<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:oa="http://news.line.me/rss/1.0/oa"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/"
	xmlns:gnf="http://assets.gunosy.com/media/gnf"
	xmlns:snf="http://www.smartnews.be/snf"
	>

<channel>
	<title>月陸Online</title>
	<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp</link>
	<description>陸上競技Webメディア「月陸Online」</description>
	<atom:link href="https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/tag/%e5%b0%8f%e5%b7%9d%e8%81%a1/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<lastBuildDate>Mon, 31 Mar 2025 12:24:33 +0900</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<snf:logo><url>https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2020/11/getsuriku_logo1.jpg</url></snf:logo>
	<gnf:wide_image_link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2020/11/getsuriku_logo1.jpg</gnf:wide_image_link>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>

	<generator>https://wordpress.org/?v=6.9.4</generator>

<image>
	<url>https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2020/08/cropped-favicon-1-32x32.jpg</url>
	<title>小川聡 &#8211; 月陸Online｜月刊陸上競技</title>
	<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>日大前駅伝監督・小川聡氏が65歳で死去 出雲駅伝連覇など2000年代に隆盛期築く</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/84078</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 25 Oct 2022 16:13:27 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[訃報]]></category>
		<category><![CDATA[小川聡]]></category>
		<category><![CDATA[日大]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=84078</guid>
		<gnf:modified>Mon, 31 Mar 2025 21:24:33 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Mon, 31 Mar 2025 21:24:33 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/bee8f3156ea79be2dbcc5e91861aaba9.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/bee8f3156ea79be2dbcc5e91861aaba9.jpg" />

				<description><![CDATA[<p>今年4月から7月末まで日大の駅伝監督を務めた小川聡氏が24日午後、肝硬変のため神奈川県内の自宅で亡くなった。65歳だった。</p>
<p>小川氏は1957年神奈川県生まれ。日大在学時の1977年～80年には主力として4年連続で箱根駅伝に出場した経歴を持つ。</p>
<p>卒業後は日産自動車で競技を続け、89年に日大のコーチに就任。同年行われた第1回出雲駅伝（当時の大会名は平成記念出雲くにびき大学招待クロスカントリーリレーフェスティバル）、91年の全日本大学駅伝で優勝を果たした。その後は横浜銀行の女子監督を経て、2001年に日大コーチ、翌年に駅伝監督に就任。03年～04年に出雲駅伝連覇、05年に全日本優勝と高い指導力を発揮した。</p>
<p>08年に退任後は13年～16年にも再登板しており、今年で3度目の駅伝監督就任。2年連続で学生駅伝から遠ざかっていたチームを短期間で立て直し、6月の全日本大学駅伝選考会では7位で3年ぶりに伊勢路へ返り咲いた。</p>
<p>その後、自身の体調が悪化したこともあり、今年7月31日付けで辞任。13位で敗退した10月の箱根駅伝予選会では、陸上競技部全体の監督を務める短距離専門の井部誠一氏が現場を統括していた。</p>
<p>年間を通じて箱根駅伝に向けた練習を行う指導方針で、数々の名選手を実業団に送り込んだ。主な教え子には箱根駅伝出走経験を持つ俳優の和田正人や、09年ベルリン世界選手権マラソン代表の清水将也、同年の日本選手権10000ｍで優勝した岩井勇輝のほか、19年のマラソングランドチャンピオンシップ（ＭＧＣ）で6位に入った竹ノ内佳樹（NTT西日本）がいる。</p>
<p>通夜は10月29日（土）午後6時から、告別式は30日（日）午前11時から、いずれも神奈川県藤沢市の「カルチャーBONDS藤沢」にて行われる。</p>]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>今年4月から7月末まで日大の駅伝監督を務めた小川聡氏が24日午後、肝硬変のため神奈川県内の自宅で亡くなった。65歳だった。</p><p>小川氏は1957年神奈川県生まれ。日大在学時の1977年～80年には主力として4年連続で箱根駅伝に出場した経歴を持つ。</p><p>卒業後は日産自動車で競技を続け、89年に日大のコーチに就任。同年行われた第1回出雲駅伝（当時の大会名は平成記念出雲くにびき大学招待クロスカントリーリレーフェスティバル）、91年の全日本大学駅伝で優勝を果たした。その後は横浜銀行の女子監督を経て、2001年に日大コーチ、翌年に駅伝監督に就任。03年～04年に出雲駅伝連覇、05年に全日本優勝と高い指導力を発揮した。</p><p>08年に退任後は13年～16年にも再登板しており、今年で3度目の駅伝監督就任。2年連続で学生駅伝から遠ざかっていたチームを短期間で立て直し、6月の全日本大学駅伝選考会では7位で3年ぶりに伊勢路へ返り咲いた。</p><p>その後、自身の体調が悪化したこともあり、今年7月31日付けで辞任。13位で敗退した10月の箱根駅伝予選会では、陸上競技部全体の監督を務める短距離専門の井部誠一氏が現場を統括していた。</p><p>年間を通じて箱根駅伝に向けた練習を行う指導方針で、数々の名選手を実業団に送り込んだ。主な教え子には箱根駅伝出走経験を持つ俳優の和田正人や、09年ベルリン世界選手権マラソン代表の清水将也、同年の日本選手権10000ｍで優勝した岩井勇輝のほか、19年のマラソングランドチャンピオンシップ（ＭＧＣ）で6位に入った竹ノ内佳樹（NTT西日本）がいる。</p><p>通夜は10月29日（土）午後6時から、告別式は30日（日）午前11時から、いずれも神奈川県藤沢市の「カルチャーBONDS藤沢」にて行われる。</p>]]></content:encoded>


