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2021.08.28

【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第12回「競歩愛に満ちたTV解説とその背景 ~オリンピック競歩解説者・柳澤哲~」
【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第12回「競歩愛に満ちたTV解説とその背景 ~オリンピック競歩解説者・柳澤哲~」


山梨学大の上田誠仁監督の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第12回「競歩愛に満ちたTV解説とその背景 ~オリンピック競歩解説者・柳澤哲~」

スポーツ中継には解説者がつきものである。当然その道のエキスパートが抜てきされ、わかりやすくレースの流れや勝敗の機微を予言し、選手の心象を紐解いたりで、頷いてみたり感心したりがスポーツ中継の楽しみ方でもある。

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今回の東京五輪陸上競技解説者として2人の本学卒業生が担当した。男子マラソンでは箱根駅伝第70回記念大会で山梨学院大学の総合優勝のフィニッシュテープを切り、3度の世界選手権男子マラソン日本代表(ヘルシンキ大会において銅メダル獲得)となり、北京五輪代表の尾方剛さん(広島経済大学准教授・陸上競技部監督)、競歩では男女全種目の中継を担当した男子20km競歩元日本記録保持者でシドニー五輪代表の柳澤哲さん(株式会社協和・山梨学院大学競歩コーチ)が含蓄のある解説をしてくれた。お二人とも書きたい事は山ほどあるのだが、今回は柳澤さんについて書かせていただきたい。

解説が終了した直後から、ネット上では解説者ネタで盛り上がっていたので驚いた。過去にそのような例をあまり知らない。

柳澤さんに聞くと、広く視聴者の皆様方に競歩とはどのような競技で、どこが技術的に難しいのかわかりやすく言語変換して解説することを心がけたそうだ。そういえば、今回のオリンピックは新競技がかなり実施されており、馴染みの薄い競技はアナウンサーや解説者の説明に助けられながらの視聴であった。

東京五輪の競歩解説を担当した柳澤哲さん

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例えば、メダル獲得など大活躍だったスケートボードの中継は、手に汗握りながらも楽しめた。解説者の「今のはゴン攻めですね~」や「おっ、ビッタビタに決めましたね!」などは初めて聞く表現なので、映像と比較しながらなんとなく意味の変換ができたことに我ながら苦笑いであった。「マジ、スッゲー!」と解説者が絶叫すれば、無観客とはいえ自分が観客席にいて隣の若者が技に驚嘆しているのではないかと錯覚を覚えるほどであった。

転じて陸上競技の競歩。見た目はひたすら地味な競技ではある。

競歩は決められた歩型で、20kmなら80分、50kmなら4時間近くを歩き続ける競技である。華麗な映像映えする場面もなければ、一発逆転できる高難度の技があるわけでもない。陸上競技においては唯一スタートからフィニッシュまで審判員が歩型をチェックし、3回の違反(警告)が言い渡されるとペナルティゾーンで待機しなければならず(※20kmは2分間、50kmは5分間)、その後にレース復帰して再度違反となるとゴール直前でも「失格」となる。

※必ずいずれかの足が地面に設置していなくてはならない→ロス・オブ・コンタクト
※着地している膝がしっかり伸びていなければならない→ベント・ニー

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日本陸連の競歩競技に関する審判及び競技運営要項は39ページにも及ぶ。時速16kmに達するスピードで進んでいく歩型がルール通りであるかを見極めなければならず、審判員の動体視力も常人離れしている。その審判員が厳しい視線でチェックするなか、凄まじいスピードで歩き続ける競歩選手はまるで宮大工のようであると常々感じている。その匠の技とでも言える歩きで、世界の強豪たちと互角に先頭集団を形成する姿に、柳澤さんは心に期すものがあったのだろう。解説の一言ひとことに競歩愛が溢れていた。それは私だけが感じたのではなく、多くの視聴者がそのように捉えていたらしい。

柳澤さんが解説に込めた競歩の奥深さやレース展開の面白さ、日本が世界のトップクラスになってきた背景など、様々なエピソードを交えながらTV画面から目が離せなくなるような熱い解説ができたのには、彼の競技人生と深く関わりがあるからだろう。

