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	<title>月陸Online</title>
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	<description>陸上競技Webメディア「月陸Online」</description>
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	<title>西出仁明 &#8211; 月陸Online｜月刊陸上競技</title>
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	<item>
		<title>東海大・西出仁明駅伝監督が意気込み「スピードの東海復活を」両角総監督「役割分担明確に」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/204582</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 08 Apr 2026 15:54:13 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[大学]]></category>
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		<category><![CDATA[東海大]]></category>
		<category><![CDATA[両角速]]></category>
		<category><![CDATA[西出仁明]]></category>
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		<gnf:modified>Sat, 11 Apr 2026 11:40:20 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sat, 11 Apr 2026 11:40:20 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>東海大は4月8日、新体制発表会見を行い、両角速総監督と西出仁明駅伝監督が登壇した。</p>
<p>両角総監督は佐久長聖高（長野）を指導して全国高校駅伝優勝など実績を残した。11年から母校・東海大の駅伝監督に就任。17年に出雲駅伝を制すと、19年に箱根駅伝で悲願の初優勝を果たした。同年には全日本大学駅伝も優勝している。</p>
<p>15年間にわたって務めてきたが、近年は箱根駅伝のシード権を逃すなど苦戦。「箱根駅伝で優勝してから、右肩下がりになってしまいました。打開しようと戦ってきましたが、低迷の要因の一つにスカウティングの課題があると考えた」と両角総監督は言う。</p>
<p>スピード化が進むなか、「今年の箱根駅伝の記録はチーム歴代2番目でしたが、それでも総合12位。レベルが驚くほど上がり、遅れてしまっている」と現状を受け止め、「私がスカウティングを担って、指導を西出先生に任せたい」と決意したと明かす。</p>
<p>これまでヘッドコーチとして指導にあたり、特に中距離でも<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/75027" data-internallinksmanager029f6b8e52c="41" title="名鑑飯澤千翔">飯澤千翔</a>（住友電工）らを育てた西出監督。最初に話を聞いたときは「保留させていただいた」。それでも、「自分もチャレンジしたい。簡単ではないが、チャンスを生かしたい」と引き受けたという。</p>
<p>西出監督は福井県出身の51歳。美方高時代には全国高校駅伝に2度出場した。神戸学大卒業後、公立中学校などの勤務を経て、04年から美方高に赴任し、両角氏に請われ14年から東海大のコーチに就任した。</p>
<p>両角総監督は西出監督について「OBではないですが、学生と向き合ってくれますし、大学の特色である研究を実践し、学生に還元できる指導者。大学の指導者として、また私の後継者としてふさわしい」と期待を寄せる。</p>
<p>15年間の指導を振り返った両角総監督は「悔いがないといえば何とも言えないが、3大駅伝も勝ててやり遂げたという見方もできます」と語り、「役割分担を明確にして、もう一度復活したい」と新たな立場でチームを支えていく。</p>
<p>西出監督は「スピードの東海を復活させたい。まずは箱根駅伝のシード権を獲得。そして、それを安定させていくことが大事です。当面はハーフマラソンを63分30秒くらいを10人そろえたいです」と強い覚悟をにじませた。</p>
