2018.07.15
未踏の領域に入った25歳 アジア大会は「63m50、あわよくば金を」
日本選手権男子円盤投で3投連続の日本新記録を放った湯上剛輝(トヨタ自動車)。昨年、堤雄司(群馬綜合ガードシステム)が38年ぶりに塗り替えた日本記録(60m74)を、一気に62m16まで伸ばしてアジア大会代表に選出された。生まれながらに聴覚に障害があり、それがきっかけにもなって始めた陸上。大学時代まで全国大会の優勝経験がなかった25歳のスローワーが日本人未踏の領域に足を踏み入れるまでの道のりに迫った。

可能性を感じた日本選手権「今でも63m~64mは行けそう」
山口で〝超特大〟の日本新記録を打ち立てた湯上剛輝(トヨタ自動車)。生まれながらに聴覚に障害があるという背景も加わり、メディアの注目を集めた。日本選手権後も湯上の元には取材依頼が殺到しているという。華々しい男子短距離などと違い、国際舞台にはやや遠い位置にいる日本の円盤投選手がフォーカスされる。それだけの強い衝撃を与えた湯上だったが、日本選手権の投てきに満足はしていない。
「62m16の時は抜けてしまって、最後まで振り切れていません。しっかり振り切れていたら、もっと飛んでいたはず。だから日本選手権は〝まだまだ可能性がある〟と思わせてくれた大会でもありました。今の感覚では63m~64mは行けそうな感じはあります」
高校時代はインターハイ6位、国体3位
湯上は滋賀・水口中で陸上を始めた。先天性の聴覚障害があり、頭部に人工内耳を埋め込んでいるため、「本当はやりたかった」という球技ができなかった。「足が速くなりたかった」ことをきっかけに、最初は短距離やハードル、走幅跳などさまざまな種目に取り組み、やがて砲丸投に行き着く。初めて出場した試合は7mだったという。3年時には近畿大会に出場したのが最高成績で、全中には出場していない。
「高校(滋賀・守山高)に入った頃は、インターハイは憧れの舞台。自分が行けるなんて思えない遠い世界でした。ただ、1年時の春の大会後に、もともと興味があった円盤投に挑戦したらぐんぐん伸びていき、そこから一気にのめり込みました。顧問の先生は投てきが専門ではなかったので、月1回程度の練習会で他校の先生から指導を受けたり、専門誌を読み漁って自分なりにやってみるのが基本的な練習方法です。専門練習以外では、週2~3回のウエイトトレーニング、走り込みやサーキット、補強など、しんどい練習を繰り返していましたから、そのお陰でその後、大きな故障をすることなくこられたような気がします」
2年の時には県大会で砲丸投との2冠を獲得。しかし、近畿大会はいずれも6位に入れず、インターハイには届かなかった。
「近畿大会では緊張し過ぎて大失敗。ランキングは3番手ぐらいで、普通に投げていればインターハイに行けました。それがとても悔しくて、『来年は絶対にインターハイに行くんだ』という意識が芽生え、日本ユースでは6位に入ることができました。そして、3年時に満を持して臨んだインターハイは予選でトップの記録(47m41)を出しました。決勝も〝行ける〟と思った途端に、力んで6位(45m85)。当時はメンタルがまだまだ弱い選手でした」
最初で最後のインターハイとなった高3の2011年北上インターハイは6位。予選の記録を決勝でも投げていれば、47m90で優勝した安部宏駿(玉野光南・岡山)に次ぐ2位に相当するものだった。全国の舞台でも悔しさを味わった湯上だが、秋の山口国体少年男子Aで3位と奮起。それが高校時代の全国大会最高順位だった。
〝アジアの鉄人〟から誘われて中京大へ
中京大に進んだのは、2012年春。男子ハンマー投の室伏広治氏をはじめ、現役学生やOBの一流選手が練習拠点とし、指導者も錚々たるメンバーが名を連ねる名門校だ。湯上は「自分がどうしたらいいかわからないときに解決できるはず」と考え、トレーニング施設などの環境面も、「高校ではウエイトトレーニングを自転車庫でやっていた身としては、神のように充実していた」のも決め手として大きかった。
「高3の国体前にオープンキャンパスで中京大に行ったとき、室伏重信先生から『精悍な良い顔しているね。そういう子は強くなるよ。ぜひうちにおいで』と言葉をいただいて中京大に決めました。
大学時代はウエイトトレーニングを徹底的にやりました。高校卒業時は体重が90kg台前半で、筋力的にも強い方でなかったから、とにかくウエイトの数値を上げよう、と。ツイストのような身体をひねるトレーニングをやった方がいいと言われたことはありますが、基本的に自分で考え、メニューや回数も自分で決めていました。
