2026.09.23
やはり、北口榛花(JAL)は強かった。9月の世界アルティメット選手権。初開催となった“究極(アルティメット)のアスリート”を決める頂上決戦で、自身の日本記録を3年ぶりに1m54cmも更新する68m92を放って初代女王の座に就いた。この記録は世界歴代10位タイ、アジア歴代2位という大記録。3年前、初めて世界選手権を制したハンガリー・ブダペストという思い出深い場所でのビッグアーチだった。
クロージングセレモニーでは、男子棒高跳のA.デュプランティス(スウェーデン)が大会テーマソングを熱唱し、女子走高跳のY.マフチフ(ウクライナ)、さらにはレジェンド、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)も音楽にのって身体を揺らすなか、北口も右端でトロフィーを持って並んでいた。「まだあの真ん中に入る勇気はありません」と笑うが、錚々たる顔ぶれと並ぶ姿は圧巻だった。

「あの真ん中に入る勇気はない」と笑う
昨年の東京世界選手権は予選敗退。6月に痛めた右肘の影響が響いた。今季は新たに男子やり投世界記録保持者のヤン・ゼレズニー・コーチを招聘。新体制で迎え、投てきフォームも一から作り直した。ゼレズニー・コーチがシーズン序盤のインタビューで「正しい方向に準備している。今年のピークは9月に来る」と語っていたとおり、徐々に調子を上げ、世界一に返り咲いた。そして、今季最終戦。自国開催の名古屋アジア大会を迎える。
思い出のブダペストで3年ぶりの日本新
――世界アルティメット選手権での優勝と日本新おめでとうございます。
自分にもチャンスがあると思って試合に臨んでいました。その結果として、優勝でき、日本記録にもつながってすごくうれしいです。1回目の世界大会のチャンピオンになれるのは、今回だけのこと。とても大切な思い出になります。
――1投目に18歳のアジア記録(71m74)保持者・嚴子怡(中国)が68m05をマーク。今大会は最大4回の試技といういつもと違うレギュレーションでもありました。
そのルールがどちらに転ぶかわかりませんでしたが、まずは1、2投目をしっかり集中して臨もうとコーチと話していたんです。嚴子怡選手はさすがで「それは、投げますよね」という感じ。でも、「あきらめたらダメだ」と思っていましたし、「まだ勝てる」と思って臨みました。

「まだ勝てる」と思って臨んだ
――北口選手の1投目は61m15です。
珍しく力んでしまって、斜めに飛んでいってしまいました。でも、すごくエネルギーがあるのは感じていました。コーチからは「やりの向きと自分の向きを合わせるように」と「助走で怖がらないように」と言われたので、2投目も集中して投げました。本当に久しぶりにすごく緊張したのですが、その緊張感は3年前のブダペストの6投目(※大逆転の66m73で優勝)の時とリンクしました。大丈夫、できる、と思って投げたんです
――3年ぶりの日本記録更新です。久しぶりに、投てきの後にも叫んでいました。
かなり遠くまで行ったことはわかったので。3年前と似たような写真が撮れたんじゃないでしょうか(笑)。投げた瞬間に飛距離がわかるタイプではないのですが、着地して記録が出てまた「わー!」と。意外と飛びましたし、思ったよりすんなり投げられました。
でも、その後はコーチから「勝つチャンス、記録を狙えるチャンスはいつ来るかわからないから狙うよ」という話があったので頑張ったのですが、悲惨でした(※3、4回目は自らファウル)。自分なりにトライはしたのですがめちゃくちゃでしたね(笑)

投てきの後に叫ぶのは久しぶりだった
ゼレズニー氏から「シンプルにやり投をしよう」
――新体制となって1年目での結果です。
シーズン序盤はまさか日本記録なんて言っていられないくらい。言われたことをやるので精一杯でした。やっと考えが整理できてきましたが、まだ完璧ではないので、より先を目指していきます。
――ゼレズニー・コーチとの新体制。投てきフォームも一から作り直してきましたね。
ヤン(ゼレズニー)の考えとしては、「シンプルにやり投をしよう」というのがあります。それができるようになれば、前よりもっと簡単に飛ぶんだろうなっていうのは思って取り組んでいます。
――以前の投てきの特徴的な動作で、助走の途中、やりを一度引く軌道はいわゆる「チェコ流」と言われる動きでしたが、それがなくなったのは見た目として大きな変化です。
ヤンが現役時代にやっていた、いわば“初代”なんですが、私のとは全然違う動作だったんです。2月の南アフリカでの合宿で、最初の投てき練習で「違う」と言われました。実際に本人に見せてもらうと、一目瞭然でした。私には再現できないなって。すべてが違いますが、見た目でもヤンは前から回して引いていくんです。私は後ろだけで引いていましたね。1回チャレンジさせてくれましたが、癖がどうしてもついていたので、「来世でやろう」と言われたんです(笑)。本当に10個近く言われるので、処理するのに必死でした。シーズン中盤まで試合も練習のように考えながら出ている状態でした。
――8月の強化合宿を経て、後半シーズンは上向きました。
7月のダイヤモンドリーグ(DL)モナコ(56m24の9位)は、「フレッシュな状態で」と思って身体が柔らかくして出たのですが、全然合わなかったんです。自分がやっているスピード感に、柔らかさがついていけなくて、うまく投げられなかったんだと思います。
――ウエイトトレーニングも週3回取り入れるなど、取り組みも変わって、力を発揮する感覚が身についたからこそのギャップでもある?