<p>東海大陸上部は同好会を経て1963年に創部。長距離は73年に箱根駅伝初出場を果たし、以降今年の大会までで52回の出場を重ねる。学生三大駅伝では出雲4回、全日本2回、箱根1回の優勝を誇る。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>東海大は4月8日、新体制発表会見を行い、両角速総監督と西出仁明駅伝監督が登壇した。</p><p>両角総監督は佐久長聖高（長野）を指導して全国高校駅伝優勝など実績を残した。11年から母校・東海大の駅伝監督に就任。17年に出雲駅伝を制すと、19年に箱根駅伝で悲願の初優勝を果たした。同年には全日本大学駅伝も優勝している。</p><p>15年間にわたって務めてきたが、近年は箱根駅伝のシード権を逃すなど苦戦。「箱根駅伝で優勝してから、右肩下がりになってしまいました。打開しようと戦ってきましたが、低迷の要因の一つにスカウティングの課題があると考えた」と両角総監督は言う。</p><p>スピード化が進むなか、「今年の箱根駅伝の記録はチーム歴代2番目でしたが、それでも総合12位。レベルが驚くほど上がり、遅れてしまっている」と現状を受け止め、「私がスカウティングを担って、指導を西出先生に任せたい」と決意したと明かす。</p><p>これまでヘッドコーチとして指導にあたり、特に中距離でも<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/75027" data-internallinksmanager029f6b8e52c="41" title="名鑑飯澤千翔">飯澤千翔</a>（住友電工）らを育てた西出監督。最初に話を聞いたときは「保留させていただいた」。それでも、「自分もチャレンジしたい。簡単ではないが、チャンスを生かしたい」と引き受けたという。</p><p>西出監督は福井県出身の51歳。美方高時代には全国高校駅伝に2度出場した。神戸学大卒業後、公立中学校などの勤務を経て、04年から美方高に赴任し、両角氏に請われ14年から東海大のコーチに就任した。</p><p>両角総監督は西出監督について「OBではないですが、学生と向き合ってくれますし、大学の特色である研究を実践し、学生に還元できる指導者。大学の指導者として、また私の後継者としてふさわしい」と期待を寄せる。</p><p>15年間の指導を振り返った両角総監督は「悔いがないといえば何とも言えないが、3大駅伝も勝ててやり遂げたという見方もできます」と語り、「役割分担を明確にして、もう一度復活したい」と新たな立場でチームを支えていく。</p><p>西出監督は「スピードの東海を復活させたい。まずは箱根駅伝のシード権を獲得。そして、それを安定させていくことが大事です。当面はハーフマラソンを63分30秒くらいを10人そろえたいです」と強い覚悟をにじませた。</p><p>東海大陸上部は同好会を経て1963年に創部。長距離は73年に箱根駅伝初出場を果たし、以降今年の大会までで52回の出場を重ねる。学生三大駅伝では出雲4回、全日本2回、箱根1回の優勝を誇る。</p>]]></content:encoded>


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		<item>
		<title>東海大駅伝監督の両角速氏が退任し総監督に 後任は西出仁明HCが昇格</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/202318</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Mar 2026 12:46:29 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[大学]]></category>
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		<gnf:modified>Mon, 23 Mar 2026 12:46:29 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 23 Mar 2026 12:46:29 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p>東海大の駅伝監督を務めていた両角速氏が3月末で退任し、総監督に就任することが関係者への取材で判明した。後任にはヘッドコーチの西出仁明氏が就任する。</p>
<p>両角氏は長野県出身の59歳。現役時代はインターハイ5000mに出場し、東海大では4年連続で箱根駅伝を経験した。卒業後は日産自動車で4年間、ダイエーで2年間の競技生活を送り、95年から長野・佐久長聖高の教員となった。</p>
<p>佐久長聖高は98年に全国高校駅伝の出場を果たすと、その後、出場13回のうち優勝1回、入賞12回に導くなど卓越した指導力を発揮する。佐藤清治、上野裕一郎（現・ひらまつ病院）、佐藤悠基（現・SGホールディングス）、<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29930" data-internallinksmanager029f6b8e52c="101" title="名鑑大迫傑">大迫傑</a>（現・LI-NING）など多くの長距離ランナーを育成している。</p>
<p>11年春に母校・東海大の監督に就任。就任2年目の12年の箱根駅伝予選会では12位に終わり、初出場以来40年間続いていた本戦出場を逃す屈辱を味わった。それでも、17年に出雲駅伝を制すと、19年には悲願の箱根駅伝初優勝に導いた。</p>
<p>ヘッドコーチから昇格のかたちで指揮を執る西出氏は福井県出身の51歳。美方高時代には全国高校駅伝に2度出場した。神戸学大卒業後、公立中学校などの勤務を経て、04年から美方高に赴任。のちに東海大、トヨタ自動車で活躍する早川翼らを教えた。両角氏に請われ14年から東海大のコーチに就任し、チームをサポートしていた。</p>
