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2025.05.22

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「体脂肪だけ独り歩きしてほしくない」100mH福部真子が警鐘 自身の経験から伝える月経と体重管理、体脂肪との向き合い方
「体脂肪だけ独り歩きしてほしくない」100mH福部真子が警鐘 自身の経験から伝える月経と体重管理、体脂肪との向き合い方

セイコーゴールデングランプリに出場した福部真子

ミレーナのアクシデントで体重コントロールに苦心

ただ、2023年は前述の通り一転して苦しいシーズンになった。スプリント強化のため冬季に筋肥大できたまでは狙い通りだったが、シーズンが始まっても身体が一向に絞れなかった。その上、来ないはずの生理のように、出血したり、身体がむくんだりすることが多くなった。

「23年2月くらいから急激に体重が増えました。絞るのにも思ったより時間がかかるな、と思っていました。ブダペスト世界選手権を逃した後には海外遠征もしたのですが、帰国してからも出血がひどかったです。ストレスかなと思っていました。生理痛のような鈍痛もあったし、おかしいなって。定期検診はしていましたが、母に相談して産婦人科にかかっても何も問題がなかったんです。でも、一旦、ミレーナを外すことを決めました。大きな病院に行ったところ、実はミレーナが子宮にめり込んでいたことがわかったんです。通常は運動をしてもそういうことはないと聞きますし、本当に稀な症例だったようです」

23年はやや体重が増加していたが、その背景にはアクシデントがあった


ミレーナを抜いてからは、しばらくピルを服用して様子を見たが、「24年3月中旬くらいまで体調が良くなかった」という。そこで福部は「思いきってピルも止めて、正常に月経が来るようにしてみた」と言う。

「私はもともと、少し丸みのある体型なのですが、女性ホルモンの一つ『エストロゲン』が多いタイプなんじゃないか、と尾﨑雄祐コーチがいろいろと調べてくれました。エストロゲンは卵巣から分泌されるもので、健康維持や回復のために必要です。それがピルの服用などで低下していることで、練習が積めず、回復も遅れてしまったのではないかと仮説を立てました」

「ピルを止めてからは急激に調子が上がりました。元々、回復力が持ち味で、寝れば筋肉痛もなくなるようなタイプ。練習も強度の高いものを積んでもケガをあまりしません。今思えば、高校も大学もそうだったなって。それからは生理とも付き合っています。生理痛も以前ほどひどくはありません」

そこから昨年まで、一気に体重と体脂肪の調整が進んだ。

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「体脂肪のことだけが独り歩きしている感じがして…生理が止まっていると思われていそうで。中高生に悪影響を与えたくないんです。だからちゃんと伝えたいなって」 女子100mハードルの日本記録保持者で、パリ五輪セミファイナリストの福部真子(日本建設工業)が抱えているある思いだった。 インターハイ3連覇などの偉業を成し遂げ、一時は引退まで考えたところから復活した福部。パリ五輪選考会だった昨年6月の日本選手権は2年ぶりに優勝し、五輪代表に内定した。その活躍を伝える記事にはこんな言葉が踊った。 「体脂肪を7%に絞った」 「体脂肪7%のフィジカル」 「肉を食べなかった」 [caption id="attachment_170869" align="alignnone" width="800"] 24年の日本選手権を制してパリ五輪代表に内定した福部[/caption] その後の実業団学生対抗で、12秒69という圧巻の日本新を樹立している。 遡って2022年、福部は12秒73の日本新を出した。その時の体脂肪は8%だったという。ただ、さらなる記録向上を目指してフィジカル強化を図った23年は、端から見ても身体が大きくなっていた。体脂肪は10%だったという。同年は日本選手権で4位。ただ1人、参加標準記録を突破していながら、上位3人がワールドランキングで出場資格を得たためブダペスト世界選手権代表を逃している。 その悔しさを晴らそうと過ごしてきた1年。栄養面も徹底管理し、トレーニングを積み重ねた結果、24年日本選手権では体重が2㎏増加した59.2㎏で、体脂肪は7%になった。体重管理を含めたこの取り組みによる成果だったのは間違いない。 ただ、福部の年齢でもある28歳の一般女性の平均的な体脂肪は25~30%と言われるだけに、いくらアスリートとはいえ『7%』はセンセーショナルな数字。だからメディアも注目した。 しかし、福部は「7%に絞ったから結果が出た、というわけではありません。それに、生理(月経)が来ないと思われているんじゃないかって思いました。生理は毎月、来ているんです」。女性アスリートなら誰もが抱える月経、体重・体脂肪について、自身の経験談をもとに語った。

