<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:oa="http://news.line.me/rss/1.0/oa"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/"
	xmlns:gnf="http://assets.gunosy.com/media/gnf"
	xmlns:snf="http://www.smartnews.be/snf"
	>

<channel>
	<title>月陸Online</title>
	<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp</link>
	<description>陸上競技Webメディア「月陸Online」</description>
	<atom:link href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/tag/%e5%b1%b1%e6%a2%a8%e5%ad%a6%e5%a4%a7/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<lastBuildDate>Wed, 29 Jul 2026 04:30:42 +0900</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<snf:logo><url>https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2020/11/getsuriku_logo1.jpg</url></snf:logo>
	<gnf:wide_image_link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2020/11/getsuriku_logo1.jpg</gnf:wide_image_link>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>

	<generator>https://wordpress.org/?v=7.0.2</generator>

<image>
	<url>https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2020/08/cropped-favicon-1-32x32.jpg</url>
	<title>山梨学大 &#8211; 月陸Online｜月刊陸上競技</title>
	<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第71回「物価高騰による合宿や遠征の費用捻出」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/212992</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 29 Jul 2026 17:55:35 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=212992</guid>
		<gnf:modified>Wed, 29 Jul 2026 13:30:42 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 29 Jul 2026 13:30:42 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/07/S__39550986.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/07/S__39550986.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="(max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong></p>
<p>山梨学大陸上競技部元監督の上田誠仁氏による月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p>
<h2>第71回「物価高騰による合宿や遠征の費用捻出」</h2>
<p>幼少期より夏は暑いものとして育ってきた。うどん県（讃岐・香川県）生まれの私にとって、冬は暖かいかけうどんに季節の具材を乗せて胃袋から温め、夏は冷たく締めたしょうゆかけうどんや冷かけうどんで涼を求めた。</p>
<p>7月25日の甲府は40度を超える酷暑日となった。土用の丑の日が近い……。頭に浮かぶのはウナギのかば焼きである。土用の丑の日にウナギを食べる習慣は、江戸時代後期の蘭学者・平賀源内（現在の香川県さぬき市生まれ）の提案したキャッチコピーがきっかけであったとの説がある。</p>
<p>ウナギ屋から「夏の商売がうまくいかない」と相談を持ち掛けられた平賀源内が、 “夏の土用の丑の日にはウナギを食すべし”と貼り紙をして商いをしてみればと助言したところ、見事大当たりの商売繁盛となったそうだ。</p>
<p>今でいうところのマーケティングの巧みさに心が動かされたのだろう。日本は古来、夏の土用の丑の日には「う」の着くものを食する（梅・うり・うどん）と言われてきていたことを引き合いにしたそうだ。栄養学的にもウナギはトータルバランスに優れ、夏バテ気味の身体には効果的だろう。</p>
<p>今夏のウナギは養殖技術の向上もあり、多少お値段も下がったそうだ。とはいえ光熱費や他の調味料などの値上がりもあり、“土用の丑の日”の看板を見て、気合とともに買い求める高級食材であることに変わりはない。</p>
<p>世の中の経済動向はスポーツ選手にとって無視できない話題でもある。昨今の国内の遠征費や合宿費用も負担増は否めない。特にホテルなど宿泊費の高騰ぶりは北海道各地を転戦するホクレン・ディスタンスチャレンジなどに派遣されている関係者の方々の懸案事項でもある。インターハイの応援に駆けつけるご家族など関係者にとっても悩ましいところであろう。</p>
<p>一般的なビジネスホテルを例に挙げると、バブルの余韻が残る1990年代前半は1泊10000円台の宿泊が、1990年後半には5000円～7000円台の格安プランが人気となっていた。2010年台前半までは予約サイトの普及や低価格競争が継続していたため、10000円を割る価格設定であった。</p>
<p>ところが2010年代後半は訪日外国人観光客（インバウンド）の急増や、需要に合わせて価格が変動する「ダイナミックプライシング（変動価格制）」が導入され1泊10000円を超えるケースが珍しくなくなってきていた。</p>
<p>そして近年は人手不足・人件費の上昇・エネルギーコスト高騰の直撃を受け、宿泊相場は15000円前後、週末やイベント時には2万円を超えるなど過去最高水準への高騰が続いている。その週末に各種大会が重なる。</p>
<p>今年の関東学連網走長距離記録会は昨年より1週間早く、祝日連休の海の日と重ならなかったので、航空券及び宿泊費が抑えられたので良かった、との声が関係者から届いたほどである。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="(max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong></p><p>山梨学大陸上競技部元監督の上田誠仁氏による月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p><h2>第71回「物価高騰による合宿や遠征の費用捻出」</h2><p>幼少期より夏は暑いものとして育ってきた。うどん県（讃岐・香川県）生まれの私にとって、冬は暖かいかけうどんに季節の具材を乗せて胃袋から温め、夏は冷たく締めたしょうゆかけうどんや冷かけうどんで涼を求めた。</p><p>7月25日の甲府は40度を超える酷暑日となった。土用の丑の日が近い……。頭に浮かぶのはウナギのかば焼きである。土用の丑の日にウナギを食べる習慣は、江戸時代後期の蘭学者・平賀源内（現在の香川県さぬき市生まれ）の提案したキャッチコピーがきっかけであったとの説がある。</p><p>ウナギ屋から「夏の商売がうまくいかない」と相談を持ち掛けられた平賀源内が、 “夏の土用の丑の日にはウナギを食すべし”と貼り紙をして商いをしてみればと助言したところ、見事大当たりの商売繁盛となったそうだ。</p><p>今でいうところのマーケティングの巧みさに心が動かされたのだろう。日本は古来、夏の土用の丑の日には「う」の着くものを食する（梅・うり・うどん）と言われてきていたことを引き合いにしたそうだ。栄養学的にもウナギはトータルバランスに優れ、夏バテ気味の身体には効果的だろう。</p><p>今夏のウナギは養殖技術の向上もあり、多少お値段も下がったそうだ。とはいえ光熱費や他の調味料などの値上がりもあり、“土用の丑の日”の看板を見て、気合とともに買い求める高級食材であることに変わりはない。</p><p>世の中の経済動向はスポーツ選手にとって無視できない話題でもある。昨今の国内の遠征費や合宿費用も負担増は否めない。特にホテルなど宿泊費の高騰ぶりは北海道各地を転戦するホクレン・ディスタンスチャレンジなどに派遣されている関係者の方々の懸案事項でもある。インターハイの応援に駆けつけるご家族など関係者にとっても悩ましいところであろう。</p><p>一般的なビジネスホテルを例に挙げると、バブルの余韻が残る1990年代前半は1泊10000円台の宿泊が、1990年後半には5000円～7000円台の格安プランが人気となっていた。2010年台前半までは予約サイトの普及や低価格競争が継続していたため、10000円を割る価格設定であった。</p><p>ところが2010年代後半は訪日外国人観光客（インバウンド）の急増や、需要に合わせて価格が変動する「ダイナミックプライシング（変動価格制）」が導入され1泊10000円を超えるケースが珍しくなくなってきていた。</p><p>そして近年は人手不足・人件費の上昇・エネルギーコスト高騰の直撃を受け、宿泊相場は15000円前後、週末やイベント時には2万円を超えるなど過去最高水準への高騰が続いている。その週末に各種大会が重なる。</p><p>今年の関東学連網走長距離記録会は昨年より1週間早く、祝日連休の海の日と重ならなかったので、航空券及び宿泊費が抑えられたので良かった、との声が関係者から届いたほどである。</p>]]></content:encoded>

	<oa:reflink>
		<oa:refTitle>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第70回「サッカーワールドカップに触れて～寄り添ったコーチング～」</oa:refTitle>
		<oa:refUrl>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/211474</oa:refUrl>
	</oa:reflink>
	<oa:reflink>
		<oa:refTitle>【学生長距離Close-upインタビュー】中距離で存在感を放つ立教大・青木龍翔 「チームを勢いづけたい」</oa:refTitle>
		<oa:refUrl>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/211483</oa:refUrl>
	</oa:reflink>
	<oa:reflink>
		<oa:refTitle>【学生長距離Close-upインタビュー】主力へと成長した國學院大・髙石樹 「三大駅伝全部で結果を残す走りを」</oa:refTitle>
		<oa:refUrl>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/212902</oa:refUrl>
	</oa:reflink>

					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第70回「サッカーワールドカップに触れて～寄り添ったコーチング～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/211474</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 Jun 2026 17:55:18 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=211474</guid>
		<gnf:modified>Wed, 01 Jul 2026 17:42:04 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 01 Jul 2026 17:42:04 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/POYBFF21_0333.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/06/POYBFF21_0333.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="(max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong></p>
<p>山梨学大陸上競技部元監督の上田誠仁氏による月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p>
<h2>70回「サッカーワールドカップに触れて～寄り添ったコーチング～」</h2>
<p>原稿の締め切間近で焦る気持ちとは裏腹に、チャンネルはサッカーワールドカップ（W杯）の中継に合わせて見入ってしまう。</p>
<p>昨年東京で開催された世界陸上は記憶に新しい。当然ながら世界のスーパースターが終結し素晴らしいパフォーマンスに終日魅了された。世界のトッププレーヤーの集う大会となれば現場で観戦したくなる。それがかなわなければリアルタイムで視聴したくなるのが人の情だ。</p>
<p>W杯も世界の各地区予選の厳しい戦いを勝ち上がってきた強豪チームとの戦いであることから、これまた当然のごとく目が離せない……と言い訳しつつ、原稿締め切り間近のキーボードを打つ手が止まってしまう。</p>
<p>目の覚めるようなスーパーゴールや驚嘆するパス回し、ディフェンスの妙技に息をのむことしばしばである。</p>
<p>特に今大会は40歳前後でもチームの要としてプレーし続けるクリスティアーノ・ロナウド（ポルトガル）やルカ・モドリッチ（クロアチア）、ロメル・ルカク（ベルギー）、エディン・ジェコ（ボスニア・ヘルツェゴビナ）、リオネル・メッシ（アルゼンチン）らの百戦錬磨の経験と判断力がチームにどのような影響力を与えているのかに注目している。</p>
<p>ベテラン選手がチームに存在することで得られる相乗効果は、チームの熱量を変え勝敗を左右すると言われている。日本チームにとっての長友佑都選手の存在もそういった意味では大きいと考えられる。</p>
<p>存在の大きさという観点からすれば、実力も実績もあり注目度の高い選手はその立ち居振る舞いに当然ながら注目が集まる。</p>
<p>そういった意味ではロナウド選手と一人の少年のストーリーを思い起こすことができる。</p>
<p>2014年7月。東京で開催されるイベントに出演するために来日していたロナウド選手に質問ができる3名を抽選で応募することが企画されたそうだ。</p>
<p>抽選で選ばれた3名の少年がロナウド選手にそれぞれ直接質問する中で、最後に登壇した当時小学6年生の少年がメモ用紙に書いたポルトガル語で質問を読み上げた。</p>
<p>当然のことながら緊張もあり、たどたどしい質問ではあった。ロナウドは真剣に向き合って話を聞き質問に答えようとしていた。少年のあまりに稚拙な発音に集まっていた取材陣から失笑がこぼれた。</p>
<p>その時ロナウド選手は一生懸命質問しようとする少年に敬意を込め、会場の記者に向かって「なぜ皆さんは笑うのですか？　彼のポルトガル語は素晴らしい。そして喜ぶべきことなんだ。彼は今とても難しいことにチャレンジしているんだから」と語りかけ諭した。</p>
<p>その場ではそんなやり取りがあったこととは露とも知らず、少年は「成功を手にするにはどのようにしたら良いですか？」と質問を続けていた。</p>
<p>ロナウド選手は少年に向かって「私がいつも言っていることは、強く信じ、厳しいトレーニングをし、自身の力を信じたら人生ではチャンスが来るんだ。サポートをしてくれる人・運・も必要だけれども人生ではみんなにチャンスは巡ってくると思っている。みんな一度はチャンスが来ると思う」と丁寧な言葉使いで語りかけた。</p>
<p>さらに続けて「私がこの少年に送るメッセージは自分の力を信じて一生懸命に取り組み、自分自身にその時間を100%捧げる覚悟で取り組むんだ。そして夢を描くんだ。“可能なんだ”ってずっと信じるんだよ」と語りかけた。</p>
<p>その少年にとって夢のような時間であったにせよ、その言葉をきっと大切に競技に取り組んだことは疑いようがない。</p>
<p>その少年が縁あって山梨学院高へと進学し、3年で2020年全国高校サッカー選手権に念願の登録メンバーとしてとして2回戦途中から出場し堅実な守備で3回戦へと導いた。3回戦途中で負傷途中交代するもチームは11年ぶり2度目の優勝を果たしている。</p>
<p>当時100名を超えるサッカー部員の中にあってくじけず前を向いてあきらめなかったからこそつかんだチャンスであったと思いい越すことができた。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="(max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong></p><p>山梨学大陸上競技部元監督の上田誠仁氏による月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p><h2>70回「サッカーワールドカップに触れて～寄り添ったコーチング～」</h2><p>原稿の締め切間近で焦る気持ちとは裏腹に、チャンネルはサッカーワールドカップ（W杯）の中継に合わせて見入ってしまう。</p><p>昨年東京で開催された世界陸上は記憶に新しい。当然ながら世界のスーパースターが終結し素晴らしいパフォーマンスに終日魅了された。世界のトッププレーヤーの集う大会となれば現場で観戦したくなる。それがかなわなければリアルタイムで視聴したくなるのが人の情だ。</p><p>W杯も世界の各地区予選の厳しい戦いを勝ち上がってきた強豪チームとの戦いであることから、これまた当然のごとく目が離せない……と言い訳しつつ、原稿締め切り間近のキーボードを打つ手が止まってしまう。</p><p>目の覚めるようなスーパーゴールや驚嘆するパス回し、ディフェンスの妙技に息をのむことしばしばである。</p><p>特に今大会は40歳前後でもチームの要としてプレーし続けるクリスティアーノ・ロナウド（ポルトガル）やルカ・モドリッチ（クロアチア）、ロメル・ルカク（ベルギー）、エディン・ジェコ（ボスニア・ヘルツェゴビナ）、リオネル・メッシ（アルゼンチン）らの百戦錬磨の経験と判断力がチームにどのような影響力を与えているのかに注目している。</p><p>ベテラン選手がチームに存在することで得られる相乗効果は、チームの熱量を変え勝敗を左右すると言われている。日本チームにとっての長友佑都選手の存在もそういった意味では大きいと考えられる。</p><p>存在の大きさという観点からすれば、実力も実績もあり注目度の高い選手はその立ち居振る舞いに当然ながら注目が集まる。</p><p>そういった意味ではロナウド選手と一人の少年のストーリーを思い起こすことができる。</p><p>2014年7月。東京で開催されるイベントに出演するために来日していたロナウド選手に質問ができる3名を抽選で応募することが企画されたそうだ。</p><p>抽選で選ばれた3名の少年がロナウド選手にそれぞれ直接質問する中で、最後に登壇した当時小学6年生の少年がメモ用紙に書いたポルトガル語で質問を読み上げた。</p><p>当然のことながら緊張もあり、たどたどしい質問ではあった。ロナウドは真剣に向き合って話を聞き質問に答えようとしていた。少年のあまりに稚拙な発音に集まっていた取材陣から失笑がこぼれた。</p><p>その時ロナウド選手は一生懸命質問しようとする少年に敬意を込め、会場の記者に向かって「なぜ皆さんは笑うのですか？　彼のポルトガル語は素晴らしい。そして喜ぶべきことなんだ。彼は今とても難しいことにチャレンジしているんだから」と語りかけ諭した。</p><p>その場ではそんなやり取りがあったこととは露とも知らず、少年は「成功を手にするにはどのようにしたら良いですか？」と質問を続けていた。</p><p>ロナウド選手は少年に向かって「私がいつも言っていることは、強く信じ、厳しいトレーニングをし、自身の力を信じたら人生ではチャンスが来るんだ。サポートをしてくれる人・運・も必要だけれども人生ではみんなにチャンスは巡ってくると思っている。みんな一度はチャンスが来ると思う」と丁寧な言葉使いで語りかけた。</p><p>さらに続けて「私がこの少年に送るメッセージは自分の力を信じて一生懸命に取り組み、自分自身にその時間を100%捧げる覚悟で取り組むんだ。そして夢を描くんだ。“可能なんだ”ってずっと信じるんだよ」と語りかけた。</p><p>その少年にとって夢のような時間であったにせよ、その言葉をきっと大切に競技に取り組んだことは疑いようがない。</p><p>その少年が縁あって山梨学院高へと進学し、3年で2020年全国高校サッカー選手権に念願の登録メンバーとしてとして2回戦途中から出場し堅実な守備で3回戦へと導いた。3回戦途中で負傷途中交代するもチームは11年ぶり2度目の優勝を果たしている。</p><p>当時100名を超えるサッカー部員の中にあってくじけず前を向いてあきらめなかったからこそつかんだチャンスであったと思いい越すことができた。</p>]]></content:encoded>

	<oa:reflink>
		<oa:refTitle>【学生長距離Close-upインタビュー】中距離で存在感を放つ立教大・青木龍翔 「チームを勢いづけたい」</oa:refTitle>
		<oa:refUrl>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/211483</oa:refUrl>
	</oa:reflink>