<p>東海大陸上部は同好会を経て1963年に創部。長距離は73年に箱根駅伝初出場を果たし、以降今年の大会までで52回の出場を重ねる。学生三大駅伝では出雲4回、全日本2回、箱根1回の優勝を誇る。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>東海大の駅伝監督を務めていた両角速氏が3月末で退任し、総監督に就任することが関係者への取材で判明した。後任にはヘッドコーチの西出仁明氏が就任する。</p><p>両角氏は長野県出身の59歳。現役時代はインターハイ5000mに出場し、東海大では4年連続で箱根駅伝を経験した。卒業後は日産自動車で4年間、ダイエーで2年間の競技生活を送り、95年から長野・佐久長聖高の教員となった。</p><p>佐久長聖高は98年に全国高校駅伝の出場を果たすと、その後、出場13回のうち優勝1回、入賞12回に導くなど卓越した指導力を発揮する。佐藤清治、上野裕一郎（現・ひらまつ病院）、佐藤悠基（現・SGホールディングス）、<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29930" data-internallinksmanager029f6b8e52c="101" title="名鑑大迫傑">大迫傑</a>（現・LI-NING）など多くの長距離ランナーを育成している。</p><p>11年春に母校・東海大の監督に就任。就任2年目の12年の箱根駅伝予選会では12位に終わり、初出場以来40年間続いていた本戦出場を逃す屈辱を味わった。それでも、17年に出雲駅伝を制すと、19年には悲願の箱根駅伝初優勝に導いた。</p><p>ヘッドコーチから昇格のかたちで指揮を執る西出氏は福井県出身の51歳。美方高時代には全国高校駅伝に2度出場した。神戸学大卒業後、公立中学校などの勤務を経て、04年から美方高に赴任。のちに東海大、トヨタ自動車で活躍する早川翼らを教えた。両角氏に請われ14年から東海大のコーチに就任し、チームをサポートしていた。</p><p>東海大陸上部は同好会を経て1963年に創部。長距離は73年に箱根駅伝初出場を果たし、以降今年の大会までで52回の出場を重ねる。学生三大駅伝では出雲4回、全日本2回、箱根1回の優勝を誇る。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>“Onアスリート”阪口竜平が2024年に向けて再出発「まずは8分10秒くらいまで戻したい」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
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		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/72482</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 May 2022 11:30:12 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[特集]]></category>
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		<category><![CDATA[東海大]]></category>
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		<category><![CDATA[西出仁明]]></category>
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		<gnf:modified>Fri, 07 Feb 2025 22:33:27 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 07 Feb 2025 22:33:27 +0900</oa:lastPubDate>

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				<description><![CDATA[<p><span style="font-size: 8pt;">この春からスポーツブランド「On（オン）」の所属となった男子3000ｍＳＣの<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13082" data-internallinksmanager029f6b8e52c="57" title="名鑑阪口竜平">阪口竜平</a>。手に持つのは愛用するシューズ「Cloudboom Echo（クラウドブーム エコー）」</span></p>
<p>　多くのアスリートが新天地でのスタートを切る春。男子3000ｍ障害で2019年日本選手権覇者の阪口竜平も大きな転機を迎えることとなった。スイスで2010年に生まれたスポーツブランド「On（オン）」への移籍。それまで所属していた実業団チームを退社し、2015年創立のオン・ジャパンに入社して“日本人初のOnアスリート”として自身の目標に挑戦していくことになった。“安定”を手放してまで阪口を突き動かしたものは何だったのか――。</p>
