2026.08.28
ジブリ作品が好き
――陸上を始めた時期ときっかけは。
泉谷 小学1年生の時です。5歳上の兄が陸上を始めたいと言い出し、親から「お前も一緒にどうや」と勧められたのがきっかけで、三宅陸上クラブに入りました。
――始めた頃はどのように取り組んでいたのですか。
泉谷 水曜日と土曜日の週2回、最初は100mや走幅跳を遊び感覚で楽しんでいました。記録を目指すというよりは、みんなと一緒に走ったり跳んだりするのが純粋に楽しかったです。
――棒高跳を始めた理由を教えてください。
泉谷 中学1年生の時に、これも兄の影響で、兄が中学から棒高跳を始めていたからです。当時の顧問の先生に、入学前から「お前には棒高跳の才能があると思うねん」と熱心に誘われ続け、挑戦することに決めました。
――棒高跳に特化したクラブチーム「Yellow Poles」でも練習しているそうですね。
泉谷 中学3年生の頃、全中の参加標準記録を突破したいという強い思いがあり、レベルの高い環境を求めて週3回、通い始めました。
――田原本中時代は3年時の全中(17位)やU16大会(5位)に出場。どんな中学時代でしたか。
泉谷 充実した3年間でした。ただ、1年ごとに顧問の先生が変わって、指導内容に対応していく難しさも感じました。
――王寺工高へ進学した理由は。
泉谷 当初は中学で競技を辞めて普通の進学校に行こうと考えていたんです。でも、願書提出の2週間前、岸本先生が学校に来てくださって、「高校でもやらへんか? お前なら日本一とか世界を狙えるレベルになれると思う」と誘われました。競技を辞めたいと思いながらも、運動は好きですし、棒高跳ならまだ続けてもいいかなという感じで、急きょ、王寺工高に進路変更しました。
――普段の練習はどうしていますか。
泉谷 王寺工がYellow Polesの本拠地なので練習施設は整っています。練習は跳躍練習が中心なので、自分でも気づかないうちに技術が上がっていくのがおもしろいです。
――在校生や卒業生の多くがYellow Polesで練習しているそうですね。日本学生個人選手権2連覇で、自己ベスト5m57のOB・原口篤志選手(大経大院)とも一緒ですか。
泉谷 原口先輩をはじめOBの方々もたまに練習に来てくださいます。みんな優しい人ばかりなので、丁寧に教えていただいています。

26年インターハイでただ1人5m10をクリアした泉谷選手
――部活動以外の学校生活について教えてください。
泉谷 自宅から電車と徒歩で40分ほどかけて通っていますが、楽しく過ごせています。
――得意な教科は。
泉谷 得意なのは英語と数学です。正解した時の達成感が好きです。その点は棒高跳にも共通しているかもしれません。
――休日はどのように過ごすことが多いですか。
泉谷 基本は日曜日が休みですが、次の日からの練習に備えてストレッチをしたり、朝に軽く散歩をしたりします。近くにある唐古・鍵遺跡史跡公園をランニングすることもあります。前日までの練習で疲れている時は家でゴロゴロしてるほうが多いです。
――息抜きができる趣味はありますか。
泉谷 スマホゲームと、ジブリの絵を描くことです。ジブリは映画も好きです。
――スタジオジブリの作品で一番好きなものは。
泉谷 『ハウルの動く城』です。炎の悪魔カルシファーが家の間取りを決めるシーンが好きで、ジブリ特有の世界観を映画で感じたり、絵を描いたりするのが気分転換になります。
――普段から食事に気を使っていますか。
泉谷 食べてもあまり太らない体質で、逆にもう少し太りたいぐらいなので、食事はそこまで気にしていません。好きなのは親子丼です。
――将来的な夢や目標を教えてください。
泉谷 競技を引退した後は、将来はスポーツトレーナーになりたいです。高校に入って指導者やサポートしてくださる方のありがたみをより強く感じるようになったので、今度は自分が選手をサポートする側になりたいと思っています。
構成/小野哲史
デュプランティス選手は“棒高跳における正解の究極点”
――インターハイ優勝、おめでとうございます。あらためて感想を聞かせてください。 泉谷 高校に入ってからずっとインターハイ優勝を目標に掲げてきて、1、2年生の時はどちらも予選を通過することができませんでした。最後の今回は「もうやるしかない」という覚悟で挑んで、レベルの高い決勝の舞台で、自分の思うような跳躍ができて優勝できたので、自分の成長を感じることができました。 ――周囲の人たちの反応はいかがでしたか。 泉谷 夜遅かったこともあり、会場に直接来る人は限られていましたが、家族は見に来てくれました。また、小学校からの知り合いや中学時代の先生たちも彦根に来たり、多くの人がライブ配信で応援してくれて、終わった後もお祝いの連絡をたくさんいただきました。 ――どなたの、どんな言葉が最も印象に残っていますか。 