					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第69回「縁を結び、絆を築き、ともに歩む同志たちへ～この日この時に思うこと～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/208286</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 31 May 2026 16:55:41 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=208286</guid>
		<gnf:modified>Sun, 31 May 2026 13:12:57 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sun, 31 May 2026 13:12:57 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/05/S__38576155.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/05/S__38576155.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="(max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong></p>
<p>山梨学大陸上競技部元監督の上田誠仁氏による月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p>
<h2>第69回「縁を結び、絆を築き、ともに歩む同志たちへ～この日この時に思うこと～」</h2>
<p>「五月晴れ」と書けば新緑の野山に爽やかな青空を想起するのだが、30度を超える真夏日が続くとそうとは言っていられない。日本の四季も、春と秋が駆け抜けるように過ぎてゆく気がするのは私だけではないだろう。</p>
<p>5月は全日本大学駅伝関東地区選考会、関東インカレが開催され、トップ選手はセイコーゴールデングランプリなど6月の日本選手権に向けてギアを一段入れ替える月でもあった。インターハイに向けて都府県大会も各地で順次開催され、まさにトラック＆フィールドのハイシーズンでもある。</p>
<p>前々回の後半でも書かせていただいたように3月末をもって、規定により山梨学院大学を定年退職したこともあり、OB・OG会主催の退職記念祝賀会を開催していただいた。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/05/S__38576155.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;"> OB・OGに退職記念祝賀会を開いていただいた</span></p></div>
<p>1985年の陸上部創部から41年間大学で教鞭をとり、指導の現場に立たせていただいた。その間の喜怒哀楽のエピソードメモリーは色あせることなく想起させられる。祝宴に全国各地から集ってくれた教え子たち約200名と言葉を交わすたびに、彼らの学生時代のさまざまな出来事が蘇り、思い出という記憶は想像以上に蓄積されているものだとつくづく感じた。</p>
<p>教え子たちも、既に60歳を過ぎた者から今年の3月に卒業した22歳の若者まで、幅広い年代が時を刻み、縁を紡いできたこととなる。人の世は人と人とが縁を結びあい、成り立っているものと思っている。</p>
<p>学生として・競技者として・チームの一員としての立ち位置から、やがて地域や社会の一員としてなど、一人の人間として人生の様々な立ち位置があり、OB・OGたちもその中で縁を紡いでいることだろう。</p>
<p>私自身が指導者として、その縁を本当に慈しみ大切に紡いでこられたのかと、我が心に向かって問いを立ててみた。至らなさ・行き過ぎ・間違いや混乱など、いささか縁を紡ぐといってもささくれや、節だらけであったようにおもう。そんなこんなで織り続けた布がなんだかまだら模様のようになっているようで心苦しくもある。</p>
<p>そんな思いをよそに、宴が進むにつれて退職記念祝賀会というよりは、久しぶりに顔を合わす「先輩・後輩」、そして「同級生」との語らいに話が弾み同窓会のような雰囲気となってきた。そんな和やかな笑顔あふれる会場の雰囲気に心が癒された。</p>
<p>指導者と言う立ち位置であったにせよ、実のところ彼らに励まされながら歩んできた41年間であったと思いを新たにすることができたからだ。</p>
<p>OB・OG会から「これまで山梨学院の歴史を刻み続けてくれたことと、これからも私たちとともに今日、この日の思いをともに分かち合い時を刻んでいってほしい」とのメッセージを添えられ、退職記念として時計をいただいた。これから先もOB・OG諸君とともに時を刻み縁を紡いでゆきたいと願った。</p>
<p>その思いを彼らと分かち合うために二つの返礼品を準備させていただいた。</p>
<p>一つ目は、ネクタイだ。箱根駅伝で使用するタスキはそれぞれの大学で準備する。私が監督時代にタスキに使用した布は、山梨の地場産業として富士北麓の富士吉田市・都留市を基盤に受け継がれている絹織物　”甲斐絹（かいき）“と呼ばれる甲斐絹織を使用させていただいている。</p>
<p>江戸時代には着物の裏地として人気を集め、日本全国に知られるようになったものの着物文化の衰退とともに生産は途絶え、いったんは幻の絹となっていた。しかし、その優れた技術は戦後の近代設備と高度に発達した技術によって復活を遂げ、全国でも屈指の細糸、高密度の先染織物産地として、再び注目を集めるまでになった。</p>
<p>「甲斐絹」の織物の特徴は、糸を先染めしてから布を織る。絹糸のような繊細な糸でも織り上げる確かな技術は、ネクタイなどに応用されている。タスキで使用した同じ先染めの甲斐絹織でプルシアンブルーを基調とした色とデザインのネクタイを準備させていただいた。</p>
<p>宴に参加していただいた卒業生のほとんどが箱根駅伝を走ったわけではなく、それでもチームや仲間に誇りを持ちチームを支えてくれたことに変わりはない。その証として襷と同じ布で作ったネクタイを送らせていただいた。</p>
<p>一本の絹糸は細くて弱いもので織りあげるにはそれなりの技術と苦労を伴う。しかし織りあがった先染めの布は独特の光沢としなやかさを持つ生地となる。私たちが目指したチーム作りも経糸がどのチームにも与えられたそれぞれの時間軸であり、日々の努力という横糸をチームの一人一人が丁寧に織り上げた布がタスキとなる。</p>
<p>エースや主力と呼ばれる者だけで織りあげられるものではないと常々語ってきた。そんな思いを込めて持ち帰ってもらった。当然裏のネクタイ止めには「雲外蒼天」の文字を刺しゅうしていただいた。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="(max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong></p><p>山梨学大陸上競技部元監督の上田誠仁氏による月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p><h2>第69回「縁を結び、絆を築き、ともに歩む同志たちへ～この日この時に思うこと～」</h2><p>「五月晴れ」と書けば新緑の野山に爽やかな青空を想起するのだが、30度を超える真夏日が続くとそうとは言っていられない。日本の四季も、春と秋が駆け抜けるように過ぎてゆく気がするのは私だけではないだろう。</p><p>5月は全日本大学駅伝関東地区選考会、関東インカレが開催され、トップ選手はセイコーゴールデングランプリなど6月の日本選手権に向けてギアを一段入れ替える月でもあった。インターハイに向けて都府県大会も各地で順次開催され、まさにトラック＆フィールドのハイシーズンでもある。</p><p>前々回の後半でも書かせていただいたように3月末をもって、規定により山梨学院大学を定年退職したこともあり、OB・OG会主催の退職記念祝賀会を開催していただいた。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/05/S__38576155.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;"> OB・OGに退職記念祝賀会を開いていただいた</span></p></div><p>1985年の陸上部創部から41年間大学で教鞭をとり、指導の現場に立たせていただいた。その間の喜怒哀楽のエピソードメモリーは色あせることなく想起させられる。祝宴に全国各地から集ってくれた教え子たち約200名と言葉を交わすたびに、彼らの学生時代のさまざまな出来事が蘇り、思い出という記憶は想像以上に蓄積されているものだとつくづく感じた。</p><p>教え子たちも、既に60歳を過ぎた者から今年の3月に卒業した22歳の若者まで、幅広い年代が時を刻み、縁を紡いできたこととなる。人の世は人と人とが縁を結びあい、成り立っているものと思っている。</p><p>学生として・競技者として・チームの一員としての立ち位置から、やがて地域や社会の一員としてなど、一人の人間として人生の様々な立ち位置があり、OB・OGたちもその中で縁を紡いでいることだろう。</p><p>私自身が指導者として、その縁を本当に慈しみ大切に紡いでこられたのかと、我が心に向かって問いを立ててみた。至らなさ・行き過ぎ・間違いや混乱など、いささか縁を紡ぐといってもささくれや、節だらけであったようにおもう。そんなこんなで織り続けた布がなんだかまだら模様のようになっているようで心苦しくもある。</p><p>そんな思いをよそに、宴が進むにつれて退職記念祝賀会というよりは、久しぶりに顔を合わす「先輩・後輩」、そして「同級生」との語らいに話が弾み同窓会のような雰囲気となってきた。そんな和やかな笑顔あふれる会場の雰囲気に心が癒された。</p><p>指導者と言う立ち位置であったにせよ、実のところ彼らに励まされながら歩んできた41年間であったと思いを新たにすることができたからだ。</p><p>OB・OG会から「これまで山梨学院の歴史を刻み続けてくれたことと、これからも私たちとともに今日、この日の思いをともに分かち合い時を刻んでいってほしい」とのメッセージを添えられ、退職記念として時計をいただいた。これから先もOB・OG諸君とともに時を刻み縁を紡いでゆきたいと願った。</p><p>その思いを彼らと分かち合うために二つの返礼品を準備させていただいた。</p><p>一つ目は、ネクタイだ。箱根駅伝で使用するタスキはそれぞれの大学で準備する。私が監督時代にタスキに使用した布は、山梨の地場産業として富士北麓の富士吉田市・都留市を基盤に受け継がれている絹織物　”甲斐絹（かいき）“と呼ばれる甲斐絹織を使用させていただいている。</p><p>江戸時代には着物の裏地として人気を集め、日本全国に知られるようになったものの着物文化の衰退とともに生産は途絶え、いったんは幻の絹となっていた。しかし、その優れた技術は戦後の近代設備と高度に発達した技術によって復活を遂げ、全国でも屈指の細糸、高密度の先染織物産地として、再び注目を集めるまでになった。</p><p>「甲斐絹」の織物の特徴は、糸を先染めしてから布を織る。絹糸のような繊細な糸でも織り上げる確かな技術は、ネクタイなどに応用されている。タスキで使用した同じ先染めの甲斐絹織でプルシアンブルーを基調とした色とデザインのネクタイを準備させていただいた。</p><p>宴に参加していただいた卒業生のほとんどが箱根駅伝を走ったわけではなく、それでもチームや仲間に誇りを持ちチームを支えてくれたことに変わりはない。その証として襷と同じ布で作ったネクタイを送らせていただいた。</p><p>一本の絹糸は細くて弱いもので織りあげるにはそれなりの技術と苦労を伴う。しかし織りあがった先染めの布は独特の光沢としなやかさを持つ生地となる。私たちが目指したチーム作りも経糸がどのチームにも与えられたそれぞれの時間軸であり、日々の努力という横糸をチームの一人一人が丁寧に織り上げた布がタスキとなる。</p><p>エースや主力と呼ばれる者だけで織りあげられるものではないと常々語ってきた。そんな思いを込めて持ち帰ってもらった。当然裏のネクタイ止めには「雲外蒼天」の文字を刺しゅうしていただいた。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>山梨学大が最終組で僅差の逆転！ 「久しぶりに勝ち取れた」／全日本大学駅伝関東選考会</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/206601</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 04 May 2026 23:03:40 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[大学]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[全日本大学駅伝関東選考会]]></category>
		<category><![CDATA[全日本大学駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=206601</guid>
		<gnf:modified>Tue, 05 May 2026 01:11:32 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Tue, 05 May 2026 01:11:32 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/05/S__19070982.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/05/S__19070982.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>◇全日本大学駅伝関東学連推薦校選考会（5月4日／神奈川・レモンガススタジアム平塚）</p>
<p>第58回全日本大学駅伝関東学連推薦校選考会が行われ、日大が3時間57分10秒99でトップを果たし、2大会連続44回目の本大会出場を決めた。</p>
<p>山梨学大は最終組で専大を0.65秒差で逆転し、3時間59分55秒29の7位で6大会ぶり32回目の本戦切符をつかんでいる。</p>
<p>過去最少の差で伊勢路行きを決めた山梨学大の大﨑悟史監督は「うれしいです。チームの低迷から抜け出して、久しぶりに勝ち取れました」と笑顔で話した。</p>
<p>1組を終えて総合10位とまずまずの出だしだったが、2組で主力の阿部紘也（3年）が35着と苦戦。大﨑監督自身も「2組が終わったところであきらめていました」と吐露しつつ、「選手たちはあきらめていませんでした」と振り返る。</p>
<p>3組を終えて出場ラインの専大とは約35秒差あったが、関東インカレ（1部）ハーフマラソンで4連覇のブライアン・キピエゴと占部大和の4年生コンビが粘走。占部は「最後は苦しくなりましたが、力を出し切りました」と、専大をわずかに逆転した。</p>
<p>本大会は箱根駅伝予選会と兼ねる過密日程。大﨑監督は「とても難しいです。楽しむではないですが、それなりに頑張りたいです」と先を見据えていた。</p>
<p>一方の専大の選手たちは結果発表を受け、僅差の決着を知ると、スタンドで肩を落として悔しがっていた。</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
<p>関連記事はありません。</p>
</div>
]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>◇全日本大学駅伝関東学連推薦校選考会（5月4日／神奈川・レモンガススタジアム平塚）</p><p>第58回全日本大学駅伝関東学連推薦校選考会が行われ、日大が3時間57分10秒99でトップを果たし、2大会連続44回目の本大会出場を決めた。</p><p>山梨学大は最終組で専大を0.65秒差で逆転し、3時間59分55秒29の7位で6大会ぶり32回目の本戦切符をつかんでいる。</p><p>過去最少の差で伊勢路行きを決めた山梨学大の大﨑悟史監督は「うれしいです。チームの低迷から抜け出して、久しぶりに勝ち取れました」と笑顔で話した。</p><p>1組を終えて総合10位とまずまずの出だしだったが、2組で主力の阿部紘也（3年）が35着と苦戦。大﨑監督自身も「2組が終わったところであきらめていました」と吐露しつつ、「選手たちはあきらめていませんでした」と振り返る。</p><p>3組を終えて出場ラインの専大とは約35秒差あったが、関東インカレ（1部）ハーフマラソンで4連覇のブライアン・キピエゴと占部大和の4年生コンビが粘走。占部は「最後は苦しくなりましたが、力を出し切りました」と、専大をわずかに逆転した。</p><p>本大会は箱根駅伝予選会と兼ねる過密日程。大﨑監督は「とても難しいです。楽しむではないですが、それなりに頑張りたいです」と先を見据えていた。</p><p>一方の専大の選手たちは結果発表を受け、僅差の決着を知ると、スタンドで肩を落として悔しがっていた。</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第68回「温暖化傾向と陸上界～その時代に生きるための知見～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/205976</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 29 Apr 2026 17:55:39 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インターハイ]]></category>
		<category><![CDATA[日本インカレ]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=205976</guid>
		<gnf:modified>Wed, 29 Apr 2026 12:32:39 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 29 Apr 2026 12:32:39 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/FN1_1344.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/FN1_1344.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong></p>
<p>山梨学大陸上競技部元監督の上田誠仁氏による月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p>
<h2>第68回「温暖化傾向と陸上界～その時代に生きるための知見～」</h2>
<p>4月は深緑の眩しさと富士山や南アルプスの残雪の景色に癒されはしたものの、花粉症と黄砂で鼻水とくしゃみ、そして目の痒みに苦しめられた。花粉症のアスリートや指導者は日々苦慮されたことだろう。本格的にトラックシーズンが始まり、競技会での審判や補助員の方々も大変なご苦労をされたことと拝察する。</p>
<p>近年の気温や天候の変化は、気象庁の発表を待たずとも敏感な読者のみなさんは、継続的な“温暖化トレンド”を体感しているだろう。4月の最高気温は東京で27.3度。25度を超える“夏日”が大阪とともに複数回観測されている。</p>
<p>気象庁は最高気温40度以上の日の名称を「酷暑日」に決めたと、4月17日に発表した。温暖化傾向の影響を大きく受けるスポーツ界も、暑熱対策としてのリスクマネジメントの方針を打ち出し、実行に移しつつある。</p>
<p>日本陸連は近年の気候変動に伴い、猛暑による競技者・関係者への健康影響がより深刻化していることを受け、競技会では競技者・審判・関係者・観客等の安全と健康を守ることを最優先とし「熱中症予防運動指針」（日本スポーツ協会）に基づいた安全な運営方針を発表している。</p>
<p>内容は「暑さ指数(WBGT：湿球黒球温度)」に応じた対応方針を定め、競技の実施および進行（中止・中断・延期・時間変更など）について適切に判断すると記されている。WBGTは外気温だけではなく湿度や日差しなどを取り入れた指数である。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/1a8f9d4e408288202a7f938f4e0970e4.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;"> インターハイは暑熱対策を講じて開催された</span></p></div>
<p>主な決定事項は以下のとおりである。</p>
<p>1.WBGT31度以上となる暑熱環境下での運動（競技）は原則中止・中断する。 </p>
<p>2.WBGT31度以上となる可能性が極めて高い7月・8月については、確実にWBGT31度以上にならない地域または時間帯(競技時間のみならずウォーミングアップなどすべての運動・活動を含む)での開催を除き、競技会は開催しない。</p>
<p>3.7月・8月以外の競技会においても、暑熱環境下での運動(競技)やその判断は、上記1. および2.と同様とする。 </p>
<p>※小学生以下においては特に厳重な注意のもと判断すること。 </p>
<p>※国際競技会およびそれに関連する競技会等については主催団体の運用に応じる。ただし、暑熱環境下が想定される場合には、いかなる競技会においても徹底した暑熱対策を行うこと。 </p>
<p>昨年度の各競技会では関係する主催団体の協力を得て、可能な限りの暑熱対策を講じて開催していただいていた。しかしながら、各地、各競技会では多数の熱中症が発生。また、猛暑下での運営は、選手をはじめとする参加者のみならず、運営者・運営団体にも大きな負担を強いることとなった。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong></p><p>山梨学大陸上競技部元監督の上田誠仁氏による月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p><h2>第68回「温暖化傾向と陸上界～その時代に生きるための知見～」</h2><p>4月は深緑の眩しさと富士山や南アルプスの残雪の景色に癒されはしたものの、花粉症と黄砂で鼻水とくしゃみ、そして目の痒みに苦しめられた。花粉症のアスリートや指導者は日々苦慮されたことだろう。本格的にトラックシーズンが始まり、競技会での審判や補助員の方々も大変なご苦労をされたことと拝察する。</p><p>近年の気温や天候の変化は、気象庁の発表を待たずとも敏感な読者のみなさんは、継続的な“温暖化トレンド”を体感しているだろう。4月の最高気温は東京で27.3度。25度を超える“夏日”が大阪とともに複数回観測されている。</p><p>気象庁は最高気温40度以上の日の名称を「酷暑日」に決めたと、4月17日に発表した。温暖化傾向の影響を大きく受けるスポーツ界も、暑熱対策としてのリスクマネジメントの方針を打ち出し、実行に移しつつある。</p><p>日本陸連は近年の気候変動に伴い、猛暑による競技者・関係者への健康影響がより深刻化していることを受け、競技会では競技者・審判・関係者・観客等の安全と健康を守ることを最優先とし「熱中症予防運動指針」（日本スポーツ協会）に基づいた安全な運営方針を発表している。</p><p>内容は「暑さ指数(WBGT：湿球黒球温度)」に応じた対応方針を定め、競技の実施および進行（中止・中断・延期・時間変更など）について適切に判断すると記されている。WBGTは外気温だけではなく湿度や日差しなどを取り入れた指数である。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/1a8f9d4e408288202a7f938f4e0970e4.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;"> インターハイは暑熱対策を講じて開催された</span></p></div><p>主な決定事項は以下のとおりである。</p><p>1.WBGT31度以上となる暑熱環境下での運動（競技）は原則中止・中断する。 </p><p>2.WBGT31度以上となる可能性が極めて高い7月・8月については、確実にWBGT31度以上にならない地域または時間帯(競技時間のみならずウォーミングアップなどすべての運動・活動を含む)での開催を除き、競技会は開催しない。</p><p>3.7月・8月以外の競技会においても、暑熱環境下での運動(競技)やその判断は、上記1. および2.と同様とする。 </p><p>※小学生以下においては特に厳重な注意のもと判断すること。 </p><p>※国際競技会およびそれに関連する競技会等については主催団体の運用に応じる。ただし、暑熱環境下が想定される場合には、いかなる競技会においても徹底した暑熱対策を行うこと。 </p><p>昨年度の各競技会では関係する主催団体の協力を得て、可能な限りの暑熱対策を講じて開催していただいていた。しかしながら、各地、各競技会では多数の熱中症が発生。また、猛暑下での運営は、選手をはじめとする参加者のみならず、運営者・運営団体にも大きな負担を強いることとなった。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第67回「人生を豊かにする出会い～退職を迎えた春に思うこと～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/203557</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 31 Mar 2026 17:55:37 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=203557</guid>
		<gnf:modified>Tue, 31 Mar 2026 18:04:06 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Tue, 31 Mar 2026 18:04:06 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/S__37568520.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/S__37568520.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong></p>
<p>山梨学大陸上競技部元監督の上田誠仁氏による月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p>
<h2>第67回「人生を豊かにする出会い～退職を迎えた春に思うこと～」</h2>
<p>山梨・甲府のソメイヨシノは2月以降の気温が高めに推移した影響で、3月16日に開花宣言がなされ、24日には全国で最も早く満開を迎えた。</p>
<p>絢爛に咲き誇る桜をめでながらも、寒い冬を乗り越えた誇らしさを感じるのは毎年のことである。ランナーの楽しみは四季折々、花鳥風月を視覚や聴覚を中心に五感で十分に堪能できるところにある。</p>
<p>ところが、視覚に障害をお持ちのランナーは咲き誇る桜を見ることもかなわず、聴覚に障害をお持ちのランナーは、山から届く鶯の囀りに心和ませることがかなわない。車椅子での生活を余儀なくされているランナーは新緑の野山を駆け巡ることがかなわない。</p>
<p>山梨県清里在住の全盲ランナー浅川忠二さんが以前お会いした時に「ガイドランナーなしでは屋外でジョギングすらできないので、どんなに天気が良くても室内のルームランナーでしか走れないんですよね」と語ってくれたことを思い出す。</p>
<p>故郷・香川で開催された第1回香川マラソンを通しての出会いと体験からこのような書き出しとなった。昨年の11月末に香川の岡俊博先生（1983年日体大卒、箱根駅伝第58回・59回5区区間賞）から、香川県のご出身で首都圏と香川県で視覚障害者の同行援護事業所（株式会社mitsuki）を運営されている高橋昌希さんを紹介された。</p>
<p>そして、翌年開催される香川マラソンに視覚障害のランナーが出場を希望しているのでガイドランナー（目標タイム3時間）を探しているとの相談を受けた。ガイドランナーに関しては、長女と代々木公園で開催されたガイドランナー講習会に参加させていただいたこともあり、なんとか協力できないものかと思案した。</p>
<p>そこで、23年卒業生で中距離ブロックではあるものの、卒業後も陸上を続け10000m 29分10秒台の記録を更新した都築勇気君（和歌山・田辺工高→スポーツ科学部→和歌山県庁）と、社会人となっても時間を見つけては走ることを楽しんでいると近況報告をしてくれた加藤大成君（愛知・中部第一高→法学部→サトー商事）の2名に依頼することにした。</p>
<p>私はレース前日が大学の卒業式で、香川マラソンには行けないため丸亀ハーフマラソンの翌朝にコース状況を車で視察して、彼らに伝えることにしていた。</p>
<p>ガイドランナーは、視覚障害の方が安全かつ自己のパフォーマンスや目標とする走りの内容を達成すべく、まさに視覚の代わりとなってランナーに指示を適時・的確に伝える役目がある。日頃トレーニングパートナーとしてともに走れている場合は、コミュニケーションが阿吽の呼吸で取れるのだが、今回は前日合流ということもあり苦慮した。</p>
<p>ガイドランナーを務める2人には、事前体験としてアイマスクをしてガイドランニングをしてもらう疑似体験をしてもらった。腕振りやリズムを合わせる感覚と路面の状況に応じたコース選定のしかた、そして折り返しや給水の方法なども事前に課題習得に取り組んでもらった。</p>
<p>会社の年休を取ってもらって金曜日に高松入り。現地での移動サポートの方々にそれぞれ前半と後半の試走を行いコース状況の確認をして、少しでもリスク回避ができるように事前の準備を丁寧に行ってもらった。</p>
<p>レース前日に走者の三国文敬さんと合流となった。三国さんは北海道生まれの46歳で、20歳で歯科技工士として都内で就職。30歳で緑内障を発症し徐々に視力を失っていった。将来の自立のために鍼灸マッサージの国家資格を習得し、神田で開業（休業中）。現在は太陽企画株式会社と言う会社で、障害者アスリート雇用で会社の広報活動として活動しています。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/S__37568516.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;"> 瀬戸内海を背景に前日の顔合わせ後の伴奏練習。（左から）加藤君、三国さん、都築君</span></p></div>
<p>陸上競技は視覚障害となってしばらく後に、円周走という方法で走る事ができることを知ったきっかけで始めたそうだ。円周走とはグラウンドなど広場に杭を打ち、そこから伸びるロープを持って一周約100mを走る方法で、三国さんは100周、30kmを走っておられたそうだ。</p>
<p>合流後は、障害者受付と伴走者登録を済ませてガイドランニングのリズムや意志伝達の方法とタイミングなどを入念に打ち合わせ、試走練習を行った。当日は宿舎出発からスタート前のウォーミングアップなど、一連の行動をともにした。</p>
<p>10000人規模の大衆マラソンであるが故に、大集団に紛れてのスタートが安全確保の観点から一番ガイドランニングとして難しかった、とレース後に加藤君から報告を受けた。後半の都築君との引き継ぎも順調にこなし、無事3時間10分でゴール。達成感と爽やかな笑顔の写真が送られてきた時は安堵のため息が出た。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong></p><p>山梨学大陸上競技部元監督の上田誠仁氏による月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p><h2>第67回「人生を豊かにする出会い～退職を迎えた春に思うこと～」</h2><p>山梨・甲府のソメイヨシノは2月以降の気温が高めに推移した影響で、3月16日に開花宣言がなされ、24日には全国で最も早く満開を迎えた。</p><p>絢爛に咲き誇る桜をめでながらも、寒い冬を乗り越えた誇らしさを感じるのは毎年のことである。ランナーの楽しみは四季折々、花鳥風月を視覚や聴覚を中心に五感で十分に堪能できるところにある。</p><p>ところが、視覚に障害をお持ちのランナーは咲き誇る桜を見ることもかなわず、聴覚に障害をお持ちのランナーは、山から届く鶯の囀りに心和ませることがかなわない。車椅子での生活を余儀なくされているランナーは新緑の野山を駆け巡ることがかなわない。</p><p>山梨県清里在住の全盲ランナー浅川忠二さんが以前お会いした時に「ガイドランナーなしでは屋外でジョギングすらできないので、どんなに天気が良くても室内のルームランナーでしか走れないんですよね」と語ってくれたことを思い出す。</p><p>故郷・香川で開催された第1回香川マラソンを通しての出会いと体験からこのような書き出しとなった。昨年の11月末に香川の岡俊博先生（1983年日体大卒、箱根駅伝第58回・59回5区区間賞）から、香川県のご出身で首都圏と香川県で視覚障害者の同行援護事業所（株式会社mitsuki）を運営されている高橋昌希さんを紹介された。</p><p>そして、翌年開催される香川マラソンに視覚障害のランナーが出場を希望しているのでガイドランナー（目標タイム3時間）を探しているとの相談を受けた。ガイドランナーに関しては、長女と代々木公園で開催されたガイドランナー講習会に参加させていただいたこともあり、なんとか協力できないものかと思案した。</p><p>そこで、23年卒業生で中距離ブロックではあるものの、卒業後も陸上を続け10000m 29分10秒台の記録を更新した都築勇気君（和歌山・田辺工高→スポーツ科学部→和歌山県庁）と、社会人となっても時間を見つけては走ることを楽しんでいると近況報告をしてくれた加藤大成君（愛知・中部第一高→法学部→サトー商事）の2名に依頼することにした。</p><p>私はレース前日が大学の卒業式で、香川マラソンには行けないため丸亀ハーフマラソンの翌朝にコース状況を車で視察して、彼らに伝えることにしていた。</p><p>ガイドランナーは、視覚障害の方が安全かつ自己のパフォーマンスや目標とする走りの内容を達成すべく、まさに視覚の代わりとなってランナーに指示を適時・的確に伝える役目がある。日頃トレーニングパートナーとしてともに走れている場合は、コミュニケーションが阿吽の呼吸で取れるのだが、今回は前日合流ということもあり苦慮した。</p><p>ガイドランナーを務める2人には、事前体験としてアイマスクをしてガイドランニングをしてもらう疑似体験をしてもらった。腕振りやリズムを合わせる感覚と路面の状況に応じたコース選定のしかた、そして折り返しや給水の方法なども事前に課題習得に取り組んでもらった。</p><p>会社の年休を取ってもらって金曜日に高松入り。現地での移動サポートの方々にそれぞれ前半と後半の試走を行いコース状況の確認をして、少しでもリスク回避ができるように事前の準備を丁寧に行ってもらった。</p><p>レース前日に走者の三国文敬さんと合流となった。三国さんは北海道生まれの46歳で、20歳で歯科技工士として都内で就職。30歳で緑内障を発症し徐々に視力を失っていった。将来の自立のために鍼灸マッサージの国家資格を習得し、神田で開業（休業中）。現在は太陽企画株式会社と言う会社で、障害者アスリート雇用で会社の広報活動として活動しています。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/S__37568516.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;"> 瀬戸内海を背景に前日の顔合わせ後の伴奏練習。（左から）加藤君、三国さん、都築君</span></p></div><p>陸上競技は視覚障害となってしばらく後に、円周走という方法で走る事ができることを知ったきっかけで始めたそうだ。円周走とはグラウンドなど広場に杭を打ち、そこから伸びるロープを持って一周約100mを走る方法で、三国さんは100周、30kmを走っておられたそうだ。</p><p>合流後は、障害者受付と伴走者登録を済ませてガイドランニングのリズムや意志伝達の方法とタイミングなどを入念に打ち合わせ、試走練習を行った。当日は宿舎出発からスタート前のウォーミングアップなど、一連の行動をともにした。</p><p>10000人規模の大衆マラソンであるが故に、大集団に紛れてのスタートが安全確保の観点から一番ガイドランニングとして難しかった、とレース後に加藤君から報告を受けた。後半の都築君との引き継ぎも順調にこなし、無事3時間10分でゴール。達成感と爽やかな笑顔の写真が送られてきた時は安堵のため息が出た。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>山梨学大に新留学生サイモン・レセイオが加入！ 「新しい仲間とともにレベルアップ」 ケニア出身の19歳</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/202028</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Mar 2026 14:42:08 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[大学]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[サイモン・レセイオ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=202028</guid>
		<gnf:modified>Thu, 19 Mar 2026 14:42:08 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 19 Mar 2026 14:42:08 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/DSC_1004.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/03/DSC_1004.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>山梨学大陸上部は3月19日、チームのSNSで新たな留学生のサイモン・レセイオが合流したと発表した。</p>
<p>レセイオはケニア出身の19歳。5000m14分12秒0、3000m障害は9分26秒50の自己ベストを持ち、ケニア選手権などに出場している。</p>
<p>山梨学大は関東インカレ1部10000mで3連覇を飾ったジェームス・ムトゥク（4年）が卒業を迎える。同ハーフマラソンを大会新記録による3連覇を果たし、今年1月の箱根駅伝2区で区間3位のブライアン・キピエゴ（3年）とともに高みを目指す。</p>
<p>チームはSNSで「新しい仲間とともに、さらにレベルアップしていきます！」と記した。</p>
<p>箱根駅伝で総合17位に入っている経験者8人が残る山梨学大。新たな留学生を加えて、シード校への巻き返しを期している。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>山梨学大陸上部は3月19日、チームのSNSで新たな留学生のサイモン・レセイオが合流したと発表した。</p><p>レセイオはケニア出身の19歳。5000m14分12秒0、3000m障害は9分26秒50の自己ベストを持ち、ケニア選手権などに出場している。</p><p>山梨学大は関東インカレ1部10000mで3連覇を飾ったジェームス・ムトゥク（4年）が卒業を迎える。同ハーフマラソンを大会新記録による3連覇を果たし、今年1月の箱根駅伝2区で区間3位のブライアン・キピエゴ（3年）とともに高みを目指す。</p><p>チームはSNSで「新しい仲間とともに、さらにレベルアップしていきます！」と記した。</p><p>箱根駅伝で総合17位に入っている経験者8人が残る山梨学大。新たな留学生を加えて、シード校への巻き返しを期している。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第66回「声援を送ることへの新たな視界～ミラノ・コルティナ滞在記～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/200633</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 28 Feb 2026 18:25:38 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[ミラノ・コルティナ五輪]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=200633</guid>
		<gnf:modified>Sat, 28 Feb 2026 17:22:34 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sat, 28 Feb 2026 17:22:34 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/IMG_5623.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/IMG_5623.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong></p>
<p>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p>
<h2>第66回「声援を送ることへの新たな視界～ミラノ・コルティナ滞在記～」</h2>
<p>箱根駅伝の沿道を埋め尽くす観客。その目の前数メートル先を、一瞬ではあるが選手が通過してゆく。選手の表情から心象風景を思い、息遣いから疲労度などを慮りつつ、心からの声援と拍手を送る。</p>
<p>応援する人は、当然のごとくその声や拍手の音が選手に届くことを信じて疑わない。応援する側と選手との間に生まれる心地良い連帯感。それは声援と拍手が選手に届いてこそ生まれる。まさに疲れた足取りに、まだ取り出せていない力を呼び覚ましてくれるものだ。</p>
<p>このような環境設定をすることは、「する・見る・支える」で成り立つスポーツ文化の醸成には必須であると幾度か書かせていただいた。</p>
<p>ただ、箱根駅伝沿道の風物詩的情景とも言える主催新聞社の応援小旗の配布を、自主的に限定していただいていることをご存知の方は少ないと思う。</p>
<p>コース上で隙間なく配布していた小旗は、数年前から各中継点の前後100mを除く、前後1kmでのみの配布となっている。これも走る選手に応援の声や拍手の音が届くように、と各地域の販売店の方々のご配慮のお陰であると感謝している。</p>
<p>そもそも走った選手たちのインタビューで「沿道の方々の声援が小旗を振るバタバタという音でかき消され、運営管理車からの声も聞き取れないほどでした」との声を受けてのことであった。複数の選手に確認したところ、特に復路の後半区間では異口同音にそのような見解が多数を占めていた。</p>
<p>応援する気持ちを届けたい、と願うのは応援に駆けつけた方々の共通の願いであろう。</p>
<p>駅伝やマラソンのような広域移動型のスポーツもあれば、サッカーやバスケットボールといったスタジアムやアリーナのような屋内外の競技施設の場合もある。静かに見守りタイミングを見計らって拍手や声をかける競技もあれば、野球やサッカーのようにブラスバンドや一斉応援が許される競技スポーツもある（関東インカレなど各大学の個性的な応援も見どころなので機会があればぜひご来場賜りたい）</p>
<p>当然のごとく応援にはマナーがある。陸上競技ではスタート前の静寂が必要だ。昨年9月の東京世界選手権では、スターターの号砲までの静寂の後からは、割れんばかりの声援がスタンドを揺るがしたものであった。</p>
<p>そして、応援の時間と場所、種目を移してみよう。私がミラノ・コルティナ冬季オリンピックのフィギュアスケートの会場で、声援を送ることに対する新たな視界が開ける感動を覚えたことをお伝えしたいからだ。</p>
<p>なぜ、この場所にと思われるかもしれない。私の姪のエリー・カムが全米代表として出場（ペアと団体）し、団体では金メダルを獲得。私はその6日後のペアの応援に駆けつけた。（<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/199889">参考記事</a>）</p>
<p>冬季五輪の競技特性として、雪上や氷上で競技が行われることが常で、転倒がつきものである。“転ばぬ先の杖”が準備されているわけではなく、トレーニングに費やした時間の集積だけが技量となって試される刹那のスポーツでもあろう。</p>
<p>エリーは大会終了後に「母（磨子・秋山氏の次女）からは、『初めに転んで立ち上がることから練習を始めるのがスケート。失敗しても何度でも立ち上がらなければ次に進めない。その気持ちを大切にしなさい』と言われてきました」と明かす。</p>
<p>続けて、「立ち上がることをあきらめていたらこの舞台には立てなかったと思う」と語ってくれた。そのようにして技に磨きをかえてきたフィギュアスケートだ。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/IMG_5623.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;"> ミラノで平和の門と記念撮影</span></p></div>
<p>フィギュアスケートは優雅で華麗に見えなければならないが、フリー演技の4分間の運動量は1500mに匹敵すると言われるほど過酷である。ペアで動きを合わせながら、高速でのジャンプやスピン、リフトやステップなど様々な要素を曲に合わせて表現しながらこなしてゆかなければならない。</p>
<p>心拍数が上がって苦しくなってくる後半でも、表情はそれを微塵も感じさせないほど曲と動きにシンクロしていることには驚いてしまう。五輪選手であれば、難易度の高い技をサラリとやってのけそうである。しかしながら勝負を懸けたこの舞台は、その上をゆく超難易度の演技構成で挑んでくる緊張感がスケートリンクを支配する。</p>
<p>演技を見守る観衆は声援を送ることはできない。その代わりに、心のこもった拍手が選手に届けられる。特に転倒などのミスを犯した直後に送る拍手は、明らかに“頑張れ”の響きがこもっていた。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong></p><p>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p><h2>第66回「声援を送ることへの新たな視界～ミラノ・コルティナ滞在記～」</h2><p>箱根駅伝の沿道を埋め尽くす観客。その目の前数メートル先を、一瞬ではあるが選手が通過してゆく。選手の表情から心象風景を思い、息遣いから疲労度などを慮りつつ、心からの声援と拍手を送る。</p><p>応援する人は、当然のごとくその声や拍手の音が選手に届くことを信じて疑わない。応援する側と選手との間に生まれる心地良い連帯感。それは声援と拍手が選手に届いてこそ生まれる。まさに疲れた足取りに、まだ取り出せていない力を呼び覚ましてくれるものだ。</p><p>このような環境設定をすることは、「する・見る・支える」で成り立つスポーツ文化の醸成には必須であると幾度か書かせていただいた。</p><p>ただ、箱根駅伝沿道の風物詩的情景とも言える主催新聞社の応援小旗の配布を、自主的に限定していただいていることをご存知の方は少ないと思う。</p><p>コース上で隙間なく配布していた小旗は、数年前から各中継点の前後100mを除く、前後1kmでのみの配布となっている。これも走る選手に応援の声や拍手の音が届くように、と各地域の販売店の方々のご配慮のお陰であると感謝している。</p><p>そもそも走った選手たちのインタビューで「沿道の方々の声援が小旗を振るバタバタという音でかき消され、運営管理車からの声も聞き取れないほどでした」との声を受けてのことであった。複数の選手に確認したところ、特に復路の後半区間では異口同音にそのような見解が多数を占めていた。</p><p>応援する気持ちを届けたい、と願うのは応援に駆けつけた方々の共通の願いであろう。</p><p>駅伝やマラソンのような広域移動型のスポーツもあれば、サッカーやバスケットボールといったスタジアムやアリーナのような屋内外の競技施設の場合もある。静かに見守りタイミングを見計らって拍手や声をかける競技もあれば、野球やサッカーのようにブラスバンドや一斉応援が許される競技スポーツもある（関東インカレなど各大学の個性的な応援も見どころなので機会があればぜひご来場賜りたい）</p><p>当然のごとく応援にはマナーがある。陸上競技ではスタート前の静寂が必要だ。昨年9月の東京世界選手権では、スターターの号砲までの静寂の後からは、割れんばかりの声援がスタンドを揺るがしたものであった。</p><p>そして、応援の時間と場所、種目を移してみよう。私がミラノ・コルティナ冬季オリンピックのフィギュアスケートの会場で、声援を送ることに対する新たな視界が開ける感動を覚えたことをお伝えしたいからだ。</p><p>なぜ、この場所にと思われるかもしれない。私の姪のエリー・カムが全米代表として出場（ペアと団体）し、団体では金メダルを獲得。私はその6日後のペアの応援に駆けつけた。（<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/199889">参考記事</a>）</p><p>冬季五輪の競技特性として、雪上や氷上で競技が行われることが常で、転倒がつきものである。“転ばぬ先の杖”が準備されているわけではなく、トレーニングに費やした時間の集積だけが技量となって試される刹那のスポーツでもあろう。</p><p>エリーは大会終了後に「母（磨子・秋山氏の次女）からは、『初めに転んで立ち上がることから練習を始めるのがスケート。失敗しても何度でも立ち上がらなければ次に進めない。その気持ちを大切にしなさい』と言われてきました」と明かす。</p><p>続けて、「立ち上がることをあきらめていたらこの舞台には立てなかったと思う」と語ってくれた。そのようにして技に磨きをかえてきたフィギュアスケートだ。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/IMG_5623.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;"> ミラノで平和の門と記念撮影</span></p></div><p>フィギュアスケートは優雅で華麗に見えなければならないが、フリー演技の4分間の運動量は1500mに匹敵すると言われるほど過酷である。ペアで動きを合わせながら、高速でのジャンプやスピン、リフトやステップなど様々な要素を曲に合わせて表現しながらこなしてゆかなければならない。</p><p>心拍数が上がって苦しくなってくる後半でも、表情はそれを微塵も感じさせないほど曲と動きにシンクロしていることには驚いてしまう。五輪選手であれば、難易度の高い技をサラリとやってのけそうである。しかしながら勝負を懸けたこの舞台は、その上をゆく超難易度の演技構成で挑んでくる緊張感がスケートリンクを支配する。</p><p>演技を見守る観衆は声援を送ることはできない。その代わりに、心のこもった拍手が選手に届けられる。特に転倒などのミスを犯した直後に送る拍手は、明らかに“頑張れ”の響きがこもっていた。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>山梨学大長距離ブロックに5000m14分20秒05の清水皐熙や全国高校駅伝出場の白岩敬吾らが進学</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/199112</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 09 Feb 2026 15:57:05 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[大学]]></category>
		<category><![CDATA[高校]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[清水皐熙]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=199112</guid>
		<gnf:modified>Mon, 09 Feb 2026 15:57:22 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 09 Feb 2026 15:57:22 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/42c1331ecdc88abf2cca6feec5396cc9.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/42c1331ecdc88abf2cca6feec5396cc9.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>山梨学大の陸上部長距離ブロックは2月9日、今春に入学する選手20名を発表した。</p>
<p>新入生のなかで5000mトップは清水皐熙（小林・宮崎）で、14分20秒05のベストを持つ。昨年末の高校駅伝では5区を担当し、区間16位だった。</p>
<p>このほか、全国高校駅伝で同じ5区を担当した白岩敬吾（洛南・京都）や城島悠希（福岡第一・福岡）も合格。インターハイ秋田県大会で1500m、5000m2冠の三輪生（秋田工）や3000m障害でインターハイに出場した小丸統玄（世羅・広島）の入学も決まった。</p>
<p>山梨学大は1985年に始動し、87年の箱根駅伝に初出場。92年に箱根初の総合優勝を果たすと、94、95年と連覇を達成した。今年1月の大会では17位だった。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>山梨学大の陸上部長距離ブロックは2月9日、今春に入学する選手20名を発表した。</p><p>新入生のなかで5000mトップは清水皐熙（小林・宮崎）で、14分20秒05のベストを持つ。昨年末の高校駅伝では5区を担当し、区間16位だった。</p><p>このほか、全国高校駅伝で同じ5区を担当した白岩敬吾（洛南・京都）や城島悠希（福岡第一・福岡）も合格。インターハイ秋田県大会で1500m、5000m2冠の三輪生（秋田工）や3000m障害でインターハイに出場した小丸統玄（世羅・広島）の入学も決まった。</p><p>山梨学大は1985年に始動し、87年の箱根駅伝に初出場。92年に箱根初の総合優勝を果たすと、94、95年と連覇を達成した。今年1月の大会では17位だった。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第65回「雪中四友に箱根駅伝を重ねて～順大と帝京大の激闘～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/197991</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 30 Jan 2026 17:55:25 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[順大]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[帝京大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=197991</guid>
		<gnf:modified>Fri, 30 Jan 2026 12:38:17 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 30 Jan 2026 12:38:17 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/01/MK22931.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/01/MK22931.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong></p>
<p>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p>
<h2>第65回「雪中四友に箱根駅伝を重ねて～順大と帝京大の激闘～」</h2>
<p>「冬型の気圧配置が次第に強まっており、北日本や北陸山陰地方では雪や雨となる見込みです。夜にかけては北からの季節風が強まる予想です――」と言う気象予報士の解説が的中するほどに冷え込むこの時期である。</p>
<p>まさに野山は冬枯れの季節。ランナーたちにとって早朝練習は、僧侶が滝行をやるくらい覚悟を持ち、玄関のドアを開けねばならないほどであろう。</p>
<p>冬枯れといえども、この厳しい季節だからこそ愛でることのできる花々は「雪中四友（せっちゅうしゆう）」と呼ばれている。古来より中国で冬の画題として好んで描かれてきた4種類の花のことで、梅（ウメ）、蝋梅（ロウバイ）、水仙（スイセン）、山茶花（サザンカ）のことだそうだ。</p>
<p>文字通り雪が降り積もる寒い状況の中にあっても凛として咲く姿は、春に咲く花とは趣が違い心を打つものだ。何も特別な花ではない。街中で散歩や軽くジョギングをしながらでも目にするほど馴染み深い花である。</p>
<p>梅は寒中真っ先に咲くことから「百花の魁」とも呼ばれている。私の座右の銘に「何にも咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ」があるが、まさにその先の実を結び、その実が梅干などになる。まさに見てよし、食べてよしと年間を通して楽しませてくれる。</p>
<p>蝋梅の花は少し下向きに頭を下げるように咲き、感謝を表しているかのような奥ゆかしさを香りとともに鑑賞できる。水仙は「雪中花」とも呼ばれ、ある程度冬の寒さにさらされないと開花できないと言われている。</p>
<p>山茶花は、よく似た椿の花と見間違えられる。椿は花のかたちを崩さずポトリと落ちるが、山茶花は花びらが一枚一枚順に散ってゆく。このように書き進めていると、想いが箱根駅伝までの経過と結果にシンクロしてしまう。</p>
<p>さながら水仙のように厳しい寒さにさらされて開花したチームは、前回はシード圏内（10位）までわずか7秒差に泣いたものの、今回は総合3位と躍進した順大だろうか。</p>
<p>寒い中にも耐えて花びらを一枚ずつ粘り強く散らせてゆくのは、今年の箱根駅伝往路17位と出遅れながらも総合9位でシード権を獲得した「世界一あきらめの悪いチーム」を公言している帝京大ではなかろうかとそれぞれ感じたからだ。</p>
<p>ここで再度「駅伝とは」という問いを立て、暫し自問自答してみた。特に箱根駅伝では、10区を走るアンカーはフィニッシュラインに到達することでチームの順位を決定づける。良くも悪くも10区間の状況を知る“タスキ”をかけてフィニッシュに駆け込む。</p>
<p>ということは、フィニッシュラインを越えて踏み出す一歩は、誰よりも早くチームを代表して次回に向けての第一歩を踏み出す役割を担っているのではなかろうか。チームメイトが待ち受けるところまで駆け寄った時に、すでに次回大会に向けての取り組みや覚悟を届ける役目も担っているとひとりごちた。</p>
<p>第101回箱根駅伝でなんとかシード権を守り切った帝京大（10位）と、4校による争いでシードから弾き出された順大がフィニッシュラインを越えて、タスキをどのように迎え入れ、どのように今回大会に昇華させたのかに俄然興味が湧く。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/01/MK22931.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;"> 総合3位でフィニッシュした順大</span></p></div>
<p>順大の長門俊介駅伝監督は「昨年も今年もトレーニング内容に大きな変更点はありません。あるとすれば選手の意識の変化ですよ」と淡々と話してくれた。</p>
<p>続けて「101回大会に向けての予選会ではぎりぎりの10位通過。あの時の感覚は心底選手たちが崖っぷちに立たされていることを実感したと思います。実際に101回大会で、その状態からシード権争いを最後まで繰り広げることができました。シード落ちをした悔しさも強烈にあったことと同時に、自分たちが取り組んでいることの確証を得ることができた瞬間でもあったわけです」と内情を語っていただいた。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong></p><p>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p><h2>第65回「雪中四友に箱根駅伝を重ねて～順大と帝京大の激闘～」</h2><p>「冬型の気圧配置が次第に強まっており、北日本や北陸山陰地方では雪や雨となる見込みです。夜にかけては北からの季節風が強まる予想です――」と言う気象予報士の解説が的中するほどに冷え込むこの時期である。</p><p>まさに野山は冬枯れの季節。ランナーたちにとって早朝練習は、僧侶が滝行をやるくらい覚悟を持ち、玄関のドアを開けねばならないほどであろう。</p><p>冬枯れといえども、この厳しい季節だからこそ愛でることのできる花々は「雪中四友（せっちゅうしゆう）」と呼ばれている。古来より中国で冬の画題として好んで描かれてきた4種類の花のことで、梅（ウメ）、蝋梅（ロウバイ）、水仙（スイセン）、山茶花（サザンカ）のことだそうだ。</p><p>文字通り雪が降り積もる寒い状況の中にあっても凛として咲く姿は、春に咲く花とは趣が違い心を打つものだ。何も特別な花ではない。街中で散歩や軽くジョギングをしながらでも目にするほど馴染み深い花である。</p><p>梅は寒中真っ先に咲くことから「百花の魁」とも呼ばれている。私の座右の銘に「何にも咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ」があるが、まさにその先の実を結び、その実が梅干などになる。まさに見てよし、食べてよしと年間を通して楽しませてくれる。</p><p>蝋梅の花は少し下向きに頭を下げるように咲き、感謝を表しているかのような奥ゆかしさを香りとともに鑑賞できる。水仙は「雪中花」とも呼ばれ、ある程度冬の寒さにさらされないと開花できないと言われている。</p><p>山茶花は、よく似た椿の花と見間違えられる。椿は花のかたちを崩さずポトリと落ちるが、山茶花は花びらが一枚一枚順に散ってゆく。このように書き進めていると、想いが箱根駅伝までの経過と結果にシンクロしてしまう。</p><p>さながら水仙のように厳しい寒さにさらされて開花したチームは、前回はシード圏内（10位）までわずか7秒差に泣いたものの、今回は総合3位と躍進した順大だろうか。</p><p>寒い中にも耐えて花びらを一枚ずつ粘り強く散らせてゆくのは、今年の箱根駅伝往路17位と出遅れながらも総合9位でシード権を獲得した「世界一あきらめの悪いチーム」を公言している帝京大ではなかろうかとそれぞれ感じたからだ。</p><p>ここで再度「駅伝とは」という問いを立て、暫し自問自答してみた。特に箱根駅伝では、10区を走るアンカーはフィニッシュラインに到達することでチームの順位を決定づける。良くも悪くも10区間の状況を知る“タスキ”をかけてフィニッシュに駆け込む。</p><p>ということは、フィニッシュラインを越えて踏み出す一歩は、誰よりも早くチームを代表して次回に向けての第一歩を踏み出す役割を担っているのではなかろうか。チームメイトが待ち受けるところまで駆け寄った時に、すでに次回大会に向けての取り組みや覚悟を届ける役目も担っているとひとりごちた。</p><p>第101回箱根駅伝でなんとかシード権を守り切った帝京大（10位）と、4校による争いでシードから弾き出された順大がフィニッシュラインを越えて、タスキをどのように迎え入れ、どのように今回大会に昇華させたのかに俄然興味が湧く。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2026/01/MK22931.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;"> 総合3位でフィニッシュした順大</span></p></div><p>順大の長門俊介駅伝監督は「昨年も今年もトレーニング内容に大きな変更点はありません。あるとすれば選手の意識の変化ですよ」と淡々と話してくれた。</p><p>続けて「101回大会に向けての予選会ではぎりぎりの10位通過。あの時の感覚は心底選手たちが崖っぷちに立たされていることを実感したと思います。実際に101回大会で、その状態からシード権争いを最後まで繰り広げることができました。シード落ちをした悔しさも強烈にあったことと同時に、自分たちが取り組んでいることの確証を得ることができた瞬間でもあったわけです」と内情を語っていただいた。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第64回「駅伝とチームマネジメント～棄権を今後の糧に～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/194775</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 Dec 2025 17:55:49 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[全国高校駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=194775</guid>
		<gnf:modified>Tue, 30 Dec 2025 15:18:25 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Tue, 30 Dec 2025 15:18:25 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/12/SAN_0056.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/12/SAN_0056.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong><br />
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p>
<h2>第64回「駅伝とチームマネジメント～棄権を今後の糧に～」</h2>
<p>年の瀬が迫り、その先には箱根駅伝が待ち受ける。</p>
<p>久石譲さんの箱根駅伝テーマソングが、定番のクリスマスソングや年末の特集番組の声とシンクロするのは私だけではないだろう。</p>
<p>そんな年の瀬は選手を擁する指導者はもとより、期待を一身に背負い、出走を待つチームのエースや10区間のエントリーがかなうかどうかの瀬戸際に心が揺れ動くメンバーに、それぞれ色の違う重圧が覆いかぶさる。</p>
<p>そんな圧迫感を“プレッシャー”と言う。2019年に駅伝監督を引き継ぎ、駅伝関連の現場指導からは距離を置くようになったとはいえ、条件反射的に緊迫感が五感を駆け巡る。</p>
<p>常々「駅伝とは……」を語る時にユニフォームとゼッケン（ナンバー）、タスキを引き合いに出す。</p>
<p>ユニフォームは自信と誇りの象徴であり、大学公式戦のユニフォームは努力を自信へと昇華させた誇りを胸にする選手が袖を通すべきであろう。</p>
<p>ナンバー（ゼッケン）は箱根駅伝の場合、前年度の順位と予選会の順位順に割り当てられる。例えば「13-1」とプリントされたナンバーは、「予選会3位で1区を走る予定の選手」ということとなる。</p>
<p>これが何を意味するのかといえば、その区間における責任をまっとうしなさいという自覚と責任の象徴であると捉えている（補欠との変更があれば、その補欠ナンバーで走ることになる）。</p>
<p>そして、タスキはチームの団結と絆の象徴だ。団結や絆は一朝一夕にできるものではなく、日々のチームとして喜怒哀楽の営みの中から生まれるものであるからだ。</p>
<p>タスキは布でできている。その布を折り上げる縦糸は、どのチームのすべての選手に平等に与えられている365日と言う時間軸である。そして、横糸は同じくすべての部員に1日1本ずつ与えられており、それをどのように織り上げるかでタスキの出来映えが違ってくる。ゆえに駅伝はタスキの出来具合を試すレースでもあるとも言えるのではなかろうか。</p>
<p>1月2日にスタートの号砲が鳴り、勝負の行方を追う10区間ではある。しかしながら、その行方のほとんどを決めているのがチームマネジメントとしてのタスキの織り上げ方であるはずだ。</p>
<p>このような思いを胸に今まで駅伝競技を見つめてきた。昨年の52回コラムでは、駅伝を切磋琢磨という言葉で語らせていただいた。</p>
<p>さらにその1年前のコラムには100回大会を前に「駅伝が持つ魅力は、信じる気持ちをタスキに込めて、未来へ運ぶからこそ生み出されるのであろう」と書かせていただいている。</p>
<p>今年の年の瀬が迫る今夜は、このような駅伝に対する認識の上で、静かに思いをとあるチームに馳せてみた。私の郷里でもある香川県の四学香川西高校。指導者は卒業生で学生時代に800m日本選手権2連覇を果たした北村智宏先生（広島・沼田高校、山梨学大卒）だ。</p>
<p>先日行われた全国高校駅伝に男女とも県大会を制して、出場権を獲得していた。女子は2年ぶり6回目、男子は21年ぶり2回目の出場権（北村先生が指導者となって初出場）であった。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong><br />山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p><h2>第64回「駅伝とチームマネジメント～棄権を今後の糧に～」</h2><p>年の瀬が迫り、その先には箱根駅伝が待ち受ける。</p><p>久石譲さんの箱根駅伝テーマソングが、定番のクリスマスソングや年末の特集番組の声とシンクロするのは私だけではないだろう。</p><p>そんな年の瀬は選手を擁する指導者はもとより、期待を一身に背負い、出走を待つチームのエースや10区間のエントリーがかなうかどうかの瀬戸際に心が揺れ動くメンバーに、それぞれ色の違う重圧が覆いかぶさる。</p><p>そんな圧迫感を“プレッシャー”と言う。2019年に駅伝監督を引き継ぎ、駅伝関連の現場指導からは距離を置くようになったとはいえ、条件反射的に緊迫感が五感を駆け巡る。</p><p>常々「駅伝とは……」を語る時にユニフォームとゼッケン（ナンバー）、タスキを引き合いに出す。</p><p>ユニフォームは自信と誇りの象徴であり、大学公式戦のユニフォームは努力を自信へと昇華させた誇りを胸にする選手が袖を通すべきであろう。</p><p>ナンバー（ゼッケン）は箱根駅伝の場合、前年度の順位と予選会の順位順に割り当てられる。例えば「13-1」とプリントされたナンバーは、「予選会3位で1区を走る予定の選手」ということとなる。</p><p>これが何を意味するのかといえば、その区間における責任をまっとうしなさいという自覚と責任の象徴であると捉えている（補欠との変更があれば、その補欠ナンバーで走ることになる）。</p><p>そして、タスキはチームの団結と絆の象徴だ。団結や絆は一朝一夕にできるものではなく、日々のチームとして喜怒哀楽の営みの中から生まれるものであるからだ。</p><p>タスキは布でできている。その布を折り上げる縦糸は、どのチームのすべての選手に平等に与えられている365日と言う時間軸である。そして、横糸は同じくすべての部員に1日1本ずつ与えられており、それをどのように織り上げるかでタスキの出来映えが違ってくる。ゆえに駅伝はタスキの出来具合を試すレースでもあるとも言えるのではなかろうか。</p><p>1月2日にスタートの号砲が鳴り、勝負の行方を追う10区間ではある。しかしながら、その行方のほとんどを決めているのがチームマネジメントとしてのタスキの織り上げ方であるはずだ。</p><p>このような思いを胸に今まで駅伝競技を見つめてきた。昨年の52回コラムでは、駅伝を切磋琢磨という言葉で語らせていただいた。</p><p>さらにその1年前のコラムには100回大会を前に「駅伝が持つ魅力は、信じる気持ちをタスキに込めて、未来へ運ぶからこそ生み出されるのであろう」と書かせていただいている。</p><p>今年の年の瀬が迫る今夜は、このような駅伝に対する認識の上で、静かに思いをとあるチームに馳せてみた。私の郷里でもある香川県の四学香川西高校。指導者は卒業生で学生時代に800m日本選手権2連覇を果たした北村智宏先生（広島・沼田高校、山梨学大卒）だ。</p><p>先日行われた全国高校駅伝に男女とも県大会を制して、出場権を獲得していた。女子は2年ぶり6回目、男子は21年ぶり2回目の出場権（北村先生が指導者となって初出場）であった。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【箱根駅伝区間エントリー】10年ぶりシード狙う山梨学大は2区に予選会個人トップのキピエゴ！ 4区・阿部紘也ら往路は盤石</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/194561</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Dec 2025 15:40:15 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=194561</guid>
		<gnf:modified>Mon, 29 Dec 2025 15:40:23 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 29 Dec 2025 15:40:23 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/10/d93f5f6e3d42e0819e2b1669cc323080.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/10/d93f5f6e3d42e0819e2b1669cc323080.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>第102回箱根駅伝（2026年1月2日、3日）の区間エントリーが12月29日に発表された。</p>
<p>前回18位で予選会を3位で通過した山梨学大は、その予選会で個人トップの力走を見せたブライアン・キピエゴ（3年）が2区にエントリー。前回はジェームス・ムトゥク（4年）が走っており、キピエゴは出走すれば2年ぶりとなる。</p>
<p>1区には平八重充希、5区には主将の弓削征慶（ともに4年）と前回区間ひとケタ順位で走った経験者を順当に登録。近年は鬼門となっている3、4区にはスピードランナーの占部大和（3年）、予選会日本人3位で前回8区3位の阿部紘也（2年）が登録されており、往路は盤石なオーダーとなった。</p>
<p>前回は区間最下位に終わった6区には南葉聖琥（3年）がエントリー。本戦経験者の和田瑛登（3年）と大杉亮太朗（2年）が補欠に入っており、復路の主要区間に投入されることになりそうだ。</p>
<p>優勝3回の実績を誇るが、2016年の92回大会を最後にシード権から遠ざかっている。経験者を中心に10年ぶりのシード権獲得を目指す。</p>
<p>1月2日の往路、3日の復路スタートの1時間10分前（6時50分）にメンバー変更が認められる。往路、復路合わせて当日変更は6人までで、1日最大4人まで変更できる。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>第102回箱根駅伝（2026年1月2日、3日）の区間エントリーが12月29日に発表された。</p><p>前回18位で予選会を3位で通過した山梨学大は、その予選会で個人トップの力走を見せたブライアン・キピエゴ（3年）が2区にエントリー。前回はジェームス・ムトゥク（4年）が走っており、キピエゴは出走すれば2年ぶりとなる。</p><p>1区には平八重充希、5区には主将の弓削征慶（ともに4年）と前回区間ひとケタ順位で走った経験者を順当に登録。近年は鬼門となっている3、4区にはスピードランナーの占部大和（3年）、予選会日本人3位で前回8区3位の阿部紘也（2年）が登録されており、往路は盤石なオーダーとなった。</p><p>前回は区間最下位に終わった6区には南葉聖琥（3年）がエントリー。本戦経験者の和田瑛登（3年）と大杉亮太朗（2年）が補欠に入っており、復路の主要区間に投入されることになりそうだ。</p><p>優勝3回の実績を誇るが、2016年の92回大会を最後にシード権から遠ざかっている。経験者を中心に10年ぶりのシード権獲得を目指す。</p><p>1月2日の往路、3日の復路スタートの1時間10分前（6時50分）にメンバー変更が認められる。往路、復路合わせて当日変更は6人までで、1日最大4人まで変更できる。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>箱根駅伝Stories／前年より質・量ともに充実の山梨学大 主将の弓削征慶「今までより良い位置で走れる」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/194253</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 25 Dec 2025 17:55:34 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[弓削征慶]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=194253</guid>
		<gnf:modified>Thu, 25 Dec 2025 13:14:14 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 25 Dec 2025 13:14:14 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/12/IMG_1572.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/12/IMG_1572.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>新春の風物詩・第102回箱根駅伝に挑む選手やチームを取り上げる「箱根駅伝Stories」。学生三大駅伝最終決戦に向かうそれぞれの歩みや思いを紹介する。</p>
<h2>「山上り一本にかける」</h2>
<p>箱根駅伝予選会の出場を回避した山梨学大のキャプテン、弓削征慶（4年）が「山上り」に懸けている。</p>
<p>予選会の欠場は大会直前に腰に違和感が出たため。他の仲間も充実していたから自ら申し出て、出場を辞した。すぐに練習を再開しており、本戦は問題ない。</p>
<p>まさに山のスペシャリストだ。5区で2年時に区間11位で1時間12分59秒、3年時に区間8位で1時間12分03秒。この成績が、チームに希望を運んできた。</p>
<p>2年時は目標とした「1時間13分台」をクリアした点は良かったのだが、「レース内容が良くなかったんです」と言う。それでいて、この大会の山梨学大は5区終了時に「シードラインと48秒差」だった。「48秒差と聞いて、少しは貢献できたのかとホッとしました」と当時に語っている。</p>
<p>3年時は夏までが不調、しかし10月以降は完璧な準備ができて、「それが約1分短縮できた部分です」。序盤に3校を抜いた後にずっと独走。弓削自身はそこが「中だるみ」だったとして、「もったいなかった。71分台くらいで走れれば流れが変わっていました」と満足していない。</p>
<p>これまでは走力アップに焦点を当ててきたため、上り坂で具体的な5区対策をしたことはなかったと言う。しかし前年とは違い、「年間を通して良い練習ができている」ことを下地に、最後の舞台へ向けた「実践練習」に踏み込んだ。<br />
　<br />
大学の練習場の近くには、ふんだんに坂がある。11月、坂に特化した3km・3本のインターバル走などをやり始めた。</p>
<p>「走力が上がった分、上りの余裕度が変わってくると思います。70分台を1つの目標に、そこ（5区）一本にかけてやっています」</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>新春の風物詩・第102回箱根駅伝に挑む選手やチームを取り上げる「箱根駅伝Stories」。学生三大駅伝最終決戦に向かうそれぞれの歩みや思いを紹介する。</p><h2>「山上り一本にかける」</h2><p>箱根駅伝予選会の出場を回避した山梨学大のキャプテン、弓削征慶（4年）が「山上り」に懸けている。</p><p>予選会の欠場は大会直前に腰に違和感が出たため。他の仲間も充実していたから自ら申し出て、出場を辞した。すぐに練習を再開しており、本戦は問題ない。</p><p>まさに山のスペシャリストだ。5区で2年時に区間11位で1時間12分59秒、3年時に区間8位で1時間12分03秒。この成績が、チームに希望を運んできた。</p><p>2年時は目標とした「1時間13分台」をクリアした点は良かったのだが、「レース内容が良くなかったんです」と言う。それでいて、この大会の山梨学大は5区終了時に「シードラインと48秒差」だった。「48秒差と聞いて、少しは貢献できたのかとホッとしました」と当時に語っている。</p><p>3年時は夏までが不調、しかし10月以降は完璧な準備ができて、「それが約1分短縮できた部分です」。序盤に3校を抜いた後にずっと独走。弓削自身はそこが「中だるみ」だったとして、「もったいなかった。71分台くらいで走れれば流れが変わっていました」と満足していない。</p><p>これまでは走力アップに焦点を当ててきたため、上り坂で具体的な5区対策をしたことはなかったと言う。しかし前年とは違い、「年間を通して良い練習ができている」ことを下地に、最後の舞台へ向けた「実践練習」に踏み込んだ。<br />　<br />大学の練習場の近くには、ふんだんに坂がある。11月、坂に特化した3km・3本のインターバル走などをやり始めた。</p><p>「走力が上がった分、上りの余裕度が変わってくると思います。70分台を1つの目標に、そこ（5区）一本にかけてやっています」</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>山梨学大元顧問の秋山勉さんが死去 創部から強豪への土台を築く、東農大で箱根駅伝4度出走</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/193552</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 18 Dec 2025 13:11:15 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[秋山勉]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[訃報]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=193552</guid>
		<gnf:modified>Thu, 18 Dec 2025 13:11:15 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 18 Dec 2025 13:11:15 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/12/E05A6831.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/12/E05A6831.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>山梨学大の元顧問で駅伝チームの始動から携わった秋山勉さんが12月17日、心室頻拍のため亡くなった。85歳だった。</p>
<p>秋山さんは山梨県甲府市出身で、山梨農林高時代に全国高校駅伝（1956年／第7回）で4区を走った実績がある。東農大へ進むと、箱根駅伝には4年連続出走。1年時は8区を務めて区間10位。2年時に3区、3年時には2区を走り、最後はアンカー10区を駆け抜けた。</p>
<p>その後、甲府市に在住し、長野ではホテルも経営をしていた秋山さん。山梨学大が箱根駅伝を目指すプロジェクト立ち上げの際に秋山さんに相談し、秋山さんが順大監督などを務めた澤木啓祐氏に紹介されたのが上田誠仁氏だったという。</p>
<p>順大卒業後に教員として地元・香川に戻ってレースにも出場していた当時26歳の上田氏を招き、山梨学大の初代監督に。秋山さんが顧問を務めて1985年に始動した。翌86年には箱根駅伝予選会で6位となり、創部わずか2年足らずで箱根初出場を果たす。</p>
<p>秋山さんのホテルには山梨学大はもちろん、多くの実業団・大学チームが合宿をしていたこともあり、上田氏はそこで他チームの指導者とも交流。それもチーム強化へと還元されていく。いち早く留学生を受け入れた山梨学大だが、そこでも秋山さんの助言があったという。ケニア人留学生も含めて斬新な強化を図ると、92年に箱根駅伝初の総合優勝を果たすと、94、95年と連覇を達成した。</p>
<p>のちに上田氏は秋山さんの長女と結婚。秋山さんの孫になる次男の上田健太さんも全国高校駅伝優勝、山梨学大で箱根駅伝3度出場と、3世代で活躍した。</p>
<p>上田氏によると、昨年から体調を崩していたというが、その後も陸上競技や駅伝の情報収集に余念がなかったそうだ。上田氏が17日の朝練習が終わって帰宅し、妻と病院に駆けつけて夕方に息を引き取った。上田氏は「山梨に来るきっかけを作っていただきました。本当に陸上に愛情と情熱のある方でした」と感謝していた。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>山梨学大の元顧問で駅伝チームの始動から携わった秋山勉さんが12月17日、心室頻拍のため亡くなった。85歳だった。</p><p>秋山さんは山梨県甲府市出身で、山梨農林高時代に全国高校駅伝（1956年／第7回）で4区を走った実績がある。東農大へ進むと、箱根駅伝には4年連続出走。1年時は8区を務めて区間10位。2年時に3区、3年時には2区を走り、最後はアンカー10区を駆け抜けた。</p><p>その後、甲府市に在住し、長野ではホテルも経営をしていた秋山さん。山梨学大が箱根駅伝を目指すプロジェクト立ち上げの際に秋山さんに相談し、秋山さんが順大監督などを務めた澤木啓祐氏に紹介されたのが上田誠仁氏だったという。</p><p>順大卒業後に教員として地元・香川に戻ってレースにも出場していた当時26歳の上田氏を招き、山梨学大の初代監督に。秋山さんが顧問を務めて1985年に始動した。翌86年には箱根駅伝予選会で6位となり、創部わずか2年足らずで箱根初出場を果たす。</p><p>秋山さんのホテルには山梨学大はもちろん、多くの実業団・大学チームが合宿をしていたこともあり、上田氏はそこで他チームの指導者とも交流。それもチーム強化へと還元されていく。いち早く留学生を受け入れた山梨学大だが、そこでも秋山さんの助言があったという。ケニア人留学生も含めて斬新な強化を図ると、92年に箱根駅伝初の総合優勝を果たすと、94、95年と連覇を達成した。</p><p>のちに上田氏は秋山さんの長女と結婚。秋山さんの孫になる次男の上田健太さんも全国高校駅伝優勝、山梨学大で箱根駅伝3度出場と、3世代で活躍した。</p><p>上田氏によると、昨年から体調を崩していたというが、その後も陸上競技や駅伝の情報収集に余念がなかったそうだ。上田氏が17日の朝練習が終わって帰宅し、妻と病院に駆けつけて夕方に息を引き取った。上田氏は「山梨に来るきっかけを作っていただきました。本当に陸上に愛情と情熱のある方でした」と感謝していた。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【箱根駅伝エントリー】山梨学大 予選会好走の阿部紘也、和田瑛登らが登録 強力留学生とともに10年ぶりのシード復権へ</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/192894</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 10 Dec 2025 15:01:40 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=192894</guid>
		<gnf:modified>Wed, 10 Dec 2025 15:01:40 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 10 Dec 2025 15:01:40 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/12/Z9A_6820.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/12/Z9A_6820.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>第102回箱根駅伝（2026年1月2日、3日）のチームエントリー16名が12月10日に発表された。</p>
<p>山梨学大は予選会を3位で通過し、6年連続39回目の本戦出場となる。予選会で全体10位、日本人3位でフィニッシュした阿部紘也（2年）や、関東インカレ1部10000mで3連覇のJ.ムトゥク（4年）と予選会で全体トップのB.キピエゴ（3年）が順当にエントリーされた。</p>
<p>箱根の経験者は6名が名を連ねている。1区で平八重充希（4年）が区間7位、5区で弓削征慶（4年）が区間8位、阿部は8区で区間3位と好成績を残しており、今回でも快走が期待される。</p>
<p>10000mで28分台を持つ占部大和（3年）や宮地大哉（3年）や、ハーフマラソンで1時間3分台の平井翼（3年）や田原匠真（3年）も選ばれている。</p>
<p>一方で、予選会で貢献した塚本陸斗（4年）や1年生はメンバー入りしなかった。</p>
<p>箱根経験があるムトゥクと予選会トップのキピエゴのどちらが起用されるかも見どころとなりそう。中間層も着実に力をつけてきており、10年ぶりのシード権獲得を目指す。</p>
<p>12月29日に区間エントリー10人と補員6人が発表。1月2日の往路、3日の復路スタートの1時間10分前（6時50分）にメンバー変更が認められる。往路、復路合わせて当日変更は6人までで、1日最大4人まで変更できる。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>第102回箱根駅伝（2026年1月2日、3日）のチームエントリー16名が12月10日に発表された。</p><p>山梨学大は予選会を3位で通過し、6年連続39回目の本戦出場となる。予選会で全体10位、日本人3位でフィニッシュした阿部紘也（2年）や、関東インカレ1部10000mで3連覇のJ.ムトゥク（4年）と予選会で全体トップのB.キピエゴ（3年）が順当にエントリーされた。</p><p>箱根の経験者は6名が名を連ねている。1区で平八重充希（4年）が区間7位、5区で弓削征慶（4年）が区間8位、阿部は8区で区間3位と好成績を残しており、今回でも快走が期待される。</p><p>10000mで28分台を持つ占部大和（3年）や宮地大哉（3年）や、ハーフマラソンで1時間3分台の平井翼（3年）や田原匠真（3年）も選ばれている。</p><p>一方で、予選会で貢献した塚本陸斗（4年）や1年生はメンバー入りしなかった。</p><p>箱根経験があるムトゥクと予選会トップのキピエゴのどちらが起用されるかも見どころとなりそう。中間層も着実に力をつけてきており、10年ぶりのシード権獲得を目指す。</p><p>12月29日に区間エントリー10人と補員6人が発表。1月2日の往路、3日の復路スタートの1時間10分前（6時50分）にメンバー変更が認められる。往路、復路合わせて当日変更は6人までで、1日最大4人まで変更できる。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第63回「アフリカへの恩返しで大輪の花」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/192250</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 30 Nov 2025 17:55:05 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[寺田篤哉]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=192250</guid>
		<gnf:modified>Sun, 30 Nov 2025 15:37:38 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sun, 30 Nov 2025 15:37:38 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/IMG_2902.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/IMG_2902.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第63回「アフリカへの恩返しで大輪の花」</h2>
<p>日本には四季があり、その季節の移ろいを愛でる文化が根づいている。</p>
<p>長距離ランナーにとって季節特有の風や景色の変化を、肌で感じることができるのも楽しみの一つである。ところが、今年はなんだか春と秋がするりと過ぎ去ったようだ。印象的には暑く長い夏と、紅葉を楽しむ間もなく冬の到来を感じてしまいそうである。</p>
<p>「四季というよりは二季と言いたいぐらいですね」とテレビの気象予報士が解説していたことにうなずいてしまう。暑くとも寒くともランナーにとってそれなりの注意点はあり、対策を立てなければならないのは周知のことであろう。</p>
<p>ところが、最近は注意点どころか警戒及び回避を求められるニュースが連日報じられている。それは“クマ”！</p>
<p>日本列島の九州・沖縄以外は広く生息する熊（北海道はヒグマ・他はツキノワグマ）が、人々の生活圏へ進出してきたことに伴い、人的被害及び農作物などへの被害が急増していることはとても他人事ではない。</p>
<p>熊の目撃情報を受けて、スポーツイベント（地域に根づくマラソン大会や駅伝大会を含む）の中止や、開催するにあたっても中止を決定するフローが作成されたりもしている現状である。</p>
<p>ランナーのトレーニングコースや林道を駆け抜けるクロスカントリートレーニングも、もしもの危険を想定すれば、おいそれと導入できないのが現状であろう。</p>
<p>山梨でも過去40年間、山間部の練習場所ではクマに注意の看板を横目に走り続けてきたが、一度もクマに遭遇したことはなかった。しかしながら近隣でクマの目撃情報が報告されると回避するしかない。</p>
<p>早朝練習のまだ薄暗い時間帯、甲府市の緑が丘スポーツ公園の坂道の折り返し地点に向かう道中も、ブルートゥーススピーカーからラジオニュースや音楽の音量を上げて向かっている。ラジオ体操で近隣の高齢者の皆さんが集う場所でもあったが、しばらくは坂の下の公園内の広場に変更したという。</p>
<p>ミツバチを飼育する養蜂箱はクマの格好のターゲットとなるそうで、被害が多発していると聞くに及んだ。そんなこともあり2013年の卒業生で養蜂業を営んでいる寺田篤哉君に電話をかけてみた。大学の同期にはマラソンの森井勇磨（京都陸協）、酒井根中学で中学駅伝初優勝に導いた小川健太（現・柏日体高教）がいる。</p>
<p>彼の話によるとクマのプーさんがハチミツの壺を抱えてうっとりと蜜を舐めているのとは大違いで、ハチミツよりも巣箱の中の幼虫をタンパク源として捕食する。巣箱そのものを破壊し、食い荒らして被害が大きくなるとのことであった。</p>
<p>寺田君は、山梨学院高2年時にケニアからの留学生オンディバ・コスマス(当時3年)と同室で過ごしていた経験がある。その時、ケニアの生活や文化について毎日のように聞かされていたそうだ。</p>
<p>その頃はケガ・故障で苦しい時ではあったが、留学生に励まされつつあきらめずに陸上に打ち込むことができた。その経験から、いつかはアフリカに恩返しがしたいと考えるようになったと言う。</p>
<p>大学時代も故障が多くて結果も伴わなかったけれども、一般受験生を主体とした5000m16分前後の選手がトレーニングをする「サテライトチーム」で卒業まで頑張って練習を続けたことは、今でも粘り強く仕事に従事することができる原動力であると語ってくれた。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第63回「アフリカへの恩返しで大輪の花」</h2><p>日本には四季があり、その季節の移ろいを愛でる文化が根づいている。</p><p>長距離ランナーにとって季節特有の風や景色の変化を、肌で感じることができるのも楽しみの一つである。ところが、今年はなんだか春と秋がするりと過ぎ去ったようだ。印象的には暑く長い夏と、紅葉を楽しむ間もなく冬の到来を感じてしまいそうである。</p><p>「四季というよりは二季と言いたいぐらいですね」とテレビの気象予報士が解説していたことにうなずいてしまう。暑くとも寒くともランナーにとってそれなりの注意点はあり、対策を立てなければならないのは周知のことであろう。</p><p>ところが、最近は注意点どころか警戒及び回避を求められるニュースが連日報じられている。それは“クマ”！</p><p>日本列島の九州・沖縄以外は広く生息する熊（北海道はヒグマ・他はツキノワグマ）が、人々の生活圏へ進出してきたことに伴い、人的被害及び農作物などへの被害が急増していることはとても他人事ではない。</p><p>熊の目撃情報を受けて、スポーツイベント（地域に根づくマラソン大会や駅伝大会を含む）の中止や、開催するにあたっても中止を決定するフローが作成されたりもしている現状である。</p><p>ランナーのトレーニングコースや林道を駆け抜けるクロスカントリートレーニングも、もしもの危険を想定すれば、おいそれと導入できないのが現状であろう。</p><p>山梨でも過去40年間、山間部の練習場所ではクマに注意の看板を横目に走り続けてきたが、一度もクマに遭遇したことはなかった。しかしながら近隣でクマの目撃情報が報告されると回避するしかない。</p><p>早朝練習のまだ薄暗い時間帯、甲府市の緑が丘スポーツ公園の坂道の折り返し地点に向かう道中も、ブルートゥーススピーカーからラジオニュースや音楽の音量を上げて向かっている。ラジオ体操で近隣の高齢者の皆さんが集う場所でもあったが、しばらくは坂の下の公園内の広場に変更したという。</p><p>ミツバチを飼育する養蜂箱はクマの格好のターゲットとなるそうで、被害が多発していると聞くに及んだ。そんなこともあり2013年の卒業生で養蜂業を営んでいる寺田篤哉君に電話をかけてみた。大学の同期にはマラソンの森井勇磨（京都陸協）、酒井根中学で中学駅伝初優勝に導いた小川健太（現・柏日体高教）がいる。</p><p>彼の話によるとクマのプーさんがハチミツの壺を抱えてうっとりと蜜を舐めているのとは大違いで、ハチミツよりも巣箱の中の幼虫をタンパク源として捕食する。巣箱そのものを破壊し、食い荒らして被害が大きくなるとのことであった。</p><p>寺田君は、山梨学院高2年時にケニアからの留学生オンディバ・コスマス(当時3年)と同室で過ごしていた経験がある。その時、ケニアの生活や文化について毎日のように聞かされていたそうだ。</p><p>その頃はケガ・故障で苦しい時ではあったが、留学生に励まされつつあきらめずに陸上に打ち込むことができた。その経験から、いつかはアフリカに恩返しがしたいと考えるようになったと言う。</p><p>大学時代も故障が多くて結果も伴わなかったけれども、一般受験生を主体とした5000m16分前後の選手がトレーニングをする「サテライトチーム」で卒業まで頑張って練習を続けたことは、今でも粘り強く仕事に従事することができる原動力であると語ってくれた。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【箱根駅伝2026名鑑】山梨学院大学</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/190748</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 20 Nov 2025 18:37:32 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[箱根駅伝2026名鑑]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[選手名鑑]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=190748</guid>
		<gnf:modified>Wed, 10 Dec 2025 17:51:53 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 10 Dec 2025 17:51:53 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/e8f7ef4965884d41a93fa746b7e37b12.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/e8f7ef4965884d41a93fa746b7e37b12.jpg" />

				<description><![CDATA[<h2>山梨学院大学</h2>
<p>6年連続39回目<br />
<strong>前回順位　</strong>18位（予選会3位）<br />
<strong>過去最高順位　</strong>優勝<br />
<strong>至近10年総合成績</strong>（左が25年）<br />
⑱23⑭⑱⑲－21⑱⑰⑧</p>
<p><strong>三大駅伝優勝回数（25年成績）</strong><br />
箱　根　3回<br />
出　雲　6回<br />
全日本　0回</p>
<p><strong>チーム最高記録</strong><br />
往路　5時間31分03秒（25年）<br />
復路　5時間30分23秒（23年）<br />
総合　11時間04分02秒（23年）</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191192" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/1a61249da1ddf339c760a11acf4f2572.jpg" alt="" width="95" height="134" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/1a61249da1ddf339c760a11acf4f2572.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/1a61249da1ddf339c760a11acf4f2572-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 95px) 100vw, 95px" /><br />
<strong>監督</strong>　大﨑悟史<br />
<strong>主将</strong>　弓削征慶<br />
<strong>主務</strong>　田中邦岳</p>
<p>箱根駅伝では2016年の8位以来、目立った成績を残せていないが、今季は予選会を3位で通過。個人トップで走破したブライアン・キピエゴに加え、日本人3番手の10位でフィニッシュした阿部紘也の快走が光る。前回1区7位と好発進した平八重充希を前半区間に据え、序盤から出遅れないことが10年ぶりのシード獲得に向けた絶対条件になる。</p>
<p><strong>候補選手一覧</strong>★はチームエントリー選手</p>
<table class=" aligncenter" style="width: 100%;">
<tbody>
<tr align="center" valign="middle">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">名前（学年）<br />
出身高<br />
生年月日<br />
10000m（樹立）<br />
ハーフ（樹立）<br />
5000m（樹立）<br />
出雲・全日本の成績<br />
過去の箱根成績<br />
（23年/24年/25年）<br />
好きな食べ物<br />
走りたい区間</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191168" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/fce0bd7b8be3b8518bc7f70af5479edc.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/fce0bd7b8be3b8518bc7f70af5479edc.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/fce0bd7b8be3b8518bc7f70af5479edc-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
<span style="font-size: 14pt;"><b>ジェームス・ムトゥク</b></span>（4）★<br />
ンゴニ（ケニア）<br />
2002年12月20日<br />
27.20.79（25年）<br />
1.00.30（25年）<br />
13.18.18（24年）<br />
―/―<br />
補欠/補欠/2区10位<br />
好きな食べ物：ウガリ<br />
走りたい区間：2区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191169" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/388bc9750db1ce34abb164ae2ec8ff43.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/388bc9750db1ce34abb164ae2ec8ff43.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/388bc9750db1ce34abb164ae2ec8ff43-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">つかもと　りくと<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>塚本　陸斗</b></span>（4）<br />
藤枝明誠（静岡）<br />
2003年11月3日<br />
30.07.33（23年）<br />
1.04.12（25年）<br />
14.41.48（22年）<br />
―/―<br />
―/補欠/補欠<br />
好きな食べ物：甘い系<br />
走りたい区間：10区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191170" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/de1ecb62a28a6c9200b7eac2d0bbc4ce.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/de1ecb62a28a6c9200b7eac2d0bbc4ce.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/de1ecb62a28a6c9200b7eac2d0bbc4ce-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">ともむら　ひかる<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>友村　輝</b></span>（4）★<br />
世羅（広島）<br />
2003年10月27日<br />
29.57.37（25年）<br />
1.04.28（25年）<br />
14.28.36（23年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
好きな食べ物：コメダ珈琲<br />
走りたい区間：6区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191171" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/949a828bf20597728ece63b38e2b84f8.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/949a828bf20597728ece63b38e2b84f8.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/949a828bf20597728ece63b38e2b84f8-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">ひらやえ　みつき<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>平八重　充希</b></span>（4）★<br />
鹿児島実（鹿児島）<br />
2003年12月26日<br />
28.37.08（25年）<br />
1.03.01（25年）<br />
14.10.80（25年）<br />
―/―<br />
―/9区22位/1区7位<br />
好きな食べ物：チキン南蛮<br />
走りたい区間：1区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191172" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/b9a5e48dbb0e89cd5ef4f264b8a04455.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/b9a5e48dbb0e89cd5ef4f264b8a04455.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/b9a5e48dbb0e89cd5ef4f264b8a04455-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">ゆげ　まさよし<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>弓削　征慶</b></span>（4／主将）★<br />
洛南（京都）<br />
2003年4月3日<br />
30.04.02（25年）<br />
1.04.47（25年）<br />
14.42.39（25年）<br />
―/―<br />
―/5区11位/5区8位<br />
好きな食べ物：オクラ納豆<br />
走りたい区間：1区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191173" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/305a5eb56372116a469aa27c0cbf2e2d.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/305a5eb56372116a469aa27c0cbf2e2d.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/305a5eb56372116a469aa27c0cbf2e2d-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">いとう　しゅん<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>伊東　駿</b></span>（3）<br />
山梨学院（山梨）<br />
2005年3月1日<br />
29.25.28（24年）<br />
1.05.10（23年）<br />
14.29.54（24年）<br />
―/―<br />
―/―/補欠<br />
好きな食べ物：バシルパスタ<br />
走りたい区間：10区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191174" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/ad0d42a87a85c3bdd06242f9471ab6a7.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/ad0d42a87a85c3bdd06242f9471ab6a7.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/ad0d42a87a85c3bdd06242f9471ab6a7-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">うらべ　とわ<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>占部　大和</b></span>（3）★<br />
九産大九州（福岡）<br />
2005年1月20日<br />
28.56.53（25年）<br />
1.04.00（25年）<br />
13.54.90（25年）<br />
―/―<br />
―/10区19位/―<br />
好きな食べ物：唐揚げ<br />
走りたい区間：3区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191175" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/4a6584d3bc10c7b48a5c66e56155b68a.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/4a6584d3bc10c7b48a5c66e56155b68a.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/4a6584d3bc10c7b48a5c66e56155b68a-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">かじもと　かつき<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>楮本　勝紀</b></span>（3）<br />
熊本工（熊本）<br />
2005年1月3日<br />
30.33.27（24年）<br />
1.04.15（25年）<br />
14.34.78（23年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
好きな食べ物：シュークリーム<br />
走りたい区間：6、9、10区</td>
</tr>
</tbody>
</table>

