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2023.02.03

【“陸女”インタビュー】モデル・女優として活躍する“美しき怪物”優希クロエさん「負けず嫌いでコソ練していました!」
【“陸女”インタビュー】モデル・女優として活躍する“美しき怪物”優希クロエさん「負けず嫌いでコソ練していました!」

オリンピックの花形である陸上競技! 球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。

実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート! きつかった練習は!? 楽しかった思い出は!? 陸上を通して学んだことは!?

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昨年、アイドルグループ「純情のアフィリア」を卒業。女優やモデルとして活躍の幅を広げている優希クロエさんにインタビューしました! 運動神経抜群で、中学時代が「今までで一番楽しかった」というほど陸上に夢中だったとか。ハードルで県大会にも出場した当時の思い出をうかがいました!

ハードルをはじめたきっかけは「カワイイ」から!?

――まずは昨年、ご卒業された「純情のアフィリア」での活動、お疲れさまでした! 陸上部出身とのことですが……?

優希 ありがとうございます! 中学3年間、陸上部でした。100mハードルと100m、リレーをやっていたんです。長距離は自分の中では苦手でしたが、他の子よりもタイムが良かったので駅伝大会にも出ていました。

――以前、参加されたアイドルの運動会企画で、マネージャーさんが「めちゃくちゃ速かった」と驚かれたそうですね! もともと運動が得意だったんですか。

優希 小学校の時から足は速いほうでした。運動会でもリレーの選手でしたし、体力測定も得意だったと思います。身体を動かすのはストレス発散になるので好きでしたし、今でも運動は好きです。

――ご家族も陸上経験者?

優希 父は体操をしていて、母はソフトボールをやっていたそうです。兄はサッカー経験者です。小さい頃、兄が合気道を習っていたので、それにくっついて行って合気道もしていまいた!

――とても合気道をしていたようには見えません……!

優希 小さい時は本当に活発で、足をくじいて松葉杖姿になったこともありました。生まれた瞬間から“負けず嫌い”。ゲームでも遊びでも。兄とケンカもしょっちゅうでしたね。小学生の時には応援団長もやっていました。

――陸上部に入ったきっかけを教えてください。

優希 本当はピアノも少し習っていて音楽も好きだったので、中学では吹奏楽部に入ろうと思ったのですが……。“カワイイ”にあこがれていたんです! 結局、母に「足が速いんだから陸上部に入ってみたら」と勧められて。

中学時代の思い出を振り返る優希クロエさん

――すぐにハードルに挑戦したんですか。

優希 入部してから、まずは全員が100mを測りました。そうしたら同期に自分より速い子がいたんです。それに、ハードルってなんか、かわいくないですか!? 先輩にもハードルをしていて、肌が白くてカワイイ人がいて、あんなふうになりたいなって。同期にハードル選手がいなかったので、試合にも出られるし、こっちを極めたほうがカッコイイ! と選びました。

――ハードルを跳ぶのは怖くなかったですか?

優希 体育でやっていたので大丈夫でした。脚が当たると痛かったですが、「ひるむくらいなら倒しちゃえ!」くらい、何も恐怖心がなかったです(笑)。でも、当時、身長が155cmくらいだったので、なかなかハードルまで届かなかったです。それで、ハードルは両脚で跳んでいました。

――両脚ですか!? 逆脚での4歩や、歩数を増やしての5歩ではなくて……。

優希 はい! 最初はスピードが出ているのでハードル間を3歩で行けるんですが、途中から少しずつ遠くなっていくじゃないですか。それで、「やばいかも!」と思ったタイミングで4歩に切り替えて跳んでいました。

――すごく器用ですね。確か県大会に出場された経験もあるとか。ハードルのどんなところが楽しかったですか。

優希 地元の地域ではあまり速い選手がいなかったのか、県大会には1年生から3年間出ました。市大会では1、2位だったんです。

やっぱり、頑張ればタイムが上がってくるのがうれしかったですね。3歩で跳べる台数がどんどん増えていくのがやりがいでした。最後は7、8台目くらいまでは3歩で行っていたのかな。ハードルを跳ぶまでの「タタタタ、タンッ!」っていうリズムが心地良かったです。