オフの日曜日以外、ほとんど毎日、投げてウエイト、ダッシュ、投げてウエイト、ダッシュの繰り返しです。大学のトレーニング場にはそれこそ入り浸っていました。上半身や体幹、下半身とすべての筋力アップを目指した中で、特に重視したのは下半身です。高校の頃から『投げる動作は下半身が決める』という考えを持っていたので、スクワットや、バーベルを担ぎながら、あるいはダンベルを持ちながらのジャンプトレーニングをよくやりました」
(文/小野哲史)
※この先は2018年7月14日発売の『月刊陸上競技』8月号でご覧ください
未踏の領域に入った25歳 アジア大会は「63m50、あわよくば金を」
日本選手権男子円盤投で3投連続の日本新記録を放った湯上剛輝(トヨタ自動車)。昨年、堤雄司(群馬綜合ガードシステム)が38年ぶりに塗り替えた日本記録(60m74)を、一気に62m16まで伸ばしてアジア大会代表に選出された。生まれながらに聴覚に障害があり、それがきっかけにもなって始めた陸上。大学時代まで全国大会の優勝経験がなかった25歳のスローワーが日本人未踏の領域に足を踏み入れるまでの道のりに迫った。
可能性を感じた日本選手権「今でも63m~64mは行けそう」
山口で〝超特大〟の日本新記録を打ち立てた湯上剛輝(トヨタ自動車)。生まれながらに聴覚に障害があるという背景も加わり、メディアの注目を集めた。日本選手権後も湯上の元には取材依頼が殺到しているという。華々しい男子短距離などと違い、国際舞台にはやや遠い位置にいる日本の円盤投選手がフォーカスされる。それだけの強い衝撃を与えた湯上だったが、日本選手権の投てきに満足はしていない。「62m16の時は抜けてしまって、最後まで振り切れていません。しっかり振り切れていたら、もっと飛んでいたはず。だから日本選手権は〝まだまだ可能性がある〟と思わせてくれた大会でもありました。今の感覚では63m~64mは行けそうな感じはあります」高校時代はインターハイ6位、国体3位
湯上は滋賀・水口中で陸上を始めた。先天性の聴覚障害があり、頭部に人工内耳を埋め込んでいるため、「本当はやりたかった」という球技ができなかった。「足が速くなりたかった」ことをきっかけに、最初は短距離やハードル、走幅跳などさまざまな種目に取り組み、やがて砲丸投に行き着く。初めて出場した試合は7mだったという。3年時には近畿大会に出場したのが最高成績で、全中には出場していない。「高校(滋賀・守山高)に入った頃は、インターハイは憧れの舞台。自分が行けるなんて思えない遠い世界でした。ただ、1年時の春の大会後に、もともと興味があった円盤投に挑戦したらぐんぐん伸びていき、そこから一気にのめり込みました。顧問の先生は投てきが専門ではなかったので、月1回程度の練習会で他校の先生から指導を受けたり、専門誌を読み漁って自分なりにやってみるのが基本的な練習方法です。専門練習以外では、週2~3回のウエイトトレーニング、走り込みやサーキット、補強など、しんどい練習を繰り返していましたから、そのお陰でその後、大きな故障をすることなくこられたような気がします」2年の時には県大会で砲丸投との2冠を獲得。しかし、近畿大会はいずれも6位に入れず、インターハイには届かなかった。「近畿大会では緊張し過ぎて大失敗。ランキングは3番手ぐらいで、普通に投げていればインターハイに行けました。それがとても悔しくて、『来年は絶対にインターハイに行くんだ』という意識が芽生え、日本ユースでは6位に入ることができました。そして、3年時に満を持して臨んだインターハイは予選でトップの記録(47m41)を出しました。決勝も〝行ける〟と思った途端に、力んで6位(45m85)。当時はメンタルがまだまだ弱い選手でした」最初で最後のインターハイとなった高3の2011年北上インターハイは6位。予選の記録を決勝でも投げていれば、47m90で優勝した安部宏駿(玉野光南・岡山)に次ぐ2位に相当するものだった。全国の舞台でも悔しさを味わった湯上だが、秋の山口国体少年男子Aで3位と奮起。それが高校時代の全国大会最高順位だった。〝アジアの鉄人〟から誘われて中京大へ
