月刊陸上競技が発信する国内初の陸上競技総合Webメディア

【学生長距離Close-upインタビュー】“新スピードキング”中大・吉居大和

学生長距離Close-upインタビュー
吉居大和 Yoshii Yamato 中央大学1年

ホクレンで5000mU20日本新を樹立した吉居(写真:フォート・キシモト/日本陸連)
「月陸Online」限定で大学長距離界の選手のインタビューを毎月お届けする「学生長距離Close-upインタビュー」。初回は衝撃のデビューシーズンを送っている中大の吉居大和を紹介する。

衝撃のホクレン2レース

 インターハイ5000mで日本人トップに輝き、全国高校駅伝では仙台育英高の優勝に貢献。スーパールーキーとして名門に入学した吉居が学生長距離界を席巻している。

 最初の衝撃は7月に行われたホクレン・ディスタンスチャレンジシリーズの5000mだった。8日の深川大会はB組に出場して、大幅ベストとなる13分38秒79でトップ。18日の千歳大会はトップ選手が集結するA組に参戦して、U20日本記録の13分28秒31を叩き出したのだ。

「当初は千歳大会1本に懸ける予定だったんですけど、2本にして、千歳大会の(調整の)ための深川大会という感じにしたんです。日本選手権の参加標準記録(13分42秒00)を切るのが目標でした。ただ調子がすごく良くて、深川大会はまだまだいけるかなという感覚があったので、千歳大会はU20日本記録(13分31秒72)を狙いにいきました」

 吉居は深川大会をナイキの厚底シューズで走り、千歳大会はスパイクに履き替えている。

「千歳大会でベストの走りをするために、深川大会はアルファフライを履いて一定ペースで走り、どれだけ動きを作れるかを意識しました。その中でラスト1周を58秒で走っています」

 そして千歳大会はハイペースに挑戦することを決めていた。

「3000mを8分00秒ぐらいで通過するのかなと思っていたので、その準備をしていたんです。思い切ってついていき、後半を粘って、いかにして13分31秒を切れるのか。そういう気持ちで臨みました」

 実際はというと、そこまでの高速レースにはならなかった。1000m2分42秒ペースで進み、3000mは8分6秒ほどで通過した。

「思った以上にガツンと行かなかったんですけど、3000mを通過して、2周くらいできつくなって、先頭集団から離れてしまったんです。そこでタイムを見たときは、U20日本記録は厳しいかなとも思ったんですが、残り1周の通過タイムが12分30秒だったので、深川大会くらいで走れば出ると思って、ラストは上げていきました」

 吉居は残り1周を58秒でカバーして、13分28秒31の6位(日本人3位)でフィニッシュ。目標タイムを3秒上回り、佐藤悠基(東海大/現・日清食品グループ)が保持していたU20日本記録(13分31秒72)を15年ぶりに塗り替えた。

 高校時代、5000mのベストは13分55秒10。大学入学後、わずか4か月足らずで、自己記録を約27秒も短縮したことになる。驚異的な成長だが、ある程度は“予想”していたものだったという。

 2月の合宿からチームに合流すると、3月8日の中大記録会10000mで高校歴代5位の28分35秒65をマーク。4~5月は練習が思うように積めなかったものの、6月6日の学内タイムトライアルの5000mを13分42秒で走破している。13分40~45秒を目標にペースメーカーが交代で引っ張ったというが、後続を30秒近くも引き離す強さだった。

「高校生の頃から13分45秒は出せる感覚があったんです。学内タイムトライアルを13分42秒で走ることができて、(イメージ通りに)ちゃんと力がついていると感じました。でも、13分28秒までタイムを短縮することができたのは、うまくいき過ぎている部分もありますね」

 ホクレン千歳大会でマークした5000m13分28秒31は日本人学生歴代7位。吉居の上には、竹澤健介(早大)、高岡寿成(龍谷大)、大迫傑(早大)、上野裕一郎(中大)、佐藤悠基(東海大)、渡辺康幸(早大)という『日の丸ランナー』が名を連ねていることからも、その価値がわかる。

インカレでは“強さ”を発揮

 記録のうえで、吉居が「速い」ことに異論を持つ者はいないだろう。しかし、実際にどこまで強いのか。そんな疑問を吹き飛ばしたのが9月13日の日本インカレ5000mだ。

 ラスト1周でトップを奪うと、400m56秒台のラップでぶっ飛ばす。2人のケニア人留学生、3年連続の日本人トップを目指した吉田圭太(青学大)らを抑えて、1年生Vを飾った。タイムも13分40秒04とU20日本歴代9位相当の好記録だった。しかも、ホクレンとは異なり、調子が上がっていない状況だったという。