<table class=" aligncenter" style="width: 100%;">
<tbody>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191176" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/b67286ef43ef267430b605db00b8a36d.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/b67286ef43ef267430b605db00b8a36d.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/b67286ef43ef267430b605db00b8a36d-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">たばら　しょうま<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>田原　匠真</b></span>（3）★<br />
平田（島根）<br />
2004年11月27日<br />
28.52.05（25年）<br />
1.03.50（25年）<br />
14.26.99（24年）<br />
―/―<br />
―/―/補欠<br />
好きな食べ物：チーズケーキ<br />
走りたい区間：10区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191177" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/c55c1d598328062c3fc1cf808afeee2d.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/c55c1d598328062c3fc1cf808afeee2d.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/c55c1d598328062c3fc1cf808afeee2d-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">でんぽうや　げん<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>傳法谷　元</b></span>（3）★<br />
西武台千葉（千葉）<br />
2004年5月21日<br />
29.26.44（25年）<br />
1.03.08（25年）<br />
14.29.38（25年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
好きな食べ物：油そば<br />
走りたい区間：10区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191178" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/7c426bf641b5498889559ecf55d2e190.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/7c426bf641b5498889559ecf55d2e190.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/7c426bf641b5498889559ecf55d2e190-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">なんば　きよとら<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>南葉　聖琥</b></span>（3）★<br />
玉野光南（岡山）<br />
2005年3月21日<br />
29.47.82（25年）<br />
1.05.25（25年）<br />
14.11.03（25年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
好きな食べ物：ラーメン<br />
走りたい区間：6区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191179" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/d5b7b693f852da9a7e89d4fd0d6b47c7.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/d5b7b693f852da9a7e89d4fd0d6b47c7.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/d5b7b693f852da9a7e89d4fd0d6b47c7-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">ひらい　つばさ<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>平井　翼</b></span>（3）★<br />
愛知（愛知）<br />
2004年6月23日<br />
29.28.91（25年）<br />
1.03.38（25年）<br />
14.20.70（24年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
好きな食べ物：ラーメン、鰻<br />
走りたい区間：10区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191180" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/da7f7b629f848649124ee9e4393cc545.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/da7f7b629f848649124ee9e4393cc545.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/da7f7b629f848649124ee9e4393cc545-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
<span style="font-size: 14pt;"><b>ブライアン・キピエゴ</b></span>（3）★<br />
カプカテット（ケニア）<br />
2004年10月10日<br />
27.42.76（24年）<br />
1.00.16（25年）<br />
13.22.58（24年）<br />
―/―<br />
―/2区9位/補欠<br />
好きな食べ物：豆、ジャガイモ、牛肉<br />
走りたい区間：2区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191181" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/63b254e9d1ab66379cc083655d1f3aa2.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/63b254e9d1ab66379cc083655d1f3aa2.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/63b254e9d1ab66379cc083655d1f3aa2-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">みやじ　だいや<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>宮地　大哉</b></span>（3）★<br />
滋賀学園（滋賀）<br />
2004年4月8日<br />
28.41.65（25年）<br />
1.04.25（25年）<br />
14.08.92（25年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
好きな食べ物：角煮<br />
走りたい区間：3、6区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191182" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/9bdec6d16db7351ff8e81e4685006da7.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/9bdec6d16db7351ff8e81e4685006da7.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/9bdec6d16db7351ff8e81e4685006da7-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">わだ　あきと<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>和田　瑛登</b></span>（3）★<br />
山梨学院（山梨）<br />
2005年1月26日<br />
29.06.98（24年）<br />
1.01.35（25年）<br />
14.20.42（22年）<br />
―/―<br />
―/4区17位/4区20位<br />
好きな食べ物：父のミートパイとシチュー<br />
走りたい区間：9区</td>
</tr>
</tbody>
</table>

<table class=" aligncenter" style="width: 100%;">
<tbody>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191183" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/71f2dcafc4fa90c63638fb2d8b4ba839.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/71f2dcafc4fa90c63638fb2d8b4ba839.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/71f2dcafc4fa90c63638fb2d8b4ba839-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">あべ　ひろや<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>阿部　紘也</b></span>（2）★<br />
中部大一（愛知）<br />
2005年8月11日<br />
28.53.14（25年）<br />
1.02.09（25年）<br />
14.20.58（25年）<br />
―/―<br />
―/―/8区3位<br />
好きな食べ物：モンブラン<br />
走りたい区間：2、5区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191184" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/594308877fd7bcc1de790e828dae8a9a.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/594308877fd7bcc1de790e828dae8a9a.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/594308877fd7bcc1de790e828dae8a9a-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">おおすぎ　りょうたろう<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>大杉　亮太朗</b></span>（2）★<br />
札幌山の手（北海道）<br />
2006年1月5日<br />
28.49.18（25年）<br />
1.03.56（24年）<br />
14.15.78（23年）<br />
―/―<br />
―/―/7区16位<br />
好きな食べ物：ピーマンの肉詰め<br />
走りたい区間：7区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191185" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/33f031cdc4812226d967e32c91229a1d.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/33f031cdc4812226d967e32c91229a1d.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/33f031cdc4812226d967e32c91229a1d-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">たかはし　ふうが<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>高橋　楓河</b></span>（2）★<br />
秋田工（秋田）<br />
2005年12月20日<br />
29.08.75（25年）<br />
1.04.37（24年）<br />
14.17.60（25年）<br />
―/―<br />
―/―/補欠<br />
好きな食べ物：ラーメン<br />
走りたい区間：4区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191186" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/facb72742716d78006bc7ec84745b887.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/facb72742716d78006bc7ec84745b887.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/facb72742716d78006bc7ec84745b887-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">まつおか　いっせい<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>松岡　一星</b></span>（2）★<br />
九里学園（山形）<br />
2005年9月4日<br />
29.07.89（25年）<br />
1.04.19（25年）<br />
14.26.15（25年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
好きな食べ物：母のしょうが焼き<br />
走りたい区間：5、8区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191187" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/2dcd0c8404c6c539a7eb7c2d16f64eac.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/2dcd0c8404c6c539a7eb7c2d16f64eac.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/2dcd0c8404c6c539a7eb7c2d16f64eac-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">うめだ　りゅうま<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>梅田　流磨</b></span>（1）<br />
開新（熊本）<br />
2006年6月6日<br />
29.29.61（25年）<br />
―<br />
14.24.38（24年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
好きな食べ物：唐揚げ、チョコ<br />
走りたい区間：5区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191188" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/a6f0f2d194381fec84e0cca7d5ab0c58.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/a6f0f2d194381fec84e0cca7d5ab0c58.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/a6f0f2d194381fec84e0cca7d5ab0c58-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">たんの　かずま<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>丹野　和馬</b></span>（1）<br />
指宿商（鹿児島）<br />
2006年12月28日<br />
29.48.51（25年）<br />
1.04.27（25年）<br />
14.29.33（25年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
好きな食べ物：焼きそば<br />
走りたい区間：1区</td>
</tr>
</tbody>
</table>