中京大に進んだのは、2012年春。男子ハンマー投の室伏広治氏をはじめ、現役学生やOBの一流選手が練習拠点とし、指導者も錚々たるメンバーが名を連ねる名門校だ。湯上は「自分がどうしたらいいかわからないときに解決できるはず」と考え、トレーニング施設などの環境面も、「高校ではウエイトトレーニングを自転車庫でやっていた身としては、神のように充実していた」のも決め手として大きかった。「高3の国体前にオープンキャンパスで中京大に行ったとき、室伏重信先生から『精悍な良い顔しているね。そういう子は強くなるよ。ぜひうちにおいで』と言葉をいただいて中京大に決めました。 大学時代はウエイトトレーニングを徹底的にやりました。高校卒業時は体重が90kg台前半で、筋力的にも強い方でなかったから、とにかくウエイトの数値を上げよう、と。ツイストのような身体をひねるトレーニングをやった方がいいと言われたことはありますが、基本的に自分で考え、メニューや回数も自分で決めていました。 オフの日曜日以外、ほとんど毎日、投げてウエイト、ダッシュ、投げてウエイト、ダッシュの繰り返しです。大学のトレーニング場にはそれこそ入り浸っていました。上半身や体幹、下半身とすべての筋力アップを目指した中で、特に重視したのは下半身です。高校の頃から『投げる動作は下半身が決める』という考えを持っていたので、スクワットや、バーベルを担ぎながら、あるいはダンベルを持ちながらのジャンプトレーニングをよくやりました」 (文/小野哲史)※この先は2018年7月14日発売の『月刊陸上競技』8月号でご覧くださいRECOMMENDED おすすめの記事
Ranking
人気記事ランキング
2026.10.23
東京五輪&世界選手権マラソン金のジェプチルチルに暫定資格停止処分 EPOの陽性反応
2026.10.23
編集部コラム「陸上と他競技の横のつながり」
2026.10.23
2026.10.23
2026.10.17
【大会結果】第103回箱根駅伝予選会/チーム総合(2026年10月17日)
2026.10.17
【大会結果】第103回箱根駅伝予選会/個人成績(2026年10月17日)
2026.10.17
2026.10.17
2026.10.18
2026.10.17
【大会結果】第103回箱根駅伝予選会/チーム総合(2026年10月17日)
2026.10.08
2026.10.05
2026.10.17
Latest articles 最新の記事
2026.10.23
東京五輪&世界選手権マラソン金のジェプチルチルに暫定資格停止処分 EPOの陽性反応
アスレティックス・インテグリティ・ユニット(AIU、世界陸連の独立不正監査機関)は10月23日、2021年東京五輪と2025年東京世界選手権の女子マラソンで金メダルを獲得したペレス・ジェプチルチル(ケニア)に暫定資格停止 […]
2026.10.23
大雨予報で2日目・走高跳、棒高跳、円盤投の競技時間繰り下げ 明日8時に追加変更の可能性/U18・16大会
◇第20回U18・第57回U16陸上競技大会(2026年10月23日~25日/三重交通Gスポーツの杜伊勢陸上競技場) 日本陸連は10月23日、第20回U18・第57回U16陸上競技大会の2日目のU16とU18の女子走高跳 […]
2026.10.23
編集部コラム「陸上と他競技の横のつながり」
攻め(?)のアンダーハンド リレーコラム?? 毎週金曜日(できる限り!)、月刊陸上競技の編集部員がコラムをアップ! 陸上界への熱い想い、日頃抱いている独り言、取材の裏話、どーでもいいことetc…。 編集スタッフが週替りで […]
2026.10.23
中電工・梶山林太郎が引退 25年ニューイヤー駅伝出場 世羅高、中大でも駅伝で力走
中電工陸上競技部は10月23日、チームのSNSで梶山林太郎の現役引退を発表した。 梶山は広島県出身。坂中時代は3年時の15年全中駅伝1区で区間賞に輝いた。世羅高では、全国高校駅伝に3年連続で出場し、1区を2度務めている。 […]
2026.10.23
競歩・池田向希が競技復帰へ「権利と競技人生を守るため、正面から向き合った」ドーピング違反無実と裁定
スポーツ仲裁裁判所(CAS)は10月23日、男子競歩の池田向希(旭化成)のドーピング規則違反に対する世界陸連(WA)の独立不正調査機関「アスレティックス・インテグリティ・ユニット(AIU)」への控訴に対して「支持する」と […]
Latest Issue
最新号

2026年11月号 (10月14日発売)
アジア大会総特集
駅伝プレビュー