<h2>届かなかった目標の舞台</h2>
<p>　東海大時代には2019年の箱根駅伝で7区を区間2位で走り、チームの初優勝に貢献。4年時には日本選手権の3000ｍ障害を制し、日本一にも輝いた。阪口竜平は“東海大黄金世代”と呼ばれたメンバーの一員として着実に成長を続けていった。</p>
<p>　ところが、大学を卒業した2020年からの2年間は苦難の連続だった。20年に開催予定だった東京五輪が新型コロナウイルス感染症拡大の影響から1年延期に。ワールドランキング制度によって出場が濃厚だった阪口にとっては、目標を見失った時期でもあった。</p>
<p>「東京五輪は開催決定（2013年）からずっと目標にしてきた舞台で、2020年に開催されていれば出場できるところまできていました。そのためにアメリカでトレーニングを積んできただけに、延期が決まったことで気持ちが切れた部分もありました。その後は故障もあり、改めて状態を作り上げるのは難しかったですね」</p>
<p>　この時に痛めていた「左脚」がその後の阪口の競技活動に影を落とすことになる。20年は「左のアキレス腱がずっと痛かった」といい、21年は4月の兵庫リレーカーニバル2000ｍ障害で当時の日本記録を更新する5分29秒89、5月には東京五輪のテスト大会「READY STEADY TOKYO」の3000ｍ障害で8分23秒93（当時日本歴代6位）と自己記録を塗り替えて好調だったが、またしても左脚にトラブルが発生。大会2週間前にアキレス腱を痛め、東京五輪の代表選考会である6月の日本選手権は8位に終わった。こうして最大の目標であった東京五輪出場の夢は絶たれることになった。</p>
<p>　さらに、7月にはホクレン・ディスタンスチャレンジ千歳大会のレース中に左膝を障害に強打して骨折。その後も足首の靭帯を痛めたり、脛（すね）の疲労骨折、ふくらはぎの肉離れなど、左脚の故障に悩まされた。</p>
<p>「東京五輪の時期は左膝を負傷して松葉杖を使っていたので、正直レースを見られるような心境ではなかったですね。それでも、コーチからは『しっかり見ておけ』と言われたので、2024年のパリ五輪を見据えて見ていた感じです。その後も復帰しては故障してという繰り返しで、なかなか試合には出られませんでした」<br />
<img fetchpriority="high" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/5fc5b294438c9b27700722f09d3601bf.jpg" alt="" width="800" height="533" class="alignnone size-full wp-image-72480" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/5fc5b294438c9b27700722f09d3601bf.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/5fc5b294438c9b27700722f09d3601bf-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/5fc5b294438c9b27700722f09d3601bf-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">昨年度までの2年間はケガが続いて練習が継続できなかったという</span></p>
<h2>日本初の「Onアスリート」誕生</h2>
<p>　そんな時に大きな転機が訪れる。今年2月に米国・ニューヨークで開催された室内競技会「ミルローズ・ゲーム」で、「On Athletics Club（ＯＡＣ）」所属のジョージ・ビーミッシュ（ニュージーランド）とアリシア・モンソン（米国）が男女3000ｍで優勝。その姿が阪口の目に焼き付いた。</p>
<p>「何か新しいことに挑戦しながら五輪や世界陸上を目指したいと思っていた時に、ミルローズ・ゲームでOnのシューズを履いた選手が活躍するのを見ました。そこでちょうど駒田さん（博紀、オン・ジャパン共同代表）が自身のＳＮＳに『日本でもOnのアスリートが活躍する姿を見たい』と投稿したのを見て、これはチャンスかなと思いました。最初は『シューズを履いてみたい』とお願いして、快諾していただきました」</p>
<p>　こうして神奈川県横浜市のオン・ジャパン本社を訪れた阪口。そこで気持ちは別の方向へと大きく舵を切ることとなる。</p>
<p>「実際に駒田さんやオン・ジャパンの社員の方々とお会いした時に、その魅力ある雰囲気に惹かれました。そこで、シューズを提供してもらうという中途半端なことではなくて、『オン・ジャパンの一員になって、一緒に世界を目指したい』ということをその場で伝えました。自分にとってはそれくらいの熱量があるということを伝えたかったんです」</p>
<p>　世界的にはOn Athletics Clubが活躍していても、まだ日本では前例のないトップアスリートの加入。オン・ジャパンとしてもトップ選手の加入は想定していない事態だったが、阪口の決意に応えるように急ピッチで迎え入れる体制を整え、実業団登録を申請。こうして日本人初の「Onアスリート」が誕生した。</p>
