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2022.09.29

走幅跳・橋岡優輝インタビュー「すっげー悔しい」世界陸上で実感した経験の差を埋めるために
走幅跳・橋岡優輝インタビュー「すっげー悔しい」世界陸上で実感した経験の差を埋めるために

男子走幅跳をリードする橋岡優輝(富士通)は、自身2度目の世界選手権だったオレゴンの3回目の跳躍を終えると、すぐさま着替えてピットを離れる準備をした。その表情には怒りにも似た感情が浮かんでいた。

予選を8m18の全体トップで通過。しかし決勝では2回ファウルのあと、無理やり足を合わせて7m86(+0.4)の10位に終わった。2019年ドーハ世界選手権で8位、昨年の東京五輪は6位。メダル、そして世界一に向けて着実にステップアップしていたが、世界大会3連続入賞を逃した。

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試合後は「とても、とても悔しい。それ以外にないです」と語った橋岡。それから2ヵ月と少しが経ち、オレゴン世界選手権の振り返りと来季に向けた今の思いを聞いた。

決勝に合わせたピーキングを試す

――今季は3月の世界室内選手権で3回ファウル。4月に足首を痛めるなど前半は苦労しました。6月の日本選手権(8m27で優勝)から7月のオレゴン世界選手権までの調整はうまくいきましたか。

橋岡 順調と言えば順調でしたが、それは「ケガがあったなりには」というところです。日本選手権で感覚を取り戻せたのですが、完全に定着させるまでは至らなかった。日本選手権から世界選手権までの間隔が短かったのもあって、時間が足りないなというのは感じていました。

――足首の痛み自体は?

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橋岡 痛みはほとんどなかったのですが、跳躍は噛み合わないままでした。1日、1日、集中してコンディション合わせをしていました。不安はもちろんありましたが、それを考えている暇もなかったですし、「やるしかない」と。

――オレゴン世界選手権は「チャレンジできる大会」という位置づけでした。実際、どんな試みで臨まれましたか。

橋岡 ドーハや東京五輪は予選から全力で行きましたが、今回は初めて決勝に(ピークを)合わせるコンディショニングを試しました。予選の前日をオフにして、予選を「決勝への刺激」というイメージです。精神的にはかなり楽でしたし、8m18を跳べて良い形でまとまった跳躍ができたと思います。

――しかし、決勝では「疲労がある中で身体が動く」という状況に苦しんだとのことでしたね。

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橋岡 ドーハや東京五輪は予選を全力で臨んでいるので感覚が噛み合っていました。疲れもあるから、その疲れている身体に合わせた動きをするんです。ただ、今回は、疲れはもちろんあるのですが、決勝に調子を合わせていたから疲労感があるのにいつもの決勝よりも動ける。頭で感じているものと身体の動きにギャップがありました。

――それはアップや足合わせでも感じていた?

橋岡 アップから少しギャップはありましたが、その段階では問題のない範囲かなと思っていたので、それほど気にしていませんでした。助走練習ではまだ流れを確認する段階なので、そこまでズレているとはわからなかったです。本番になると出力も上がりますし、「やってやるぞ」という気持ちも大きくなって、メンタル面からも感覚と身体に誤差を生んだと思います。

予選は1回目に8m18を跳んでトップ通過を果たした

経験不足を痛感した決勝

――決勝の1回目はファウル。

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橋岡 「マジか……」と。踏み切りに向かう最後の局面でしっかりさばき切れたと思った跳躍でした。それでも10cmほど足が出ていました。これは結構、ギャップが大きいんだなって。まだ精神的にはギリギリ大丈夫でしたが……。

――そして2回目もわずかにファウルでした。大きな跳躍でしたが……。

橋岡 何cm下げたかは覚えていませんでした少し下げて助走をスタートしました。2回目は完全にさばき切ったと思いました。今のなら白旗が挙がるだろう、と。そうしたら5cmファウルでした。

――その時の心境は?