					</item>
		<item>
		<title>日大の青葉昌幸駅伝監督が退任　元監督の小川聡氏が後任として4月から新体制スタート</title>
		<gnf:category>sports</gnf:category>
		<media:status state="active" />
		<link>https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/25946</link>

		
		<dc:creator><![CDATA[月陸編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 18 Mar 2021 19:43:12 +0900</pubDate>
				<category><![CDATA[駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[RSS]]></category>
		<category><![CDATA[学生駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[箱根駅伝]]></category>
		<category><![CDATA[学生長距離]]></category>
		<category><![CDATA[日大]]></category>
		<category><![CDATA[青葉昌幸]]></category>
		<category><![CDATA[小川聡]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.rikujyokyogi.co.jp/?p=25946</guid>
		<gnf:modified>Thu, 18 Mar 2021 19:46:50 +0900</gnf:modified>
		<oa:lastPubDate>Thu, 18 Mar 2021 19:46:50 +0900</oa:lastPubDate>

				<enclosure url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2021/03/9172cbc147a7282185752f4ebb40c61b.jpg" type="image/jpeg" />

				<media:thumbnail url="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2021/03/9172cbc147a7282185752f4ebb40c61b.jpg" />

				<description><![CDATA[<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-25949" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2021/03/ym_DSC_0246.jpg" alt="" width="800" height="531" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2021/03/ym_DSC_0246.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2021/03/ym_DSC_0246-300x199.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2021/03/ym_DSC_0246-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /><span style="font-size: 8pt;">4月から3度目の駅伝監督に就任する小川聡氏（写真は2014年）</span></p>
<p>日大の青葉昌幸駅伝監督が3月末時点で退任することがわかった。後任にはかつて同職を2度務めた小川聡氏が再就任し、4月から新体制がスタートする。</p>
<p>青葉氏は日大時代の1964年日本選手権で3000ｍ障害を制し、その翌年には1500ｍでも優勝。ブダペストで開催されたユニバーシアードで1500m6位、岐阜国体では800mで当時の学生記録（1分49秒7）を樹立している。大学卒業後は埼玉県庁を経て、25歳だった1968年に大東大監督へ就任。当時は新興校だったチームを数年で強豪校へと押し上げ、学生三大駅伝では出雲1回、全日本7回、箱根4回の計12度も優勝に導いた。90年度には駅伝3冠も達成し、アトランタ五輪男子マラソン代表の実井謙二郎など多数の長距離ランナーを育成している。</p>
<p>その後は関東学生陸上競技連盟の会長を務め、77歳になった昨年7月に母校の駅伝監督に就任。コロナ禍、高齢といったさまざまな障害を乗り越えながら低迷するチームの立て直しに尽力したが、昨年10月の箱根駅伝予選会は18位で敗退。就任時には「やるからには箱根駅伝のシード校へと返り咲き、1年でも早く次の監督へバトンタッチしたい」と意気込みを口にしていたが、志半ばで退くことになった。</p>
