2021.08.19

寺田明日香(ジャパンクリエイト)が日本の女子100mハードルにまた新たな歴史を刻んだ。オリンピック初出場となった東京五輪の予選で12秒95(+0.3)をマーク。目標に掲げていた「ファイナリスト」には届かなかったものの、日本人で初めて五輪の舞台で13秒を切り、日本人としてはこの種目で21年ぶりに準決勝まで進んだ。
陸上競技に復帰して3年目、31歳のママさんハードラー。日本人としては前例のないキャリアを突き進んできた寺田明日香は、東京五輪を終えてもまだ止まらない。
世界を相手に感じたのは「まだできることがある」
「考えていたのとギャップはなかったのかなと思います。準決勝に行くには12秒9が、決勝は12秒7から6が必要だと思っていましたし、その通りになった。準決勝でベストパフォーマンス以上のものを出さないといけないのもわかっていましたし、ビックリした部分というのはありませんでした」
自身初となるオリンピックの舞台をそう振り返ったのは女子100mハードルの寺田明日香(ジャパンクリエイト)。今年6月には自身が2年前に出した日本記録を一気に0秒10も短縮する12秒87を叩き出し、「12秒6台」と「ファイナル進出」を目標に掲げて東京五輪に臨んだ。
結果は準決勝敗退。それでも、日本人としては2000年以来21年ぶりの準決勝進出で、予選で出した12秒95(+0.3)は五輪での日本人最高タイム。日本の女子100mハードル界に新たな歴史を刻んだ。
レース直後のテレビインタビューでは涙を見せたものの、後日行われたこの取材にはスッキリした表情で現れた。満足はしていないが、納得はしている――。冒頭の言葉からも、そんな風に感じられた。
「2年前のドーハ世界選手権も同じ予選5着でしたが、その時はタイムも悪くて惨敗(13秒20/+0.3で落選)でした。そこからはレベルアップできたのかなと思います。今回も準決勝はあれだけ離されてしまい(13秒06/-0.8、1着は12秒62)、世界との差はあるなと思いましたし、悔しかったんですけど、まだできること、やらなきゃいけないことがあるとわかったら『ここで終わりじゃないんだな』と感じました」
予選では優勝したジャスミン・カマチョ・クイン(プエルトリコ)と同じ組になり、12秒41という段違いのスピードを見せつけられた。予選、準決勝と格上の選手と戦いながら、寺田は何を感じていたのだろうか。
「レースの時は1台跳んでちょっと離されて、もう1台跳んでもっと離されて……という感じです。1台ごとにどんどん離されていく。自分が『失敗した』と思った瞬間にはスーッと(一気に)離されるので、精密さが大事な競技だなと改めて感じました。スプリントを上げていくことがずっと課題なのですが、だんだん良くなってきているスプリントをハードルに生かしきれていない部分もあるので、今後はそれをもっと緻密にできたらと考えています」
東京五輪では課題と収穫の両方を手にしたようだ。寺田の気持ちはすでに次へと向かっている。
「オリンピックが終わって少しホッとした部分もありますが、映像を見てトップの選手たちがどういう感覚で走っているんだろうと考えると、もっと練習したいという気持ちが強くなりますね」

東京五輪の女子100mH予選では五輪での日本人最速となる12秒95(+0.3)をマークした寺田明日香(ジャパンクリエイト、中央)
覚悟を決めて、万全を尽くして迎えた大舞台
2013年に一度、陸上選手としてのキャリアにピリオドを打ち、結婚・出産を経て16年夏からは7人制ラグビーにも挑戦。当初はラグビーの日本代表として東京五輪を目指すつもりだったが、その過程でスプリントが磨かれていく感覚があり、やがて陸上競技への復帰を決意した。
「ラグビーを始めた時も、陸上に復帰した時も、外から見ている人は『絶対無理だ』と考えていたと思います。近くにいる人でも私がどのくらいやれるのはわからなかったはずです。でも、挑戦しないと自分の可能性に蓋(ふた)をすることになる。自分がやりたいと思ったらチャレンジすることが大事だと思いますし、私にはついてきてくれる家族やスタッフがいて、本当に助けられました」
寺田がラグビーから陸上競技に戻ってきたのは約2年半前。「覚悟」を持った決断だった。
「本当は陸上とラグビーの両方でオリンピックに出たいと思っていました。冬季と夏季で出る人はいますが、夏季に2つの競技というのは聞いたことがなかったので、おもしろそうだと思いました。でも、ケガのリスクや練習の配分などを考えると難しいと思い、陸上を選びました。ラグビーを始めた時はオリンピックに出ることが目標でしたが、陸上に戻る時は出るだけでなく、『世界と戦えるようになっていたい』と思いました」
5年のブランクを経て復帰した陸上競技では、以前よりもさらにスケールアップした姿を見せている。
「最初に陸上をやっていた時はオリンピックに出ることが目標だったので、もし出られていても準決勝には残れていないと思います。ファイナル進出という難しいところを見てきたからこそ今回は準決勝に進めた。どこに目標を置くかは大事だと思います」