次ページ 「一番楽しかった」陸上部での3年間

オリンピックの花形である陸上競技! 球技に比べると、すこーし“地味”な印象があるかもしれない……。しかし、中高生合わせて、なんと約30万人以上が「陸部」なんです。実は芸能界で活躍するあの人も、この人も、結構、陸上経験者が多いらしい……。そんな「元陸部」の方々へのインタビュー企画がスタート! きつかった練習は!? 楽しかった思い出は!? 陸上を通して学んだことは!? 昨年、アイドルグループ「純情のアフィリア」を卒業。女優やモデルとして活躍の幅を広げている優希クロエさんにインタビューしました! 運動神経抜群で、中学時代が「今までで一番楽しかった」というほど陸上に夢中だったとか。ハードルで県大会にも出場した当時の思い出をうかがいました!

ハードルをはじめたきっかけは「カワイイ」から!?

――まずは昨年、ご卒業された「純情のアフィリア」での活動、お疲れさまでした! 陸上部出身とのことですが……?優希 ありがとうございます! 中学3年間、陸上部でした。100mハードルと100m、リレーをやっていたんです。長距離は自分の中では苦手でしたが、他の子よりもタイムが良かったので駅伝大会にも出ていました。――以前、参加されたアイドルの運動会企画で、マネージャーさんが「めちゃくちゃ速かった」と驚かれたそうですね! もともと運動が得意だったんですか。優希 小学校の時から足は速いほうでした。運動会でもリレーの選手でしたし、体力測定も得意だったと思います。身体を動かすのはストレス発散になるので好きでしたし、今でも運動は好きです。――ご家族も陸上経験者?優希 父は体操をしていて、母はソフトボールをやっていたそうです。兄はサッカー経験者です。小さい頃、兄が合気道を習っていたので、それにくっついて行って合気道もしていまいた!――とても合気道をしていたようには見えません……!優希 小さい時は本当に活発で、足をくじいて松葉杖姿になったこともありました。生まれた瞬間から“負けず嫌い”。ゲームでも遊びでも。兄とケンカもしょっちゅうでしたね。小学生の時には応援団長もやっていました。――陸上部に入ったきっかけを教えてください。優希 本当はピアノも少し習っていて音楽も好きだったので、中学では吹奏楽部に入ろうと思ったのですが……。“カワイイ”にあこがれていたんです! 結局、母に「足が速いんだから陸上部に入ってみたら」と勧められて。[caption id="attachment_92248" align="alignnone" width="800"] 中学時代の思い出を振り返る優希クロエさん[/caption]――すぐにハードルに挑戦したんですか。優希 入部してから、まずは全員が100mを測りました。そうしたら同期に自分より速い子がいたんです。それに、ハードルってなんか、かわいくないですか!? 先輩にもハードルをしていて、肌が白くてカワイイ人がいて、あんなふうになりたいなって。同期にハードル選手がいなかったので、試合にも出られるし、こっちを極めたほうがカッコイイ! と選びました。――ハードルを跳ぶのは怖くなかったですか?優希 体育でやっていたので大丈夫でした。脚が当たると痛かったですが、「ひるむくらいなら倒しちゃえ!」くらい、何も恐怖心がなかったです(笑)。でも、当時、身長が155cmくらいだったので、なかなかハードルまで届かなかったです。それで、ハードルは両脚で跳んでいました。――両脚ですか!? 逆脚での4歩や、歩数を増やしての5歩ではなくて……。優希 はい! 最初はスピードが出ているのでハードル間を3歩で行けるんですが、途中から少しずつ遠くなっていくじゃないですか。それで、「やばいかも!」と思ったタイミングで4歩に切り替えて跳んでいました。――すごく器用ですね。確か県大会に出場された経験もあるとか。ハードルのどんなところが楽しかったですか。優希 地元の地域ではあまり速い選手がいなかったのか、県大会には1年生から3年間出ました。市大会では1、2位だったんです。やっぱり、頑張ればタイムが上がってくるのがうれしかったですね。3歩で跳べる台数がどんどん増えていくのがやりがいでした。最後は7、8台目くらいまでは3歩で行っていたのかな。ハードルを跳ぶまでの「タタタタ、タンッ!」っていうリズムが心地良かったです。次ページ 「一番楽しかった」陸上部での3年間