<table class=" aligncenter" style="width: 100%;">
<tbody>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191189" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/a7c14e3a08911b3a7f10c0801e408565.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/a7c14e3a08911b3a7f10c0801e408565.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/a7c14e3a08911b3a7f10c0801e408565-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">つきやま　はく<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>築山　伯</b></span>（1）<br />
秋田工（秋田）<br />
2006年8月22日<br />
32.19.18（25年）<br />
1.07.36（25年）<br />
14.27.71（25年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
好きな食べ物：ラーメン、甘いもの<br />
走りたい区間：1区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191190" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/71b8e09580de83850ac7c10cded06554.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/71b8e09580de83850ac7c10cded06554.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/71b8e09580de83850ac7c10cded06554-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">もりた　きよし<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>森田　清</b></span>（1）<br />
関西創価（大阪）<br />
2006年6月22日<br />
30.28.57（25年）<br />
1.04.01（25年）<br />
14.40.30（24年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
好きな食べ物：お好み焼き<br />
走りたい区間：7区</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191191" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/36fe55df3c3ba939dab33cbbc4eab861.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/36fe55df3c3ba939dab33cbbc4eab861.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/36fe55df3c3ba939dab33cbbc4eab861-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">わかな　ゆうご<br />
<span style="font-size: 14pt;"><b>若菜　宥吾</b></span>（1）<br />
大阪（大阪）<br />
2006年10月10日<br />
29.28.90（25年）<br />
1.04.27（25年）<br />
14.26.71（25年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
好きな食べ物：唐揚げ<br />
走りたい区間：5、8区</td>
</tr>
</tbody>
</table>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<h2>山梨学院大学</h2><p>6年連続39回目<br /><strong>前回順位　</strong>18位（予選会3位）<br /><strong>過去最高順位　</strong>優勝<br /><strong>至近10年総合成績</strong>（左が25年）<br />⑱23⑭⑱⑲－21⑱⑰⑧</p><p><strong>三大駅伝優勝回数（25年成績）</strong><br />箱　根　3回<br />出　雲　6回<br />全日本　0回</p><p><strong>チーム最高記録</strong><br />往路　5時間31分03秒（25年）<br />復路　5時間30分23秒（23年）<br />総合　11時間04分02秒（23年）</p><p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191192" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/1a61249da1ddf339c760a11acf4f2572.jpg" alt="" width="95" height="134" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/1a61249da1ddf339c760a11acf4f2572.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/1a61249da1ddf339c760a11acf4f2572-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 95px) 100vw, 95px" /><br /><strong>監督</strong>　大﨑悟史<br /><strong>主将</strong>　弓削征慶<br /><strong>主務</strong>　田中邦岳</p><p>箱根駅伝では2016年の8位以来、目立った成績を残せていないが、今季は予選会を3位で通過。個人トップで走破したブライアン・キピエゴに加え、日本人3番手の10位でフィニッシュした阿部紘也の快走が光る。前回1区7位と好発進した平八重充希を前半区間に据え、序盤から出遅れないことが10年ぶりのシード獲得に向けた絶対条件になる。</p><p><strong>候補選手一覧</strong>★はチームエントリー選手</p><table class=" aligncenter" style="width: 100%;"><tbody><tr align="center" valign="middle"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">名前（学年）<br />出身高<br />生年月日<br />10000m（樹立）<br />ハーフ（樹立）<br />5000m（樹立）<br />出雲・全日本の成績<br />過去の箱根成績<br />（23年/24年/25年）<br />好きな食べ物<br />走りたい区間</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191168" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/fce0bd7b8be3b8518bc7f70af5479edc.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/fce0bd7b8be3b8518bc7f70af5479edc.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/fce0bd7b8be3b8518bc7f70af5479edc-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;"><span style="font-size: 14pt;"><b>ジェームス・ムトゥク</b></span>（4）★<br />ンゴニ（ケニア）<br />2002年12月20日<br />27.20.79（25年）<br />1.00.30（25年）<br />13.18.18（24年）<br />―/―<br />補欠/補欠/2区10位<br />好きな食べ物：ウガリ<br />走りたい区間：2区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191169" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/388bc9750db1ce34abb164ae2ec8ff43.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/388bc9750db1ce34abb164ae2ec8ff43.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/388bc9750db1ce34abb164ae2ec8ff43-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">つかもと　りくと<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>塚本　陸斗</b></span>（4）<br />藤枝明誠（静岡）<br />2003年11月3日<br />30.07.33（23年）<br />1.04.12（25年）<br />14.41.48（22年）<br />―/―<br />―/補欠/補欠<br />好きな食べ物：甘い系<br />走りたい区間：10区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191170" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/de1ecb62a28a6c9200b7eac2d0bbc4ce.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/de1ecb62a28a6c9200b7eac2d0bbc4ce.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/de1ecb62a28a6c9200b7eac2d0bbc4ce-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">ともむら　ひかる<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>友村　輝</b></span>（4）★<br />世羅（広島）<br />2003年10月27日<br />29.57.37（25年）<br />1.04.28（25年）<br />14.28.36（23年）<br />―/―<br />―/―/―<br />好きな食べ物：コメダ珈琲<br />走りたい区間：6区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191171" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/949a828bf20597728ece63b38e2b84f8.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/949a828bf20597728ece63b38e2b84f8.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/949a828bf20597728ece63b38e2b84f8-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">ひらやえ　みつき<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>平八重　充希</b></span>（4）★<br />鹿児島実（鹿児島）<br />2003年12月26日<br />28.37.08（25年）<br />1.03.01（25年）<br />14.10.80（25年）<br />―/―<br />―/9区22位/1区7位<br />好きな食べ物：チキン南蛮<br />走りたい区間：1区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191172" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/b9a5e48dbb0e89cd5ef4f264b8a04455.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/b9a5e48dbb0e89cd5ef4f264b8a04455.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/b9a5e48dbb0e89cd5ef4f264b8a04455-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">ゆげ　まさよし<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>弓削　征慶</b></span>（4／主将）★<br />洛南（京都）<br />2003年4月3日<br />30.04.02（25年）<br />1.04.47（25年）<br />14.42.39（25年）<br />―/―<br />―/5区11位/5区8位<br />好きな食べ物：オクラ納豆<br />走りたい区間：1区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191173" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/305a5eb56372116a469aa27c0cbf2e2d.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/305a5eb56372116a469aa27c0cbf2e2d.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/305a5eb56372116a469aa27c0cbf2e2d-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">いとう　しゅん<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>伊東　駿</b></span>（3）<br />山梨学院（山梨）<br />2005年3月1日<br />29.25.28（24年）<br />1.05.10（23年）<br />14.29.54（24年）<br />―/―<br />―/―/補欠<br />好きな食べ物：バシルパスタ<br />走りたい区間：10区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191174" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/ad0d42a87a85c3bdd06242f9471ab6a7.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/ad0d42a87a85c3bdd06242f9471ab6a7.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/ad0d42a87a85c3bdd06242f9471ab6a7-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">うらべ　とわ<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>占部　大和</b></span>（3）★<br />九産大九州（福岡）<br />2005年1月20日<br />28.56.53（25年）<br />1.04.00（25年）<br />13.54.90（25年）<br />―/―<br />―/10区19位/―<br />好きな食べ物：唐揚げ<br />走りたい区間：3区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191175" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/4a6584d3bc10c7b48a5c66e56155b68a.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/4a6584d3bc10c7b48a5c66e56155b68a.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/4a6584d3bc10c7b48a5c66e56155b68a-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">かじもと　かつき<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>楮本　勝紀</b></span>（3）<br />熊本工（熊本）<br />2005年1月3日<br />30.33.27（24年）<br />1.04.15（25年）<br />14.34.78（23年）<br />―/―<br />―/―/―<br />好きな食べ物：シュークリーム<br />走りたい区間：6、9、10区</td></tr></tbody></table><table class=" aligncenter" style="width: 100%;"><tbody><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191176" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/b67286ef43ef267430b605db00b8a36d.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/b67286ef43ef267430b605db00b8a36d.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/b67286ef43ef267430b605db00b8a36d-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">たばら　しょうま<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>田原　匠真</b></span>（3）★<br />平田（島根）<br />2004年11月27日<br />28.52.05（25年）<br />1.03.50（25年）<br />14.26.99（24年）<br />―/―<br />―/―/補欠<br />好きな食べ物：チーズケーキ<br />走りたい区間：10区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191177" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/c55c1d598328062c3fc1cf808afeee2d.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/c55c1d598328062c3fc1cf808afeee2d.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/c55c1d598328062c3fc1cf808afeee2d-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">でんぽうや　げん<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>傳法谷　元</b></span>（3）★<br />西武台千葉（千葉）<br />2004年5月21日<br />29.26.44（25年）<br />1.03.08（25年）<br />14.29.38（25年）<br />―/―<br />―/―/―<br />好きな食べ物：油そば<br />走りたい区間：10区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191178" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/7c426bf641b5498889559ecf55d2e190.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/7c426bf641b5498889559ecf55d2e190.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/7c426bf641b5498889559ecf55d2e190-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">なんば　きよとら<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>南葉　聖琥</b></span>（3）★<br />玉野光南（岡山）<br />2005年3月21日<br />29.47.82（25年）<br />1.05.25（25年）<br />14.11.03（25年）<br />―/―<br />―/―/―<br />好きな食べ物：ラーメン<br />走りたい区間：6区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191179" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/d5b7b693f852da9a7e89d4fd0d6b47c7.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/d5b7b693f852da9a7e89d4fd0d6b47c7.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/d5b7b693f852da9a7e89d4fd0d6b47c7-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">ひらい　つばさ<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>平井　翼</b></span>（3）★<br />愛知（愛知）<br />2004年6月23日<br />29.28.91（25年）<br />1.03.38（25年）<br />14.20.70（24年）<br />―/―<br />―/―/―<br />好きな食べ物：ラーメン、鰻<br />走りたい区間：10区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191180" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/da7f7b629f848649124ee9e4393cc545.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/da7f7b629f848649124ee9e4393cc545.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/da7f7b629f848649124ee9e4393cc545-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;"><span style="font-size: 14pt;"><b>ブライアン・キピエゴ</b></span>（3）★<br />カプカテット（ケニア）<br />2004年10月10日<br />27.42.76（24年）<br />1.00.16（25年）<br />13.22.58（24年）<br />―/―<br />―/2区9位/補欠<br />好きな食べ物：豆、ジャガイモ、牛肉<br />走りたい区間：2区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191181" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/63b254e9d1ab66379cc083655d1f3aa2.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/63b254e9d1ab66379cc083655d1f3aa2.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/63b254e9d1ab66379cc083655d1f3aa2-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">みやじ　だいや<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>宮地　大哉</b></span>（3）★<br />滋賀学園（滋賀）<br />2004年4月8日<br />28.41.65（25年）<br />1.04.25（25年）<br />14.08.92（25年）<br />―/―<br />―/―/―<br />好きな食べ物：角煮<br />走りたい区間：3、6区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191182" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/9bdec6d16db7351ff8e81e4685006da7.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/9bdec6d16db7351ff8e81e4685006da7.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/9bdec6d16db7351ff8e81e4685006da7-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">わだ　あきと<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>和田　瑛登</b></span>（3）★<br />山梨学院（山梨）<br />2005年1月26日<br />29.06.98（24年）<br />1.01.35（25年）<br />14.20.42（22年）<br />―/―<br />―/4区17位/4区20位<br />好きな食べ物：父のミートパイとシチュー<br />走りたい区間：9区</td></tr></tbody></table><table class=" aligncenter" style="width: 100%;"><tbody><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191183" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/71f2dcafc4fa90c63638fb2d8b4ba839.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/71f2dcafc4fa90c63638fb2d8b4ba839.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/71f2dcafc4fa90c63638fb2d8b4ba839-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">あべ　ひろや<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>阿部　紘也</b></span>（2）★<br />中部大一（愛知）<br />2005年8月11日<br />28.53.14（25年）<br />1.02.09（25年）<br />14.20.58（25年）<br />―/―<br />―/―/8区3位<br />好きな食べ物：モンブラン<br />走りたい区間：2、5区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191184" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/594308877fd7bcc1de790e828dae8a9a.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/594308877fd7bcc1de790e828dae8a9a.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/594308877fd7bcc1de790e828dae8a9a-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">おおすぎ　りょうたろう<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>大杉　亮太朗</b></span>（2）★<br />札幌山の手（北海道）<br />2006年1月5日<br />28.49.18（25年）<br />1.03.56（24年）<br />14.15.78（23年）<br />―/―<br />―/―/7区16位<br />好きな食べ物：ピーマンの肉詰め<br />走りたい区間：7区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191185" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/33f031cdc4812226d967e32c91229a1d.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/33f031cdc4812226d967e32c91229a1d.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/33f031cdc4812226d967e32c91229a1d-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">たかはし　ふうが<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>高橋　楓河</b></span>（2）★<br />秋田工（秋田）<br />2005年12月20日<br />29.08.75（25年）<br />1.04.37（24年）<br />14.17.60（25年）<br />―/―<br />―/―/補欠<br />好きな食べ物：ラーメン<br />走りたい区間：4区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191186" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/facb72742716d78006bc7ec84745b887.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/facb72742716d78006bc7ec84745b887.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/facb72742716d78006bc7ec84745b887-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">まつおか　いっせい<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>松岡　一星</b></span>（2）★<br />九里学園（山形）<br />2005年9月4日<br />29.07.89（25年）<br />1.04.19（25年）<br />14.26.15（25年）<br />―/―<br />―/―/―<br />好きな食べ物：母のしょうが焼き<br />走りたい区間：5、8区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191187" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/2dcd0c8404c6c539a7eb7c2d16f64eac.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/2dcd0c8404c6c539a7eb7c2d16f64eac.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/2dcd0c8404c6c539a7eb7c2d16f64eac-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">うめだ　りゅうま<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>梅田　流磨</b></span>（1）<br />開新（熊本）<br />2006年6月6日<br />29.29.61（25年）<br />―<br />14.24.38（24年）<br />―/―<br />―/―/―<br />好きな食べ物：唐揚げ、チョコ<br />走りたい区間：5区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191188" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/a6f0f2d194381fec84e0cca7d5ab0c58.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/a6f0f2d194381fec84e0cca7d5ab0c58.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/a6f0f2d194381fec84e0cca7d5ab0c58-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">たんの　かずま<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>丹野　和馬</b></span>（1）<br />指宿商（鹿児島）<br />2006年12月28日<br />29.48.51（25年）<br />1.04.27（25年）<br />14.29.33（25年）<br />―/―<br />―/―/―<br />好きな食べ物：焼きそば<br />走りたい区間：1区</td></tr></tbody></table><table class=" aligncenter" style="width: 100%;"><tbody><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191189" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/a7c14e3a08911b3a7f10c0801e408565.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/a7c14e3a08911b3a7f10c0801e408565.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/a7c14e3a08911b3a7f10c0801e408565-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">つきやま　はく<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>築山　伯</b></span>（1）<br />秋田工（秋田）<br />2006年8月22日<br />32.19.18（25年）<br />1.07.36（25年）<br />14.27.71（25年）<br />―/―<br />―/―/―<br />好きな食べ物：ラーメン、甘いもの<br />走りたい区間：1区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191190" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/71b8e09580de83850ac7c10cded06554.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/71b8e09580de83850ac7c10cded06554.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/71b8e09580de83850ac7c10cded06554-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">もりた　きよし<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>森田　清</b></span>（1）<br />関西創価（大阪）<br />2006年6月22日<br />30.28.57（25年）<br />1.04.01（25年）<br />14.40.30（24年）<br />―/―<br />―/―/―<br />好きな食べ物：お好み焼き<br />走りたい区間：7区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-191191" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/36fe55df3c3ba939dab33cbbc4eab861.jpg" alt="" width="378" height="535" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/36fe55df3c3ba939dab33cbbc4eab861.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/11/36fe55df3c3ba939dab33cbbc4eab861-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">わかな　ゆうご<br /><span style="font-size: 14pt;"><b>若菜　宥吾</b></span>（1）<br />大阪（大阪）<br />2006年10月10日<br />29.28.90（25年）<br />1.04.27（25年）<br />14.26.71（25年）<br />―/―<br />―/―/―<br />好きな食べ物：唐揚げ<br />走りたい区間：5、8区</td></tr></tbody></table>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第62回「伝統の火を灯し続ける～ある記念品と箱根駅伝予選会～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/188453</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 30 Oct 2025 17:55:48 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[東農大]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝予選会]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=188453</guid>
		<gnf:modified>Thu, 30 Oct 2025 15:51:40 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 30 Oct 2025 15:51:40 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_2565.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_2565.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第62回「伝統の火を灯し続ける～ある記念品と箱根駅伝予選会～」</h2>
<p>1959年～62年まで4年間の箱根駅伝出場記念の品（ベルトのバックルだと思われる）が目の前にある。</p>
<p>59年と60年の裏には読売新聞と刻印されており、61年と62年には関東学生陸上競技連盟・読売新聞社・報知新聞社と刻印がされている。私が生まれた年が1959年であるので66年前から4年間の記念品ということとなる。</p>
<p>箱根駅伝予選会の3日ほど前に、私の義父でもある秋山勉氏の奥さんが「昔の記念品がこんなにたくさん引き出しから出てきたのでちょっと見てくれる？」と、ネクタイピンやらバッチ類が大きなお盆に載せられてテーブルに置かれた。</p>
<p>何の気なく分類していると、大阪・東京間駅伝の記念品のバックル（1960年第2回大会・1962年第3回大会）や箱根駅伝の記念品が紛れ込むように埋もれていた。</p>
<p>最初は何だろうと目を凝らして見ると、箱根駅伝の文字と年号が記載されており、その瞬間手が震えた。</p>
<p>第35回箱根駅伝から第38回大会の記念品がなぜそこにあるかと言うと、秋山氏が東農大在籍中に4年連続で箱根駅伝を走ったからだ（1年8区・2年3区・3年2区・4年10区）。</p>
<p>1920年（大正9年）に箱根駅伝が創設され、太平洋戦争で計5回中断されながらもその歴史を継承してきた先人の努力は、大会の運営に携わらせてきた身として染みるほど理解している。それゆえに、歴史と伝統の重みを感じて手が震えたのだ。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_2565.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">秋山勉氏が所蔵する箱根駅伝と大阪・東京間駅伝の記念品</span></p></div>
<p>少し歴史を紐解くと、箱根駅伝が戦後再開されたのが終戦の翌年1947年の第23回大会であった。予選会は終戦を迎えた1946年の12月に第1回関東大学高専10マイルが開催されている。</p>
<p>箱根駅伝の復活にはGHQ（連合国軍最高司令官総司令部）から占領第1国道となっていた走路の利用許可などを得なければならず、当時の学連幹事の奔走なくしては成しえなかったと想起する。</p>
<p>先述の秋山氏が第35回大会から走ったということは、幼少期に戦後を迎え、陸上競技と出合い、走り続けた過程があってのことと思いを馳せて手が震えたのだった。</p>
<p>「伝統とは火を守ることであって、灰を崇拝することではない」と、作曲家のグスタフ・マーラーが語っている。だからこそ、箱根駅伝は伝統の火を守りつつ、その時代であればこその叡智と新たな知見と技術を導入し、その火に活力を与えながら伝統を築き上げてきていると確信している。</p>
<p>そして、迎えた第102回箱根駅伝予選会が10月18日に東京・陸上自衛隊立川駐屯地をスタートし、立川市内を駆け抜けて昭和記念公園をフィニッシュとする公認ハーフマラソンコースで行われた。</p>
<p>今年の参加大学は42校。出場権を獲得できるのは予選会上位10校のみだ。年々レベルの向上が見られ、スピードとスタミナのバランスを保ちつつ、どのようにレースを組み立ててくるのかに注目が集まる大会となった。</p>
<p>出場チームの平均タイム1番目・10番目・15番目で見てみると、5000mは13分53秒78、14分07秒89、14分15秒64、10000ｍが28分39秒76 、29分07秒25、29分21秒19、ハーフマラソンは1時間2分48秒6、1時間3分36秒9、1時間4分13秒1となる。</p>
<p>チームによりスピードタイプやスタミナタイプなど様々な個性はある。それでも昨年のような高温多湿の気象条件下でのアクシデントや、後半の失速を懸念する。気温17度のスタート時点の気象条件は後半の気温上昇を予測し、自重傾向になることは否めないだろう。</p>
<p>今回は日本テレビの中継にあたり、関東学連副会長の大後栄治氏と解説を担当させていただいた。元神奈川大駅伝監督として采配を振るった経験ゆえに、静かな語り口ながら的確にレースの流れを解説されていた。その横で、なるほどとうなずきながら、時折鼓を鳴らすように話を挟ませていただいた。</p>
<p>シード権からはじき出されてしまったチームも、今年こそはと“捲土重来”を期して挑戦を重ねるチームも、この予選会はレベルの向上に置き去りにされまいと総力を挙げて挑んでくる大会となっている。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第62回「伝統の火を灯し続ける～ある記念品と箱根駅伝予選会～」</h2><p>1959年～62年まで4年間の箱根駅伝出場記念の品（ベルトのバックルだと思われる）が目の前にある。</p><p>59年と60年の裏には読売新聞と刻印されており、61年と62年には関東学生陸上競技連盟・読売新聞社・報知新聞社と刻印がされている。私が生まれた年が1959年であるので66年前から4年間の記念品ということとなる。</p><p>箱根駅伝予選会の3日ほど前に、私の義父でもある秋山勉氏の奥さんが「昔の記念品がこんなにたくさん引き出しから出てきたのでちょっと見てくれる？」と、ネクタイピンやらバッチ類が大きなお盆に載せられてテーブルに置かれた。</p><p>何の気なく分類していると、大阪・東京間駅伝の記念品のバックル（1960年第2回大会・1962年第3回大会）や箱根駅伝の記念品が紛れ込むように埋もれていた。</p><p>最初は何だろうと目を凝らして見ると、箱根駅伝の文字と年号が記載されており、その瞬間手が震えた。</p><p>第35回箱根駅伝から第38回大会の記念品がなぜそこにあるかと言うと、秋山氏が東農大在籍中に4年連続で箱根駅伝を走ったからだ（1年8区・2年3区・3年2区・4年10区）。</p><p>1920年（大正9年）に箱根駅伝が創設され、太平洋戦争で計5回中断されながらもその歴史を継承してきた先人の努力は、大会の運営に携わらせてきた身として染みるほど理解している。それゆえに、歴史と伝統の重みを感じて手が震えたのだ。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_2565.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">秋山勉氏が所蔵する箱根駅伝と大阪・東京間駅伝の記念品</span></p></div><p>少し歴史を紐解くと、箱根駅伝が戦後再開されたのが終戦の翌年1947年の第23回大会であった。予選会は終戦を迎えた1946年の12月に第1回関東大学高専10マイルが開催されている。</p><p>箱根駅伝の復活にはGHQ（連合国軍最高司令官総司令部）から占領第1国道となっていた走路の利用許可などを得なければならず、当時の学連幹事の奔走なくしては成しえなかったと想起する。</p><p>先述の秋山氏が第35回大会から走ったということは、幼少期に戦後を迎え、陸上競技と出合い、走り続けた過程があってのことと思いを馳せて手が震えたのだった。</p><p>「伝統とは火を守ることであって、灰を崇拝することではない」と、作曲家のグスタフ・マーラーが語っている。だからこそ、箱根駅伝は伝統の火を守りつつ、その時代であればこその叡智と新たな知見と技術を導入し、その火に活力を与えながら伝統を築き上げてきていると確信している。</p><p>そして、迎えた第102回箱根駅伝予選会が10月18日に東京・陸上自衛隊立川駐屯地をスタートし、立川市内を駆け抜けて昭和記念公園をフィニッシュとする公認ハーフマラソンコースで行われた。</p><p>今年の参加大学は42校。出場権を獲得できるのは予選会上位10校のみだ。年々レベルの向上が見られ、スピードとスタミナのバランスを保ちつつ、どのようにレースを組み立ててくるのかに注目が集まる大会となった。</p><p>出場チームの平均タイム1番目・10番目・15番目で見てみると、5000mは13分53秒78、14分07秒89、14分15秒64、10000ｍが28分39秒76 、29分07秒25、29分21秒19、ハーフマラソンは1時間2分48秒6、1時間3分36秒9、1時間4分13秒1となる。</p><p>チームによりスピードタイプやスタミナタイプなど様々な個性はある。それでも昨年のような高温多湿の気象条件下でのアクシデントや、後半の失速を懸念する。気温17度のスタート時点の気象条件は後半の気温上昇を予測し、自重傾向になることは否めないだろう。</p><p>今回は日本テレビの中継にあたり、関東学連副会長の大後栄治氏と解説を担当させていただいた。元神奈川大駅伝監督として采配を振るった経験ゆえに、静かな語り口ながら的確にレースの流れを解説されていた。その横で、なるほどとうなずきながら、時折鼓を鳴らすように話を挟ませていただいた。</p><p>シード権からはじき出されてしまったチームも、今年こそはと“捲土重来”を期して挑戦を重ねるチームも、この予選会はレベルの向上に置き去りにされまいと総力を挙げて挑んでくる大会となっている。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>山梨学大 日本人選手の主軸成長に手応えつかむ3位通過「チームレベルが上がっている」／箱根駅伝予選会</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/187465</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 19 Oct 2025 06:55:15 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝予選会]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=187465</guid>
		<gnf:modified>Sun, 19 Oct 2025 02:11:54 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sun, 19 Oct 2025 02:11:54 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/10/d93f5f6e3d42e0819e2b1669cc323080.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/10/d93f5f6e3d42e0819e2b1669cc323080.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>◇第102回箱根駅伝予選会（10月18日／東京・陸上自衛隊立川駐屯地スタート、昭和記念公園フィニッシュ：21.0975km）</p>
<p>第102回箱根駅伝予選会が行われ、中央学大が10時間32分23秒でトップ通過を果たした。</p>
<p>10時間32分44秒で2年連続の3位通過を果たした山梨学大。留学生のブライアン・キピエゴ（3年）が1時間0分16秒で個人トップフィニッシュしただけでなく、2年生の阿部紘也が快走した。</p>
<p>阿部の10000mの自己ベストは28分53秒14。当初は「1km3分ペース」を考えていたが、余裕があり、日本人先頭集団でレースを進めていく。</p>
<p>夏合宿では「外すことなく走れていた」という阿部。「予選会にもしっかり自信を持っていた」と、終わってみれば1時間2分09秒。日本人3番手の10位でフィニッシュした。</p>
<p>さらに、和田瑛登（3年）が1時間2分32秒で個人24位と健闘。副主将の平八重充希（4年）が個人40位とチームの上位選手がしっかりとチームに貢献し、6年連続39回目の本戦出場を決めた。</p>
<p>「私が立てた目標のとおりに選手は走りました。今回はそれに尽きる」と大崎悟史駅伝監督。今大会の予選会に向けて夏合宿は、就任1年目だった昨年と同じ内容で進めてきたという。指揮官は「マンネリ化してはいけないとも思いましたが、部員にとっては成長を感じるとも思いました」と説明する。</p>
<p>そうした中で、部員たちは、設定タイムが全体的に上がり、「着実にチームのレベルが上がってきているっていうのは感じている」と大崎駅伝監督。その中で阿部のような選手が台頭してきた。阿部は「今年のほうがペースが格段に上がっています」と手応えを感じている。</p>
<p>平八重も自身を含め、チーム全体を見渡し「安定感が出てきました」と言う。あとは本戦でその力を発揮できるか。目標は第92回大会（2016年以来）の8位以来となるシード権獲得。今年の正月では8区区間3位だった阿部は、「主要区間で順位を上げられるような走りをしたい」と意気込む。</p>
<p>平八重は「最終学年なので悔いのない走りをしたいです。今年の箱根は1区（7位）だったので、また1区で自分を超える走りをしたいです」と力を込めた。</p>
<p><span style="font-size: 8pt;">文／井上 敦</span></p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>◇第102回箱根駅伝予選会（10月18日／東京・陸上自衛隊立川駐屯地スタート、昭和記念公園フィニッシュ：21.0975km）</p><p>第102回箱根駅伝予選会が行われ、中央学大が10時間32分23秒でトップ通過を果たした。</p><p>10時間32分44秒で2年連続の3位通過を果たした山梨学大。留学生のブライアン・キピエゴ（3年）が1時間0分16秒で個人トップフィニッシュしただけでなく、2年生の阿部紘也が快走した。</p><p>阿部の10000mの自己ベストは28分53秒14。当初は「1km3分ペース」を考えていたが、余裕があり、日本人先頭集団でレースを進めていく。</p><p>夏合宿では「外すことなく走れていた」という阿部。「予選会にもしっかり自信を持っていた」と、終わってみれば1時間2分09秒。日本人3番手の10位でフィニッシュした。</p><p>さらに、和田瑛登（3年）が1時間2分32秒で個人24位と健闘。副主将の平八重充希（4年）が個人40位とチームの上位選手がしっかりとチームに貢献し、6年連続39回目の本戦出場を決めた。</p><p>「私が立てた目標のとおりに選手は走りました。今回はそれに尽きる」と大崎悟史駅伝監督。今大会の予選会に向けて夏合宿は、就任1年目だった昨年と同じ内容で進めてきたという。指揮官は「マンネリ化してはいけないとも思いましたが、部員にとっては成長を感じるとも思いました」と説明する。</p><p>そうした中で、部員たちは、設定タイムが全体的に上がり、「着実にチームのレベルが上がってきているっていうのは感じている」と大崎駅伝監督。その中で阿部のような選手が台頭してきた。阿部は「今年のほうがペースが格段に上がっています」と手応えを感じている。</p><p>平八重も自身を含め、チーム全体を見渡し「安定感が出てきました」と言う。あとは本戦でその力を発揮できるか。目標は第92回大会（2016年以来）の8位以来となるシード権獲得。今年の正月では8区区間3位だった阿部は、「主要区間で順位を上げられるような走りをしたい」と意気込む。</p><p>平八重は「最終学年なので悔いのない走りをしたいです。今年の箱根は1区（7位）だったので、また1区で自分を超える走りをしたいです」と力を込めた。</p><p><span style="font-size: 8pt;">文／井上 敦</span></p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>主力が好走した山梨学大は3位通過 大﨑悟史監督「目標通りに力を発揮してくれた」／箱根駅伝予選会</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/187397</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 18 Oct 2025 13:56:59 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝予選会]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=187397</guid>
		<gnf:modified>Sat, 18 Oct 2025 13:56:59 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sat, 18 Oct 2025 13:56:59 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/10/S__10772551.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/10/S__10772551.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>◇第102回箱根駅伝予選会（10月18日／東京・陸上自衛隊立川駐屯地スタート、昭和記念公園フィニッシュ：21.0975km）</p>
<p>第102回箱根駅伝予選会が行われ、中央学大が10時間32分23秒でトップ通過を果たした。</p>
<p>山梨学大が10時間32分44秒の3位に入り、6年連続39回目の本戦出場を決めた。</p>
<p>山梨学大は主力が力を発揮した。関東インカレ1部ハーフマラソンで3連覇を果たしているブライアン・キピエゴ（3年）が、3年連続個人トップを狙った日大のシャドラック・キップケメイ（3年）を終盤で突き放して、個人トップでフィニッシュする。</p>
<p>だが、そこで終わらないのが今年のチームの強さ。前回の本戦で8区3位の阿部紘也（2年）も好走を見せる。トラックシーズンで結果が振るわなかっただけに、阿部は「夏合宿から頑張ろうと思って、しっかり練習を外すことなく走れていました」と、自信を持って臨んでいた。</p>
<p>レースの中では日本人の先頭集団を引っ張る場面もあり、「（1km）3分ペースで行こうと思っていたのですが、それ以上の走りができました」。日本人トップの中央学大・近田陽路（4年）には5秒及ばない日本人3位（10位）だったが、チームをさらに勢いづけた。</p>
<p>和田瑛登（3年）が24位、副主将の平八重充希（4年）が40位に続くなど、上位陣が奮闘を見せた。</p>
<p>就任2年目を迎えた大﨑悟史監督は「私が立てた目標通りに、選手は力を発揮してくれました。ケチのつけようがありません」と手放しに評価。昨年と流れは変えなかったという夏合宿も「選手が設定タイムを上げてほしいと言ってきました」と底上げも進んだ印象だ。</p>
<p>一方で、本戦では力を出し切れずに下位に低迷するレースが続き、大﨑監督の初采配となった1月の第101回大会では総合18位だった。</p>
<p>無事に切符を得た本戦では、前回の主要区間経験も残る。阿部は「チームとしてはシード権が目標になります。個人としても主要区間で順位を上げられるような走りがしたいです」と力強い。立川で自信を深め、本番に向けてさらに仕上げていくつもりだ。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>◇第102回箱根駅伝予選会（10月18日／東京・陸上自衛隊立川駐屯地スタート、昭和記念公園フィニッシュ：21.0975km）</p><p>第102回箱根駅伝予選会が行われ、中央学大が10時間32分23秒でトップ通過を果たした。</p><p>山梨学大が10時間32分44秒の3位に入り、6年連続39回目の本戦出場を決めた。</p><p>山梨学大は主力が力を発揮した。関東インカレ1部ハーフマラソンで3連覇を果たしているブライアン・キピエゴ（3年）が、3年連続個人トップを狙った日大のシャドラック・キップケメイ（3年）を終盤で突き放して、個人トップでフィニッシュする。</p><p>だが、そこで終わらないのが今年のチームの強さ。前回の本戦で8区3位の阿部紘也（2年）も好走を見せる。トラックシーズンで結果が振るわなかっただけに、阿部は「夏合宿から頑張ろうと思って、しっかり練習を外すことなく走れていました」と、自信を持って臨んでいた。</p><p>レースの中では日本人の先頭集団を引っ張る場面もあり、「（1km）3分ペースで行こうと思っていたのですが、それ以上の走りができました」。日本人トップの中央学大・近田陽路（4年）には5秒及ばない日本人3位（10位）だったが、チームをさらに勢いづけた。</p><p>和田瑛登（3年）が24位、副主将の平八重充希（4年）が40位に続くなど、上位陣が奮闘を見せた。</p><p>就任2年目を迎えた大﨑悟史監督は「私が立てた目標通りに、選手は力を発揮してくれました。ケチのつけようがありません」と手放しに評価。昨年と流れは変えなかったという夏合宿も「選手が設定タイムを上げてほしいと言ってきました」と底上げも進んだ印象だ。</p><p>一方で、本戦では力を出し切れずに下位に低迷するレースが続き、大﨑監督の初采配となった1月の第101回大会では総合18位だった。</p><p>無事に切符を得た本戦では、前回の主要区間経験も残る。阿部は「チームとしてはシード権が目標になります。個人としても主要区間で順位を上げられるような走りがしたいです」と力強い。立川で自信を深め、本番に向けてさらに仕上げていくつもりだ。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>山梨学大がサンリオとスポンサー契約を締結 キティのロゴ付きユニフォームで競技会に出場</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/186552</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 09 Oct 2025 20:03:08 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[サンリオ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=186552</guid>
		<gnf:modified>Thu, 09 Oct 2025 21:14:47 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 09 Oct 2025 21:14:47 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/10/FN1_1801.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/10/FN1_1801.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>10月9日、山梨学院大学は「ハローキティー」をはじめ「シナモロール」「マイメロディ」など人気キャラクターを手がけるサンリオとスポンサー契約を結んだことを発表した。</p>
<p>山梨学大はこれまで、長距離ブロックが箱根駅伝で3度の総合優勝を誇り、尾方剛、大崎悟史、井上大仁らマラソン日本代表を多数輩出してきた強豪チーム。競歩の栁澤哲、藤澤勇、女子短距離の青野朱李など、多くのトップ選手が在籍してきた。</p>
<p>今回の契約は、サンリオ創業者で名誉会長の辻信太郎氏が山梨県出身であることが縁となって実現。18日に行われる箱根駅伝予選会では、ハローキティーのロゴが入ったユニフォームを着用し、本戦出場を目指す。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>10月9日、山梨学院大学は「ハローキティー」をはじめ「シナモロール」「マイメロディ」など人気キャラクターを手がけるサンリオとスポンサー契約を結んだことを発表した。</p><p>山梨学大はこれまで、長距離ブロックが箱根駅伝で3度の総合優勝を誇り、尾方剛、大崎悟史、井上大仁らマラソン日本代表を多数輩出してきた強豪チーム。競歩の栁澤哲、藤澤勇、女子短距離の青野朱李など、多くのトップ選手が在籍してきた。</p><p>今回の契約は、サンリオ創業者で名誉会長の辻信太郎氏が山梨県出身であることが縁となって実現。18日に行われる箱根駅伝予選会では、ハローキティーのロゴが入ったユニフォームを着用し、本戦出場を目指す。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第61回「国立を揺らすほどの大歓声～東京世界陸上を観て～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/185582</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 Sep 2025 17:55:31 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[東京世界陸上]]></category>
		<category><![CDATA[世界陸上]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=185582</guid>
		<gnf:modified>Tue, 30 Sep 2025 18:03:34 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Tue, 30 Sep 2025 18:03:34 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/09/KO2509173333-1.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/09/KO2509173333-1.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第61回「国立を揺らすほどの大歓声～東京世界陸上を観て～」</h2>
<p>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p>
<p>東京世界陸上2025／World Athletics Championships Tokyo 25は猛烈な残暑に包まれた東京で開催された。194カ国から1992名の選手が出場し、53カ国がメダルを獲得した。</p>
<p>男子棒高跳のアルマンド・デュプランティス（スウェーデン）が6m30を劇的な3回目の試技で世界記録達成。その瞬間を国立競技場のすべての観衆や、テレビ・ライブ配信の視聴者も含む誰もが固唾を飲んで見守り、そして祝福の歓喜に包まれた。</p>
<p>アジアやヨーロッパなどのエリア記録が9、大会記録が9、参加国のナショナル記録が62種目で更新された。</p>
<p>男子マラソンでは写真判定までもつれ込んだゴール間際の接戦をアルフォンス・フェリックス・シンブ（タンザニア）が制し、タンザニア初の金メダルを獲得。昭和世代の私にはタンザニアといえばジュマ・イカンガー選手が瀬古利彦さんとしのぎを削るようなレースを展開していた当時を思い出す。</p>
<p>ケニアの隣国であり、マラソンではすでに金メダルを獲得済みのイメージを持っていただけに感慨もひとしおである。</p>
<p>女子100mのセントルシア、女子マラソンのウルグアイ、男子円盤投のサモアがそれぞれ国として初のメダルを獲得し、自国へ凱旋帰国となった。それぞれの国では絶大な祝福を受けたことは想像に難くない。</p>
<p>連日、日本選手の活躍もあり、9日間で延べ61万9288人が国立競技場に足を運び感動を分けあった。私自身が2019年からは駅伝・長距離から離れ、中距離と3000m障害を中心に中距離コーチとして指導・現場に携わってきた事もあり、女子800mでは6人が1分56秒以内を叩き出す怒涛のゴールに驚愕した。</p>
<p>その直後の男子800m決勝では、なんと8名全員が1分43秒以内でゴールになだれ込む凄まじいレースとなった。思わず「すげ〜」と10代の時のような声で叫んでしまうほどであった。</p>
<p>9月の中旬はアスリートにとって決して良好なグラウンドコンディションではなかった。それでも、世界のトップアスリートが、全力を振り絞って解き放つオーラと、競技パフォーマンスに終日酔いしれた。</p>
<p>9月19日のイブニングセッションの観客席で、ドイツから観戦に来たという男性は「とても蒸し暑い！　まるで赤道直下にいるみたいだ。今夜は少しマシだけどね」と競技の合間に話してくれたほどである。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/09/KO2509173333-1.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">国立競技場は連日多くの観客で埋まった</span></p></div>
<p>コロナ感染症対策を施しつつ、苦心の末に開催した21年の第97回箱根駅伝。極力沿道での声援を各ご家庭のテレビ観戦としていただけるように、“応援したいから応援に行かない”のポスターを作成し、ご協力を仰いだ。</p>
<p>その夏、1年遅れの無観客で開催された東京オリンピック。静寂の中でしか選手を見守ることができない大会運営を経験してきた関係者にとって、今回のように国立競技場を揺らすほどの大歓声の中に身を置くことのできる幸福感を強く味わうことができただろう。</p>
<p>それゆえに、観客席で割れんばかりの声援に包まれていると、それは決して喧騒ではなく、不思議と澄み切った静寂の中に吸い込まれて行くような感覚を覚えた。松尾芭蕉のあまりにも有名な“閑さや 岩にしみ入る 蝉の声”の境地が少し理解できた気がした。</p>
<p>このような空気感を作り出すのはスポーツの3要素である、する（選手）・見る（観衆）・支える（役員、審判、補助員）のそれぞれが織りなす時間の集積があるからだろう。特にこの大会のために召集された審判と役員の皆様方の思いやりと技量は、まさしく世界選手権レベルであったと確信している。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第61回「国立を揺らすほどの大歓声～東京世界陸上を観て～」</h2><p>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p><p>東京世界陸上2025／World Athletics Championships Tokyo 25は猛烈な残暑に包まれた東京で開催された。194カ国から1992名の選手が出場し、53カ国がメダルを獲得した。</p><p>男子棒高跳のアルマンド・デュプランティス（スウェーデン）が6m30を劇的な3回目の試技で世界記録達成。その瞬間を国立競技場のすべての観衆や、テレビ・ライブ配信の視聴者も含む誰もが固唾を飲んで見守り、そして祝福の歓喜に包まれた。</p><p>アジアやヨーロッパなどのエリア記録が9、大会記録が9、参加国のナショナル記録が62種目で更新された。</p><p>男子マラソンでは写真判定までもつれ込んだゴール間際の接戦をアルフォンス・フェリックス・シンブ（タンザニア）が制し、タンザニア初の金メダルを獲得。昭和世代の私にはタンザニアといえばジュマ・イカンガー選手が瀬古利彦さんとしのぎを削るようなレースを展開していた当時を思い出す。</p><p>ケニアの隣国であり、マラソンではすでに金メダルを獲得済みのイメージを持っていただけに感慨もひとしおである。</p><p>女子100mのセントルシア、女子マラソンのウルグアイ、男子円盤投のサモアがそれぞれ国として初のメダルを獲得し、自国へ凱旋帰国となった。それぞれの国では絶大な祝福を受けたことは想像に難くない。</p><p>連日、日本選手の活躍もあり、9日間で延べ61万9288人が国立競技場に足を運び感動を分けあった。私自身が2019年からは駅伝・長距離から離れ、中距離と3000m障害を中心に中距離コーチとして指導・現場に携わってきた事もあり、女子800mでは6人が1分56秒以内を叩き出す怒涛のゴールに驚愕した。</p><p>その直後の男子800m決勝では、なんと8名全員が1分43秒以内でゴールになだれ込む凄まじいレースとなった。思わず「すげ〜」と10代の時のような声で叫んでしまうほどであった。</p><p>9月の中旬はアスリートにとって決して良好なグラウンドコンディションではなかった。それでも、世界のトップアスリートが、全力を振り絞って解き放つオーラと、競技パフォーマンスに終日酔いしれた。</p><p>9月19日のイブニングセッションの観客席で、ドイツから観戦に来たという男性は「とても蒸し暑い！　まるで赤道直下にいるみたいだ。今夜は少しマシだけどね」と競技の合間に話してくれたほどである。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/09/KO2509173333-1.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">国立競技場は連日多くの観客で埋まった</span></p></div><p>コロナ感染症対策を施しつつ、苦心の末に開催した21年の第97回箱根駅伝。極力沿道での声援を各ご家庭のテレビ観戦としていただけるように、“応援したいから応援に行かない”のポスターを作成し、ご協力を仰いだ。</p><p>その夏、1年遅れの無観客で開催された東京オリンピック。静寂の中でしか選手を見守ることができない大会運営を経験してきた関係者にとって、今回のように国立競技場を揺らすほどの大歓声の中に身を置くことのできる幸福感を強く味わうことができただろう。</p><p>それゆえに、観客席で割れんばかりの声援に包まれていると、それは決して喧騒ではなく、不思議と澄み切った静寂の中に吸い込まれて行くような感覚を覚えた。松尾芭蕉のあまりにも有名な“閑さや 岩にしみ入る 蝉の声”の境地が少し理解できた気がした。</p><p>このような空気感を作り出すのはスポーツの3要素である、する（選手）・見る（観衆）・支える（役員、審判、補助員）のそれぞれが織りなす時間の集積があるからだろう。特にこの大会のために召集された審判と役員の皆様方の思いやりと技量は、まさしく世界選手権レベルであったと確信している。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第60回「溢れんばかりの志を～ある人に思いを馳せて～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/180468</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 31 Aug 2025 17:55:19 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[中田一吉]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=180468</guid>
		<gnf:modified>Mon, 01 Sep 2025 12:33:44 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 01 Sep 2025 12:33:44 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/IMG_2057.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/IMG_2057.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第60回「溢れんばかりの志を～ある人に思いを馳せて～」</h2>
<p>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p>
<p>こもった熱気の吐口が見当たらない残暑が厳しい。長距離ランナーにとって高温多湿は体力だけでなく気力をも削り取ってしまう。</p>
<p>それでも、秋のトラックシーズンから駅伝マラソンへと向かうためには、夏で鍛えなければならないところだ。冷涼さを求めて緯度を上げて北に向かうか、標高を上げて高地に向かうしかない。今年は求めた涼しさからは程遠い暑さが待ち受けている8月であった。</p>
<p>今夏の高気圧は9月を迎えようとしている今でも衰えない。それでも夜明けが遅くなり、日暮が早くなる。秋の気配を懸命に探さなければならぬ晩夏であるが、それでも日に日に早くなる日没の朱色に染まった夕日を眺めると、ある人を偲び想いを馳せてしまう。</p>
<p>広島・熊野中教員時代に尾方剛選手（現・広島経大監督）を3年間指導し、その後熊野高へと所属を移し、尾方選手を6年間、手塩にかけて育成。高校駅伝では不滅の強さと伝統を誇る世羅高と鎬を削る接戦を制して、熊野高を全国高校駅伝に6回導いた中田一吉先生が73歳で去る8月1日にご逝去されたとの訃報を受けたからだ。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/IMG_2055-1.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">中田一吉先生</span></p></div>
<p>ガンを患い化学療法を受けつつ、回復に向けて頑張ってますよとの話をつい数日前にしたばかりのことであった。いつもの口調で携帯電話を通して「キンキンに冷えたビールで乾杯できる日を心待ちにしていますよ！　治療、大変かもしれませんが頑張って下さいね！」などと呑気な会話をしていたことが嘘のような突然の訃報であった。</p>
<p>療養を始めた頃には、教え子たちがご自宅に集まって中田先生を囲む会をしていたそう。その席で中田先生が「今日はみんなが集まってくれてコップに3杯しかビールが飲めんかったけんど、次の機会にはしっかり回復してえっと(たくさん)飲むけー、楽しみにしてつかーさい」との挨拶をしている動画が私の元に届いた。その矢先のことで言葉を失ってしまった。</p>
<p>平安時代の歌人である在原業平が詠んだとされる詩が詩がある。「ついにゆく道とはかねて聞きしかど 昨日けふとは思はざりしを」が思い浮かんだ。古今和歌集に収められているこの詩は、伊勢物語の結びの歌でもある。</p>
<p>在原業平の辞世の詩であり、“誰もが最後には死ぬ道（死出の旅）へ行くことは知っていた。だが、それが昨日や今日といった突然のできごととして訪れるとは思ってもみなかった”という意味と受け止めている。</p>
<p>私が中田先生と出会ったのは1990年の中国駅伝の前日であった。中国駅伝は福山から広島まで8区間107.5km　第1回1931年から開催され、1995年の62回大会を最後に翌年より都道府県対抗男子駅伝となった。当時の福山市の宿舎近くの飲食店で出会い、全国高校駅伝初出場を目指す熱量に意気投合し、話し込んだことを思い出す。</p>
<p>その流れで春の強化合宿を合同でやることになった。その当時は宮崎で春の強化合宿を行っていたが、なんと熊野高の選手たちは広島から自転車でやって来たのだった。私たちのチームも箱根に初出場した時は甲府から長野の車山高原まで自転車で集合させた―という話を受けてのことだった。</p>
<p>8月の夏の強化合宿は車山高原で合同合宿を行ったのだが、部員たちは当時の“青春18き切符”で普通列車を乗り継ぎ、最終到着駅の茅野駅で下車。走って車山高原の宿舎である車山プレザントホテルまでやってきた。</p>
<p>中田先生曰く、「選手たちに不自由や困難な状況を体験しつつ、それを乗り越える工夫やその状況さえも楽しめる工夫を自ら見出す力をまずは身に付けさせたいんですよ！」と語られた声が甦る。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第60回「溢れんばかりの志を～ある人に思いを馳せて～」</h2><p>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</p><p>こもった熱気の吐口が見当たらない残暑が厳しい。長距離ランナーにとって高温多湿は体力だけでなく気力をも削り取ってしまう。</p><p>それでも、秋のトラックシーズンから駅伝マラソンへと向かうためには、夏で鍛えなければならないところだ。冷涼さを求めて緯度を上げて北に向かうか、標高を上げて高地に向かうしかない。今年は求めた涼しさからは程遠い暑さが待ち受けている8月であった。</p><p>今夏の高気圧は9月を迎えようとしている今でも衰えない。それでも夜明けが遅くなり、日暮が早くなる。秋の気配を懸命に探さなければならぬ晩夏であるが、それでも日に日に早くなる日没の朱色に染まった夕日を眺めると、ある人を偲び想いを馳せてしまう。</p><p>広島・熊野中教員時代に尾方剛選手（現・広島経大監督）を3年間指導し、その後熊野高へと所属を移し、尾方選手を6年間、手塩にかけて育成。高校駅伝では不滅の強さと伝統を誇る世羅高と鎬を削る接戦を制して、熊野高を全国高校駅伝に6回導いた中田一吉先生が73歳で去る8月1日にご逝去されたとの訃報を受けたからだ。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/08/IMG_2055-1.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">中田一吉先生</span></p></div><p>ガンを患い化学療法を受けつつ、回復に向けて頑張ってますよとの話をつい数日前にしたばかりのことであった。いつもの口調で携帯電話を通して「キンキンに冷えたビールで乾杯できる日を心待ちにしていますよ！　治療、大変かもしれませんが頑張って下さいね！」などと呑気な会話をしていたことが嘘のような突然の訃報であった。</p><p>療養を始めた頃には、教え子たちがご自宅に集まって中田先生を囲む会をしていたそう。その席で中田先生が「今日はみんなが集まってくれてコップに3杯しかビールが飲めんかったけんど、次の機会にはしっかり回復してえっと(たくさん)飲むけー、楽しみにしてつかーさい」との挨拶をしている動画が私の元に届いた。その矢先のことで言葉を失ってしまった。</p><p>平安時代の歌人である在原業平が詠んだとされる詩が詩がある。「ついにゆく道とはかねて聞きしかど 昨日けふとは思はざりしを」が思い浮かんだ。古今和歌集に収められているこの詩は、伊勢物語の結びの歌でもある。</p><p>在原業平の辞世の詩であり、“誰もが最後には死ぬ道（死出の旅）へ行くことは知っていた。だが、それが昨日や今日といった突然のできごととして訪れるとは思ってもみなかった”という意味と受け止めている。</p><p>私が中田先生と出会ったのは1990年の中国駅伝の前日であった。中国駅伝は福山から広島まで8区間107.5km　第1回1931年から開催され、1995年の62回大会を最後に翌年より都道府県対抗男子駅伝となった。当時の福山市の宿舎近くの飲食店で出会い、全国高校駅伝初出場を目指す熱量に意気投合し、話し込んだことを思い出す。</p><p>その流れで春の強化合宿を合同でやることになった。その当時は宮崎で春の強化合宿を行っていたが、なんと熊野高の選手たちは広島から自転車でやって来たのだった。私たちのチームも箱根に初出場した時は甲府から長野の車山高原まで自転車で集合させた―という話を受けてのことだった。</p><p>8月の夏の強化合宿は車山高原で合同合宿を行ったのだが、部員たちは当時の“青春18き切符”で普通列車を乗り継ぎ、最終到着駅の茅野駅で下車。走って車山高原の宿舎である車山プレザントホテルまでやってきた。</p><p>中田先生曰く、「選手たちに不自由や困難な状況を体験しつつ、それを乗り越える工夫やその状況さえも楽しめる工夫を自ら見出す力をまずは身に付けさせたいんですよ！」と語られた声が甦る。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第59回「酷暑の好記録と指導者たちの育成力」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/178028</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 31 Jul 2025 17:55:09 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[インターハイ]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=178028</guid>
		<gnf:modified>Thu, 31 Jul 2025 20:21:27 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 31 Jul 2025 20:21:27 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/07/KO2507261581.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/07/KO2507261581.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第59回「酷暑の好記録と指導者たちの育成力」</h2>
<p>猛暑！　この言葉で誰もが合点するほどの暑さである。7月24日には北海道北見市で39度を記録。この時期に開催されるホクレン・ディスタンスチャレンジや関東学生網走夏季記録挑戦競技会は、凉と記録を求めてはるばる移動してきた選手や指導者たちにとって、慟哭の悲鳴を上げたくなるほどのコンデションであったろう。</p>
<p>とはいえ、気象条件を呪ったところで変わるわけもない。与えられた環境の中で自己記録の更新や、納得の内容で北海道を後にした選手もいたことを思えば、走れない理由を気象条件ばかりに被せるわけにはいかぬところである。</p>
<p>そして、暑熱対策を施して競技日程や、方式が変更された状態で、広島市にて全国高校総体が開催された。男子1500mは入賞ラインが3分45秒以内。5000mは初のタイムレース決勝開催となり、13分台でなければ入賞できないというハイレベルな戦いを展開している。</p>
<p>午後7時といえども広島である。涼風が吹く好条件ではないことを思えば、速さと逞しさを兼ね備えた若き選手たちの今後に期待が膨らむ。</p>
<p>さらに、星稜高（石川）の清水空跳君（2年）が100m10秒00（＋1.7）という驚愕の記録を打ち立てた。暑さをどこかに吹き飛ばすほどの息吹を感じ胸が躍る。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/07/KO2507261581.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">広島インターハイでは<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/180911" data-internallinksmanager029f6b8e52c="281" title="名鑑清水空跳">清水空跳</a>（星稜2石川）が100mで10秒00（＋1.7）をマーク</span></p></div>
<p>早速、星稜高で以前、陸上部顧問（現・星稜中顧問）をしていた卒業生の北川潔君に連絡したところ、以前何度か実家の寿司屋（あかめ寿司）に一緒に食べにいったことがありますよと話してくれた。</p>
<p>ご両親とも陸上選手でご活躍されていたこともあり、高い身体能力を有していることは想像に難くない。さらに小学生の頃に金沢市小学生陸上教室に通っていたという話をしてくれた。北川君が主宰するジュニア陸上教室、内灘JAC出身者で沖縄全中に6名が参加予定だと話が盛り上がった。</p>
<p>そうなると次々とジュニアの陸上教室やクラブの指導・運営に携わっている卒業生の顔が思い浮かんでくるので連絡を入れてみたくなった。</p>
<p>まずは金沢小学生陸上教室でボランティア指導をしていた1990年卒業の越村知史君に連絡をしてみた（遊学館高から800mで本学スポーツ科学部に入学してきた澤田祥月君もこのクラブ出身）。</p>
<p>清水君が小学生の頃は、陸上教室とスイミングスクール・体操教室を1週間に2日ずつ通っていたそうだ。成長期手前にある動作の吸収期に多様な動きを経験しつつ、走る楽しさを育んでくれたジュニアクラブの指導者や仲間たちに感謝したいほどである。</p>
<p>平成3年卒業で、現在は石川県能美市役所に勤務する上戸雄彦君（<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/80831">雲外蒼天第24回</a>）。「高校の恩師が地元で立ち上げた物見山ジュニア陸上クラブは最盛期で100名ほどの会員でしたが、現在は基本的に4年生以上の高学年にしぼり、意欲の高い子どもたちの競技力向上を優先して小学校高学年にしぼって30名ほどで活動をしています。主に陸上の楽しさと基礎的な動き作りを中心に指導をしていて、今は若い指導者に代替わりし、継続的に地域のために運営しています」と語ってくれた。</p>
<p>長野では箱根駅伝81回4区12位、82回大会10区2位、83回5区5位の小山祐太君は地元・上田市を拠点に父親の保高さんが立ち上げた腰越JSC（ジュニアスポーツクラブ）をサポートしつつ活動している。最近は部活動の地域展開にも貢献できるように頑張っているとのことであった。山梨県の競技会に子供たちを引率してきている。最盛期は50名ほどであったが、今はやはり少子化の影響もあり15名ほどだそうである。</p>
<p>静岡では2022年卒業で箱根駅伝96回学生連合チームの9区を走った渡邊晶紀君は、富士市でラポールACというクラブで子供たちに指導をしつつ、子供から大人まで気楽に参加できる記録会を開催して陸上の普及活動を行なっている。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第59回「酷暑の好記録と指導者たちの育成力」</h2><p>猛暑！　この言葉で誰もが合点するほどの暑さである。7月24日には北海道北見市で39度を記録。この時期に開催されるホクレン・ディスタンスチャレンジや関東学生網走夏季記録挑戦競技会は、凉と記録を求めてはるばる移動してきた選手や指導者たちにとって、慟哭の悲鳴を上げたくなるほどのコンデションであったろう。</p><p>とはいえ、気象条件を呪ったところで変わるわけもない。与えられた環境の中で自己記録の更新や、納得の内容で北海道を後にした選手もいたことを思えば、走れない理由を気象条件ばかりに被せるわけにはいかぬところである。</p><p>そして、暑熱対策を施して競技日程や、方式が変更された状態で、広島市にて全国高校総体が開催された。男子1500mは入賞ラインが3分45秒以内。5000mは初のタイムレース決勝開催となり、13分台でなければ入賞できないというハイレベルな戦いを展開している。</p><p>午後7時といえども広島である。涼風が吹く好条件ではないことを思えば、速さと逞しさを兼ね備えた若き選手たちの今後に期待が膨らむ。</p><p>さらに、星稜高（石川）の清水空跳君（2年）が100m10秒00（＋1.7）という驚愕の記録を打ち立てた。暑さをどこかに吹き飛ばすほどの息吹を感じ胸が躍る。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/07/KO2507261581.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">広島インターハイでは<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/180911" data-internallinksmanager029f6b8e52c="281" title="名鑑清水空跳">清水空跳</a>（星稜2石川）が100mで10秒00（＋1.7）をマーク</span></p></div><p>早速、星稜高で以前、陸上部顧問（現・星稜中顧問）をしていた卒業生の北川潔君に連絡したところ、以前何度か実家の寿司屋（あかめ寿司）に一緒に食べにいったことがありますよと話してくれた。</p><p>ご両親とも陸上選手でご活躍されていたこともあり、高い身体能力を有していることは想像に難くない。さらに小学生の頃に金沢市小学生陸上教室に通っていたという話をしてくれた。北川君が主宰するジュニア陸上教室、内灘JAC出身者で沖縄全中に6名が参加予定だと話が盛り上がった。</p><p>そうなると次々とジュニアの陸上教室やクラブの指導・運営に携わっている卒業生の顔が思い浮かんでくるので連絡を入れてみたくなった。</p><p>まずは金沢小学生陸上教室でボランティア指導をしていた1990年卒業の越村知史君に連絡をしてみた（遊学館高から800mで本学スポーツ科学部に入学してきた澤田祥月君もこのクラブ出身）。</p><p>清水君が小学生の頃は、陸上教室とスイミングスクール・体操教室を1週間に2日ずつ通っていたそうだ。成長期手前にある動作の吸収期に多様な動きを経験しつつ、走る楽しさを育んでくれたジュニアクラブの指導者や仲間たちに感謝したいほどである。</p><p>平成3年卒業で、現在は石川県能美市役所に勤務する上戸雄彦君（<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/80831">雲外蒼天第24回</a>）。「高校の恩師が地元で立ち上げた物見山ジュニア陸上クラブは最盛期で100名ほどの会員でしたが、現在は基本的に4年生以上の高学年にしぼり、意欲の高い子どもたちの競技力向上を優先して小学校高学年にしぼって30名ほどで活動をしています。主に陸上の楽しさと基礎的な動き作りを中心に指導をしていて、今は若い指導者に代替わりし、継続的に地域のために運営しています」と語ってくれた。</p><p>長野では箱根駅伝81回4区12位、82回大会10区2位、83回5区5位の小山祐太君は地元・上田市を拠点に父親の保高さんが立ち上げた腰越JSC（ジュニアスポーツクラブ）をサポートしつつ活動している。最近は部活動の地域展開にも貢献できるように頑張っているとのことであった。山梨県の競技会に子供たちを引率してきている。最盛期は50名ほどであったが、今はやはり少子化の影響もあり15名ほどだそうである。</p><p>静岡では2022年卒業で箱根駅伝96回学生連合チームの9区を走った渡邊晶紀君は、富士市でラポールACというクラブで子供たちに指導をしつつ、子供から大人まで気楽に参加できる記録会を開催して陸上の普及活動を行なっている。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第58回「学び多き人生～高校指導者との会話から～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/174751</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 29 Jun 2025 17:55:23 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[日本インカレ]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=174751</guid>
		<gnf:modified>Mon, 30 Jun 2025 12:26:54 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 30 Jun 2025 12:26:54 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/06/FY3_0001.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/06/FY3_0001.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第58回「学び多き人生～高校指導者との会話から～」</h2>
<p>高温多湿はトレーニングにおいても、競技会においてもあまり歓迎される気象条件ではない。</p>
<p>この季節は梅雨の雨に打たれる紫陽花が、それなりに風情を持って心癒やしてくれるものだ。しかしながら、沖縄・奄美地方はすでに梅雨明けが報じられたとはいえ、関東地方は梅雨らしからぬ晴れマークの日々である。暑熱順化が十分でない6月の晴天は殊更暑さが身に染みた。</p>
<p>例年より開催がかなり前倒しとなった第94回日本学生陸上競技対校選手権大会は6月5日〜8日の日程で岡山県JFE晴れの国スタジアムで開催された。総合優勝争いにおいて、男子は順大が関東インカレの雪辱を果たし、女子は筑波大が立命大との激戦をわずか2点上回り総合優勝となった。</p>
<p>このコラムを執筆するにあたって、常々スポーツを「する・見る・支える」の観点で俯瞰するように努めてきた。</p>
<p>今回の大会は東京や大阪などと違い、人口比率や交通網の整備といった点から一般の観客の方々がどれほど会場に足を運んでくださるのか注目していた。ところが予想以上に多くの陸上ファンの方々にご来場していただけたことはとてもうれしく感じた。</p>
<p>どの種目も熱戦が繰り広げられ、「見る」スポーツとしても十分に学生たちの熱い息吹を感じていただけたものだと確信している。</p>
<p>とはいえ、この時期は大学4年生の教職履修者は教育実習と重なる選手もいたりする。参加を回避したり、実習期間中ではあるが土日に電撃参加して再び実習校に戻る選手や、実習終了後に岡山に駆けつける選手もいたりと、調整に苦慮する選手もちらほらと聞くに及んだ。</p>
<p>今回も私はアスリートチャンネルでの長距離種目の解説を担当させていただいた。映像解説は可視化された選手の走りに付加価値として、レース展開や展望、選手の心象風景を織り交ぜて言語化し、視聴者の皆様方に臨場感を持ってお届けする使命であると認識している。</p>
<p>男子10000mでは最後の直線までケニア人留学生2人と壮絶な優勝争いを繰り広げた青学大の黒田朝日選手（岡山・玉野光南高出身）がインタビューの第一声で、「負けて悔しい」とコメントしていた。善戦することを良しとせず、あくまで勝負を挑み終盤までしのぎを削った姿と、その言葉はどれだけチームに自信と勇気を与えたことだろうか。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/06/FU3_2316.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">5000mで優勝し、1500mと2冠を果たした<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/210411" data-internallinksmanager029f6b8e52c="311" title="名鑑山口智規">山口智規</a>（早大）</span></p></div>
<p>1500mと5000mの2種目を制した早大の山口智規選手（福島・学法石川高出身）は圧巻の走りであった。内容もさることながら、レース後のインタビューで学生競技者としてのプライドと自覚が伝わってきた。</p>
<p>「自分のためではなくチームのために1点でも多く得点できるように走りました。日大の（シャドラック・）キップケメイ選手も10000mを走っており、お互いにハンディがある中でしたが、1500mと2種目を制することを目標にしていました。駅伝主将としてチームに何ができるのかを考えた時、このインカレの対校線戦で、言葉ではなく走りで伝統ある早稲田大学競走部が一丸となって戦う意義やエンジのユニフォームの思いを伝えたかったです」と熱く語ってくれた。</p>
