2023.09.27
山形愛羽 PROFILE
◎やまがた・あいは/2005年10月11日生まれ。熊本県出身。八代一中-熊本中央高。小学2年から陸上を始める。中学3年時(20年)には全中(コロナ禍で中止)の代替大会として行われた全国中学生大会に出場し、100mB決勝1着。インターハイには高1(21年)から出場し、200mで4位に食い込む。以後、全国大会では決勝の常連となり、同年のU18大会100m2位。高2(22年)ではU20日本選手権100m2位、インターハイは100mが7位で200mは4位、栃木国体少年A100m3位、U18大会100m2位の成績を残す。今季はインターハイで100mと200mを制し、初の全国タイトルを獲得。熊本勢では12年の野林祐実以来、2人目だった。自己ベストは100m11秒55(23年)、200m23秒88(22年)、300m39秒01(22年)
たくさんの人から「おめでとう」
――インターハイでは100mと200mで2冠を達成しました。 山形 最初はあまり実感が湧きませんでしたが、同じクラスの人や周りの人たちからたくさん「おめでとう」という声をいただいて、実感が湧くようになりました。――どなたからの祝福がうれしかったですか。 山形 知り合いではない地元の人からも通学中に「2冠された方ですか?」と声をかけられたりすることがあって、自分が知らない方も自分のことを応援してくださっていたんだと思うと、うれしかったです。――中学時代から全国大会で活躍していますが、初の日本一ですね。 山形 はい、初めてです。メダルがピカピカしています。――今季に向けて冬季では特に取り組んだものを教えてください。 山形 腕の筋力をつけるためにメディシンボール投げを増やしました。今までも行ってきましたが、冬季練習で腕振りやスタートの1歩目を(腕の反動で)大きく出るために取り組みました。――今季当初の目標タイムは。 山形 11秒5台を狙っていました、6月の布勢スプリントで11秒55を出して達成できたので、とてもうれしかったです。――11秒55をマークした時は、今までとは違う感覚でしたか。 山形 はい。課題のスタートであまり遅れなかったので、自分の強みである後半の加速につなげられました。日本選手権の決勝に残るような方々がたくさんいて、とても緊張しましたが、自分も落ち着いていこうという思いで走ったら良いタイムが出たので、正直ビックリしました。――インターハイは優勝候補にも名前が挙がっていました。プレッシャーはありませんでしたか。 山形 最後のインターハイで、1、2年生の頃のようなレースはしたくないという思いが強かったので、プレッシャーはそれほど感じなかったです。自信を持って臨めましたし、インターハイを楽しむことができました。――インターハイ後も九州選手権や日韓中ジュニア交流競技会など、精力的に試合に出ました。 山形 今シーズンの200mは公認で23秒台を出せていなかったので、九州選手権では23秒台を狙って出場しました(23秒89/+0.2)。日韓中は韓国や中国の選手と走る機会なので、楽しもうという気持ちでした。それぞれ自分なりに納得するレースができました。――日韓中では「JAPAN」のユニフォームを着ました。 山形 初めて着ました。世界選手権などに出ている選手と同じユニフォームで走るのでうれしかったですし、自分も世界の舞台で戦える選手になって、またこのユニフォームを着たいなと思いました。――この後の試合の予定は。 山形 まず来月の鹿児島国体(10月13日~17日)です。少年Aの100mと300mに出場するので、それぞれ優勝を目標に、100mは11秒4台を狙って、300mは38秒台で走れるように頑張りたいです。あとは来年の日本室内大阪大会が高校最後の試合になると思います。将来は教員になって陸上の指導を
――陸上を始めたきっかけを教えてください。 山形 お母さんが陸上をやっていて楽しそうだなと思って、小学2年生から地元のクラブで始めました。――中学(熊本・八代一中)の3年間で、特に思い出に残っていることは。 山形 3年生の(熊本県中学)通信大会で12秒0台(12秒08)が出て自信になりました。全国中学生大会はB決勝でしたが、1位になれたことがうれしかったです。――高校(熊本中央高)を選んだ理由は。 山形 德本康輝先生のもとでなら、目標に掲げた日本一を絶対達成できると思って入学しました。――高校の練習に参加して感じたことは。 山形 走る量も結構あるし、技術的にもミニハードルの動きなどが難しく、慣れるまではきつかったです。――高校生活で成長したと感じたところを教えてください。 山形 気持ちやメンタルの部分で強くなったと思います。大きい大会になるほど緊張しますが、3年生になった今は自分に自信を持ってレースに臨めるようになりました。[caption id="attachment_115245" align="alignnone" width="800"]
8月のインターハイで100mと200mの2冠を達成した山形選手[/caption]――これまで、挫折や苦しいと思ったことはありますか。
山形 挫折というほどの経験はありません。うまくいかないことや苦しいことはありましたが、そういう時は「もっと練習しないとダメだな」と前向きに考えて練習するようにしていました。――あこがれの選手や目標の選手は。
山形 鶴田玲美さん(南九州ファミリーマート)が世界選手権で走っている姿を見て、私も世界で戦える選手になりたいと思いました。シニアの大きな大会に出ると、高校生は自分1人ということも多いのですが、玲美さんが話しかけてくれて緊張が和らぐので、そういうところにもあこがれています。――部活以外の面で学校生活は充実していますか。好きな教科はありますか。
山形 部活が忙しくてあまり遊ぶ時間はありませんが、休みの日は中学の同級生と集まってご飯を食べに行ったりしてリフレッシュしています。教科で一番好きなのは体育で、あとは現代文も好きです。――陸上以外で趣味や興味のあることなどを教えてください。
山形 音楽を聴きながら、最近は歩くことにハマっています。よく聴くのは失恋ソング(笑)。試合前などに聴くのはTWICEです。――競技者としての今後の目標を教えてください。
山形 来年春からは大学で競技を続けるつもりですが、リレーを含めて来年のパリオリンピック出場を目標にして、大学の試合でも自分のレースができるようにがんばりたいです。いずれは100mで11秒2台や日本記録を更新できたらと考えています。――将来の夢は。
山形 体育教員を目指していて、教員をしながら陸上競技の指導をするのが今の夢です。構成/小野哲史山形愛羽 PROFILE
◎やまがた・あいは/2005年10月11日生まれ。熊本県出身。八代一中-熊本中央高。小学2年から陸上を始める。中学3年時(20年)には全中(コロナ禍で中止)の代替大会として行われた全国中学生大会に出場し、100mB決勝1着。インターハイには高1(21年)から出場し、200mで4位に食い込む。以後、全国大会では決勝の常連となり、同年のU18大会100m2位。高2(22年)ではU20日本選手権100m2位、インターハイは100mが7位で200mは4位、栃木国体少年A100m3位、U18大会100m2位の成績を残す。今季はインターハイで100mと200mを制し、初の全国タイトルを獲得。熊本勢では12年の野林祐実以来、2人目だった。自己ベストは100m11秒55(23年)、200m23秒88(22年)、300m39秒01(22年)[caption id="attachment_115246" align="alignnone" width="800"]
鹿児島国体でも2種目優勝に挑戦する[/caption]RECOMMENDED おすすめの記事
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