30歳で快挙を達成した苦労人

信州の豪雪地帯である長野県の中野実業高校(現・中野立志館高校)を卒業し、平成元年に山梨学院大学陸上競技部に競歩の選手として入学してきた。高校時代はほとんど特筆すべき実績はなかったものの、当時指導にあたっていた掛川和彦先生から「こだわりを持ってとことん競技に打ち込むタイプなので」と将来の可能性と期待を込めて紹介を受けたのが入学のきっかけだった。大学入学後は着実に力をつけ、日本インカレで優勝するまでになった。その後は社会人9年目の2001年エドモントン世界選手権男子20km競歩で、日本人初の世界大会入賞を果たしている。30歳を迎えた苦節の末の快挙であった。

大学卒業後、1994年、95年と連続して日本記録を更新して迎えたアトランタ五輪最終選考会では、残り2kmで失格となり、代表を逃している。このとき同じ山梨学院大学陸上部で1年後輩の三森由香が、女子10km競歩のオリンピック代表になっている。その年、真の実力を証明しようと挑んだドイツグランプリでは、日本新記録を出したものの、フィニッシュ後またしても歩型違反で失格となってしまった。判定を下すのは審判員であり、他の陸上種目にはない厳しさがそこにはある。

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単により速くではなく、誰が見てもより正確な歩きでなくてはならない。だから「宮大工のようであり、匠の技」という表現を用いた。しかしながら、当時の柳澤さんにとって、記録は世界レベルに到達しながら、歩型が日本国内でも海外でも認められなかったことに対する、苛立ちと絶望はとても深い闇の中にあったことを本人が語っている。

しかし、彼はその闇から抜け出すために、当時競歩の本場とも言われたメキシコにトレーニングの拠点を移した。世界で通用するスピードと、世界で認められるフォーム獲得に向けて地道なトレーニングを積むことを選択したからだ。

そして世界ランキング8位のタイムを引っ提げてシドニー五輪代表になる。10kmの途中計時では当時の日本記録を更新するハイペースでチャレンジするも、後半に失速。またしても自分の歩きができず22位と大敗した。そんな苦節9年の軌跡を描きながらの7位入賞の一報は、私にとってもこの上もなく大きな喜びであった。

現役時代の柳澤さん(左)

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世界選手権入賞後に世界のレベルで戦う意気込みの原点はどこから来ているのか尋ねたことがある。少し恥ずかしそうではあるが、はっきりとした口調で「高校時代は長野県のトップになることすら思いもしていなかった。大学の陸上競技部に身を置き、自分の周りが箱根駅伝という目標に向かって高い志で取り組んでいる姿に触発されたことだと思います」と語ってくれたことを思い出させてくれた。

彼の意思を継ぐように、同じ高校・大学の後輩である藤澤勇がロンドン、リオと2大会連続でオリンピックに出場し、この7月に引退を表明している。

どんなに苦しくても、宮大工のように正確な動きを続ける彼の歩きは、高校時代の恩師が語ってくれたように、こだわりを持ってとことん打ち込んできたからこそ、得られる職人芸だろう。そのこだわりを一番苦しい時にこそ、捨てずに努力を積み重ねてきた柳澤さんにとって、酷暑のオリンピックで競歩する選手たちを見つめる眼差しが熱いのは当然である。その眼差しは十分すぎるほど選手たちの心象風景を汲み取ることができての解説だったのだとひとりごちた。

新旧交代という新陳代謝を経て、日本競歩界の活況に熱い思いを届けた解説者の矜持がここにあったと思う。

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50km競歩が今大会を最後に五輪種目から除外されることが決定している。記念すべきオリンピック最後のレースは、伏兵のトマラ選手(ポーランド)が中盤過ぎに抜け出て後続を引き離し、後半になっても独歩体制が変わらない展開となった。柳澤さんは親父ギャグ……は不謹慎かとも思い、言おうかどうしようか逡巡した挙げ句「トマラ選手トマり(止まり)ませんね?!」思わず言ってしまったそうだ。柳澤さんは苦笑いするだろうが、即座に座布団を一枚進呈したいところだった。