<p>それ以上に新鮮に感心したことがある。アナウンサーが秋から始まる駅伝のことを質問するまで一言も駅伝に触れなかったことである。この大会がそれぞれの種目の学生チャンピオンを決める対校戦であり、駅伝の前哨戦ではないとの自覚とプライドを感じさせられたからである。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第58回「学び多き人生～高校指導者との会話から～」</h2><p>高温多湿はトレーニングにおいても、競技会においてもあまり歓迎される気象条件ではない。</p><p>この季節は梅雨の雨に打たれる紫陽花が、それなりに風情を持って心癒やしてくれるものだ。しかしながら、沖縄・奄美地方はすでに梅雨明けが報じられたとはいえ、関東地方は梅雨らしからぬ晴れマークの日々である。暑熱順化が十分でない6月の晴天は殊更暑さが身に染みた。</p><p>例年より開催がかなり前倒しとなった第94回日本学生陸上競技対校選手権大会は6月5日〜8日の日程で岡山県JFE晴れの国スタジアムで開催された。総合優勝争いにおいて、男子は順大が関東インカレの雪辱を果たし、女子は筑波大が立命大との激戦をわずか2点上回り総合優勝となった。</p><p>このコラムを執筆するにあたって、常々スポーツを「する・見る・支える」の観点で俯瞰するように努めてきた。</p><p>今回の大会は東京や大阪などと違い、人口比率や交通網の整備といった点から一般の観客の方々がどれほど会場に足を運んでくださるのか注目していた。ところが予想以上に多くの陸上ファンの方々にご来場していただけたことはとてもうれしく感じた。</p><p>どの種目も熱戦が繰り広げられ、「見る」スポーツとしても十分に学生たちの熱い息吹を感じていただけたものだと確信している。</p><p>とはいえ、この時期は大学4年生の教職履修者は教育実習と重なる選手もいたりする。参加を回避したり、実習期間中ではあるが土日に電撃参加して再び実習校に戻る選手や、実習終了後に岡山に駆けつける選手もいたりと、調整に苦慮する選手もちらほらと聞くに及んだ。</p><p>今回も私はアスリートチャンネルでの長距離種目の解説を担当させていただいた。映像解説は可視化された選手の走りに付加価値として、レース展開や展望、選手の心象風景を織り交ぜて言語化し、視聴者の皆様方に臨場感を持ってお届けする使命であると認識している。</p><p>男子10000mでは最後の直線までケニア人留学生2人と壮絶な優勝争いを繰り広げた青学大の黒田朝日選手（岡山・玉野光南高出身）がインタビューの第一声で、「負けて悔しい」とコメントしていた。善戦することを良しとせず、あくまで勝負を挑み終盤までしのぎを削った姿と、その言葉はどれだけチームに自信と勇気を与えたことだろうか。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/06/FU3_2316.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">5000mで優勝し、1500mと2冠を果たした<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/210411" data-internallinksmanager029f6b8e52c="311" title="名鑑山口智規">山口智規</a>（早大）</span></p></div><p>1500mと5000mの2種目を制した早大の山口智規選手（福島・学法石川高出身）は圧巻の走りであった。内容もさることながら、レース後のインタビューで学生競技者としてのプライドと自覚が伝わってきた。</p><p>「自分のためではなくチームのために1点でも多く得点できるように走りました。日大の（シャドラック・）キップケメイ選手も10000mを走っており、お互いにハンディがある中でしたが、1500mと2種目を制することを目標にしていました。駅伝主将としてチームに何ができるのかを考えた時、このインカレの対校線戦で、言葉ではなく走りで伝統ある早稲田大学競走部が一丸となって戦う意義やエンジのユニフォームの思いを伝えたかったです」と熱く語ってくれた。</p><p>それ以上に新鮮に感心したことがある。アナウンサーが秋から始まる駅伝のことを質問するまで一言も駅伝に触れなかったことである。この大会がそれぞれの種目の学生チャンピオンを決める対校戦であり、駅伝の前哨戦ではないとの自覚とプライドを感じさせられたからである。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第57回「節目の関東インカレ～チームメイトの声援を身に纏って～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/171990</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 31 May 2025 16:55:23 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[関東インカレ]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=171990</guid>
		<gnf:modified>Mon, 02 Jun 2025 12:34:23 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 02 Jun 2025 12:34:23 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/05/KO25051110978.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/05/KO25051110978.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第57回「節目の関東インカレ～チームメイトの声援を身に纏って～」</h2>
<p>今年の春のシーズンは今までにない過密スケジュールで競技会が開催されている。9月には東京で世界選手権が開催されることから、ほとんどの主要競技会が前半シーズンに組み込まれている。</p>
<p>4月の日本学生個人選手権（ワールドユニバーシティゲームズ選考会）を皮切りに、5月には関東インカレ、その直後に全日本大学駅伝関東地区選考会、そして、アジア選手権と続いている。6月早々には日本インカレ、7月には世界選手権の代表選考会となる日本選手権、そして、ユニバが控えている。</p>
<p>その間に各グランプリシリーズやホクレン・ディスタンスチャレンジが予定されているので、指導者だけでなく選手のみなさんもコンディショニングとピーキングにはかなり気を遣われていると拝察する。</p>
<p>104回目を迎えた関東インカレは神奈川・相模原ギオンスタアジアムで、5月8日から4日間の日程で熱戦が繰り広げられた。男子は1部16校・657人、2部65校・720人の選手がエントリーされ、覇を競い合った。</p>
<p>男子総合優勝は最終種目の4×400mリレーへともつれ込み、1点差を追う順大と逃げ切りたい東海大との激しい鍔迫り合いがスタンドを大いに盛り上げた。最終結果は東海大が14大会ぶり8度目の優勝、女子は日体大が5年連続13度目の優勝で幕を閉じた。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/05/KO25051110978.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">今年の関東インカレも大声援の中で行われた</span></p></div>
<p>少し過去を振り返ってみたい。山梨学大として創部した1985年から2部校として参加したことを思い起こすことができる。翌年の86年、箱根駅伝予選会を6位で突破する年の65回大会で福田正志が1500m優勝、5000m2位、本田正義が1500m5位、5000m5位、鈴木治が20kkm4位、夏目勝也3000障害6位、市原保紀は10000m競歩２位。26点で総合7位だった（当時は1位6点、6位1点）。</p>
<p>2部での総合順位は7-4-2-2-3-3-2-2-2と続き、創部して7年目に箱根駅伝の初優勝を味わうも、関東インカレ1部昇格への道のりは険しかった。創部11年目の第74回大会（1995年）に悲願の1部昇格を果たした。</p>
<p>北村智弘が800m優勝、藤脇友介が2位に続き、1500mでは優勝。小嶋厚は1500mで2位、大﨑悟史（現・監督）は1500mで3位、ステファン・マヤカが5000mと10000mで2冠を飾った。</p>
<p>中馬大輔は5000m7位、10000m4位、中村祐二は10000m2位、里内正幸がハーフマラソン2位、川口智弘は3000m障害優勝、南忍が4位に続いた。総合得点は84点で優勝し、翌年の75回大会からは1部校としてインカレの舞台で戦えることになった。</p>
<p>今でも当時キャプテンだった藤脇（福岡・自由ケ丘高教）やマヤカ（桜美林大総監督）は顔を合わせると、「自分たちが最終学年で1部に昇格しましたが、1部の舞台で競えなかったことが残念でした。けれど、後輩たちが１部残留を懸けて熱く競い合ってくれていることに喜びと誇りを感じます」と語ってくれる。</p>
<p>30年連続で1部校として競い合い、30回目の節目となる年が今回の104回大会だった。</p>
<p>なぜ節目なのかと言えば、私は来年の1月で67歳となり、本学の規定により定年退官の年を迎えるからだ。大学教員としてチームの指導を司り、最後のインカレで2部降格や中距離コーチとして得点に貢献できずに終えたくはないとの思いが強かったからだ。結果は、総合得点54点で8位、トラック部門は3位であった。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第57回「節目の関東インカレ～チームメイトの声援を身に纏って～」</h2><p>今年の春のシーズンは今までにない過密スケジュールで競技会が開催されている。9月には東京で世界選手権が開催されることから、ほとんどの主要競技会が前半シーズンに組み込まれている。</p><p>4月の日本学生個人選手権（ワールドユニバーシティゲームズ選考会）を皮切りに、5月には関東インカレ、その直後に全日本大学駅伝関東地区選考会、そして、アジア選手権と続いている。6月早々には日本インカレ、7月には世界選手権の代表選考会となる日本選手権、そして、ユニバが控えている。</p><p>その間に各グランプリシリーズやホクレン・ディスタンスチャレンジが予定されているので、指導者だけでなく選手のみなさんもコンディショニングとピーキングにはかなり気を遣われていると拝察する。</p><p>104回目を迎えた関東インカレは神奈川・相模原ギオンスタアジアムで、5月8日から4日間の日程で熱戦が繰り広げられた。男子は1部16校・657人、2部65校・720人の選手がエントリーされ、覇を競い合った。</p><p>男子総合優勝は最終種目の4×400mリレーへともつれ込み、1点差を追う順大と逃げ切りたい東海大との激しい鍔迫り合いがスタンドを大いに盛り上げた。最終結果は東海大が14大会ぶり8度目の優勝、女子は日体大が5年連続13度目の優勝で幕を閉じた。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/05/KO25051110978.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">今年の関東インカレも大声援の中で行われた</span></p></div><p>少し過去を振り返ってみたい。山梨学大として創部した1985年から2部校として参加したことを思い起こすことができる。翌年の86年、箱根駅伝予選会を6位で突破する年の65回大会で福田正志が1500m優勝、5000m2位、本田正義が1500m5位、5000m5位、鈴木治が20kkm4位、夏目勝也3000障害6位、市原保紀は10000m競歩２位。26点で総合7位だった（当時は1位6点、6位1点）。</p><p>2部での総合順位は7-4-2-2-3-3-2-2-2と続き、創部して7年目に箱根駅伝の初優勝を味わうも、関東インカレ1部昇格への道のりは険しかった。創部11年目の第74回大会（1995年）に悲願の1部昇格を果たした。</p><p>北村智弘が800m優勝、藤脇友介が2位に続き、1500mでは優勝。小嶋厚は1500mで2位、大﨑悟史（現・監督）は1500mで3位、ステファン・マヤカが5000mと10000mで2冠を飾った。</p><p>中馬大輔は5000m7位、10000m4位、中村祐二は10000m2位、里内正幸がハーフマラソン2位、川口智弘は3000m障害優勝、南忍が4位に続いた。総合得点は84点で優勝し、翌年の75回大会からは1部校としてインカレの舞台で戦えることになった。</p><p>今でも当時キャプテンだった藤脇（福岡・自由ケ丘高教）やマヤカ（桜美林大総監督）は顔を合わせると、「自分たちが最終学年で1部に昇格しましたが、1部の舞台で競えなかったことが残念でした。けれど、後輩たちが１部残留を懸けて熱く競い合ってくれていることに喜びと誇りを感じます」と語ってくれる。</p><p>30年連続で1部校として競い合い、30回目の節目となる年が今回の104回大会だった。</p><p>なぜ節目なのかと言えば、私は来年の1月で67歳となり、本学の規定により定年退官の年を迎えるからだ。大学教員としてチームの指導を司り、最後のインカレで2部降格や中距離コーチとして得点に貢献できずに終えたくはないとの思いが強かったからだ。結果は、総合得点54点で8位、トラック部門は3位であった。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第56回「昭和100年とスポーツ用具の進化」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/168498</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 30 Apr 2025 18:27:54 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=168498</guid>
		<gnf:modified>Mon, 20 Apr 2026 01:22:06 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 20 Apr 2026 01:22:06 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/IMG_0484-scaled.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/04/IMG_0484-scaled.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第56回「昭和100年とスポーツ用具の進化」</h2>
<p>昨年は記念大会となる第100回箱根駅伝が開催され、第二次世界大戦による4回の開催中止を含む104年間の歴史を振り返ってみたのだが、今年はなんと昭和100年と言われているようだ。</p>
<p>1926年12月25日から元号が大正から昭和へと変わり、平成そして令和へと時代が移り変わり今日に至っている。</p>
<p>日本テレビの箱根駅伝ホームページにも書かせていただいたが、第1回箱根駅伝が開催された年に発売された「日本乃日本人」と1927年（昭和2年）発売の「科学画報」という雑誌に、この時代の文化人や著名人が100年後の未来を想像して発表している内容が興味深い。</p>
<p>100年後には「太陽エネルギーを蓄電可能」と予測し、現在は太陽光発電パネルなどが利用されている。また、雑誌の代わりに「畜音畜映装置」を使って様々な映像や雑誌の購読が可能となると予測しており、インターネットによるニュースや動画配信など様々なシステムが生活に浸透する時代となっている。</p>
<p>さらにはいちいち会議に集まらなくとも世界各地から「離身電波」によって遠隔会議が可能になると予測されている。まさに現在のZoomやTeamsなどにより世界中どこにいてもネット環境さえ整っていれば誰とでもつながり会議や会話ができる時代となっている。</p>
<p>便利で簡単、サクサクと何でも検索の時代となっている。とはいうものの1959年生まれで現在66歳の私にとって、PCと携帯の進化についてゆくのには苦戦を強いられることがしばしばである。過去を振り返っているうちに時代ははるか先へと進み、その波に飲み込まれぬよう何とか乗りこなさなければならないとじたばたしているのが現状である。</p>
<p>今年は近未来の夢と希望を膨らませる大阪・関西万博が開催されている。100年後の未来を予測するパビリオンはあるのだろうか？　今の進歩のペースからすれば20年後の未来であるかもしれない。</p>
<p>1970年、私が小学6年生の時に大阪万博が太陽の塔を囲むようにして開催された。アメリカ館の月の石が見たくて何時間も並んで待ったことが思い出される。剣道少年だった私は、その年から陸上競技に足を踏み入れたこととなる。</p>
<p>初めて走るために購入したシューズは、スポーツ店ではなく普通の靴屋さんで、「運動靴をください」と言って購入したことが思い起こされた。紐付きではあったが薄っぺらなソール（5mm程度）であった。</p>
<p>中学3年生ごろにマラソン専用シューズがあるのを知り、スポーツ店で取り寄せてもらったのがオニツカタイガーのマジックランナーである。今まで履いていた運動靴とは違い、路面のグリップや衝撃の吸収・通気性の良さなど感動したものだった。</p>
<p>今は化学繊維がポピュラーであり、軽量で足のフィット感も高いのだが、マジックランナーは帆布と呼ばれるキャンパスを裁断して作られていた。試しに陸上経験者ではないゼミ生にこのシューズを持たせ、「何のシューズだと思いますか？」と尋ねたところ「昔の体育の授業で使った体育館シューズですか？」との返答だった。</p>
<p>近年の箱根駅伝やオリンピックなどでほぼ100％使用されているいわゆる圧底シューズと比較しても、マジックランナーははるかに重く現在の最新シューズと比べれば機能的に劣っているかもしれない。</p>
<p>しかし、1964年の東京マラソンで円谷幸吉選手が銅メダルを獲得し、メキシコオリンピックでは君原健二選手が銀メダルを獲得した時はこのシューズで走破してのことである。</p>
<p>もっと時代をさかのぼれば、日本で初めてオリンピックに参加した金栗四三氏（1912年ストックホルムオリンピック）はマラソンで途中棄権となっている。失意の中で帰国する道中で、「日本が世界で戦うためには」という問いに対する答えを見つけようと思案し、箱根駅伝が創設されることとなった。</p>
<p>そして硬い路面に苦しめられた経験から座敷足袋の裏にゴムを張り付けた金栗足袋を考案するに至っている。</p>
<p>オリンピックは座敷用の黒足袋の裏に丈夫な布を何重にも縫い付けたものであったそうだ。海外の選手がゴム底のシューズで走るのを見て、帰国後にハリマヤ足袋店の黒坂幸作氏と試行錯誤を重ねて試作し、自らが履いて走り、改良を重ねたという。</p>
<p>やがて大正末期には足袋独特の留め具であるハゼをやめて、甲の部分をひもで結ぶ現在のシューズ型にまで進化させている。</p>
<p>この型のマラソンシューズを履いて1953年のボストンマラソンで山田敬蔵選手が優勝している。オニツカタイガー創始者鬼塚喜八郎氏がマラソン足袋を発売したのもこの年である。スポーツ用具変遷の歴史は様々な創意工夫と知恵が積み重なっており、テクノロジーの進化はさらに拍車をかけてゆくと思われる。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第56回「昭和100年とスポーツ用具の進化」</h2><p>昨年は記念大会となる第100回箱根駅伝が開催され、第二次世界大戦による4回の開催中止を含む104年間の歴史を振り返ってみたのだが、今年はなんと昭和100年と言われているようだ。</p><p>1926年12月25日から元号が大正から昭和へと変わり、平成そして令和へと時代が移り変わり今日に至っている。</p><p>日本テレビの箱根駅伝ホームページにも書かせていただいたが、第1回箱根駅伝が開催された年に発売された「日本乃日本人」と1927年（昭和2年）発売の「科学画報」という雑誌に、この時代の文化人や著名人が100年後の未来を想像して発表している内容が興味深い。</p><p>100年後には「太陽エネルギーを蓄電可能」と予測し、現在は太陽光発電パネルなどが利用されている。また、雑誌の代わりに「畜音畜映装置」を使って様々な映像や雑誌の購読が可能となると予測しており、インターネットによるニュースや動画配信など様々なシステムが生活に浸透する時代となっている。</p><p>さらにはいちいち会議に集まらなくとも世界各地から「離身電波」によって遠隔会議が可能になると予測されている。まさに現在のZoomやTeamsなどにより世界中どこにいてもネット環境さえ整っていれば誰とでもつながり会議や会話ができる時代となっている。</p><p>便利で簡単、サクサクと何でも検索の時代となっている。とはいうものの1959年生まれで現在66歳の私にとって、PCと携帯の進化についてゆくのには苦戦を強いられることがしばしばである。過去を振り返っているうちに時代ははるか先へと進み、その波に飲み込まれぬよう何とか乗りこなさなければならないとじたばたしているのが現状である。</p><p>今年は近未来の夢と希望を膨らませる大阪・関西万博が開催されている。100年後の未来を予測するパビリオンはあるのだろうか？　今の進歩のペースからすれば20年後の未来であるかもしれない。</p><p>1970年、私が小学6年生の時に大阪万博が太陽の塔を囲むようにして開催された。アメリカ館の月の石が見たくて何時間も並んで待ったことが思い出される。剣道少年だった私は、その年から陸上競技に足を踏み入れたこととなる。</p><p>初めて走るために購入したシューズは、スポーツ店ではなく普通の靴屋さんで、「運動靴をください」と言って購入したことが思い起こされた。紐付きではあったが薄っぺらなソール（5mm程度）であった。</p><p>中学3年生ごろにマラソン専用シューズがあるのを知り、スポーツ店で取り寄せてもらったのがオニツカタイガーのマジックランナーである。今まで履いていた運動靴とは違い、路面のグリップや衝撃の吸収・通気性の良さなど感動したものだった。</p><p>今は化学繊維がポピュラーであり、軽量で足のフィット感も高いのだが、マジックランナーは帆布と呼ばれるキャンパスを裁断して作られていた。試しに陸上経験者ではないゼミ生にこのシューズを持たせ、「何のシューズだと思いますか？」と尋ねたところ「昔の体育の授業で使った体育館シューズですか？」との返答だった。</p><p>近年の箱根駅伝やオリンピックなどでほぼ100％使用されているいわゆる圧底シューズと比較しても、マジックランナーははるかに重く現在の最新シューズと比べれば機能的に劣っているかもしれない。</p><p>しかし、1964年の東京マラソンで円谷幸吉選手が銅メダルを獲得し、メキシコオリンピックでは君原健二選手が銀メダルを獲得した時はこのシューズで走破してのことである。</p><p>もっと時代をさかのぼれば、日本で初めてオリンピックに参加した金栗四三氏（1912年ストックホルムオリンピック）はマラソンで途中棄権となっている。失意の中で帰国する道中で、「日本が世界で戦うためには」という問いに対する答えを見つけようと思案し、箱根駅伝が創設されることとなった。</p><p>そして硬い路面に苦しめられた経験から座敷足袋の裏にゴムを張り付けた金栗足袋を考案するに至っている。</p><p>オリンピックは座敷用の黒足袋の裏に丈夫な布を何重にも縫い付けたものであったそうだ。海外の選手がゴム底のシューズで走るのを見て、帰国後にハリマヤ足袋店の黒坂幸作氏と試行錯誤を重ねて試作し、自らが履いて走り、改良を重ねたという。</p><p>やがて大正末期には足袋独特の留め具であるハゼをやめて、甲の部分をひもで結ぶ現在のシューズ型にまで進化させている。</p><p>この型のマラソンシューズを履いて1953年のボストンマラソンで山田敬蔵選手が優勝している。オニツカタイガー創始者鬼塚喜八郎氏がマラソン足袋を発売したのもこの年である。スポーツ用具変遷の歴史は様々な創意工夫と知恵が積み重なっており、テクノロジーの進化はさらに拍車をかけてゆくと思われる。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第55回「努力でコンパスを大きくする～マラソン強化のDNAを引き継ぐ～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/165362</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 31 Mar 2025 18:57:34 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[三菱重工]]></category>
		<category><![CDATA[黒木純]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=165362</guid>
		<gnf:modified>Mon, 31 Mar 2025 18:32:53 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 31 Mar 2025 18:32:53 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/ff7203ac8d50a036f6d82285532bd738.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/ff7203ac8d50a036f6d82285532bd738.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第55回「努力でコンパスを大きくする～マラソン強化のDNAを引き継ぐ～」</h2>
<p>彼はゴール後のインタビューで息を弾ませながら「余力を残してゴールしたくありませんでした」と語った。</p>
<p>第70回箱根駅伝、9区中継点へ向かう最後の直線で、渾身のスパートを披露した直後の言葉だ。</p>
<p>第69回大会は同じ9区を担当し、区間賞を獲得するもチームは2位。最終学年で再び9区を走り、早大の櫛部静二選手（現・城西大監督）の猛追をかわす後半の走りであった。</p>
<p>彼とは……その年、チームキャプテンを務めた黒木純。現在は三菱重工マラソン部総監督、日本陸連男子マラソン強化コーチである。</p>
<p>あの頃の箱根駅伝は、監督・指導者が乗車する各校1台の運営管理者はなかった。ワゴン車に5チームの監督が同乗。まさに呉越同舟形式でレースの行方を見守っていた。</p>
<p>当然定点での声掛けなどはできず、ペースや通過タイム・前後のタイム差などは伝えようがない。コース沿道に配置されたチームメイトからの情報で前後のタイム差を知るくらいで、ペースやレース展開は自己判断にゆだねられる厳しさもあった。</p>
<p>当時は「常時、声掛けをする中で箱根駅伝を走らせるような指導では将来のマラソン選手は育成できない」との声が上がる時代背景。そこに交通規制が絡み合うといった事情があった。<br />
※1991年第67回～2002年第78回まで合同乗者形式。2003年より現在の各校1台の運営管理車が大会の運営車両として車両隊列に組み込まれた。</p>
<p>4年生として、そしてチームキャプテンとして迎えた最後の箱根駅伝。遠い直線の先にはアンカーの選手が待ち受ける「余力を残して終わりたくない」との思いは中継点手前で脳裏をよぎった言葉ではないと確信している。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/ff7203ac8d50a036f6d82285532bd738.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">第70回箱根駅伝で9区を走る山梨学大・黒木純</span></p></div>
<p>駅伝やマラソンは、その時のその感情だけで身体を動かし続けることができるほど甘くはないことを知っているからだ。ただ、彼が入学してからの4年間の軌跡をたどれば、その言葉が心に響き、納得したことを思い起こすことができる。</p>
<p>1990年4月、宮崎県高鍋高校から箱根駅伝への大志を抱き一般入試で入学してきた黒木君は、私と同様に小柄な選手であった。5000mの自己ベストが15分16秒。主だった実績など何もない選手であった。</p>
<p>私は黒木君にこのように問いかけたことを思い出した。</p>
<p>「箱根駅伝でチームの代表として活躍しようとする円の大きさは、君の持つ現在のコンパスで描ける円と比べると到底描き切れない大きさのであると思う。それでも覚悟を決めて、向かうべき円の大きさを獲得する努力をいとわなければ可能性はある。君にはその現状と覚悟はできていますか？」</p>
<p>その時、彼は「自分のコンパスを努力で大きくして見せます」と即答してくれた。</p>
<p>誰もが今の自分というコンパスで最大限の円を描くことができる。しかし、現状に甘んじたり向上心が薄れると、そのコンパスは短くなったり錆びついて開かなくなってしまうものだ。</p>
<p>逆に、自分で描いた円が自分の“限界”だと思わず、自分が引いた“限定”ラインだとの認識で、その円の先に行こうとすれば自分のコンパスは大きく成長するものだ。そのようなスピリッツがスポーツの世界では必要である。</p>
<p>その発言通り、彼は「一升の枡に二升を入れることはできないからあまり無理をしないように」とのアドバイスをしたくなるほどに走りこむ選手であった。</p>
<p>それでも、2年生まではチーム代表のユニフォームを着ることはなかった（2年の好調時に自転車の事故で代表選考を逃している）。</p>
<p>満を持して3年で初出場した箱根駅伝。チームは準優勝と、早大の後塵を浴びるも、個人では9区で区間賞を獲得。翌年の最終学年でのレース後の言葉通り、4年間の積み重ねのすべてを残さず出し切る走りでゴールに飛び込むほどの熱いラストスパートができたのだと思う。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第55回「努力でコンパスを大きくする～マラソン強化のDNAを引き継ぐ～」</h2><p>彼はゴール後のインタビューで息を弾ませながら「余力を残してゴールしたくありませんでした」と語った。</p><p>第70回箱根駅伝、9区中継点へ向かう最後の直線で、渾身のスパートを披露した直後の言葉だ。</p><p>第69回大会は同じ9区を担当し、区間賞を獲得するもチームは2位。最終学年で再び9区を走り、早大の櫛部静二選手（現・城西大監督）の猛追をかわす後半の走りであった。</p><p>彼とは……その年、チームキャプテンを務めた黒木純。現在は三菱重工マラソン部総監督、日本陸連男子マラソン強化コーチである。</p><p>あの頃の箱根駅伝は、監督・指導者が乗車する各校1台の運営管理者はなかった。ワゴン車に5チームの監督が同乗。まさに呉越同舟形式でレースの行方を見守っていた。</p><p>当然定点での声掛けなどはできず、ペースや通過タイム・前後のタイム差などは伝えようがない。コース沿道に配置されたチームメイトからの情報で前後のタイム差を知るくらいで、ペースやレース展開は自己判断にゆだねられる厳しさもあった。</p><p>当時は「常時、声掛けをする中で箱根駅伝を走らせるような指導では将来のマラソン選手は育成できない」との声が上がる時代背景。そこに交通規制が絡み合うといった事情があった。<br />※1991年第67回～2002年第78回まで合同乗者形式。2003年より現在の各校1台の運営管理車が大会の運営車両として車両隊列に組み込まれた。</p><p>4年生として、そしてチームキャプテンとして迎えた最後の箱根駅伝。遠い直線の先にはアンカーの選手が待ち受ける「余力を残して終わりたくない」との思いは中継点手前で脳裏をよぎった言葉ではないと確信している。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/ff7203ac8d50a036f6d82285532bd738.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">第70回箱根駅伝で9区を走る山梨学大・黒木純</span></p></div><p>駅伝やマラソンは、その時のその感情だけで身体を動かし続けることができるほど甘くはないことを知っているからだ。ただ、彼が入学してからの4年間の軌跡をたどれば、その言葉が心に響き、納得したことを思い起こすことができる。</p><p>1990年4月、宮崎県高鍋高校から箱根駅伝への大志を抱き一般入試で入学してきた黒木君は、私と同様に小柄な選手であった。5000mの自己ベストが15分16秒。主だった実績など何もない選手であった。</p><p>私は黒木君にこのように問いかけたことを思い出した。</p><p>「箱根駅伝でチームの代表として活躍しようとする円の大きさは、君の持つ現在のコンパスで描ける円と比べると到底描き切れない大きさのであると思う。それでも覚悟を決めて、向かうべき円の大きさを獲得する努力をいとわなければ可能性はある。君にはその現状と覚悟はできていますか？」</p><p>その時、彼は「自分のコンパスを努力で大きくして見せます」と即答してくれた。</p><p>誰もが今の自分というコンパスで最大限の円を描くことができる。しかし、現状に甘んじたり向上心が薄れると、そのコンパスは短くなったり錆びついて開かなくなってしまうものだ。</p><p>逆に、自分で描いた円が自分の“限界”だと思わず、自分が引いた“限定”ラインだとの認識で、その円の先に行こうとすれば自分のコンパスは大きく成長するものだ。そのようなスピリッツがスポーツの世界では必要である。</p><p>その発言通り、彼は「一升の枡に二升を入れることはできないからあまり無理をしないように」とのアドバイスをしたくなるほどに走りこむ選手であった。</p><p>それでも、2年生まではチーム代表のユニフォームを着ることはなかった（2年の好調時に自転車の事故で代表選考を逃している）。</p><p>満を持して3年で初出場した箱根駅伝。チームは準優勝と、早大の後塵を浴びるも、個人では9区で区間賞を獲得。翌年の最終学年でのレース後の言葉通り、4年間の積み重ねのすべてを残さず出し切る走りでゴールに飛び込むほどの熱いラストスパートができたのだと思う。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>山梨学大コーチに竹ノ内佳樹氏が就任！ 「学生個々の能力を最大限引き出す」 NTT西日本時代にMGC6位</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/164388</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Mar 2025 17:29:36 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[大学]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[竹ノ内佳樹]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=164388</guid>
		<gnf:modified>Mon, 17 Mar 2025 17:31:39 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 17 Mar 2025 17:31:39 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/KATO_0584.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/KATO_0584.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>山梨学大は3月17日、NTT西日本所属で昨年度末に現役を引退した竹ノ内佳樹氏が4月1日付で長距離駅伝コーチに就任すると発表した。</p>
<p>竹ノ内氏は大阪府出身の32歳。関大一高から日大へ進み、箱根駅伝には2年時から3年連続で出場し、3区7位などの成績を残している。2015年にNTT西日本に入社。17年にはマラソンに挑戦し、20年には2時間9分31秒をマーク。東京五輪の代表入りを懸けた19年のマラソングランドチャンピオンシップ（MGC）では6位に入っている。</p>
<p>全日本実業団対抗駅伝（ニューイヤー駅伝）でも主要区間を担うなど主軸として活躍し、23年度末で現役を引退。その後は社業に専念していた。</p>
<p>竹ノ内氏は「コーチとしては、大﨑監督を支え、学生個々の能力を最大限引き出すことができるようにサポートしていきます。また、箱根駅伝という目標を通じて『自ら考え、行動できる』人材育成にも努めてまいります」と意気込みのコメントを発表した。</p>
<p>大﨑悟史駅伝監督は「直近までのマラソンでの実績及び経験、また引退してからの社業の経験、様々な経験を学生指導にフルに生かして欲しいと思っております」と、期待を寄せるコメントをしている。</p>
<p>1985年に現顧問の上田誠仁氏が監督に就任し、発足2年目で予選会を突破。出場3回目での初シードを経て、92年に初優勝。94、95年にも連覇した。19年の予選会で敗退して連続出場が「33」で途切れたものの、翌年から再び連続出場を継続。24年に2月にOBの大﨑コーチが駅伝監督に昇格した。今年1月の第101回大会は総合18位だった。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>山梨学大は3月17日、NTT西日本所属で昨年度末に現役を引退した竹ノ内佳樹氏が4月1日付で長距離駅伝コーチに就任すると発表した。</p><p>竹ノ内氏は大阪府出身の32歳。関大一高から日大へ進み、箱根駅伝には2年時から3年連続で出場し、3区7位などの成績を残している。2015年にNTT西日本に入社。17年にはマラソンに挑戦し、20年には2時間9分31秒をマーク。東京五輪の代表入りを懸けた19年のマラソングランドチャンピオンシップ（MGC）では6位に入っている。</p><p>全日本実業団対抗駅伝（ニューイヤー駅伝）でも主要区間を担うなど主軸として活躍し、23年度末で現役を引退。その後は社業に専念していた。</p><p>竹ノ内氏は「コーチとしては、大﨑監督を支え、学生個々の能力を最大限引き出すことができるようにサポートしていきます。また、箱根駅伝という目標を通じて『自ら考え、行動できる』人材育成にも努めてまいります」と意気込みのコメントを発表した。</p><p>大﨑悟史駅伝監督は「直近までのマラソンでの実績及び経験、また引退してからの社業の経験、様々な経験を学生指導にフルに生かして欲しいと思っております」と、期待を寄せるコメントをしている。</p><p>1985年に現顧問の上田誠仁氏が監督に就任し、発足2年目で予選会を突破。出場3回目での初シードを経て、92年に初優勝。94、95年にも連覇した。19年の予選会で敗退して連続出場が「33」で途切れたものの、翌年から再び連続出場を継続。24年に2月にOBの大﨑コーチが駅伝監督に昇格した。今年1月の第101回大会は総合18位だった。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第54回「学生スタッフにエールを～大月駅伝の思い出から～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/162953</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Feb 2025 17:55:39 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=162953</guid>
		<gnf:modified>Thu, 27 Feb 2025 11:34:52 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 27 Feb 2025 11:34:52 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/02/FN2_0030.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/02/FN2_0030.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第54回「学生スタッフにエールを～大月駅伝の思い出から～」</h2>
<p>寒波が日本列島を包み込むように覆い、各地で豪雪の被害に見舞われた今月であった。幸い甲府は積雪もなく過ぎていったが、盆地特有の朝夕の冷え込みは厳しかった。</p>
<p>その寒さを吹き飛ばすように、別府大分毎日マラソン、香川丸亀国際ハーフマラソンと好レース、好記録に沸くなか、ハーフの世界記録樹立のニュースが飛び込んできた。</p>
<p>5kmを13分38秒、5kmから10kmは13分12秒、15kmまでの5kmは13分17秒、そこからの5kmは13分32秒、最後は3分03秒のラップを刻んだ。10kmごとでは26分50秒、26分49秒。キーボードに打ち込む手が震えるほど、脅威のスピード感が五感を駆け巡った。</p>
<p>「五感を駆け巡る」といった大げさな言葉を使ったが、人間の五感と記憶は密接に連携しているようだ。香りや味、曲や情景などを聴いたり、見たり、味わったりすると、自分が体験したエピソードや記憶が蘇ることがあると言われている。</p>
<p>そのような体験を誰しもが何度かは経験しているはずだ。心理学的に、若い頃に聴いていた親しみのある曲は、自分の経験した「自伝的記憶」として紐づいているそうだ。</p>
<p>1959年、昭和（34年）生まれの私なので、10代の1970年代に聴いていたのは、井上陽水や荒井由実（松任谷由実）、中島みゆきだった。80年に差し掛かる頃からはサザンオールスターズ、山下達郎と続き、今でもたびたび聴いている。米国のロックバンド・イーグルスの『ホテルカリフォルニア』のイントロが流れてくると、作業を中断して今でも聞き入ってしまうほどである。</p>
<p>そんなわけでいろいろと懐かしい曲を選曲して聞き入ってしまう。ゆえに筆がなかなか進まないのだが、ふと90年～95年頃の記憶が蘇った。山梨県で1月に開催される大月市駅伝に各大学の主務（チーフマネージャー）が連合チームで出場した時の思い出である。</p>
<p>大学の主務の存在は大きく、その年のチームカラーを変える影響力があるほどである。チーム運営はもとより、選手の悩みや対外的な渉外活動までその仕事は多岐にわたる。監督の右腕というよりも監督をも動かすくらいの勢いと力量を持つくらいでないと務まらない。思い起こせば、チームを思う気持ちは箱根駅伝でチームのタスキを肩にかけて走る選手を凌駕するほどであった。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/02/FN2_0030.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">各大学の主務たちのサポートによって、選手たちは競技に集中できている</span></p></div>
<p>各チームの主務同士も、レースではライバルであっても大会や会議などで顔を合わせるので、それなりに交流があって親交を深めている。</p>
<p>あるとき、選手のやる気に火をつけるために「マネージャーはどんなに君たちやチームのために尽くしても代表のユニフォームやタスキを身に着けることはないんだぞ！」と語ったたことがある。そんな言葉を発しながら、公式戦もしくは箱根駅伝用のランニングシャツとランニングパンツと、そしてタスキを肩に走らせてあげることはできないものかと思っていた。</p>
<p>そこで思いついたのが1月中旬に山梨県大月市で開催されている駅伝で、各大学の主務の連合チームで参加できないかということであった。駅伝のルールでは同一チームのユニフォームは統一しなければならないとあるのだが、大会事務局に参加の趣旨を説明したところ、「各大学の箱根駅伝用ユニフォームでタスキをつないでくれても良いですよ」と快諾していただいた。</p>
<p>前日に甲府市内の小さな温泉宿に集って親睦会を開き、皆と楽しく語り合ったことが思い出される。翌日のレースはその年の箱根駅伝で、チームが使用したランニングとランパンに身を包んで出場。疾走とはいかないよたよたペースで、走り込んでいない身体は悲鳴を上げながらも楽しんで走ってくれた。</p>
<p>マネージャーとして入学してくる者はまれ。入学時は選手であったが、故障や適性などで途中からマネージャー業をこなしてきたものがほとんどである。それぞれさまざまな事情と葛藤を抱えながら、チームのために尽くしてきた。そんな主務たちが卒業前に他大学の主務たちとタスキをつなぐ経験は貴重であった。そして、主務として経験したことをその後の人生につないでほしいと願ってもいた。当時走った主務に連絡してみた。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第54回「学生スタッフにエールを～大月駅伝の思い出から～」</h2><p>寒波が日本列島を包み込むように覆い、各地で豪雪の被害に見舞われた今月であった。幸い甲府は積雪もなく過ぎていったが、盆地特有の朝夕の冷え込みは厳しかった。</p><p>その寒さを吹き飛ばすように、別府大分毎日マラソン、香川丸亀国際ハーフマラソンと好レース、好記録に沸くなか、ハーフの世界記録樹立のニュースが飛び込んできた。</p><p>5kmを13分38秒、5kmから10kmは13分12秒、15kmまでの5kmは13分17秒、そこからの5kmは13分32秒、最後は3分03秒のラップを刻んだ。10kmごとでは26分50秒、26分49秒。キーボードに打ち込む手が震えるほど、脅威のスピード感が五感を駆け巡った。</p><p>「五感を駆け巡る」といった大げさな言葉を使ったが、人間の五感と記憶は密接に連携しているようだ。香りや味、曲や情景などを聴いたり、見たり、味わったりすると、自分が体験したエピソードや記憶が蘇ることがあると言われている。</p><p>そのような体験を誰しもが何度かは経験しているはずだ。心理学的に、若い頃に聴いていた親しみのある曲は、自分の経験した「自伝的記憶」として紐づいているそうだ。</p><p>1959年、昭和（34年）生まれの私なので、10代の1970年代に聴いていたのは、井上陽水や荒井由実（松任谷由実）、中島みゆきだった。80年に差し掛かる頃からはサザンオールスターズ、山下達郎と続き、今でもたびたび聴いている。米国のロックバンド・イーグルスの『ホテルカリフォルニア』のイントロが流れてくると、作業を中断して今でも聞き入ってしまうほどである。</p><p>そんなわけでいろいろと懐かしい曲を選曲して聞き入ってしまう。ゆえに筆がなかなか進まないのだが、ふと90年～95年頃の記憶が蘇った。山梨県で1月に開催される大月市駅伝に各大学の主務（チーフマネージャー）が連合チームで出場した時の思い出である。</p><p>大学の主務の存在は大きく、その年のチームカラーを変える影響力があるほどである。チーム運営はもとより、選手の悩みや対外的な渉外活動までその仕事は多岐にわたる。監督の右腕というよりも監督をも動かすくらいの勢いと力量を持つくらいでないと務まらない。思い起こせば、チームを思う気持ちは箱根駅伝でチームのタスキを肩にかけて走る選手を凌駕するほどであった。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/02/FN2_0030.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">各大学の主務たちのサポートによって、選手たちは競技に集中できている</span></p></div><p>各チームの主務同士も、レースではライバルであっても大会や会議などで顔を合わせるので、それなりに交流があって親交を深めている。</p><p>あるとき、選手のやる気に火をつけるために「マネージャーはどんなに君たちやチームのために尽くしても代表のユニフォームやタスキを身に着けることはないんだぞ！」と語ったたことがある。そんな言葉を発しながら、公式戦もしくは箱根駅伝用のランニングシャツとランニングパンツと、そしてタスキを肩に走らせてあげることはできないものかと思っていた。</p><p>そこで思いついたのが1月中旬に山梨県大月市で開催されている駅伝で、各大学の主務の連合チームで参加できないかということであった。駅伝のルールでは同一チームのユニフォームは統一しなければならないとあるのだが、大会事務局に参加の趣旨を説明したところ、「各大学の箱根駅伝用ユニフォームでタスキをつないでくれても良いですよ」と快諾していただいた。</p><p>前日に甲府市内の小さな温泉宿に集って親睦会を開き、皆と楽しく語り合ったことが思い出される。翌日のレースはその年の箱根駅伝で、チームが使用したランニングとランパンに身を包んで出場。疾走とはいかないよたよたペースで、走り込んでいない身体は悲鳴を上げながらも楽しんで走ってくれた。</p><p>マネージャーとして入学してくる者はまれ。入学時は選手であったが、故障や適性などで途中からマネージャー業をこなしてきたものがほとんどである。それぞれさまざまな事情と葛藤を抱えながら、チームのために尽くしてきた。そんな主務たちが卒業前に他大学の主務たちとタスキをつなぐ経験は貴重であった。そして、主務として経験したことをその後の人生につないでほしいと願ってもいた。当時走った主務に連絡してみた。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第53回「39回目の生中継とエンドロールから」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/160704</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 31 Jan 2025 17:55:12 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[日本テレビ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=160704</guid>
		<gnf:modified>Fri, 31 Jan 2025 17:10:25 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 31 Jan 2025 17:10:25 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/KAU_5312.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/KAU_5312.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第53回「39回目の生中継とエンドロールから」</h2>
<p>箱根駅伝は1920年（大正9年）から開催され、その5年後に日本初のラジオ放送が開始されている。</p>
<p>箱根駅伝のラジオ中継がNHKによって開始されたのは、戦後の53年（第29回大会）からであった。79年（第55回大会）からはテレビ東京で録画ダイジェスト、さらに87年（第63回大会）には日本テレビが生中継に挑んだ。</p>
<p>今年の第101回大会で、すでに39回目の中継を継承してきたことになる。中継では北は北海道、南は鹿児島までの各系列局から放送技術の専門職が集められ、現在では総勢1000人のチームで中継が行われている。</p>
<p>あらゆるスポーツ中継では、そのスポーツの魅力と臨場感を視聴者に伝えようと、工夫と努力が積み重ねられている。特に生中継の醍醐味は、レースやゲーム展開をそのまま視聴者に届けることにある。</p>
<p>科学技術の進歩により中継技術は相応の進歩を遂げている。と言っても、箱根駅伝の中継は競技場や体育館など固定されたエリアではない。そして、マラソンのように広域とは言え、限定された規制区間で行われる競技会でもない。</p>
<p>箱根駅伝は100kmを超える5区間を移動しつつ、中継しなければならない。特に電波が届きにくい箱根山中からの中継は、いかに技術の進歩をもってしても困難を極めたという。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/KAU_5312.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">第101回箱根駅伝の日本テレビの中継車</span></p></div>
<p>「どのような悪天候であろうとも選手の力走を伝えなければならない」というスポーツ生中継の命題を完璧に実行しなければならない。そのために初中継に挑んだ当時、箱根山中での電波中継担当は年末から箱根山中に籠り、準備万端に整えていたそうだ。</p>
<p>首都圏から箱根の山岳地帯を含む広域移動型スポーツ中継の難易度は、想像以上に過酷であり、困難を極める。昭和の後半に箱根駅伝で初の生中継に挑もうとしても、社内外の識者からの「無理だ、無謀だ」との反応に苦慮したそうだ。（＊1）</p>
<p>それを乗り越え、切り開いたのは当時の日本テレビプロヂューサー・坂田信久氏である。坂田氏から初生中継当時とこれまで、そして、これからを語っていただいた。</p>
<p>「もとより無理で無謀で不可能と言われることは十分理解していた。しかし、これまで培ってきた中継ノウハウや技術スタッフと工夫を凝らせば何とか壁を突破できるのではないかという確信を抱いていた。なぜならば、それは不可能だ、無謀だといわれても『挑戦してみましょうよ』という製作スタッフのパイオニア精神や「やれるかもしれませんね」と未開拓の中継方法に果敢に取り組んでくれた技術スタッフがいてくれたからだ。特に総合ディレクターに抜擢した盟友、田中晃氏（現WOWOW会長執行役員）の献身があったからこそ」</p>
<p>「スポーツの中継に関わるスタッフには『スポーツに対する愛情と真摯な姿勢を持ち続けること。何よりも自分たちが放送するスポーツが成長してゆくためにテレビがどのように表現すれば良いのかを常に考えることを怠ってはいけない』というフィロソフィー（哲学）をことあるごとに語ってきた」とお聞きした。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第53回「39回目の生中継とエンドロールから」</h2><p>箱根駅伝は1920年（大正9年）から開催され、その5年後に日本初のラジオ放送が開始されている。</p><p>箱根駅伝のラジオ中継がNHKによって開始されたのは、戦後の53年（第29回大会）からであった。79年（第55回大会）からはテレビ東京で録画ダイジェスト、さらに87年（第63回大会）には日本テレビが生中継に挑んだ。</p><p>今年の第101回大会で、すでに39回目の中継を継承してきたことになる。中継では北は北海道、南は鹿児島までの各系列局から放送技術の専門職が集められ、現在では総勢1000人のチームで中継が行われている。</p><p>あらゆるスポーツ中継では、そのスポーツの魅力と臨場感を視聴者に伝えようと、工夫と努力が積み重ねられている。特に生中継の醍醐味は、レースやゲーム展開をそのまま視聴者に届けることにある。</p><p>科学技術の進歩により中継技術は相応の進歩を遂げている。と言っても、箱根駅伝の中継は競技場や体育館など固定されたエリアではない。そして、マラソンのように広域とは言え、限定された規制区間で行われる競技会でもない。</p><p>箱根駅伝は100kmを超える5区間を移動しつつ、中継しなければならない。特に電波が届きにくい箱根山中からの中継は、いかに技術の進歩をもってしても困難を極めたという。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2025/01/KAU_5312.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">第101回箱根駅伝の日本テレビの中継車</span></p></div><p>「どのような悪天候であろうとも選手の力走を伝えなければならない」というスポーツ生中継の命題を完璧に実行しなければならない。そのために初中継に挑んだ当時、箱根山中での電波中継担当は年末から箱根山中に籠り、準備万端に整えていたそうだ。</p><p>首都圏から箱根の山岳地帯を含む広域移動型スポーツ中継の難易度は、想像以上に過酷であり、困難を極める。昭和の後半に箱根駅伝で初の生中継に挑もうとしても、社内外の識者からの「無理だ、無謀だ」との反応に苦慮したそうだ。（＊1）</p><p>それを乗り越え、切り開いたのは当時の日本テレビプロヂューサー・坂田信久氏である。坂田氏から初生中継当時とこれまで、そして、これからを語っていただいた。</p><p>「もとより無理で無謀で不可能と言われることは十分理解していた。しかし、これまで培ってきた中継ノウハウや技術スタッフと工夫を凝らせば何とか壁を突破できるのではないかという確信を抱いていた。なぜならば、それは不可能だ、無謀だといわれても『挑戦してみましょうよ』という製作スタッフのパイオニア精神や「やれるかもしれませんね」と未開拓の中継方法に果敢に取り組んでくれた技術スタッフがいてくれたからだ。特に総合ディレクターに抜擢した盟友、田中晃氏（現WOWOW会長執行役員）の献身があったからこそ」</p><p>「スポーツの中継に関わるスタッフには『スポーツに対する愛情と真摯な姿勢を持ち続けること。何よりも自分たちが放送するスポーツが成長してゆくためにテレビがどのように表現すれば良いのかを常に考えることを怠ってはいけない』というフィロソフィー（哲学）をことあるごとに語ってきた」とお聞きした。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第52回「師走の空に輝く星たち～故・横溝三郎氏との会話から～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/157261</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 30 Dec 2024 17:55:38 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[横溝三郎]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=157261</guid>
		<gnf:modified>Mon, 30 Dec 2024 17:14:11 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 30 Dec 2024 17:14:11 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/Z9A_7419.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/Z9A_7419.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第52回「師走の空に輝く星たち～故・横溝三郎氏との会話から～」</h2>
<p>冬至を過ぎると、殊更に寒さが身に染みてくる。それでも、これを境に陽が長くなってくるという思いが少し心を軽くしてくれる。クリスマスの定番ソングがラジオから流れてくるかと思いきや、一気に年の瀬が見える頃となった。</p>
<p>箱根駅伝の100回記念大会がついこの前であったような錯覚を覚えるほど、この1年は迅速に過ぎていった。</p>
<p>いよいよ101回大会である。箱根駅伝のレース予想や各チームのコメントなどは専門誌や特集号をはじめ、各種メディアが事細かに報道している。スタートを待たずして、箱根駅伝の大きな波のうねりに飲み込まれてゆきそうでもある。</p>
<p>辰年の背を越え、巳年を迎えるためにもしばし立ち止まって、この1年を振り返りたい。誰もが悲喜こもごものできごとに一喜一憂してきたことと思う。</p>
<p>そのような中で、年末の紙面には毎年“追悼”と書かれた記事が掲載される。2024年は能登半島地震から始まり、多くの犠牲者や被災者を出す甚大な被害をもたらした。そのような状況下にあって、箱根駅伝は100回大会を開催させていただいた。</p>
<p>新たな一歩を踏み出す大会を迎えるにあたり、犠牲になられた方々へ心からの哀悼と、被害に遭われた方々にとって箱根駅伝が少しでも心の励みになる大会であればと願っている。</p>
<p>そのうえで箱根駅伝に長らくかかわってきた身として、11月14日に84歳でお亡くなりになられた横溝三郎氏を追悼したい。訃報の知らせは、冬枯れの枝を夕暮れ時に見上げるようで寂しさを感じた。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/Z9A_7419.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">24年11月に84歳で亡くなった横溝三郎氏。10月の箱根駅伝予選会では現地に駆けつけていた</span></p></div>
<p>横溝氏は1939年、横浜市生まれ。この年の第20回箱根駅伝は出場6回目の専大が初優勝した年でもある。幼少期は戦時下ということもあり、箱根駅伝は5回中止を余儀なくされている（戦時下の1941年、42年、44年、45年、終戦後の46年）。</p>
<p>7歳の時に23回大会か開催されその後は連続開催されてきた。中学1年時の53年の28回大会からNHKラジオで移動型スポーツイベントの中継がされるようになっている。</p>
<p>横浜高時代の56年、57年にインターハイで5000ｍ2連覇、57年は1500ｍとの2冠を達成。その秋には高校生で当時初となる14分台達成（14分47秒6）などの実績と、スーパー高校生としての期待を背負い、中大に入学している。</p>
<p>筆者の私が生まれた59年の35回大会からは4年連続で箱根を走り、在学中に4連覇を達成。その後の優勝を合わせ中大は不滅の箱根駅伝6連勝を飾っている。</p>
<p>トラックでは5000ｍと3000m障害で日本記録を樹立。実業団で競技を続け、64年の東京五輪に3000ｍ障害で出場を果たしている。</p>
<p>私との出会いは横溝氏がNHKの第1中継車で解説をされた82年～87年（58回～63回）の中で、当時香川で中学教員だった頃の58回、59回大会、山梨学大の監督1年目だった86年の62回大会でゲスト解説として第2中継車に搭乗させていただいた時である。</p>
<p>箱根駅伝のレジェンド的存在であり、五輪選手、元日本記録保持者でもあった横溝氏と解説をご一緒させていただけることは光栄であった。そのような方が、箱根駅伝をどのような視点で俯瞰し、戦況や選手の状態、心情をどのように表現するのか。自分の解説を忘れるほど、聞き入っていたことを思い出す。</p>
<p>その後、87年の日本テレビの完全生中継が始まる年に山梨学大も創部2年目で初出場。以後88年（64回）から2006年（82回）までは日本テレビの中継をとおして、解説者としてレースを見守っていただき、適切な解説を多くしていただいた。</p>
<p>私以上に関わりが深く、親交があった方がおられる。横溝氏と同じ学年で、東農大で箱根駅伝を4回走った秋山勉氏だ。秋山氏は山梨県甲府市在住であり、私が香川から山梨に来るきっかけを作っていただいた方である。さらに山梨学大創部時から顧問として私たちを支えていただいてきた。</p>
<p>お互いが戦中・戦後の激動の時代を生き、戦後復興の時代に箱根路を駆けた者同士ということで親交があり、たびたび秋山宅を訪れていた。そのような縁もあり、親しく話す機会をたびたび得ることができた。</p>
<p>箱根駅伝の時代背景やその時代のご苦労、そして指導者として選手とどう向き合ってゆくのかなど、興味深い話のキャッチボールだった。まさに箱根駅伝中継時に放映される今昔物語をリアルタイムに聞けるかのような楽しさがあった。</p>
<p>大正時代に始まった箱根駅伝は100回を超える開催ともなると、開催当時の時代を昔話として当事者からお話を聞くことはほぼ不可能と思える。戦中戦後を生き、その後の時代を駆け抜けた方も今は80歳～90歳となっている。</p>
<p>私が1985年～2019年まで34年間駅伝監督として指導してこられたのも、今年の3月までの10年間、関東学生陸上競技連盟で駅伝対策委員長として箱根駅伝などに携わらせていただいたことも、過去を知る機会に恵まれたからこそではないかと我が身を振り返った。</p>
<p>このような思いを横溝氏の生前に、直接語ることができなかったことが悔やまれる。</p>
<p>横溝氏とこのような会話をしたことを思い出した。</p>
<p>「上田さん、夜空の星を英語でなんて言うの？」と聞かれたので、「スターです」と返答すると、横溝氏は「どの星がスターなの？」となぞかけのように聞き返してきた。</p>
<p>この話の流れは箱根駅伝を走るすべての学生ランナーたちや、走ることがかなわなかった部員たちにとっての箱根駅伝とはどういうものか――と、秋山氏を交えて談義した時であった。話の真意は　“夜空に瞬く星たちは箱根駅伝を目指すすべてのランナーであり、箱根駅伝にかかわったすべての人たちなんだよ”という意味で私は受け止めた。</p>
<p>そのような思いで箱根路を駆け抜け、世界と勝負し、箱根駅伝を慈しむ解説に終始した足跡に敬意を表しつつ、新年を迎える師走の空に輝く星に向かい手を合わせたい。合掌。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/FN1_0968.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">第100回箱根駅伝でスタートの構えをする1区の選手たち</span></p></div>
<table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 75px;">
<td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第52回「師走の空に輝く星たち～故・横溝三郎氏との会話から～」</h2><p>冬至を過ぎると、殊更に寒さが身に染みてくる。それでも、これを境に陽が長くなってくるという思いが少し心を軽くしてくれる。クリスマスの定番ソングがラジオから流れてくるかと思いきや、一気に年の瀬が見える頃となった。</p><p>箱根駅伝の100回記念大会がついこの前であったような錯覚を覚えるほど、この1年は迅速に過ぎていった。</p><p>いよいよ101回大会である。箱根駅伝のレース予想や各チームのコメントなどは専門誌や特集号をはじめ、各種メディアが事細かに報道している。スタートを待たずして、箱根駅伝の大きな波のうねりに飲み込まれてゆきそうでもある。</p><p>辰年の背を越え、巳年を迎えるためにもしばし立ち止まって、この1年を振り返りたい。誰もが悲喜こもごものできごとに一喜一憂してきたことと思う。</p><p>そのような中で、年末の紙面には毎年“追悼”と書かれた記事が掲載される。2024年は能登半島地震から始まり、多くの犠牲者や被災者を出す甚大な被害をもたらした。そのような状況下にあって、箱根駅伝は100回大会を開催させていただいた。</p><p>新たな一歩を踏み出す大会を迎えるにあたり、犠牲になられた方々へ心からの哀悼と、被害に遭われた方々にとって箱根駅伝が少しでも心の励みになる大会であればと願っている。</p><p>そのうえで箱根駅伝に長らくかかわってきた身として、11月14日に84歳でお亡くなりになられた横溝三郎氏を追悼したい。訃報の知らせは、冬枯れの枝を夕暮れ時に見上げるようで寂しさを感じた。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/Z9A_7419.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">24年11月に84歳で亡くなった横溝三郎氏。10月の箱根駅伝予選会では現地に駆けつけていた</span></p></div><p>横溝氏は1939年、横浜市生まれ。この年の第20回箱根駅伝は出場6回目の専大が初優勝した年でもある。幼少期は戦時下ということもあり、箱根駅伝は5回中止を余儀なくされている（戦時下の1941年、42年、44年、45年、終戦後の46年）。</p><p>7歳の時に23回大会か開催されその後は連続開催されてきた。中学1年時の53年の28回大会からNHKラジオで移動型スポーツイベントの中継がされるようになっている。</p><p>横浜高時代の56年、57年にインターハイで5000ｍ2連覇、57年は1500ｍとの2冠を達成。その秋には高校生で当時初となる14分台達成（14分47秒6）などの実績と、スーパー高校生としての期待を背負い、中大に入学している。</p><p>筆者の私が生まれた59年の35回大会からは4年連続で箱根を走り、在学中に4連覇を達成。その後の優勝を合わせ中大は不滅の箱根駅伝6連勝を飾っている。</p><p>トラックでは5000ｍと3000m障害で日本記録を樹立。実業団で競技を続け、64年の東京五輪に3000ｍ障害で出場を果たしている。</p><p>私との出会いは横溝氏がNHKの第1中継車で解説をされた82年～87年（58回～63回）の中で、当時香川で中学教員だった頃の58回、59回大会、山梨学大の監督1年目だった86年の62回大会でゲスト解説として第2中継車に搭乗させていただいた時である。</p><p>箱根駅伝のレジェンド的存在であり、五輪選手、元日本記録保持者でもあった横溝氏と解説をご一緒させていただけることは光栄であった。そのような方が、箱根駅伝をどのような視点で俯瞰し、戦況や選手の状態、心情をどのように表現するのか。自分の解説を忘れるほど、聞き入っていたことを思い出す。</p><p>その後、87年の日本テレビの完全生中継が始まる年に山梨学大も創部2年目で初出場。以後88年（64回）から2006年（82回）までは日本テレビの中継をとおして、解説者としてレースを見守っていただき、適切な解説を多くしていただいた。</p><p>私以上に関わりが深く、親交があった方がおられる。横溝氏と同じ学年で、東農大で箱根駅伝を4回走った秋山勉氏だ。秋山氏は山梨県甲府市在住であり、私が香川から山梨に来るきっかけを作っていただいた方である。さらに山梨学大創部時から顧問として私たちを支えていただいてきた。</p><p>お互いが戦中・戦後の激動の時代を生き、戦後復興の時代に箱根路を駆けた者同士ということで親交があり、たびたび秋山宅を訪れていた。そのような縁もあり、親しく話す機会をたびたび得ることができた。</p><p>箱根駅伝の時代背景やその時代のご苦労、そして指導者として選手とどう向き合ってゆくのかなど、興味深い話のキャッチボールだった。まさに箱根駅伝中継時に放映される今昔物語をリアルタイムに聞けるかのような楽しさがあった。</p><p>大正時代に始まった箱根駅伝は100回を超える開催ともなると、開催当時の時代を昔話として当事者からお話を聞くことはほぼ不可能と思える。戦中戦後を生き、その後の時代を駆け抜けた方も今は80歳～90歳となっている。</p><p>私が1985年～2019年まで34年間駅伝監督として指導してこられたのも、今年の3月までの10年間、関東学生陸上競技連盟で駅伝対策委員長として箱根駅伝などに携わらせていただいたことも、過去を知る機会に恵まれたからこそではないかと我が身を振り返った。</p><p>このような思いを横溝氏の生前に、直接語ることができなかったことが悔やまれる。</p><p>横溝氏とこのような会話をしたことを思い出した。</p><p>「上田さん、夜空の星を英語でなんて言うの？」と聞かれたので、「スターです」と返答すると、横溝氏は「どの星がスターなの？」となぞかけのように聞き返してきた。</p><p>この話の流れは箱根駅伝を走るすべての学生ランナーたちや、走ることがかなわなかった部員たちにとっての箱根駅伝とはどういうものか――と、秋山氏を交えて談義した時であった。話の真意は　“夜空に瞬く星たちは箱根駅伝を目指すすべてのランナーであり、箱根駅伝にかかわったすべての人たちなんだよ”という意味で私は受け止めた。</p><p>そのような思いで箱根路を駆け抜け、世界と勝負し、箱根駅伝を慈しむ解説に終始した足跡に敬意を表しつつ、新年を迎える師走の空に輝く星に向かい手を合わせたい。合掌。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/FN1_0968.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">第100回箱根駅伝でスタートの構えをする1区の選手たち</span></p></div><table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 75px;"><td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td></tr></tbody></table>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【箱根駅伝区間エントリー】山梨学大は9年ぶりシードへムトゥクを2区登録！ 阿部紘也、徳田秋斗ら復路も整う陣容</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/156826</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 29 Dec 2024 16:04:02 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=156826</guid>
		<gnf:modified>Sun, 29 Dec 2024 16:04:02 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sun, 29 Dec 2024 16:04:02 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/6127a8ec0d855ac207b0c2e91b416f02.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/6127a8ec0d855ac207b0c2e91b416f02.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>第101回箱根駅伝（2025年1月2日、3日）の区間エントリーが12月29日に発表された。</p>
<p>予選会3位通過の山梨学大は、関東インカレ1部10000m覇者のジェームス・ムトゥク（3年）が2区にエントリー。予選会個人2位で、前回2区のブライアン・キピエゴ（2年）は補欠に回った。</p>
<p>今季急成長を見せている平八重充希（3年）が1区。5区は前回11位と健闘した弓削征慶（3年）が今回も任されることになった。</p>
<p>往路候補で主将の村上大樹（4年）や2年連続6区の髙田尚暉（4年）、前回4区の和田瑛登（2年）は補欠登録となっている。</p>
<p>8～10区には予選会チーム内2位の阿部紘也（1年）、前回7区の徳田秋斗（4年）、主力の一角に成長した土器屋快都（4年）がエントリーされており、復路でも勝負できる陣容は整った。</p>
<p>2月に大﨑悟史監督が就任。前回最下位から予選会3位通過とチームの流れは確実に良くなっており、9年ぶりのシード権獲得に期待がかかる。</p>
<p>1月2日の往路、3日の復路スタートの1時間10分前（6時50分）にメンバー変更が認められる。往路、復路合わせて当日変更は6人までで、1日最大4人まで変更できる。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>第101回箱根駅伝（2025年1月2日、3日）の区間エントリーが12月29日に発表された。</p><p>予選会3位通過の山梨学大は、関東インカレ1部10000m覇者のジェームス・ムトゥク（3年）が2区にエントリー。予選会個人2位で、前回2区のブライアン・キピエゴ（2年）は補欠に回った。</p><p>今季急成長を見せている平八重充希（3年）が1区。5区は前回11位と健闘した弓削征慶（3年）が今回も任されることになった。</p><p>往路候補で主将の村上大樹（4年）や2年連続6区の髙田尚暉（4年）、前回4区の和田瑛登（2年）は補欠登録となっている。</p><p>8～10区には予選会チーム内2位の阿部紘也（1年）、前回7区の徳田秋斗（4年）、主力の一角に成長した土器屋快都（4年）がエントリーされており、復路でも勝負できる陣容は整った。</p><p>2月に大﨑悟史監督が就任。前回最下位から予選会3位通過とチームの流れは確実に良くなっており、9年ぶりのシード権獲得に期待がかかる。</p><p>1月2日の往路、3日の復路スタートの1時間10分前（6時50分）にメンバー変更が認められる。往路、復路合わせて当日変更は6人までで、1日最大4人まで変更できる。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>箱根駅伝Stories／洗礼受けた舞台 最高の状態で迎える山梨学大・徳田秋斗「1年前のリベンジをしてやる」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/156595</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 26 Dec 2024 17:55:00 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[徳田秋斗]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=156595</guid>
		<gnf:modified>Thu, 26 Dec 2024 17:56:15 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 26 Dec 2024 17:56:15 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/KH8_7165.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/KH8_7165.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>新春の風物詩・第101回箱根駅伝に挑む出場全21チームの選手やチームを取り上げる「箱根駅伝Stories」。新たな100年への第一歩を踏み出す大会に向かうそれぞれの歩みを紹介する。</p>
<h2>高校時代からロードが得意</h2>
<p>サッカーの日韓ワールドカップが開催された2002年に生まれ、母親の名から一字もらい“シュート”に因んだ名前のサッカー少年が、長距離走に目覚めていく。もうすぐ、その半生が山場を迎えようとしている。</p>
<p>福岡県西部にある海辺の街。山梨学大・徳田秋斗（4年）は、中学生の頃に駆り出された地域の駅伝競走で思いがけない活躍を見せた。それからはサッカー部を続けながら、不定期で陸上も掛け持ち。</p>
<p>3年生になり、夏にサッカー部の引退を迎えると、駅伝のある陸上は冬まで続けた。そこから縁がつながり、駅伝の強化に乗り出そうとしていた福岡第一高へ進んだ。</p>
<p>ハイレベルな福岡を勝ち抜くまでにはいたらなかったが、チームは入学前年の県高校駅伝23位から急浮上して、1年時に6位、2、3年時には3位へ。徳田は3年連続で県大会4区を走り、3年時に区間2位の成績を残した。卒業から2年後の22年、母校は福岡代表を勝ち取り、今年は北九州地区の代表に。その先鞭をつけた世代だ。</p>
<p>駅伝を重視したチームで、トラックよりロードに得意意識が芽生えた。3年時に感染症の世界的流行で多くの試合が中止になった中でも、5000mが14分34秒13を残し、「大きく成長できた3年間でした」と振り返る。</p>
<p>今に生きる経験として、徳田は「ケニアからの留学生がいるチームだったこと」を挙げる。「遠くから日本に来て、自分の意思で取り組む姿を見てきました。1年の頃は力の差が大きすぎましたが、3年になる頃から時々は一緒に、ポイント練習をしました。ジョグでは負けないようにしていました」。留学生を受け入れてきた山梨学大に進み、その姿勢は今も変わらない。</p>
<p>大学では入学間もない5月に股関節をケガ。治ってもまた痛みがぶり返し、3年までは苦しんだ。痛みがない時は上部のグループで強い練習ができていたため、じわりじわりと力はついていた。鍛錬期の夏場は、1年時以外の3年はこなし切っている。</p>
<p>反りやすい腰部や、疲労時に揺れやすい上体など、課題を把握。フォーム改善に着手し、そのために姿勢を安定させるための体幹補強を地道に取り組んできた。</p>
<p>タイミングの悪い時期のケガで正選手を逃していたものの、3年時に主力として本戦に出場。そこでの厳しい洗礼（7区23位）がこの1年の糧となった。今回はシード権を狙うチームの重要なポジションを担う。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>新春の風物詩・第101回箱根駅伝に挑む出場全21チームの選手やチームを取り上げる「箱根駅伝Stories」。新たな100年への第一歩を踏み出す大会に向かうそれぞれの歩みを紹介する。</p><h2>高校時代からロードが得意</h2><p>サッカーの日韓ワールドカップが開催された2002年に生まれ、母親の名から一字もらい“シュート”に因んだ名前のサッカー少年が、長距離走に目覚めていく。もうすぐ、その半生が山場を迎えようとしている。</p><p>福岡県西部にある海辺の街。山梨学大・徳田秋斗（4年）は、中学生の頃に駆り出された地域の駅伝競走で思いがけない活躍を見せた。それからはサッカー部を続けながら、不定期で陸上も掛け持ち。</p><p>3年生になり、夏にサッカー部の引退を迎えると、駅伝のある陸上は冬まで続けた。そこから縁がつながり、駅伝の強化に乗り出そうとしていた福岡第一高へ進んだ。</p><p>ハイレベルな福岡を勝ち抜くまでにはいたらなかったが、チームは入学前年の県高校駅伝23位から急浮上して、1年時に6位、2、3年時には3位へ。徳田は3年連続で県大会4区を走り、3年時に区間2位の成績を残した。卒業から2年後の22年、母校は福岡代表を勝ち取り、今年は北九州地区の代表に。その先鞭をつけた世代だ。</p><p>駅伝を重視したチームで、トラックよりロードに得意意識が芽生えた。3年時に感染症の世界的流行で多くの試合が中止になった中でも、5000mが14分34秒13を残し、「大きく成長できた3年間でした」と振り返る。</p><p>今に生きる経験として、徳田は「ケニアからの留学生がいるチームだったこと」を挙げる。「遠くから日本に来て、自分の意思で取り組む姿を見てきました。1年の頃は力の差が大きすぎましたが、3年になる頃から時々は一緒に、ポイント練習をしました。ジョグでは負けないようにしていました」。留学生を受け入れてきた山梨学大に進み、その姿勢は今も変わらない。</p><p>大学では入学間もない5月に股関節をケガ。治ってもまた痛みがぶり返し、3年までは苦しんだ。痛みがない時は上部のグループで強い練習ができていたため、じわりじわりと力はついていた。鍛錬期の夏場は、1年時以外の3年はこなし切っている。</p><p>反りやすい腰部や、疲労時に揺れやすい上体など、課題を把握。フォーム改善に着手し、そのために姿勢を安定させるための体幹補強を地道に取り組んできた。</p><p>タイミングの悪い時期のケガで正選手を逃していたものの、3年時に主力として本戦に出場。そこでの厳しい洗礼（7区23位）がこの1年の糧となった。今回はシード権を狙うチームの重要なポジションを担う。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【箱根駅伝エントリー】9年ぶりシード狙う山梨学大 主将の村上大樹、前回5、6区の弓削と髙田ら順当 留学生は2人登録</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/155179</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 10 Dec 2024 15:02:59 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=155179</guid>
		<gnf:modified>Tue, 10 Dec 2024 15:02:59 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Tue, 10 Dec 2024 15:02:59 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/e522e52c2bf9a8632d8822f095735698.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/e522e52c2bf9a8632d8822f095735698.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>第101回箱根駅伝（2025年1月2日、3日）のチームエントリー16名が12月10日に発表された。</p>
<p>5年連続出場の山梨学大はジェームス・ムトゥク（3年）とブライアン・キピエゴ（2年）の2人の留学生が登録。日本人エースで主将の村上大樹（4年）らがエントリーされた。</p>
<p>前回5、6区を走った弓削征慶（3年）と髙田尚暉（4年）もエントリー。上級生では徳田秋斗（4年）、平八重充希（3年）の箱根経験者に予選会でチーム内3位と好走した土器屋快都（4年）らがメンバー入りしている。</p>
<p>下級生では予選会でチーム内日本人トップの阿部紘也（1年）や前回経験者の和田瑛登（2年）が登録された。一方、前回8区の新本駿（4年）、同10区の占部大和（2年）がメンバーから外れている。</p>
<p>予選会13位通過で出場した前回は最下位。今年は予選会を3位で通過して、上昇傾向にある。流れに乗れば、9年ぶりのシード権も見えてくる。</p>
<p>12月29日に区間エントリー10人と補員6人が発表。1月2日の往路、3日の復路スタートの1時間10分前（6時50分）にメンバー変更が認められる。往路、復路合わせて当日変更は6人までで、1日最大4人まで変更できる。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>第101回箱根駅伝（2025年1月2日、3日）のチームエントリー16名が12月10日に発表された。</p><p>5年連続出場の山梨学大はジェームス・ムトゥク（3年）とブライアン・キピエゴ（2年）の2人の留学生が登録。日本人エースで主将の村上大樹（4年）らがエントリーされた。</p><p>前回5、6区を走った弓削征慶（3年）と髙田尚暉（4年）もエントリー。上級生では徳田秋斗（4年）、平八重充希（3年）の箱根経験者に予選会でチーム内3位と好走した土器屋快都（4年）らがメンバー入りしている。</p><p>下級生では予選会でチーム内日本人トップの阿部紘也（1年）や前回経験者の和田瑛登（2年）が登録された。一方、前回8区の新本駿（4年）、同10区の占部大和（2年）がメンバーから外れている。</p><p>予選会13位通過で出場した前回は最下位。今年は予選会を3位で通過して、上昇傾向にある。流れに乗れば、9年ぶりのシード権も見えてくる。</p><p>12月29日に区間エントリー10人と補員6人が発表。1月2日の往路、3日の復路スタートの1時間10分前（6時50分）にメンバー変更が認められる。往路、復路合わせて当日変更は6人までで、1日最大4人まで変更できる。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第51回「切磋琢磨の日々を出し切って」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/154622</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 01 Dec 2024 18:00:27 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=154622</guid>
		<gnf:modified>Sun, 01 Dec 2024 18:04:09 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sun, 01 Dec 2024 18:04:09 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/OIS_0321.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/OIS_0321.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第51回「切磋琢磨の日々を出し切って」</h2>
<p>今年は短い秋だった。富士山の初冠雪は平年だと10月2日ごろに観測されるのだが、今年は観測史上最も遅い11月7日であった。</p>
<p>農作業はまったくの素人の私も、縁あって小さな畑の一角を借り、いくつか食用野菜を栽培してみようと挑戦している。家庭菜園を楽しんでおられる方や農業に従事されている方に笑われるかもしれないが、昨年のこの時期に苗植えをしたタマネギがどうにも大きく育たなかった。</p>
<p>今年も苗植えの季節がやってきたので、大きく育つようにと苗の間隔を少し離し気味に植え付けようと作業を始めた。そこを通りがかったご老人と、世間話になった。</p>
<p>「今年の残暑は年寄りにはなかなかこたえっちもーたけんど、その分秋がちっとばかしになっちまったじゃんね！」。そう甲州弁で話しつつ、苗植えを一瞥すると「ほんなに苗の間隔を空けっちもーとタマネギの玉はデカくならんずらに」と助言をいただいた。</p>
<p>（「今年の残暑は年寄りの身体にはなかなかきついものがあったけれど、その分秋のシーズンがとても短くなってしまったね」「そんなに間隔を開けてしまうとタマネギは大きく育たないよ」）</p>
<p>私は、勝手な思い込みで苗の間隔をしっかり開けて、苗に養分がしっかり吸収できる快適な環境を提供したつもりであった。</p>
<p>そのように話すと、「それだと苗は甘えてちっとも大きくならんよ。間隔が狭いくらいがお互いに競争してタマネギはどんどん大きくなるから」とご老人に教えていただいた。</p>
<p>切磋琢磨とはこのような環境においてなされることであり、真の能力開発には欠かせないことだろうと思いが及んだ。さりげない一言であったが、コーチングの真髄を言い表した言葉ではないだろうか。</p>
<p>脳裏に浮かんだのは、ハリウッド映画の空手キッド（ベストキッド：日本では１９８５年公開）の師匠が弟子に空手を伝授するシーン。苗植えを伝授してくれたご老人が、まるでこの映画の師匠とオーバーラップしてしまった。</p>
<p>「花鳥風月・春夏秋冬、吹く風や野に咲く花からも教えを乞うことができる！」とは語っている。しかしながら、まだまだ知らぬことや気づかないことがいかに多いかと、反省至極である。それだけにコーチングの現場に立つ身として、素直にその言葉が心に染みこんだ。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/OIS_0321.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">24年全日本大学駅伝1区を走る選手たち</span></p></div>
<p>中国最古の詩集『詩経』に「切磋琢磨」は書かれており、“切するように、磋するように、琢するように、磨するように”と自己研鑽に励むことを言い表している。</p>
<p>「切」の意味は獣の骨や象牙などを切ること。「磋」の意味は獣の骨や象牙などを研くこと。「琢」の意味は玉や岩石を打ち砕き、削って形を整えること。「磨」の意味は玉や岩石を磨くことを表している。</p>
<p>「切磋」で学問に励み努力を重ね徳義を磨くこと、「琢磨」で学問や技芸を磨き上げることを意味している。</p>
<p>これら４つの漢字「切磋琢磨」からは、個人として単独でも学問や徳義に励む事を意味し、仲間やライバルとの関係性の中にあっては、励まし合いしのぎを削るように競い合い向上してゆく事を表している。</p>
<p>切磋琢磨の日々は苦しみを伴う。その努力のやり方を表した言葉を大切にし、私が山梨学院大学の監督に就任した1985年から毎年手帳の裏表紙に書き込んでいる（三つ目の言葉は<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/OIS_0321.jpg">vol38</a>に掲載）。</p>
<p>そのうちの一つが「何にも咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ」である。</p>
<p>この言葉は京都・大徳寺の僧侶尾関宗園氏の著書に記されており、確か高校時代に読んでメモをしたことを記憶している。監督として選手たちにどのような努力をすべきかを解く時に、しばしばこの言葉を引用させてもらった。</p>
<p>何も咲かないような寒い時期こそ、しっかりと根を張る努力をしなければならない。たとえ砂地であろうと岩盤に行く手を遮られようとそこを突き抜け、時には遠回りでも地道に包み込んで根を張る努力を怠ってはいけない。</p>
<p>地表からはその姿は見えないかもしれないが、やがてくる春を待って大輪の花を咲かせたいのであればそのような気持ちで取り組む事が必要だからと理解している。</p>
<p>この言葉をシドニーオリンピックで金メダルを獲得した高橋尚子さんがレース直後のTV出演のとき、色紙に書いて披露していただいた。</p>
<p>高橋さんは「何故なら高校時代の恩師が山梨学院大学箱根駅伝初出場の時に６区の山下りをやった中沢正仁先生でした。中沢先生が大学時代に、ことあるごとにこの言葉を聞かされてきたそうです。中沢先生が教師となってからは、私がことあるごとにこの言葉を聞いてきたからです」と話していただいた。</p>
<p>切磋琢磨の努力で向上してゆく。その積み重ねこそが根を張る努力であると認識している。</p>
<p>師走に入れば年の瀬が迫り来る。辰年とあらば、年の瀬は龍の背に乗り勢い良く超えてゆきたいところである。</p>
<p>12月は全国中学駅伝（15日）、全国高校駅伝（22日）・全日本大学女子選抜駅伝（30日）。年が明けると、元旦には全日本実業団駅伝、そして箱根駅伝。</p>
<p>切磋琢磨の日々をともに鍛えぬき、励まし合った仲間との団結と信頼であるタスキを肩にかけ、チームの誇りを胸に選手たちが走る。雲を突き抜け雷鳴を物ともせず、各選手たちが龍の如く駆け抜ける大会に向けて胸が高鳴り、心が躍る。</p>
<p>ケガや故障、体調不良などにならず、万全の状態で全ての選手が切磋琢磨の日々を思い切り出し切るレースが体現できることを願っている。</p>
<table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 75px;">
<td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第51回「切磋琢磨の日々を出し切って」</h2><p>今年は短い秋だった。富士山の初冠雪は平年だと10月2日ごろに観測されるのだが、今年は観測史上最も遅い11月7日であった。</p><p>農作業はまったくの素人の私も、縁あって小さな畑の一角を借り、いくつか食用野菜を栽培してみようと挑戦している。家庭菜園を楽しんでおられる方や農業に従事されている方に笑われるかもしれないが、昨年のこの時期に苗植えをしたタマネギがどうにも大きく育たなかった。</p><p>今年も苗植えの季節がやってきたので、大きく育つようにと苗の間隔を少し離し気味に植え付けようと作業を始めた。そこを通りがかったご老人と、世間話になった。</p><p>「今年の残暑は年寄りにはなかなかこたえっちもーたけんど、その分秋がちっとばかしになっちまったじゃんね！」。そう甲州弁で話しつつ、苗植えを一瞥すると「ほんなに苗の間隔を空けっちもーとタマネギの玉はデカくならんずらに」と助言をいただいた。</p><p>（「今年の残暑は年寄りの身体にはなかなかきついものがあったけれど、その分秋のシーズンがとても短くなってしまったね」「そんなに間隔を開けてしまうとタマネギは大きく育たないよ」）</p><p>私は、勝手な思い込みで苗の間隔をしっかり開けて、苗に養分がしっかり吸収できる快適な環境を提供したつもりであった。</p><p>そのように話すと、「それだと苗は甘えてちっとも大きくならんよ。間隔が狭いくらいがお互いに競争してタマネギはどんどん大きくなるから」とご老人に教えていただいた。</p><p>切磋琢磨とはこのような環境においてなされることであり、真の能力開発には欠かせないことだろうと思いが及んだ。さりげない一言であったが、コーチングの真髄を言い表した言葉ではないだろうか。</p><p>脳裏に浮かんだのは、ハリウッド映画の空手キッド（ベストキッド：日本では１９８５年公開）の師匠が弟子に空手を伝授するシーン。苗植えを伝授してくれたご老人が、まるでこの映画の師匠とオーバーラップしてしまった。</p><p>「花鳥風月・春夏秋冬、吹く風や野に咲く花からも教えを乞うことができる！」とは語っている。しかしながら、まだまだ知らぬことや気づかないことがいかに多いかと、反省至極である。それだけにコーチングの現場に立つ身として、素直にその言葉が心に染みこんだ。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/OIS_0321.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">24年全日本大学駅伝1区を走る選手たち</span></p></div><p>中国最古の詩集『詩経』に「切磋琢磨」は書かれており、“切するように、磋するように、琢するように、磨するように”と自己研鑽に励むことを言い表している。</p><p>「切」の意味は獣の骨や象牙などを切ること。「磋」の意味は獣の骨や象牙などを研くこと。「琢」の意味は玉や岩石を打ち砕き、削って形を整えること。「磨」の意味は玉や岩石を磨くことを表している。</p><p>「切磋」で学問に励み努力を重ね徳義を磨くこと、「琢磨」で学問や技芸を磨き上げることを意味している。</p><p>これら４つの漢字「切磋琢磨」からは、個人として単独でも学問や徳義に励む事を意味し、仲間やライバルとの関係性の中にあっては、励まし合いしのぎを削るように競い合い向上してゆく事を表している。</p><p>切磋琢磨の日々は苦しみを伴う。その努力のやり方を表した言葉を大切にし、私が山梨学院大学の監督に就任した1985年から毎年手帳の裏表紙に書き込んでいる（三つ目の言葉は<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/OIS_0321.jpg">vol38</a>に掲載）。</p><p>そのうちの一つが「何にも咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ」である。</p><p>この言葉は京都・大徳寺の僧侶尾関宗園氏の著書に記されており、確か高校時代に読んでメモをしたことを記憶している。監督として選手たちにどのような努力をすべきかを解く時に、しばしばこの言葉を引用させてもらった。</p><p>何も咲かないような寒い時期こそ、しっかりと根を張る努力をしなければならない。たとえ砂地であろうと岩盤に行く手を遮られようとそこを突き抜け、時には遠回りでも地道に包み込んで根を張る努力を怠ってはいけない。</p><p>地表からはその姿は見えないかもしれないが、やがてくる春を待って大輪の花を咲かせたいのであればそのような気持ちで取り組む事が必要だからと理解している。</p><p>この言葉をシドニーオリンピックで金メダルを獲得した高橋尚子さんがレース直後のTV出演のとき、色紙に書いて披露していただいた。</p><p>高橋さんは「何故なら高校時代の恩師が山梨学院大学箱根駅伝初出場の時に６区の山下りをやった中沢正仁先生でした。中沢先生が大学時代に、ことあるごとにこの言葉を聞かされてきたそうです。中沢先生が教師となってからは、私がことあるごとにこの言葉を聞いてきたからです」と話していただいた。</p><p>切磋琢磨の努力で向上してゆく。その積み重ねこそが根を張る努力であると認識している。</p><p>師走に入れば年の瀬が迫り来る。辰年とあらば、年の瀬は龍の背に乗り勢い良く超えてゆきたいところである。</p><p>12月は全国中学駅伝（15日）、全国高校駅伝（22日）・全日本大学女子選抜駅伝（30日）。年が明けると、元旦には全日本実業団駅伝、そして箱根駅伝。</p><p>切磋琢磨の日々をともに鍛えぬき、励まし合った仲間との団結と信頼であるタスキを肩にかけ、チームの誇りを胸に選手たちが走る。雲を突き抜け雷鳴を物ともせず、各選手たちが龍の如く駆け抜ける大会に向けて胸が高鳴り、心が躍る。</p><p>ケガや故障、体調不良などにならず、万全の状態で全ての選手が切磋琢磨の日々を思い切り出し切るレースが体現できることを願っている。</p><table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 75px;"><td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td></tr></tbody></table>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【箱根駅伝2025名鑑】山梨学院大学</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/152738</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 20 Nov 2024 20:12:19 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[箱根駅伝2025名鑑]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[選手名鑑]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=152738</guid>
		<gnf:modified>Tue, 10 Dec 2024 19:24:29 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Tue, 10 Dec 2024 19:24:29 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e8f7ef4965884d41a93fa746b7e37b12.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e8f7ef4965884d41a93fa746b7e37b12.jpg" />

