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2026.08.31

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【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第72回「全中でのある選手の躍進~部活動の地域展開 ~」

地域クラブで選手の育成を進める

一方、藤井君は元岡中時代に陸上を始め、当初は長距離走には苦手意識があったが1500mと3000mで全中出場をはたしている。佐久長聖高では全国高校駅伝5区を担当。2年時は8分39秒で区間2位。3年時は8分24秒で区間賞を獲得している。

また、この区間で首位に立ったチームは、当時の日本高校最高記録となる2時間02分18秒を樹立している。この大会でアンカーを務めたのは現在のマラソン日本記録保持者である大迫傑選手(LI-NING)。彼が2年生の時であった。このほか、3000m障害の選手としても活躍し、3年時の埼玉インターハイで日本人トップの準優勝に輝いている。

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2009年4月、山梨学大に入学。関東インカレ1部5000mに出場したが、4年間は故障との闘いの日々であったことは記憶に蘇る。大学卒業後は陸上自衛隊に入り、別府自衛隊の一員として九州実業団駅伝、全日本実業団ハーフマラソンなどで走り続けてきた。

そのキャリアを生かし、現在はランニング用ソックスを中心に販売を手掛ける株式会社itoix(イトイエックス)で勤務。そして福岡市内の大濠公園を拠点として中長距離を中心としたaileランニングクラブ(旧:itoixランニングクラブ)を設立し、代表兼ヘッドコーチとしてクラブの運営と指導に従事している。Aile(エール)とはフランス語で「翼」、英語で「応援」を意味するそうだ。

クラブは福岡市の大濠公園を拠点に練習している(チーム提供)

藤井君はクラブの代表として、キッズからシニアまでのカテゴリーの指導や遠征など、責任ある立場となるので、早い時期に日本陸連公認コーチの資格を修得したという。また地元の陸上大会運営にも、支える側の務めとして日本陸連公認審判員の資格登録を行い、クラブ指導だけでなく地域の競技活動に少しでもサポートできるように努めていると語ってくれた。

これまでの競技生活を振り返り、佐久長聖高や山梨学大に進学したのも、あえて厳しい環境で陸上競技と向き合い、しっかりと指導していただける環境を自ら望んで選んだそうだ。ケガで苦しんだ大学での4年間も、投げ出さないでやり切れたことが今の指導者として選手と向き合い、寄り添う原点となっているそうだ。保護者や仲間を含めて自分一人じゃないことを自覚して、頑張って行ける選手を育成したいと熱く語ってくれた。

当然オーバーワークやケアの大切さ、生活での自己管理の重要性などを理解し、実行できる選手を目指さないとその先の成功はないと思っている。現在36歳、あと4年くらいは子供たちと一緒に走って背中で引っ張って行けるかな、と明るく答えてくれた。

そのような姿が近藤先生との信頼関係を気付けた要因ではないかと思えた。

さらに藤井君にクラブ運営の厳しさや難しさを訪ねてみた。

「ほとんどのクラブ運営者や指導者は、陸上愛と情熱が資源として運営指導に従事している。熱心であることが美談として先行するのでは、持続可能な指導体制の確立はできない。しっかりとコーチングスタッフにも指導の対価をお支払い出来ること。安全で合理的なトレーニングプログラムを実施するための、場所や用器具の確保ができること。そのための公的補助や助成制度の充実が望まれる」

「活動する児童生徒の保険や遠征費用、コーチングスタッフの大会への帯同費用などにかかる運営資金など、頭を悩ませる課題は常に付きまとってしまう。それら一つ一つにしっかりと向き合って、できる範囲で頑張ってゆくしかありません」と苦悩も語ってくれた。

スポーツ庁の部活動改革ポータルサイトを閲覧すると、現存する学校部活動を徐々に地域のスポーツクラブや指導者・競技団体に移行してゆく「部活動の地域展開(旧称:地域移行)」のロードマップがスポーツ庁元長官室伏広治氏から示されている。

主な内容は令和5年からスタートした部活動の地域展開は、令和7年度までが推進期間。令和8年度から10年度までが改革実行機関(前期)。令和11年度から13年度までが(後期)とされている。

その間に、「地域クラブ活動を担う運営団体との体制整備及び適切な運営の確保」「指導者等の質の保証・量の確保」「活動場所の確保」「活動場所への移動手段の確保」「大会運営の在り方」「生徒・保護者等の関係者の理解確保」「 生徒の安全確保のための体制整備」「障害のある生徒の活動機会の確保」などがスポーツ庁の取り組むべき今後の課題として取り上げられている。