次回のパリ五輪でも日本人選手がゴン攻め(果敢に攻める)に競技し、ビッタビタ(完璧な演技や結果)に決めることを願ってやまない。

上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。
山梨学大の上田誠仁監督の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第12回「競歩愛に満ちたTV解説とその背景 ~オリンピック競歩解説者・柳澤哲~」

スポーツ中継には解説者がつきものである。当然その道のエキスパートが抜てきされ、わかりやすくレースの流れや勝敗の機微を予言し、選手の心象を紐解いたりで、頷いてみたり感心したりがスポーツ中継の楽しみ方でもある。 今回の東京五輪陸上競技解説者として2人の本学卒業生が担当した。男子マラソンでは箱根駅伝第70回記念大会で山梨学院大学の総合優勝のフィニッシュテープを切り、3度の世界選手権男子マラソン日本代表(ヘルシンキ大会において銅メダル獲得)となり、北京五輪代表の尾方剛さん(広島経済大学准教授・陸上競技部監督)、競歩では男女全種目の中継を担当した男子20km競歩元日本記録保持者でシドニー五輪代表の柳澤哲さん(株式会社協和・山梨学院大学競歩コーチ)が含蓄のある解説をしてくれた。お二人とも書きたい事は山ほどあるのだが、今回は柳澤さんについて書かせていただきたい。 解説が終了した直後から、ネット上では解説者ネタで盛り上がっていたので驚いた。過去にそのような例をあまり知らない。 柳澤さんに聞くと、広く視聴者の皆様方に競歩とはどのような競技で、どこが技術的に難しいのかわかりやすく言語変換して解説することを心がけたそうだ。そういえば、今回のオリンピックは新競技がかなり実施されており、馴染みの薄い競技はアナウンサーや解説者の説明に助けられながらの視聴であった。 東京五輪の競歩解説を担当した柳澤哲さん 例えば、メダル獲得など大活躍だったスケートボードの中継は、手に汗握りながらも楽しめた。解説者の「今のはゴン攻めですね~」や「おっ、ビッタビタに決めましたね!」などは初めて聞く表現なので、映像と比較しながらなんとなく意味の変換ができたことに我ながら苦笑いであった。「マジ、スッゲー!」と解説者が絶叫すれば、無観客とはいえ自分が観客席にいて隣の若者が技に驚嘆しているのではないかと錯覚を覚えるほどであった。 転じて陸上競技の競歩。見た目はひたすら地味な競技ではある。 競歩は決められた歩型で、20kmなら80分、50kmなら4時間近くを歩き続ける競技である。華麗な映像映えする場面もなければ、一発逆転できる高難度の技があるわけでもない。陸上競技においては唯一スタートからフィニッシュまで審判員が歩型をチェックし、3回の違反(警告)が言い渡されるとペナルティゾーンで待機しなければならず(※20kmは2分間、50kmは5分間)、その後にレース復帰して再度違反となるとゴール直前でも「失格」となる。 ※必ずいずれかの足が地面に設置していなくてはならない→ロス・オブ・コンタクト ※着地している膝がしっかり伸びていなければならない→ベント・ニー 日本陸連の競歩競技に関する審判及び競技運営要項は39ページにも及ぶ。時速16kmに達するスピードで進んでいく歩型がルール通りであるかを見極めなければならず、審判員の動体視力も常人離れしている。その審判員が厳しい視線でチェックするなか、凄まじいスピードで歩き続ける競歩選手はまるで宮大工のようであると常々感じている。その匠の技とでも言える歩きで、世界の強豪たちと互角に先頭集団を形成する姿に、柳澤さんは心に期すものがあったのだろう。解説の一言ひとことに競歩愛が溢れていた。それは私だけが感じたのではなく、多くの視聴者がそのように捉えていたらしい。 柳澤さんが解説に込めた競歩の奥深さやレース展開の面白さ、日本が世界のトップクラスになってきた背景など、様々なエピソードを交えながらTV画面から目が離せなくなるような熱い解説ができたのには、彼の競技人生と深く関わりがあるからだろう。