				<description><![CDATA[<h2>山梨学院大学</h2>
<p>5年連続38回目<br />
<strong>前回順位　</strong>23位（予選会3位）<br />
<strong>過去最高順位　</strong>優勝<br />
<strong>至近10年総合成績</strong>（左が24年）<br />
23⑭⑱⑲－21⑱⑰⑧⑨</p>
<p><strong>三大駅伝優勝回数（24年成績）</strong><br />
箱　根　3回<br />
出　雲　6回<br />
全日本　0回</p>
<p><strong>チーム最高記録</strong><br />
往路　5時間31分05秒（24年）<br />
復路　5時間30分23秒（23年）<br />
総合　11時間04分02秒（23年）</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/da52950e5afb29dd28351045ff8bd2c7.jpg" alt="" width="95" height="134" class="alignnone size-full wp-image-153597" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/da52950e5afb29dd28351045ff8bd2c7.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/da52950e5afb29dd28351045ff8bd2c7-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 95px) 100vw, 95px" /><br />
<strong>監督</strong>　大﨑悟史<br />
<strong>主将</strong>　村上大樹<br />
<strong>主務</strong>　中島快都</p>
<p>マラソン五輪代表歴のある大﨑悟史コーチが2月に駅伝監督に就任。着々と強化を進め、箱根予選会では3位通過を果たした。留学生のジェームス・ムトゥクとブライアン・キピエゴは10000mで27分台を持ち、主将の村上大樹、世界クロカンにも出場した髙田尚暉、徳田秋斗ら最上級生が軸となる。近年の低迷から1つでも上の順位をうかがう。</p>
<p><strong>候補選手一覧（★はエントリー16名）</strong></p>
<table class=" aligncenter" style="width: 100%;">
<tbody>
<tr align="center" valign="middle">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">名前（学年）<br />
出身高<br />
10000m（樹立）<br />
ハーフ（樹立）<br />
5000m（樹立）<br />
出雲・全日本の成績<br />
過去の箱根成績<br />
（22年/23年/24年）<br />
特技<br />
走りたい区間</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/53979285bf2f56e1c11d5ad035d9af13.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153309" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/53979285bf2f56e1c11d5ad035d9af13.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/53979285bf2f56e1c11d5ad035d9af13-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
おおにし　りく<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>大西　陸</B></span>（4）★<br />
世羅（広島）<br />
2002年7月7日<br />
29.23.20（23年）<br />
1.04.58（22年）<br />
14.15.68（24年）<br />
―/―<br />
―/補欠/補欠<br />
特技：三点倒立<br />
走りたい区間：10区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/d19f2c14de7b2ae237856ea824daf041.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153310" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/d19f2c14de7b2ae237856ea824daf041.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/d19f2c14de7b2ae237856ea824daf041-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
たかだ　なおき<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>髙田　尚暉</B></span>（4）★<br />
花輪（秋田）<br />
2002年4月14日<br />
29.40.12（22年）<br />
1.03.51（22年）<br />
14.08.91（21年）<br />
―/―<br />
3区19位/6区10位/6区21位<br />
特技：バスケットボール<br />
走りたい区間：3区、6区、8区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e9329bef5587fea3ccc3e16e4479f4a0.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153311" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e9329bef5587fea3ccc3e16e4479f4a0.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e9329bef5587fea3ccc3e16e4479f4a0-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
どきや　はやと<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>土器屋　快都</B></span>（4）★<br />
四日市中央工（三重）<br />
2003年1月8日<br />
29.37.63（22年）<br />
1.04.55（24年）<br />
14.18.12（23年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
特技：テニスボールを2個乗せられる<br />
走りたい区間：10区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/fab4dc8a239c0485c680e53de8588ee4.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153312" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/fab4dc8a239c0485c680e53de8588ee4.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/fab4dc8a239c0485c680e53de8588ee4-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
とくだ　しゅうと<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>徳田　秋斗</B></span>（4）★<br />
福岡第一（福岡）<br />
2002年9月13日<br />
28.57.71（24年）<br />
1.03.37（23年）<br />
14.19.21（24年）<br />
―/―<br />
―/補欠/7区23位<br />
特技：サッカー、バレーボール<br />
走りたい区間：7区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/c058599122d73b3ea5adb84eb20a5aff.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153313" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/c058599122d73b3ea5adb84eb20a5aff.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/c058599122d73b3ea5adb84eb20a5aff-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
むらかみ　だいき<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>村上　大樹</B></span>（4/主将）★<br />
青森山田（青森）<br />
2002年4月2日<br />
28.42.31（24年）<br />
1.03.46（22年）<br />
13.48.82（23年）<br />
―/―<br />
―/3区19位/―<br />
特技：けん玉<br />
走りたい区間：3区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3e4a314b43a31fc8abf0027b8809cd28.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153314" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3e4a314b43a31fc8abf0027b8809cd28.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3e4a314b43a31fc8abf0027b8809cd28-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
じぇーむす　むとぅく<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>ジェームス・ムトゥク</B></span>（3）★<br />
ンゴニ（ケニア）<br />
2002年12月20日<br />
27.23.09（24年）<br />
1.00.46（23年）<br />
13.18.18（24年）<br />
―/―<br />
―/補欠/補欠<br />
特技：ダンス<br />
走りたい区間：2区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/82d3d23c68db0c673d04c8fbfdcfa5d7.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153315" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/82d3d23c68db0c673d04c8fbfdcfa5d7.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/82d3d23c68db0c673d04c8fbfdcfa5d7-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
つかもと　りくと<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>塚本　陸斗</B></span>（3）★<br />
藤枝明誠（静岡）<br />
2003年11月3日<br />
30.07.33（23年）<br />
1.04.49（23年）<br />
14.41.48（22年）<br />
―/―<br />
―/―/補欠<br />
特技：料理<br />
走りたい区間：9区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/426ff498f5421f9fd85dbe34cba60a45.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153316" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/426ff498f5421f9fd85dbe34cba60a45.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/426ff498f5421f9fd85dbe34cba60a45-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
ともむら　ひかる<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>友村　輝</B></span>（3）<br />
世羅（広島）<br />
2003年10月27日<br />
30.15.22（22年）<br />
1.06.33（24年）<br />
14.28.36（23年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
特技：釣り<br />
走りたい区間：9区
</td>
</tr>
</tbody>
</table>