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橋岡 正直に言うと3回目は難しいだろうな、と思いました。足首を痛めた跳躍もフラッシュバックしましたし、世界室内での3回ファウルも頭をよぎりましたね。これはもう跳べないかもしれない。でも、やらないといけない。

――あとがない3回目は7m86。残しに行ったような踏み切りでした。

橋岡 2回目よりも(助走のスタート位置を)さらに後ろに下げて、思いっきり助走しました。そうしたら、1、2回目よりも乗り込みもできて、もっと良い助走になって……。森長(正樹)先生も「中間マークの時点でファウルをするとわかった」と言うほど走れていたんです。最後は無理やり跳んで、足首をまた少し圧迫捻挫しました。

――ただ、それだけ動けていたということは、決勝に合わせるという点についてはうまくいった?

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橋岡 そうですね。調整の面ではうまくいったと思います。跳躍自体は見ていないのですが、感覚としては力もしっかり入っていました。過去の国際大会に比べると、以前なら力が少し抜けてしまっている感じもありましたが、今回は十分に走れていたんです。

――そのギャップが、いわゆる「疲労がある中で身体が動く」というところだった。これくらいの疲れでこれくらい動くという引き出しが足りなかった?

橋岡 これも経験不足ですね。疲労の中で転戦するという感覚がなかった。それが大事なところで出てしまいましたね。あとは、予選で「跳び過ぎてしまった」というのも感じました。それによって慢心ではないですが、「行けるんじゃないか」と心のどこかに隙が生まれていたのかもしれません。

――本来であれば海外転戦などしたかったここ数年で、コロナ禍やケガが重なりましたよね。今回の結果をどう捉えますか?

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橋岡 良い経験になったとは思います。来年以降は、その反省を生かしてやっていかないといけない。一方で、すっげー悔しい。やるせない気持ちは半端じゃないほどあります。

来季は海外転戦し、DLファイナル狙う

――オレゴンでは中国の王嘉男がアジア初の金メダル獲得でした。

橋岡 もちろんアジアで最初に勝たれたのは悔しいですが、アジア人でもできるんだという証明にもなったと思います。

――世界選手権後、メダルを取るような選手たちは転戦。東京五輪金メダルのミルティアディス・テントグルー(ギリシャ)がダイヤモンドリーグのファイナルで優勝しました。

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橋岡 その差はヒシヒシと感じます。でも、逆に言えば差はそこだけだと思っています。8m30~40を跳べばメダルを取れる。そのために、経験と自力をつけていきたいです。

――ほぼ同世代の北口榛花選手(JAL/やり投)、サニブラウン・アブデル・ハキーム選手(タンブルウィードTC/短距離)は世界選手権で上位に食い込み、その後は海外転戦していましたね。2人の活躍はどう見ていましたか。

橋岡 純粋にすごくうれしかったです。種目は違えど、ライバルでもありますし、同じ日本代表。発破をかけられましたね。(北口選手は)ここまで来たらダイヤモンドリーグ・ファイナルで優勝してほしいなって思いましたが……。せっかくなので、ファイナルのトロフィーは僕が日本人で最初に取りたいですね。

――世界選手権後の過ごし方は?

橋岡 試合翌日は1日ありましたが荷造りをして、深夜1時に宿舎から空港に移動しました。あまり時間はなかったんです。とにかく何も考えたくなかったですね。帰国後、3週間くらいは完全休養。それでもまだ治り具合も良くなかったので、しばらくは補強やウエイトトレーニングをしました。様子を見ながらで、走り始めたのは8月末から9月くらい。今は9割から9割5分くらいは回復しています。

――全日本実業団対抗(7m95/2位)を終えて、最終戦は10月2日のアスレチックスチャレンジカップ(新潟)の予定ですね。

橋岡 世界選手権後、このままじゃシーズンを終えられないので試合を入れました。全日本実業団は言い訳になりますが、理由がわかっている負け。練習不足もありますし、自分の助走の感覚が戻っていなくて力任せになってしまいました。状態を見ながらになりますが、出場できれば新潟で記録を狙ってもいいかなと思います。ブダペスト世界選手権の参加標準記録は少し上がった(8m22から8m25)のですが、そこは特に気にしていません。

――来年は室内シーズンから海外へ行くのが理想?

