
◇日本選手権(6月24日~27日/大阪・ヤンマースタジアム長居)
東京五輪代表選考会となる第105回日本選手権の2日目。参加標準記録突破者5人が顔をそろえた男子100m決勝。代表枠3つ懸けた歴史的なレースを制したのは、地元大阪出身の多田修平(住友電工)だった。
9秒95の日本記録を出した山縣亮太(セイコー)、桐生祥秀(日本生命)、小池祐貴(住友電工)、サニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC)、そして多田。この5人が東京五輪の参加標準記録である10秒05を突破済み。そして、この中でただ1人自己ベストが10秒台(10秒01)だったのが多田だった。
得意のロケットスタートで一気に加速した多田。その加速に、同じく加速が得意な山縣が「すごく速くて焦った」と振り返るほど。ここまでは誰もが予想通りで、多田はこれまでも低い姿勢からハイピッチで加速する前半が得意な選手で、あのジャスティン・ガトリン(米国)も舌を巻くほどだった。しかし、今年の多田はひと味もふた味も違った。
これまでなら後半が得意な選手に中盤で並ばれ、かわされるレースになっただろう。しかし、多田のスピードは落ちない。それにより、山縣をはじめ後続の動きは明らかに焦り、硬かった。並ばれるどころか、最後は突き放すかたちでフィニッシュ。10秒15(+0.2)で完勝すると何度も拳を振り上げ、雄叫びを上げた。そして、目に熱いものがこみ上げた。
「ここに懸けていた。ここまで来るのはすごく長かったですが、みなさんの支えがあってここまで来られた」
初優勝にして、東京五輪代表内定。前日に25歳の誕生日を迎えたばかり。「最高の誕生日プレゼントになりました」と笑った。
「1位になることが少なかった」
多田は大阪桐蔭高から関学大、そして住友電工へと進んだ。中学時代は「真面目に練習しなくて怒られていたこともあります」と話していたこともある。高校時代、当時顧問だった花牟禮武先生は多田の類いまれな接地センスやピッチを感じ取っていたが、3年時にはインターハイ6位、日本ジュニア選手権5位で、100mのベストは10秒50でその年の高校ランキング9位。全国区では活躍していたが、最注目選手ではなかった。
しかし、大学1年時に10秒27までタイムを一気に短縮すると、2年時に日本インカレ3位。そして3年目には織田記念で2位となる。そしてその名を一気に全国区にしたのが6月の日本学生個人選手権。準決勝で4.5mの追い風参考ながら9秒94、決勝でも10秒08(+1.9)と激走した。その勢いに乗って臨んだ2度目の日本選手権で2位。世界選手権代表となり準決勝に進むと、4×100mリレーでは銅メダルを獲得した。
秋の日本インカレ100m決勝。多田は10秒07の自己新をマークしたが、そのはるか先にいた桐生祥秀(当時、東洋大)が、日本人初の9秒台となる9秒98。歴史的瞬間の“引き立て役”となってしまった。
卒業後は大東大の佐藤真太郎コーチに師事し、関東に練習拠点を移した。その後は、課題だった後半の走りを改善しようと模索。米国式の走りなどさまざま試したが、「この4年間は苦しい思いをしてきた」と吐露したように、なかなか結果につながらなかった。むしろ、得意だったはずのスタートからの加速の良さが消えてしまう時期もあった。2019年の日本選手権は5位で、ドーハ世界選手権はリレーメンバーとして選出。銅メダル獲得を果たしたが、やはり個人で出られなかった悔しさを感じたシーズンだった。
昨年の日本選手権も5位。学生個人選手権、国体という日本一はあるが、なかなかビッグタイトルに届かないまま、オリンピックシーズンを迎えた。
「春先から調子が悪かった」と言うように、良いレースと悪いレースの差が激しく、織田記念は10秒32で4位、READY STEADY TOKYOは10秒26で2位(日本人トップ)。だがそれ以降は関西実業団で10秒19と調子が上向くと、6月6日の布勢スプリントでは10秒01(+2.0)と、ついに東京五輪の参加標準記録を突破した。
だが、このレースでは山縣亮太が9秒95の日本新。またも2番手で日本記録の瞬間を見るという屈辱を味わっている。それでも、この時の走りは後半で失速していたこれまでの走りを明らかに違う、進化した多田修平なのは明らかだった。

「スタートから加速が良くなっていたので、優勝も狙えるかな」と臨んだ日本選手権。だが、極度の緊張感から「3、4日前から寝られない日が続いた」という。5人のうち2人は必ず代表から外れる。調子の良さは見せていても、やはり9秒台スプリンターの前評判が高かった。それでも「試合を重ねるたびに良くなっていったので自信を持って臨めました。今までで一番集中できました」と多田。レース自体は「正直、記憶がない」。これまで「2位や4、5位の選手だった」多田が、おそらく競技人生で最も重要な日本選手権で主役の座に躍り出た。
気取らない姿勢と関西弁、いつまでも変わらない謙虚な態度で、ファンだけでなく多くの陸上関係者からも慕われる大阪が生んだスプリンター。「本当に大阪には感謝をしないといけない人がたくさんいて、優勝というかたちで恩返しできたのは良かった」。
次はいよいよ東京五輪。「ホッとしていますが、オリンピックがあるのでそこに向けて鍛え直したい。まだ完璧ではありません。決勝の走りでは世界のトップ選手には勝てない。もっと練習を積んで、地力をつけたい。しっかり調整して、スタートから中盤が武器なのでそこを磨いて、後半も加速できるような走りを。オリンピックでは日本人初のファイナリストになりたい」。