<p>「駒田さんもいきなりのことに最初は現実味がなさそうな感じでしたけど、社員のみなさんと協力してすぐに受け入れていただいて、本当に感謝しています」</p>
<p>　4月1日、晴れて阪口はOnアスリートとして新たなスタートを切った。大学卒業後は最初の1年は関東、2年目は滋賀を練習拠点にしていたが、移籍を機に拠点を関東に戻し、大学時代から指導を受けている東海大の西出仁明コーチとのタッグを継続。今季は「練習を再開して1週間くらい」（阪口）で臨んだ4月下旬の兵庫リレーカーニバル2000ｍ障害で3位（5分42秒43）に入ると、5月2日の東京選手権3000ｍ障害は8分46秒90の大会新で優勝。「今はまだタイムを考えるレベルに戻っていない」という状態でも力のあるところを見せた。<br />
<img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/81288553218e43e3cfa2dc2d170b84a4.jpg" alt="" width="800" height="540" class="alignnone size-full wp-image-72479" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/81288553218e43e3cfa2dc2d170b84a4.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/81288553218e43e3cfa2dc2d170b84a4-300x203.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/81288553218e43e3cfa2dc2d170b84a4-768x518.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">「On」所属で初めて出場した競技会である東京選手権は大会新で優勝。上々のデビューを飾った</span></p>
<h2>将来は「On Athletics Club」でのトレーニングも視野に</h2>
<p>　今後の最大目標として掲げるのは2024年のパリ五輪だ。ここ2年は故障が相次いだこともあり、「まずは故障せずに継続した練習をすること」を念頭に置き、国立スポーツ科学センター（JISS）に通ってウエイトトレーニングを取り入れるなど新たな取り組みにも着手している。</p>
<p>「2020年は8分10秒くらいで走れる練習をアメリカでしていたので、まずはそこまで戻したいですね」</p>
<p>　昨年の東京五輪では<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29512" data-internallinksmanager029f6b8e52c="59" title="名鑑三浦龍司">三浦龍司</a>（順大）が予選で8分09秒92の日本新をマークし、決勝では7位入賞の快挙を成し遂げた。「三浦君に勝てれば世界の舞台でも入賞できるレベルになれるわけですから、そこはしっかり目指していきたいと思っています」と阪口は前を向いている。<br />
<img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/e0ea8065a3bcfc3019290451f60f65c7.jpg" alt="" width="800" height="533" class="alignnone size-full wp-image-72481" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/e0ea8065a3bcfc3019290451f60f65c7.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/e0ea8065a3bcfc3019290451f60f65c7-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/e0ea8065a3bcfc3019290451f60f65c7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br />
<span style="font-size: 8pt;">東海大の西出仁明コーチ（左）に指導を受けながら母校で練習する阪口</span></p>
<p>　将来的には海外でのトレーニングやレース転戦も視野に入れる。具体的な計画はこれからだが、大学時代にも毎年米国での海外合宿を経験しており、より高いレベルを求めて海外に飛び出すことに抵抗はなさそうだ。</p>
<p>「日本でのOnアスリートは現状1人ですが、アメリカに行けばＯＡＣがあるので、いずれは一緒にトレーニングして、海外レースを転戦するのが理想です。僕よりも強い選手ばかりなので、日本ではなかなか経験できない練習もできます。厳しい環境を求めていきたいと思っています」</p>
<p>　4月には東京・原宿に世界2番目のOn旗艦店としてオープンした「On Tokyo（オン・トーキョー）」でシューズやウエアの販売にも携わるなど、オン・ジャパンの一員として一般客との交流も経験した阪口。「Onには“On Friends（オン・フレンズ）”というブランドのファンやユーザーがたくさんいるので、そういう方々とも交流して、アスリートには近寄りがたいという壁をなくしてOn全体を盛り上げたい。そうしてファンの方々と一緒に世界を目指していければ理想ですね」と笑顔で語る。新天地で再スタートを切った阪口が、これからは新たなアスリート像を切り開いていきそうだ。</p>