現状では各市町村において、上記8点の補助や助成制度に格差があるようだ。まだまだスポーツ庁が目指す着地点との乖離は否めないが今後これらの項目が改善されてゆくことに期待したい。

それでも、陸上競技を愛し楽しみ、そして苦悩と努力の先に光を見出せる選手の育成に従事していただいている教員やクラブ関係者、更には個人レベルでご指導いただいている方々に心から労をねぎらいエールをおくりたい。

上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学名誉教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任し、26年3月に退任。
山梨学大陸上競技部元監督の上田誠仁氏による月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第72回「全中でのある選手の躍進~部活動の地域展開~」

晩夏の夕暮れは心なし早まったように感じる。残暑に加えて列島各地では記録的な豪雨や地震などによる自然災害が多発し、甚大な被害が広範囲に及んだ。 電気・ガス・水道など生活インフラの寸断や機能マヒだけでなく、農作物や経済活動への影響を鑑みれば、「残暑お見舞い申し上げます」との季節のあいさつどころではないだろう。被害に見舞われた皆様方に心からお見舞い申し上げます、と冒頭述べたい。 猛暑と豪雨と地震に気持ちが萎えそうになるなか、スポーツは元気で前向きな話題を提供してくれる。 第53回全日本中学校選手権大会(全中)が山口県で開催された。インターハイ同様に、暑熱対策による競技方法やスタート時間などの変更が加えられ、新たな取り組みへと大きく舵が切られた大会でもあった。 今回をもって競技種目から廃止される男子3000mに個人的に注目していた。なぜかというと、今から53年前の1973年(昭和48年)の7月、私が中学3年の時にさかのぼる。 第19回全日本中学放送大会(NHKの放送網で全国の競技場を中継し、各都道府県同一時刻で競技を行って記録を当日集計して発表する)が幕を閉じ、翌年からは全中出場権獲得のための全日本中学通信大会へと変革する年でもあった。 この大会で当時の2000m中学新記録(5分43秒4)を樹立したこともあり、関心があったからだ。当時はアンツーカーのクレイトラックで12mmの6本ピンスパイクで走った記憶がある。 今夏の全中男子3000mは、筑紫丘中(福岡)の三原伍騎(みはら・いつき)君が8分36秒11で優勝。ラスト200mでのスピードの切り替えとスプリント力は将来の可能性を十分に秘めたものであった。 所属する陸上部顧問は近藤隆太先生(福岡・大牟田高→福岡大)。現在は福岡市中学校体育連盟の理事長などの要職も務めており、地域の陸上競技のみならず中学スポーツの運営や発展に奔走する日々を送っておられる。 校務と連盟の活動など多忙を極めるなか、近藤先生の信頼を得て、地域スポーツクラブを主催運営する藤井翼(福岡・元岡中→長野・佐久長聖高→山梨学大)に指導の引き継ぎと連携が行われていたそうだ。 昨年の夏ごろまでは野球部であった三原選手。陸上の中長距離に競技変更してわずか1年で全中優勝する天賦の才を、近藤先生は当然見抜いておられたと思う。指導者としてそのような選手と出会い、指導できる喜びは語らずとも理解できる。その背景を近藤先生と藤井君に尋ねてみた。 [caption id="attachment_131366" align="alignnone" width="800"] 全中3000mで優勝した三原選手と藤井君(チーム提供)[/caption] 近藤先生は開口一番、三原選手の潜在能力や今後に向けての期待を語ってくれた。本来ならば選手と一緒になって真っ黒に日焼けしながら指導したい気持ちは十分にお持ちのようであった。 しかしながら学校部活動の地域展開を進めるなか、福岡市中体連理事長として自らがグランドに立って指導するのではなく、信頼できる陸上クラブに引き継ぎ、自分自身が中学の教員として支える立場で応援することが彼の将来にとって一番有益ではないか――と結論づけたそうだ。藤井君とは長い付き合いで苦労しながらもクラブ運営に尽力している姿に情熱を感じていたそうだ。

