歳:京都陸協)の名前がリザルトに書き込まれていた。
森井は2014年の第90回箱根駅伝のアンカー。留年して迎えたこの大会で1回のみ出走を果たしている。ちなみのこの年は2区のエノック・オムワンバが腓骨疲労骨折のため途中棄権した年であり、3区以降は参考記録となっている。そのため区間順位はついていないが、区間5位相当の記録で走破している。
京都・山城高校から入学してきた森井君は、真面目で一徹な走ることが大好きな選手の印象があった。そんな良き面を覆いかぶせるほどに、リズム体操やラダー、ミニハードル・バランスボールなど、何をやらせても下手で不器用で遅かった。
何しろできない時間(日々・・・月日)が長く、あきれるほどであったことが思い起こされる。今でもリズム体操を、壊れたブリキのおもちゃのような動きでやっている姿を鮮明に思い出す。
卒業後は一時期実業団等に在籍するも、“真面目で一徹=周りが見えない”ところもあったためか退社。その後は市民ランナーとして走り続けてきた。ボストンマラソンの結果は1981年のこの大会を2時間9分26秒で制した瀬古利彦氏以来の“サブテン”(2時間10分切り)を達成しての入賞であったと後に知った。
不器用を絵にかいたような森井君が「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」をまさしく卒業後10年かけてボストンで証明してくれたことは誇らしい。
“知らない・できない・わからない”がやがて“知っている・できる・理解している”になる日を楽しみに、すべての“新入生・新入社員”にエールを贈る。
| 上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!第44回「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」
4月を振り返ると、前半は水彩画の技法のように、薄く水で溶いた黄緑色が野山に少し潤いを与えたように彩られていた。そう思う間もなく後半には濃い緑が新緑の勢いを誇示する風景となってきた。春爛漫と言いたいところではあるが、花粉症と黄砂に悩まされた日々でもあった。眼のかゆみ・くしゃみ・鼻水・鼻詰まりは、なかなかしんどいものである。コロナ禍でマスク着用が日常であったことを顧みれば、点眼薬に助けられつつも耐えようがある。4月は年度の始めということもあり新生活がスタートする。会社では入社式、学校ならば入学式や始業式が執り行われる。生活環境や生活様式、規則や規律、風土・風習などの違いは戸惑う日々となったことだろう。不慣れを受け入れ、それを理解してゆくにはそれぞれの時間軸に違いが生じるものだ。「習うより慣れよ」としばしば言われるが、言ってはみるものの慣れるには時間が必要と承知している。慣れないうちにしでかしたミスは、後の教訓となり生きる財産となることが多い。この年になって振り返るとつくづく実感される。学校スポーツの現場では、さながら「習いながら慣れよ」といった実践が施されてゆく。コーチングは常に、放任を自主性重視と言い換えたり、改革改善の余地がある行動規範を伝統といいつつ、そのタイミングを失ってしまうことの無いように取り組まなければならないからだ。“習う=学ぶ”と捉えれば、学ぶ意欲や楽しさを享受できる環境や指導法に一工夫凝らす努力が必要となってくる。「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」の言葉がある。コーチングの基本に立ち返れば『やって見せ(手本・見本を示す)、言って聞かせて(理論や根拠を教える)、させてみて(実践と継続)、褒めて(経過観察による評価・称賛)人を動かす(モチベーションセオリー)』のように多岐にわたる配慮が必要となってくる。そのうえでさらに踏み込めば、「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」と言いたくもなる。マニュアルは知っているが、頭でっかちとなって実戦で役立たないようでは競技者としての成長が望めないからだ。 最初は「知らない・できない・わからない」で当然。失敗と下手、追いつかない・届かないことが当たり前からのスタートだ。選手は常に知らないことを知ろうとする学習意欲を保ち、できないことができるようになるための継続をあきらめず、わからないことの真意を探求し理解する勤勉さを持つべきともいえる。このような思いで選手と指導者がグラウンドに立つ時に相互の思いが結ばれ、それがチームに反映されるならば集団の熱量となって結果につながると信じてきた。[caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"]
今年2月の大阪マラソンを走る森井勇磨。一時期実業団に在籍したが、現在は市民ランナーとして走り続けている[/caption]ある卒業生が“知らない・できない・わからない”からスタートし、やがて「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」との思いを、まさしく実践と結果で示してくれたことに驚いた。4月15日伝統のボストンマラソン。2時間9分59秒で日本人トップの8位に入賞。森井勇磨(33歳:京都陸協)の名前がリザルトに書き込まれていた。森井は2014年の第90回箱根駅伝のアンカー。留年して迎えたこの大会で1回のみ出走を果たしている。ちなみのこの年は2区のエノック・オムワンバが腓骨疲労骨折のため途中棄権した年であり、3区以降は参考記録となっている。そのため区間順位はついていないが、区間5位相当の記録で走破している。京都・山城高校から入学してきた森井君は、真面目で一徹な走ることが大好きな選手の印象があった。そんな良き面を覆いかぶせるほどに、リズム体操やラダー、ミニハードル・バランスボールなど、何をやらせても下手で不器用で遅かった。何しろできない時間(日々・・・月日)が長く、あきれるほどであったことが思い起こされる。今でもリズム体操を、壊れたブリキのおもちゃのような動きでやっている姿を鮮明に思い出す。卒業後は一時期実業団等に在籍するも、“真面目で一徹=周りが見えない”ところもあったためか退社。その後は市民ランナーとして走り続けてきた。ボストンマラソンの結果は1981年のこの大会を2時間9分26秒で制した瀬古利彦氏以来の“サブテン”(2時間10分切り)を達成しての入賞であったと後に知った。不器用を絵にかいたような森井君が「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」をまさしく卒業後10年かけてボストンで証明してくれたことは誇らしい。“知らない・できない・わからない”がやがて“知っている・できる・理解している”になる日を楽しみに、すべての“新入生・新入社員”にエールを贈る。| 上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
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