<p>文／田中　葵</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 8pt;">この春からスポーツブランド「On（オン）」の所属となった男子3000ｍＳＣの<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/13082" data-internallinksmanager029f6b8e52c="57" title="名鑑阪口竜平">阪口竜平</a>。手に持つのは愛用するシューズ「Cloudboom Echo（クラウドブーム エコー）」</span></p><p>　多くのアスリートが新天地でのスタートを切る春。男子3000ｍ障害で2019年日本選手権覇者の阪口竜平も大きな転機を迎えることとなった。スイスで2010年に生まれたスポーツブランド「On（オン）」への移籍。それまで所属していた実業団チームを退社し、2015年創立のオン・ジャパンに入社して“日本人初のOnアスリート”として自身の目標に挑戦していくことになった。“安定”を手放してまで阪口を突き動かしたものは何だったのか――。</p><h2>届かなかった目標の舞台</h2><p>　東海大時代には2019年の箱根駅伝で7区を区間2位で走り、チームの初優勝に貢献。4年時には日本選手権の3000ｍ障害を制し、日本一にも輝いた。阪口竜平は“東海大黄金世代”と呼ばれたメンバーの一員として着実に成長を続けていった。</p><p>　ところが、大学を卒業した2020年からの2年間は苦難の連続だった。20年に開催予定だった東京五輪が新型コロナウイルス感染症拡大の影響から1年延期に。ワールドランキング制度によって出場が濃厚だった阪口にとっては、目標を見失った時期でもあった。</p><p>「東京五輪は開催決定（2013年）からずっと目標にしてきた舞台で、2020年に開催されていれば出場できるところまできていました。そのためにアメリカでトレーニングを積んできただけに、延期が決まったことで気持ちが切れた部分もありました。その後は故障もあり、改めて状態を作り上げるのは難しかったですね」</p><p>　この時に痛めていた「左脚」がその後の阪口の競技活動に影を落とすことになる。20年は「左のアキレス腱がずっと痛かった」といい、21年は4月の兵庫リレーカーニバル2000ｍ障害で当時の日本記録を更新する5分29秒89、5月には東京五輪のテスト大会「READY STEADY TOKYO」の3000ｍ障害で8分23秒93（当時日本歴代6位）と自己記録を塗り替えて好調だったが、またしても左脚にトラブルが発生。大会2週間前にアキレス腱を痛め、東京五輪の代表選考会である6月の日本選手権は8位に終わった。こうして最大の目標であった東京五輪出場の夢は絶たれることになった。</p><p>　さらに、7月にはホクレン・ディスタンスチャレンジ千歳大会のレース中に左膝を障害に強打して骨折。その後も足首の靭帯を痛めたり、脛（すね）の疲労骨折、ふくらはぎの肉離れなど、左脚の故障に悩まされた。</p><p>「東京五輪の時期は左膝を負傷して松葉杖を使っていたので、正直レースを見られるような心境ではなかったですね。それでも、コーチからは『しっかり見ておけ』と言われたので、2024年のパリ五輪を見据えて見ていた感じです。その後も復帰しては故障してという繰り返しで、なかなか試合には出られませんでした」<br /><img fetchpriority="high" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/5fc5b294438c9b27700722f09d3601bf.jpg" alt="" width="800" height="533" class="alignnone size-full wp-image-72480" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/5fc5b294438c9b27700722f09d3601bf.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/5fc5b294438c9b27700722f09d3601bf-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/5fc5b294438c9b27700722f09d3601bf-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">昨年度までの2年間はケガが続いて練習が継続できなかったという</span></p><h2>日本初の「Onアスリート」誕生</h2><p>　そんな時に大きな転機が訪れる。今年2月に米国・ニューヨークで開催された室内競技会「ミルローズ・ゲーム」で、「On Athletics Club（ＯＡＣ）」所属のジョージ・ビーミッシュ（ニュージーランド）とアリシア・モンソン（米国）が男女3000ｍで優勝。その姿が阪口の目に焼き付いた。