30歳で快挙を達成した苦労人

信州の豪雪地帯である長野県の中野実業高校(現・中野立志館高校)を卒業し、平成元年に山梨学院大学陸上競技部に競歩の選手として入学してきた。高校時代はほとんど特筆すべき実績はなかったものの、当時指導にあたっていた掛川和彦先生から「こだわりを持ってとことん競技に打ち込むタイプなので」と将来の可能性と期待を込めて紹介を受けたのが入学のきっかけだった。大学入学後は着実に力をつけ、日本インカレで優勝するまでになった。その後は社会人9年目の2001年エドモントン世界選手権男子20km競歩で、日本人初の世界大会入賞を果たしている。30歳を迎えた苦節の末の快挙であった。 大学卒業後、1994年、95年と連続して日本記録を更新して迎えたアトランタ五輪最終選考会では、残り2kmで失格となり、代表を逃している。このとき同じ山梨学院大学陸上部で1年後輩の三森由香が、女子10km競歩のオリンピック代表になっている。その年、真の実力を証明しようと挑んだドイツグランプリでは、日本新記録を出したものの、フィニッシュ後またしても歩型違反で失格となってしまった。判定を下すのは審判員であり、他の陸上種目にはない厳しさがそこにはある。 単により速くではなく、誰が見てもより正確な歩きでなくてはならない。だから「宮大工のようであり、匠の技」という表現を用いた。しかしながら、当時の柳澤さんにとって、記録は世界レベルに到達しながら、歩型が日本国内でも海外でも認められなかったことに対する、苛立ちと絶望はとても深い闇の中にあったことを本人が語っている。 しかし、彼はその闇から抜け出すために、当時競歩の本場とも言われたメキシコにトレーニングの拠点を移した。世界で通用するスピードと、世界で認められるフォーム獲得に向けて地道なトレーニングを積むことを選択したからだ。 そして世界ランキング8位のタイムを引っ提げてシドニー五輪代表になる。10kmの途中計時では当時の日本記録を更新するハイペースでチャレンジするも、後半に失速。またしても自分の歩きができず22位と大敗した。そんな苦節9年の軌跡を描きながらの7位入賞の一報は、私にとってもこの上もなく大きな喜びであった。 現役時代の柳澤さん(左) 世界選手権入賞後に世界のレベルで戦う意気込みの原点はどこから来ているのか尋ねたことがある。少し恥ずかしそうではあるが、はっきりとした口調で「高校時代は長野県のトップになることすら思いもしていなかった。大学の陸上競技部に身を置き、自分の周りが箱根駅伝という目標に向かって高い志で取り組んでいる姿に触発されたことだと思います」と語ってくれたことを思い出させてくれた。 彼の意思を継ぐように、同じ高校・大学の後輩である藤澤勇がロンドン、リオと2大会連続でオリンピックに出場し、この7月に引退を表明している。 どんなに苦しくても、宮大工のように正確な動きを続ける彼の歩きは、高校時代の恩師が語ってくれたように、こだわりを持ってとことん打ち込んできたからこそ、得られる職人芸だろう。そのこだわりを一番苦しい時にこそ、捨てずに努力を積み重ねてきた柳澤さんにとって、酷暑のオリンピックで競歩する選手たちを見つめる眼差しが熱いのは当然である。その眼差しは十分すぎるほど選手たちの心象風景を汲み取ることができての解説だったのだとひとりごちた。 新旧交代という新陳代謝を経て、日本競歩界の活況に熱い思いを届けた解説者の矜持がここにあったと思う。 50km競歩が今大会を最後に五輪種目から除外されることが決定している。記念すべきオリンピック最後のレースは、伏兵のトマラ選手(ポーランド)が中盤過ぎに抜け出て後続を引き離し、後半になっても独歩体制が変わらない展開となった。柳澤さんは親父ギャグ……は不謹慎かとも思い、言おうかどうしようか逡巡した挙げ句「トマラ選手トマり(止まり)ませんね?!」思わず言ってしまったそうだ。柳澤さんは苦笑いするだろうが、即座に座布団を一枚進呈したいところだった。 次回のパリ五輪でも日本人選手がゴン攻め(果敢に攻める)に競技し、ビッタビタ(完璧な演技や結果)に決めることを願ってやまない。
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。

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