橋岡 絶対に室内は海外転戦しないといけないと思っています。そのためにも冬季はケガをしないようにうまく休みながら積んでいきたいです。いろんな経験が必要ですし、その経験を積むには環境を変えていくしかない。来年はもっとチャレンジしていきたいですね。

――ブダペスト世界選手権、そしてパリ五輪が控えています。

橋岡 もう入賞どうこうとは言っていられないので、まずはメダル獲得をしてパリ五輪へ勢いをつけられればと思っています。1年前に「パリ五輪が待ち遠しくない」と思っていましたが、今もまだ「待ち遠しくない」という気持ちです。やることはたくさんあるので。

ただ、1年前よりも確実に前進できています。ゆっくり、しっかりやっていければパリ五輪では戦えると思っています。まずはブダペスト世界選手権に向けて調子を上げていきます。

はしおか・ゆうき/1999年1月23日生まれ。埼玉県出身。埼玉・さいたま岸中→東京・八王子高→日大→富士通。中学時代は四種競技で全中3位。高校から走幅跳を始め、高3時にはインターハイ、国体、日本ジュニア選手権の3冠を果たした。日大に進学し、1年目で8mジャンパーの仲間入りを果たし、日本選手権でも初優勝。2018年にはU20世界選手権で優勝、19年アジア選手権とユニバーシアードを制した。同年のドーハ世界選手権では8位入賞。東京五輪では日本勢37年ぶりの入賞となる6位、今夏のオレゴン世界選手権は予選を8m18のトップで通過するも決勝は10位だった。自己ベストは8m36(日本歴代2位)

構成/向永拓史

男子走幅跳をリードする橋岡優輝(富士通)は、自身2度目の世界選手権だったオレゴンの3回目の跳躍を終えると、すぐさま着替えてピットを離れる準備をした。その表情には怒りにも似た感情が浮かんでいた。 予選を8m18の全体トップで通過。しかし決勝では2回ファウルのあと、無理やり足を合わせて7m86(+0.4)の10位に終わった。2019年ドーハ世界選手権で8位、昨年の東京五輪は6位。メダル、そして世界一に向けて着実にステップアップしていたが、世界大会3連続入賞を逃した。 試合後は「とても、とても悔しい。それ以外にないです」と語った橋岡。それから2ヵ月と少しが経ち、オレゴン世界選手権の振り返りと来季に向けた今の思いを聞いた。