</p><p>「何か新しいことに挑戦しながら五輪や世界陸上を目指したいと思っていた時に、ミルローズ・ゲームでOnのシューズを履いた選手が活躍するのを見ました。そこでちょうど駒田さん（博紀、オン・ジャパン共同代表）が自身のＳＮＳに『日本でもOnのアスリートが活躍する姿を見たい』と投稿したのを見て、これはチャンスかなと思いました。最初は『シューズを履いてみたい』とお願いして、快諾していただきました」</p><p>　こうして神奈川県横浜市のオン・ジャパン本社を訪れた阪口。そこで気持ちは別の方向へと大きく舵を切ることとなる。</p><p>「実際に駒田さんやオン・ジャパンの社員の方々とお会いした時に、その魅力ある雰囲気に惹かれました。そこで、シューズを提供してもらうという中途半端なことではなくて、『オン・ジャパンの一員になって、一緒に世界を目指したい』ということをその場で伝えました。自分にとってはそれくらいの熱量があるということを伝えたかったんです」</p><p>　世界的にはOn Athletics Clubが活躍していても、まだ日本では前例のないトップアスリートの加入。オン・ジャパンとしてもトップ選手の加入は想定していない事態だったが、阪口の決意に応えるように急ピッチで迎え入れる体制を整え、実業団登録を申請。こうして日本人初の「Onアスリート」が誕生した。</p><p>「駒田さんもいきなりのことに最初は現実味がなさそうな感じでしたけど、社員のみなさんと協力してすぐに受け入れていただいて、本当に感謝しています」</p><p>　4月1日、晴れて阪口はOnアスリートとして新たなスタートを切った。大学卒業後は最初の1年は関東、2年目は滋賀を練習拠点にしていたが、移籍を機に拠点を関東に戻し、大学時代から指導を受けている東海大の西出仁明コーチとのタッグを継続。今季は「練習を再開して1週間くらい」（阪口）で臨んだ4月下旬の兵庫リレーカーニバル2000ｍ障害で3位（5分42秒43）に入ると、5月2日の東京選手権3000ｍ障害は8分46秒90の大会新で優勝。「今はまだタイムを考えるレベルに戻っていない」という状態でも力のあるところを見せた。<br /><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/81288553218e43e3cfa2dc2d170b84a4.jpg" alt="" width="800" height="540" class="alignnone size-full wp-image-72479" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/81288553218e43e3cfa2dc2d170b84a4.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/81288553218e43e3cfa2dc2d170b84a4-300x203.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/81288553218e43e3cfa2dc2d170b84a4-768x518.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /><br /><span style="font-size: 8pt;">「On」所属で初めて出場した競技会である東京選手権は大会新で優勝。上々のデビューを飾った</span></p><h2>将来は「On Athletics Club」でのトレーニングも視野に</h2><p>　今後の最大目標として掲げるのは2024年のパリ五輪だ。ここ2年は故障が相次いだこともあり、「まずは故障せずに継続した練習をすること」を念頭に置き、国立スポーツ科学センター（JISS）に通ってウエイトトレーニングを取り入れるなど新たな取り組みにも着手している。</p><p>「2020年は8分10秒くらいで走れる練習をアメリカでしていたので、まずはそこまで戻したいですね」</p><p>　昨年の東京五輪では<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/29512" data-internallinksmanager029f6b8e52c="59" title="名鑑三浦龍司">三浦龍司</a>（順大）が予選で8分09秒92の日本新をマークし、決勝では7位入賞の快挙を成し遂げた。「三浦君に勝てれば世界の舞台でも入賞できるレベルになれるわけですから、そこはしっかり目指していきたいと思っています」と阪口は前を向いている。<br /><img decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/e0ea8065a3bcfc3019290451f60f65c7.jpg" alt="" width="800" height="533" class="alignnone size-full wp-image-72481" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/05/e0ea8065a3bcfc3019290451f60f65c7.jpg 800w, 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