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2021.05.22
大東大OBで元ヤクルト監督の安田亘氏が73歳で死去、駒大・大八木監督の現役時代を指導
大東大OBで、ヤクルト陸上競技部監督を長年務めた安田亘氏が5月21日に死去した。73歳。体調を崩して入退院を繰り返していたという。
学生時代は箱根駅伝に4年連続で出場し、4年時の1973年には9区で区間賞を獲得して、チームの復路優勝に貢献。3週間後の全日本大学駅伝では最終8区を担い、初優勝のフィニッシュテープを切った。大東大は2年後の75年箱根駅伝で初の総合Vを果たし、安田氏は強豪チームの礎を築いた。
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大学卒業後は、陸上部創部2年目のヤクルトに入社。現役を引退した後は監督として長らく指揮を執った。指導した主な選手には、現在駒大陸上競技部監督の大八木弘明氏や91年東京世界選手権男子1500mで準決勝に進出した奥山光広氏(ヤクルト前監督/現・チーフアドバイザー)がいる。
その後は2013年に創部された日本薬科大学陸上競技部の監督や、母校・大東大陸上競技部のスカウト担当を歴任した。
大東大OBで、ヤクルト陸上競技部監督を長年務めた安田亘氏が5月21日に死去した。73歳。体調を崩して入退院を繰り返していたという。学生時代は箱根駅伝に4年連続で出場し、4年時の1973年には9区で区間賞を獲得して、チームの復路優勝に貢献。3週間後の全日本大学駅伝では最終8区を担い、初優勝のフィニッシュテープを切った。大東大は2年後の75年箱根駅伝で初の総合Vを果たし、安田氏は強豪チームの礎を築いた。大学卒業後は、陸上部創部2年目のヤクルトに入社。現役を引退した後は監督として長らく指揮を執った。指導した主な選手には、現在駒大陸上競技部監督の大八木弘明氏や91年東京世界選手権男子1500mで準決勝に進出した奥山光広氏(ヤクルト前監督/現・チーフアドバイザー)がいる。その後は2013年に創部された日本薬科大学陸上競技部の監督や、母校・大東大陸上競技部のスカウト担当を歴任した。
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