高校、大学でも体重について注意されたことはない

「中学でも高校でも、月経が止まったり、不定期になったりしたことはありません。トレーニング量が多くてもずっと来ていました。私は指導者に恵まれていて、高校でも大学でも、体重や体脂肪について注意されたり、『痩せなさい』と言われたりしたことは一度もありませんでした。ただ、生理痛には悩まされました。生理痛は特に大学生になってからはひどかったですね。ただ、大学生の時もピル(※)を使ったこともありませんでした。お腹が痛かったですが、そんなものだろう、仕方ないと考えていました。あまり知識もなかったですね」 (※経口避妊薬、『妊娠した』と認識させて排卵が来ないようにする、競技のために服用するアスリートもいる) [caption id="attachment_170867" align="alignnone" width="800"] 福部は高校時代にインターハイ3連覇を達成[/caption] 「21年に寺田明日香さん(元日本記録保持者)と一緒に合宿する機会があって、そこで生理が来た時に相談したんです。教えてもらったのがミレーナ(避妊リング)でした。寺田さんも入れていたと聞きました」 ミレーナとは、T字型のプラスチック製の避妊器具で、子宮内に挿入して使用する。「レボノルゲストレル」という女性ホルモンを5年間、持続的に放出・維持することができ、子宮内膜を薄くするもので、避妊効果のほか、月経困難症や過多月経の緩和にも効果があるされる。 「ピルのようにずっと飲み続けなくていいなら“楽だな”と思って、調べてみて病院を探しました。そこから1年間はすごく調子が良かったんです」 まさに、22年は福部が不死鳥のように戻ってきた頃と重なる。日本選手権に初優勝し、オレゴン世界選手権に出場。その準決勝で12秒82の日本新を出すと、秋には12秒73と日本女子初の12秒8を切った。 [caption id="attachment_170866" align="alignnone" width="800"] 復活を遂げた22年にトレーニングに励む福部[/caption] 「体重のコントロールもすごく楽でした。勝手に絞れていくんです。以前は避妊具としてだけだったので保健適用外でしたが、今は保険適用されています。ミレーナは排卵自体が止まるわけではなくて、副作用も少ないと言われています。使用してから、多少の不正出血はありましたが、腹部にも違和感はまったくなかったです。精神的な不安定もないし、太ったりむくんだりもない。練習量も積めましたね」

ミレーナのアクシデントで体重コントロールに苦心

ただ、2023年は前述の通り一転して苦しいシーズンになった。スプリント強化のため冬季に筋肥大できたまでは狙い通りだったが、シーズンが始まっても身体が一向に絞れなかった。その上、来ないはずの生理のように、出血したり、身体がむくんだりすることが多くなった。 「23年2月くらいから急激に体重が増えました。絞るのにも思ったより時間がかかるな、と思っていました。ブダペスト世界選手権を逃した後には海外遠征もしたのですが、帰国してからも出血がひどかったです。ストレスかなと思っていました。生理痛のような鈍痛もあったし、おかしいなって。定期検診はしていましたが、母に相談して産婦人科にかかっても何も問題がなかったんです。でも、一旦、ミレーナを外すことを決めました。大きな病院に行ったところ、実はミレーナが子宮にめり込んでいたことがわかったんです。通常は運動をしてもそういうことはないと聞きますし、本当に稀な症例だったようです」 [caption id="attachment_170868" align="alignnone" width="800"] 23年はやや体重が増加していたが、その背景にはアクシデントがあった[/caption] ミレーナを抜いてからは、しばらくピルを服用して様子を見たが、「24年3月中旬くらいまで体調が良くなかった」という。そこで福部は「思いきってピルも止めて、正常に月経が来るようにしてみた」と言う。 「私はもともと、少し丸みのある体型なのですが、女性ホルモンの一つ『エストロゲン』が多いタイプなんじゃないか、と尾﨑雄祐コーチがいろいろと調べてくれました。エストロゲンは卵巣から分泌されるもので、健康維持や回復のために必要です。それがピルの服用などで低下していることで、練習が積めず、回復も遅れてしまったのではないかと仮説を立てました」 「ピルを止めてからは急激に調子が上がりました。元々、回復力が持ち味で、寝れば筋肉痛もなくなるようなタイプ。練習も強度の高いものを積んでもケガをあまりしません。今思えば、高校も大学もそうだったなって。それからは生理とも付き合っています。生理痛も以前ほどひどくはありません」 そこから昨年まで、一気に体重と体脂肪の調整が進んだ。

無理な減量は選手生命を短くする

「まず体重については、もちろん食事管理をしています。アスリートフードマイスターの資格も取って自炊しています。脂質は取らないようにしていて、鶏肉であれば胸肉を使います。油を取るなら魚から。揚げ物を避けます。白米は積極的に食べます。しっかり3食食べないと、次の日の練習で調子が上がりません」 「自分の身体と向き合って、勉強して、ここまでなら大丈夫、これ以上はダメ、というのをわかった上で節制しています。生理が来る範囲内での減量です」 「お菓子は本当に月に1回食べるかどうか。生理前に『身体が欲している』と思ってご褒美にちょっとだけ。だから、生理を今は楽しんでいますよ。お菓子を食べられる時期が来たって(笑)。体重は冬季に入ればだいたい3㎏ほど大きくなりますが、シーズンが始まると勝手に痩せていきます。シーズン序盤ではなく、狙った大会、私であれば日本選手権に向かって身体を作っていくイメージです」 [caption id="attachment_170872" align="alignnone" width="800"] トップアスリートとしての影響力を知っているからこそ、自身の経験を伝えたいという思いがある[/caption] 昨年秋には原因不明の高熱に悩まされる『菊池病』を患ったことも公表した福部。オリンピアンであり、トップアスリートであり、1人の女性でもあり、だからこそ、自分の経験談や思いをしっかり伝えたいという考えがある。 「中高生は速くなりたいという純粋な気持ちを持っていて、『痩せたら速くなる』と思いがちです。私も一時期、そう考えていた時期もありました。脂質の過剰摂取や間食で体重が増えるのはいけないと思いますが、無理なダイエットや減量は選手生命を短くしますし、伸び悩む原因になります。また、指導者の方々にも『トップ選手の体脂肪が7%なんだから痩せろ』というような接し方や、無理に体重を絞らせるようなことはしないでほしいなって思います」 今季は菊池病再発と悪化の恐怖、そして、日々繰り返す発熱と向き合いながら走り続ける福部。5月18日のセイコーゴールデングランプリで初戦を迎えて元気な姿を見せた。「日本選手権に向けて仕上げていきたい」。福部は今日も、目の前のハードルを全力で跳び越える。 構成/向永拓史

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