身長177cm、インターハイ6位。決して身体的に恵まれたり、エリート街道を歩いていたりしたスプリンターではなかった。そんな男が東京五輪の切符を手にした姿は、多くの人の心に響いたことだろう。だが、その夢物語にはまだまだ続きがある。多田はこの夏、世界をアッと言わせる準備に取りかかる。
◇日本選手権(6月24日~27日/大阪・ヤンマースタジアム長居)
東京五輪代表選考会となる第105回日本選手権の2日目。参加標準記録突破者5人が顔をそろえた男子100m決勝。代表枠3つ懸けた歴史的なレースを制したのは、地元大阪出身の多田修平(住友電工)だった。
9秒95の日本記録を出した山縣亮太(セイコー)、桐生祥秀(日本生命)、小池祐貴(住友電工)、サニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC)、そして多田。この5人が東京五輪の参加標準記録である10秒05を突破済み。そして、この中でただ1人自己ベストが10秒台(10秒01)だったのが多田だった。
得意のロケットスタートで一気に加速した多田。その加速に、同じく加速が得意な山縣が「すごく速くて焦った」と振り返るほど。ここまでは誰もが予想通りで、多田はこれまでも低い姿勢からハイピッチで加速する前半が得意な選手で、あのジャスティン・ガトリン(米国)も舌を巻くほどだった。しかし、今年の多田はひと味もふた味も違った。
これまでなら後半が得意な選手に中盤で並ばれ、かわされるレースになっただろう。しかし、多田のスピードは落ちない。それにより、山縣をはじめ後続の動きは明らかに焦り、硬かった。並ばれるどころか、最後は突き放すかたちでフィニッシュ。10秒15(+0.2)で完勝すると何度も拳を振り上げ、雄叫びを上げた。そして、目に熱いものがこみ上げた。
「ここに懸けていた。ここまで来るのはすごく長かったですが、みなさんの支えがあってここまで来られた」
初優勝にして、東京五輪代表内定。前日に25歳の誕生日を迎えたばかり。「最高の誕生日プレゼントになりました」と笑った。
「1位になることが少なかった」
多田は大阪桐蔭高から関学大、そして住友電工へと進んだ。中学時代は「真面目に練習しなくて怒られていたこともあります」と話していたこともある。高校時代、当時顧問だった花牟禮武先生は多田の類いまれな接地センスやピッチを感じ取っていたが、3年時にはインターハイ6位、日本ジュニア選手権5位で、100mのベストは10秒50でその年の高校ランキング9位。全国区では活躍していたが、最注目選手ではなかった。
しかし、大学1年時に10秒27までタイムを一気に短縮すると、2年時に日本インカレ3位。そして3年目には織田記念で2位となる。そしてその名を一気に全国区にしたのが6月の日本学生個人選手権。準決勝で4.5mの追い風参考ながら9秒94、決勝でも10秒08(+1.9)と激走した。その勢いに乗って臨んだ2度目の日本選手権で2位。世界選手権代表となり準決勝に進むと、4×100mリレーでは銅メダルを獲得した。
秋の日本インカレ100m決勝。多田は10秒07の自己新をマークしたが、そのはるか先にいた桐生祥秀(当時、東洋大)が、日本人初の9秒台となる9秒98。歴史的瞬間の“引き立て役”となってしまった。
卒業後は大東大の佐藤真太郎コーチに師事し、関東に練習拠点を移した。その後は、課題だった後半の走りを改善しようと模索。米国式の走りなどさまざま試したが、「この4年間は苦しい思いをしてきた」と吐露したように、なかなか結果につながらなかった。むしろ、得意だったはずのスタートからの加速の良さが消えてしまう時期もあった。2019年の日本選手権は5位で、ドーハ世界選手権はリレーメンバーとして選出。銅メダル獲得を果たしたが、やはり個人で出られなかった悔しさを感じたシーズンだった。
昨年の日本選手権も5位。学生個人選手権、国体という日本一はあるが、なかなかビッグタイトルに届かないまま、オリンピックシーズンを迎えた。
「春先から調子が悪かった」と言うように、良いレースと悪いレースの差が激しく、織田記念は10秒32で4位、READY STEADY TOKYOは10秒26で2位(日本人トップ)。だがそれ以降は関西実業団で10秒19と調子が上向くと、6月6日の布勢スプリントでは10秒01(+2.0)と、ついに東京五輪の参加標準記録を突破した。
だが、このレースでは山縣亮太が9秒95の日本新。またも2番手で日本記録の瞬間を見るという屈辱を味わっている。それでも、この時の走りは後半で失速していたこれまでの走りを明らかに違う、進化した多田修平なのは明らかだった。
「スタートから加速が良くなっていたので、優勝も狙えるかな」と臨んだ日本選手権。だが、極度の緊張感から「3、4日前から寝られない日が続いた」という。5人のうち2人は必ず代表から外れる。調子の良さは見せていても、やはり9秒台スプリンターの前評判が高かった。それでも「試合を重ねるたびに良くなっていったので自信を持って臨めました。今までで一番集中できました」と多田。レース自体は「正直、記憶がない」。これまで「2位や4、5位の選手だった」多田が、おそらく競技人生で最も重要な日本選手権で主役の座に躍り出た。
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