2020.03.14
「自分自身に集中する」
日本最強スプリンターが描く〝帰還〟へのシナリオ
2020年シーズン開幕に向けて冬季練習も最終段階に入った山縣。米国フロリダ州のセント・マリア島のビーチにて
2012年ロンドン五輪、16年リオ五輪の準決勝で、いずれも夢のファイナルにあと一歩と迫った。18年は日本選手を相手に無敗を誇り、自己ベストは2度の10秒00。活況を呈す日本の男子100mにあって、その強さが際立つスプリンターが山縣亮太(セイコー)だ。
昨年は背中の痛みに悩まされ、6月の日本選手権直前には肺気胸を発症。実質、5月でシーズンが終わることになった。だからと言って、山縣が自信を失ったということはない。これまでの道のりも決して順風満帆ではなかった。3度目の五輪、悲願のファイナリストへ――静かに闘志を燃やし、冬季練習に打ち込んでいる。合宿地の米国フロリダ州で、自身の現在地を聞いた。
文/小川雅生
米国・IMGアカデミーでの長期合宿
昨年11月1日から、年末年始の一時帰国を挟み、山縣亮太(セイコー)は3ヵ月、米国フロリダ州に滞在。自らの身体との対話に集中する日々を過ごしている。2月中旬、当地の宿泊先を訪れると、「結構いい状態というか、楽しんでやっていますよ」と日焼けをした顔をほころばせた。
拠点にしたのは、フロリダ半島中西部にある「IMGアカデミー」。メキシコ湾にほど近い広大な土地に、世界屈指の充実したトレーニング施設が整う。高校までのエリート教育もなされており、男子バスケットボール部は全米ナンバーワンに輝くほど。冬でも日中は20度を軽く超える温暖な気候でもあり、環境は言うことなし。一昨年末の視察を含め、訪れるのはこれで3度目となり、慣れ親しんだ土地になったことも大きい。
とはいえ、これだけの長期間、海外を拠点に置くことはこれまでなかった。その中で、IMGアカデミーでじっくりと腰を据えたことには、それだけの理由がある。昨年、崩れてしまった身体のバランスを整え、自身の走りのイメージにフィットさせるためには、よりトレーニングに集中できる環境が必要だった。
「筋力トレーニングと一口に言ってもやり方はたくさんあるのですが、フォームや刺激の入れ方・タイミングを今回は変えてきています。それをこの恵まれた環境を生かして、(レースに)十分に発揮できるようにしていけたらいいなと思って、今回もこの地を選びました」
スプリンターの感覚は、非常に繊細だ。ほんのわずかな姿勢、タイミングの違いで、本来の感覚が失われてしまう。
2019年、山縣はシーズンインを目前にそれが狂った。背中の痛みに悩まされ、日本選手権前には肺気胸を患った。最大の目標に掲げていたドーハ世界選手権はおろか、5月のゴールデングランプリ大阪の4×100mリレー(2走/ 38秒00)を最後に表舞台から姿を消した。
肺気胸から回復した7月上旬にトレーニングを再開し、まだ可能性の残ったドーハ世界選手権のリレー代表入りを目指したが、腰やハムストリングスに痛みが出て断念。苦難の1年を、「全部自分が蒔いた種というか、原因がある話」と振り返った。
痛みの原因は「後ろ重心」への偏り
最先端のトレーニング施設が整うIMGアカデミーで昨年11月からじっくりと身体を作ってきた山縣
なぜ、そうなったのか。背中の痛みについて、明確な診断は出なかった。肺気胸も、その原因が今も判然としない。だが、「いろいろな人の力を借りて考えていった結果、『こうなんじゃないか』という一つの結論めいたものに達しました」。
その発端は、キャリア最高のシーズンと言える2018年にさかのぼる。この年、アジア大会で自身2度目の10秒00をマークして銅メダルを手にしたほか、日本選手権で5年ぶりの優勝を飾るなど、日本人に負けなしを誇った。
当時のフォームには、見た目にもわかる違いがあった。ポイントは重心の位置が「前」か「後ろ」か。わかりやすく極端な言い方をすれば、17年までは加速に乗せやすい「前傾」を意識し、18年はトップスピード維持につながる「後傾」を意識していたという。
実際は前述した通り、非常に微妙な感覚なのだが、18年、特にその後半は前傾と後傾の良さがうまくミックスされ、「いい作品に仕上がった」と山縣は感じていた。
ただ、そこから「後ろ重心にフォーカスし過ぎた」と振り返る。
「『これが自分が速く走るための技術的な方法なんだ』みたいにこだわり過ぎちゃって、今度は前傾姿勢を取れなくなったんです。後ろ重心に偏った走りになって、背中の痛みなどいろんな弊害が出てきてしまったのかなと自分なりに思っています」
※この続きは2020年3月14日発売の『月刊陸上競技4月号』をご覧ください。
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「自分自身に集中する」 日本最強スプリンターが描く〝帰還〟へのシナリオ