決勝に合わせたピーキングを試す

――今季は3月の世界室内選手権で3回ファウル。4月に足首を痛めるなど前半は苦労しました。6月の日本選手権(8m27で優勝)から7月のオレゴン世界選手権までの調整はうまくいきましたか。 橋岡 順調と言えば順調でしたが、それは「ケガがあったなりには」というところです。日本選手権で感覚を取り戻せたのですが、完全に定着させるまでは至らなかった。日本選手権から世界選手権までの間隔が短かったのもあって、時間が足りないなというのは感じていました。 ――足首の痛み自体は? 橋岡 痛みはほとんどなかったのですが、跳躍は噛み合わないままでした。1日、1日、集中してコンディション合わせをしていました。不安はもちろんありましたが、それを考えている暇もなかったですし、「やるしかない」と。 ――オレゴン世界選手権は「チャレンジできる大会」という位置づけでした。実際、どんな試みで臨まれましたか。 橋岡 ドーハや東京五輪は予選から全力で行きましたが、今回は初めて決勝に(ピークを)合わせるコンディショニングを試しました。予選の前日をオフにして、予選を「決勝への刺激」というイメージです。精神的にはかなり楽でしたし、8m18を跳べて良い形でまとまった跳躍ができたと思います。 ――しかし、決勝では「疲労がある中で身体が動く」という状況に苦しんだとのことでしたね。 橋岡 ドーハや東京五輪は予選を全力で臨んでいるので感覚が噛み合っていました。疲れもあるから、その疲れている身体に合わせた動きをするんです。ただ、今回は、疲れはもちろんあるのですが、決勝に調子を合わせていたから疲労感があるのにいつもの決勝よりも動ける。頭で感じているものと身体の動きにギャップがありました。 ――それはアップや足合わせでも感じていた? 橋岡 アップから少しギャップはありましたが、その段階では問題のない範囲かなと思っていたので、それほど気にしていませんでした。助走練習ではまだ流れを確認する段階なので、そこまでズレているとはわからなかったです。本番になると出力も上がりますし、「やってやるぞ」という気持ちも大きくなって、メンタル面からも感覚と身体に誤差を生んだと思います。 予選は1回目に8m18を跳んでトップ通過を果たした

経験不足を痛感した決勝

――決勝の1回目はファウル。 橋岡 「マジか……」と。踏み切りに向かう最後の局面でしっかりさばき切れたと思った跳躍でした。それでも10cmほど足が出ていました。これは結構、ギャップが大きいんだなって。まだ精神的にはギリギリ大丈夫でしたが……。 ――そして2回目もわずかにファウルでした。大きな跳躍でしたが……。 橋岡 何cm下げたかは覚えていませんでした少し下げて助走をスタートしました。2回目は完全にさばき切ったと思いました。今のなら白旗が挙がるだろう、と。そうしたら5cmファウルでした。 ――その時の心境は? 橋岡 正直に言うと3回目は難しいだろうな、と思いました。足首を痛めた跳躍もフラッシュバックしましたし、世界室内での3回ファウルも頭をよぎりましたね。これはもう跳べないかもしれない。でも、やらないといけない。 ――あとがない3回目は7m86。残しに行ったような踏み切りでした。 橋岡 2回目よりも(助走のスタート位置を)さらに後ろに下げて、思いっきり助走しました。そうしたら、1、2回目よりも乗り込みもできて、もっと良い助走になって……。森長(正樹)先生も「中間マークの時点でファウルをするとわかった」と言うほど走れていたんです。最後は無理やり跳んで、足首をまた少し圧迫捻挫しました。 ――ただ、それだけ動けていたということは、決勝に合わせるという点についてはうまくいった? 橋岡 そうですね。調整の面ではうまくいったと思います。跳躍自体は見ていないのですが、感覚としては力もしっかり入っていました。過去の国際大会に比べると、以前なら力が少し抜けてしまっている感じもありましたが、今回は十分に走れていたんです。 ――そのギャップが、いわゆる「疲労がある中で身体が動く」というところだった。これくらいの疲れでこれくらい動くという引き出しが足りなかった? 橋岡 これも経験不足ですね。疲労の中で転戦するという感覚がなかった。それが大事なところで出てしまいましたね。あとは、予選で「跳び過ぎてしまった」というのも感じました。それによって慢心ではないですが、「行けるんじゃないか」と心のどこかに隙が生まれていたのかもしれません。 ――本来であれば海外転戦などしたかったここ数年で、コロナ禍やケガが重なりましたよね。今回の結果をどう捉えますか? 橋岡 良い経験になったとは思います。来年以降は、その反省を生かしてやっていかないといけない。一方で、すっげー悔しい。やるせない気持ちは半端じゃないほどあります。