<p>小川氏は日大在学時の1977年～80年に4年連続で箱根駅伝に出場した経歴を持つ。卒業後は日産自動車で競技を続け、89年に日大のコーチに就任。91年に全日本大学駅伝優勝を果たすと、横浜銀行の女子監督を経て、2001年に監督就任後は03年～04年に出雲駅伝連覇、05年に全日本優勝と高い指導力を発揮した。13年～16年にも再登板しており、これで3度目の駅伝監督就任となる。</p>
<p>日大は09年の全日本以降、長らく学生駅伝のタイトルから遠ざかっているほか、箱根駅伝のシード権も14年を最後に獲得できていない。新指揮官のもと、箱根駅伝12度の総合優勝を誇る名門が新たなスタートを切る。</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
<p>関連記事はありません。</p>
</div>
]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-25949" src="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2021/03/ym_DSC_0246.jpg" alt="" width="800" height="531" srcset="https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2021/03/ym_DSC_0246.jpg 800w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2021/03/ym_DSC_0246-300x199.jpg 300w, https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2021/03/ym_DSC_0246-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /><span style="font-size: 8pt;">4月から3度目の駅伝監督に就任する小川聡氏（写真は2014年）</span></p><p>日大の青葉昌幸駅伝監督が3月末時点で退任することがわかった。後任にはかつて同職を2度務めた小川聡氏が再就任し、4月から新体制がスタートする。</p><p>青葉氏は日大時代の1964年日本選手権で3000ｍ障害を制し、その翌年には1500ｍでも優勝。ブダペストで開催されたユニバーシアードで1500m6位、岐阜国体では800mで当時の学生記録（1分49秒7）を樹立している。大学卒業後は埼玉県庁を経て、25歳だった1968年に大東大監督へ就任。当時は新興校だったチームを数年で強豪校へと押し上げ、学生三大駅伝では出雲1回、全日本7回、箱根4回の計12度も優勝に導いた。90年度には駅伝3冠も達成し、アトランタ五輪男子マラソン代表の実井謙二郎など多数の長距離ランナーを育成している。</p><p>その後は関東学生陸上競技連盟の会長を務め、77歳になった昨年7月に母校の駅伝監督に就任。コロナ禍、高齢といったさまざまな障害を乗り越えながら低迷するチームの立て直しに尽力したが、昨年10月の箱根駅伝予選会は18位で敗退。就任時には「やるからには箱根駅伝のシード校へと返り咲き、1年でも早く次の監督へバトンタッチしたい」と意気込みを口にしていたが、志半ばで退くことになった。</p><p>小川氏は日大在学時の1977年～80年に4年連続で箱根駅伝に出場した経歴を持つ。卒業後は日産自動車で競技を続け、89年に日大のコーチに就任。91年に全日本大学駅伝優勝を果たすと、横浜銀行の女子監督を経て、2001年に監督就任後は03年～04年に出雲駅伝連覇、05年に全日本優勝と高い指導力を発揮した。13年～16年にも再登板しており、これで3度目の駅伝監督就任となる。</p><p>日大は09年の全日本以降、長らく学生駅伝のタイトルから遠ざかっているほか、箱根駅伝のシード権も14年を最後に獲得できていない。新指揮官のもと、箱根駅伝12度の総合優勝を誇る名門が新たなスタートを切る。</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'><p>関連記事はありません。</p></div>]]></content:encoded>


					</item>
	
	<oa:delStatus>1</oa:delStatus>
</channel>
</rss>
<!--
Performance optimized by W3 Total Cache. Learn more: https://www.boldgrid.com/w3-total-cache/?utm_source=w3tc&utm_medium=footer_comment&utm_campaign=free_plugin

Disk: Enhanced  を使用したページ キャッシュ
データベースキャッシュ 72/95 クエリーが0.024秒で APC を使用中

Served from: www.rikujyokyogi.co.jp @ 2026-05-06 01:43:45 by W3 Total Cache
-->