2020年シーズン開幕に向けて冬季練習も最終段階に入った山縣。米国フロリダ州のセント・マリア島のビーチにて
2012年ロンドン五輪、16年リオ五輪の準決勝で、いずれも夢のファイナルにあと一歩と迫った。18年は日本選手を相手に無敗を誇り、自己ベストは2度の10秒00。活況を呈す日本の男子100mにあって、その強さが際立つスプリンターが山縣亮太(セイコー)だ。
昨年は背中の痛みに悩まされ、6月の日本選手権直前には肺気胸を発症。実質、5月でシーズンが終わることになった。だからと言って、山縣が自信を失ったということはない。これまでの道のりも決して順風満帆ではなかった。3度目の五輪、悲願のファイナリストへ――静かに闘志を燃やし、冬季練習に打ち込んでいる。合宿地の米国フロリダ州で、自身の現在地を聞いた。
文/小川雅生
米国・IMGアカデミーでの長期合宿
昨年11月1日から、年末年始の一時帰国を挟み、山縣亮太(セイコー)は3ヵ月、米国フロリダ州に滞在。自らの身体との対話に集中する日々を過ごしている。2月中旬、当地の宿泊先を訪れると、「結構いい状態というか、楽しんでやっていますよ」と日焼けをした顔をほころばせた。 拠点にしたのは、フロリダ半島中西部にある「IMGアカデミー」。メキシコ湾にほど近い広大な土地に、世界屈指の充実したトレーニング施設が整う。高校までのエリート教育もなされており、男子バスケットボール部は全米ナンバーワンに輝くほど。冬でも日中は20度を軽く超える温暖な気候でもあり、環境は言うことなし。一昨年末の視察を含め、訪れるのはこれで3度目となり、慣れ親しんだ土地になったことも大きい。 とはいえ、これだけの長期間、海外を拠点に置くことはこれまでなかった。その中で、IMGアカデミーでじっくりと腰を据えたことには、それだけの理由がある。昨年、崩れてしまった身体のバランスを整え、自身の走りのイメージにフィットさせるためには、よりトレーニングに集中できる環境が必要だった。 「筋力トレーニングと一口に言ってもやり方はたくさんあるのですが、フォームや刺激の入れ方・タイミングを今回は変えてきています。それをこの恵まれた環境を生かして、(レースに)十分に発揮できるようにしていけたらいいなと思って、今回もこの地を選びました」 スプリンターの感覚は、非常に繊細だ。ほんのわずかな姿勢、タイミングの違いで、本来の感覚が失われてしまう。 2019年、山縣はシーズンインを目前にそれが狂った。背中の痛みに悩まされ、日本選手権前には肺気胸を患った。最大の目標に掲げていたドーハ世界選手権はおろか、5月のゴールデングランプリ大阪の4×100mリレー(2走/ 38秒00)を最後に表舞台から姿を消した。 肺気胸から回復した7月上旬にトレーニングを再開し、まだ可能性の残ったドーハ世界選手権のリレー代表入りを目指したが、腰やハムストリングスに痛みが出て断念。苦難の1年を、「全部自分が蒔いた種というか、原因がある話」と振り返った。痛みの原因は「後ろ重心」への偏り
最先端のトレーニング施設が整うIMGアカデミーで昨年11月からじっくりと身体を作ってきた山縣
なぜ、そうなったのか。背中の痛みについて、明確な診断は出なかった。肺気胸も、その原因が今も判然としない。だが、「いろいろな人の力を借りて考えていった結果、『こうなんじゃないか』という一つの結論めいたものに達しました」。
その発端は、キャリア最高のシーズンと言える2018年にさかのぼる。この年、アジア大会で自身2度目の10秒00をマークして銅メダルを手にしたほか、日本選手権で5年ぶりの優勝を飾るなど、日本人に負けなしを誇った。
当時のフォームには、見た目にもわかる違いがあった。ポイントは重心の位置が「前」か「後ろ」か。わかりやすく極端な言い方をすれば、17年までは加速に乗せやすい「前傾」を意識し、18年はトップスピード維持につながる「後傾」を意識していたという。
実際は前述した通り、非常に微妙な感覚なのだが、18年、特にその後半は前傾と後傾の良さがうまくミックスされ、「いい作品に仕上がった」と山縣は感じていた。
ただ、そこから「後ろ重心にフォーカスし過ぎた」と振り返る。
「『これが自分が速く走るための技術的な方法なんだ』みたいにこだわり過ぎちゃって、今度は前傾姿勢を取れなくなったんです。後ろ重心に偏った走りになって、背中の痛みなどいろんな弊害が出てきてしまったのかなと自分なりに思っています」
※この続きは2020年3月14日発売の『月刊陸上競技4月号』をご覧ください。
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