インカレ5000mは鋭いラストスパートで制した
「実は全然ダメかなと思っていたんです。9月に入ってから調子が上がらなくて、入賞も苦しいかなと思っていました。でも、せっかくの日本インカレなので、自分の行けるところまで行こう、という気持ちで臨んだら、優勝できてしまった感じです」

 4日前の調整メニューでは、6000mテンポ走の後、1200mを64秒(400m)ペースで走る予定が、72秒以上もかかったという。夏合宿の疲労もあり、動きが重かった。

「レース前にここまで調子が悪いことは今までありませんでした。逆にこの状態でどこまでやれるのか。開き直れた部分が、良かったのかもしれません。それにペースも想像より速くありませんでした。最初の1000m(2分48秒)が遅かったので、うまく自分の動きを作れたのかなと思います」

 圧巻だったラスト1周のスパートについても、「調子が良くなかったので、出し切るというよりも、優勝できればいいかなと思っていたので、そこまで上げた意識はありません。あとから56秒台だと聞いてビックリしました。余裕度としてはもう1、2段階くらい行けたかなと思います」と衝撃発言。競う相手さえいれば、さらなる高速スパートが発揮された可能性もある。

予選会、日本選手権を経て箱根路へ

 吉居はいつから、これほどの強烈なキック力を身につけたのか。本人は意図的にスピードを磨いてきたわけではないという。

「高校2年生まではラストが出なくて、どちらかというとスピードがない選手だったと思います。でも、高校3年生からラストも出るようになってきて、勝ち切るレースが増えていきました」

 競技人生を振り返ると、高校3年生の春頃に身体が変わり始めた実感があったという。高校は愛知の実家を飛び出して、仙台育英高に進学。2年時の全国高校駅伝は1区に抜擢されるも、区間42位に沈んでいる。

 その間は故障との戦いだった。1年夏に左大腿骨頸部、2年夏に右膝脛骨を疲労骨折。冬場にも歩けないくらいの痛みがあったという。“ガラスのエース”が真のエースになったのが3年目だった。

「それほど体重が変わったわけではないんですけど、高3の春頃に、『筋肉がついたね』とよく言われるようになったんです。脚も太くなったみたいで、そこからは故障がなくなり、ラストのスピードも出るようになりました」

 インターハイ5000mは終盤にペースアップして、14分08秒12で3位(日本人トップ)。今年1月の都道府県駅伝は1区で区間記録を5秒塗り替えて、区間賞を奪っている。その勢いのまま大学での快進撃に突入した。

3年目の都大路は優勝に貢献
 高校3年時は故障もなく、大学入学後も故障は一度もしていない。トレーニングがしっかり積めていることが、非凡なセンスを持つ吉居の武器につながった。

「夏合宿はAチームのなかでボリュームを減らしてやってきました。故障しないことに重点を置いているので、余裕があっても距離走は25㎞で終えている感じです」

 次のレースは10月17日の箱根駅伝予選会が濃厚だ。昨年は9人の留学生が参戦しており、今年も高速レースが予想されている。5000mの日本インカレ王者はどんなレースを考えているのか。

「初めての距離なので楽しみですし、緊張というか不安もあります。まずは楽しんで、どれだけ自分が走れるのか知りたいなと思っています。留学生ですか? 外せないレースですし、自分の走りができるように、無理はせずに、という感じでいきたいです」

 箱根駅伝予選会の後は12月4日の日本選手権5000mを経由して、箱根駅伝に参戦していく予定だ。

「日本選手権は緊張もあるんですけど、トップの選手たちについていき、ラストスパートをしっかり出したい。大学生になってラストがだいぶ走れるようになっているので、負けないというか、ある程度は戦える自信があります。『3位入賞』を目標に頑張りたいです」

 表彰台ラインを見つめて走り、武器になりつつあるラストスパートでメダルを確保するつもりでいる。

 日本選手権の5000mをメインに取り組んでいくとなると、箱根駅伝はスピードを生かせる1区もしくは3区が有力になるだろう。吉居本人も「自分もそういうところかなとは思っています」と話しているが、藤原正和駅伝監督は1年生エースをどこに起用するのか。

 胸に赤の「C」マーク。名門・中大の復権を担う新・スピードキングはこれからも陸上ファンを驚かせるだろう。

写真:フォート・キシモト/日本陸連
よしい・やまと/2002年2月14日、三重県出身。168cm、50kg。田原東部中(愛知)→仙台育英高(宮城)→中大。5000m13分28秒31(U20日本記録)、10000m28分35秒65。

文/酒井政人



月刊陸上競技最新号

WordPress Theme NATURAL PRESS by WEB-JOZU.com