うん、そうだと思います。以前は「力を入れる」というのを感じられなかったけど、今は「あ、ここは必要なところ」「ここで入れる」というのがわかってきました。
――他にゼレズニー・コーチからよく指摘されるところはありますか。
助走については「止まらないように」と。歩幅やリズムを変えないというのがポイントです。基本的に、走って、最後のジャンプ(ブロックの前のラストクロス)をして、投げる。そこまでに変なことをしないようにと言われます。走練習というよりは、投げる前の助走練習で意識しているので、週2、3回くらいの投てき練習前ですね。
投てき練習でも、しっかり走るところも意識を置いています。特に助走からクロスステップに切り替わるところ、そしてラストクロスの1歩前ですね。動きが変わる前に準備をしてしまうのですが、あえて準備をせずに行く。スローの準備は「ラストクロスの跳んでいる間に構えに入れればいいよ」と言われます。
そういうこともあって、助走の開始も足踏みをDLローザンヌの前にもう一度始めました。スタンディングスタートだと1歩目から大きく出てしまう傾向にあったので。

試合中のゼレズニー・コーチとの様子
――ゼレズニー・コーチとうまくコミュニケーションが取れているようですね。
本当におもしろい人なんです! 普段は3、4人の選手と一緒ですが、練習も少しずつ違います。投てき練習も、時間をずらして必ず1対1で見れるようにしてくれるので、その日はヤンが一番きついと思います(笑)。
DLモナコのあと、トレーナーさんを含めて3人でしっかり話し合う時間を作ってくれました。そこで、自分の感覚も伝えられて、「次はこうしよう」と話し合えて整理できたんです。1週間くらい休めるかと思ったけど、それはありませんでした(笑)。でも、そのミーティングの後は、少し練習のペースを落とすというか、ゆっくり課題に向き合う時間にできました。投てき練習も助走路に入らず芝生でじっくり投げたり、重めのやりを投げたり。握りもこのタイミングで変えました。
――以前は人差し指をグリップにかけず、立ててやりに当てていました。
今もかけてはいないのですが、中指をグリップにかけて、人差し指を立てずに添わせています。以前からやりが上に抜けてしまう(高く上がりすぎる)投てきがありました。最後まで押し切れていなかったんです。やりの保持の角度も少し高めにしましたね。シーズン中もいろいろ変わりました(笑)
夏の強化合宿で気になるところを一つずつつぶせて、数を少なくできました。少しずつ整理できてきたんです。アルティメットも、まだ「前まで行ける」と言われますし、腕が下がるのが少し早い。もう少し上の、遠くのほうでリリースできるようにしたいです。
自身初のアジア大会へ「帰ってきたよ」
――嚴子怡選手に勝てたのも大きいですね。
まだ若いですし、先行したり、逆転されたり。シチュエーションを経験できていない部分もあると思います。勝負する土台に近づけているとは感じていましたし、ずっと70mを投げているわけではないので、チャンスはあると思っていました。

北口榛花と嚴子怡
――名古屋アジア大会に向けて。
昨年の東京世界選手権では思ったような結果が出せずすごく残念でした。でも、私はやり投選手として努力し続けるしかないと思ってやってきました。やっと堂々と胸を張って「帰ってきたよ」と言える結果を出せました。彼女(嚴子怡)もこのままで終わる選手ではありません。あと少ししか時間はありませんが、しっかり準備して日本のみなさんの前で良い投てきができるように頑張ります。
構成/向永拓史
※名古屋アジア大会の女子やり投決勝は9月27日(日)
「あの真ん中に入る勇気はない」と笑う[/caption]
昨年の東京世界選手権は予選敗退。6月に痛めた右肘の影響が響いた。今季は新たに男子やり投世界記録保持者のヤン・ゼレズニー・コーチを招聘。新体制で迎え、投てきフォームも一から作り直した。ゼレズニー・コーチがシーズン序盤のインタビューで「正しい方向に準備している。今年のピークは9月に来る」と語っていたとおり、徐々に調子を上げ、世界一に返り咲いた。そして、今季最終戦。自国開催の名古屋アジア大会を迎える。
思い出のブダペストで3年ぶりの日本新