泉谷 小学校の頃に入っていたクラブチームの先生に、「いつも見ていたけれど、今日は一番輝いていたよ」と言ってもらえたのが、一番うれしかったです。 ――4m70、4m80、4m90と1回でクリアしたあと、厳しい場面やいろいろな駆け引きがありました。 泉谷 5m00までは無駄な試技を増やして順位を下げないよう、焦らずいつも通りの跳躍をすることだけを考えていました。 ――5m00以降はいかがでしたか。 泉谷 5m00で3本目まで追い込まれた時は、心臓がバクバクして頭が真っ白になりかけました。でも、顧問の岸本(猛)先生から「いつも通りやで」と言われ、しっかり深呼吸して臨んだら、いつもの感覚で跳べました。その後の5m05は、跳んでも優勝が決まるわけではないと先生と話し合い、5m10で勝負するためにパスを選択して体力を温存しました。5m10なら跳べるという自信がありました。 ――5m10を1回で成功して、優勝が決まったと思いましたか。 泉谷 気持ちとしては半分半分でした。「これで優勝できるかも」という思いと、「まだ5m15や20がある。しっかり身体を作っておかないと」という思いの両方がありました。 ――今年のインターハイは夕方からの開催で棒高跳も18時50分開始でした。大会前は夜対策などの準備をしましたか。 泉谷 特別な夜対策はしていません。もともと周りの環境にはあまり左右されないタイプですし、近畿大会も同じ会場だったので、不安は全然なかったです。 ――インターハイは1年時から出場しています。2度の出場で学んだことは。 泉谷 インターハイは他の全国大会とも違う独特の緊張感があります。でも、インターハイだからと考えすぎても動きが硬くなってしまうので、練習だと思って気楽な跳躍を意識しました。予選も緊張することなく、リラックスして通過できたので、2年間の学びが出ました。 ――秋以降の大会予定と目標を教えてください。 泉谷 U20日本選手権と国民スポーツ大会に出場予定です。U20では5m40ぐらい跳んで3位以内に入ること、国スポは優勝を目指すのはもちろん、5m52の高校新記録を狙っていきたいです。 ――高校記録更新への手応えは。 泉谷 今すぐに跳べるという状態ではありませんが、ポールの長さや硬さをさらに上げていくことで、跳べる可能性は全然あると思っています。 ――顧問の岸本先生からよく言われていることは。 泉谷 3年間ずっと「日本一になるぞ」と言ってもらい励ましていただきました。技術面では「空中動作を誰よりもうまく」と指導を受けています。ただ、練習メニューは細かく決められているわけではなく、自主性に任されている部分が多いので、自分たちでハンディをつけてバーを跳ぶ勝負をするなど、楽しみながら高め合っています。 ――自身の持ち味と課題を分析してください。 泉谷 持ち味はポールを突っ込んでからの振り上げです。身体がバーのほうに流れず、ポールに沿って真上に上がる動作は他の選手に負けない部分だと思っています。課題は助走の安定感です。これまであまり意識してこなかった部分なので、精度を高めればもっと記録が伸びると確信しています。 ――高校最後のシーズンを前に冬季や春先はどんな部分を磨いてきましたか。 泉谷 部活では走り込みのメニューがないので、自分から300mや400mを走るようにしました。以前、全国大会の競り合いで脚に疲労がたまって負けた経験があったので、助走を最後までできるようにしようと走り込みました。 ――6月の近畿大会でこれまでの自己ベストを13cm更新する5m24をクリアしました。 泉谷 明確な目標設定と、練習で実際の記録より高いゴムバーを設定して何度も跳んできたこと。その積み重ねが自信につながりました。 ――110mハードルの泉谷(いずみや)駿介選手が有名ですが、「いずみや」と呼ばれたことはありませんか。 泉谷 しょっちゅう間違えられます(笑)。いつか「『ポールは、いづたに』と呼んでもらえるように、これからも頑張りたいです。 ――高校卒業以降、競技者としての目標や夢は。 泉谷 大学に進学して、記録をさらに伸ばして世界大会やオリンピックに出場することが大きな夢です。 ――あこがれている、あるいは目標にしている選手はいますか。 泉谷 世界記録保持者のアルマンド・デュプランティス選手(スウェーデン)です。“棒高跳における正解の究極点”というか、助走から最後までの完成度が高過ぎるので、どこを見てもどの選手よりうまいと感じます。デュプランティス選手の動画はほとんど毎日見ています。ジブリ作品が好き