地域クラブで選手の育成を進める

一方、藤井君は元岡中時代に陸上を始め、当初は長距離走には苦手意識があったが1500mと3000mで全中出場をはたしている。佐久長聖高では全国高校駅伝5区を担当。2年時は8分39秒で区間2位。3年時は8分24秒で区間賞を獲得している。 また、この区間で首位に立ったチームは、当時の日本高校最高記録となる2時間02分18秒を樹立している。この大会でアンカーを務めたのは現在のマラソン日本記録保持者である大迫傑選手(LI-NING)。彼が2年生の時であった。このほか、3000m障害の選手としても活躍し、3年時の埼玉インターハイで日本人トップの準優勝に輝いている。 2009年4月、山梨学大に入学。関東インカレ1部5000mに出場したが、4年間は故障との闘いの日々であったことは記憶に蘇る。大学卒業後は陸上自衛隊に入り、別府自衛隊の一員として九州実業団駅伝、全日本実業団ハーフマラソンなどで走り続けてきた。 そのキャリアを生かし、現在はランニング用ソックスを中心に販売を手掛ける株式会社itoix(イトイエックス)で勤務。そして福岡市内の大濠公園を拠点として中長距離を中心としたaileランニングクラブ(旧:itoixランニングクラブ)を設立し、代表兼ヘッドコーチとしてクラブの運営と指導に従事している。Aile(エール)とはフランス語で「翼」、英語で「応援」を意味するそうだ。 [caption id="attachment_131366" align="alignnone" width="800"] クラブは福岡市の大濠公園を拠点に練習している(チーム提供)[/caption] 藤井君はクラブの代表として、キッズからシニアまでのカテゴリーの指導や遠征など、責任ある立場となるので、早い時期に日本陸連公認コーチの資格を修得したという。また地元の陸上大会運営にも、支える側の務めとして日本陸連公認審判員の資格登録を行い、クラブ指導だけでなく地域の競技活動に少しでもサポートできるように努めていると語ってくれた。 これまでの競技生活を振り返り、佐久長聖高や山梨学大に進学したのも、あえて厳しい環境で陸上競技と向き合い、しっかりと指導していただける環境を自ら望んで選んだそうだ。ケガで苦しんだ大学での4年間も、投げ出さないでやり切れたことが今の指導者として選手と向き合い、寄り添う原点となっているそうだ。保護者や仲間を含めて自分一人じゃないことを自覚して、頑張って行ける選手を育成したいと熱く語ってくれた。 当然オーバーワークやケアの大切さ、生活での自己管理の重要性などを理解し、実行できる選手を目指さないとその先の成功はないと思っている。現在36歳、あと4年くらいは子供たちと一緒に走って背中で引っ張って行けるかな、と明るく答えてくれた。 そのような姿が近藤先生との信頼関係を気付けた要因ではないかと思えた。 さらに藤井君にクラブ運営の厳しさや難しさを訪ねてみた。 「ほとんどのクラブ運営者や指導者は、陸上愛と情熱が資源として運営指導に従事している。熱心であることが美談として先行するのでは、持続可能な指導体制の確立はできない。しっかりとコーチングスタッフにも指導の対価をお支払い出来ること。安全で合理的なトレーニングプログラムを実施するための、場所や用器具の確保ができること。そのための公的補助や助成制度の充実が望まれる」 「活動する児童生徒の保険や遠征費用、コーチングスタッフの大会への帯同費用などにかかる運営資金など、頭を悩ませる課題は常に付きまとってしまう。それら一つ一つにしっかりと向き合って、できる範囲で頑張ってゆくしかありません」と苦悩も語ってくれた。 スポーツ庁の部活動改革ポータルサイトを閲覧すると、現存する学校部活動を徐々に地域のスポーツクラブや指導者・競技団体に移行してゆく「部活動の地域展開(旧称:地域移行)」のロードマップがスポーツ庁元長官室伏広治氏から示されている。 主な内容は令和5年からスタートした部活動の地域展開は、令和7年度までが推進期間。令和8年度から10年度までが改革実行機関(前期)。令和11年度から13年度までが(後期)とされている。 その間に、「地域クラブ活動を担う運営団体との体制整備及び適切な運営の確保」「指導者等の質の保証・量の確保」「活動場所の確保」「活動場所への移動手段の確保」「大会運営の在り方」「生徒・保護者等の関係者の理解確保」「 生徒の安全確保のための体制整備」「障害のある生徒の活動機会の確保」などがスポーツ庁の取り組むべき今後の課題として取り上げられている。 現状では各市町村において、上記8点の補助や助成制度に格差があるようだ。まだまだスポーツ庁が目指す着地点との乖離は否めないが今後これらの項目が改善されてゆくことに期待したい。 それでも、陸上競技を愛し楽しみ、そして苦悩と努力の先に光を見出せる選手の育成に従事していただいている教員やクラブ関係者、更には個人レベルでご指導いただいている方々に心から労をねぎらいエールをおくりたい。
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学名誉教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任し、26年3月に退任。

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