「一番楽しかった」陸上部での3年間

――部活の雰囲気はいかがでしたか?優希 そんなに厳しくなくて、先生も「自分たちで考えてやりなさい」という感じでした。決まったメニューはありますが、それぞれ考えながら取り組んでいました。礼儀はしっかりしていましたが、学年に関係なくとても仲が良かったです。先輩と2人で遊びにいくこともあったくらいです。――どんな練習が思い出に残っていますか。厳しい練習とか……。優希 リズム良く跳ぶようなハードル練習をしていました。股関節周辺を柔らかくする意識がありました。直線で50mくらいしか取れないので、ハードルを3台並べて1台目まで12m、そのあと3台跳んでいました。苦手だったのが学校の外周を使った持久走です。1周1kmくらいだったと思いますが、計測機器で「どこを走ったら短いか」と測って、いかに短い距離にするか考えていました(笑)。でも、負けず嫌いだったので、冬場は30分くらいランニングしたり、試合が近づくと坂道ダッシュをしたり、家で“コソ練”していたんです。友達にも言わず、多めに走ったり(笑)。――大会で印象に残っていることは?優希 ハードルよりもリレーのほうが思い出に残っています。2年生の時に4×100mリレーで県大会に行ったんです。同級生2人と3年生の先輩1人のメンバー。私は3走でした。初めて県大会に行った時は感動しました。先輩も最後の大会で、メンバーに入れなかった先輩の分まで頑張ろう!って声をかけ合っていました。バトンを渡して、アンカーがゴールするまでスローモーションに見えました。1位でバトンが渡ったので転ばない限りトップ。泣きながら仲間と合流したのを覚えています。――3走は4継で重要な役割ですね。優希 そうなんです! 大事な区間と聞いて「やりたい!」と志願しました。わかる人にはわかる「重要」な感じとか、コーナーを走っている感じがカッコイイなって(笑)。――個人のタイムはどのくらいか覚えていますか。優希 えーっと……100mは13~14秒くらい。ハードルは16、17秒くらいだったと思います。でも、県大会に行くとみんな速くて……。記念に行くようなものでしたね。最後の県大会はみんな引退して、私1人だったので寂しかったです。私は埼玉出身なのですが、すごく覚えているのが同じ埼玉の土井杏南さん(現・JAL/ロンドン五輪代表、11秒61の中学記録、11秒43の高校記録保持者)。県大会で見た時は本当に速くて、レベルが全然違いました。11秒6って意味がわからない(笑)。[caption id="attachment_92250" align="alignnone" width="800"] 雑誌を見て「懐かしい!」とシューズカタログに夢中になる優希クロエさん[/caption]――振り返るとどんな3年間でしたか。優希 今思うと、中学時代が一番楽しかったです。当時の同級生と一緒に頑張って、しょっちゅうマックに行って。今でも仲良しで、集まるとすごくうるさい(笑)。数年前に成人式で集まった時、私はすでに芸能活動をしていたのですが、みんなに言っていなかったんです。でも、みんなも合わせて特に話題にすることもなく、普通でいてくれたんです。成人式の打ち上げになって、「みんな知っているよ」って。優しさを感じましたね。そういった仲間に出会えて良かったです。――陸上は高校まで……?優希 中学でやりきりました! 高校生になったらアルバイトがしたくて。好きな洋服を買いたかったのと、日焼けしたくなかったので……。でも、若いうちしかできないし、当時「まじめにやっていたらどうなっていたかな」と考えたこともあったので、今思うとやっていればよかったとも思います。次ページ 「コンカフェ」でのバイトからアイドルデビュー