――陸上を始めた時期ときっかけは。 泉谷 小学1年生の時です。5歳上の兄が陸上を始めたいと言い出し、親から「お前も一緒にどうや」と勧められたのがきっかけで、三宅陸上クラブに入りました。 ――始めた頃はどのように取り組んでいたのですか。 泉谷 水曜日と土曜日の週2回、最初は100mや走幅跳を遊び感覚で楽しんでいました。記録を目指すというよりは、みんなと一緒に走ったり跳んだりするのが純粋に楽しかったです。 ――棒高跳を始めた理由を教えてください。 泉谷 中学1年生の時に、これも兄の影響で、兄が中学から棒高跳を始めていたからです。当時の顧問の先生に、入学前から「お前には棒高跳の才能があると思うねん」と熱心に誘われ続け、挑戦することに決めました。 ――棒高跳に特化したクラブチーム「Yellow Poles」でも練習しているそうですね。 泉谷 中学3年生の頃、全中の参加標準記録を突破したいという強い思いがあり、レベルの高い環境を求めて週3回、通い始めました。 ――田原本中時代は3年時の全中(17位)やU16大会(5位)に出場。どんな中学時代でしたか。 泉谷 充実した3年間でした。ただ、1年ごとに顧問の先生が変わって、指導内容に対応していく難しさも感じました。 ――王寺工高へ進学した理由は。 泉谷 当初は中学で競技を辞めて普通の進学校に行こうと考えていたんです。でも、願書提出の2週間前、岸本先生が学校に来てくださって、「高校でもやらへんか? お前なら日本一とか世界を狙えるレベルになれると思う」と誘われました。競技を辞めたいと思いながらも、運動は好きですし、棒高跳ならまだ続けてもいいかなという感じで、急きょ、王寺工高に進路変更しました。 ――普段の練習はどうしていますか。 泉谷 王寺工がYellow Polesの本拠地なので練習施設は整っています。練習は跳躍練習が中心なので、自分でも気づかないうちに技術が上がっていくのがおもしろいです。 ――在校生や卒業生の多くがYellow Polesで練習しているそうですね。日本学生個人選手権2連覇で、自己ベスト5m57のOB・原口篤志選手(大経大院)とも一緒ですか。 泉谷 原口先輩をはじめOBの方々もたまに練習に来てくださいます。みんな優しい人ばかりなので、丁寧に教えていただいています。 [caption id="attachment_215104" align="alignnone" width="800"]
26年インターハイでただ1人5m10をクリアした泉谷選手[/caption]
――部活動以外の学校生活について教えてください。
泉谷 自宅から電車と徒歩で40分ほどかけて通っていますが、楽しく過ごせています。
――得意な教科は。
泉谷 得意なのは英語と数学です。正解した時の達成感が好きです。その点は棒高跳にも共通しているかもしれません。
――休日はどのように過ごすことが多いですか。
泉谷 基本は日曜日が休みですが、次の日からの練習に備えてストレッチをしたり、朝に軽く散歩をしたりします。近くにある唐古・鍵遺跡史跡公園をランニングすることもあります。前日までの練習で疲れている時は家でゴロゴロしてるほうが多いです。
――息抜きができる趣味はありますか。
泉谷 スマホゲームと、ジブリの絵を描くことです。ジブリは映画も好きです。
――スタジオジブリの作品で一番好きなものは。
泉谷 『ハウルの動く城』です。炎の悪魔カルシファーが家の間取りを決めるシーンが好きで、ジブリ特有の世界観を映画で感じたり、絵を描いたりするのが気分転換になります。
――普段から食事に気を使っていますか。
泉谷 食べてもあまり太らない体質で、逆にもう少し太りたいぐらいなので、食事はそこまで気にしていません。好きなのは親子丼です。
――将来的な夢や目標を教えてください。
泉谷 競技を引退した後は、将来はスポーツトレーナーになりたいです。高校に入って指導者やサポートしてくださる方のありがたみをより強く感じるようになったので、今度は自分が選手をサポートする側になりたいと思っています。
構成/小野哲史
泉谷選手のプロフィールをチェック!
◎いづたに・ゆきや/2008年10月19日生まれ。奈良県田原本町出身。田原本中―王寺工高。兄の影響で小学1年生から陸上を始める。田原本中で短距離や走高跳、走幅跳などと並行して棒高跳に取り組み、3年時(23年)に愛媛全中に出場。17位タイに終わったが、秋のU16大会では5位に入り、全国大会初入賞。高校1年時はU18大会で4位。2年時には滋賀国民スポーツ大会少年共通で7位、U18大会は2位と入賞している。3回目の出場となった今年のインターハイで、悲願の頂点に立った。自己ベストは5m24(26年)。 [caption id="attachment_215105" align="alignnone" width="800"]
表彰式後の泉谷選手(中央下、26年インターハイ)[/caption] RECOMMENDED おすすめの記事
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