そして迎えた大舞台では、やや調子を落としていた6月の日本選手権から立て直して確かな爪痕を残した。ハードラーにとって唯一のギアと言えるスパイクシューズも、契約しているアディダスの「Athlete Service(アスリートサービス)」でフィット感などを調整し、万全の準備を整えた。
「スパイクがモデルチェンジしたばかりの時はプレートが硬くて使いこなせなかったので、プレートを曲げて少し柔らかくしてもらったり、私は足幅が広いのでアッパーを広げてもらったりしています。練習場所まで来て調整していただくこともありましたし、私にとっては試合で使える道具はスパイクしかないので、いろいろなことを聞いていただいて、走りやすくなって感謝しています」
寺田が東京五輪で着用したのは『アディゼロ プライム スプリント 東京 スパイク』というモデル。同じものを2足持っているが、練習用・試合用と分けることなく1足を使い続けているという。ピンもかつては平行ピンを使用していたが、今では7mmのニードルピンに移行している。「違和感なく使っています」と自身の走りをギアの進化に適応させているようだ。

寺田が契約しているアディダスでは「Athlete Service(アスリートサービス)」で寺田の足型を測定し、それに合わせたシューズを提供している
世界との距離を縮める方法
今シーズンの残りの試合はハードルを封印し、100mのレースに出てスプリントを磨きたいという寺田。来年のオレゴン世界選手権(米国)で念願の決勝進出を果たすためには、東京五輪で得たものをどう生かしていくのだろうか。
「決勝はウォーミングアップも見ていたのですが、トップの選手たちがやっているのは基礎的なことで、特別なことはしていませんでした。やっぱり基礎をしっかり固めて、大一番でそれを守れる人がファイナルに残れるのだと思いました。今回はそういった冷静さが自分には足りなかったのかな」
明確になった課題を克服すべく、1年後に向けてモチベーションは高まる一方だ。
「ドーハの時はその大会で優勝したニア・アリ選手(米国)と、今回はカマチョ・クイン選手と一緒に走って、世界一の速さを2回も経験しています。見えている景色や離される瞬間というのは覚えているので、その光景を忘れずにやっていきたい。1年かけて強くなれたらいいなと思います」
文/山本慎一郎
寺田明日香(ジャパンクリエイト)が日本の女子100mハードルにまた新たな歴史を刻んだ。オリンピック初出場となった東京五輪の予選で12秒95(+0.3)をマーク。目標に掲げていた「ファイナリスト」には届かなかったものの、日本人で初めて五輪の舞台で13秒を切り、日本人としてはこの種目で21年ぶりに準決勝まで進んだ。
陸上競技に復帰して3年目、31歳のママさんハードラー。日本人としては前例のないキャリアを突き進んできた寺田明日香は、東京五輪を終えてもまだ止まらない。
世界を相手に感じたのは「まだできることがある」
「考えていたのとギャップはなかったのかなと思います。準決勝に行くには12秒9が、決勝は12秒7から6が必要だと思っていましたし、その通りになった。準決勝でベストパフォーマンス以上のものを出さないといけないのもわかっていましたし、ビックリした部分というのはありませんでした」 自身初となるオリンピックの舞台をそう振り返ったのは女子100mハードルの寺田明日香(ジャパンクリエイト)。今年6月には自身が2年前に出した日本記録を一気に0秒10も短縮する12秒87を叩き出し、「12秒6台」と「ファイナル進出」を目標に掲げて東京五輪に臨んだ。 結果は準決勝敗退。それでも、日本人としては2000年以来21年ぶりの準決勝進出で、予選で出した12秒95(+0.3)は五輪での日本人最高タイム。日本の女子100mハードル界に新たな歴史を刻んだ。 レース直後のテレビインタビューでは涙を見せたものの、後日行われたこの取材にはスッキリした表情で現れた。満足はしていないが、納得はしている――。冒頭の言葉からも、そんな風に感じられた。 「2年前のドーハ世界選手権も同じ予選5着でしたが、その時はタイムも悪くて惨敗(13秒20/+0.3で落選)でした。そこからはレベルアップできたのかなと思います。今回も準決勝はあれだけ離されてしまい(13秒06/-0.8、1着は12秒62)、世界との差はあるなと思いましたし、悔しかったんですけど、まだできること、やらなきゃいけないことがあるとわかったら『ここで終わりじゃないんだな』と感じました」 予選では優勝したジャスミン・カマチョ・クイン(プエルトリコ)と同じ組になり、12秒41という段違いのスピードを見せつけられた。予選、準決勝と格上の選手と戦いながら、寺田は何を感じていたのだろうか。 「レースの時は1台跳んでちょっと離されて、もう1台跳んでもっと離されて……という感じです。1台ごとにどんどん離されていく。自分が『失敗した』と思った瞬間にはスーッと(一気に)離されるので、精密さが大事な競技だなと改めて感じました。スプリントを上げていくことがずっと課題なのですが、だんだん良くなってきているスプリントをハードルに生かしきれていない部分もあるので、今後はそれをもっと緻密にできたらと考えています」 東京五輪では課題と収穫の両方を手にしたようだ。寺田の気持ちはすでに次へと向かっている。 「オリンピックが終わって少しホッとした部分もありますが、映像を見てトップの選手たちがどういう感覚で走っているんだろうと考えると、もっと練習したいという気持ちが強くなりますね」