――世界アルティメット選手権での優勝と日本新おめでとうございます。 自分にもチャンスがあると思って試合に臨んでいました。その結果として、優勝でき、日本記録にもつながってすごくうれしいです。1回目の世界大会のチャンピオンになれるのは、今回だけのこと。とても大切な思い出になります。 ――1投目に18歳のアジア記録(71m74)保持者・嚴子怡(中国)が68m05をマーク。今大会は最大4回の試技といういつもと違うレギュレーションでもありました。 そのルールがどちらに転ぶかわかりませんでしたが、まずは1、2投目をしっかり集中して臨もうとコーチと話していたんです。嚴子怡選手はさすがで「それは、投げますよね」という感じ。でも、「あきらめたらダメだ」と思っていましたし、「まだ勝てる」と思って臨みました。 [caption id="attachment_217151" align="alignnone" width="800"]
「まだ勝てる」と思って臨んだ[/caption]
――北口選手の1投目は61m15です。
珍しく力んでしまって、斜めに飛んでいってしまいました。でも、すごくエネルギーがあるのは感じていました。コーチからは「やりの向きと自分の向きを合わせるように」と「助走で怖がらないように」と言われたので、2投目も集中して投げました。本当に久しぶりにすごく緊張したのですが、その緊張感は3年前のブダペストの6投目(※大逆転の66m73で優勝)の時とリンクしました。大丈夫、できる、と思って投げたんです
――3年ぶりの日本記録更新です。久しぶりに、投てきの後にも叫んでいました。
かなり遠くまで行ったことはわかったので。3年前と似たような写真が撮れたんじゃないでしょうか(笑)。投げた瞬間に飛距離がわかるタイプではないのですが、着地して記録が出てまた「わー!」と。意外と飛びましたし、思ったよりすんなり投げられました。
でも、その後はコーチから「勝つチャンス、記録を狙えるチャンスはいつ来るかわからないから狙うよ」という話があったので頑張ったのですが、悲惨でした(※3、4回目は自らファウル)。自分なりにトライはしたのですがめちゃくちゃでしたね(笑)
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投てきの後に叫ぶのは久しぶりだった[/caption]
ゼレズニー氏から「シンプルにやり投をしよう」
――新体制となって1年目での結果です。 シーズン序盤はまさか日本記録なんて言っていられないくらい。言われたことをやるので精一杯でした。やっと考えが整理できてきましたが、まだ完璧ではないので、より先を目指していきます。 ――ゼレズニー・コーチとの新体制。投てきフォームも一から作り直してきましたね。 ヤン(ゼレズニー)の考えとしては、「シンプルにやり投をしよう」というのがあります。それができるようになれば、前よりもっと簡単に飛ぶんだろうなっていうのは思って取り組んでいます。 ――以前の投てきの特徴的な動作で、助走の途中、やりを一度引く軌道はいわゆる「チェコ流」と言われる動きでしたが、それがなくなったのは見た目として大きな変化です。 ヤンが現役時代にやっていた、いわば“初代”なんですが、私のとは全然違う動作だったんです。2月の南アフリカでの合宿で、最初の投てき練習で「違う」と言われました。実際に本人に見せてもらうと、一目瞭然でした。私には再現できないなって。すべてが違いますが、見た目でもヤンは前から回して引いていくんです。私は後ろだけで引いていましたね。1回チャレンジさせてくれましたが、癖がどうしてもついていたので、「来世でやろう」と言われたんです(笑)。本当に10個近く言われるので、処理するのに必死でした。シーズン中盤まで試合も練習のように考えながら出ている状態でした。 ――8月の強化合宿を経て、後半シーズンは上向きました。 7月のダイヤモンドリーグ(DL)モナコ(56m24の9位)は、「フレッシュな状態で」と思って身体が柔らかくして出たのですが、全然合わなかったんです。自分がやっているスピード感に、柔らかさがついていけなくて、うまく投げられなかったんだと思います。 ――ウエイトトレーニングも週3回取り入れるなど、取り組みも変わって、力を発揮する感覚が身についたからこそのギャップでもある? うん、そうだと思います。以前は「力を入れる」というのを感じられなかったけど、今は「あ、ここは必要なところ」「ここで入れる」というのがわかってきました。 ――他にゼレズニー・コーチからよく指摘されるところはありますか。 助走については「止まらないように」と。歩幅やリズムを変えないというのがポイントです。基本的に、走って、最後のジャンプ(ブロックの前のラストクロス)をして、投げる。そこまでに変なことをしないようにと言われます。走練習というよりは、投げる前の助走練習で意識しているので、週2、3回くらいの投てき練習前ですね。 投てき練習でも、しっかり走るところも意識を置いています。特に助走からクロスステップに切り替わるところ、そしてラストクロスの1歩前ですね。動きが変わる前に準備をしてしまうのですが、あえて準備をせずに行く。スローの準備は「ラストクロスの跳んでいる間に構えに入れればいいよ」と言われます。 そういうこともあって、助走の開始も足踏みをDLローザンヌの前にもう一度始めました。スタンディングスタートだと1歩目から大きく出てしまう傾向にあったので。 [caption id="attachment_217153" align="alignnone" width="800"]
試合中のゼレズニー・コーチとの様子[/caption]
――ゼレズニー・コーチとうまくコミュニケーションが取れているようですね。
本当におもしろい人なんです! 普段は3、4人の選手と一緒ですが、練習も少しずつ違います。投てき練習も、時間をずらして必ず1対1で見れるようにしてくれるので、その日はヤンが一番きついと思います(笑)。
DLモナコのあと、トレーナーさんを含めて3人でしっかり話し合う時間を作ってくれました。そこで、自分の感覚も伝えられて、「次はこうしよう」と話し合えて整理できたんです。1週間くらい休めるかと思ったけど、それはありませんでした(笑)。でも、そのミーティングの後は、少し練習のペースを落とすというか、ゆっくり課題に向き合う時間にできました。投てき練習も助走路に入らず芝生でじっくり投げたり、重めのやりを投げたり。握りもこのタイミングで変えました。
――以前は人差し指をグリップにかけず、立ててやりに当てていました。
今もかけてはいないのですが、中指をグリップにかけて、人差し指を立てずに添わせています。以前からやりが上に抜けてしまう(高く上がりすぎる)投てきがありました。最後まで押し切れていなかったんです。やりの保持の角度も少し高めにしましたね。シーズン中もいろいろ変わりました(笑)
夏の強化合宿で気になるところを一つずつつぶせて、数を少なくできました。少しずつ整理できてきたんです。アルティメットも、まだ「前まで行ける」と言われますし、腕が下がるのが少し早い。もう少し上の、遠くのほうでリリースできるようにしたいです。
自身初のアジア大会へ「帰ってきたよ」
――嚴子怡選手に勝てたのも大きいですね。 まだ若いですし、先行したり、逆転されたり。シチュエーションを経験できていない部分もあると思います。勝負する土台に近づけているとは感じていましたし、ずっと70mを投げているわけではないので、チャンスはあると思っていました。 [caption id="attachment_217154" align="alignnone" width="800"]
北口榛花と嚴子怡[/caption]
――名古屋アジア大会に向けて。
昨年の東京世界選手権では思ったような結果が出せずすごく残念でした。でも、私はやり投選手として努力し続けるしかないと思ってやってきました。やっと堂々と胸を張って「帰ってきたよ」と言える結果を出せました。彼女(嚴子怡)もこのままで終わる選手ではありません。あと少ししか時間はありませんが、しっかり準備して日本のみなさんの前で良い投てきができるように頑張ります。
構成/向永拓史
※名古屋アジア大会の女子やり投決勝は9月27日(日) RECOMMENDED おすすめの記事
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