来季は海外転戦し、DLファイナル狙う

――オレゴンでは中国の王嘉男がアジア初の金メダル獲得でした。 橋岡 もちろんアジアで最初に勝たれたのは悔しいですが、アジア人でもできるんだという証明にもなったと思います。 ――世界選手権後、メダルを取るような選手たちは転戦。東京五輪金メダルのミルティアディス・テントグルー(ギリシャ)がダイヤモンドリーグのファイナルで優勝しました。 橋岡 その差はヒシヒシと感じます。でも、逆に言えば差はそこだけだと思っています。8m30~40を跳べばメダルを取れる。そのために、経験と自力をつけていきたいです。 ――ほぼ同世代の北口榛花選手(JAL/やり投)、サニブラウン・アブデル・ハキーム選手(タンブルウィードTC/短距離)は世界選手権で上位に食い込み、その後は海外転戦していましたね。2人の活躍はどう見ていましたか。 橋岡 純粋にすごくうれしかったです。種目は違えど、ライバルでもありますし、同じ日本代表。発破をかけられましたね。(北口選手は)ここまで来たらダイヤモンドリーグ・ファイナルで優勝してほしいなって思いましたが……。せっかくなので、ファイナルのトロフィーは僕が日本人で最初に取りたいですね。 ――世界選手権後の過ごし方は? 橋岡 試合翌日は1日ありましたが荷造りをして、深夜1時に宿舎から空港に移動しました。あまり時間はなかったんです。とにかく何も考えたくなかったですね。帰国後、3週間くらいは完全休養。それでもまだ治り具合も良くなかったので、しばらくは補強やウエイトトレーニングをしました。様子を見ながらで、走り始めたのは8月末から9月くらい。今は9割から9割5分くらいは回復しています。 ――全日本実業団対抗(7m95/2位)を終えて、最終戦は10月2日のアスレチックスチャレンジカップ(新潟)の予定ですね。 橋岡 世界選手権後、このままじゃシーズンを終えられないので試合を入れました。全日本実業団は言い訳になりますが、理由がわかっている負け。練習不足もありますし、自分の助走の感覚が戻っていなくて力任せになってしまいました。状態を見ながらになりますが、出場できれば新潟で記録を狙ってもいいかなと思います。ブダペスト世界選手権の参加標準記録は少し上がった(8m22から8m25)のですが、そこは特に気にしていません。 ――来年は室内シーズンから海外へ行くのが理想? 橋岡 絶対に室内は海外転戦しないといけないと思っています。そのためにも冬季はケガをしないようにうまく休みながら積んでいきたいです。いろんな経験が必要ですし、その経験を積むには環境を変えていくしかない。来年はもっとチャレンジしていきたいですね。 ――ブダペスト世界選手権、そしてパリ五輪が控えています。 橋岡 もう入賞どうこうとは言っていられないので、まずはメダル獲得をしてパリ五輪へ勢いをつけられればと思っています。1年前に「パリ五輪が待ち遠しくない」と思っていましたが、今もまだ「待ち遠しくない」という気持ちです。やることはたくさんあるので。 ただ、1年前よりも確実に前進できています。ゆっくり、しっかりやっていければパリ五輪では戦えると思っています。まずはブダペスト世界選手権に向けて調子を上げていきます。 はしおか・ゆうき/1999年1月23日生まれ。埼玉県出身。埼玉・さいたま岸中→東京・八王子高→日大→富士通。中学時代は四種競技で全中3位。高校から走幅跳を始め、高3時にはインターハイ、国体、日本ジュニア選手権の3冠を果たした。日大に進学し、1年目で8mジャンパーの仲間入りを果たし、日本選手権でも初優勝。2018年にはU20世界選手権で優勝、19年アジア選手権とユニバーシアードを制した。同年のドーハ世界選手権では8位入賞。東京五輪では日本勢37年ぶりの入賞となる6位、今夏のオレゴン世界選手権は予選を8m18のトップで通過するも決勝は10位だった。自己ベストは8m36(日本歴代2位) 構成/向永拓史

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