<table class=" aligncenter" style="width: 100%;">
<tbody>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/2b303e2aa5b86b83ebbf2eb8673d5825.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153317" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/2b303e2aa5b86b83ebbf2eb8673d5825.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/2b303e2aa5b86b83ebbf2eb8673d5825-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
ひらやえ　みつき<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>平八重　充希</B></span>（3）★<br />
鹿児島実（鹿児島）<br />
2003年12月26日<br />
28.39.66（24年）<br />
1.04.43（24年）<br />
14.18.64（24年）<br />
―/―<br />
―/―/9区22位<br />
特技：ボール回し<br />
走りたい区間：1区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e0175be53c5c12f37c2c27c06bb8b040.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153318" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e0175be53c5c12f37c2c27c06bb8b040.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e0175be53c5c12f37c2c27c06bb8b040-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
みぞなが　れお<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>溝永　怜央</B></span>（3）<br />
報徳学園（兵庫）<br />
2003年9月13日<br />
28.56.81（24年）<br />
1.05.37（23年）<br />
14.18.23（24年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
特技：習字<br />
走りたい区間：6区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/d03f71f7bc8eae728d8c24af31554c0c.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153319" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/d03f71f7bc8eae728d8c24af31554c0c.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/d03f71f7bc8eae728d8c24af31554c0c-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
ゆげ　まさよし<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>弓削　征慶</B></span>（3）★<br />
洛南（京都）<br />
2003年4月3日<br />
30.35.67（24年）<br />
1.12.02（24年）<br />
14.43.86（21年）<br />
―/―<br />
―/―/5区11位<br />
特技：腕立て伏せ<br />
走りたい区間：1区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/8481ab643bc11d2b111f44a0f2b193f8.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153320" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/8481ab643bc11d2b111f44a0f2b193f8.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/8481ab643bc11d2b111f44a0f2b193f8-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
いとう　しゅん<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>伊東　駿</B></span>（2）★<br />
山梨学院（山梨）<br />
2005年3月1日<br />
29.25.28（24年）<br />
1.05.10（23年）<br />
14.29.54（24年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
特技：長縄跳び<br />
走りたい区間：1区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/ebc8404c4c5320b8ddbdc1c1814cd471.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153321" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/ebc8404c4c5320b8ddbdc1c1814cd471.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/ebc8404c4c5320b8ddbdc1c1814cd471-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
うらべ　とわ<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>占部　大和</B></span>（2）<br />
九産大九州（福岡）<br />
2005年1月20日<br />
29.17.03（23年）<br />
1.04.39（23年）<br />
14.17.76（22年）<br />
―/―<br />
―/―/10区19位<br />
特技：バレーボール<br />
走りたい区間：10区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/1e2a025d541c18041ea1e549b28b0c7d.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153322" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/1e2a025d541c18041ea1e549b28b0c7d.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/1e2a025d541c18041ea1e549b28b0c7d-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
たばら　しょうま<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>田原　匠真</B></span>（2）★<br />
平田（島根）<br />
2004年11月27日<br />
29.23.81（24年）<br />
1.04.07（24年）<br />
14.26.99（24年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
特技：どこでも寝られる<br />
走りたい区間：10区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/dba40f16c891e051038d913f2ef9622f.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153323" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/dba40f16c891e051038d913f2ef9622f.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/dba40f16c891e051038d913f2ef9622f-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
なんば　きよとら<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>南葉　聖琥</B></span>（2）<br />
玉野光南（岡山）<br />
2005年3月21日<br />
29.54.85（24年）<br />
1.07.36（23年）<br />
14.28.19（24年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
特技：麻雀、バスケットボール<br />
走りたい区間：3区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3b6dcf62a24b854875e78ccc924f245b.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153324" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3b6dcf62a24b854875e78ccc924f245b.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3b6dcf62a24b854875e78ccc924f245b-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
はぶ　けいと<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>土生　慶人</B></span>（2）<br />
利府（宮城）<br />
2004年7月11日<br />
29.30.90（24年）<br />
1.05.53（24年）<br />
14.41.54（22年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
特技：絵を描く<br />
走りたい区間：3区
</td>
</tr>
</tbody>
</table>