東京五輪の女子100mH予選では五輪での日本人最速となる12秒95(+0.3)をマークした寺田明日香(ジャパンクリエイト、中央)
覚悟を決めて、万全を尽くして迎えた大舞台
2013年に一度、陸上選手としてのキャリアにピリオドを打ち、結婚・出産を経て16年夏からは7人制ラグビーにも挑戦。当初はラグビーの日本代表として東京五輪を目指すつもりだったが、その過程でスプリントが磨かれていく感覚があり、やがて陸上競技への復帰を決意した。 「ラグビーを始めた時も、陸上に復帰した時も、外から見ている人は『絶対無理だ』と考えていたと思います。近くにいる人でも私がどのくらいやれるのはわからなかったはずです。でも、挑戦しないと自分の可能性に蓋(ふた)をすることになる。自分がやりたいと思ったらチャレンジすることが大事だと思いますし、私にはついてきてくれる家族やスタッフがいて、本当に助けられました」 寺田がラグビーから陸上競技に戻ってきたのは約2年半前。「覚悟」を持った決断だった。 「本当は陸上とラグビーの両方でオリンピックに出たいと思っていました。冬季と夏季で出る人はいますが、夏季に2つの競技というのは聞いたことがなかったので、おもしろそうだと思いました。でも、ケガのリスクや練習の配分などを考えると難しいと思い、陸上を選びました。ラグビーを始めた時はオリンピックに出ることが目標でしたが、陸上に戻る時は出るだけでなく、『世界と戦えるようになっていたい』と思いました」 5年のブランクを経て復帰した陸上競技では、以前よりもさらにスケールアップした姿を見せている。 「最初に陸上をやっていた時はオリンピックに出ることが目標だったので、もし出られていても準決勝には残れていないと思います。ファイナル進出という難しいところを見てきたからこそ今回は準決勝に進めた。どこに目標を置くかは大事だと思います」 そして迎えた大舞台では、やや調子を落としていた6月の日本選手権から立て直して確かな爪痕を残した。ハードラーにとって唯一のギアと言えるスパイクシューズも、契約しているアディダスの「Athlete Service(アスリートサービス)」でフィット感などを調整し、万全の準備を整えた。 「スパイクがモデルチェンジしたばかりの時はプレートが硬くて使いこなせなかったので、プレートを曲げて少し柔らかくしてもらったり、私は足幅が広いのでアッパーを広げてもらったりしています。練習場所まで来て調整していただくこともありましたし、私にとっては試合で使える道具はスパイクしかないので、いろいろなことを聞いていただいて、走りやすくなって感謝しています」 寺田が東京五輪で着用したのは『アディゼロ プライム スプリント 東京 スパイク』というモデル。同じものを2足持っているが、練習用・試合用と分けることなく1足を使い続けているという。ピンもかつては平行ピンを使用していたが、今では7mmのニードルピンに移行している。「違和感なく使っています」と自身の走りをギアの進化に適応させているようだ。
寺田が契約しているアディダスでは「Athlete Service(アスリートサービス)」で寺田の足型を測定し、それに合わせたシューズを提供している
世界との距離を縮める方法
今シーズンの残りの試合はハードルを封印し、100mのレースに出てスプリントを磨きたいという寺田。来年のオレゴン世界選手権(米国)で念願の決勝進出を果たすためには、東京五輪で得たものをどう生かしていくのだろうか。 「決勝はウォーミングアップも見ていたのですが、トップの選手たちがやっているのは基礎的なことで、特別なことはしていませんでした。やっぱり基礎をしっかり固めて、大一番でそれを守れる人がファイナルに残れるのだと思いました。今回はそういった冷静さが自分には足りなかったのかな」 明確になった課題を克服すべく、1年後に向けてモチベーションは高まる一方だ。 「ドーハの時はその大会で優勝したニア・アリ選手(米国)と、今回はカマチョ・クイン選手と一緒に走って、世界一の速さを2回も経験しています。見えている景色や離される瞬間というのは覚えているので、その光景を忘れずにやっていきたい。1年かけて強くなれたらいいなと思います」 文/山本慎一郎RECOMMENDED おすすめの記事
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