「コンカフェ」でのバイトからアイドルデビュー

――芸能活動をはじめたきっかけを教えてください。優希 もともと『けいおん!』や『ハイキュー!!』といったアニメやコスプレにすごく興味があって、好きだったコスプレイヤーさんが働いているコンカフェ(コンセプトカフェ)でアルバイトを始めました。将来はアニメの製作に携わりたいと思っていました。そのコンカフェから派生したアイドルグループが「純情のアフィリア」なんです。ある日、知らない人から電話がかかってきて、「志倉千代丸ですけど」って。最初は誰?状態だったのですが、話を聞くと私の好きな「B-PROJECT」をプロデュースしていて「スゴイ人だ!」ってなりました。ちゃんと話を聞いたら、私がカワイイなって思っていた方がグループの新メンバーに私を推薦してくださっていたみたいで。芸能界には本当に興味がなかったのですが、「カワイイ人にカワイイって言われるならやってみよう」と決めました。――アイドルとしての活動で大変だったことは?優希 部活を辞めてから少し内気、人見知りになったんです。最初はファンの方々とお話するのも緊張してしまって……。それに、陸上部って集団行動が苦手な人が多いじゃないですか?(笑) 私も苦手だったので、グループで行動するのも慣れるまで時間がかかりました。――そこから立ち直れたきっかけは何だったですか。優希 ファンの方々の存在です。一歩踏み出そうと思ってグラビアをした時に、ファンの方々がとても応援してくださったんです。それで自信を取り戻して、すごく成長できたと思います。いろいろ挑戦してみたいなって、お仕事について前向きになることができました。「もっとお芝居をしてみたい」という気持ちが大きくなって、グループからの卒業を決めました。[caption id="attachment_92249" align="alignnone" width="800"] 趣味のアルバイトが講じてアイドルデビューすることになった優希クロエさん[/caption]――昨年は『黄泉の国でも愛してる』、『放課後戦記』、今年2月には『十五少女漂流記』と舞台にご出演されていますね。優希 『放課後戦記』では殺陣(たて)があって、身体を動かすのが楽しかったです。やっぱり私はこういうのが好きなんだなって思いました。お芝居では「他人になれる」のが楽しいです。自分以外の人生を味わえるのは、この仕事ならでは。もともと、コスプレが好きななので“変身欲”がありますね!――他にやってみたいお仕事はありますか。優希 アニメ好きが原点なので、一度だけ経験はあるのですが、声優さんにもまた挑戦してみたいです。大好きな『ハイキュー!!』の登場人物で、マネージャーの清水潔子は、実は元陸上部でハードルをやっていた設定なんです。もし実写化されたら、やってみたいです! 私、ハードル跳べます!!って。――陸上の経験が今に生きていることは?優希 陸上も、お芝居でも、大事なのは人に「見えない」部分だと思います。一人でも努力できるのは、陸上で学んだことです。人がいないと頑張れないのではなく、結果を出すために努力を惜しまず、それを努力と思わずにやる。それは当時、負けず嫌いで一人で練習していたのが生きていると思います。今でも“コソ練”していますよ(笑)。――ちなみに陸上を見ることはありますか。優希 毎年、箱根駅伝は必ず見ます! 両親も好きでしたし、見ないとお正月の感じがないですよね。オリンピックや世界陸上などテレビでやっていたら見ちゃいますね。――最後に、部活を頑張っている選手たちにエールをお願いします!優希 部活、スポーツに打ち込めるのは学生のうちだけですし、一番時間を割くことができます。頑張っていた時期が、振り返ると一番充実していたなってきっと思います。人に言われなくても自分のため、仲間のために頑張れる。そんな貴重な時間は、スポーツを辞めた後もきっと生きてきます。ケガに気をつけつつ、外周を走る時はちょっとサボりつつ、仲間と楽しみながら、頑張ってください!![caption id="attachment_92245" align="alignnone" width="800"] 中学時代ハードルに取り組んでいた優希クロエさん[/caption]
ゆうき・くろえ/1996年12月25日生まれ。埼玉県出身。159cm。特技は合気道。中学時代に3年間、陸上部に所属し、100mハードルとリレーに出場。県大会にも出場した。2017年に「純情のアフィリア」の新メンバーとして加入。2020年には『週間ヤングジャンプ』の巻頭グラビアも務めて話題を呼ぶ。21年12月に1st写真集『C』を発売。22年12月にグループを卒業し、現在は女優、モデルなど幅広く活躍している。2月には舞台『十五少女漂流記』に出演。Twitter、Instagram
構成/向永拓史優希クロエさんサイン入りチェキを2名様にプレゼント! 詳しくは月陸の公式Twitterで情報をチェックしてください。【関連ページ】 朝比奈彩さん(モデル・女優)「練習をすれば少しずつでも力になる!」 仮面ライダーヒロイン役の高田夏帆さん「中学時代の青春は陸上部!」 準ミス青学の新田さちかさん「陸上部で身についたのは集中力!」 =LOVE(イコラブ)野口衣織さん「時間を惜しまずに追求していました!」 注目の若手女優・上原実矩さん「人として大事なことをたくさん学びました!」 話題の映画出演・菊池日菜子さん「ハンマー投に捧げた時間に後悔はありません!」

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