2025.09.15
9月14日に行われた東京世界陸上2日目の男子100m決勝。オブリク・セヴィル(ジャマイカ)が世界歴代10位タイの9秒77(+0.3)で初の金メダルに輝き、ケショーン・トンプソンとジャマイカ勢初のワンツーを占めた。連覇を狙ったノア・ライルズ(米国)は3位。一方で日本勢は3人そろって予選敗退と苦戦を強いられた。2008年北京五輪男子4×100mリレー銀メダリストの高平慎士さん(富士通一般種目ブロック長)に、レースを振り返ったもらった。
◇ ◇ ◇
ノア・ライルズ選手(米国)がパリ五輪を含む3年連続の金メダルと、世界陸上2大会連続の3冠が懸かった中でどこまで仕上げてくるのか。最後までそこが読めなかったですが、やはり今シーズンを通じてしっかりと走れていた選手が上位に来たという印象です。決勝で不正スタートのため失格したレツィレ・テボゴ選手(ボツワナ)もそうですが、今季うまく走れていなかった選手がピンポイントにピークを合わせるということは難しいことなのだということが、すごく出たレースだったと感じました。
そういう意味で、優勝したオビリク・セヴィル選手(ジャマイカ)は、今季安定して9秒8台をマークし、8月のDLはロンドンを9秒86、大雨のローザンヌを9秒87で制しています。ローザンヌではライルズと直接対決をし、0.15秒も先着。アベレージの高さが目立っていました。
ただ、これまでの世界大会では自由に走れる準決勝までは良くても、決勝で固くなるイメージの選手。揉まれる中でどう力を発揮するかが大事で、それが9秒77で持ってきた。このタイムはもちろん簡単に出せるものではなく、それを決勝でしっかりと達成できたといことは、ついに壁を破った証拠でしょう。脚の回転が良さが彼のストロングポイント。後半の走りは日本人選手がなかなか真似できるものではありません。その動きにもっていくまでに力を使い果たしてしまうので、後半にそれを出せるセヴィル選手は強さ、メンタルは高いレベルで備えていたのですが、それがやっと形になったのではないでしょうか。
キシェーン・トンプソン選手(ジャマイカ)、ケネス・トンプソン選手(米国)は「シルバー」の印象がついてしまったかもしれません。もちろんダイヤモンドリーグなどハイレベルなレースで勝てていないわけではないですが、「勝つ」経験値をいかに作り上げるかが大事。とはいえ、いつも惜しい位置に必ず顔を出していることも、いつか勝つためには必要ななことだもと思います。
ライルズ選手も速かったです。速いですが、勝つために必要なレベルに達していたかというと、そうではなかったでしょう。ライルズ選手の自己ベストは9秒79。自己新を出さないと勝てないレベルだったわけですが、ケガの影響で4月後半から2ヵ月以上鮮烈から離れていた流れのなかで、その水準の力を作れていたのかと言われれば、疑問を持たざるを得ません。
また、もともとは200mを主戦場にしてきた選手で、100mという空間の中でいかに正確な技術を持って爆発させるか、というゲームをまだ作り上げられていないのではないかという印象があります。200mは、その距離の中でいかにうまく乗り込んでいって自由に走るかというゲーム。その差をまだ埋め切れていないのかな、と。これまでは、結果的に巧みなレースをしてチャンピオンになってきましたが、今回のように抑えられないレベルになった時にどうしていくのか。3年後のロサンゼルス五輪に向けて、最大スピードをどのように作り上げ、100mの能力を高めていくのか、今後注目したいと思います。
全体のレベルを見てみると、優勝には9秒7台、メダルは9秒8台が必要となり、準決勝突破のボーダーライン9秒97。パリ五輪(9秒93)ほどではないにしろ、やはり9秒台を普通に出す力が必要があることは間違いありません。参加標準記録が10秒00である以上、世界において9秒台はもはや“普通”のこと。世界の強者たちは、ここを最低ラインにシーズンを戦っています。
それに対して日本勢は、2組の守祐陽選手(大東大)が10秒37(+0.1)で7着、3組の桐生祥秀(日本生命)が10秒28(-1.1)で5着、7組のサニブラウ・アブデル・ハキーム(東レ)が10秒37(±0)で7着と、いずれも予選敗退となりました。男子100mでラウンドを突破できなかったのは、15年北京大会以来のことです。
厳しく言えば「話にならなかった」と思います。参加標準記録を5人も突破した史上最高レベルの代表選考を突破した3人ですから、「次があるよ」と簡単に言ってはいけない。なぜ、この結果になったのかについては、しっかりと検証すべきでしょう。
世界の100mの場に日本代表としてスタートラインに立つということが、どういうことなのか。戦うフィジカル、メンタルを作れていたのか。もっとやれること、できたことはなかったのか。「準備ができなかった」というステージにいては、今の世界と互角に戦うことなどはできないでしょう。若い選手たちの見本となるためにも、そして期待値が高いからこそ、それぞれの今回のレースをしっかりと見つめ、振り返り、世界と互角に戦うための糸口を見つけていってほしいなと思います。
柔道で五輪3連覇を成し遂げた野村忠信さんから「オリンピックは特別であって、特別じゃない場所にするべき」と言われたことがあります。それは自国開催の今大会にも当てはまるでしょう。
私も出場した2007年の大阪世界陸上でも、自国開催の重圧や選手たちが大会を盛り上げようとする機運の中で、日本を代表する選手たちが次々と苦戦する状況に陥りました。今大会は満員の大声援を力に変えている選手も多いですが、男子100mの3人は大阪に近かったのかもしれません。
◎高平慎士(たかひら・しんじ)
富士通陸上競技部一般種目ブロック長。五輪に3大会連続(2004年アテネ、08年北京、12年ロンドン)で出場し、北京大会では4×100mリレーで銀メダルに輝いた(3走)。自己ベストは100m10秒20、200m20秒22(日本歴代7位)
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