<table class=" aligncenter" style="width: 100%;">
<tbody>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/beea4e4a6943a23757326c2e4ebacc60.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153325" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/beea4e4a6943a23757326c2e4ebacc60.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/beea4e4a6943a23757326c2e4ebacc60-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
ひらい　つばさ<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>平井　翼</B></span>（2）<br />
愛知（愛知）<br />
2004年6月19日<br />
30.08.57（24年）<br />
1.05.45（23年）<br />
14.20.70（24年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
特技：リフティング<br />
走りたい区間：10区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/b746558faaa0b27b9ed4a6cc4c199d43.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153326" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/b746558faaa0b27b9ed4a6cc4c199d43.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/b746558faaa0b27b9ed4a6cc4c199d43-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
ぶらいあん　きぴえご<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>ブライアン・キピエゴ</B></span>（2）★<br />
カプカテット（ケニア）<br />
2004年10月10日<br />
27.42.76（24年）<br />
1.01.02（24年）<br />
13.22.58（24年）<br />
―/―<br />
―/―/2区9位<br />
特技：指笛<br />
走りたい区間：2区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3ba6f3e9584e707c075dd7f25ff12983.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153327" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3ba6f3e9584e707c075dd7f25ff12983.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3ba6f3e9584e707c075dd7f25ff12983-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
まきの　かいと<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>牧野　海斗</B></span>（2）<br />
名経大高蔵（愛知）<br />
2004年7月28日<br />
30.12.80（24年）<br />
―<br />
14.15.87（24年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
特技：早起き<br />
走りたい区間：10区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/864eec412b68e64c0b309725ce93b134.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153328" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/864eec412b68e64c0b309725ce93b134.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/864eec412b68e64c0b309725ce93b134-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
わだ　あきと<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>和田　瑛登</B></span>（2）★<br />
山梨学院（山梨）<br />
2005年1月26日<br />
29.06.98（24年）<br />
1.03.48（24年）<br />
14.20.42（22年）<br />
―/―<br />
―/―/4区17位<br />
特技：料理<br />
走りたい区間：4区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/0e8ac31fe7c07b1588159be2aedf51cb.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153329" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/0e8ac31fe7c07b1588159be2aedf51cb.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/0e8ac31fe7c07b1588159be2aedf51cb-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
あべ　ひろや<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>阿部　紘也</B></span>（1）★<br />
中部大一（愛知）<br />
2005年8月11日<br />
29.17.92（24年）<br />
1.05.08（24年）<br />
14.22.95（23年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
特技：リズムゲーム<br />
走りたい区間：5区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/fd46d91bb69107852a9930ab1e6e7e30.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153330" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/fd46d91bb69107852a9930ab1e6e7e30.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/fd46d91bb69107852a9930ab1e6e7e30-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
おおすぎ　りょうたろう<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>大杉　亮太朗</B></span>（1）★<br />
札幌山の手（北海道）<br />
2006年1月5日<br />
29.35.93（24年）<br />
1.03.56（24年）<br />
14.15.78（23年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
特技：マシュマロキャッチ<br />
走りたい区間：1区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/9f7029f9136d7ba733f4a6eb5f8b5b22.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153331" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/9f7029f9136d7ba733f4a6eb5f8b5b22.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/9f7029f9136d7ba733f4a6eb5f8b5b22-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
たかはし　ふうが<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>高橋　楓河</B></span>（1）★<br />
秋田工（秋田）<br />
2005年12月20日<br />
29.39.40（24年）<br />
1.04.37（24年）<br />
14.35.58（23年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
特技：バスケットボール<br />
走りたい区間：2区
</td>
</tr>
<tr align="center">
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/518f1dcab19347cc47f7f2fcf17651eb.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153332" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/518f1dcab19347cc47f7f2fcf17651eb.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/518f1dcab19347cc47f7f2fcf17651eb-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td>
<td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">
まつおか　いっせい<br />
<span style="font-size: 14pt;"><B>松岡　一星</B></span>（1）<br />
九里学園（山形）<br />
2005年9月4日<br />
30.10.54（24年）<br />
1.05.11（24年）<br />
14.29.24（24年）<br />
―/―<br />
―/―/―<br />
特技：人と話す<br />
走りたい区間：4区、10区
</td>
</tr>
</tbody>
</table>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<h2>山梨学院大学</h2><p>5年連続38回目<br /><strong>前回順位　</strong>23位（予選会3位）<br /><strong>過去最高順位　</strong>優勝<br /><strong>至近10年総合成績</strong>（左が24年）<br />23⑭⑱⑲－21⑱⑰⑧⑨</p><p><strong>三大駅伝優勝回数（24年成績）</strong><br />箱　根　3回<br />出　雲　6回<br />全日本　0回</p><p><strong>チーム最高記録</strong><br />往路　5時間31分05秒（24年）<br />復路　5時間30分23秒（23年）<br />総合　11時間04分02秒（23年）</p><p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/da52950e5afb29dd28351045ff8bd2c7.jpg" alt="" width="95" height="134" class="alignnone size-full wp-image-153597" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/da52950e5afb29dd28351045ff8bd2c7.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/da52950e5afb29dd28351045ff8bd2c7-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 95px) 100vw, 95px" /><br /><strong>監督</strong>　大﨑悟史<br /><strong>主将</strong>　村上大樹<br /><strong>主務</strong>　中島快都</p><p>マラソン五輪代表歴のある大﨑悟史コーチが2月に駅伝監督に就任。着々と強化を進め、箱根予選会では3位通過を果たした。留学生のジェームス・ムトゥクとブライアン・キピエゴは10000mで27分台を持ち、主将の村上大樹、世界クロカンにも出場した髙田尚暉、徳田秋斗ら最上級生が軸となる。近年の低迷から1つでも上の順位をうかがう。</p><p><strong>候補選手一覧（★はエントリー16名）</strong></p><table class=" aligncenter" style="width: 100%;"><tbody><tr align="center" valign="middle"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">名前（学年）<br />出身高<br />10000m（樹立）<br />ハーフ（樹立）<br />5000m（樹立）<br />出雲・全日本の成績<br />過去の箱根成績<br />（22年/23年/24年）<br />特技<br />走りたい区間</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/53979285bf2f56e1c11d5ad035d9af13.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153309" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/53979285bf2f56e1c11d5ad035d9af13.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/53979285bf2f56e1c11d5ad035d9af13-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">おおにし　りく<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>大西　陸</B></span>（4）★<br />世羅（広島）<br />2002年7月7日<br />29.23.20（23年）<br />1.04.58（22年）<br />14.15.68（24年）<br />―/―<br />―/補欠/補欠<br />特技：三点倒立<br />走りたい区間：10区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/d19f2c14de7b2ae237856ea824daf041.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153310" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/d19f2c14de7b2ae237856ea824daf041.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/d19f2c14de7b2ae237856ea824daf041-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">たかだ　なおき<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>髙田　尚暉</B></span>（4）★<br />花輪（秋田）<br />2002年4月14日<br />29.40.12（22年）<br />1.03.51（22年）<br />14.08.91（21年）<br />―/―<br />3区19位/6区10位/6区21位<br />特技：バスケットボール<br />走りたい区間：3区、6区、8区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e9329bef5587fea3ccc3e16e4479f4a0.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153311" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e9329bef5587fea3ccc3e16e4479f4a0.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e9329bef5587fea3ccc3e16e4479f4a0-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">どきや　はやと<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>土器屋　快都</B></span>（4）★<br />四日市中央工（三重）<br />2003年1月8日<br />29.37.63（22年）<br />1.04.55（24年）<br />14.18.12（23年）<br />―/―<br />―/―/―<br />特技：テニスボールを2個乗せられる<br />走りたい区間：10区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/fab4dc8a239c0485c680e53de8588ee4.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153312" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/fab4dc8a239c0485c680e53de8588ee4.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/fab4dc8a239c0485c680e53de8588ee4-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">とくだ　しゅうと<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>徳田　秋斗</B></span>（4）★<br />福岡第一（福岡）<br />2002年9月13日<br />28.57.71（24年）<br />1.03.37（23年）<br />14.19.21（24年）<br />―/―<br />―/補欠/7区23位<br />特技：サッカー、バレーボール<br />走りたい区間：7区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/c058599122d73b3ea5adb84eb20a5aff.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153313" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/c058599122d73b3ea5adb84eb20a5aff.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/c058599122d73b3ea5adb84eb20a5aff-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">むらかみ　だいき<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>村上　大樹</B></span>（4/主将）★<br />青森山田（青森）<br />2002年4月2日<br />28.42.31（24年）<br />1.03.46（22年）<br />13.48.82（23年）<br />―/―<br />―/3区19位/―<br />特技：けん玉<br />走りたい区間：3区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3e4a314b43a31fc8abf0027b8809cd28.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153314" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3e4a314b43a31fc8abf0027b8809cd28.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3e4a314b43a31fc8abf0027b8809cd28-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">じぇーむす　むとぅく<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>ジェームス・ムトゥク</B></span>（3）★<br />ンゴニ（ケニア）<br />2002年12月20日<br />27.23.09（24年）<br />1.00.46（23年）<br />13.18.18（24年）<br />―/―<br />―/補欠/補欠<br />特技：ダンス<br />走りたい区間：2区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/82d3d23c68db0c673d04c8fbfdcfa5d7.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153315" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/82d3d23c68db0c673d04c8fbfdcfa5d7.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/82d3d23c68db0c673d04c8fbfdcfa5d7-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">つかもと　りくと<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>塚本　陸斗</B></span>（3）★<br />藤枝明誠（静岡）<br />2003年11月3日<br />30.07.33（23年）<br />1.04.49（23年）<br />14.41.48（22年）<br />―/―<br />―/―/補欠<br />特技：料理<br />走りたい区間：9区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/426ff498f5421f9fd85dbe34cba60a45.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153316" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/426ff498f5421f9fd85dbe34cba60a45.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/426ff498f5421f9fd85dbe34cba60a45-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">ともむら　ひかる<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>友村　輝</B></span>（3）<br />世羅（広島）<br />2003年10月27日<br />30.15.22（22年）<br />1.06.33（24年）<br />14.28.36（23年）<br />―/―<br />―/―/―<br />特技：釣り<br />走りたい区間：9区</td></tr></tbody></table><table class=" aligncenter" style="width: 100%;"><tbody><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/2b303e2aa5b86b83ebbf2eb8673d5825.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153317" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/2b303e2aa5b86b83ebbf2eb8673d5825.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/2b303e2aa5b86b83ebbf2eb8673d5825-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">ひらやえ　みつき<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>平八重　充希</B></span>（3）★<br />鹿児島実（鹿児島）<br />2003年12月26日<br />28.39.66（24年）<br />1.04.43（24年）<br />14.18.64（24年）<br />―/―<br />―/―/9区22位<br />特技：ボール回し<br />走りたい区間：1区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e0175be53c5c12f37c2c27c06bb8b040.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153318" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e0175be53c5c12f37c2c27c06bb8b040.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/e0175be53c5c12f37c2c27c06bb8b040-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">みぞなが　れお<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>溝永　怜央</B></span>（3）<br />報徳学園（兵庫）<br />2003年9月13日<br />28.56.81（24年）<br />1.05.37（23年）<br />14.18.23（24年）<br />―/―<br />―/―/―<br />特技：習字<br />走りたい区間：6区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/d03f71f7bc8eae728d8c24af31554c0c.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153319" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/d03f71f7bc8eae728d8c24af31554c0c.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/d03f71f7bc8eae728d8c24af31554c0c-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">ゆげ　まさよし<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>弓削　征慶</B></span>（3）★<br />洛南（京都）<br />2003年4月3日<br />30.35.67（24年）<br />1.12.02（24年）<br />14.43.86（21年）<br />―/―<br />―/―/5区11位<br />特技：腕立て伏せ<br />走りたい区間：1区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/8481ab643bc11d2b111f44a0f2b193f8.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153320" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/8481ab643bc11d2b111f44a0f2b193f8.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/8481ab643bc11d2b111f44a0f2b193f8-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">いとう　しゅん<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>伊東　駿</B></span>（2）★<br />山梨学院（山梨）<br />2005年3月1日<br />29.25.28（24年）<br />1.05.10（23年）<br />14.29.54（24年）<br />―/―<br />―/―/―<br />特技：長縄跳び<br />走りたい区間：1区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/ebc8404c4c5320b8ddbdc1c1814cd471.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153321" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/ebc8404c4c5320b8ddbdc1c1814cd471.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/ebc8404c4c5320b8ddbdc1c1814cd471-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">うらべ　とわ<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>占部　大和</B></span>（2）<br />九産大九州（福岡）<br />2005年1月20日<br />29.17.03（23年）<br />1.04.39（23年）<br />14.17.76（22年）<br />―/―<br />―/―/10区19位<br />特技：バレーボール<br />走りたい区間：10区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/1e2a025d541c18041ea1e549b28b0c7d.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153322" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/1e2a025d541c18041ea1e549b28b0c7d.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/1e2a025d541c18041ea1e549b28b0c7d-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">たばら　しょうま<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>田原　匠真</B></span>（2）★<br />平田（島根）<br />2004年11月27日<br />29.23.81（24年）<br />1.04.07（24年）<br />14.26.99（24年）<br />―/―<br />―/―/―<br />特技：どこでも寝られる<br />走りたい区間：10区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/dba40f16c891e051038d913f2ef9622f.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153323" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/dba40f16c891e051038d913f2ef9622f.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/dba40f16c891e051038d913f2ef9622f-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">なんば　きよとら<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>南葉　聖琥</B></span>（2）<br />玉野光南（岡山）<br />2005年3月21日<br />29.54.85（24年）<br />1.07.36（23年）<br />14.28.19（24年）<br />―/―<br />―/―/―<br />特技：麻雀、バスケットボール<br />走りたい区間：3区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3b6dcf62a24b854875e78ccc924f245b.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153324" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3b6dcf62a24b854875e78ccc924f245b.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3b6dcf62a24b854875e78ccc924f245b-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">はぶ　けいと<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>土生　慶人</B></span>（2）<br />利府（宮城）<br />2004年7月11日<br />29.30.90（24年）<br />1.05.53（24年）<br />14.41.54（22年）<br />―/―<br />―/―/―<br />特技：絵を描く<br />走りたい区間：3区</td></tr></tbody></table><table class=" aligncenter" style="width: 100%;"><tbody><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/beea4e4a6943a23757326c2e4ebacc60.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153325" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/beea4e4a6943a23757326c2e4ebacc60.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/beea4e4a6943a23757326c2e4ebacc60-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">ひらい　つばさ<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>平井　翼</B></span>（2）<br />愛知（愛知）<br />2004年6月19日<br />30.08.57（24年）<br />1.05.45（23年）<br />14.20.70（24年）<br />―/―<br />―/―/―<br />特技：リフティング<br />走りたい区間：10区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/b746558faaa0b27b9ed4a6cc4c199d43.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153326" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/b746558faaa0b27b9ed4a6cc4c199d43.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/b746558faaa0b27b9ed4a6cc4c199d43-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">ぶらいあん　きぴえご<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>ブライアン・キピエゴ</B></span>（2）★<br />カプカテット（ケニア）<br />2004年10月10日<br />27.42.76（24年）<br />1.01.02（24年）<br />13.22.58（24年）<br />―/―<br />―/―/2区9位<br />特技：指笛<br />走りたい区間：2区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3ba6f3e9584e707c075dd7f25ff12983.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153327" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3ba6f3e9584e707c075dd7f25ff12983.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/3ba6f3e9584e707c075dd7f25ff12983-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">まきの　かいと<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>牧野　海斗</B></span>（2）<br />名経大高蔵（愛知）<br />2004年7月28日<br />30.12.80（24年）<br />―<br />14.15.87（24年）<br />―/―<br />―/―/―<br />特技：早起き<br />走りたい区間：10区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/864eec412b68e64c0b309725ce93b134.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153328" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/864eec412b68e64c0b309725ce93b134.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/864eec412b68e64c0b309725ce93b134-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">わだ　あきと<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>和田　瑛登</B></span>（2）★<br />山梨学院（山梨）<br />2005年1月26日<br />29.06.98（24年）<br />1.03.48（24年）<br />14.20.42（22年）<br />―/―<br />―/―/4区17位<br />特技：料理<br />走りたい区間：4区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/0e8ac31fe7c07b1588159be2aedf51cb.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153329" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/0e8ac31fe7c07b1588159be2aedf51cb.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/0e8ac31fe7c07b1588159be2aedf51cb-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">あべ　ひろや<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>阿部　紘也</B></span>（1）★<br />中部大一（愛知）<br />2005年8月11日<br />29.17.92（24年）<br />1.05.08（24年）<br />14.22.95（23年）<br />―/―<br />―/―/―<br />特技：リズムゲーム<br />走りたい区間：5区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/fd46d91bb69107852a9930ab1e6e7e30.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153330" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/fd46d91bb69107852a9930ab1e6e7e30.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/fd46d91bb69107852a9930ab1e6e7e30-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">おおすぎ　りょうたろう<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>大杉　亮太朗</B></span>（1）★<br />札幌山の手（北海道）<br />2006年1月5日<br />29.35.93（24年）<br />1.03.56（24年）<br />14.15.78（23年）<br />―/―<br />―/―/―<br />特技：マシュマロキャッチ<br />走りたい区間：1区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/9f7029f9136d7ba733f4a6eb5f8b5b22.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153331" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/9f7029f9136d7ba733f4a6eb5f8b5b22.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/9f7029f9136d7ba733f4a6eb5f8b5b22-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">たかはし　ふうが<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>高橋　楓河</B></span>（1）★<br />秋田工（秋田）<br />2005年12月20日<br />29.39.40（24年）<br />1.04.37（24年）<br />14.35.58（23年）<br />―/―<br />―/―/―<br />特技：バスケットボール<br />走りたい区間：2区</td></tr><tr align="center"><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 35%;"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/518f1dcab19347cc47f7f2fcf17651eb.jpg" alt="" width="378" height="535" class="alignnone size-full wp-image-153332" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/518f1dcab19347cc47f7f2fcf17651eb.jpg 378w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/11/518f1dcab19347cc47f7f2fcf17651eb-212x300.jpg 212w" sizes="auto, (max-width: 378px) 100vw, 378px" /></td><td style="text-align: center; vertical-align: middle; width: 65%;">まつおか　いっせい<br /><span style="font-size: 14pt;"><B>松岡　一星</B></span>（1）<br />九里学園（山形）<br />2005年9月4日<br />30.10.54（24年）<br />1.05.11（24年）<br />14.29.24（24年）<br />―/―<br />―/―/―<br />特技：人と話す<br />走りたい区間：4区、10区</td></tr></tbody></table>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第50回「刹那の差を生んだ箱根駅伝予選会～それぞれのドラマを紡いで～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/150642</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 01 Nov 2024 17:57:26 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝予選会]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=150642</guid>
		<gnf:modified>Fri, 01 Nov 2024 17:43:40 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 01 Nov 2024 17:43:40 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/FN1_0134.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/FN1_0134.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第50回「刹那の差を生んだ予選会～それぞれのドラマを紡いで～」</h2>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/FN1_0134.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">10月19日行われた第101回箱根駅伝予選会</span></p></div>
<p>一瞬の出来事を表す表現に“刹那”がある。由来は仏教における時間の最小単位だそうだ。</p>
<p>箱根駅伝予選会はハーフマラソンの距離を各校チーム最大12名が走り、トップ10名の記録を合計したもので順位づけられる。</p>
<p>ハーフマラソンは21.0975km×10＝210.975km。箱根駅伝の往復217.1kmに匹敵する距離である。</p>
<p>10位・順天堂大学　11時間01分12秒<br />
11位・東京農業大学11時間01分13秒</p>
<p>明暗を分けた1秒。1人0.1秒の差はまさに“刹那の差”と表現せざるを得ない。</p>
<p>過去11回の優勝経験のある順大が10位。エース・前田和摩（2年）が不在でも、あと1秒及ばなかった東農大。机上の起算や下馬評が的中しないほど高温多湿のレース環境は、選手の体力を蝕んだことは事実であろう。</p>
<p>東海大の10番目でフィニッシュするはずであった選手。フィニッシュまで残り10mだった。目前にして気力を振り絞り、本能的にもそこに到達しようと渾身の力を振り絞ろうとしたはずだ。</p>
<p>20kmの通過が1時間2分31秒で100位前後の通過。1時間6分を割るゴールタイムを関係者は予測したはずだ。しかし、熱中症による脱水症状はその気力をも闇に閉じ込めてしまった。</p>
<p>ゴール手前で棄権を余儀なくされてしまったその刹那、選手の無念と関係者の悲痛な思いが心象風景となって私の胸を締め付ける。</p>
<p>結果的にチーム10番目は396位で1時間12分29秒、11番目が401番目で1時間12分47秒。1時間10分以内で走破していれば10位通過となっていたことを思えば悔やまれる。</p>
<p>レースが終了すれば、言い訳などは語れない。「たら・れば」談義は外野がするものとはいえ、レースの詳細を分析せずにはいられない。</p>
<p>出場権を争った上位チームで途中棄権を余儀なくされたのは、東海大学以外に東京国際大、神奈川大、日体大、国士大。日大は12番目の選手も完走者リザルトの最終盤、1時間18分19秒の480位。歩くようにやっとの思いでゴールしている。</p>
<p>参加44チームのうち、途中棄権は6人。その中で上位を争う大学が5チームあったことは出場権を懸けてリスキーなペース配分を余儀なくされたのか。はたまた、プレッシャーからくる体調の異変が加味されたのかは知れぬと思いを巡らせた。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/FY1_0838.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">箱根駅伝予選会の結果発表ボード。10位順大と11位東農大の差はわずか1秒だった</span></p></div>
<p>箱根駅伝予選会の2週間後には、大学駅伝日本一決定戦ともいえる全日本大学駅伝が控えている。近年の高速化に対応しようと、スピードの適応性を高めて挑む必要がある。</p>
<p>トレーニング医科学の進歩とともにトレーニング方法もブラッシュアップが図られ、その結果、スピード化が各チームの平均タイムの向上として表れている。厚底シューズやカーボンプレート入りスパイクの登場が高速化にさらに拍車をかけていることに疑う余地はない。</p>
<p>しかしながら、最終的には鍛え抜かれた肉体と精神の戦いがすべてを凌駕すると信じている。その中で今回の箱根駅伝予選会を俯瞰すれば、東海大や中大などは全日本大学駅伝で覇を競い合うためにスピード対応を重視したのかもしれない。</p>
<p>今回のように過酷な気象条件にあってはベーシックにスタミナ重視の有酸素系トレーニングの厚みを優先し、慎重にレースを進めたチームに軍配が上がったと捉えている。</p>
<p>その筆頭が2年ぶりに本戦復帰を決めた専大であろう。レース展開以上に、チームという集団の熱量（箱根駅伝に対する思いの丈）が、培ってきた走力を存分に発揮させ総合2位で出場権をもぎ取っていったからだ。</p>
<p>箱根駅伝10区間の激走まで2か月半。山を含めたそれぞれの区間の役割と特性を踏まえた中で、タスキをかけての継走戦となる。今回の予選会のように、机上の計算と下馬評が的中しないほどに選手を翻弄する気象条件でないことを願いたい。</p>
<p>とはいえ、いかなる条件下であろうともリザルトを受け止める覚悟が必要であろう。なぜなら、スタートラインに立つまでは最善を尽くし万全を期す。そしてレースは死力を尽くし最良の結果を求めて挑んだ中での結果だからだ。</p>
<p>予選会参加44チームとシード10校を含む54大学以外の関東学連加盟校からも箱根駅伝の2日間の補助員が動員される。前回大会は64大学計1794人であった。</p>
<p>箱根駅伝当日は黄色のジャンパーに身を包み、沿道の走路補助員として走路及び沿道の観衆のみなさんの安全確保を担っている。（年末特別編<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/21270">「黄色きウェアーでランナーに背を向けて立つ君たちへ～」</a>）</p>
<p>タスキをかけた継走戦と先ほど書かせていただいた。箱根駅伝を走る幸せや喜びは、20チームの代表選手だけのためにあるのではない。関東学連加盟校の同じ学生たちが箱根駅伝に懸ける思いを共有していることを、少しだけタスキのどこかに込めて走っていただきたいと願う。</p>
<p>勝者を常に讃えることはいとわないが、箱根駅伝はスポットライトの当たらぬ中にもそれぞれのヒューマンドラマが数多く紡がれているからだ。</p>
<table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 75px;">
<td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第50回「刹那の差を生んだ予選会～それぞれのドラマを紡いで～」</h2><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/FN1_0134.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">10月19日行われた第101回箱根駅伝予選会</span></p></div><p>一瞬の出来事を表す表現に“刹那”がある。由来は仏教における時間の最小単位だそうだ。</p><p>箱根駅伝予選会はハーフマラソンの距離を各校チーム最大12名が走り、トップ10名の記録を合計したもので順位づけられる。</p><p>ハーフマラソンは21.0975km×10＝210.975km。箱根駅伝の往復217.1kmに匹敵する距離である。</p><p>10位・順天堂大学　11時間01分12秒<br />11位・東京農業大学11時間01分13秒</p><p>明暗を分けた1秒。1人0.1秒の差はまさに“刹那の差”と表現せざるを得ない。</p><p>過去11回の優勝経験のある順大が10位。エース・前田和摩（2年）が不在でも、あと1秒及ばなかった東農大。机上の起算や下馬評が的中しないほど高温多湿のレース環境は、選手の体力を蝕んだことは事実であろう。</p><p>東海大の10番目でフィニッシュするはずであった選手。フィニッシュまで残り10mだった。目前にして気力を振り絞り、本能的にもそこに到達しようと渾身の力を振り絞ろうとしたはずだ。</p><p>20kmの通過が1時間2分31秒で100位前後の通過。1時間6分を割るゴールタイムを関係者は予測したはずだ。しかし、熱中症による脱水症状はその気力をも闇に閉じ込めてしまった。</p><p>ゴール手前で棄権を余儀なくされてしまったその刹那、選手の無念と関係者の悲痛な思いが心象風景となって私の胸を締め付ける。</p><p>結果的にチーム10番目は396位で1時間12分29秒、11番目が401番目で1時間12分47秒。1時間10分以内で走破していれば10位通過となっていたことを思えば悔やまれる。</p><p>レースが終了すれば、言い訳などは語れない。「たら・れば」談義は外野がするものとはいえ、レースの詳細を分析せずにはいられない。</p><p>出場権を争った上位チームで途中棄権を余儀なくされたのは、東海大学以外に東京国際大、神奈川大、日体大、国士大。日大は12番目の選手も完走者リザルトの最終盤、1時間18分19秒の480位。歩くようにやっとの思いでゴールしている。</p><p>参加44チームのうち、途中棄権は6人。その中で上位を争う大学が5チームあったことは出場権を懸けてリスキーなペース配分を余儀なくされたのか。はたまた、プレッシャーからくる体調の異変が加味されたのかは知れぬと思いを巡らせた。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/FY1_0838.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">箱根駅伝予選会の結果発表ボード。10位順大と11位東農大の差はわずか1秒だった</span></p></div><p>箱根駅伝予選会の2週間後には、大学駅伝日本一決定戦ともいえる全日本大学駅伝が控えている。近年の高速化に対応しようと、スピードの適応性を高めて挑む必要がある。</p><p>トレーニング医科学の進歩とともにトレーニング方法もブラッシュアップが図られ、その結果、スピード化が各チームの平均タイムの向上として表れている。厚底シューズやカーボンプレート入りスパイクの登場が高速化にさらに拍車をかけていることに疑う余地はない。</p><p>しかしながら、最終的には鍛え抜かれた肉体と精神の戦いがすべてを凌駕すると信じている。その中で今回の箱根駅伝予選会を俯瞰すれば、東海大や中大などは全日本大学駅伝で覇を競い合うためにスピード対応を重視したのかもしれない。</p><p>今回のように過酷な気象条件にあってはベーシックにスタミナ重視の有酸素系トレーニングの厚みを優先し、慎重にレースを進めたチームに軍配が上がったと捉えている。</p><p>その筆頭が2年ぶりに本戦復帰を決めた専大であろう。レース展開以上に、チームという集団の熱量（箱根駅伝に対する思いの丈）が、培ってきた走力を存分に発揮させ総合2位で出場権をもぎ取っていったからだ。</p><p>箱根駅伝10区間の激走まで2か月半。山を含めたそれぞれの区間の役割と特性を踏まえた中で、タスキをかけての継走戦となる。今回の予選会のように、机上の計算と下馬評が的中しないほどに選手を翻弄する気象条件でないことを願いたい。</p><p>とはいえ、いかなる条件下であろうともリザルトを受け止める覚悟が必要であろう。なぜなら、スタートラインに立つまでは最善を尽くし万全を期す。そしてレースは死力を尽くし最良の結果を求めて挑んだ中での結果だからだ。</p><p>予選会参加44チームとシード10校を含む54大学以外の関東学連加盟校からも箱根駅伝の2日間の補助員が動員される。前回大会は64大学計1794人であった。</p><p>箱根駅伝当日は黄色のジャンパーに身を包み、沿道の走路補助員として走路及び沿道の観衆のみなさんの安全確保を担っている。（年末特別編<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/21270">「黄色きウェアーでランナーに背を向けて立つ君たちへ～」</a>）</p><p>タスキをかけた継走戦と先ほど書かせていただいた。箱根駅伝を走る幸せや喜びは、20チームの代表選手だけのためにあるのではない。関東学連加盟校の同じ学生たちが箱根駅伝に懸ける思いを共有していることを、少しだけタスキのどこかに込めて走っていただきたいと願う。</p><p>勝者を常に讃えることはいとわないが、箱根駅伝はスポットライトの当たらぬ中にもそれぞれのヒューマンドラマが数多く紡がれているからだ。</p><table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 75px;"><td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td></tr></tbody></table>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>山梨学大は手堅く3位通過 初采配の大﨑悟史監督「今日だけは喜んでまた明日から」／箱根駅伝予選会</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/149750</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 19 Oct 2024 15:12:55 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝予選会]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=149750</guid>
		<gnf:modified>Sat, 19 Oct 2024 15:12:55 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sat, 19 Oct 2024 15:12:55 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/Z8A_6568.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/Z8A_6568.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>◇第101回箱根駅伝予選会（10月19日／東京・陸上自衛隊立川駐屯地スタート、昭和記念公園フィニッシュ：21.0975km）</p>
<p>第101回箱根駅伝予選会が行われ、山梨学大が10時間54分06秒の3位で5年連続35回目の本戦出場を決めた。</p>
<p>留学生のブライアン・キピエゴ（2年）を軸に、山梨学大は上位層と中間層の奮闘が光った。</p>
<p>関東インカレ1部ハーフマラソンで優勝しているキピエゴ、徳田秋斗（4年）、平八重充希（3年）が個人走でタイムを稼ぎ、村上大樹（4年）が集団走のペースメーカーを担うプランで臨んだ。</p>
<p>キピエゴは終盤まで先頭争いを繰り広げ、個人トップと3秒差の2位。さらにルーキーの阿部紘也（1年）がチーム内2番手の45位に入り、集団走から遅れた選手も100位台で踏ん張った。大﨑悟史監督は「1年生があそこまで頑張ってくれましたし、遅れた子も最後に盛り返してくれました」とうなずく。</p>
<p>ペースメーカーを務めた村上は「暑さもあったので、特に後ろの選手にはプランは伝えていませんでしたが、自分でコントロールしながら走ることができました」と納得顔。1年生の快走には「うまく力を引き出せました」と振り返る。</p>
<p>2008年北京五輪マラソン代表で、今回が予選会初采配となった大﨑監督は「ホッとしましたね」と吐露。「選手たちが本当に頑張ってくれています。その子たちを伸ばす一心でやっています」と話す。</p>
<p>本戦については「今のところは白紙です。今日だけは喜んで、また明日から取り組んでいきたいです」と指揮官。決して慢心することなく、箱根路へと仕上げていくつもりだ。</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
<p>関連記事はありません。</p>
</div>
]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>◇第101回箱根駅伝予選会（10月19日／東京・陸上自衛隊立川駐屯地スタート、昭和記念公園フィニッシュ：21.0975km）</p><p>第101回箱根駅伝予選会が行われ、山梨学大が10時間54分06秒の3位で5年連続35回目の本戦出場を決めた。</p><p>留学生のブライアン・キピエゴ（2年）を軸に、山梨学大は上位層と中間層の奮闘が光った。</p><p>関東インカレ1部ハーフマラソンで優勝しているキピエゴ、徳田秋斗（4年）、平八重充希（3年）が個人走でタイムを稼ぎ、村上大樹（4年）が集団走のペースメーカーを担うプランで臨んだ。</p><p>キピエゴは終盤まで先頭争いを繰り広げ、個人トップと3秒差の2位。さらにルーキーの阿部紘也（1年）がチーム内2番手の45位に入り、集団走から遅れた選手も100位台で踏ん張った。大﨑悟史監督は「1年生があそこまで頑張ってくれましたし、遅れた子も最後に盛り返してくれました」とうなずく。</p><p>ペースメーカーを務めた村上は「暑さもあったので、特に後ろの選手にはプランは伝えていませんでしたが、自分でコントロールしながら走ることができました」と納得顔。1年生の快走には「うまく力を引き出せました」と振り返る。</p><p>2008年北京五輪マラソン代表で、今回が予選会初采配となった大﨑監督は「ホッとしましたね」と吐露。「選手たちが本当に頑張ってくれています。その子たちを伸ばす一心でやっています」と話す。</p><p>本戦については「今のところは白紙です。今日だけは喜んで、また明日から取り組んでいきたいです」と指揮官。決して慢心することなく、箱根路へと仕上げていくつもりだ。</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>3位通過は山梨学大！前回13位の薄氷通過から１年、4年生軸にキピエゴ、1年生・阿部紘也が牽引／箱根駅伝予選会</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/149696</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 19 Oct 2024 13:00:24 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝予選会]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=149696</guid>
		<gnf:modified>Sat, 19 Oct 2024 13:02:44 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sat, 19 Oct 2024 13:02:44 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/S__4866052.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/S__4866052.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>◇第101回箱根駅伝予選会（10月19日／東京・陸上自衛隊立川駐屯地スタート、昭和記念公園フィニッシュ：21.0975km）</p>
<p>第101回箱根駅伝予選会が行われ、立大が10時間52分36秒で堂々のトップを占めた。</p>
<p>堂々の3位を占めたのが山梨学大。前回は100回大会記念として出場校が3枠増大する中で13位、次点の14位だった東京国際大との差はわずかに「3秒」という薄氷の通過だったが、今回は10時間54分06秒で力強く5年連続38回目の出場を決めた。</p>
<p>関東インカレ1部ハーフマラソン2連覇のブライアン・キピエゴが貯金を作り、日本勢が集団の中で安定したペースを刻んでいく。10kmからは通過圏内を余裕を持ってキープし続けた。</p>
<p>キピエゴが日大のシャドラック・キップケメイ（2年）とのトップ争いには敗れたものの、1時間1分07秒で2位でフィニッシュ。1年生の阿部紘也がチーム日本人最上位の45位と健闘を見せると、66位だった徳田秋斗ら5人出走した4年生がチーム10番手以内をきっちりと占め、力強く牽引した。</p>
<p>この春、2008年北京五輪マラソン代表の大﨑悟史氏がコーチから監督に昇格。4年生を中心に、継続性を重視したトレーニングと、選手に寄り添うコーチングで強化を図ってきた。</p>
<p>その成果が表れ、優勝3度を誇る強豪は過酷なコンディションの中で実力を存分に発揮。上昇気流をつかみつつある。</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
<p>関連記事はありません。</p>
</div>
]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>◇第101回箱根駅伝予選会（10月19日／東京・陸上自衛隊立川駐屯地スタート、昭和記念公園フィニッシュ：21.0975km）</p><p>第101回箱根駅伝予選会が行われ、立大が10時間52分36秒で堂々のトップを占めた。</p><p>堂々の3位を占めたのが山梨学大。前回は100回大会記念として出場校が3枠増大する中で13位、次点の14位だった東京国際大との差はわずかに「3秒」という薄氷の通過だったが、今回は10時間54分06秒で力強く5年連続38回目の出場を決めた。</p><p>関東インカレ1部ハーフマラソン2連覇のブライアン・キピエゴが貯金を作り、日本勢が集団の中で安定したペースを刻んでいく。10kmからは通過圏内を余裕を持ってキープし続けた。</p><p>キピエゴが日大のシャドラック・キップケメイ（2年）とのトップ争いには敗れたものの、1時間1分07秒で2位でフィニッシュ。1年生の阿部紘也がチーム日本人最上位の45位と健闘を見せると、66位だった徳田秋斗ら5人出走した4年生がチーム10番手以内をきっちりと占め、力強く牽引した。</p><p>この春、2008年北京五輪マラソン代表の大﨑悟史氏がコーチから監督に昇格。4年生を中心に、継続性を重視したトレーニングと、選手に寄り添うコーチングで強化を図ってきた。</p><p>その成果が表れ、優勝3度を誇る強豪は過酷なコンディションの中で実力を存分に発揮。上昇気流をつかみつつある。</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第49回「教え子から学べる喜び～日本インカレ中距離を見て～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/147893</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 30 Sep 2024 17:57:26 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[尾方剛]]></category>
		<category><![CDATA[日本インカレ]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=147893</guid>
		<gnf:modified>Mon, 30 Sep 2024 16:20:58 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 30 Sep 2024 16:20:58 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/09/31e6eb1a3c3636b4c013bd3426886be0.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/09/31e6eb1a3c3636b4c013bd3426886be0.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第49回「教え子から学べる喜び～日本インカレ中距離を見て～」</h2>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/09/31e6eb1a3c3636b4c013bd3426886be0.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">日本インカレで東秀太（左）、寺西満輝（右）と記念撮影する筆者</span></p></div>
<p>昨年より1週遅く開催された日本インカレ（天皇賜盃第93回日本学生陸上競技対校選手権大会）は、残暑も少し和らぎ“秋高気爽”の中開催されるとの期待があった。</p>
<p>しかし、9月半ばを過ぎても猛暑日が続くなか、真夏の大会と同等のコンディションと覚悟を決めて、甲府から神奈川県川崎市の等々力陸上競技場へと向かった。</p>
<p>大会初日は雷雨による競技の一時中断があり、2日目以降も強風や雨により高温多湿に追い打ちをかけるようなコンディションであった。</p>
<p>しかしながら、学生チャンピオンと対校戦“天皇賜杯”獲得を目指す学生競技者の熱き挑戦は随所に好勝負・好記録を展開した。</p>
<p>圧巻は男子400mハードル準決勝。立て続けにU20日本記録が更新され、来年9月に東京で開催される世界選手権の参加標準記録を突破者が出るなど会場を沸かせた。</p>
<p>男子4×100mリレーでは早大と東洋大が息詰まるような接戦。両校とも日本学生新記録でバトンをつないだ。早大に軍配が上がるも、大会最終種目の4×400mリレーでは東洋大のアンカーがバックストレートで早大を捉え、そのまま逃げ切って2連覇を達成した。</p>
<p>競技場の選手・役員、そしてスタンドの観客すべての視線が注がれるインカレ最終種目とあって、全力を振り絞る熱き走りが毎年心を揺さぶり、感動を与えてくれる。</p>
<p>そして、すべての競技を終えた後の競技場の余韻と静寂は、熱き夏を越えて鍛えてきた学生競技者たちに、しばしの安息を与えてくれる。このような高揚感を感じるのは私だけではないだろう。</p>
<p>来年岡山県で6月に開催予定の日本インカレを観戦にご来場される方がおられるなら、この一瞬まで味わっていただければと願っている。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/09/KH9_1521.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">24年日本インカレ男子800mを制した東秀太（左）と2位の寺西満輝</span></p></div>
<p>私は2019年からは駅伝監督を次世代の指導者に引き継ぎ、もっぱら中距離コーチとして指導している。800mでは2020年には瀬戸口大地が日本インカレ2位、日本選手権優勝。昨年の日本インカレは北村魁士が優勝した。今年は1500mでは北村と八鍬拓斗の2人が決勝に進み。北村が6位（八鍬は12位）。800mでは寺西満輝が2位、北村が4位であった。</p>
<p>中距離ランナー競技力育成方法は、「（有酸素能力＋無酸素能力）×ランニングエコノミー」と書けば簡単に競技力向上の理論展開が説明できそうだが、レース展開やポジショニングなど含めるとなかなか奥深くおもしろい。</p>
<p>800m、1500mの中距離のトレーニング変革とパフォーマンス向上は、必ず5000mのレベルアップに寄与できるはずだと信じている。そのスピードなくして世界は見えてこない。</p>
<p>ノルウェーのヤコブ・インゲブリグトセンがアフリカ勢を置き去りにし、猛烈なラストスパートに痺れる思いを抱くのも、スローペースからギアチェンジしたわけではないからだった。</p>
<p>その走りは指導者としての好奇心に火をつけるには十分すぎるインパクトであった。</p>
<p>30年以上もアフリカ・ケニアからの留学生を指導し、幾度となくケニアのトレーニングや競技会を目の当たりにしてきて、ケニアのトップ選手のすさまじい強さは肌で感じてきた。その彼らが後塵を拝する姿は驚愕に値した。「なぜ？」から「どうすれば？」と疑問がぐるぐる頭の中を駆け巡った。</p>
<p>同じように軸足を中距離の指導において、素晴らしい結果に導いているのが広島経大監督の尾方剛氏である。山梨学大時代は箱根駅伝で、大会新記録を樹立した第70回大会（1994年）のアンカーを走り区間賞。その後は故障やストレスから全身の脱毛症になるなど苦しい時期を耐え、卒業後は中国電力陸上部に在籍した。</p>
<p>少しずつ走りのリズムと自信を取り戻し、世界選手権のマラソン代表として2003年パリ、05年ヘルシンキ、07年大阪大会に出場。ヘルシンキ大会では銅メダルを獲得している。04年の福岡国際優勝、08年北京五輪では13位と第一線で活躍してきた。</p>
<p>現役引退後は指導者としての道を歩むため、広島大大学院生涯活動教育学を専攻。健康スポーツ教育学を専修し、現在は広島経大スポーツ経営学科教授となっている。マラソンや駅伝の解説者としてもこれまでの経験と知見を生かした解説は好評である。</p>
<p>今回の日本インカレで男子800mを大会新記録で制したのは尾方監督が指導育成している東秀太君（3年）である。1500mを3位入賞した後のレースで、４日間フル出場であった。</p>
<p>尾方監督はインカレ期間の土曜日と日曜日は、日本スポーツ協会が主催するコーチデベロッパー養成講習会をオンラインで受講しなければならず、800mの予選、準決勝はzoomで講習中。レースを見ることはできなかったらしい。決勝はお昼休みの時間帯だったので、走りを見ることができて、「おめでとう」の一声だけかけて午後の講習会を受講したとのことだった。</p>
<p>学生競技者として東君は日頃の指導を基に、レース展開やメンタルコントロールを自身で、判断→決断→実行に移し、勝利を得たことに喝采を送りたい。そのような選手育成を実践できていることは、まさにコーチデベロッパーの資格獲得に相応しいコーチではないかと感嘆した。</p>
<p>教え子から学べる喜びを感じつつ脱帽し、乾杯！</p>
<table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 75px;">
<td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第49回「教え子から学べる喜び～日本インカレ中距離を見て～」</h2><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/09/31e6eb1a3c3636b4c013bd3426886be0.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">日本インカレで東秀太（左）、寺西満輝（右）と記念撮影する筆者</span></p></div><p>昨年より1週遅く開催された日本インカレ（天皇賜盃第93回日本学生陸上競技対校選手権大会）は、残暑も少し和らぎ“秋高気爽”の中開催されるとの期待があった。</p><p>しかし、9月半ばを過ぎても猛暑日が続くなか、真夏の大会と同等のコンディションと覚悟を決めて、甲府から神奈川県川崎市の等々力陸上競技場へと向かった。</p><p>大会初日は雷雨による競技の一時中断があり、2日目以降も強風や雨により高温多湿に追い打ちをかけるようなコンディションであった。</p><p>しかしながら、学生チャンピオンと対校戦“天皇賜杯”獲得を目指す学生競技者の熱き挑戦は随所に好勝負・好記録を展開した。</p><p>圧巻は男子400mハードル準決勝。立て続けにU20日本記録が更新され、来年9月に東京で開催される世界選手権の参加標準記録を突破者が出るなど会場を沸かせた。</p><p>男子4×100mリレーでは早大と東洋大が息詰まるような接戦。両校とも日本学生新記録でバトンをつないだ。早大に軍配が上がるも、大会最終種目の4×400mリレーでは東洋大のアンカーがバックストレートで早大を捉え、そのまま逃げ切って2連覇を達成した。</p><p>競技場の選手・役員、そしてスタンドの観客すべての視線が注がれるインカレ最終種目とあって、全力を振り絞る熱き走りが毎年心を揺さぶり、感動を与えてくれる。</p><p>そして、すべての競技を終えた後の競技場の余韻と静寂は、熱き夏を越えて鍛えてきた学生競技者たちに、しばしの安息を与えてくれる。このような高揚感を感じるのは私だけではないだろう。</p><p>来年岡山県で6月に開催予定の日本インカレを観戦にご来場される方がおられるなら、この一瞬まで味わっていただければと願っている。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/09/KH9_1521.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">24年日本インカレ男子800mを制した東秀太（左）と2位の寺西満輝</span></p></div><p>私は2019年からは駅伝監督を次世代の指導者に引き継ぎ、もっぱら中距離コーチとして指導している。800mでは2020年には瀬戸口大地が日本インカレ2位、日本選手権優勝。昨年の日本インカレは北村魁士が優勝した。今年は1500mでは北村と八鍬拓斗の2人が決勝に進み。北村が6位（八鍬は12位）。800mでは寺西満輝が2位、北村が4位であった。</p><p>中距離ランナー競技力育成方法は、「（有酸素能力＋無酸素能力）×ランニングエコノミー」と書けば簡単に競技力向上の理論展開が説明できそうだが、レース展開やポジショニングなど含めるとなかなか奥深くおもしろい。</p><p>800m、1500mの中距離のトレーニング変革とパフォーマンス向上は、必ず5000mのレベルアップに寄与できるはずだと信じている。そのスピードなくして世界は見えてこない。</p><p>ノルウェーのヤコブ・インゲブリグトセンがアフリカ勢を置き去りにし、猛烈なラストスパートに痺れる思いを抱くのも、スローペースからギアチェンジしたわけではないからだった。</p><p>その走りは指導者としての好奇心に火をつけるには十分すぎるインパクトであった。</p><p>30年以上もアフリカ・ケニアからの留学生を指導し、幾度となくケニアのトレーニングや競技会を目の当たりにしてきて、ケニアのトップ選手のすさまじい強さは肌で感じてきた。その彼らが後塵を拝する姿は驚愕に値した。「なぜ？」から「どうすれば？」と疑問がぐるぐる頭の中を駆け巡った。</p><p>同じように軸足を中距離の指導において、素晴らしい結果に導いているのが広島経大監督の尾方剛氏である。山梨学大時代は箱根駅伝で、大会新記録を樹立した第70回大会（1994年）のアンカーを走り区間賞。その後は故障やストレスから全身の脱毛症になるなど苦しい時期を耐え、卒業後は中国電力陸上部に在籍した。</p><p>少しずつ走りのリズムと自信を取り戻し、世界選手権のマラソン代表として2003年パリ、05年ヘルシンキ、07年大阪大会に出場。ヘルシンキ大会では銅メダルを獲得している。04年の福岡国際優勝、08年北京五輪では13位と第一線で活躍してきた。</p><p>現役引退後は指導者としての道を歩むため、広島大大学院生涯活動教育学を専攻。健康スポーツ教育学を専修し、現在は広島経大スポーツ経営学科教授となっている。マラソンや駅伝の解説者としてもこれまでの経験と知見を生かした解説は好評である。</p><p>今回の日本インカレで男子800mを大会新記録で制したのは尾方監督が指導育成している東秀太君（3年）である。1500mを3位入賞した後のレースで、４日間フル出場であった。</p><p>尾方監督はインカレ期間の土曜日と日曜日は、日本スポーツ協会が主催するコーチデベロッパー養成講習会をオンラインで受講しなければならず、800mの予選、準決勝はzoomで講習中。レースを見ることはできなかったらしい。決勝はお昼休みの時間帯だったので、走りを見ることができて、「おめでとう」の一声だけかけて午後の講習会を受講したとのことだった。</p><p>学生競技者として東君は日頃の指導を基に、レース展開やメンタルコントロールを自身で、判断→決断→実行に移し、勝利を得たことに喝采を送りたい。そのような選手育成を実践できていることは、まさにコーチデベロッパーの資格獲得に相応しいコーチではないかと感嘆した。</p><p>教え子から学べる喜びを感じつつ脱帽し、乾杯！</p><table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 75px;"><td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td></tr></tbody></table>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第48回「パリオリンピックに寄せて～信頼関係の大切さ～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/145635</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 31 Aug 2024 18:00:07 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[パリ五輪]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=145635</guid>
		<gnf:modified>Sat, 31 Aug 2024 16:05:52 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sat, 31 Aug 2024 16:05:52 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/08/C7A0005.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/08/C7A0005.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第48回「パリオリンピックに寄せて～信頼関係の大切さ～」</h2>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/08/C7A0005.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">パリ五輪では17日間に及ぶ熱戦が繰り広げられた</span></p></div>
<p>2024パリオリンピックが華やかなスポーツの祭典を印象づけて開催された。</p>
<p>華の都パリを彷彿とさせる演出で、セーヌ川を舞台に繰り広げられた開会式。選手たちが通過する航路を「自由」・「平等」・「スポーツマンシップ」・「暗闇」・「連隊」・「シンクロシティー（共時性）」など12のブロックに分け、スポーツという文化が多様性の受け入れや優しさ、寛容さなどの役割を担いどのような影響があるのかを表現していた。</p>
<p>それを受け、今回のパリ大会は「Games Wide Open:広く開かれた大会」をテーマに17日間の熱闘が繰り広げられた。</p>
<p>すべての会場がアスリートや観客、テレビ視聴者にとって壮観で見応えのある舞台となり、時差と睡眠不足を感じさせぬほど熱戦を満喫させてもらった。</p>
<p>近代オリンピックの歴史は、さまざまな社会情勢の変節を乗り越え、その世代を担うアスリートたちの熱きパフォーマンスの舞台を提供し続けてきたこととして刻まれている。</p>
<p>思い起こせばコロナ禍で１年遅れの開催となった東京オリンピックとの対比がどうしても脳裏をよぎる。</p>
<p>スタンドを埋め尽くす大観衆の声援の中でプレーする選手と、無観客の静まり返ったスタジアムで死力を振り絞る選手に違いなどあるはずはない。そうであるならばあの国立競技場を埋め尽くす観衆の中でプレーさせてあげたかったと回顧したのは私だけではないだろう。</p>
<p>1年間の延期を経て開催された東京オリンピックでも、世の中はまだまだ有観客での開催ができぬほどの感染状況であった。単なる災難を乗り切ったオリンピックではなく、この運営ノウハウは今後のあらゆるリスクマネージメントの指標を提示することができた貴重な大会であったと確信している。</p>
<p>そのようにパリオリンピックの、選手の熱量を反映する、観衆の燃え上がるような声援を、ライブ中継で見守りつつしみじみ思った。</p>
<p>今となってはコロナ禍も、“喉元過ぎればなんとやら”の感が否めなくなっている。しかしながら、コロナ禍の感染症対策を乗り越え“New Normal”の時代を耐え忍んだ選手たちが、解き放たれたように盛夏の日本国内でも、全日本中学選手権や全国高校総体で熱闘を繰り広げられている。</p>
<p>そしてその延長線上に、今回女子やり投で金メダルを獲得した北口榛花さん（JAL）が満面の笑みと喜びを爆発させるように、オリンピックスタジアムで打ち鳴らした鐘の音がある。</p>
<p>コロナ禍で不自由な練習環境と大会の中止などで競技会にさえ出場の機会が与えられなかった全ての競技者に「苦難を乗り越えた先にこそこの喜びがあるんだ！」と励ますかのごとく響き渡った。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/08/45I5032.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">スタジアム内に設置された鐘</span></p></div>
<p>そのオリンピック終了後の山梨県内の清里にて、馬術でご活躍されている上野きりさんとお話をさせていただく機会があった。パリオリンピックでは、総合馬術団体で“初老ジャパン”の愛称で挑んだ日本代表が、オリンピック史上初となる銅メダルを獲得した後であったこともあり、話がはずんだ。</p>
<p>話の中で、乗馬は“人馬一体”という言葉があるように、騎手と馬がなだらかで巧みな連携が行われていることが最良である。それには騎手と馬との言葉ではないコミュニケーションが成立しなければならないこと。さらには、騎手の不安や緊張・焦りは馬に備に伝わっていることと同時に、騎手は馬のそのような感情を機敏に感じ取り手綱を裁かなければ成らないことなどお聞きした。</p>
<p>その話の中で、東京オリンピック近代五種でのできごとの話となった。（前日までメダル圏内にいたドイツのアニカ・シュロイ選手の騎乗する馬が、障害の飛越を拒否したことから、キム・ライスナーコーチが「馬を叩け」と指示し、コーチが自らの拳で一度、殴っている様子が映像に記録された。そのことによりコーチが追放処分を受けた事案）</p>
<p>近代五種の馬術で騎乗する馬は大会主催者が準備し、抽選でどの馬に騎乗するか決まる。出場するまでに馬との対面は20分と決められているそうだ。</p>
<p>東京オリンピックの後、その馬（セントボーイ号）には飛べない気難しい馬との評判が先行し、評価が下がってしまったという。その馬をなんとかしたいとオリンピック直後の秋に引き取り、小淵沢にある山梨県馬術競技場で再度“人馬一体”となるよう調教に取り組んだ青年がいると話された。</p>
<p>「実はその青年は上田先生の講義を受講していたんですよ」と言われてビックリ仰天した。</p>
<p>「アッ！堀田駿（ほった・しゅん）ですよね」と返答すると、「エッ覚えていらっしゃったのですか！」と驚かれた。（現在はドイツより帰国し青森県競技力向上対策本部スポーツ専門委員：馬術）</p>
<p>山梨学院大学スポーツ科学部の講義に、スポーツキャリア演習という科目がある。2年生約25名前後がランダムに割り当てられ、将来のキャリアスキル向上のため講義を担当する。</p>
<p>そういえば馬のことをやたらと熱く語って、卒業後はドイツへ行って世界に挑んでいる杉谷泰三氏の元へ修行に行く――と夢を語っていたことが記憶に刻まれていた。さらに名前が「ほりた」ではなく「ほった」。馬にちなんだのか“駿“ということもあり印象に残っていたからだ。</p>
<p>後日、彼に連絡をしたところ、「オリンピックに参加させる馬は決して飛べない馬ではない。何かしらの原因で騎手との信頼を損ねたり、障害への余計な恐怖が芽生えたりさまざまな原因がある、馬は言葉が話せません、それでも日々接しているとたくさんのことが伝わり分かってきます。それを日々の騎乗で、馬とのコミュニケーションを取ることによって、自信と本来の勇気を取り戻してあげることができると信じてやってきています。」と答えてくれた。</p>
<p>今は11月の日本選手権に向けて練習に励んでいるとのことだった。</p>
<p>この話を聞き、選手とコーチとの関係もかくあらんことを願うばかりであり、まだまだ自己研鑽せねば成らぬと自戒した。</p>
<p>きっと北口選手とチェコ人コーチのデービッド・スケラックさんもそのような師弟関係で歩んで来られたのかなと思ったりもした。</p>
<table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 75px;">
<td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第48回「パリオリンピックに寄せて～信頼関係の大切さ～」</h2><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/08/C7A0005.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">パリ五輪では17日間に及ぶ熱戦が繰り広げられた</span></p></div><p>2024パリオリンピックが華やかなスポーツの祭典を印象づけて開催された。</p><p>華の都パリを彷彿とさせる演出で、セーヌ川を舞台に繰り広げられた開会式。選手たちが通過する航路を「自由」・「平等」・「スポーツマンシップ」・「暗闇」・「連隊」・「シンクロシティー（共時性）」など12のブロックに分け、スポーツという文化が多様性の受け入れや優しさ、寛容さなどの役割を担いどのような影響があるのかを表現していた。</p><p>それを受け、今回のパリ大会は「Games Wide Open:広く開かれた大会」をテーマに17日間の熱闘が繰り広げられた。</p><p>すべての会場がアスリートや観客、テレビ視聴者にとって壮観で見応えのある舞台となり、時差と睡眠不足を感じさせぬほど熱戦を満喫させてもらった。</p><p>近代オリンピックの歴史は、さまざまな社会情勢の変節を乗り越え、その世代を担うアスリートたちの熱きパフォーマンスの舞台を提供し続けてきたこととして刻まれている。</p><p>思い起こせばコロナ禍で１年遅れの開催となった東京オリンピックとの対比がどうしても脳裏をよぎる。</p><p>スタンドを埋め尽くす大観衆の声援の中でプレーする選手と、無観客の静まり返ったスタジアムで死力を振り絞る選手に違いなどあるはずはない。そうであるならばあの国立競技場を埋め尽くす観衆の中でプレーさせてあげたかったと回顧したのは私だけではないだろう。</p><p>1年間の延期を経て開催された東京オリンピックでも、世の中はまだまだ有観客での開催ができぬほどの感染状況であった。単なる災難を乗り切ったオリンピックではなく、この運営ノウハウは今後のあらゆるリスクマネージメントの指標を提示することができた貴重な大会であったと確信している。</p><p>そのようにパリオリンピックの、選手の熱量を反映する、観衆の燃え上がるような声援を、ライブ中継で見守りつつしみじみ思った。</p><p>今となってはコロナ禍も、“喉元過ぎればなんとやら”の感が否めなくなっている。しかしながら、コロナ禍の感染症対策を乗り越え“New Normal”の時代を耐え忍んだ選手たちが、解き放たれたように盛夏の日本国内でも、全日本中学選手権や全国高校総体で熱闘を繰り広げられている。</p><p>そしてその延長線上に、今回女子やり投で金メダルを獲得した北口榛花さん（JAL）が満面の笑みと喜びを爆発させるように、オリンピックスタジアムで打ち鳴らした鐘の音がある。</p><p>コロナ禍で不自由な練習環境と大会の中止などで競技会にさえ出場の機会が与えられなかった全ての競技者に「苦難を乗り越えた先にこそこの喜びがあるんだ！」と励ますかのごとく響き渡った。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/08/45I5032.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">スタジアム内に設置された鐘</span></p></div><p>そのオリンピック終了後の山梨県内の清里にて、馬術でご活躍されている上野きりさんとお話をさせていただく機会があった。パリオリンピックでは、総合馬術団体で“初老ジャパン”の愛称で挑んだ日本代表が、オリンピック史上初となる銅メダルを獲得した後であったこともあり、話がはずんだ。</p><p>話の中で、乗馬は“人馬一体”という言葉があるように、騎手と馬がなだらかで巧みな連携が行われていることが最良である。それには騎手と馬との言葉ではないコミュニケーションが成立しなければならないこと。さらには、騎手の不安や緊張・焦りは馬に備に伝わっていることと同時に、騎手は馬のそのような感情を機敏に感じ取り手綱を裁かなければ成らないことなどお聞きした。</p><p>その話の中で、東京オリンピック近代五種でのできごとの話となった。（前日までメダル圏内にいたドイツのアニカ・シュロイ選手の騎乗する馬が、障害の飛越を拒否したことから、キム・ライスナーコーチが「馬を叩け」と指示し、コーチが自らの拳で一度、殴っている様子が映像に記録された。そのことによりコーチが追放処分を受けた事案）</p><p>近代五種の馬術で騎乗する馬は大会主催者が準備し、抽選でどの馬に騎乗するか決まる。出場するまでに馬との対面は20分と決められているそうだ。</p><p>東京オリンピックの後、その馬（セントボーイ号）には飛べない気難しい馬との評判が先行し、評価が下がってしまったという。その馬をなんとかしたいとオリンピック直後の秋に引き取り、小淵沢にある山梨県馬術競技場で再度“人馬一体”となるよう調教に取り組んだ青年がいると話された。</p><p>「実はその青年は上田先生の講義を受講していたんですよ」と言われてビックリ仰天した。</p><p>「アッ！堀田駿（ほった・しゅん）ですよね」と返答すると、「エッ覚えていらっしゃったのですか！」と驚かれた。（現在はドイツより帰国し青森県競技力向上対策本部スポーツ専門委員：馬術）</p><p>山梨学院大学スポーツ科学部の講義に、スポーツキャリア演習という科目がある。2年生約25名前後がランダムに割り当てられ、将来のキャリアスキル向上のため講義を担当する。</p><p>そういえば馬のことをやたらと熱く語って、卒業後はドイツへ行って世界に挑んでいる杉谷泰三氏の元へ修行に行く――と夢を語っていたことが記憶に刻まれていた。さらに名前が「ほりた」ではなく「ほった」。馬にちなんだのか“駿“ということもあり印象に残っていたからだ。</p><p>後日、彼に連絡をしたところ、「オリンピックに参加させる馬は決して飛べない馬ではない。何かしらの原因で騎手との信頼を損ねたり、障害への余計な恐怖が芽生えたりさまざまな原因がある、馬は言葉が話せません、それでも日々接しているとたくさんのことが伝わり分かってきます。それを日々の騎乗で、馬とのコミュニケーションを取ることによって、自信と本来の勇気を取り戻してあげることができると信じてやってきています。」と答えてくれた。</p><p>今は11月の日本選手権に向けて練習に励んでいるとのことだった。</p><p>この話を聞き、選手とコーチとの関係もかくあらんことを願うばかりであり、まだまだ自己研鑽せねば成らぬと自戒した。</p><p>きっと北口選手とチェコ人コーチのデービッド・スケラックさんもそのような師弟関係で歩んで来られたのかなと思ったりもした。</p><table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 75px;"><td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td></tr></tbody></table>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第47回「不測を楽しむくらいのメンタリティーを」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/142433</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 31 Jul 2024 18:00:03 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[北村魁士]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[石元潤樹]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=142433</guid>
		<gnf:modified>Sun, 04 Aug 2024 10:28:38 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sun, 04 Aug 2024 10:28:38 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/1bd23549b98f1e4ff96723d3f98334be.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/1bd23549b98f1e4ff96723d3f98334be.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第47回「不測を楽しむくらいのメンタリティーを」</h2>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/1bd23549b98f1e4ff96723d3f98334be.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">関東学連の強化事業で海外に遠征した北村魁志（左）と石元潤樹</span></p></div>
<p>「１€＝¥181.7」（7月12日羽田空港国際線ターミナルでの換金レート）</p>
<p>2000年ならば、¥99.54であった。円安レートでの海外遠征は、日本円に換算するたび冷や汗が出る･･････、と書き始めたことには訳がある。</p>
<p>関東学生陸上競技連盟の選手強化事業の一環として、イタリアのリグーリア州サヴォーナ県チェッレ・リーグレという地方の町で開催された「35°Meeting Arcobaleno EAP AtleticaEuropa」の800mに石元潤樹君（日大）と、北村魁士（山梨学大）を引率して参加してきたからだ。</p>
<p>石元君は初めての海外遠征。北村君は昨年末の日本陸連ジュニア中距離合宿で韓国遠征は経験しているものの、今回のような長時間移動・時差・ノンアテンドの海外遠征は初めてである。</p>
<p>フライトが夜０時05分発ということで、羽田空港国際線ターミナルの集合時間が22時。<br />
本来ならアスリートにとって、ベッドで横になりたい時間だ。ここから日本との時差、マイナス7時間がスタートしたといえる。</p>
<p>顔合わせが終わると、まずは一般的な海外遠征での諸注意から始めた。<br />
・スリや置き引きなどに合わないための自己防衛を過去の渡航事例を話して注意喚起。<br />
・発熱・感染症など含めて海外で罹患した場合の諸注意と体調管理。<br />
・疾病とは言えないが、下痢や便秘などパフォーマンスに影響する体調の不備を自己管理するための方法。<br />
・時差の克服・順化の要点。などなど･･････。</p>
<p>実は、私自身も海外渡航でさまざまなアクシデントやトラブル遭遇してきた。それについては1週間の生活の中で、ゆっくりと食事中のネタ話としてさせてもらった。<br />
　<br />
諸注意を終えると今回の遠征の目的を伝えた。当然のごとく大会に出場するので、そのレースで自己最高のパフォーマンスを発揮することに努めるのは当然。円安の経済状況のなか、貴重な強化費を使って海外遠征を経験させていただくのだから、まずはそのことを自覚しなければならない。</p>
<p>それともう一つ、私からのリクエストとして次のようなことを遠征での課題として提示させてもらった。</p>
<p>「君たちが将来、海外での転戦やトレーニングに一人で出かけられるようになるための布石として、今回の遠征を体験してほしい。自分でできることは見守るのでチャレンジしてほしい」とリクエストした。</p>
<p>旅慣れた方ならなんともないイミグレーションでの入国審査や、巨大な国際空港でのトランジットで航空便の乗り換えも、初めてとなるとかなり戸惑うものだ。</p>
<p>今回の遠征はホテルのバウチャーと航空券のみ手渡され、後はノンアテンドでの遠征。自力移動となる。ドバイ国際空港でのトランジットを経て、到着地はフランスのニース国際空港。空港では彼ら2人で電光掲示板や案内ボードで確認させつつ、戸惑いながら歩く彼らの後をついて歩くようにした。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/7108aafdddd5fe6e0f4cdd93f077f228.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">自分たちで空港の乗り換えゲートの案内を見る2人</span></p></div>
<p>そこから車で50km離れたイタリアのヴェンティミーリア駅まで移動。列車に乗り換えて約2時間かけて目的地のサヴォーナに到着となる。</p>
<p>ここで数日間の調整となるのだが、直面するのが冒頭の円安ユーロ高である。</p>
<p>しかし、北イタリアの港町でもあるので、安価な市場のイートインとテイクアウトを幾度か利用させてもらった。夜21時50分スタート予定のレースを終えてホテルに帰ってくると深夜になる。市場でピザとチキンローストをテイクアウトし、部屋の冷蔵庫で保管しておいて、ホテルの電子レンジをお借りして温め直していただいたりもした。</p>
<p>肝心のレースは、出場エントリー一覧を見ると3組では入りきらない人数で、どのように組分けするのかを杞憂した。会場となるトラックは６レーンしかない。ウォ―ミングアップエリアはフットサルのコート１面。チェックインを待つホテルのロビーでウォ―ミングアップをしているようである。</p>
<p>正式な組み編成とレーンが提示されたのはスタート１時間前。結果的にスタート時間は40分ほど遅れた。</p>
<p>国際レースは、日本国内の自己公認記録ではなくWRkという世界陸連が認定したワールドランキングコンペティションで出した記録にて判断するという制度。今回もこの制度の適応となった。最終的に2人ともB組になり、ペースメーカーを含め11名での出走となった。</p>
<p>なんと各レーンに２名ずつのスタート。スタート位置は北村君が１レーン内側、石元君が４レーン内側。ペースメーカーの予定が400m50秒50との提示があったが、スタート直前のB組の話し合いで51秒5となった。</p>
<p>スタートでは両名とも同じレーンの外国人選手に遅れをとり、しかもオープンとなった時点で2人とも集団の後方からのレースとなった。２周目も集団は崩れず、集団の前に出るには相当のエネルギーを使ってしまった。</p>
<p>帰国後、関東学連中距離担当松井一樹氏からは、「現在、日本記録保持者の川元（奨・スズキ）君も海外のレースで自分の走るポジションを確保するのに苦労してきた。集団の中で自分の走りやすいポジションを確保するためには、初速の速い海外レースを体験し、そのことを生かして行かなければなりませんね」と語ってくれた。</p>
<p>レースを終え、私からは「スタートの出遅れを中盤で回復し、最後でのスプリント勝負に持ち込めるほど世界は甘くはない。その感覚を持ち帰らなければ800mをやっていく価値はない」と多少厳しいコメント二人に発した。</p>
<p>その言葉を受け、若き2人のランナーが、「体格も走るリズムもまったく違う選手に混じり、勝ち切るパフォーマンスを発揮するには、まだまだやらなければならないトレーニングがある。スタートラインに立つ時の各国の選手の気概の違いを感じた」と語り合っていたのが頼もしい。</p>
<p>海外遠征は常に不便で不慣れがつきまとう。不平不満を募らせている場合ではない。不測の事態など当然のように降りかかる。それに対応・対処しつつ、それを楽しむくらいのメンタリティーが求められる。</p>
<p>食事や言語・習慣、風習など、それをストレスと感じずにレースでベストパフォーマンスを発揮できるような選手に育ってゆくことを期待したい。</p>
<p>そして、パソコンに向かいつつも、テレビからは開幕直後のパリ五輪の放送が気になってしまう。日本代表選手は、いくつもの海外遠征や世界大会を積み重ね、さまざまなプレッシャーをも乗り超えてきたアスリートである。</p>
<p>しばらくはアスリートの頂点を目指すオリンピアンの熱き戦いに、7時間の時差を乗り越えてエールを送りつつ、中継から目が離せない日々を送りそうだ。</p>
<table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 75px;">
<td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第47回「不測を楽しむくらいのメンタリティーを」</h2><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/1bd23549b98f1e4ff96723d3f98334be.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">関東学連の強化事業で海外に遠征した北村魁志（左）と石元潤樹</span></p></div><p>「１€＝¥181.7」（7月12日羽田空港国際線ターミナルでの換金レート）</p><p>2000年ならば、¥99.54であった。円安レートでの海外遠征は、日本円に換算するたび冷や汗が出る･･････、と書き始めたことには訳がある。</p><p>関東学生陸上競技連盟の選手強化事業の一環として、イタリアのリグーリア州サヴォーナ県チェッレ・リーグレという地方の町で開催された「35°Meeting Arcobaleno EAP AtleticaEuropa」の800mに石元潤樹君（日大）と、北村魁士（山梨学大）を引率して参加してきたからだ。</p><p>石元君は初めての海外遠征。北村君は昨年末の日本陸連ジュニア中距離合宿で韓国遠征は経験しているものの、今回のような長時間移動・時差・ノンアテンドの海外遠征は初めてである。</p><p>フライトが夜０時05分発ということで、羽田空港国際線ターミナルの集合時間が22時。<br />本来ならアスリートにとって、ベッドで横になりたい時間だ。ここから日本との時差、マイナス7時間がスタートしたといえる。</p><p>顔合わせが終わると、まずは一般的な海外遠征での諸注意から始めた。<br />・スリや置き引きなどに合わないための自己防衛を過去の渡航事例を話して注意喚起。<br />・発熱・感染症など含めて海外で罹患した場合の諸注意と体調管理。<br />・疾病とは言えないが、下痢や便秘などパフォーマンスに影響する体調の不備を自己管理するための方法。<br />・時差の克服・順化の要点。などなど･･････。</p><p>実は、私自身も海外渡航でさまざまなアクシデントやトラブル遭遇してきた。それについては1週間の生活の中で、ゆっくりと食事中のネタ話としてさせてもらった。<br />　<br />諸注意を終えると今回の遠征の目的を伝えた。当然のごとく大会に出場するので、そのレースで自己最高のパフォーマンスを発揮することに努めるのは当然。円安の経済状況のなか、貴重な強化費を使って海外遠征を経験させていただくのだから、まずはそのことを自覚しなければならない。</p><p>それともう一つ、私からのリクエストとして次のようなことを遠征での課題として提示させてもらった。</p><p>「君たちが将来、海外での転戦やトレーニングに一人で出かけられるようになるための布石として、今回の遠征を体験してほしい。自分でできることは見守るのでチャレンジしてほしい」とリクエストした。</p><p>旅慣れた方ならなんともないイミグレーションでの入国審査や、巨大な国際空港でのトランジットで航空便の乗り換えも、初めてとなるとかなり戸惑うものだ。</p><p>今回の遠征はホテルのバウチャーと航空券のみ手渡され、後はノンアテンドでの遠征。自力移動となる。ドバイ国際空港でのトランジットを経て、到着地はフランスのニース国際空港。空港では彼ら2人で電光掲示板や案内ボードで確認させつつ、戸惑いながら歩く彼らの後をついて歩くようにした。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/7108aafdddd5fe6e0f4cdd93f077f228.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">自分たちで空港の乗り換えゲートの案内を見る2人</span></p></div><p>そこから車で50km離れたイタリアのヴェンティミーリア駅まで移動。列車に乗り換えて約2時間かけて目的地のサヴォーナに到着となる。</p><p>ここで数日間の調整となるのだが、直面するのが冒頭の円安ユーロ高である。</p><p>しかし、北イタリアの港町でもあるので、安価な市場のイートインとテイクアウトを幾度か利用させてもらった。夜21時50分スタート予定のレースを終えてホテルに帰ってくると深夜になる。市場でピザとチキンローストをテイクアウトし、部屋の冷蔵庫で保管しておいて、ホテルの電子レンジをお借りして温め直していただいたりもした。</p><p>肝心のレースは、出場エントリー一覧を見ると3組では入りきらない人数で、どのように組分けするのかを杞憂した。会場となるトラックは６レーンしかない。ウォ―ミングアップエリアはフットサルのコート１面。チェックインを待つホテルのロビーでウォ―ミングアップをしているようである。</p><p>正式な組み編成とレーンが提示されたのはスタート１時間前。結果的にスタート時間は40分ほど遅れた。</p><p>国際レースは、日本国内の自己公認記録ではなくWRkという世界陸連が認定したワールドランキングコンペティションで出した記録にて判断するという制度。今回もこの制度の適応となった。最終的に2人ともB組になり、ペースメーカーを含め11名での出走となった。</p><p>なんと各レーンに２名ずつのスタート。スタート位置は北村君が１レーン内側、石元君が４レーン内側。ペースメーカーの予定が400m50秒50との提示があったが、スタート直前のB組の話し合いで51秒5となった。</p><p>スタートでは両名とも同じレーンの外国人選手に遅れをとり、しかもオープンとなった時点で2人とも集団の後方からのレースとなった。２周目も集団は崩れず、集団の前に出るには相当のエネルギーを使ってしまった。</p><p>帰国後、関東学連中距離担当松井一樹氏からは、「現在、日本記録保持者の川元（奨・スズキ）君も海外のレースで自分の走るポジションを確保するのに苦労してきた。集団の中で自分の走りやすいポジションを確保するためには、初速の速い海外レースを体験し、そのことを生かして行かなければなりませんね」と語ってくれた。</p><p>レースを終え、私からは「スタートの出遅れを中盤で回復し、最後でのスプリント勝負に持ち込めるほど世界は甘くはない。その感覚を持ち帰らなければ800mをやっていく価値はない」と多少厳しいコメント二人に発した。</p><p>その言葉を受け、若き2人のランナーが、「体格も走るリズムもまったく違う選手に混じり、勝ち切るパフォーマンスを発揮するには、まだまだやらなければならないトレーニングがある。スタートラインに立つ時の各国の選手の気概の違いを感じた」と語り合っていたのが頼もしい。</p><p>海外遠征は常に不便で不慣れがつきまとう。不平不満を募らせている場合ではない。不測の事態など当然のように降りかかる。それに対応・対処しつつ、それを楽しむくらいのメンタリティーが求められる。</p><p>食事や言語・習慣、風習など、それをストレスと感じずにレースでベストパフォーマンスを発揮できるような選手に育ってゆくことを期待したい。</p><p>そして、パソコンに向かいつつも、テレビからは開幕直後のパリ五輪の放送が気になってしまう。日本代表選手は、いくつもの海外遠征や世界大会を積み重ね、さまざまなプレッシャーをも乗り超えてきたアスリートである。</p><p>しばらくはアスリートの頂点を目指すオリンピアンの熱き戦いに、7時間の時差を乗り越えてエールを送りつつ、中継から目が離せない日々を送りそうだ。</p><table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 75px;"><td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td></tr></tbody></table>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第46回「教えて然るのちに困しむを知る～全日本の選考会シーズンを迎えて～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/140321</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 07 Jul 2024 18:00:10 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[全日本大学駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[全日本大学駅伝関東選考会]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=140321</guid>
		<gnf:modified>Sun, 07 Jul 2024 11:12:32 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Sun, 07 Jul 2024 11:12:32 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/DSC_3222.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/DSC_3222.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第46回「教えて然るのちに困しむを知る～全日本の選考会シーズンを迎えて～」</h2>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/DSC_3222.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">今年も相模原ギオンスタジアムで行われた全日本大学駅伝関東学連推薦校選考会</span></p></div>
<p>早朝練習の帰り道。</p>
<p>垣根の向こう側で紫陽花が、淡い色合いで雨に濡れつつ咲いている。</p>
<p>そのような姿に心癒されることもないほど、梅雨入りが例年より遅い6月であった。</p>
<p>多くの地区で、全日本大学駅伝の出場校選考会が行われるのもこの時期だ。</p>
<p>今年の関東地区の選考会は相模原ギオンスタジアムで例年通りの開催となった。</p>
<p>高温多湿の気象条件は覚悟の上とはいえ、確実に選手たちの体力を奪い、疲労を蓄積させてゆくグラウンドコンディションである。</p>
<p>選手は体調を整え暑熱対策を施し、スタートラインに立つ。出場権をかけたレースであるが故に、後半の組になれば暑さを凌駕するハイスピードの展開が繰り広げられることもしばしばである。</p>
<p>関東では10000m上位8名の平均タイムで選考され、選考会に出場する大学は20校。10000のレースを4組行い、各組2名ずつが戦略を持ってエントリーされている。レース4組8人の合計タイム上位7校が、11月の全日本大学駅伝へと駒を進めることができる。</p>
<p>オーソドックスに各組の役割をとらえてみる。</p>
<p>1組は駅伝と同じく、その後の2組目以降でストレスがかからないように流れを作ることが使命となる。レースは安定したペースで進み、後半につれてペースが徐々に上がり始める。ラスト5周前後はかなりのハイペースで進むことが予測される。少なくとも終了時点で、総合10位以内につけておきたい。</p>
<p>2組はペース変化に柔軟に対応できる選手が望ましい。2組も1組同様に、前半から無謀なペースで集団を引く選手はほぼ出ない。しかしながら、後半のペースアップは1組よりも激しいものとなる。</p>
<p>前半戦の1、2組でチームのボトムアップや、総合力の高さを窺い知ることができる。</p>
<p>3組はいよいよチームの主力級の登用となる。本戦を見据えて、主要区間を任される選手であることは疑う余地はない。それだけに流れに身を任せるように走っていた1、2組とは違い、ペースメイクを買って出るように先頭に立ってハイペースに持ち込む選手が現れる。</p>
<p>スピードレースとなっても集団が大きく崩れることはなく、中盤まで形成される。後半はさすがに走力の差がジリジリと現れ、ここでの差が最終順位を決定づけることもしばしばである。</p>
<p>最終4組はチームの大黒柱である2枚看板の登場である。ケニア人留学生が当然のごとくレースの流れを作る。しかしながら、近年は日本人エースとの差がそれほど開かない傾向にある。</p>
<p>秋から冬にかけての絶好の気象条件で出された自己記録は、高温多湿のこの時期ではあくまで参考程度の数字である。しかしながら、最終組を任された選手は、速さと強さを兼ね揃えた強者たちの集まりだけに、粘り強い耐久レースが展開される。</p>
<p>3組4組の中盤で苦悶の表情を浮かべる状況だと、第4コーナーのコーチングエリアに立って指示を出す監督の表情も厳しいものとなる。</p>
<p>レースが終了し、最終結果確定の発表をメインスタンド正面に設置されたマイクで、関東学連の次呂久幹事長が1位から順に読み上げた。同時に電光掲示板のスクリーン上に大学名が映し出される。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/IMG_5933.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">全レース終了後に結果が発表された</span></p></div>
<p>1位東海大学<br />
2位東洋大学<br />
3位早稲田大学<br />
4位日本体育大学<br />
5位立教大学<br />
6位帝京大学<br />
7位神奈川大学<br />
と発表された。<br />
ここまでが関東学連選考会での選出だ。<br />
昨年のシード校（駒沢、青山学院、國學院、中央、城西、創価、大東文化、東京国際）と関東から15チームが出場することになる。</p>
<p>1位から7位の大学名を見て、「そうなんだ･･･」と思わず独り言を呟いてしまった。そして、しばし想いを巡らせてみた。</p>
<p>それは予選通過の7校は、いずれも留学生を擁しないチームであることに思いが至ったからだ。</p>
<p>留学生の走りがチームのマイナスを補うことにも限界があるのだろう。留学生の加入によってチーム全体のレベルアップが図られることが重要であり、マイナスを補うことではなく、プラスを産むことが目指すところである。</p>
<p>この問いは、監督時代のジョセフ・オツオリ以来、数えきれないほど自問自答してきたことだ。その時の思いが再び蘇った。</p>
<p>駅伝や今回のような選考会には、エースの存在が重要であることは疑う余地がない。<br />
しかしながら、それ以上にエース各（複数）の存在が必要であり、それにつれてチームの底上げや総合力が試されるのだろう。</p>
<p>今回選考されたチームは一くくりにチーム状況を解説できぬほど個性的である。とは言え、共通して言えることは、留学生の有無に関わらず、この選考レースを戦い抜く戦略としてトレーニングを積み重ね、戦術としてのレース展開をまっとうできたからにほかならない。<br />
　<br />
この日を境に次のようなルートマップが描かれた。</p>
<p>・出雲駅伝→全日本大学駅伝→箱根駅伝と向かう大学（全日本、箱根ともシード権獲得と今回の予選通過の東洋、早稲田、帝京）</p>
<p>・出雲駅伝→箱根駅伝となるチーム（法政）</p>
<p>・箱根駅伝予選会→全日本大学駅伝→予選会を通過すれば箱根駅伝（東海、日体、立教、神奈川、中央、東京国際）</p>
<p>・箱根駅伝予選会→通過すれば箱根駅伝（関東予選に出場した大学では明治、日大、山梨学院、中央学院、駿河台、麗澤、東農、国士、専修、順天、流経、亜細亜などを含めた数10校が参加）</p>
<p>そして、10月17日の午前には箱根駅伝予選会で終了する大学が決定づけられる。</p>
<p>古代中国の『礼記』に「学然後知不足、教然後知困」とある。<br />
「学びて然（しか）る後に足らざるを知り、教えて然る後に困（くる）しむを知る」と読む。</p>
<p>この箴言の意味は「学ぶことで自分に足らないことが分かる。学ばなければ足らない事すら分からない」。そして「人に教えることで、自分の不勉強に気づかされる。自分の未熟さを知ることで努力しなければならないことに気づかされる」ということだろうか。</p>
<p>残念ながら選考順位に至らなかったチームにあっても、何かしら課題と収穫はあったはず。後悔やミス、レース展開や心理的な不覚を含めて、課題は対策の立案となり次の目標に向けて始動するしかない。</p>
<p>予選会は選手以上に指導者の方々の苦悩が伝わってくるものだ。まさに“教えて然るのちに困しむを知る”である。</p>
<p>その苦しみの先にこそ歓喜が訪れることを信じ、秋のシーズンを待ちたい。</p>
<table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 75px;">
<td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第46回「教えて然るのちに困しむを知る～全日本の選考会シーズンを迎えて～」</h2><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/DSC_3222.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">今年も相模原ギオンスタジアムで行われた全日本大学駅伝関東学連推薦校選考会</span></p></div><p>早朝練習の帰り道。</p><p>垣根の向こう側で紫陽花が、淡い色合いで雨に濡れつつ咲いている。</p><p>そのような姿に心癒されることもないほど、梅雨入りが例年より遅い6月であった。</p><p>多くの地区で、全日本大学駅伝の出場校選考会が行われるのもこの時期だ。</p><p>今年の関東地区の選考会は相模原ギオンスタジアムで例年通りの開催となった。</p><p>高温多湿の気象条件は覚悟の上とはいえ、確実に選手たちの体力を奪い、疲労を蓄積させてゆくグラウンドコンディションである。</p><p>選手は体調を整え暑熱対策を施し、スタートラインに立つ。出場権をかけたレースであるが故に、後半の組になれば暑さを凌駕するハイスピードの展開が繰り広げられることもしばしばである。</p><p>関東では10000m上位8名の平均タイムで選考され、選考会に出場する大学は20校。10000のレースを4組行い、各組2名ずつが戦略を持ってエントリーされている。レース4組8人の合計タイム上位7校が、11月の全日本大学駅伝へと駒を進めることができる。</p><p>オーソドックスに各組の役割をとらえてみる。</p><p>1組は駅伝と同じく、その後の2組目以降でストレスがかからないように流れを作ることが使命となる。レースは安定したペースで進み、後半につれてペースが徐々に上がり始める。ラスト5周前後はかなりのハイペースで進むことが予測される。少なくとも終了時点で、総合10位以内につけておきたい。</p><p>2組はペース変化に柔軟に対応できる選手が望ましい。2組も1組同様に、前半から無謀なペースで集団を引く選手はほぼ出ない。しかしながら、後半のペースアップは1組よりも激しいものとなる。</p><p>前半戦の1、2組でチームのボトムアップや、総合力の高さを窺い知ることができる。</p><p>3組はいよいよチームの主力級の登用となる。本戦を見据えて、主要区間を任される選手であることは疑う余地はない。それだけに流れに身を任せるように走っていた1、2組とは違い、ペースメイクを買って出るように先頭に立ってハイペースに持ち込む選手が現れる。</p><p>スピードレースとなっても集団が大きく崩れることはなく、中盤まで形成される。後半はさすがに走力の差がジリジリと現れ、ここでの差が最終順位を決定づけることもしばしばである。</p><p>最終4組はチームの大黒柱である2枚看板の登場である。ケニア人留学生が当然のごとくレースの流れを作る。しかしながら、近年は日本人エースとの差がそれほど開かない傾向にある。</p><p>秋から冬にかけての絶好の気象条件で出された自己記録は、高温多湿のこの時期ではあくまで参考程度の数字である。しかしながら、最終組を任された選手は、速さと強さを兼ね揃えた強者たちの集まりだけに、粘り強い耐久レースが展開される。</p><p>3組4組の中盤で苦悶の表情を浮かべる状況だと、第4コーナーのコーチングエリアに立って指示を出す監督の表情も厳しいものとなる。</p><p>レースが終了し、最終結果確定の発表をメインスタンド正面に設置されたマイクで、関東学連の次呂久幹事長が1位から順に読み上げた。同時に電光掲示板のスクリーン上に大学名が映し出される。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/IMG_5933.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">全レース終了後に結果が発表された</span></p></div><p>1位東海大学<br />2位東洋大学<br />3位早稲田大学<br />4位日本体育大学<br />5位立教大学<br />6位帝京大学<br />7位神奈川大学<br />と発表された。<br />ここまでが関東学連選考会での選出だ。<br />昨年のシード校（駒沢、青山学院、國學院、中央、城西、創価、大東文化、東京国際）と関東から15チームが出場することになる。</p><p>1位から7位の大学名を見て、「そうなんだ･･･」と思わず独り言を呟いてしまった。そして、しばし想いを巡らせてみた。</p><p>それは予選通過の7校は、いずれも留学生を擁しないチームであることに思いが至ったからだ。</p><p>留学生の走りがチームのマイナスを補うことにも限界があるのだろう。留学生の加入によってチーム全体のレベルアップが図られることが重要であり、マイナスを補うことではなく、プラスを産むことが目指すところである。</p><p>この問いは、監督時代のジョセフ・オツオリ以来、数えきれないほど自問自答してきたことだ。その時の思いが再び蘇った。</p><p>駅伝や今回のような選考会には、エースの存在が重要であることは疑う余地がない。<br />しかしながら、それ以上にエース各（複数）の存在が必要であり、それにつれてチームの底上げや総合力が試されるのだろう。</p><p>今回選考されたチームは一くくりにチーム状況を解説できぬほど個性的である。とは言え、共通して言えることは、留学生の有無に関わらず、この選考レースを戦い抜く戦略としてトレーニングを積み重ね、戦術としてのレース展開をまっとうできたからにほかならない。<br />　<br />この日を境に次のようなルートマップが描かれた。</p><p>・出雲駅伝→全日本大学駅伝→箱根駅伝と向かう大学（全日本、箱根ともシード権獲得と今回の予選通過の東洋、早稲田、帝京）</p><p>・出雲駅伝→箱根駅伝となるチーム（法政）</p><p>・箱根駅伝予選会→全日本大学駅伝→予選会を通過すれば箱根駅伝（東海、日体、立教、神奈川、中央、東京国際）</p><p>・箱根駅伝予選会→通過すれば箱根駅伝（関東予選に出場した大学では明治、日大、山梨学院、中央学院、駿河台、麗澤、東農、国士、専修、順天、流経、亜細亜などを含めた数10校が参加）</p><p>そして、10月17日の午前には箱根駅伝予選会で終了する大学が決定づけられる。</p><p>古代中国の『礼記』に「学然後知不足、教然後知困」とある。<br />「学びて然（しか）る後に足らざるを知り、教えて然る後に困（くる）しむを知る」と読む。</p><p>この箴言の意味は「学ぶことで自分に足らないことが分かる。学ばなければ足らない事すら分からない」。そして「人に教えることで、自分の不勉強に気づかされる。自分の未熟さを知ることで努力しなければならないことに気づかされる」ということだろうか。</p><p>残念ながら選考順位に至らなかったチームにあっても、何かしら課題と収穫はあったはず。後悔やミス、レース展開や心理的な不覚を含めて、課題は対策の立案となり次の目標に向けて始動するしかない。</p><p>予選会は選手以上に指導者の方々の苦悩が伝わってくるものだ。まさに“教えて然るのちに困しむを知る”である。</p><p>その苦しみの先にこそ歓喜が訪れることを信じ、秋のシーズンを待ちたい。</p><table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 75px;"><td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td></tr></tbody></table>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第45回「インカレの舞台に立つ難しさ～走ることを楽しみ、意義を見出して～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/136841</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 30 May 2024 18:00:51 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[関東インカレ]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[山口純平]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=136841</guid>
		<gnf:modified>Thu, 30 May 2024 12:15:58 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 30 May 2024 12:15:58 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/2G4A49801.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/2G4A49801.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第45回「インカレの舞台に立つ難しさ～走ることを楽しみ、意義を見出して～」</h2>
<p>5月のコラムは関東インカレの話題で書かせていただいてきた（<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/34430">第9回</a>、<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/73437">21回</a>、<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/103424">33回</a>）。毎年のように激闘の末のドラマがあり、悲喜こもごもの熱い青春のたぎりを感じさせてくれる大会だからだ。</p>
<p>今年の第103回関東学生陸上競技対校選手権は、新型コロナウイルスの5類への移行を受けて、各大学恒例の集団応援が響き渡る国立競技場にて開催された。</p>
<p>2年前の応援自粛の中で、静かに開催せざるを得なかったことを思えば、国立競技場でこの大声援に包まれて大会を開催できることにありがたき幸せを感じる。<br />
　<br />
山梨学院大学は、800mで3名が決勝に進出。10000m競歩、1500m、3000m障害、走幅跳、三段跳でも得点を重ね、留学生が出場した10000mとハーフマラソン以外の得点でも1部残留得点を超え29年連続で1部残留を果たした。</p>
<p>1部16校の総合得点の15位と16位が2部に降格となる。15位の大東大が21点、14位で残留となった明大が24点。わずか3点の差が明暗を分けた。</p>
<p>インカレは対校戦であるがに故に、総合得点が最終評価となる。その雰囲気の中で、それぞれの種目の覇者となることの意義と難しさ、得点を加算できる8位以内に入賞することの重要性を自覚する部員たちの競技会である。</p>
<p>選手も指導者も、それなりに高い緊張感と大きなプレッシャーを抱えての4日間であったことだろう。</p>
<p>インカレ中も箱根駅伝を目指す各チームは、集団応援の合間を縫ってジョギングやペース走などの練習時間を確保して神宮外苑などで走りこんでいる。過去開催してきた相模原ギオンスタジアムであれば併設のクロスカントリーコース。神奈川・日産スタジアムであれば外周コースなどがある。</p>
<p>スタンドで応援する学生たちや、合間を縫うように練習に励む各大学部員たちの後姿を見るにつけ、4年間という限られた時間の中で代表選手としてこのような大声援を背に走ることができるチャンスは限られていることを常々思ってしまう。</p>
<p>そのようにひとりごちていると、ある選手のことが脳裏をよぎった。</p>
<p>山梨学院高校卒業生の山口純平君（ELDORESO）、27歳。</p>
<p>2013年、山梨学院高校が第64回全国高校駅伝で優勝した時の登録選手であったが出走の機会はなく、翌年の65回大会はキャプテンとして4区を走り区間34位。卒業後は国士舘大学へ進学するも4年間は対校戦など公式戦への出場はなかった。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/TK1_16781.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">2014年の第65回全国高校駅伝で4区を走った山口純平</span></p></div>
<p>インカレ期間中などで、前述のような練習時間が各大学と重なる中で走っている姿を見かけるたびに、「お～い純平。頑張れよ！」と声をかけていた。</p>
<p>大学を卒業後はそうそう顔を合わせる機会もなくなるだろうと思っていた。</p>
<p>そんな矢先の2019年のおかやまマラソンを2時間17分37秒で２位、翌年の2020年高知龍馬マラソン優勝。市民ランナーとしての活躍を目にするようになった。</p>
<p>そんなこんなでたびたびネット上で見かけるようになり、なんと2022年の第31回IAU100km世界選手権（ドイツ・ベルリン）の日本代表となっている。この大会では個人として銀メダル、チームジャパンとして団体金メダルを獲得している。</p>
<p>東京マラソンや福岡国際マラソンなどにも参加しつつ、ウルトラマラソンランナーとしての活躍が目覚ましい。ポップで派手目のウェアーで走る姿の山口選手の市民ランナーとしての認知度が浸透してきているのを感じている。</p>
<p>月間走行距離が1000kmを超える月もあるそうで、一般社員として仕事をこなしつつトレーニングを継続してゆくことは並大抵のことではないと思い本人に聞いてみた。</p>
<p>「市民マラソンの大会に参加させていただくようになって、走ることを楽しんでいる方々から刺激をいただいて今がある。だから走ることの楽しさを見失わないように取り組んでいる。ウルトラマラソンも苦しみはあるが、その先の喜びや楽しさがあると想像できれば今の苦しみも楽しみに変わる。高校駅伝や箱根駅伝に向けて、その大会で走れなければ意味がないと自分を追い込んでいた時期があった。だからこそ今の楽しさを見つけることができた。会社を含めて応援していただいている方々に、自分が頑張っていることによって喜んでいただけると思うと今日も頑張れる」と語ってもらった。</p>
<p>ランニングウェアーのELDORESOを展開している株式会社タイムマシーンの阿久澤隆社長は、国士舘大学で添田正美前駅伝監督の1年先輩にあたる陸上部のご出身とお聞きした。</p>
<p>「2019年に卒業する走ることが好きな学生を紹介してほしい」と添田前監督に依頼したところ山口君を紹介されたそうだ。</p>
<p>早速どのような競技実績があるのかネットで検索してみたものの、何も主だった競技成績が出てこない。再度どのような選手なのか添田前監督に確認したところ、「山口は一生走り続けるような子ですよ」と推薦されたそうだ。</p>
<p>その言葉通り走り続け、走ることを楽しみ、走ることの意義さえも見出している。</p>
<p>昨年のサロマ湖100kmウルトラマラソンでは6時間6分08秒の日本新記録を達成している。世界記録はリトアニアのA.ソロキン選手が持つ6時間5分35秒（１km平均約3分39秒のペース）だ。</p>
<p>その33秒に挑むサロマ湖100kmウルトラマラソンが6月に開催される。楽しみを見失わず走った先に、新記録達成が成就されることを願ってやまない。</p>
<p>そういえば2014年2月に甲府市内のホテルで高校駅伝優勝の報告会を行ったとき、甲府市は気象観測始まって以来の豪雪に見舞われてしまい、交通機関が完全にストップしてしまった。</p>
<p>報告会に参加していた山口君のお母さんは、量販店で長靴を買い求め徒歩で笹子峠を越え中央本線の始発に間に合うように夜通し歩いて帰ったと聞いた。</p>
<p>5人兄弟の次男である山口君なので、お母さんが弟や妹のことを考えて徒歩で山越えを果たしたパワーは、確実に遺伝子として山口君に受け継がれていると確信している。</p>
<p>「ガンバレ純平！」</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/2G4A49801.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">昨年6月のサロマ湖100kmウルトラマラソンで日本記録を樹立した山口純平（ELDORESO提供）</span></p></div>
<table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 75px;">
<td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第45回「インカレの舞台に立つ難しさ～走ることを楽しみ、意義を見出して～」</h2><p>5月のコラムは関東インカレの話題で書かせていただいてきた（<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/34430">第9回</a>、<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/73437">21回</a>、<a href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/103424">33回</a>）。毎年のように激闘の末のドラマがあり、悲喜こもごもの熱い青春のたぎりを感じさせてくれる大会だからだ。</p><p>今年の第103回関東学生陸上競技対校選手権は、新型コロナウイルスの5類への移行を受けて、各大学恒例の集団応援が響き渡る国立競技場にて開催された。</p><p>2年前の応援自粛の中で、静かに開催せざるを得なかったことを思えば、国立競技場でこの大声援に包まれて大会を開催できることにありがたき幸せを感じる。<br />　<br />山梨学院大学は、800mで3名が決勝に進出。10000m競歩、1500m、3000m障害、走幅跳、三段跳でも得点を重ね、留学生が出場した10000mとハーフマラソン以外の得点でも1部残留得点を超え29年連続で1部残留を果たした。</p><p>1部16校の総合得点の15位と16位が2部に降格となる。15位の大東大が21点、14位で残留となった明大が24点。わずか3点の差が明暗を分けた。</p><p>インカレは対校戦であるがに故に、総合得点が最終評価となる。その雰囲気の中で、それぞれの種目の覇者となることの意義と難しさ、得点を加算できる8位以内に入賞することの重要性を自覚する部員たちの競技会である。</p><p>選手も指導者も、それなりに高い緊張感と大きなプレッシャーを抱えての4日間であったことだろう。</p><p>インカレ中も箱根駅伝を目指す各チームは、集団応援の合間を縫ってジョギングやペース走などの練習時間を確保して神宮外苑などで走りこんでいる。過去開催してきた相模原ギオンスタジアムであれば併設のクロスカントリーコース。神奈川・日産スタジアムであれば外周コースなどがある。</p><p>スタンドで応援する学生たちや、合間を縫うように練習に励む各大学部員たちの後姿を見るにつけ、4年間という限られた時間の中で代表選手としてこのような大声援を背に走ることができるチャンスは限られていることを常々思ってしまう。</p><p>そのようにひとりごちていると、ある選手のことが脳裏をよぎった。</p><p>山梨学院高校卒業生の山口純平君（ELDORESO）、27歳。</p><p>2013年、山梨学院高校が第64回全国高校駅伝で優勝した時の登録選手であったが出走の機会はなく、翌年の65回大会はキャプテンとして4区を走り区間34位。卒業後は国士舘大学へ進学するも4年間は対校戦など公式戦への出場はなかった。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/TK1_16781.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">2014年の第65回全国高校駅伝で4区を走った山口純平</span></p></div><p>インカレ期間中などで、前述のような練習時間が各大学と重なる中で走っている姿を見かけるたびに、「お～い純平。頑張れよ！」と声をかけていた。</p><p>大学を卒業後はそうそう顔を合わせる機会もなくなるだろうと思っていた。</p><p>そんな矢先の2019年のおかやまマラソンを2時間17分37秒で２位、翌年の2020年高知龍馬マラソン優勝。市民ランナーとしての活躍を目にするようになった。</p><p>そんなこんなでたびたびネット上で見かけるようになり、なんと2022年の第31回IAU100km世界選手権（ドイツ・ベルリン）の日本代表となっている。この大会では個人として銀メダル、チームジャパンとして団体金メダルを獲得している。</p><p>東京マラソンや福岡国際マラソンなどにも参加しつつ、ウルトラマラソンランナーとしての活躍が目覚ましい。ポップで派手目のウェアーで走る姿の山口選手の市民ランナーとしての認知度が浸透してきているのを感じている。</p><p>月間走行距離が1000kmを超える月もあるそうで、一般社員として仕事をこなしつつトレーニングを継続してゆくことは並大抵のことではないと思い本人に聞いてみた。</p><p>「市民マラソンの大会に参加させていただくようになって、走ることを楽しんでいる方々から刺激をいただいて今がある。だから走ることの楽しさを見失わないように取り組んでいる。ウルトラマラソンも苦しみはあるが、その先の喜びや楽しさがあると想像できれば今の苦しみも楽しみに変わる。高校駅伝や箱根駅伝に向けて、その大会で走れなければ意味がないと自分を追い込んでいた時期があった。だからこそ今の楽しさを見つけることができた。会社を含めて応援していただいている方々に、自分が頑張っていることによって喜んでいただけると思うと今日も頑張れる」と語ってもらった。</p><p>ランニングウェアーのELDORESOを展開している株式会社タイムマシーンの阿久澤隆社長は、国士舘大学で添田正美前駅伝監督の1年先輩にあたる陸上部のご出身とお聞きした。</p><p>「2019年に卒業する走ることが好きな学生を紹介してほしい」と添田前監督に依頼したところ山口君を紹介されたそうだ。</p><p>早速どのような競技実績があるのかネットで検索してみたものの、何も主だった競技成績が出てこない。再度どのような選手なのか添田前監督に確認したところ、「山口は一生走り続けるような子ですよ」と推薦されたそうだ。</p><p>その言葉通り走り続け、走ることを楽しみ、走ることの意義さえも見出している。</p><p>昨年のサロマ湖100kmウルトラマラソンでは6時間6分08秒の日本新記録を達成している。世界記録はリトアニアのA.ソロキン選手が持つ6時間5分35秒（１km平均約3分39秒のペース）だ。</p><p>その33秒に挑むサロマ湖100kmウルトラマラソンが6月に開催される。楽しみを見失わず走った先に、新記録達成が成就されることを願ってやまない。</p><p>そういえば2014年2月に甲府市内のホテルで高校駅伝優勝の報告会を行ったとき、甲府市は気象観測始まって以来の豪雪に見舞われてしまい、交通機関が完全にストップしてしまった。</p><p>報告会に参加していた山口君のお母さんは、量販店で長靴を買い求め徒歩で笹子峠を越え中央本線の始発に間に合うように夜通し歩いて帰ったと聞いた。</p><p>5人兄弟の次男である山口君なので、お母さんが弟や妹のことを考えて徒歩で山越えを果たしたパワーは、確実に遺伝子として山口君に受け継がれていると確信している。</p><p>「ガンバレ純平！」</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/05/2G4A49801.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">昨年6月のサロマ湖100kmウルトラマラソンで日本記録を樹立した山口純平（ELDORESO提供）</span></p></div><table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 75px;"><td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td></tr></tbody></table>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第44回「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/134267</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 Apr 2024 18:00:39 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[森井勇磨]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=134267</guid>
		<gnf:modified>Wed, 01 May 2024 11:03:50 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 01 May 2024 11:03:50 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/1MO_17445.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/1MO_17445.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第44回「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」</h2>
<p>４月を振り返ると、前半は水彩画の技法のように、薄く水で溶いた黄緑色が野山に少し潤いを与えたように彩られていた。そう思う間もなく後半には濃い緑が新緑の勢いを誇示する風景となってきた。</p>
<p>春爛漫と言いたいところではあるが、花粉症と黄砂に悩まされた日々でもあった。眼のかゆみ・くしゃみ・鼻水・鼻詰まりは、なかなかしんどいものである。コロナ禍でマスク着用が日常であったことを顧みれば、点眼薬に助けられつつも耐えようがある。</p>
<p>4月は年度の始めということもあり新生活がスタートする。会社では入社式、学校ならば入学式や始業式が執り行われる。生活環境や生活様式、規則や規律、風土・風習などの違いは戸惑う日々となったことだろう。不慣れを受け入れ、それを理解してゆくにはそれぞれの時間軸に違いが生じるものだ。</p>
<p>「習うより慣れよ」としばしば言われるが、言ってはみるものの慣れるには時間が必要と承知している。慣れないうちにしでかしたミスは、後の教訓となり生きる財産となることが多い。この年になって振り返るとつくづく実感される。</p>
<p>学校スポーツの現場では、さながら「習いながら慣れよ」といった実践が施されてゆく。コーチングは常に、放任を自主性重視と言い換えたり、改革改善の余地がある行動規範を伝統といいつつ、そのタイミングを失ってしまうことの無いように取り組まなければならないからだ。</p>
<p>“習う＝学ぶ”と捉えれば、学ぶ意欲や楽しさを享受できる環境や指導法に一工夫凝らす努力が必要となってくる。</p>
<p>「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」の言葉がある。コーチングの基本に立ち返れば『やって見せ（手本・見本を示す）、言って聞かせて（理論や根拠を教える）、させてみて（実践と継続）、褒めて（経過観察による評価・称賛）人を動かす（モチベーションセオリー）』のように多岐にわたる配慮が必要となってくる。そのうえでさらに踏み込めば、「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」と言いたくもなる。</p>
<p>マニュアルは知っているが、頭でっかちとなって実戦で役立たないようでは競技者としての成長が望めないからだ。<br />
　<br />
最初は「知らない・できない・わからない」で当然。失敗と下手、追いつかない・届かないことが当たり前からのスタートだ。選手は常に知らないことを知ろうとする学習意欲を保ち、できないことができるようになるための継続をあきらめず、わからないことの真意を探求し理解する勤勉さを持つべきともいえる。</p>
<p>このような思いで選手と指導者がグラウンドに立つ時に相互の思いが結ばれ、それがチームに反映されるならば集団の熱量となって結果につながると信じてきた。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/PoYBDB25-0151-1.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">今年2月の大阪マラソンを走る森井勇磨。一時期実業団に在籍したが、現在は市民ランナーとして走り続けている</span></p></div>
<p>ある卒業生が“知らない・できない・わからない”からスタートし、やがて「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」との思いを、まさしく実践と結果で示してくれたことに驚いた。</p>
<p>4月15日伝統のボストンマラソン。2時間9分59秒で日本人トップの8位に入賞。森井勇磨（33歳：京都陸協）の名前がリザルトに書き込まれていた。</p>
<p>森井は2014年の第90回箱根駅伝のアンカー。留年して迎えたこの大会で１回のみ出走を果たしている。ちなみのこの年は2区のエノック・オムワンバが腓骨疲労骨折のため途中棄権した年であり、3区以降は参考記録となっている。そのため区間順位はついていないが、区間５位相当の記録で走破している。</p>
<p>京都・山城高校から入学してきた森井君は、真面目で一徹な走ることが大好きな選手の印象があった。そんな良き面を覆いかぶせるほどに、リズム体操やラダー、ミニハードル・バランスボールなど、何をやらせても下手で不器用で遅かった。</p>
<p>何しろできない時間（日々･･･月日）が長く、あきれるほどであったことが思い起こされる。今でもリズム体操を、壊れたブリキのおもちゃのような動きでやっている姿を鮮明に思い出す。</p>
<p>卒業後は一時期実業団等に在籍するも、“真面目で一徹＝周りが見えない”ところもあったためか退社。その後は市民ランナーとして走り続けてきた。ボストンマラソンの結果は1981年のこの大会を2時間9分26秒で制した瀬古利彦氏以来の“サブテン”（2時間10分切り）を達成しての入賞であったと後に知った。</p>
<p>不器用を絵にかいたような森井君が「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」をまさしく卒業後10年かけてボストンで証明してくれたことは誇らしい。</p>
<p>“知らない・できない・わからない”がやがて“知っている・できる・理解している”になる日を楽しみに、すべての“新入生・新入社員”にエールを贈る。</p>
<table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 75px;">
<td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第44回「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」</h2><p>４月を振り返ると、前半は水彩画の技法のように、薄く水で溶いた黄緑色が野山に少し潤いを与えたように彩られていた。そう思う間もなく後半には濃い緑が新緑の勢いを誇示する風景となってきた。</p><p>春爛漫と言いたいところではあるが、花粉症と黄砂に悩まされた日々でもあった。眼のかゆみ・くしゃみ・鼻水・鼻詰まりは、なかなかしんどいものである。コロナ禍でマスク着用が日常であったことを顧みれば、点眼薬に助けられつつも耐えようがある。</p><p>4月は年度の始めということもあり新生活がスタートする。会社では入社式、学校ならば入学式や始業式が執り行われる。生活環境や生活様式、規則や規律、風土・風習などの違いは戸惑う日々となったことだろう。不慣れを受け入れ、それを理解してゆくにはそれぞれの時間軸に違いが生じるものだ。</p><p>「習うより慣れよ」としばしば言われるが、言ってはみるものの慣れるには時間が必要と承知している。慣れないうちにしでかしたミスは、後の教訓となり生きる財産となることが多い。この年になって振り返るとつくづく実感される。</p><p>学校スポーツの現場では、さながら「習いながら慣れよ」といった実践が施されてゆく。コーチングは常に、放任を自主性重視と言い換えたり、改革改善の余地がある行動規範を伝統といいつつ、そのタイミングを失ってしまうことの無いように取り組まなければならないからだ。</p><p>“習う＝学ぶ”と捉えれば、学ぶ意欲や楽しさを享受できる環境や指導法に一工夫凝らす努力が必要となってくる。</p><p>「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」の言葉がある。コーチングの基本に立ち返れば『やって見せ（手本・見本を示す）、言って聞かせて（理論や根拠を教える）、させてみて（実践と継続）、褒めて（経過観察による評価・称賛）人を動かす（モチベーションセオリー）』のように多岐にわたる配慮が必要となってくる。そのうえでさらに踏み込めば、「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」と言いたくもなる。</p><p>マニュアルは知っているが、頭でっかちとなって実戦で役立たないようでは競技者としての成長が望めないからだ。<br />　<br />最初は「知らない・できない・わからない」で当然。失敗と下手、追いつかない・届かないことが当たり前からのスタートだ。選手は常に知らないことを知ろうとする学習意欲を保ち、できないことができるようになるための継続をあきらめず、わからないことの真意を探求し理解する勤勉さを持つべきともいえる。</p><p>このような思いで選手と指導者がグラウンドに立つ時に相互の思いが結ばれ、それがチームに反映されるならば集団の熱量となって結果につながると信じてきた。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/PoYBDB25-0151-1.jpg" alt="" width="800" height="600" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">今年2月の大阪マラソンを走る森井勇磨。一時期実業団に在籍したが、現在は市民ランナーとして走り続けている</span></p></div><p>ある卒業生が“知らない・できない・わからない”からスタートし、やがて「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」との思いを、まさしく実践と結果で示してくれたことに驚いた。</p><p>4月15日伝統のボストンマラソン。2時間9分59秒で日本人トップの8位に入賞。森井勇磨（33歳：京都陸協）の名前がリザルトに書き込まれていた。</p><p>森井は2014年の第90回箱根駅伝のアンカー。留年して迎えたこの大会で１回のみ出走を果たしている。ちなみのこの年は2区のエノック・オムワンバが腓骨疲労骨折のため途中棄権した年であり、3区以降は参考記録となっている。そのため区間順位はついていないが、区間５位相当の記録で走破している。</p><p>京都・山城高校から入学してきた森井君は、真面目で一徹な走ることが大好きな選手の印象があった。そんな良き面を覆いかぶせるほどに、リズム体操やラダー、ミニハードル・バランスボールなど、何をやらせても下手で不器用で遅かった。</p><p>何しろできない時間（日々･･･月日）が長く、あきれるほどであったことが思い起こされる。今でもリズム体操を、壊れたブリキのおもちゃのような動きでやっている姿を鮮明に思い出す。</p><p>卒業後は一時期実業団等に在籍するも、“真面目で一徹＝周りが見えない”ところもあったためか退社。その後は市民ランナーとして走り続けてきた。ボストンマラソンの結果は1981年のこの大会を2時間9分26秒で制した瀬古利彦氏以来の“サブテン”（2時間10分切り）を達成しての入賞であったと後に知った。</p><p>不器用を絵にかいたような森井君が「習ったなら実践を繰り返し慣れろ」をまさしく卒業後10年かけてボストンで証明してくれたことは誇らしい。</p><p>“知らない・できない・わからない”がやがて“知っている・できる・理解している”になる日を楽しみに、すべての“新入生・新入社員”にエールを贈る。</p><table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 75px;"><td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td></tr></tbody></table>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第43回「春風を以て人に接し、秋霜を以て自らを慎む」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/131858</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 28 Mar 2024 17:55:56 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=131858</guid>
		<gnf:modified>Thu, 28 Mar 2024 12:50:02 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 28 Mar 2024 12:50:02 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/IMG_5864.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/IMG_5864.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第43回「春風を以て人に接し、秋霜を以て自らを慎む」</h2>
<p>桜の開花予報が伝えられるこの季節は、年度末であり卒業のシーズンだ。</p>
<p>教育現場に籍を置けば、人生の節目でもある卒業生に対し、惜別と激励の言葉を述べなければならない。ともに過ごした年月を回顧しつつ、卒業生に対する思い出が甦ってくる。</p>
<p>“指導”という言葉は“指を指し示して導く”という意味だろう。それと知りつつ、実際に指を指し示してみると、自分自身に指が3本向いていることに気づかされる。</p>
<p>「惜別と激励の言葉にふさわしい指導ができたのか？」<br />
自問自答を繰り返す。</p>
<p>新入生を前に、これからともに歩んでいく希望や信念を語るのとは趣が異なる。それでも過去を振り返り、これから社会人として一歩を踏み出す彼らに花向けの言葉を述べなければならない。</p>
<p>冬の寒さに厳しさを知りたるがゆえに<br />
春の到来をことのほか喜び<br />
夏の暑さに挫けそうになりながらも<br />
秋の訪れに心が和む</p>
<p>四季折々の美しさや厳しさ、春夏秋冬それぞれの季節がくっきりと彩られる中で、花鳥風月をともとして過ごされてきた卒業生諸君。それぞれの学び舎で、君たちはどのようなことを学んだだろうか。どれだけ心のフィールドを広げてきただろうか。</p>
<p>毎年手帳に書き込む好きな言葉の1つに、<strong>『春風を以て人に接し、秋霜を以て自らを慎む』</strong>がある。江戸時代の儒学者・佐藤一斎は、人としての生き方を短い言葉の中に表している。</p>
<p>「春風を以て……」<br />
春の日に優しく吹く風のように人と接することは、人の世を生きていくうえでとても大切なことだろう。優しさは厳しさの中にあって、心を広く深く育ててきた人が持つ財産だから。</p>
<p>それゆえに</p>
<p>「秋霜を以て……」<br />
厳しい寒さに向かう季節を告げるかのような秋の霜のように、自らを厳しく見つめることが肝要なのだと締めくくっている。</p>
<p>競技者として自己の限界に挑み、ライバルとの勝負に集中する程に、波立つ気持ちやささくれた感情を制御しきれず、苛立ちや怒りをどこに持って行けば良いのか途方に暮れた経験があるはずだ。競技に真剣に取り組むからこそ、他者に厳しく自分に甘き人の弱さに気づかされる。自らを厳しく律し、人には思いやりを持ち続けることの難しさは、嫌というほど思い知らされてきたことだろう。</p>
<p>それでも陸上競技者として喜怒哀楽の経験を重ね、困難苦難を乗り越えた経験があればこそ、本当の優しさとはどのようなものかに気づき、無意識に行動は伴ってくると信じている。</p>
<p>陸上競技に明け暮れた4年間。速さだの強さだのと言ったところで、人生の一瞬の出来事に過ぎない。肝心なのは、君たちがこの先どのように人と関わり、生きていくかということだろう。</p>
<p>そして、忘れてはならないことがある。君達が入学した2020年は、コロナパンデミックによる感染症対策の真っただ中にいたことだ。</p>
<p>人と関わりつつ生きてゆくことの大切さを語っておきながら、感染症対策の日々はそれとは真逆の生活を余儀なくさてきた経験がある。世界的な感染症の蔓延が私たちに与えた衝撃は余りにも大きく、あらゆる生活様式の規制があった。さらには、大会や行事の中止・延期に対する慟哭（どうこく）があったことだろう。ぶつけようのない怒りを内に秘め、日々を過ごすしかなかったことと思う。</p>
<p>だからこそ君たちは、人と関わり、人として生きるとはどのようなことなのかを深く考えさせられたはずだ。</p>
<p>陸上競技を通じて経験した喜怒哀楽の思い出は、単なる思い出としてではなく、「春風を以て人に接し、秋霜を以て自らを慎む」の言の葉が持つ意味を、深く知る社会人として歩んでいってほしいと願っている。</p>
<div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/IMG_5864.jpg" alt="" width="800" height="600" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/IMG_5864.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/IMG_5864-300x225.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/IMG_5864-768x576.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">山梨学大の卒業式にて。中距離ブロックの選手たちと</span></p></div>
<p>【追記】<br />
今年の箱根駅伝後に神奈川大学監督を勇退し、4月から総監督となる大後栄治氏。昨年3月末で駒澤大学監督を勇退し、現在は総監督としてトップ選手の指導にあたる私と同年代の大八木弘明氏。お二人とも、長らく箱根駅伝というステージでともに切磋琢磨してきた盟友である。<br />
<span style="font-size: 8pt;">※編集部注・・・1990年代後半には、そろって駅伝で優勝候補に挙げられたことから、それぞれの大学の頭文字を取って「YKK（山梨学大・神奈川大・駒大）」と呼ばれた</span></p>
<p>お人柄もタイプの違いこそあれ、“春風秋霜”を指導に実践してこられたことは疑う余地がない。</p>
<p>大後氏は、初代を担った青葉昌幸氏の後継として、関東学連の駅伝対策委員長を2014年まで務められた。私がその後を引き継いだこともあり、感慨もひとしおである。</p>
<div id="attachment_131863" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131863" class="wp-image-131863 size-full" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/KPW231016_091.jpg" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/KPW231016_091.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/KPW231016_091-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/KPW231016_091-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-131863" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">歴代駅伝対策委員長の3人。右から初代の青葉昌幸氏、2代目の大後栄治氏、3代目の上田氏</span></p></div>
<p>大八木氏は、田澤廉選手（トヨタ自動車）など一部の卒業生の指導を引き継ぎ担い、世界を目指して有言実行に努めておられる。</p>
<p>お二人には尊敬すべき指導者として多くの刺激を与えていただいた。箱根駅伝を一つの大きな終着駅かつ乗換駅としてチームを育成し、選手に熱き情熱を傾けた監督が、箱根路を卒業するのは一抹の寂しさを感じる。</p>
<p>しかしながら、まだまだその後ろ姿には迸（ほとばし）るエネルギーを感じる。</p>
<p>私は2019年に山梨学院大学の駅伝監督を退いて以来、駅伝チームとは距離を置く立場となったが、駅伝対策委員長として駅伝競技の大会運営の一端に関わらせていただいた。</p>
<p>特に大会の準備・運営で関係各所でのご苦労の深淵を知ることができた。そのことは箱根駅伝をこよなく愛する一人として、さらに慈しみが増したと言える。</p>
<p>今年度限りで駅伝対策委員長も卒業となる。多くの方々に支えていただいたことに感謝の念でいっぱいである。残された本学在籍期間は、中距離コーチとして選手とともに歩みを進めることに情熱を傾けたい。</p>
<p>「春風秋霜」を糧として。</p>
<table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 75px;">
<td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第43回「春風を以て人に接し、秋霜を以て自らを慎む」</h2><p>桜の開花予報が伝えられるこの季節は、年度末であり卒業のシーズンだ。</p><p>教育現場に籍を置けば、人生の節目でもある卒業生に対し、惜別と激励の言葉を述べなければならない。ともに過ごした年月を回顧しつつ、卒業生に対する思い出が甦ってくる。</p><p>“指導”という言葉は“指を指し示して導く”という意味だろう。それと知りつつ、実際に指を指し示してみると、自分自身に指が3本向いていることに気づかされる。</p><p>「惜別と激励の言葉にふさわしい指導ができたのか？」<br />自問自答を繰り返す。</p><p>新入生を前に、これからともに歩んでいく希望や信念を語るのとは趣が異なる。それでも過去を振り返り、これから社会人として一歩を踏み出す彼らに花向けの言葉を述べなければならない。</p><p>冬の寒さに厳しさを知りたるがゆえに<br />春の到来をことのほか喜び<br />夏の暑さに挫けそうになりながらも<br />秋の訪れに心が和む</p><p>四季折々の美しさや厳しさ、春夏秋冬それぞれの季節がくっきりと彩られる中で、花鳥風月をともとして過ごされてきた卒業生諸君。それぞれの学び舎で、君たちはどのようなことを学んだだろうか。どれだけ心のフィールドを広げてきただろうか。</p><p>毎年手帳に書き込む好きな言葉の1つに、<strong>『春風を以て人に接し、秋霜を以て自らを慎む』</strong>がある。江戸時代の儒学者・佐藤一斎は、人としての生き方を短い言葉の中に表している。</p><p>「春風を以て……」<br />春の日に優しく吹く風のように人と接することは、人の世を生きていくうえでとても大切なことだろう。優しさは厳しさの中にあって、心を広く深く育ててきた人が持つ財産だから。</p><p>それゆえに</p><p>「秋霜を以て……」<br />厳しい寒さに向かう季節を告げるかのような秋の霜のように、自らを厳しく見つめることが肝要なのだと締めくくっている。</p><p>競技者として自己の限界に挑み、ライバルとの勝負に集中する程に、波立つ気持ちやささくれた感情を制御しきれず、苛立ちや怒りをどこに持って行けば良いのか途方に暮れた経験があるはずだ。競技に真剣に取り組むからこそ、他者に厳しく自分に甘き人の弱さに気づかされる。自らを厳しく律し、人には思いやりを持ち続けることの難しさは、嫌というほど思い知らされてきたことだろう。</p><p>それでも陸上競技者として喜怒哀楽の経験を重ね、困難苦難を乗り越えた経験があればこそ、本当の優しさとはどのようなものかに気づき、無意識に行動は伴ってくると信じている。</p><p>陸上競技に明け暮れた4年間。速さだの強さだのと言ったところで、人生の一瞬の出来事に過ぎない。肝心なのは、君たちがこの先どのように人と関わり、生きていくかということだろう。</p><p>そして、忘れてはならないことがある。君達が入学した2020年は、コロナパンデミックによる感染症対策の真っただ中にいたことだ。</p><p>人と関わりつつ生きてゆくことの大切さを語っておきながら、感染症対策の日々はそれとは真逆の生活を余儀なくさてきた経験がある。世界的な感染症の蔓延が私たちに与えた衝撃は余りにも大きく、あらゆる生活様式の規制があった。さらには、大会や行事の中止・延期に対する慟哭（どうこく）があったことだろう。ぶつけようのない怒りを内に秘め、日々を過ごすしかなかったことと思う。</p><p>だからこそ君たちは、人と関わり、人として生きるとはどのようなことなのかを深く考えさせられたはずだ。</p><p>陸上競技を通じて経験した喜怒哀楽の思い出は、単なる思い出としてではなく、「春風を以て人に接し、秋霜を以て自らを慎む」の言の葉が持つ意味を、深く知る社会人として歩んでいってほしいと願っている。</p><div id="attachment_131862" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131862" class="size-full wp-image-131862" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/IMG_5864.jpg" alt="" width="800" height="600" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/IMG_5864.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/IMG_5864-300x225.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/IMG_5864-768x576.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-131862" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">山梨学大の卒業式にて。中距離ブロックの選手たちと</span></p></div><p>【追記】<br />今年の箱根駅伝後に神奈川大学監督を勇退し、4月から総監督となる大後栄治氏。昨年3月末で駒澤大学監督を勇退し、現在は総監督としてトップ選手の指導にあたる私と同年代の大八木弘明氏。お二人とも、長らく箱根駅伝というステージでともに切磋琢磨してきた盟友である。<br /><span style="font-size: 8pt;">※編集部注・・・1990年代後半には、そろって駅伝で優勝候補に挙げられたことから、それぞれの大学の頭文字を取って「YKK（山梨学大・神奈川大・駒大）」と呼ばれた</span></p><p>お人柄もタイプの違いこそあれ、“春風秋霜”を指導に実践してこられたことは疑う余地がない。</p><p>大後氏は、初代を担った青葉昌幸氏の後継として、関東学連の駅伝対策委員長を2014年まで務められた。私がその後を引き継いだこともあり、感慨もひとしおである。</p><div id="attachment_131863" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-131863" class="wp-image-131863 size-full" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/KPW231016_091.jpg" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/KPW231016_091.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/KPW231016_091-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/03/KPW231016_091-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-131863" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">歴代駅伝対策委員長の3人。右から初代の青葉昌幸氏、2代目の大後栄治氏、3代目の上田氏</span></p></div><p>大八木氏は、田澤廉選手（トヨタ自動車）など一部の卒業生の指導を引き継ぎ担い、世界を目指して有言実行に努めておられる。</p><p>お二人には尊敬すべき指導者として多くの刺激を与えていただいた。箱根駅伝を一つの大きな終着駅かつ乗換駅としてチームを育成し、選手に熱き情熱を傾けた監督が、箱根路を卒業するのは一抹の寂しさを感じる。</p><p>しかしながら、まだまだその後ろ姿には迸（ほとばし）るエネルギーを感じる。</p><p>私は2019年に山梨学院大学の駅伝監督を退いて以来、駅伝チームとは距離を置く立場となったが、駅伝対策委員長として駅伝競技の大会運営の一端に関わらせていただいた。</p><p>特に大会の準備・運営で関係各所でのご苦労の深淵を知ることができた。そのことは箱根駅伝をこよなく愛する一人として、さらに慈しみが増したと言える。</p><p>今年度限りで駅伝対策委員長も卒業となる。多くの方々に支えていただいたことに感謝の念でいっぱいである。残された本学在籍期間は、中距離コーチとして選手とともに歩みを進めることに情熱を傾けたい。</p><p>「春風秋霜」を糧として。</p><table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 75px;"><td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td></tr></tbody></table>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天／第42回「スポーツの世界における“矛と盾”～切磋琢磨の末に生まれる新時代の息吹～」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/129500</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 28 Feb 2024 18:46:26 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[上田誠仁]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=129500</guid>
		<gnf:modified>Wed, 28 Feb 2024 18:56:05 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Wed, 28 Feb 2024 18:56:05 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/f1e768ab3fc7286954bb5543c0107c33.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/f1e768ab3fc7286954bb5543c0107c33.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br />
<strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p>
<h2>第42回「スポーツの世界における“矛と盾”～切磋琢磨の末に生まれる新時代の息吹～」</h2>
<p>矛盾という言葉の意味は「韓非子」に記されている。</p>
<p>「何でも突き通す矛（剣）」と「どんな攻撃でも防ぐ盾」を売る商人に対して、ある客が「あなたの矛であなたの盾を貫いたらどうなりますか？」と問うてみたところ、商人は答えることができなかった。そこから、つじつまの合わないことを「矛盾」（むじゅん）と言うようになったそうだ。</p>
<p>しかしながら、今回は100回の歴史を重ねてきた箱根駅伝を終え振り返った時、「むじゅん」として使われる漢字の「矛」と「盾」を別の捉え方に思い至った。</p>
<p>故事成語の出典である韓非子による「つじつまが合わぬ矛盾」を語るのではなく、勝負の世界で好敵手としての「盾と矛」の存在としてのイメージが浮かんできたからだ。</p>
<p>より鋭き剣となって最強とうたわれた盾を突き破らんとすることと同じく、より逞しき盾となって鋭き剣に打ち破られんとすることは、ライバル関係であるお互いの必然である。</p>
<p>“好敵手”いわゆる良きライバルの存在があればこそ、レベルの向上を目指す飽くなき探求心が生まれ、日々の鍛錬が継続される。</p>
<p>しのぎを削る矛と盾の勝負に着目しがちであるが、そのようになるまでにどのように鍛え上げてきたのかに興味が尽きない。</p>
<p>いずれにせよ、ライバルとして相手の力を知り、それを認め、超えようとすることがスポーツの醍醐味であり魅力でもあるからだ。</p>
<p>箱根駅伝の勝負のゆくえは臨場感満載の中継や専門誌で伝えられている。その背景には前回王者の駒澤大学に挑み、見事大会新記録で制した青山学院大学を筆頭に、すべての大学が、前方の盾を突き破ろうと挑戦し、後方からの矛に突き崩されまいと、鍛錬の1年間を過ごしてきたことに疑う余地はない。チーム内での鍛錬と精進は“切磋琢磨”の日々と言える。</p>
<p>すでに丸亀国際ハーフマラソンなど次年度を見据えた強化とせめぎ合いは始まっている。箱根駅伝の余韻も冷めやらぬ1月下旬、駒澤大学の佐藤圭汰選手（2年）が米国のボストンで行われた室内競技会において5000m13分09秒45の室内日本記録を更新。</p>
<p>……と書き終えたところで、2月25日の大阪マラソンでは國學院大學の平林清澄選手（3年）が2時間6分18秒の日本学生新記録・初マラソン日本人最高記録を樹立して優勝した。30km過ぎから先頭を譲らない圧巻の走りであった。</p>
<div id="attachment_129501" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-129501" class="size-full wp-image-129501" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/f1e768ab3fc7286954bb5543c0107c33.jpg" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/f1e768ab3fc7286954bb5543c0107c33.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/f1e768ab3fc7286954bb5543c0107c33-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/f1e768ab3fc7286954bb5543c0107c33-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-129501" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">駒大・佐藤圭汰選手（左）と國學院大・平林清澄選手</span></p></div>
<p>ともに「箱根から世界へ」との思いを牽引するランナーとして、今年の活躍を期待したい。</p>
<p>そして、箱根駅伝での結果を受けて、それぞれのチームが監督と学生スタッフとともにどのようにチーム作りを進めてゆくのか注目だ。</p>
<p>大学は毎年選手の入れ替えが行われ、経験を積んだ主将や主務も巣立って行く。それと同時に新たに主将や主務の引継ぎが行われ、歴史を継承すべくチーム作りが始まっている。</p>
<p>3月は卒業式を迎える。現在から未来を見つめるだけでは夢（フィクション・仮想）に過ぎず、卒業して行く先輩やチームの歴史の中にあって、過去から学ぶ姿勢を持つことでノンフィクション（現実）の中で目標を追うことができる。順天堂大学時代に体育経営学の北森義明先生のチームマネージメント（チームビルディング）の講義で、そのように拝聴したことがある。</p>
<p>より強き矛と盾になるためのチーム作りを行うとすれば、未来を予見する鋭い洞察力と現状を把握する観察眼、そして過去から学ぶ姿勢と経緯の検証を謙虚に進めることが必要であろう。</p>
<p>「優れた矛の存在無くして優れた盾の存在はあり得ない」と読み取るならば、すべてのチームがしっかりとしたチーム運営を司り、昨年以上の戦力と結束力を築き上げて再び激戦の箱根路に挑んでくることを信じている。</p>
<table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;">
<tbody>
<tr style="height: 75px;">
<td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-71312" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1208" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-scaled.jpg 2560w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-300x142.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1024x483.jpg 1024w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-768x362.jpg 768w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-1536x725.jpg 1536w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/04/0c6dd3854579150dc618a61520a366ae-2048x966.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /><br /><strong>山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます！</strong></p><h2>第42回「スポーツの世界における“矛と盾”～切磋琢磨の末に生まれる新時代の息吹～」</h2><p>矛盾という言葉の意味は「韓非子」に記されている。</p><p>「何でも突き通す矛（剣）」と「どんな攻撃でも防ぐ盾」を売る商人に対して、ある客が「あなたの矛であなたの盾を貫いたらどうなりますか？」と問うてみたところ、商人は答えることができなかった。そこから、つじつまの合わないことを「矛盾」（むじゅん）と言うようになったそうだ。</p><p>しかしながら、今回は100回の歴史を重ねてきた箱根駅伝を終え振り返った時、「むじゅん」として使われる漢字の「矛」と「盾」を別の捉え方に思い至った。</p><p>故事成語の出典である韓非子による「つじつまが合わぬ矛盾」を語るのではなく、勝負の世界で好敵手としての「盾と矛」の存在としてのイメージが浮かんできたからだ。</p><p>より鋭き剣となって最強とうたわれた盾を突き破らんとすることと同じく、より逞しき盾となって鋭き剣に打ち破られんとすることは、ライバル関係であるお互いの必然である。</p><p>“好敵手”いわゆる良きライバルの存在があればこそ、レベルの向上を目指す飽くなき探求心が生まれ、日々の鍛錬が継続される。</p><p>しのぎを削る矛と盾の勝負に着目しがちであるが、そのようになるまでにどのように鍛え上げてきたのかに興味が尽きない。</p><p>いずれにせよ、ライバルとして相手の力を知り、それを認め、超えようとすることがスポーツの醍醐味であり魅力でもあるからだ。</p><p>箱根駅伝の勝負のゆくえは臨場感満載の中継や専門誌で伝えられている。その背景には前回王者の駒澤大学に挑み、見事大会新記録で制した青山学院大学を筆頭に、すべての大学が、前方の盾を突き破ろうと挑戦し、後方からの矛に突き崩されまいと、鍛錬の1年間を過ごしてきたことに疑う余地はない。チーム内での鍛錬と精進は“切磋琢磨”の日々と言える。</p><p>すでに丸亀国際ハーフマラソンなど次年度を見据えた強化とせめぎ合いは始まっている。箱根駅伝の余韻も冷めやらぬ1月下旬、駒澤大学の佐藤圭汰選手（2年）が米国のボストンで行われた室内競技会において5000m13分09秒45の室内日本記録を更新。</p><p>……と書き終えたところで、2月25日の大阪マラソンでは國學院大學の平林清澄選手（3年）が2時間6分18秒の日本学生新記録・初マラソン日本人最高記録を樹立して優勝した。30km過ぎから先頭を譲らない圧巻の走りであった。</p><div id="attachment_129501" style="width: 810px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-129501" class="size-full wp-image-129501" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/f1e768ab3fc7286954bb5543c0107c33.jpg" alt="" width="800" height="533" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/f1e768ab3fc7286954bb5543c0107c33.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/f1e768ab3fc7286954bb5543c0107c33-300x200.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/f1e768ab3fc7286954bb5543c0107c33-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-129501" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 8pt;">駒大・佐藤圭汰選手（左）と國學院大・平林清澄選手</span></p></div><p>ともに「箱根から世界へ」との思いを牽引するランナーとして、今年の活躍を期待したい。</p><p>そして、箱根駅伝での結果を受けて、それぞれのチームが監督と学生スタッフとともにどのようにチーム作りを進めてゆくのか注目だ。</p><p>大学は毎年選手の入れ替えが行われ、経験を積んだ主将や主務も巣立って行く。それと同時に新たに主将や主務の引継ぎが行われ、歴史を継承すべくチーム作りが始まっている。</p><p>3月は卒業式を迎える。現在から未来を見つめるだけでは夢（フィクション・仮想）に過ぎず、卒業して行く先輩やチームの歴史の中にあって、過去から学ぶ姿勢を持つことでノンフィクション（現実）の中で目標を追うことができる。順天堂大学時代に体育経営学の北森義明先生のチームマネージメント（チームビルディング）の講義で、そのように拝聴したことがある。</p><p>より強き矛と盾になるためのチーム作りを行うとすれば、未来を予見する鋭い洞察力と現状を把握する観察眼、そして過去から学ぶ姿勢と経緯の検証を謙虚に進めることが必要であろう。</p><p>「優れた矛の存在無くして優れた盾の存在はあり得ない」と読み取るならば、すべてのチームがしっかりとしたチーム運営を司り、昨年以上の戦力と結束力を築き上げて再び激戦の箱根路に挑んでくることを信じている。</p><table style="height: 75px; width: 100.243%; border-collapse: collapse; border-color: #85e0ff; background-color: #a1f7ff; border-style: solid;"><tbody><tr style="height: 75px;"><td style="width: 100%; height: 75px;"><span style="font-family: tahoma, arial, helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 10.6667px;">上田誠仁 Ueda Masahito／1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000ｍで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。</span></span></td></tr></tbody></table>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>【第100回箱根駅伝】出場全230人の証言～山梨学大～髙木翔瑛「自分の考えを持って」弓削「最低限の走りができた」</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/128006</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 09 Feb 2024 17:38:15 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=128006</guid>
		<gnf:modified>Fri, 09 Feb 2024 17:50:17 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Fri, 09 Feb 2024 17:50:17 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/KO2401021016.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/KO2401021016.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>記念すべき第100回目の箱根駅伝に出場した23チームの、出走全230人にアンケートを実施。出走したすべての選手たちの声を刻みます！</p>
<p>【アンケート項目】<br />
（1）大会を終えての感想、コースの攻略法など<br />
（2）今だから話せる裏話<br />
（3）監督車からの声掛けで心の残ったもの<br />
（4）4年生から後輩たちへ／来年度への意気込み</p>
<p>●山梨学大<br />
総合23位（往路15位、復路23位）　　11時間11分11秒<br />
監督：飯島理彰</p>
<p>1区　北村惇生（4年）　区間16位<br />
（1）自分の走りに点数をつけるなら120点。上出来だったと思います。六郷橋あたりがきつかったです。<br />
（2）ペースが速すぎて15km通過時点で死を悟りました。<br />
（3）――<br />
（4）――</p>
<p>2区　ブライアン・キピエゴ（1年）　区間9位<br />
（1）自身の走りとしてはあまり納得がいっていないです。13～15kmがきつかったです。そこではリズムを意識して走りました。<br />
（2）足が痛くて万全ではなかったです。<br />
（3）「ブライアン、リズム！」<br />
（4）次回こそは満足のいく走りをして区間上位で走りたいです。</p>
<p>3区　髙木翔瑛（4年）　区間22位<br />
（1）スピードに乗っていけなかったです。チーム目標が達成できなかった。入りのスピードが重要で、同じ力なら下半身を使うのがポイントだと思いました。<br />
（2）復路を走るために距離走だけやっていました<br />
（3）「お前の陸上生活はあと30分しかない」<br />
（4）悔しい言葉はいらないからやり切ったコメントで終わろう。ケガをしないこと。自分の希望の区間や身体の状態などはっきりと意思表示すること。自分の考えを持って大切にすること。</p>
<p>4区　和田瑛登（1年）　区間17位<br />
（1）チームに貢献する走りができず悔しかったです。ラストに待ち受けるだらだらとした上り坂はきついです。<br />
（2）風が強かったら出走ができていなかった。<br />
（3）「設定ペース通りいってるから焦らず行こう」自分は前半突っ込んでしまう癖があるから。<br />
（4）来年はチームに貢献できるように頑張ります。</p>
<p>5区　弓削征慶（2年）　区間11位<br />
（1）個人としては最低限の走りができましたが、チームとしては良くなかったです。コースとしては下り切ってからの平地がきつかった。<br />
（2）レース用の靴下を忘れたり、時計を押し忘れたりしました。<br />
（3）「上りに入ってからが勝負」平地と下りは遅いから<br />
（4）チーム目標に貢献できる走りをします。</p>
<p>6区　髙田尚暉（3年）　区間21位<br />
（1）悔しい結果でした。大平台のカーブがポイントだと思いました。<br />
（2）インフルエンザにかかってしまった。<br />
（3）「前を見ろ！」<br />
（4）最終学年らしくチームを引っ張ります。</p>
<p>7区　徳田秋斗（3年）　区間23位<br />
（1）まったく不甲斐ない走りをしてしまいました。コースの攻略以前にまったく走れませんでした。<br />
（2）体調不良になった<br />
（3）「キャプテンの川原さんに申し訳が立たない」<br />
（4）リベンジする</p>
<p>8区　新本駿（3年）　区間19位<br />
（1）タスキを自分のとこで途切れてしまい悔しかったです。遊行寺の坂がきついので、前半の平地でつこっこみ過ぎないことがポイントだと思いまし。<br />
（2）――<br />
（3）――<br />
（4）しっかり自己ベストを出して、チームに勢いづけれるようにします。</p>
<p>9区　平八重充希（2年）　区間22位<br />
（1）とても悔しいです。コースについては終始きつ過ぎてあまり覚えていません。<br />
（2）とても緊張しました。<br />
（3）鹿児島実業高校時代からの先輩である砂川さんから給水をもらったときに、「先輩からの力水だからね、これは頑張らないといけないよ」という言葉が印象に残っています。<br />
（4）シード権を獲得できるように頑張ります。</p>
<p>10区　占部大和（1年）　区間19位<br />
（1）区間19位、総合23位という結果で、区間10位を狙っていたので非常に悔いの残る結果になってしまいました。ラスト3kmは少し風もありきつかったです。日頃からしっかりと距離を踏む練習をすることだ重要だと感じました。<br />
（2）ゴールシーンで笑顔でゴールと言われましたが、実はきつくて歯を食いしばった顔をしていました。<br />
（3）ラスト3kmで「お前は次にチームを引っ張っていく存在にならなきゃ行けないんだぞ」、と言われて少しペースを上げられました。<br />
（4）次回大会は予選会から厳しい戦いになるので、これまで以上に気合を入れて、箱根でリベンジできるようにします。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>記念すべき第100回目の箱根駅伝に出場した23チームの、出走全230人にアンケートを実施。出走したすべての選手たちの声を刻みます！</p><p>【アンケート項目】<br />（1）大会を終えての感想、コースの攻略法など<br />（2）今だから話せる裏話<br />（3）監督車からの声掛けで心の残ったもの<br />（4）4年生から後輩たちへ／来年度への意気込み</p><p>●山梨学大<br />総合23位（往路15位、復路23位）　　11時間11分11秒<br />監督：飯島理彰</p><p>1区　北村惇生（4年）　区間16位<br />（1）自分の走りに点数をつけるなら120点。上出来だったと思います。六郷橋あたりがきつかったです。<br />（2）ペースが速すぎて15km通過時点で死を悟りました。<br />（3）――<br />（4）――</p><p>2区　ブライアン・キピエゴ（1年）　区間9位<br />（1）自身の走りとしてはあまり納得がいっていないです。13～15kmがきつかったです。そこではリズムを意識して走りました。<br />（2）足が痛くて万全ではなかったです。<br />（3）「ブライアン、リズム！」<br />（4）次回こそは満足のいく走りをして区間上位で走りたいです。</p><p>3区　髙木翔瑛（4年）　区間22位<br />（1）スピードに乗っていけなかったです。チーム目標が達成できなかった。入りのスピードが重要で、同じ力なら下半身を使うのがポイントだと思いました。<br />（2）復路を走るために距離走だけやっていました<br />（3）「お前の陸上生活はあと30分しかない」<br />（4）悔しい言葉はいらないからやり切ったコメントで終わろう。ケガをしないこと。自分の希望の区間や身体の状態などはっきりと意思表示すること。自分の考えを持って大切にすること。</p><p>4区　和田瑛登（1年）　区間17位<br />（1）チームに貢献する走りができず悔しかったです。ラストに待ち受けるだらだらとした上り坂はきついです。<br />（2）風が強かったら出走ができていなかった。<br />（3）「設定ペース通りいってるから焦らず行こう」自分は前半突っ込んでしまう癖があるから。<br />（4）来年はチームに貢献できるように頑張ります。</p><p>5区　弓削征慶（2年）　区間11位<br />（1）個人としては最低限の走りができましたが、チームとしては良くなかったです。コースとしては下り切ってからの平地がきつかった。<br />（2）レース用の靴下を忘れたり、時計を押し忘れたりしました。<br />（3）「上りに入ってからが勝負」平地と下りは遅いから<br />（4）チーム目標に貢献できる走りをします。</p><p>6区　髙田尚暉（3年）　区間21位<br />（1）悔しい結果でした。大平台のカーブがポイントだと思いました。<br />（2）インフルエンザにかかってしまった。<br />（3）「前を見ろ！」<br />（4）最終学年らしくチームを引っ張ります。</p><p>7区　徳田秋斗（3年）　区間23位<br />（1）まったく不甲斐ない走りをしてしまいました。コースの攻略以前にまったく走れませんでした。<br />（2）体調不良になった<br />（3）「キャプテンの川原さんに申し訳が立たない」<br />（4）リベンジする</p><p>8区　新本駿（3年）　区間19位<br />（1）タスキを自分のとこで途切れてしまい悔しかったです。遊行寺の坂がきついので、前半の平地でつこっこみ過ぎないことがポイントだと思いまし。<br />（2）――<br />（3）――<br />（4）しっかり自己ベストを出して、チームに勢いづけれるようにします。</p><p>9区　平八重充希（2年）　区間22位<br />（1）とても悔しいです。コースについては終始きつ過ぎてあまり覚えていません。<br />（2）とても緊張しました。<br />（3）鹿児島実業高校時代からの先輩である砂川さんから給水をもらったときに、「先輩からの力水だからね、これは頑張らないといけないよ」という言葉が印象に残っています。<br />（4）シード権を獲得できるように頑張ります。</p><p>10区　占部大和（1年）　区間19位<br />（1）区間19位、総合23位という結果で、区間10位を狙っていたので非常に悔いの残る結果になってしまいました。ラスト3kmは少し風もありきつかったです。日頃からしっかりと距離を踏む練習をすることだ重要だと感じました。<br />（2）ゴールシーンで笑顔でゴールと言われましたが、実はきつくて歯を食いしばった顔をしていました。<br />（3）ラスト3kmで「お前は次にチームを引っ張っていく存在にならなきゃ行けないんだぞ」、と言われて少しペースを上げられました。<br />（4）次回大会は予選会から厳しい戦いになるので、これまで以上に気合を入れて、箱根でリベンジできるようにします。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>山梨学大駅伝監督に大﨑悟史氏が就任！ 現役時代は箱根駅伝区間賞、07年世界選手権マラソン6位と活躍</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/127779</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 05 Feb 2024 17:24:40 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[山梨学大]]></category>
		<category><![CDATA[大﨑悟史]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=127779</guid>
		<gnf:modified>Mon, 05 Feb 2024 17:32:28 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 05 Feb 2024 17:32:28 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/664bd7e8055d890788d9352976892032.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/02/664bd7e8055d890788d9352976892032.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>山梨学大は2月5日、3日付でコーチを務めていた大﨑悟史氏が駅伝監督に就任したことを発表した。</p>
<p>大﨑氏は47歳。大阪・清風高では94年の富山インターハイ1500mで5位に入賞したほか、全国高校駅伝に3度出場を果たしている。</p>
<p>山梨学大に入学後は98年、99年と2度箱根駅伝の10区に出走。98年は区間賞にも輝いた。卒業後はNTT西日本でマラソンランナーとして活躍し、07年大阪世界選手権で6位に入賞。翌年の北京五輪でも代表入りを果たした（本番はケガのため棄権）。</p>
<p>13年のびわ湖毎日マラソンを最後に現役を引退。その後はNTT西日本でコーチを務め、16年春から山梨学大のコーチに就任していた。</p>
<p>大﨑氏は学校を通じて、「陸上部で頑張っている学生の能力を最大限に引き出すとともに、箱根駅伝本選で結果を出して学生が喜ぶ姿を見ること、さらに卒業後もマラソンなどで上の舞台を目指す選手の育成を目標に、選手・学生スタッフ・陸上競技部スタッフ一丸となって頑張る所存です」と就任の挨拶した。</p>
<p>山梨学大は昨年10月の箱根駅伝予選会を13位で通過し、第100回大会の出場を果たしたが、本選では最下位と苦戦。大学側は「チームの流れを一新し、第101回大会以降に向けて、山梨学院大学の『駅伝』の復活を目指すため」に、指導者の交代に至ったとしている。</p>
<p>なお、これまで駅伝監督を務めていた飯島理彰氏は、スカウト担当としてチームに残る。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>山梨学大は2月5日、3日付でコーチを務めていた大﨑悟史氏が駅伝監督に就任したことを発表した。</p><p>大﨑氏は47歳。大阪・清風高では94年の富山インターハイ1500mで5位に入賞したほか、全国高校駅伝に3度出場を果たしている。</p><p>山梨学大に入学後は98年、99年と2度箱根駅伝の10区に出走。98年は区間賞にも輝いた。卒業後はNTT西日本でマラソンランナーとして活躍し、07年大阪世界選手権で6位に入賞。翌年の北京五輪でも代表入りを果たした（本番はケガのため棄権）。</p><p>13年のびわ湖毎日マラソンを最後に現役を引退。その後はNTT西日本でコーチを務め、16年春から山梨学大のコーチに就任していた。</p><p>大﨑氏は学校を通じて、「陸上部で頑張っている学生の能力を最大限に引き出すとともに、箱根駅伝本選で結果を出して学生が喜ぶ姿を見ること、さらに卒業後もマラソンなどで上の舞台を目指す選手の育成を目標に、選手・学生スタッフ・陸上競技部スタッフ一丸となって頑張る所存です」と就任の挨拶した。</p><p>山梨学大は昨年10月の箱根駅伝予選会を13位で通過し、第100回大会の出場を果たしたが、本選では最下位と苦戦。大学側は「チームの流れを一新し、第101回大会以降に向けて、山梨学院大学の『駅伝』の復活を目指すため」に、指導者の交代に至ったとしている。</p><p>なお、これまで駅伝監督を務めていた飯島理彰氏は、スカウト担当としてチームに残る。</p>]]></content:encoded>


					</item>
	
	<oa:delStatus>1</oa:delStatus>
</channel>
</rss>
<!--
Performance optimized by W3 Total Cache. Learn more: https://www.boldgrid.com/w3-total-cache/?utm_source=w3tc&utm_medium=footer_comment&utm_campaign=free_plugin

Disk: Enhanced  を使用したページ キャッシュ
データベースキャッシュ 55/358 クエリーが0.515秒で APC を使用中

Served from: www.rikujyokyogi.co.jp @ 2026-08-01 14:53:18 by W3 Total Cache
-->