2025.09.10
女子100mハードル日本記録保持者の福部真子(日本建設工業)は、これまで何度も苦境に立たされてきた。天才少女ともてはやされた高校時代から一転、大学ではタイトルや自己記録更新から遠ざかり、コロナ禍で練習環境に悩み、何度もトラックから離れることを考えた。
そうした逆境をはねのけて、オリンピアンになった福部にとっても、今季は最も苦しいシーズンだった。
「病気になってから、世界大会や記録を目指してもいいものなのかってずっと迷っていたんです」
パリ五輪を終えたあと、福部の身体を異変が襲う。「10月中旬、朝起きたら首の辺りが激痛で、首を動かすのも痛かったんです。最初は熱もなかったし、筋肉痛くらいかな、と普通に過ごしていたんですが、週1回ほど発熱を繰り返しました。1日で熱は下がるし、だんだん痛みも引きました。新型コロナウイルスでもインフルエンザでもなかったです」。
11月上旬にまた体調が悪化。再び39度の高熱が出たことで何度か精密検査をし、菊池病だと診断された。発熱と頸部(首)のリンパ節腫脹という良性なリンパ節炎とされ、東洋人、特に20~30代の女性に多く見られる。原因不明の病気で、現代医学でも確立された治療法はない。
今季、シーズン初戦は5月のセイコーゴールデングランプリ。アジア選手権も体調不良で辞退せざるを得なかった。
日本選手権で3位を死守したが、試合数が少なかったため、ワールドランキングで出場圏内は難しい。世界選手権へは参加標準記録(12秒73)を切るしか道はなかった。
7月の実業団・学生対抗では12秒71(+1.1)をマークした中島ひとみ(長谷川体育施設)と並ぶようにフィニッシュして2位。だが、福部の記録は12秒74と、参加標準記録にあと0.01秒届かなかった。
「何度も、何度も立て直してきたのですが、試合に出るたびに身体が壊れていくように感じていました。病気にさえならなければって。普通に走って、普通に練習したい。熱が出たらお風呂にも浸かれない。普通でいいのに……」
このレースを「最後のチャレンジにしよう」と決めていた。レース直後も「どうしよう」と迷っていたが、コーチ、トレーナー、スタッフから「福井に行くだけ行って、無理ならおいしい海鮮を食べて帰ればいい」と励まされていた。
それから中5日、次戦だったAthlete Night Gamesの前日練習だった8月15日、炎天下の福井で福部が身体を動かしていた。「まぁまぁです。微熱くらい」。体調はキープしていたが、日本選手権で悪化した左膝と右アキレス腱の痛みもあり、ギリギリの状態。「最後まで頑張ります」。
翌日の決勝で12秒73(+1.4)をマーク。ライバルたちが祝福のハグに拍手。今季限りで引退を表明している、福部が「師匠」と仰ぐ寺田明日香(ジャパンクリエイト)が頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
不屈のハードラー、ここに極まれり。福部がつかんだ「意地」の0.01秒だった。
「あきらめなくて良かったです」
もともと、弱さを吐き出すことはしない。病気を公表するかどうかも「アスリートとしての葛藤はありました」。そういう目で見られること、言い訳がましく思われてしまうことを理解している。それでも、「菊池病になった私が走ることに意味があって、もがきながら頑張っている人がいるって伝わればいいかなって思うようになりました」。
22年オレゴン大会、昨年のパリ五輪に続いて3度目の世界大会は「自分史上、一番難しいものになる」と覚悟している。目標は「元気にスタートラインに立つこと」。国立競技場に福部真子らしい笑顔で立てれば、あとはいつも通り、美しく芸術的なハードリングで100mを駆け抜けるだけでいい。
■東京世界選手権
女子100mH 予選14日午前、準決勝・決勝15日午後
文/向永拓史
レース後には寺田明日香から労いの言葉をかけられた[/caption]不屈のハードラー、ここに極まれり。福部がつかんだ「意地」の0.01秒だった。「あきらめなくて良かったです」もともと、弱さを吐き出すことはしない。病気を公表するかどうかも「アスリートとしての葛藤はありました」。そういう目で見られること、言い訳がましく思われてしまうことを理解している。それでも、「菊池病になった私が走ることに意味があって、もがきながら頑張っている人がいるって伝わればいいかなって思うようになりました」。22年オレゴン大会、昨年のパリ五輪に続いて3度目の世界大会は「自分史上、一番難しいものになる」と覚悟している。目標は「元気にスタートラインに立つこと」。国立競技場に福部真子らしい笑顔で立てれば、あとはいつも通り、美しく芸術的なハードリングで100mを駆け抜けるだけでいい。■東京世界選手権
女子100mH 予選14日午前、準決勝・決勝15日午後文/向永拓史RECOMMENDED おすすめの記事
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